酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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この作品をコメディ小説と勘違いしてる方。ごめんなさい
東方projectファンの方。ごめんなさい

嬉しくも私の他作品を読んでくれている方…………ただいま(ニッコリ


どうもはじめまして、ヘイ!タクシー!です。



久々に投稿しておいてなんだけど、ブラウザーバックを推奨します




絶望

「はっ?」

 

 勇儀は自分が今行ったことに対して、何故そうなったのか何が起こったのかわからなかった。

 左手に激痛。掌が潰れ、手首は折れひしゃげている。

 

 そして、左手を潰したのは己の拳だった。

 

 勇儀の左手は確かに倒れている魔理沙の襟を掴んでいた。逃げないよう抑え付け、狙いを定め、右手を彼女の顔面目掛けて振り下ろした。

 なのに、右の拳は彼女の襟元を掴んでいたはずの左手首にぶち当たったのだ。

 

「このっ!」

 

「ぬっ……」

 

 覆い被さるように立っていた勇儀の胴に魔理沙の蹴りが入る。本来ならただのひ弱な人間の蹴りなどビクともしない勇儀なのだが、蹴られた事で呆気なく彼女の視界は揺さぶられ、体幹が崩れ落ちる。

 

「なん……だ?」

 

 何故、自分は今倒れた? 

 有り得ない事態に勇儀は益々混乱するしかなかった。

 

 そんな隙を魔理沙は見逃さない。

 

「マスタースパーク!!」

 

「ッな──────」

 

 高らかに叫ぶ呪文。それはそこらの妖怪なら影も形も残らない、大妖怪だろうと直撃すれば大ダメージ必須の魔法。

 次の瞬間、魔理沙のミニ八卦炉から魔力が極太の光の奔流となって放たれる。気づいた時には、勇儀はもう既にその巨大なレーザーに呑み込まれていた。

 

「マスタースパーク!! マスタースパーク!! マスタァァァスパークッッッ!!!!」

 

 何度も何度も巨大なレーザーと化した魔力の塊が勇儀がいる場所を呑み込む。膨大な魔力が無防備となった勇儀の体を焼き続ける。

 

 

「マスタースパァァァァァクゥ!!!」」

 

 

 ダメ押しの最後の魔法。

 限界まで魔理沙の身体から絞り尽くした魔力を魔法に換えて放つ一撃。旧都の街道を抉り、街並みを破壊し尽くす。

 

 そして魔法を放ち終わった魔理沙は限界とばかりに膝を付いた。

 

「ゼー……ゼー……もう無理だぜッ…………! これ以上やったら私が死ぬッ!」

 

『……そりゃぁそうでしょう。相変わらず馬鹿げた威力……人間には過ぎた力だわ』

 

『でも出し尽くした甲斐はあったんじゃない? 見てみなさいよ。あの鬼、倒れてる」

 

 陰陽玉から聞こえたアリスの言葉に魔理沙は顔を上げた。

 それは凄惨な光景と言えるだろう。全身から煙を上げ、露出した皮膚からは爛れた火傷の痕が離れている魔理沙からでもはっきりと見える。無事な場所を見つけるのが困難なほど投げ出された勇儀の身体はダメージを負っている。

 

 勇儀は仰向けになったままピクリとも動く事はなかった。

 

「ゼィ……ゼィ……ッ、ショックだぜ……あんなにやったのに、火傷程度なんて」

 

『流石の生命力という事かしら。あれで原形を留めているなんてレミィだって無理だもの』

 

『ホントにギリギリだったわね。まったく…………もしアレの効き目がほんの少しでも遅れてたら死んでたわよ。確実に、ね』

 

「うるさい、ハァ……奴らだ…………少しは、労いの言葉を、だなぁ……」

 

 称賛の声すら送らずに、通信越しから高みの見物とばかりにズケズケと酷評ばかりしてくる二人に、魔理沙は悪態を吐くもいつもの元気はそこに無い。

 

「嘘だろ……姐さんが、やられた?」

 

「馬鹿な!!? そんなはずあるか! 姐さん! 起きてくれ姉さん!」

 

