これからも酒呑童子物語を頑張って書いていくので応援よろしくお願いします。
「いい景色ですね。ここからならこの街を……地底全土を一望できそうです」
賭博場の屋敷、というよりもはや城かってくらい高く建てられた建物の屋上にある一室。その部屋の窓から見える景色を眺めながら、私は左手に持った盃の中身を飲み干す。
気付いた時には塀の内側にいたので頭上のことなんてわからなかったけど、いやはや驚きである。まさか10階建の建物だったとは。鬼の建築は妖怪随一と知っているけど、私の知ってる常識から随分とかけ離れたもんだ。
「はぁ………まさか、千年とは………」
恐ろしく長い時間の経過を感じながら、私は空いている手で太腿の上でスヤスヤと眠る勇儀の頭を撫でた。
あの後、私は勇儀に詳しく話を聞かされるためにこの部屋に案内された。まだ十分に楽しんでいなかったけど宴は後日にまたやるとの事で私は我慢することにした。
まあ、あんな事実を聞かされた後では宴を楽しむ事も出来ないので渡りに舟だったのは事実。
勇儀と二人っきりになって、私はようやく事の次第の全てを知ったのだ。
まさか……
まさか。
誘拐された私は呑気に千年間も寝ていたなんてッ! いくら妖怪が長寿だからって寝過ぎだよ!
しかもそんな私の為に華扇と透花が責務を放り出してまで探しに出てくれて……うぅぅ…………
「母親想いの………師匠想いの子達を持ったものですね、私」
何されたか知らないけど、千年も寝てたとか意外と私って危機感無いのかも? いや、そんな事は無い……筈……。
でもなぁ、いくら私が居なくなったからってそんなに大事になるなんて思ってなかったんだよね。よくフラフラする時あるから、正直1日かそこらで探索とか打ち切りになるかと。
でもそれが鬼の四天王二人を欠くきっかけで、妖怪の山崩壊の始まりにも繋がるのだからわからないものですなぁ。
駄目だよ華扇も透花も。いくら私が大事で可愛いからって職務を放り出したらあかんのよ! そのせいで勇儀が責任おってるじゃん………勇儀は粗暴だけど何だかんだ妖怪の山一の誠実さで有名なんだから!! 見なよ、重圧で押しつぶされてるよ!?
「私の居ない間に………はぁっ………」
記憶よりも痩せた彼女の頰を撫でる。
こそばゆいのか身動ぎするが、精神的に疲れているのだろう。一向に起きる気配がない。
この千年間、どれほど勇儀に負担が掛かっていたのか。
姉御肌の頼りになる勇儀がここまで窶れている姿を目にしてしまうと、どうしようもなく自分の不甲斐なさを呪う。
私の探索に加えて、華扇と透花の失踪。加えて妖怪の山の運営やライバル妖怪に人間達の攻撃もあったらしい…………抗争に関しては全部華扇とかに丸投げにしてたから知らなかったけど、相当キツかったんだろうな。
てか立場的に最高幹部っぽい筈なのに自由過ぎない鬼の四天王? 華扇も透花も! 勇儀に全部任せちゃ駄目じゃない!!
しかも残ったのは萃香とか………誠実のカケラもないあの子が勇儀を支えられるわけ無いんだよなぁ(諦め)。天魔もいただろうけど、彼女は身分的に勇儀の下だからいざと言う時の決定は勇儀がするしかないし。
頑張ったんだねぇ(感動)
全てを話し終えた勇儀に感極まった私は彼女を思わず抱き寄せていた。しばらくそのままでいれば、やはり疲労が溜まっていたのだろう。いつのまにか勇儀は寝てしまった。
ふっふっふっ………まあ、私の母性力は折り紙付きだからね。伊達に千年の間華扇の母親を務めてないさ。まあ、途中からどっちが母なのかわからなくなるくらい私の方が面倒見られてたけど。
「これは久しぶりに華扇には説法を説く必要がありそうですね」
思わず小さい頃の華扇の姿を思い出してしまう。
あの頃はまだ未熟だった華扇を何回か叱ったものだ。基本いい子だけどたまにやらかすからねあの子。意外と油断ならなかった。
でも怒る度に目に涙を溜めてウルウル泣きしてた華扇はかわい………良心が痛んだものだウン。でも怒る時には怒らないと駄目だもんね。
ちなみに最後の決め文句は、そんなに悪い子でいると華扇のこと嫌いになっちゃうからね、だ。
それ言うと華扇は号泣して私の足に縋り付いて来たな。良い子にするから見捨てないで、嫌いにならないでって。
