けものフレンズR ~ゴマクソといっしょ~   作:みことのり

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1話 その2 どうぶつきょうそうだ……!

「動物図鑑じゃねーかぁぁぁあああ!!!」

 

ロードランナーの声が青空にこだまする。

ともえ、カラカルは困惑しつつも彼女に反応を返すが、イエイヌはきょとんとしてただ口を開けている。

 

「えっ、そうだけど」

「これってなんかまたややこしいやつ?」

「これ! プロングホーン様がずっと探してたやつなんだよぉ!」

「うそっ! 最速以外にも欲しいものあったの!?」

「最速の次に欲しいもの! それが動物図鑑だ! なあ! 見せてくれよ!!」」

「あっ……はい」

 

 咄嗟の出来事にたじろいだともえは流されるままに彼女に図鑑を手渡していた。彼女は物珍しそうに図鑑をくるくると回しながらさまざまな角度で見つめている。

ともえにとってこの図鑑は記憶を呼び覚ます数少ない手がかりになるかもしれない。一方で彼女はこの図鑑を追い求めていたのだという。ともえはその二つの事実に板挟みにされていた。イエイヌは彼女を心配そうに見つめている。

それを見かねたカラカルが口を開いた。ロードランナーも夢中で眺めていた手を止める。

 

「ねぇ、ちょっと! ともえが困ってるじゃないの」

「おぉ、悪ぃ悪ぃ……、でもこれプロングホーン様にも見せてあげないと……」

「もう……一緒に見せに行けばいいだけじゃない。どーせアンタらならカフェ、後で来るでしょ? 私だったらちょっとくらい待ってあげるから、だからみんな連れてきなさいよ」

「うん……そうだな! 待ってろ!」

「はいはい。……ともえ、カフェの前に、その動物図鑑……、プロングホーンってのに会って欲しいの。アイツもカフェ好きだからさ。たぶん……来るから、ともえも後で絶対来てよね? アンタらにあだ名つけるの楽しみにしてるから。」

「カラカルちゃん……。うん、わかった。必ず行くね! ありがとう」

 

 カラカルは小さく手を振ってともえを見送る。一方、ロードランナーはジャパリ自転車を指し示す。

 

「さっき乗ってた変なやつ使えよ。この私がプロングホーン様のとこまで案内してやるぜ!」

「ありがとう。……それと、ごめんね、ゴマちゃん。なんであたしがコレを持ってたかわからないけど、大切なものを盗っちゃったみたいで」

「いいんだ、ともえ。私こそごめんな、夢中になっちゃって。それに、プロングホーン様を悪く思わないでくれよ? これは見せてあげたい私のわがままだから」

「うぅん。いいの、ゴマちゃん。それに私もね、ゴマちゃんの尊敬する人に会ってみたいなって思うの」

「私もです~! あとあだ名と、紅茶も気になりますぅ!」

「あだ名が特に気になるわよね!」

「いや、あだ名は……」

「気になりなさいよ!」

 

 ともえは表面上こそ茶化して振舞っていたが、実を言うと彼女らの思いやりに当てられていた。それを悟られないようにしつつも、ここまでの経緯に至るまでを円滑に進めてくれたカラカルに改めて感謝と、一旦の別れを告げる。そして彼女は心機一転、といった風に表情を引き締めて自転車に跨った。

 

「……で、なんでこのロードランナー様がここなんだよ」

 

目の前では青色の背中が視界を覆う。なぜその状況に至った経緯がわからなかったが、いつの間にかロードランナーが前かごへ収まっていた。

 

「先程、どーじょーしゃは後ろに乗ると聞きましたので……!」

「いや私もどーじょーしゃだろ」

「よぅし! 出発しよう!」

 

 ともえは決心が揺るがぬように思い切りペダルを踏みしめる。

 

「このままなのかよ!!!」

 

その後、結局、ロードランナーが上空からプロングホーンのもとまで先導してくれることになった。

 

「私はこちらの方が落ち着きます~」

 

 空席になった前かごには入れ替わるようにイエイヌが収まっていた。

 

     *

 

 道案内をするロードランナーは動物図鑑への果てしない夢を追って大空を駆け巡っていた。実際のところ、動物の時は都市化によって次第に阻まれるようになったらしいが。

 

「気持ちよさそうだね!」

「あぁ! とってもな!」

「私にもゴマちゃんみたいな羽が生えてたらな~!」

「そしたら一緒に飛んでけたのにな!」

「私はここが一番落ち着きます~」

 