「あんな、人間なんかにやられる筈が無いだろう!? そうだと言ってくれ姐さん!!」

 

 その結果は今まで被害の及ばない場所で観戦していた鬼達に衝撃を与えるものだ。

 彼等は勇儀の強さを知っている。だからこそこの現実を信じられるわけがない。鬼の頂点とも言える存在が、たかがにんげんの小娘一人にやられるなんて現実があるわけがない。受け入れる…………受け入れられる訳がない。

 

 だか、どんなに彼等が勇儀に声を掛けようとも彼女からは返事一つ返って来なかった。

 

「そんな…………ッ」

 

「す、すぐに頭を呼べ!! 幻想郷の奴等が攻めてきたって伝えろ!! 一大事だと!!」

 

 鬼達は一目散にその場から離れる。

 戦闘が始まってから、彼女達は鬼達の屋敷からかなり遠さがってしまっている。急いで戻らなければ。

 幸いにも魔理沙は魔力と体力を酷く消耗していると鬼達もわかっている。ならば急げば大丈夫だ。

 

 その思いから鬼達は一斉に屋敷へと向かったのだ。

 

『あら、かかって来ないのね。まあその方が此方も好都合なのだけど』

 

『まあ来ても私の人形達の餌食になるだけだけどね』

 

 陰陽玉から告げられた声と共に、一斉に瓦礫の山から西洋風の可愛らしい人形と星のマークが付いた陰陽玉と似通った球が飛び出してきた。

 

『おいおい…………人形も魔法も無くなったのは嘘だったのかい?』

 

 今まで黙ったままずっと観戦していた萃香が非難めいた声を上げる。

 どうやら耳聡く先程の会話を萃香は聞いていたらしい。命懸けの戦いにズルも何も無いと言われるかもしれないが、これでも彼女は異端とは言え鬼だ。嘘を見つければ反応しないわけにはいかない。

 

 だがそれを二人は否定した。

 

『嘘じゃ無いわよ。さっき言ったこと覚えてないの? 護りの魔法も、自動防御の人形も全部壊れたって』

 

『…………ああ。なるほどね。手札は使い切ったわけじゃ無いってか。コイツは一本取られたよ。まさか、距離も関係なしに魔法を行使できるなんてなぁ! やるじゃないか!』

 

 萃香は勘違いしていた。二人は事前に魔理沙に魔法を掛けるか、自動で動く人形を持たせるかしか援護できないと。

 そんなわけがなかったのだ。ならば二人はサポートとして呼ばれる筈が無い。

 

『見事に引っ掛かったね。私も、そして勇儀もな。じゃあ、勇儀が魔理沙にトドメを刺す瞬間におかしくなっちまったのもお前さん達のおかげって事だな? おかしいと思ったんだ。勇儀があんな簡単に負ける筈が無いからさ』

 

「おい、まるで私一人じゃ負けていたみたいな言い草だな。見てなかったのか? コイツを倒したのは私だぜ?」

 

 萃香はアリスとパチュリーを見事と褒めそやす。実際、彼女達が行った事は称賛されるべき事だ。

 何故なら実際に戦いに赴いたわけでも無いのに、あの鬼の四天王である星熊勇儀を無力化したのだから。

 

 だが萃香の言い分を聞いた魔理沙は不満気だった。それもその筈で、確かに二人のお陰で勇儀を倒せたのは魔理沙もわかっているがトドメを刺したのは自分だ。自分の魔法があってこそ勇儀を倒せた。それだけは譲れなかった。

 

 でも、

 

『事実だろ魔理沙。お前さんは一人じゃ何もできない。現に今も死にそうだったじゃ無いか』

 

 萃香は魔理沙の言い分を否定する。

 

「おい萃香。喧嘩なら買うぜ?」

 

『弾幕ごっこで、だろ? 別にいいけど、あんなの暇つぶし程度のお遊びだ。いくらお前さんがそれで強くても、実際の命のやり取りになんの力も発揮されないんだよ』

 

『なっ…………ちょっと言い過ぎよ貴女。鬼だかなんだか知らないけど、魔理沙だって…………』

 

『いいや、お前さんもわかっているだろ? こいつはただの人間だ』

 

