酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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多分あと一、二話くらいオリキャラ共の面白くもなんともない話がありますが許して。書いてたらキリの良いところが思い浮かばず想像以上に賭博編長くなってしまったんですよ。ストーリーさっさと終わらせて原作に行きたいんですよ。

大丈夫です。読者様方が思ってる以上に作者がこの話、飽きてます。








そして賽は投げられた。

「角を……賭けるだと?」

 

「ええ。そうでもしなければ貴方は私を信じないでしょう?」

 

 場が騒然となる中、儂は目の前の現実が信じられなかった。

 

 輝く黄金の髪。人形のように美しく冷たい顔立ち。遊女が着るような、金と黒の色彩が施された煌びやかな振袖。そこらの女より比較的高めな身長と発達した身体は、高嶺の華とも呼ぶべき花魁を思わせる。

 そこらを歩いているだけで男なら放っておかないだろうほどの美しさ。

 

 記憶にあるあの方と同じ姿。

 

 

 最初は他人の空似だと思っていた。容姿は同じでも、全くの別人だと。そういう事もあると、そう思っていた。

 

 なにせ、千年だ。数年、十数年とならばいざ知らず………かつての記憶が色褪せるほどの長い年月が経った今、諦めを通り越してその事実を心から受け入れるようになっていた。

 

 最強の鬼、酒呑童子様は死んだ。

 その事実が意識せずに当たり前と感じたのはいつか。それほどの年月。むしろ、もう一度その姿を目にする事など絶対にあり得ないと結論付けていた。

 

 だから、最初は似ているだけだと思った。気にはなったが、所詮他人だと。

 だが賭博場から異様な雰囲気を感じ取った時、儂の脳裏にはあの鬼の姿が自然と思い浮かんだ。

 懸念は興味へと変わり、しばらく経つ頃には居ても立っても居られず、儂はこの賭博場の門番を任されてから初めて任務を放棄した。

 

 

 

 賭け事を何度も続け、その度に勝っていくあの鬼の姿はやはり似ていた。かつての酒呑童子様も争い事のみでなく、賭け事でも最強だったから。

 だがそれでもまだ儂は疑念が拭えない。たまたまだ。もしかしたらイカサマをしているのかもしれない。…………実際、周りの者達皆がそう思っただろう。明確な方法がわからずともあそこまでツキが彼女に付くなら、それは運ではなくイカサマだと思う。

 

 しかし、だがそれでもッ……! 

 かつてのあの方は()()()()()。イカサマなどと言った矮小な存在が使う小細工や卑怯な手段など物ともしない。稀にいるおかしな力や能力を持つ輩とも違う…………あの方の存在自体が勝利なのだと突きつけられるような、自然の理にも近い何かがあの方にはあった。

 

 

 賭けは変わり、大小賭博へと移る。最初こそ勝ったり負けたりを繰り返していたあの鬼だったが、ある時から一転して勝つだけに変わる。

 我々としても地底一と呼ばれる賭博場を預かっている身だ。それに加えて、鬼の四天王の一人である星熊勇儀様が仕切る場。イカサマは勿論、名も知れぬ鬼一匹にいいようにされるなどあってはならない。

 胴元をやっている弥助もそれは百も承知だろう。

 

 だから奴は脅した。二度とイカサマなんて真似が出来ないようわからせるためにも、理不尽な要求を突き付けた。

 大抵の輩はこれで諦める。泣いて許しを乞い、この賭博場から去っていく。

 

 だがあの鬼は違った。目をくり抜けと告げられても動揺一つしなかった。流石に一度こそ去ろうとしたが、パルスィの奴が人質にされれば抵抗せずその場に落ち着き、鬼として最大の侮辱を受けようとも怒りを鎮め…………。

 そして己の両目を躊躇いもなく潰した。

 

 儂は確信した。どう言った理か、因果な関係かもわからないが……あの鬼は本物だ。かつてのあの方の生き写しなのだ。

 千年の時を経て、かつての酒呑童子様が復活した…………なんて夢物語はとうに捨てた。だが、この世は不思議なことも多い。

 

