進撃の飯屋   作:チェリオ

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 アンケートにあったお粥回です。
 ただ種類とリゾットを書けなかったことはご容赦ください。


第59食 おかゆやうどん

 イザベル・マグノリアは纏まらない思考をそのままに、ぼんやりと天井を眺めていた。

 平日の時刻十二時前とくれば食事処ナオはお客で溢れかえる。

 ただでさえ大貴族の一件でどうなるか分からない為に、常連客が詰め寄せて来るのだから最近は大忙し。

 今のイザベルのようにただただ転がっている事などしている暇はないのだが、本日と言うか数日間は暇を持て余す事となってしまった…。

 と、いうのも風邪をひいてしまったのだ。

 総司とナオを除く従業員全員が…。

 総司一人で調理場はギリギリ回せたとしても、配給や掃除は確実に無理なので食事処ナオの入り口には休業の看板が掛けられる事となったのである。

 現在イザベルは安静にするようにと午前中に診断に訪れた医者のグリシャ・イェーガーの言いつけ通りに布団に横になっている。言いつけ通りと言うか思考が纏まらず、身体は怠く、熱と咳が辛いので安静にする以外に出来る事が無いと言うのが正解な気もする。

 ひんやりする湿布(冷却シート)を額や首筋、脇などに張り付けて熱を緩和し、咳き込む度に唾や菌を撒き散らさないようにマスクをして、布団の上で寝転がっている。

 風邪を治すためには安静にしなければならず、また熱の気怠さから動こうと言う気力すら湧かない。

 同室にはアニとユミルも居り、同じように風邪による咳と熱に魘されている。

 ファーランにマルセル、ニコロも風邪であるが、男性と女性で部屋を分けられているので別の部屋で安静にしているだろう。

 ただニコロだけは安静かどうかわからない。

 彼だけは風邪で魘されようともどん欲に調理技術に料理知識を得ようと這いずって厨房まで行こうとしていたからなぁ…。

 扉から出た先でナオに猫パンチ喰らって阻止されたらしい。

 

 意識がぼんやりとしている中で、思い出してクスリと笑みを零す。

 すると廊下を歩く足音が近づいてくる。

 あぁ、ようやくかと頬を大きく緩ませる。

 病人として安静にするしかな状況にて、一番の楽しみは食事である。

 それも総司の食事となれば尚更楽しみである。

 地下街で生きていた時は病気になろうとも助ける者は居らず、寧ろ弱っている獲物から金目になる物を奪おうとする者を警戒する必要があったぐらいだ。

 それを想うとまるで天国みたいだ。

 警戒する必要はなく、寝ているだけで看護をしてくれるばかりか食事も用意してくれる。

 

 「お食事をお持ちしましたよ」

 

 ノック音が響き、返事をすると食事をトレイに乗せた総司が扉を開けて入って来た。

 ほかほかと湯気を立てる食事に目を輝かせて見つめる。

 食事処ナオの従業員の大半が風邪になったというのに、何故総司だけ無事だったのだろうと疑問に思ったのだが、アニが馬鹿(料理)は風邪を引かないと教えてくれたので、全員がその言葉に納得してしまった。

 そんな納得をされた総司は各一つずつ食事の乗ったトレイを置いて行く。

 私は支えられながら上半身を起こすとトレイに乗せられた料理に目をやる。

 お茶碗にとろとろにふやけたライスが注がれ、上にはネギや玉子などが乗っているおかゆ。

 小皿にはさつまいもとかぼちゃの煮物。

 正直いつもなら足りないような量であるが、風邪で食欲が少なくなっている今の状態ではこの量でも食べきれるか怪しく思える。

 

 「また(・・)手伝いましょうか?」

 「うん、お願い」

 