 萃香は魔理沙に対してバッサリと言い放った。

 

『正直言わせてもらうけどさ。霊夢といつも一緒にいるから相手してやってるけど、誰もお前なんか強いと思ってないよ。お前は弱いんだから、もうちょっと身分って奴を弁えた方がいいぞ』

 

 

 

 さっきまでの魔理沙は本当にギリギリだった。ギリギリの勝利。負けず嫌いの彼女は決して表には出さないが、勇儀と戦うのが自分一人だけだったら絶対に負けていたと彼女も気付いている。

 

 仮に本当に己一人でこの地底の世界に来ていたら…………

 一瞬よぎった自分の死の光景を振り払うように魔理沙は首を振った。

 

 幻想郷で生活している分、魔理沙だって危ない橋を渡ることだってあるし、命の危機を感じることも少なくない。西行妖の時はさっきよりも死の危険を感じ取れるほど脅威だった。

 しかし、あの時は霊夢が居た。そして、今回もアリスとパチュリーがいる。

 

 魔理沙の師匠である魅魔の所で修行をして力を付け、ガムシャラな研究で魔法使いとしての力量を上げて…………結果、名のある大妖怪達にすら弾幕ごっこではあるけれども、それでも勝ち続けて来れた。

 

 だからこそ魔理沙は無意識の内に察してしまった。

 力のある妖怪や修羅神仏…………化物達と関わるようになって漸くわかってしまったのだ。己の限界に。

 

 所詮弾幕ごっこは決闘と謳ったお遊びでしかない。いや、魔理沙は真剣だけれども他の者達にとってはそうでは無いのだ。

 今は妖怪達にこの流行りが受けて弾幕ごっこが決闘のルールみたいになっているが、この流行もいつ終わるのかわからない。妖怪は気まぐれだ。力のある大妖怪の誰かが飽きてそのルールを破った時、魔理沙のアドバンテージは失われてしまう。

 

 実際は八雲紫がその辺りを考慮して色々対策を加えているのだが、魔理沙はその事を知らない。

 魔理沙はただ一つの異変が終わる度に気付かされていくのだ。彼女がライバルだと思っている博麗霊夢との差に。一つ一つ解決するごとに、努力ではどうにもならない彼女と己の間にできた才能の壁がどんどん高く分厚くなっていく。

 

「…………はっ。萃香。お前は私を見くびってる様だけど、この現実を見てみるんだぜ。そこでぶっ倒れている鬼を怯ませたのは二人がやった事だけど、元々その薬を作ったのは私だぜ?」

 

『へー。そうなのかい? そういえば気になってたけど、一体何で途中から勇儀の様子がおかしくなったんだ?』

 

 それでも魔理沙は腐らない。

 圧倒的なまでの才能の差? そんなもの知るか。魔理沙は心の内で吠えた。才能に差があるならば努力すればいい。その為に魔法使いになったのだから。

 

 地道な努力と研鑽、長い時間をかけた研究と発明が魔法使いの強さに繋がる。

 

 見ろ、その結果が今の光景だ。確かに手伝ってもらったのも事実だが、その方法が己の手で作り出したものならいつかは一人で出来るのだ。

 

 魔理沙が今の光景を噛み締めて次に向けた目標を己の中で確立させている中、萃香の質問に答えたのはアリスだった。

 

『あれは魔理沙が魔法の森で見つけた可笑しなキノコ類に薬草を混ぜた薬のせいよ。それを私の人形がこっそりアイツに注射して動きを混乱させたわけ』

 

『私の魔法も、ね。常時熱で気化させた薬をあの鬼の周りに散布させ続けるの大変だったんだから』

 

『わかってるわよ。まあ実際、殆ど効いてなくて焦ってたんだけど。一滴含めば即効で目眩、吐き気、全身の弛緩及び痺れに混乱作用や幻惑作用が発症する劇薬なのに…………どんだけ生命力が桁外れなのよ。薬品や魔に慣れ親しんだ私達ですらすぐに再起不能になるくらいには強力なのに』

 

