魔女のヒーローアカデミア   作:陽紅

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MP40 今はただ、未来へ進め

 

 自らが成した結果を見る。

 

 試合前に行った()()()()()()()()()()()()は、本来であればスロースターターである爆豪に、開始直後の特大爆破(トップギア)を可能にさせた。

 

 爆豪の立つ位置から、対向のステージ端まで覆い尽くすような大爆発。その余波である爆煙は観客席にまで余裕で届き、試合開始直後に観客があげたであろう歓声を、彼は強制的に止めてしまった。

 

 

 

『も、最早恒例となりつつある開幕ブッパァッ!? 爆豪の特大爆破が開始早々炸裂ぅ!! つか……あの、いやこれ、真面目にヤバくね? 麗日大丈夫かぁ!?』

 

『…………』

 

 

 やかましい実況と押し黙る解説を聞き流しながら、爆豪は予断なく前を睨む。

 

 

 ──問題ねぇわ。()は外した。

 

 

 前ではなく、左右に大きく開くように突き出した掌。そこから生じた爆発は確かに大きいが、真正面に直接的な威力はそれほどない。

 精々が『女子一人を場外まで吹き飛ばす程度』だ。

 

 

(場外に落ちりゃあすぐにわかるはずだが……審判の宣言が無ぇ。つまり、丸顔が今のを耐えたってことだ)

 

 

 ニヤリ、と口角が獰猛に上がる。

 

 幸か不幸か、いまは無風。爆煙はまだ散らず、前方の視界は最悪だ。皮肉にも爆豪自身が奇襲に良い条件を作ってしまった形になる。

 

 ……警戒して後ろに退くのが最善手なのだろうが、敢えて爆豪はその場に留まり警戒した。

 

 

 

 

 

「──解除ッ」

 

 

 長く感じた数秒後、彼女の声は真っ正面から来た。

 

 爆煙を纏うようにたなびかせながら駆けてくる。指先を全て合わせている構えは、彼女が個性を解く時のモーションだ。

 

 

 『なに』を無重力にしていたのか? 爆豪が駆けてくる麗日の姿を見て理解したのとほぼ同時に、その答えが落ちてきた。

 

 

 

 ──びちゃり、という独特の衝撃と息苦しさ、頭部の圧迫感。

 

 そして、一気に真っ暗になった視界。

 

 

(はっ、しょうもねぇ小細工を……!)

 

 

 落ちてきたのは『水を大量に含んだジャージの上着』だ。恐らく、試合開始前に水浴びでもしてきたのだろう。

 彼女の特徴的なふんわりとした髪は変化がなかったので、余程近くから見なければ早々にバレることはないはずだ。

 

 ──最初の爆破に耐えられたのもこれで説明がつく。全身が濡れている状態で踞れば、耐えられる可能性は十分にある。

 

 

 爆破という高火力の個性を持つ爆豪に、麗日が唯一できる『ルールを破らない事前準備』だろう。

 

 

 

 視界を封じられた爆豪は、麗日の次の手を予想する。

 

 本音を言えばすぐさまこの不快なジャージを剥ぎ捨てたいが、それで手を使ってしまえば明らかな隙となる。

 

 

(真正面から来たのは明らかに罠……さらに丸顔ができる小細工があるとすりゃあ──)

 

 

 音。右。

 

 至近距離。

 

 

 ほぼ条件反射で、爆豪は右側の広範囲を爆撃した。

 

 

(ちぃっ……威力の調整が思った以上に面倒くせぇ! しかも普通に爆破するよりも負担が若干……!?)

 

 

 最初の爆破は麗日の位置がわかっていたから、範囲にさえ注意すれば問題なかった。だが、今回は違う。音から判断した大雑把な位置しか割り出せなかったのだ。

 

 『大怪我をさせずに倒す』──距離が近くなるほどに、その難易度は大きく跳ね上がった。

 

 

 

『ふ、再びの大爆撃が炸裂ぅ! 爆豪、女の子相手にも容赦なし!!

 爆煙で見えねぇけど麗日は無事かぁ!? っていうか、これ、生きてるかぁ!?』

 

 

 ──殺してねぇわ、ブッコロすぞクソDJぇ……!