 私はあの鬼の姿に確かなあの方の魂を見たのだ。

 

 勝負は続く。相変わらずあの鬼は出目当てをしている。

 それも当然か。なにせ、本当にあの方の生まれ変わりなのだとしたら瞳を失おうが関係ない。勝利の女神すらも踏み越えるあのお方に、そんな小細工は無意味なのだから。

 蓋を開け、目を見開く弥助。目が関係ない事に気付いて慌てているのだろうか? なにせ、アイツはイカサマの正体が目であると勘違いして何の関係もない彼女の瞳を抉らせたのだから。しかも、証拠もないのにあると嘘を告げて。

 

 鬼が鬼に対して嘘を吐く。それは、どんな形であれ褒める行為にはならない。罰すべき行いだ。

 さらにその前には角を折れなんて暴言まで吐いたのだ。どんな鬼でも許さないだろう。弥助は殺されて当然の事をしでかしたのだ。

 

 彼女はなんと言うのだろうか。一般的な鬼なら弥助を殺すだろう。しかし、酒呑童子の生まれ変わりかもしれないあの鬼は一体なんと………。

 

 儂は予想もしない展開が起こるだろうと期待していた。

 だが弥助の奴が驚いた表情から一転して口元を眺めたのを見て、儂の考えも期待も、あまりにも的外れだった事に気付かされた。

 

 

 なんと、弥助の奴が賽の出目を変えて彼女に嘘の出目を告げたのだ。

 鬼がどうこう以前の問題である。その行為はこの賭博を仕切る側として絶対にやってはいけない行為だ。周りで観戦していた妖怪達も弥助の行いに驚愕している。勿論この儂も。

 いや、驚くなどと言う話ではない。そんな次元の話ではない。

 

 

「ふざけるな……」

 

 これは怒りだ。

 怒りという言葉すら生ヌルい………この感情をどう言葉で表せようかッ。

 

「ここを何処だと……思っているッ! 自分の立場を、何と心得ている!?」

 

 ここは現鬼の大将、勇義様が統治する賭博場。そんな場所でイカサマをするというのは、勇義様の顔に泥を塗るような行為だ。

 それに、仮にも賭博の一つを任されている身でありながらそのような行為、許される筈がないのだ。

 

「弥助!!」

 

 儂は奴を怒鳴り付けようとその賭けの中に割って入ろうとして

 

「そうですか。それは残念です」

 

 彼女の一声でその場に足が縫い止められた。

 

「あと一個1の目が出れば当たってたのですが……本当に残念です」

 

 まるで感情が一つ残らず失せたような、抑揚の無い声色で呟かれたその言葉。

 

 儂は久ぶりに悪寒と言う名の寒さを感じた。それを感じたのは儂だけでは無いだろう。

 

 いや、特別何かが変わったわけでは無いのだ。元々あの鬼の女は感情の起伏が見られず、儂が知っている限りずっと冷たい雰囲気を纏っている。

 では何が変わったのかと言うと………わからない。わからないが、儂は……儂らは何か不味い事に巻き込まれてしまったような、そんな予感を感じたのだ。

 

 賭けは続く。先程の連勝が嘘のように、彼女は負け続ける。

 いや、違う。彼女は勝っているのだ。だが、弥助の奴が当たる度に出目を変えている。

 彼女の目が見えない事を利用して。見えていないのに見えていると思われている彼女が、いつ無い本性を現して抗議してくるのか待つために。

 目が無いのに出目の結果を改竄されたと物申せば、それを理由にイカサマをしていると言う口実が出来る。

 

 そうすれば弥助の行いも免罪符だ。イカサマを見破るために仕方なくやったと言い訳ができる。

 

 

 しかし弥助の顔色は悪い。何故なら、彼女は全く動揺もなく賭けを淡々と続けているのだから。ただただ、弥助が卑劣な行いをしていると言う結果だけが現れ続けているのだから。

 イカサマを仕掛ける輩を追い込むための行動が、気付けば自分の首を絞めるだけの卑劣な行いに成り下がっていた。

 

 そして。

 

「この角を賭けます」

 

 曖昧だった悪寒は過ぎ去り、儂はあの鬼に明確な恐怖を感じた。

 何故今さら角を賭ける? 何度も負けているこの状況で、鬼の命とも呼べる角を何故? 