 呆れた様に呟くアリス。

 勇儀が戦闘の途中おかしくなった理由は毒。それも劇薬と呼ばれる類の毒薬。それらの生息地は、幻想郷にある魔法の森と呼ばれる人体に有害な胞子と魔の瘴気で満たされた森。妖怪ですら森の空気を嫌って入ることを拒むほどの恐ろしい世界。

 魔理沙はその森で取れた毒草や毒キノコの中から更に厳選して調合し、薬を作り出した。

 効力は己と、被験体として試された哀れな被害者であるパチュリーとアリスによって確かな成果を残した。危うく三途の河を渡りそうになったがそれ程の劇物。

 

 それを勇儀はあの戦闘中に大量に摂取させられていたのだ。

 勇儀の戦闘は基本脳筋と呼ばれる戦闘方法。それ故に彼女はいくら己に薬を打たれようが、彼女の周りを毒で汚染された空気にされていようが気にも留めない。

 勇儀の戦闘に対する周りへの警戒と配慮の無さによって、今回の悲劇は引き起こされたのである。

 

『…………あん? なんだ? 話を聞いてると、まるで敵を行動不能にする薬に聞こえるけど…………それだけなんかい?』

 

『? 言っている意味がわからないわ。敵を行動不能にさせる以外に必要なことってあるの?』

 

 

 

 

 

 

 

 そう。悲劇だ。

 

『…………まて、本当にそれだけ? 例えば、相手の力や妖力を一時的に無効にするとか…………そんな薬じゃないのか?』

 

『何よそれ…………どんな効果を期待してるのか知らないけど、私たちのは相手を再起不能にさせるだけよ。むしろそれで十分。仮にあれぐらいの大妖怪の力を一時的にでも抑制する力があるなら…………それは伝説級の秘薬でしょうね』

 

 この時、誰もが勇儀は負けてしまったと勘違いしていた。

 それが悲劇なのだ。

 

『まずい…………まずいなそりゃぁ。おい魔理沙、悪い事は言わないからそこから早く逃げな。出来るだけ遠く、出来るだけ早くに。勇儀が起きるよりも前に…………って、もう遅いか』

 

「はぁ? 何で私が逃げないといけないんだ。私は勝者だ───」

 

 甲高い音が響いた。

 固い何かが割れた様な音。魔理沙のすぐ横。そこを何か礫のような物が魔理沙の目では視認できないほどの速さで通り過ぎていった。

 

「───からむしろ堂々と…………あ?」

 

 飛来した何かに気づいた魔理沙が慌てて振り向いた。

 

 彼女の目には、八雲紫によって作られた特別性の陰陽玉が粉々に砕かれ、漏れ出た妖気と共にその破片が宙に霧散して行くのがくっきりと映し出されていた。

 

 

『に──ザザッ…………魔理……────ザザー……ッ!!!』

 

 既に通信機としての役割は完全に失い、不協和音の中から時折聴こえる誰かの声らしき物が魔理沙に届くのみ。

 

 

 

「なんだ……?」

 

「薬を盛ったってのは、本当かい?」

 

 状況が掴めない魔理沙に後ろから声が掛かる。

 ビクリと彼女の体が跳ね、まるで壊れたブリキ人形のように動きがぎこちなくなる魔理沙。

 ガタガタと身体は小刻みに震え、ギッギッと音がしそうなほどゆっくりと振り向く。

 

 声色でわかっていた。声の方向から、彼女以外いないことはわかっていた。

 

 だから、当たり前のように魔理沙の目の前には星熊勇儀が立っている。

 

「意識はあったさ。まだ目眩はするし、身体も怠い…………でもちゃんと聞こえてた」

 

「嘘だろ…………私の最大威力の魔法だぜ? そんな、簡単に…………」

 

 服はボロボロでかなり際どく、異性の目に毒な扇状的格好と言える。そのために無情なほど魔理沙に現実を叩きつける。

 

 服の合間から見える勇儀の肌には一切の傷跡が残っていなかった。多少火傷で肌が赤くなっているとは言え、それも火照っているように見えるくらいのもの。

 いくら生命力に満ち溢れた勇儀と言えども、致命傷の怪我を負えば回復にかなりの時間を要するだろう。しかしこの短時間で傷が全快したということは…………つまり、魔理沙の攻撃は全く効いていなかった事を意味する。