 と、爆豪の水面下の努力をガン無視するマイクの実況に怒りを内燃させつつ、いい加減邪魔になった麗日の上ジャージを左手で払い捨てる。

 

 勝敗はいまだ宣告されていない。ならば、まだ試合は続いている。油断も慢心もするべきではない。

 

 ……そう、右を向きながら意識を改めようとして。

 

 

 

 

 

「ありがとぅな……本気で、警戒してくれて……!」

 

 

 音……否、声。ずっと近い、もはや零距離。

 

 ──それすらも否!

 

 

(ん、だと……?)

 

 

 腹部に感じる微かな、それこそ()()()()()()()程度の圧迫感。

 それは、攻撃とはとても思えないか弱いものだが──

 

 

 

「触れたで……爆豪くん!」

 

 

 

 煤に汚れた、しかし力強い笑顔を目の前に、爆豪は星の引力を見失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 ──その光景を、彼は、一人で見ていた。

 

 途中で解説役として放送席へ戻った担任を見送り……しかしクラス席へ戻ることなく、会場にいくつかある観客席側の出入り口の一つから、その光景を一人で見ていた。

 

 

 ……爆豪が無重力という()()を得て、もう、十分は経っただろうか。

 

 爆音と歓声は、爆音と野次に代わり──静かに激怒した担任の一喝で、爆音だけになっていた。

 

 

 

 そして、その爆音も……もう止んでいる。

 

 

 

 数万人という人口密度にも関わらずシンと静まり返った会場に──彼女の倒れる音だけが、広く響いた。

 

 

『──。麗日さん、戦闘不能! よって、爆豪くんの勝利……!』

 

 

 審判であるミッドナイトの宣言がされても静寂は変わらない。搬送ロボの担架に麗日が乗せられた時……その静寂を割るように、数人の、強く大きな拍手が鳴った。

 

 

 それは、自分のクラスであるA組──固唾を飲んで無事を祈っていた蛙吹や緑谷、そして、共に励んだ常闇や八百万たちであった。

 

 その数人を見て、呆然としていた他のクラスの面々も我に帰って拍手に加わり、そこから会場全体に伝播し、万雷と比喩されるレベルになるまで数秒とかからなかった。

 

 

 搬送されていく麗日を、爆豪と同様に最後まで見届け──彼は歩き出す。

 

 健闘を讃え、感動のままに今尚拍手を続けるクラスメートたちがいる会場ではなく……

 

 

 ゲートを通り、見えなくなるギリギリで……両眼を覆うように顔に腕を抑えつけた、煤だらけの少女の下へと。

 

 

 

 ──今は、そっとしておいてあげるべきではないでしょうか?

 

 と、自分の中の冷静な部分がそう告げてくる。

 

 

 ……それが正しいと。そうするべきだと思うのに……歩みから、速歩きへ。そして、速歩きから駆け足へと。

 

 進む足を速めることを、天魔は止めることができなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「っ、たっはー……やっぱ負けてしまったー……」

 

 

 

 ──わかりきっていた結果だけど、それでも悔しい。

 

 ……控え室の椅子に座り、仰け反るようにして、お茶子は天井を仰ぐ。

 

 

 

 搬送ロボットの担架に運ばれたお茶子は、なぜか救護室ではなく、控え室へと来ていた。

 

 試合が終わってアドレナリン分泌による減痛作用が切れてきたのだろう、体中のいろんなところからジクジクとした痛みが、少しずつ強くなっていく。

 

 

 特に足、爆豪の意識を横へ向けるために靴を脱いで投げ捨てたので……ボロボロの靴下を脱ぐのがかなり怖かったりする。

 

 

 

 

(でも、まだや。まだ、救護室には行きたくない)

 

 

 リカバリーガールの個性を用いた治療。その効果は凄まじいものだが、同時に本人の体力を酷く消耗してしまう。

 なので、体力ほぼゼロかつ疲労マックスな今のお茶子では、まともな治療を受けることができないのだ。

 よしんば受けたとしても、明日まで死んだように眠ってしまうだろう。この後に行われる試合を見逃すのは、かなりもったいない。

 

 ならば、天魔に治療魔法を頼むべきなのだろうが──今は、まだ一人でいたいのだ。

 

 

 

 

 コンコン。

 

 

──『麗日さん、早乙女です。入っても、いいでしょうか?』

 

「ふぁい!? あ、はい! どうぞ!」

 

 

 聞こえ、答えて、思考が僅かに止まる。

 

 

(いや『どーぞ』やないて! い、いまの格好はあかんやろこれぇ!?)