 こんな他愛のない会話がともえの足の疲労を忘れさせてくれていた。ロードランナーは第一印象から違わず、快活で閑談好きだった。他のフレンズと比べて口さがなさがあるものの、案外と機微に聡い部分がそこをカバーしている。

 

「お前らさ、仲よさそうだけど……もしかしてそいつ、おまえの舎弟か? 見かけによらずなかなかやるじゃねぇか」

「舎弟……ってなんですか?」

「憧れの人と仲良くすること……かな? でもイエイヌちゃんは舎弟じゃなくてお友達、だよ。ねー?」

「憧れのヒトと仲良く……。そうです! 舎弟です! とっても仲良しなんですよ!」

「えぇー……」

 

 ともえがその食い違いを面はゆく感じていると、いつの間にか二人は舎弟談議に花を咲かせていた。

 

「やっぱりか!お前、案外わかってるな!」

「ロードランナーさんは誰の舎弟なんですか?」

「私はプロングホーン様の舎弟なんだぜ」

「おぉ~! やっぱり! どんなフレンズさんなんですか?」

「プロングホーン様はなぁ……もう一言じゃ言い表せないくらい速いんだ!」

「それはつまり、一言で言い表せてますね!!!」

 

 意気投合する二人にともえが困惑したのも束の間、三人は目的地に辿り着いたようだ。ロードランナーが遠景に座す大樹を指している。

 

「ここだぜ!」

 

 案内の果てに辿り着いた場所は、まず一本の大樹が目に入った。それから、多少蛇行しながらも円周を描いている道が整備されているのが大樹の奥に臨める。それは、言うなれば巨大な運動場のトラックであった。

また、大樹が作り出す柔らかな木陰に、簡易な出来ながら木の温かみを感じる円卓と椅子が置かれている。

それから、ともえは円卓の上に羽ペンと紙が置かれているのと、そして椅子に腰掛けて物書きをしている人物を発見した。

 

「あら、おかえりなさい。そっちは……お客さん? いらっしゃい」

「こんにちは。……こ、この方がプロングホーン様?」

 

 ともえはその人物からいかにもな気品と、何となく気の強そうな印象を感じ取って畏まった。しかし、ロードランナーは否定する。

 

「いや、コイツはチーター! プロングホーン様はもっとクールでかっこよくて、聡明なお方なんだぜえ!」

「いつもはそうじゃないけどね……。えっと、お客さん達もおかけになって? せっかく用意したのに私しか座らないの」

「あ、ありがとうございます。えっと、プロングホーン様っていうのは……?」

 

 ともえは椅子へと向かう間に考えた。十分に聡明そうなチーターがプロングホーンでないなら彼女は一体どんな人物なのだろう。

 

「ここだぞ!」

 

ロードランナーの声がして、大樹を見上げると、その立派な枝の上に彼女ともう一人、頭に角を生やしたジャージ姿のフレンズが座っていた。

 

「やあ、よく来たな。キミが動物図鑑を持っているんだって?」

 

彼女はそう告げて枝から颯爽と飛び降りると、ともえのもとへ駆け寄る。ともえはてっきり動物図鑑を見に来たと思っていたのだが、彼女は本ではなくともえをまじまじと見つめた。

 ともえが困惑していると、チーターも席を立って彼女へ視線を送っている。

 

「あなた……、これをどこで?」

「えぇっと、それが、覚えていなくて」

「ロードランナーは知っているか?」

「えっ、さっき仲良くなったばっかりで……」

「そうか……」

 

二人の奇妙な問答にともえが戸惑っていると、未だ大樹の枝に佇んでいたロードランナーが声をかける。

 

「プロングホーン様! 間違いなさそうですか!?」

「ああ、どうやら間違いなさそうだ!」

「やった! 良かったですねプロングホーン様!!」

「ああ、そうなんだが……」

 

 歓喜に包まれるロードランナーをなだめつつ、プロングホーンとチーターは互いに顔を見合わせた。チーターがともえに向かって質問を投げかける。

 

「でも待って。これは今、あなたが使っているのよね?」

「そうなんですけど……でも……」

 

ともえが申し訳なさそうにして次に話す言葉を考えあぐねていると、ロードランナーがこれまでの経緯の説明役を買って出た。普段からおしゃべりな彼女の話は、口調はともかく理路整然している。