 

 その現実が魔理沙を地獄へと叩き落とす。

 

「あっ…………」

 

「私はさ、何だかんだ認めていたんだよ。人間でもこうも真っ向から向かってくる奴は初めてだって感心していたんだ。だから、私はお前に尊敬の念すら抱いてた」

 

「ひ、あっ…………」

 

 先程から、震えが止まらない。止められない。どうしようもなく身体が凍えるような怖気を感じていた。

 原始的な恐怖。取り繕うなどと出来るはずもない程の圧倒的な死が魔理沙に向いていた。

 

 勇儀が一歩魔理沙に近づく。直後、魔理沙の周りに漂っていた人形や魔法の球が彼女を守ろうと前に出た。盾になろうとしたのか、それとも勇儀を倒そうとしたのかわからない。

 

「邪魔だ」

 

 しかし勇儀が続け様に大きく踏み出した一歩が地面に付いた瞬間。地面が爆発し、空気が震え、妖気が振り撒かれ。

 

 魔理沙を守る盾達の尽くが一瞬で壊された。

 

 

 

「そんな………」

 

 嘘だろと、声にならない悲鳴が彼女の胸中を覆い尽くす。

 

 魔理沙は今まで勘違いしていた事がある。それは、彼女が本当に命を狙われるような戦いをした事があると思っていたこと。いや、実際に命の危機などはあったのだろう。死ぬかもしれない事件に、その好奇心旺盛で負けず嫌いな彼女の性格が何度も顔を突っ込ませた事だろう。

 

 でも彼女に明確な…………怒りや欲望などと言った純なる感情から来る殺意を力のある妖怪から向けられたことは一度も無かったのだ。

 

 レミリアは一貫して霊夢に想いを向けていた。魔理沙は見向きすらされなかった。

 西行妖ではただ周りに死を振りまかれただけだった。決して魔理沙だけに向けられた訳ではなかった。

 萃香は元々異変を楽しみたかっただけ。てゐのトラップはアリスが対処していた。

 

 人は死に鈍感だ。車の事故と一緒。明確に人体を破壊する物が普段から身近にあってもそれを恐れない。目の前に脅威が迫って漸く気付く。

 

「く、来るな。来ないでくれ」

 

「お前は私の逆鱗に触れたよ。まさか、そんな卑怯な手段を取る奴だったなんてな」

 

「あぐっ」

 

 勇儀が近づく度に無意識に後ずさって逃げようとしていた魔理沙だが、震える身体は小石に躓き倒れてしまう。

 すぐに起き上がって走らなければ。そう思うのに身体は言うことを聞かない。恐怖で身が竦んでいるせいもあるが、彼女の身体は既に限界なのだ。彼女には走る元気も無ければ、目の前の恐怖に対して立つ理性と気力も無い。

 

 

 己の身体が縛られた状態を想像して欲しい。目の前でリボルバー式の銃を見せられ、一発の弾丸を見えないように込められる。そして、無防備な己にその銃を突き付け…………引き金を引かれる。

 

 いつその弾丸は放たれるのだろう。引き金が引かれる度に、無機物な音が響く度に身体は勝手に跳ねる。跳ねてしまう。

 勇儀の歩みそのものが引き金だ。いつ襲われるかわからない。次の一歩で襲ってくるかもしれない。殺されるかもしれない。

 

 勇儀が近づく度に、魔理沙の顔が歪んでいく。

 

「こ、来ないで…………」

 

 そして魔理沙は見てしまう。今まで下を向いて怒りに震えていた勇儀の顔を。見上げたことで初めて目にする狂気と殺意の鬼の顔。

 

 

 

 

 

「うわぁああああァァァァァアアアアアああ!!!!!」

 

 

 

 魔理沙の理性が恐怖によって決壊した。

 

 なりふり構わず魔理沙は逃げ出す。背を向けて、地面を這って、手足を無様に動かして。汚物で服を汚そうが関係ない。恥も外聞もなくただ己の生存の為に魔理沙は逃げ出そうとした。