 そもそも彼女は弥助の行動を理解しているのだろうか? 

 

 わからない。わからないが不味い事になったのは確実だ。

 彼女の行動は……形はどうあれ身の潔白を表すものだから。この賭けに全力で挑むと示している。

 これでももし彼女が出目を当て、弥助が先程のように出目の結果を改竄したのなら…………。

 

 客の信用を、少なくともこの場で観戦している者達からは確実に信用を失う。

 あの鬼がイカサマをしているどうこうの問題では無いのだ。鬼の角を賭けた相手に、我々が卑劣な行いをしたと言う事実が問題なのだ。

 

 我々の信用が失われるのはまだ良い。だが……この賭博の、引いては勇義様の信用を失うことがあってはならないッ……。

 

「さあ、胴元の方。賽を振ってください」

 

 儂の恐怖など関係ないとばかり、あの女は弥助に賭けを催促する。

 

 本能が警報を鳴らしている。早く止めねばと。なのに、儂の足はなぜか動かない。

 

「ま、まて! 角を賭けるだと!? お前のような偽物の角を賭けたところで俺の角と釣り合う筈が無いだろう!!」

 

 腕が動かない。声が出ない。体が震えて、動かない。

 

「はい? …………何を勘違いしているのですか? 私が貴方の角欲しさに、大事な大事な角を賭けるとでも? 

 

 

 

 

 ──────身の程を弁えよ、小僧」

 

 

 儂は、あの方の怒りを恐れた。

 

 

「なっ……!!」

 

「私が角を賭けると言ったのだ。二束三文で買える貴様の角などいらん。私が狙うのは…………この賭博場を仕切る鬼。その鬼の角だ」

 

 本気だ。

 本気であの方は我々を潰そうとしている。

 

 

「ば、バカな…………それこそ釣り合うわけが無いだろう!? 」

 

「たしかに、そこらの木っ端鬼が賭博場を仕切る鬼の角と同じ対価だとは思いません。ですが………賭けの相場次第では成り立ちますよね?」

 

「ま、まさか……」

 

 冷や汗が止まらない。彼女と直接相対しているわけでもないのに、震えられずにはいられない。

 

 大小賭博の最も相場の高い出目。冗談やらふざけて賭けることはあっても、誰も当てられず当たるとも思わせない賭け方。

 

「一の目が三つ。それに私は一万両と己の角を賭けましょう。単なる賭け事ではありませんよ? これは私から貴方達への挑戦。

 さあ、地底賭博の方々。貴方達はこの挑戦、受け取りますか?」

 

 相場にして180倍。確率にして1/216。

 

 最弱にして最悪の挑戦を叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

「ぬぐ、ぐっ……」

 

 酒呑と向かい合う弥助という鬼は困惑していた。

 最初は見目麗しい鬼の女だと思っていた。それがイカサマをされた事で怒りと、そしてその償いをさせるためにどう辱めてやろうかという欲望で興奮していた。

 

 弥助はこの女が鬼だと疑っていない。同族なら見た目ではなく勘……同族意識とも呼べるような親和性を感じることができる。

 イカサマをした事には驚いたが、別に珍しいわけではない。強い鬼はその強さ故に鬼の特性に強く締め付けられているが、弱い鬼はそうでもないのだから。

 

 妖怪とは普通、その妖怪の本質に近ければ近いほど強い。この妖怪はこうあるべきだという人々の無意識な思いが妖怪の強さだ。人々が思う妖怪に近ければ近いほど、その妖怪は強い。

 星熊勇儀は最も鬼という種族の在り方を体現しているだろう。武器を持たず、喧嘩好き。荒っぽくも仲間想い。約束を守り、嘘偽りや卑劣卑怯を許さない。

 まさに鬼そのもの。鬼の種族の中で勇儀はまさしく最強だろう。

 