彼女は、二人が記憶喪失であること、博士を探していること、それからカフェへ誘われていること、動物図鑑は断絶された記憶を結ぶ数少ない手掛かりであることを伝える。

事の次第を聞いてしばらく考え込んでいた二人は、柔らかな表情を浮かべてともえの許へ歩み寄る。その際に二人は物思いに耽って言葉を交わしていた。

 

「やっぱり……運命と巡り合う日、なのかしら」

「ああ。ついに来たのだな。……これは彼女に渡そう」

 

 そして、プロングホーンは動物図鑑をそっと差し出して言葉を告げる。

 

「ただし! 私とレースして勝つことができたらな!」

 

――えええええええええええ!?

 

     *

 

 ともえとイエイヌは予想だにしなかったプロングホーンの提案に呆気にとられていた。チーターは彼女の発言に肩をすくめると、やっぱりか、と呟いて呆れている。

 

「……あのね、付き合ってあげて。こうなったらもう聞かないし」

「私は見ていた。ともえがヘンテコなのに乗っているところを!」 

 

 ヘンテコ呼ばわりされた可哀想なジャパリ自転車はプロングホーンに指差されている。それを見るチーターは呆れつつも、合点がいったらしく、納得した表情をしている。

 

「アンタこれとレースしたかっただけね……」

「そうと決まれば早速行くぞ!」

「えっ!? 決まったの!?」

 

 ともえはプロングホーンに腕を引かれていく。彼女に続くようにしてフレンズ達は周回トラックへと向かった。

 

「腕がなるぜー!」

「楽しそうですね!!!」

 

 フレンズ達、ひいてはイエイヌさえも予想に反して乗り気だった。たくましく暮らすにはこのくらいの適応力が必要なのだろうかと、ともえは思った。

いざトラックに集まった一同は、プロングホーンからリレー形式の対戦を提案された。さらにはすでに彼女は走者の順番も決めており、一周目にともえVSロードランナー、二週目にイエイヌVSロードランナー、三週目にともえVSプロングホーン、四週目にチーターVSプロングホーンの順に走ることが、彼女の熱の入った弁にそのまま押し切られて、同意に至った。

 なぜチーターがともえ達のチームに入れられ、さらにはアンカーなのかともえは知る由もなかったが、チーターもそれは知るところではなく、その答えは腕を組んで満足そうに天を仰いでいるプロングホーンだけが知っていた。

 

「さあ、全力の勝負を楽しもうではないか!」

 

     *

 

 レースが始まったのか、終わったのか。ともえはその記憶を手繰り寄せる。確か、今は走り終えた直後で、清々しい疲れがひどく押し寄せているのだ。証拠に息せく自分の音が聞こえる。酸欠のせいなのか、頭の巡りが冴えずにほとんどのことが抜け落ちていた。

周囲の会話は、各々を互いに褒め称えている。

ともえは出来得る限り、レース中の出来事を思い出してみる。

 

「もたもたしてるとおいてくぜぇ?」

 

 青くて速いそのフレンズは余裕の表情を体と共に浮かべ、自分より3秒先を行く。フレンズ達の身体能力はずば抜けて高いことは承知だった。それでも、彼女の速度ならば自分でも追いつけないことはないと、ともえは思い至った。

 たとえこの勝負に負けようとも、図鑑は恐らく譲ってくれるのだろうと確信があったが、それでもなおこの余興に付き合うことはやぶさかでなかった。彼女達とこの時間と空間を共有する、それ自体に意味があると彼女は思っていた。だからこそ本気でペダルを踏んだ。

 

「なかなかやるじゃねぇか!」

 

 ともえの奮闘を称えて彼女はぐんぐんと速度を上げる。ともえも負けじと漕ぎ続け、彼女とほぼ横並びで競り合い、さらには車輪一つ分のわずかなリードを残して健闘する。

 

「おおっ! マジに速え! 私も本気でいくしかねえか」

 

 ともえは体へすさまじい疲労がたまっているのを感じたが、根を上げたのではないのを分かっていた。彼女の様子を見るに、現在の飛行はほとんど全力に近い。自分が全力で走っているからこそ分かる。例えここから本気を出して飛ぼうとも、僅差ながら勝つビジョンはすでに出来上がっていた。

 

「あたし負けないよ! ゴマちゃん!!」

「おう! 私もだ! ともえ!!」

 

 あと数秒で雌雄が決する。その確信を胸に二人の勝負は佳境を迎えた。ともえのペダルを踏む足にもさらに力が入る。

 そして対するロードランナーは、飛ぶのをやめた。

 

「!?」

 

ともえは声にならない驚きを発し、それからその驚愕と同じような感嘆符が浮かんでいる。もし描くなら集中線も添えておこう。

 ロードランナーは大地をその足で蹴って進む。プロングホーンが檄を飛ばす声が聞こえる。

 

「あいつは、走った方が速い!!」

 

――えええええええええええ!?