 熱による気怠さで弱っていた私は、総司の申し出を受けて食べさせてもらったのだ。

 楽で良かったのに、アニやユミルが必死に顔を真っ赤にして断っていたのは何故だろう。

 「あーん」と口を開いて待っているとおかゆをレンゲですくい、ふぅふぅと熱を多少冷まして口へと運んでくれる。

 熱より発せられた湯気が顔を撫で、温かな熱を感じながらパクリと含む。

 薄っすらとした塩気と共にとろっとろにふやけたライスが口に入り、あまりの柔らかさに噛まずにして呑み込める。

 コクリと飲み込むと優しく喉を撫でるように通って行き、すとんと胃の方へと落ちて行く。

 咳き込んでいる事から喉が多少痛い身としてはこの食べ易さ…いや、飲み込み易さは本当に有難い。

 味は正直薄い気もするが、弱っている今はこれぐらいがちょうど良く思える。

 二口目ではふんわりと滑らかで柔らかい玉子を一緒に運ばれ、玉子とネギの風味を楽しみながらコクリと飲み込む。

 じんわりと腹の底から温まるのを感じる。

 ほぅっと吐息を漏らし、少し別の味が欲しいなと煮物を頼む。

 最初にさつまいもを口に含むとむにゅっと舌だけで潰れ、滑らかな食感を伝えると同時に甘さが広がる。

 こんなに甘い芋は初めてだと人生初のさつまいもを楽しみ、次に甘じょっぱく味付けされたかぼちゃを口にする。

 さつまいもより水気が多いので、溶ける様に広がっていく。

 外皮まで柔らかくするほど煮詰めているので、味がしっかりと浸み込んで美味しい。

 どれも柔らかくて食べやすい。

 口を開いては運んでもらいを何度も繰り返して貰い、夢中で食べていると気が付けば多いかなと思っていたおかゆと煮物を全部平らげてしまった。

 それはユミルとアニも同じだったようで米粒一つ残らず平らげており、少々食べて元気が出たのかおかわりが欲しくなる。

 

 「おかわりある?」

 「有りますけどデザートはどうします?」

 「デザート!食べる食べる!!」

 

 デザートが出ると聞いて心が躍った。

 ただ咳などで喉が多少なりとも痛いので、ケーキの様な固形物はないだろう。

 何が出されるのかなと期待していると蜜柑にヨーグルトを掛けたものが出てきた。

 またも「あーん」と口を開いているとおかゆとは打って変わってひんやりした冷たさが伝わって来る。

 ヨーグルトのねっとりとする食感の中に、小粒の蜜柑の粒々とした身がプチプチと潰れる。

 同時に甘くも酸味のある蜜柑の味わいがヨーグルトに混ざって、冷たさとさっぱりとした感じで頭のモヤモヤが晴れるようだ。

 美味しくも気持ちよい蜜柑とヨーグルトを楽しみ終えると、一息ついて満腹になったお腹を撫でて横になる。

 満腹になったからか心地よい眠気に誘われ、グリシャ医師が用意した薬を飲んでから眠りに落ちて行った。

 

 

 

 今は何時ごろだろう?

 ふと目を覚ましたイザベルは周囲を見渡す。

 すでにカーテンは閉め切られており、時計を見ずとももう暗い時間帯だと言う事を察せられる。

 朝昼と消化によく栄養のある食事を食べて、薬をちゃんと飲み、しっかりと安静にした事で気のせいかも知れないがかなり体調が良くなった気がする。

 大きく伸びをして少し汗でべたつく感覚を不快に思いながら、コキコキと背骨が音を鳴らす。

 不快感は汗によるべたつきだけでなく空腹感も加わる。

 寝ていただけだというのに正直な身体だと苦笑いを浮かべる。

 アニやユミルを起こさないように立ち上がり、ふら付く足取りで扉へと向かって廊下へと出た。

 

 「ナァオウ…」

 

 下より視線と一緒に鳴き声を受けて見下ろす。

 安静にして居ろと言わんばかりに睨んでくるナオ。

 総司はナオに監視でもさせているのだろうか。

 廊下の端にはナオの食事に使われる食器と飲み水の入った容器が置かれている。

 戻れと言わんばかりに手を振られ、ナオは総司が居るであろう部屋に向かって歩いて行く。

 仕方は無いと引き返して布団に腰かけ、枕元に置かれていた飲み口の付いているウォーターボトルを手に取る。

 中には濁っているような白っぽい飲み物が入っており、甘さと酸味を併せ持つスポーツドリンクなる水分補給に重きを置いた清涼飲料水が乾いた身体に沁み込んでいく。

 思いのほか、寝ている間にも汗を掻いていたらしい。

 五臓六腑に染み渡る…。

 

 「失礼しますよ。顔色が良いですね。多少は良くなりましたか?」

 

 ナオに呼ばれてか総司がやって来た。

 その手には食事―――ではなく代えのウォーターボトルに、湿布などを手にしていた。

 湿布を受け取って自ら張り直し、その間に総司は見ないように視線を逸らしてウォーターボトルを新しいものに変えた。 

 

 「食事は如何なさいます?」

 「もうお腹ペコペコ…」

 「ふふ、すぐにお持ちしますね」

 

 退席していった総司を見送り、楽しみに待っていると少しばかり時間が経ち、再び総司がトレイに料理を乗せて持って来た。

 今度は何だろうと期待を込めて見つめると、夕食はうどんであった。

 器に並々の汁にうどん、上にはとろろにネギ、玉子に天かすなどが掛けられている。

 美味しそうと呟き、フォークを受け取って器を手にした。

 これが麺類でなければまた食べさせて貰おう(楽しようと)と思っていたのだけど仕方がない。

 