 

 それを勇儀は許さない。

 

「おぶっ!?」

 

 勇儀は逃げる魔理沙にすぐに追いつき、彼女の柔らかいお腹を蹴り上げた。

 

 ボールのように簡単に蹴り飛ばされた魔理沙は、何度も何度も陥没した地面とぶつかりながら数十メートル離れた位置で漸く止まった。

 

「うぷッッ、ぶ、ぐ…………ッげえぇぇ!!」

 

 わずかの呻き声を発した後、血が混ざった吐瀉物を撒き散らす魔理沙。

 手足を投げ出したままうつ伏せで倒れ、何度も苦しそうに咳き込んでいる。

 地面にぶつかった衝撃なのか、恐怖に呑まれようとも離さなかったミニ八卦炉を持つ腕は、通常ではありえない方向に曲がっていた。頼りのミニ八卦炉も腕が折れた時に何処かに行ってしまった。

 

 誰が見ても魔理沙の負けは確定している。彼女に抗う術は残っていない。もう、今の魔理沙は死に怯える幼い少女でしか無い。

 

 だけど、

 

「どうせまだ汚い手段でも残してるんだろ? いいだろう。使ってみなよ。私はその尽くを力で捩じ伏せてやる」

 

 勇儀は一切容赦しない。怯えているのは演技だと油断せず、まだ何か術があると疑わない。

 

「私はあの時から、お前みたいな卑怯な手段を用いる奴の為に特訓してたんだ。毒を打ち負かすのに多少の時間は掛かるし、その間私は無防備だけど…………どんな攻撃も私なら耐えてやる。もうあの時みたいに、無様に這いつくばったまま見守る事しか…………護られるだけの足手まといじゃ無いんだよ」

 

「あぐっ」

 

 勇儀は未だ咳き込む魔理沙の右足を踏み付けた。

 なんとか逃げ出そうと魔理沙ももがくが、万力のような力で押さえ付けられてその場に縫い止められて動けない。

 そんな魔理沙に、勇儀は踏み付けた脚に更なる力を込めていく。

 

「ぎぐっ、ぁィィいガァァァァァあああああああああ!!!」

 

「おら! 見せてみろ! この『力』の勇儀、卑怯な手段も怪しい術も母さんから貰ったこの名に懸けて全部捩じ伏せてやるよ!」

 

「ひぎぃっ! いやぁ!! やめ、やめてぇぇ!!」

 

 込められた力に、踏み付けられた太腿から血が滴り落ち、肉の下の骨から人体から決して鳴ってはいけない音が響く。

 このまま力を込めれば肉が潰れ、骨は容易く砕かれるだろう。それでも反撃してこない魔理沙に勇儀は呟いた。

 

「私の……私達の怒りがこれで収まると思うか? 私達がどんなに叫んでも、許しを乞うてもお前達人間は…………母さんを殺したのに!!」

 

 そう言うと勇儀は踏み付けた魔理沙の太腿の先にある足首を掴むと、それを引っ張った。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!?」

 

 ブチブチと繊維が切れるような、嫌な音が鳴り響く。太腿の血管が破裂したのか、破れた皮膚の隙間から血が噴き出る。

 

 そして夥しい量の血を噴き出しながら、ウインナーでも折るかのように勇儀は魔理沙の脚を太腿から千切った。

 

 

「──────────!!!!!」

 

 もう魔理沙に叫ぶだけの余裕も無くなった。

 元は可愛らしくも溌剌とした顔は血と吐瀉物と涙で塗れてグチャグチャに汚れ、身体は傷だらけの汚物と血で見るも無惨な姿に。

 

 勇儀の怒りは絶えること無く、この後も暴虐の限りを尽くし魔理沙を蹂躙し続けるだろう。人の枠組みを超えた圧倒的な力で、訓練された兵士でも音を上げる様な暴力を奮い続ける。

 魔法が使えるだけで年相応の精神しかないただの少女に、それを耐え切れる程の強靭さはない。

 

 

 

 魔理沙の心は闇の中に落ちる様に、その意識を途絶えさせた。

 

 

 

 

 




衝動的に書いた

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