 

 

 ボロボロのジャージに、擦り切れまくったタンクトップ。さらに、顔も体も煤だらけだ。

 爆発の焼けた臭いやら汗の臭いで大変やべぇ。乙女として色々が色々と大変にやべぇ。

 

 

(しゃ、シャワー! そもそもここに無いしそんな時間もない! 制汗スプレー! ……そんなオシャレアイテム生まれてこの方使ったことないわこんにゃろー!!

 ぬあー! せめて水タオルで身体を拭うくらいしておくべきやったぁぁああ!!!)

 

 

 後悔するがもう遅い。ガチャリという扉の音は、無情にもなってしまったのだから。

 

 

「失礼します。

 ──では治療しますね? すぐにしますから。はい」

 

「ふえ? あ、はい。お願いします」

 

 

 なぜだろうか。

 

 彼の治療に対する並々ならない熱意は知っているが、今はどこか、強迫観念じみた凄みがある。

 

 

 

─*─

 

 

 

「治療はいらねぇぜ早乙女! でもありがとな心配してくれて!」

「俺もいらねぇ! 聞いた話じゃ前の試合の女子も、不利になるのを承知で受けなかったらしいじゃねぇか! くぅぅぅ熱いぜ! なあ切島! そんなの聞いちまったらよう!」

「おうともよ鉄哲!」

 

「「漢である俺たちが、治療受けるわけにはいかねぇよなあ!」」

 

 

 

「……ああ、もしもし根津かい? 『体育祭終わったら面ァ出せ』ってイレイザーヘッドとブラドキングに言っといておくれ。意地もわかるがね、その意地を通すのに医療従事者の誇りってもんを踏みにじってることをしっっっっかり叩き込まんとならんわ」

 

 

─*─

 

 

 なんてやりとりがあったことなど、当然お茶子が知る由もなく……必然的に顔が近くなり、真剣な顔で治療に取りかかる彼に、少しドキリとしていた。

 

 小さい呟きの後、そっと翳した掌に、柔らかな緑色の光が仄かに灯る。その光がお茶子の体に移り、爽やかな風を僅かに感じたかと思えば──全身にあったジンジンとした痛みが、スーッと消えていく。

 

 

「……大きな怪我はありませんでした。骨や筋も異常無し。数こそ多いですが、普通に治療しても全治二週間かからない打ち身と切り傷・擦過傷、といったところですね。……よかった」

 

「あはは……ごめんなぁ、心配させて。でもあの性格と個性でこの程度──かぁ。そんだけの実力差があったってことなんかなぁ」

 

 

 ──加減をされていた、のだろう。幾度となく爆破をされたが、一発として直撃はなかった。

 怪我の全てがお茶子が吹き飛ばされ、受け身を取れなかったが故の負傷か、飛んできたコンクリート片によるものだ。

 

 

「っ……」

 

 

 痛みが無くなって気が緩んでしまったのか、鼻の奥が、ツンとする。

 そのまますぐに目頭が熱くなったが──それだけは、奥歯が砕けてしまうんじゃないかと思うほど、歯を食いしばって耐えた。

 

 

 

 

 ……耐えようと、した……けど。

 

 

 

「っ、ぐっ、ぅう……!」

 

 

 

 

 

 ヒーローを夢見て、両親にも応援されて頑張ってきた……それでも努力する中で『触れた相手を無重力状態にする個性』という貧弱な個性でなれるのかと不安になった時もあった。

 雄英高校に入学こそできたものの、周りのみんなの凄い個性に圧倒され、置いていかれぬよう頑張らねばと、人知れず気合を入れ直した。

 

 

 ──先頃のUSJ襲撃では本物の(ヴィラン)に恐怖し……自分の無力を突きつけられながら、それでも、命をかけて守ってくれた黒き魔女に少しでも追いつきたいと決意して。

 

 

 