 器を口元に近づけてかつお節と昆布の旨味たっぷりの汁を味わい、次にうどんの麺をフォークで口に近づけてズズズッっと啜る。多少柔らかく煮たようだがうどんにはコシがあり、確かめるように噛み締めながら飲み込み、つるっとした喉越しを感じながら胃へと落ちてゆく。

 程よい温かさで腹部が温められていく。

 もう一度汁を飲み、今度はうどんと一緒にトッピングを口にする。

 脂っぽさを持ち、汁をしっかり吸ったふわふわの天かす。

 乾燥していたが汁で水気を得てふやけてトロトロとなったとろろ。

 シャキリと食感の有る独特の風味を持つネギ。

 柔らかでまろやかな玉子。

 むにむにと柔らかながら弾力のあるかまぼこ。

 風味と旨味が直に楽しめるかつお節。

 一つ一つトッピングを口にするたびに味が大きく異なり、飽きずに全部食べきれそうだ。

 啜りながら食べていると総司が小さな器に持って来た缶の中身を入れる。

 

 「それはなに?果物?」

 「はい、風邪と言ったら桃缶ですよね」

 「モモ?」

 

 総司が言った“風邪と言ったら桃缶”の意味もそうだが、“モモ”という果物も全く知らないものだった。

 首を傾げながら眺めつつ、うどんを食べきる。

 汁まで飲み干したイザベルは総司より桃の入った器を受け取り、早速デザート用のフォークを受け取って口にする。

 すこし大振りにカットされていたが、身体の調子が戻っていたので何の苦もなく食べれる。

 それも考慮して総司が出したのだろう。

 小口で齧り付き、桃と言う果物をしっかりと味わう。

 口に入れて噛み締めれば今までのものとは違って柔らかいが固形らしい噛み応えがあり、中より爽やかながら甘く、ねっとりと濃厚な果汁が溢れ出て来る。

 熱で弱った身体に沁み込むこの果汁と、さっぱりした風味は非常に良い。

 総司が言った意味を多少なりとも実感し、確かにと納得した。

 

 「うーん、美味しい」

 

 満面の笑みを浮かべ、初めて味わったモモを食べていると視線を感じて振り向くと、ジト目を向けて来るアニとユミルの二人と視線が合った。

 ズルいとか私も食べたいと言った感情が瞳から分かり、総司に指をさして伝えると早速台所へと戻って行った。

 廊下ではまたニコロが這いずり出たのかナオの鳴き声とニコロの呻き声が聞こえてきた。

 クスリと笑いながら食べきったイザベルは満足そうに横になる。

 

 風邪を治すべく、総司の食事を楽しみながら安静に一週間過ごすとようやく完全に風邪から復帰した。

 総司に迷惑をかけてしまった分、これまで以上に頑張ろうと気合を入れて身体を風呂で清める。

 身体が動けるようになってから、脱衣所を温かくしてお風呂に入ってはいたが、身体の調子も本調子ではない為に長風呂は出来なかった。

 ようやく肩まで湯に浸かり、ゆっくりと長風呂を楽しむ。

 ぽかぽかと身体が温まり、身体だけでなく気持ちも綺麗さっぱりしたイザベルは水気を拭き取り、寝間着に着替えて自室に戻ろうとするが、その前にその足を止めた。

 視界の端に映った物にゆっくりと近づいて行く。

 最近の生活を思い返せば嫌な事が脳裏を過るが、それを振り払うように頭を振るって違う事を確かめるべく片足ずつゆっくりと載せる。

 ギィと軋む音がして、イザベルが知りたくなかった現実と対面する。

 

 風邪を治す為とは言え、寝ては食べてを繰り返す生活を一週間も繰り返して来たのだ。

 当然ながらその体重計に以前に増して増加した体重が表されるのは道理。

 信じたくない現実を認識したイザベルは悲鳴に近い声を漏らしてしまい、何事かとアニとユミルが脱衣所に足を踏み込む。

 声からイザベルが入っている事は明らかであり、男性陣は入らずに扉の外で待機するばかり。

 悲鳴の理由を察したアニとユミルはイザベルだけそうなっているなどと思わず、自分達の状態を知ろうと乗って表情を険しく歪めた。

 彼女達は明日からしっかりと仕事に打ち込むと同時に、厳しいダイエットの道に踏み出す事を決意するのであった…。




●現在公開可能な情報
 
・彼女達のダイエット
 最初は食事を抜こうとしていた彼女達を総司が落ち着かせ、栄養バランスを考慮して食事を提供すると提案し、無理のない食事を食べながらダイエットを行う事に。
 仕事中には重り付きリストバンドを付け、身体を大きく動かすように意識を向け、休憩時間や仕事を終えた時間にはストレッチやちょっとした運動をして体重減少に努めるのであった。

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