………ゾクゾクしちまったぜ。
「今後の課題は、鬼の四天王達を探す事からでしょうか」
その為には一度この地底から地上に上がらないといけないか。その時にはこの旧都を牛耳ってる勇儀とは離れないといけなくなるのかな。
もしそうなった時の事も考えながら、私は未だ膝の上で眠る勇儀の頭を優しく撫で続けた。
本日も晴天………かどうかは土に覆われたこの世界ではわからないが。
私は今日も元気に戸惑っています。
「さて。それじゃあ始めようかねぇ」
「ああ、クソッ………なんでこんなことになっちまったのかな」
「往生際が悪いぞ弥助。お前は、私の下にいる上で絶対にやってはいけないことをしたんだ」
沢山の鬼達に囲まれながら諦めの表情で黄昏ているいつかの胴元の鬼を目の前に、私は横にいる勇儀の様子にビビりながら土の空を仰いでいた。
勇儀こぇ〜……。
さっきから私のこと睨んでくる弥助が可愛く見えてくるぜ。いや、ゴツいから実際に可愛くはないけど。
「姐さん……確かに俺ぁ、鬼としてやっちゃならない事をした。罪も認める………だが、そこの女を俺は認められない! 何故そんな奴を!?」
「母さんは関係ないだろ。私が豪児や他の鬼に聞いた…………恐喝に虚言、加えて盲目な相手にイカサマ………これだけでも許せないのに、まさか母さんにソレをやるとはな」
昨日ボロ勝ちする私を妬んで虐めてきたあの鬼が処刑される瞬間を、特等席で見せられている私は一体何なんだろう。
せっかく宴が再開されると思っていたのに何故こんな胸糞悪い瞬間に立ち会わないと行けないのだろうか?
まあ被害者だからと言われればそうなのだけど…………私はお酒を飲みたかったよ。
あ、ちなみにですけど別に弥助とか言う鬼が可愛そうだとか微塵も思ってないですぅ。むしろ死ね。屍を晒せ。私にあんな恐怖を与えた奴が生を懇願するとか厚かましいんじゃ。
「勇儀。早く終わらせましょう」
「ああそうだね。じゃあ、始めるか」
勇儀はそう言って立ち上がった。
周りの妖怪達から視線を一身に浴びながら、彼女は弥助への死刑宣告を告げた。
「弥助は最悪の禁を犯した。これにより、コイツには決闘してもらう」
可愛そうだが仕方のないこと。私を酷い目に合わせたのが運の尽きだよユー。
…………あり? 決闘?
え? 死刑じゃなくて?
「我等鬼は強さが正義だ。最も強い奴がルールを決める。なら、ルールを破った弥助が残された道は一つだろう?」
いや、知らないよ。
「気に食わないなら下剋上すれば良い。認められないなら、覆せばいい。もともと、お前が始めた事だ。否定したいなら倒してみな…………ま、お前如きがどうこうできる相手じゃないけどね」
あー……
なるほど。
やっぱり勇儀のような強い鬼が考えることは理解不能です。
何故わざわざ自分が倒されるかもしれない危険を冒してまで罪人にそんな措置を与えるのか。
まあ鉄槌を下す側の勇儀が強いから、この処刑方法が成り立つんだろうけどさ。
私は関係ないからどうでもいいか。
「今までは逆らう者に私が鉄槌を下してきた。ただ、逆らわなくても不満を持つ者は多くいたと思う。当然だな。だって、数人を除いてこのルールを作った奴の実力を誰も見たことがない」
……ぅぅん?
なんか今、勇儀が変なこと言わなかった? ルールを作った奴の実力を知らないって言ったよね? え、勇儀が作ったわけじゃ無いの?
勇儀が作ったんじゃ無いなら、じゃあ誰が作ったって言うのさ。
この地底を管理する、さとりちゃん? でも彼女は鬼じゃないし……。
…
……
………なんでだろう。
無関係な筈なのに…………嫌な予感がする。
「だがついに母さんが帰って来た!! 喜べお前等! 本当の大将が真の強さを示してくれる!!」
………
…………ふう。
「……勇儀」
「さあ母さん。母さんにセコイ真似したアイツにお灸を据えてやりなよ」
…………OK OKぇ。よくわかったよ。いや、わかってないけどさ。
要はアレだろ? いつものアレだろ?
勇儀…………貴女は勘違いしていますよ。
多分、私が弥助くんを自らの手で殺せって事なんだろうけどさ。
一対一の、鬼の決闘。うん、それはね。
私に対しての死刑宣告なんですよ?