 

 それからのことはあまり記憶がなかったが、かなりぶっちぎられた覚えだけは鮮明に残っている。プロングホーンとは恐らく勝負をしていない。その前に倒れるように座り込んだからだった。それでも、アンカー対決が接戦であったことを覚えている。白熱した二人の熱気と、応援する声が心地よかったのがしかと残っている。

そうして回想する内に漸くと息が整うと、満を持してプロングホーンがともえを称える。

 

「いやぁ、実にいい勝負だった! ではこれはともえに託そう! さあカフェに出発だ! ともえも早くヘンテコに乗れ!」

 

 彼女は満面の笑みで称賛を伝えた後は、実に淡々としてともえに動物図鑑を渡し、地面に伏すようにへばっているチーターをすかさずお姫様抱っこした。あまりの展開の速さに戸惑うともえも、彼女の勢いに押されてジャパリ自転車へ跨った。すかさずイエイヌも前かごに搭乗している。

 

     *

 

「ちょっと待って~。速いよ~」

「イエイヌに抱えてもらえ~!」

「それはちょっと無理だって~!!」

 

ともえはせかせかとペダルを漕いでいたが、プロングホーンの走りは伊達ではない。彼女は疲れを考慮して手を抜いているのに加え、チーターを抱えているのにも関わらず全く追いつけない。彼女もうすうす気づいていたが、前かごに同乗させると、かなり視界が悪くなる上にハンドル操作が極端に難しくなる。さらに未舗装の広野を進むのはただでさえ骨の折れることだった。

 

「それなら私がこう、グイグイとしましょうか?」

「あぁ! それ! 犬ぞり!」

「おぉー、犬ぞり! なんですかそれは!」

「えっとイエイヌちゃんが引っ張ってくれることだよ!」

 

 トートロジーの問答の後にともえは足を止めると、なんとも都合よくショルダーバッグの中に入っていたロープをイエイヌの両肩から脇腹に渡って掛け、胸の辺りでクロスさせた。彼女がお願いね、と一言かけるとイエイヌは勢いよく走り出し、プロングホーンと並走した。チーターも目を見張っている。

 

「おおお! 速いなイエイヌ! ともえ! いい勝負になりそうだ!」

「もう勝負はいいでしょうが!」

「イエイヌちゃん! めっちゃ速いよ! すごいすごい!」

「がんばっちゃいますよ!!!」

 

ただ、自然の道はでこぼこしていてオフロード対応のジャパリ自転車も勘弁してほしそうに異音をあげて飛び跳ねる。それに合わせてともえも唸る。

 

「わわわ!」

「忘れ物か?」

「じゃなくて! バランスが!」

 

 ロードランナーの冗談にかまけていると、スピードに乗った自転車が左右に揺れて幾度も転びそうになる。かと思えば唐突に、離陸したかのように安定した。

 ともえには自分の背中に翼が生えているように見えた。いや、そうではなくて天使が支えてくれていたのかもしれない。

 

「ってゴマちゃん!」

「へへんっ、いいだろ? 飛んでるみたいか、ともえ?」

「すごいよ! 一緒に飛べたね、ゴマちゃん!!」

「おう!」

 

 彼女のもとに舞い降りた者の正体はロードランナーであった。ともえが授かった翼は、プロングホーンと共に風を切る。

 

「おおお! なんだかしっくりくるな!」

「プロングホーン様! 私もガッシリきてます!!」

「アンタらは……」

 

 プロングホーンとロードランナーを突き動かすものが何であるかともえにはイマイチ分からなかった。呆れるチーターは何を思っていたのだろうか。

ここで敢えて言うなら、合体はわんぱく少年少女の夢であるということだけだ。

 

「……ところでゴマちゃんはお姫様抱っこされなくていいの?」

「んん? 何言ってんだよ。舎弟ってのは憧れの人を支えるモンなんだぜ? 私がプロングホーン様に支えられてたらざまぁねーだろ?」

「あぁそういう…」

「勉強になりますぅ!」

 