 だからこそ伊吹萃香は異端と呼ばれる。

 あれほど鬼として矛盾した在り方をしているのに、勇儀と同等かそれ以上の強さを持つ彼女は普通ならあり得ない。彼女程鬼として破綻しているならば、小鬼どころか天邪鬼位には弱くてもおかしくないはだろう。

 だから彼女は例外中の例外。普通の鬼は嘘を吐けば吐くほど弱く脆い存在になる。

 

 弥助も目の前の鬼の女は弱い類の鬼だろうと思った。イカサマをされたことには怒りを露わにしたが、心の奥底では怒りよりも突然降って湧いたチャンスに心躍っていたのだ。

 

 無理難題をぶつければ泣いて許しを乞い、助けてくれと頼む筈だと。後は助けてやる代わりに自分の女になれと言えばこちらのもの。下卑た考えだが先に卑劣な行いをしたのはあっちだ。自分は悪くない。

 

 先の展開に弥助は下卑た笑みを止められない。

 

 

 なのに。

 

「早く賽を振ってください。それとも挑戦を受けませんか? それもいいでしょう。まあ………あなた方が偽物と罵るこんな矮小な女の挑戦すらまともに受け入れられないなんて………ふふっ」

 

「このっ、言わせておけば……ッ!」

 

 弥助は自問自答する。何をどう間違えたのだろうかと。この女をそこらの木っ端鬼と侮ったことか。目も見えないはずの女相手に卑怯な行いをしたからか。

 いや、例え鬼でも目を失えばこの地底では生きていけない。この無法地帯で目の消失は死と同義だ。地底に住む妖怪なら絶対に行わない。失明ならまだしも、ただの鬼に失った体の一部を再生する力は無いのだから。

 出目の改竄も、元々イカサマをしている酒呑が抗議すると考えたから弥助は行った事だ。目の無い酒呑が抗議すれば何故わかるのだと逆にイカサマしていることを見破れる。金を失っていけばいつかはシビレを切らすだろう。

 

 

 追い詰めていたのは自分だった。

 

 

 なのに。

 

 

 なのに、なのに。

 

 

 今、自分は崖っぷちに立たされている。

 

 

 

「……覚悟はいいのか? そんな、博打とも呼べない………己を投げ捨てるような賭けをするのか?」

 

 当たるわけがない。絶対に当たるはずが無い予想。そもそもまだサイコロを振ってすらいないのに賭けるのは狂気の沙汰だ。

 ではイカサマをするのか。だがそれはない。何故なら酒呑は自分が鬼だという事実を誇りに思っているから。平時ならいざ知らず、鬼の誇りを賭けたこの戦いにそれを侮辱するような真似は絶対にしない。

 

「はい」

 

 なのに酒呑は何の躊躇いもなく応じる。当たると信じているから? 

 そうではない。彼女はいつだって、本心では自信がない。どんな時でも自分が弱者だと理解している。

 

 ただ彼女はこの勝負に勝てると確信していた。

 

「ぐ………ぅ……ッ」

 

「さあ、早く。振るのか降りるのか」

 

「やって……や……」

 

 サイコロを持つ弥助の手はこれ以上ないほど震えている。いっそ、可愛そうになるくらいに。

 

 降りることはあり得ない。それをすればこの賭博場に泥を塗り、弥助の居場所は無くなるから。

 だが勝てるのか。今まで出目をピッタリ当ててきた酒呑が外すとは思えなくなっていた。当たれば、少なくとも先程のような卑劣な真似は挑戦を受けた立場で出来ない。酒呑が勝てば、責任を取らされるのは弥助だ。

 

 この賭博を仕切る鬼に、『賭けで負けたから角を折ってくれ』だなんて死んでも言えるはずがないだろう。

 

 

 弥助は恐怖していた。例え万分の一だろう起こるかもしれない自分の未来に。そしてそれを引き起こす目の前の酒呑に。

 

 だが、彼には残された道は一つしかないのだ。

 

「やってやる……」

 

 弥助は、サイコロを固く握った。

 

 

「やってやるぞおおぉおおぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 

 

 握り締めた拳を大きく振りかぶり、投げる。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

「──────ブヘッ!?」

 

 

 弥助の体は天高くに吹き飛ばされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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