「ふん。澄ました顔しやがって」
「貴方は私が余裕のあるように見えますか?」
だとしたら医者に行け。目の専門のな。私の絶望顔をよく見ろ。もう泣きそうだよお姉さん。
いやだぁぁぁ……死にたくないぃぃぃ………
なんでこんな酷いことするのぉぉ……
「やはり、こんなこと止めませんか? 貴方が反省の色を見せてくれるなら、私はもう気にしないのですが」
「もう決まったことだ! こんな状況で今更、否定する気も無い! 俺の死は決まっている! ならお前を否定した後に潔く姐さんに殺されてやる!」
いや、なら今殺されろよ。私を道連れにするな。
説得も弥助には届かず一蹴される。
彼の言う通り、周りを妖怪達で囲まれた擬似決闘リングのような空間で既に私達は向かい合っている。決闘を止めることは出来ないだろう。
つまり、私の死が確定したと言うことだ。
ぁぁぁぁぁぉぁぁぁぉぁ…………
「それでは、決闘始め!」
「行くぞ!」
私の絶望なんてとくに気にした様子もなく、勇儀の死刑宣告が高々に告げられた。てかお前本当に私のこと慕ってるの?
そして私の気持ちなんて関係ないとばかりに勢いよく飛び掛かってくる弥助。
その巨体に見合わないくらい素早い動きに、私は彼の動きを視認出来なかった。
凄い音がしたと思ったら、彼は既に目の前にいたのだ。
「オラ!」
その瞬間。まるで世界が止まったように迫る拳がゆっくりと私に向かって来た。
よくある、死ぬ間際に脳が活性化して思考速度を高めるアレだ。別に本当に世界が止まったわけではない。
それを証明するかのように、私の生存本能が脳に直接警報を鳴らしている。
避けろ。避けろ。でなければ死ぬぞ。
警告に従って本能的に上半身を捻る。身体はゆっくりとだけど着実に弥助の拳を避けていく。
そして、私の真横を凄い力が通り過ぎた。
「!!!?!?」
「ぬぅ!」
危機一髪。当たれば私の身体は木っ端微塵に砕け、私の軽い命はゴミカスのように吹き飛んだ事だろう。そんな当たり前に起こる筈だった運命を奇跡的に回避できた。
まさか避けれると思わなかった。避けれたことによる驚きと、死がすぐそこまで迫っていた驚きで、一瞬の時間だと言うのに心臓がバクバクと凄い速さで鼓動している気がする。
でも、いくら奇跡的に鬼の一撃を避けれたからってまだ終わりじゃないんだ。
「ふん!」
目前まで迫る追撃の拳。彼にとってみればさして特別な事をしていない当たり前の拳。
対して私は奇跡的に運良く回避した直後だ。しかも、体を捻ったために無理な体勢。
避けれるはずがない。
避けるのは無理。
わかっていた。二度はない。
加速した時間の中で私の身体は地面に傾き、弥助の拳がゆっくり私に迫る。
ギリギリ体を庇うように右手を掲げるのが間に合ったけど、その右手はなんの障害物にもならないとわかる。
うん。死んだわ。
「グッ」
そして。
アイツの拳が右手に持つ瓢箪に突き刺さり、殴られた衝撃で私の身体は宙を滑るようにぶっ飛んだ。
「ッッッッッッッ!!!!」
イデェェェェェェォぁぁぉぁああアアいアアアあ!!!!!
腕が!! 肩が!! 右半身の骨が折れタァ!!!?
痛い痛い痛い!! ひんギョェェェええええええ!!?
「なんだ……今の手応えの無さは………緩和、された?」
あががががが!! 死ぬ! しぬぅ!!
無理無理無理むりむりむり! 痛い! ホント痛い! 泣きそう! てか泣いた!
アイツどんだけ容赦なく殴んの!? マジで走馬灯が見えた! てか衝撃で一瞬気絶してた気がする! 痛みですぐ起こされたけどな!!
ぉぉぉぉぉぉ…………私の腕と肩がぁ…………
「貴様……やる気があるのか!?」
痛いよぉ………たしゅけて……
あ!? なんか言ったか!? うるせぇ! お前の相手なんかしてる余裕ねぇんだよ!! こっちは痛みでそれどころじゃ無いんだ! 殺すぞ!!