 イエイヌはやはり自分の舎弟になってしまうのだろうかとの懸念がよぎるともえは、続いてチーターに話を振る。

 

「チーターちゃんはそれされるの好きなの?」

「わっ! わたしは別に好きで担がれてるわけじゃなくて! 走った後は疲れて動けないだけだから!」

 

 明らかに動揺する彼女はともえが初対面で感じた明晰さをまるで失っていた。見え見えの強がりには一同がにやにやとしていた。

 そうしてしばらくの間、くだらない会話で大いに盛り上がっていた一同は、山の稜線の先が露わになるころには不意の緊張感に包まれることになる。

 

「セルリアンだ! 戻るには遅い! 静かに、目線を通さず、背の高い茂みを探せ!」

 

 先程までの能天気なプロングホーンとは思えぬ、的確で端的な指示が一同の置かれた状況をまじまじと伝え、さらに緊張感を駆り立てる。

 セルリアンと呼ばれたゲルともガラス細工とも見て取れる質感の、球体を基調とした体躯の物体は、全面中央に付いた一つ目がどこを見ているのか分からない不気味さを放っている。それは、身に迫るおぞましい恐怖ではなく、ただそこに置かれているだけのような、自然な不自然さが放つ恐怖だった。

そして、誰も口にしなかったが、明らかなオーバーサイズだった。ともえはパークセントラルに見た巨大な建物を思い起こす。

 

「ほぁ! プロングホーン様!」

「わかってる! 振り切るしかない!」

 

 その会話の意図が分からなかったともえはセルリアンの様子を窺った。それはこちらを目視して恐らくこちらに接近している。

 その確認も終えないうちに、またもプロングホーンが口を開く。今度は腕の中のチーターに呼びかけているようだ。

 

「いけそうか!?」

「正直まだ。たぶん入って一、二撃。でも、やるしかなくなったらやるわ」

 

 ともえにはその緊迫感に現実味は無かった。セルリアンは巨大ながらもかなり遠方で、彼女達なら余裕で逃げ切れる確信があったからだ。

 だがその自信は、目を離した数十秒の隙に聞こえてきたけたたましい風切り音に打ち消されることになる。

 

「あまりに速い! 出るしかない!」

「お前はともえを連れてそこの茂みに飛び込め!」

「はいッ!」

 

 あまりに遠景で、動いていないように思えただけだった。セルリアンは確実に迫っていたのだ。ともえがそれに気付いた時には茂みの中に倒れ込んでいた。茫然自失の中で分かったのはプロングホーンもまた、チーターと同じようにセルリアンに立ち向かっていったことだけだった。

 

 独り飛び出したチーターは、セルリアンの正面に飛び込んでいく。これ以上にない急接近。だが、セルリアンはそれ以降、彼女の姿を視界の端にすら捉えることはなかった。

 チーターは速さだけが取り柄の動物ではない。セルリアンに動きを悟らせず、脇から回り込んで後方に着けるなどということはお手の物だった。

 

「コイツ! 石がない!」

 

 チーターは取り乱していた。通常、セルリアンには活動の中核を成す心臓部、コアの部分が存在する。しかし、このセルリアンはその巨躯ゆえにコア、つまり弱点となる石が内部にうずもれていたのだ。そして、彼女は酸欠に陥ってもいた。視界の端が黒く滲み、極端に狭い。その状況下で放たれた二撃は、巨躯を削り取って大きくビスマス結晶を散乱させたが、石にはかすりもしなかった。

 そしてそれ以降、ビスマス結晶が散ることはなかった。茂みに身を潜めたプロングホーンからでは大きすぎる体躯の陰にいるチーターの身を案じることしかできない。

 結晶の飛散が終わった。チーターの攻撃が止んだのだ。それを確認すると、2度ほど躊躇をするも、ついにプロングホーンも飛び出していった。チーターは二度と戻らないと、最悪のケースを考えねばならなかった。彼女は去り際、もう一つの最愛にことづてを残した。

 

「お前はともえを守れ! 勝負は終わりだ! 私を……追うな」

 