 ……色んな未来()を、いくつも探してきてくれた。

 

 毎日毎日、放課後遅くまで、鍛錬に付き合ってくれた。

 

 教えを乞いにいった四人の中で、誰よりも誰よりも時間をかけてもらって……もらったその結果が、これだ。

 

 

 

 手加減をされて、女の子として気遣われて──負けた。

 

 

 

 それが情けなくって、悔しくって……申し訳なかった。

 

 

 

 

「……ごめんなぁ。私、早乙女、さんに迷惑っ、いっぱいかけて、いっぱい、いっぱい助けてもらったのに、なんにも、なんもできなかった……!」

 

 

 目元を拭う。二度、三度と繰り返すが、それは一向に止まらない。

 ……それがまた情けなくって、止まらなくなる悪循環。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──痛かった、ですよね」

 

 その声は、どこまでも優しい温もりに溢れていた。

 頷くことで返す。

 

 

「──怖かったですよね」

 

 その声は優しくて温かいのに、揺るぎなく強かった。

 頷くことで、返す。

 

 

 

「でも貴女は、逃げなかった。退かなかった。諦めなかった。

 ……一度も、一歩も。一瞬たりとも」

 

 

 

 声は続ける。息を飲んだ音は、あえて聞こえなかったことにしたようだ。

 

 

 

 恐怖を抱きながらも、逃げず、退かず、諦らめず──

 

 負けるとわかっていながらも、逃げず、退かず、諦らめず──

 

 

 ──なお前へと進んだ、進もうとしたその決意は。その覚悟は。その信念は。

 

 

 なによりも、光り輝くものなのだから。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

「……だから、誇ってください。麗日 お茶子さん。

 

 

 ──私は貴女を、誇りに思います」

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 

 滲みまくった視界で、魔女を見る。椅子に座る自分に視線を合わせるために膝を突いていた彼の顔は、少し低い位置にあって。

 

 

 優しくて、温かくて、それでいていつも浮かべている柔らかい笑顔がそこにあって。

 

 ……ずるいなぁ。

 

 

 

「いま"、そんな事言うどか、反則やろお"ぉ……!」 

 

 

 

 もう知らんとばかりに、我慢を止めた。

 

 泣いたまま飛びつき、天魔の胸に頭突きするようにしてしがみつく。

 

 

 

「ふぐっ、あ、あんの爆発三太郎ぉ……! 景気良くボンボンボンボン人のこと爆発しよってぇ! こっちはっ、女の子やぞお!? もうちょい躊躇とがしてよあのボンバーヘッドぉ!!」

 

「ふふ、はいはい。でも、それでも?」

 

「真剣にだだがっでぐれでありがどぉ……!」

 

 

 押さえつけた不満や愚痴を吐き出すが、それらも含めて優しく抱き締められ、頭を撫でられる。

 

 涙の量が増えた。天魔の胸に顔を押し付けているから見えこそしないが、年頃の女の子が見せていい顔をしていないのは明らかだ。

 

 

 だから、見ない。

 

 そこから数分間、お茶子は泣き続け、頭をよしよしされ続けた。

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

 

「ぐすっ……あんな、早乙女さん。早乙女さんて女の子扱いされるの、すっごく嫌がるやん?」

 

「……まあ、その、慣れて喜ぶようにはなりたくない、とは思ってますよ?」

 

 

 唐突な話題に首を傾げるが、一応答える。ちなみに、チアガールコスプレの傷はまだ完治していない。

 それがなにか? と聞くと──何故か天魔の腰に回された腕の締付けが、少しだけ強くなった。

 

 

「──あんな? 女子に対してこーいうハグを、なんの躊躇いも違和感もなく出来る男子って、そうそういないと思うんよ」

「…………え?」

 

 

 胸に押し付けられて、撫でていた頭が、ぐりんと上を向く。泣いていたのか目元が少し赤いが、笑顔を浮かべて、笑顔……を。

 

 

 ニタァ、という笑顔も、年頃の女の子が見られていい顔ではないのではなかろうか。

 

 ……天魔がお茶子の肩を掴むのと、お茶子が天魔への拘束力をさらに強めるのは、ほぼ同時のことだった。

 

 

 

 

 




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