「……ッヅ!」
ヤバい。声出すだけでも痛い。叫びたいのに、痛みでそれすら出来ない。歯を食いしばってないと頭がどうにかなりそうだ。
背中どころか全身から変な汗が吹き出てる気がする。気が滅入っちまう。
「何故戦おうとしない!!」
だけど、どんなに私が痛みで苦しんでいたとしても。
いつまでも呑気に痛がっていられる余裕は無かった。
何故か知らないけど、平気でか弱い女を殴り殺そうとする鬼が怒りを私に向けているから。いつまた飛び掛かってくるかわからないほど、彼は怒気を露わにしている。
まずい。なんとかしなくちゃ。じゃなきゃ死ぬ。
震える膝に力を入れて立ち上がる。今すぐにでも倒れて寝たいのを我慢して大地を踏みしめる。
今のところ、勇儀も助けてくれる様子はない。当たり前だ。彼女は私が強いと勘違いしているから。
助けは無い。自分でなんとかしなくてはならない。でも、今の状況を覆す力は私の身体にはない。
絶対絶命というやつだ。はいそこ、コイツよく絶対絶命になるなとか言わない。
しょうがないじゃないか。元々私は弱小妖怪。鬼に勝てる実力なんて無いんだから。
てかむしろあんな屈強な鬼に殴られてよく無事だったな私!? いや、無事じゃないんだけどね! 右手と右肩は骨が逝かれてるし、衝撃が胴体まで届いたからか右半身が全体的に痛い!!
でも私の身体が粉々にならなかったのは、どうやら私の右手に括り付けられてた瓢箪が奴の拳の勢いを緩和してくれたからみたいだ。
流石何百何千年も私と連れ添ってきた相棒。鬼の一撃を受けてなお、見た感じ無傷なのだから素晴らしい。できればその硬さを私に寄越せ。
「貴様は俺を侮辱するか!」
ふう…………いい加減アイツ五月蝿いな。怒鳴り声が怪我に響くんだけど。
弥助の拳が恨めしい。あんな拳、私の瓢箪に当たった時に砕け散れば良かったのに………………あ、いや、まてよ…。
…………そうだ。
忘れてたよ。なんで気付かなかったんだ?テンパってたから気付くのが遅れたけど、私はまだ終わっていないじゃん。
「……私は別に、貴方が死刑になろうがどうでも良いのです。私に迷惑がかからない限りどうでも良かった」
「なに……?」
そう。本当はどうでもいいんだよ、お前の命なんて。私の命を脅かさなければ興味すらない。
だけど、どうやら私はお前を倒さなければならないらしい。そうしないといけない流れになってしまったから。お前が図に乗って、私に対して危害を加えようとするから。
「今謝れば許してあげます。今ならまだ遅くない」
「……上等だ。反撃もせず逃げてばかりのお前に何ができるって!?」
なんで忘れていたんだろう。私にはコイツがある。私の本当の力。鬼をも超える圧倒的な力。
生涯を共に過ごしていつも私を支えてくれたコイツ。摩訶不思議でありながら、私を絶対に裏切らない私だけが唯一扱える力。
私の絶対的信頼を一身に受ける
絶対絶命? 命の危機?
何を言ってるんだ私は。コイツが在る限り、私が負けるはずが無いじゃ無いか。
私はピクリとも動かせ無くなった右手を激痛覚悟で動かし、その手に括り付けられた瓢箪の栓を左手で掴み、
そして目の前の鬼に宣言する。
「お前は今から私に指一本触れる事叶わず私に敗北します」
「なっ!?」
そして私は真の力を解放するため、掴んでいた栓を思いっきり引き抜く。
「…………」
引き抜く。
「………………」
引き、抜く……
引きぬッ…………
引き………引き…………
「あり…………?」
栓が引っこ抜けない…………おかしいな。いつもなら……こう、すっぽりと………
クッ………抜けろッ……!
なんで抜け………痛たたたたた!!? 右手が駄目だ! これ以上力入れたら捥げる!!
なんで抜けないのよー。なに? 反抗期? お母さんは貴方をそんな風に育てた覚えは無いわよ! 育てた覚えもないけど!!
「…………」
ふと周りから視線を感じて辺りを見回した。
そして、私に注目するように妖怪達の視線が向いている事に気が付いてしまったのだ。
一度、状況を整理しよう。
目の前には負ければ己の死が確定する背水の鬼。
周りに瀕死の私を誰も助ける気のない妖怪と私の
手には絶対の信頼を受けながらも全くウンともスンとも反応しない
そして、そんな状況下で背水の陣覚悟の鬼を散々イキリ散らして煽りまくった私。
……もう誰も信じない(泣)