 プロングホーンは一心不乱に走った。彼女が進んだ先で見たのは辛うじて攻撃を回避するチーターだった。それも束の間、その体躯は彼女をまさに飲み込まんとしている。

 プロングホーンは一心に、角の槍を突き立てる。

しかし、その大質量には拮抗しえなかった。

 二人が飲み込まれる姿は皮肉にも、誰にも見られることはなかった。そのひっそりとした最期とは対照的な、大地を割らんとするような大音量をともえは記憶している。

 割れたのだった。その直後に目を覆いたくなるようなまばゆい光が放たれる。

ようやく目が順応し、最初に姿が見えたのは哀しい後ろ姿だった。彼女の手枷が何よりも黒く見えたのは、その異質なオーラゆえだろうか。

 トラだと、ともえはすぐさま理解できた。彼女の足元にはチーターとプロングホーンが横たわっているのが確認できる。二人とも外傷はない。

 ともえはすぐにでも彼女達のもとに駆け寄って抱きしめたかった。だが、非現実的な現実と理解の乖離に体がついていかない。

 ともえを一目見た彼女は、駆け寄って来た。鎖を揺らし、黒いオーラが迫って来ていた。ともえには未だ現実を動かす思考は定まっていなかった。

 

「ともえ!」

 

咄嗟に飛び出したロードランナーとイエイヌが、ともえと少女の間に割り込んだ。弾き出されたともえには意外にも受け身をとる猶予があって大事には至らなかったが、それ以上に真に迫った状況が目前にあった。いつの間にかイエイヌは彼女の右斜め前方へ転がっており、前方にはロードランナーの背中が間近にある。

やっとともえは理解した。彼女らの恩人が先程までセルリアンに向けていた敵意が、今はともえに向けられていることを。

辛うじて膠着状態にあった彼女らの力の差は明らかだった。ロードランナーは少女の放つの手首を掴んで攻撃を何とか往なしていたが、それでも必ず来る二撃目は受けきれないと、そう確信した。

 

「てめぇ……誰だ、なん……で」

 

うめき声だけが、その問いへの返答だった。その様子は怒り猛っているのかさえわからなかった。ロードランナーは恐怖に辛うじて抗うことしかできない。アムールトラから一切の感情が読み取れない、その姿は野獣と形容せざるを得なかった。

ともえは恐怖に楔を打たれて身動きが取れない。ただ眼前で尽きようとする彼女の名を叫ぶ声だけがこだまする。

イエイヌは倒れ込んだまま動かない。ともえが祈るように目配せをしても指の一つ、まぶたの一つも動かなかった。

 

そして、鮮烈な一撃がロードランナーを捉えた、少なくともともえにはそのように思えた。しかし、彼女は地に伏してなどいなかった。

 

「君は、ビースト……? いや……私も、か。……待て、君はガイアドーター……なのか?」

 

ともえにはその瞬間の出来事が全く理解できなかった。それがロードランナーの声で、彼女は攻撃をすんでのところで受け止めていたことに気付くのはずっと後のことだった。

彼女の言葉に戦いたアムールトラは、その一瞬の隙を突かれてなされるがまま、額にそっと手をかざされ、ゆっくりと地の底へと意識を落とされていった。

アムールトラを横たわらせた彼女は、セルリアンに襲われた二人と、イエイヌの安否を確認すると、ふと、ともえの方へ振り向いた。ともえにはその優し気な表情が強く強く印象に残っている。

 

「そうか……。キミが……。ありがとう。私を、頼むよ。」

 

彼女はその言葉をともえに託すと、立ち消えてしまいそうにふらついてそっと崩れ落ちた。

 

「ロード……ランナー……なんで」

 

遠方ではもう一つの哀しきけものが呟いた。

 

     *

 

ぺぱぷよこく~

 

コウテイ「ぺぱぷよこくがパワーアップして帰って来たぞ!」

イワビー「やったー! どうすごくなったんだ?」

ジェーン「“えいぞう”がなくなったり“しーぶい”がつかなくなったりしたみたいです!」

プリンセス「それってだめだめになってない?」

フルル「予習もしなくなってるもんねー」

 

プリンセス「お便りコーナー! よこくがパワーアップしたからお便りをいただいているわ! お便りをくれたのは、いでひろしくん!」

 

『一話のクセにたまげたなぁ……。てかエグない? もっとほのぼのして、どうぞ。』

 

フルル「ほんとだよねー」

(ぱ ぱ ぴぷ ぺ ぺ ぽぱっぽー ぱ ぱ ぺぱぷ♪)

「次回! じゃんぐるちほー!」




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