酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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1日遅れのバレンタインデーです


幻想郷に降り立つ

 異変解決後の博麗神社は妖怪同士の宴会でいつも賑わう。それが最近の幻想郷の認識だった。

 新しい博麗の巫女が就任してから何故か始まったその習慣。今回も例に漏れず、誰もが神社は宴会で騒がしくなると思っていた。

 

「……………」

 

 

 しかし神社に集まった今回の異変に関係する妖怪、神、そして異変を解決した霊夢の間で重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

 アリスは上海人形を胸に抱き寄せて不安そうな顔をしている。パチュリーは普段通りに本を読んでいるが一刻前から1ページも本を捲っていなかった。

 魔理沙と勇儀との戦闘中に通信手段を壊され、自分達の魔法も壊された。そして、断片的に聴こえた魔理沙の悲鳴が今もなお二人の不安を掻き立てる。

 

 そして今回の異変の原因になった、いわば黒幕とも言える早苗の保護者達。八坂神奈子と洩矢諏訪子も普段の様子から考えられないくらい気が立っている。

 神奈子は畳の上で胡座をかいて膝に頬杖を突くと、その心情を表すかのように空いた手の指で膝を何度も叩いている。普段の明るくて気さくな彼女からあまりにもかけ離れている。

 一方諏訪子は相方と違ってジッとしていた。神奈子の隣に正座で座り姿勢を正している。目を瞑り、何かを待っている姿は特におかしなところはない。が、普段の彼女なら常に陽気に笑っている筈が、今は全く笑っていなかった。

 

 今回の主犯は神奈子だ。地底にいるさとりのペット・霊烏路空に己の八咫烏の力を与えた事が原因だった。

 彼女の力を基にして核融合のエネルギー資源を得るため、地底の底にある旧地獄を核融合炉として活用しようとした。残念ながらそれは霊夢によって阻まれてしまったが。

 

 己の計画が失敗したことは神奈子もまだ許容範囲だった。計画はまた他の事を考えればいい。多少機嫌は悪くなるだろうが、諦めも付くだろう。

 ただ、監督役として自分達の大切な家族である早苗を一人送り出して帰ってこないのが、彼女達の機嫌が悪い最大の原因だった。

 力を与えた眷族がいるから大丈夫だとタカを括っていた。なのに蓋を開けてみれば地底には鬼が住んでいて、今も地上に帰ってこない。

 神奈子が焦れて暴れ出すのも時間の問題だろう。

 

 

 そして霊夢もまた普段と様子が違っていた。テキパキと宴会の準備をする様子は何処か投げやりだ。準備に集中して気を紛らわそうとして、それを意識し過ぎて逆に気が散ってしまっている。そんな様子。

 

「おい霊夢ぅ。ヒック……地底の連中はまだ来ないのかぁ〜?」

 

 普段通りなのは宴会がまだ始まっていないのに既に酔って出来上がってる萃香くらいだろう。

 

「………うるさいわね。私が知るわけないじゃない」

 

「えー、なんでだよぉ。お前さんしか帰ってきてないんだからぁ、しっかりしてくれよー」

 

 大人数での宴会が出来る程の広さだけあって萃香の声がよく響いた。同時に室内に不穏な空気が流れる。

 そんな周りの様子など知った事かとばかりに、萃香はマイペースに声を大きくして不満を漏らす。

 

「なんだよー。紫はどっか行っちゃったし、霊夢は冷たいしー………ヒック」

 

「………」

 

「そうだ。どうせなら烏の奴等でも来ればいいのに、ヒック………せっかくの大事件が起こったんだ。弾幕ごっこ始まって以来、ルール無視で鬼が人間殺害!! こんな大きな話題を逃さない手はないって」

 

 室内の不穏な空気が更に際立った。

 アリスやパチュリーは変わらない様子だが、神奈子は目に見えて機嫌が悪くなった。いや、悪くなっただけじゃなく、苛立った様子で彼女は霊夢に話しかけたのだ。

 

「なあ博麗霊夢。お前、本当に二人が無事だって知ってんだよな」

 

「知らないわよ。私は地底の連中に尋ねたら、魔理沙と早苗はまだ地底に残るって聞かされただけだもの」

 

「知らないのと一緒じゃないか。なんで確かめないんだ」

 

「なんで私が一々面倒見ないといけないのよ。私は子守じゃないのよ? 勝手にくっ付いて来た二人の責任じゃない」

 

 神奈子の言葉の端々から殺気が漏れる。霊夢の返答にいつ彼女が癇癪を起こし、霊夢に襲い掛かるかわからない程だ。それどころか今すぐ地底との不可侵条約を破って、神社から飛び出し地底に突撃しそうな勢いだ。

 それをしないのは八雲紫から釘を刺されたからだろう。

 

 今、幻想郷と地底の間で緊張感ある関係が続いている。

 異変は地底側から悪霊が漏れ出したのが始まりだが、それを行なったのが幻想郷にいる神奈子によるものなのが事態をややこしくしていた。

 幻想郷と地底は不可侵である。それを先に破ったのは幻想郷側で、しかも被害を受けたのが地底の管理者のペットである。被害が出たのがそこらの木っ端妖怪だったのなら別かもしれないが、地底のトップのお気に入りに手を出されたとあれば、地底側も黙ってはいまい。

 しかし幻想郷側もはいそうですかと言い分を受け入れるわけにはいかない。異変であるにも関わらず、人と妖怪で殺し合いが起きたのだから。

 一応、地底も幻想郷の括りだ。弾幕ルールは適応される。なのに今回の事件が起こった理由が地底側の統制ミスだと言うのだから地底側にも責任はあるだろう。

 幻想郷側が発端となれば、それを解決するために人間を送り出したと言う理由も筋は通るし、邪魔をしたと責任逃れも出来る。しかしそれを地底側は許さないだろう。

 

 八雲紫が現在この場にいないのは、それらに対処する為に他ならない。

 だから神奈子には両者間の関係をこれ以上拗らせない為に釘を刺した。

 

「八雲の奴はまだか。いつまで私を待たせるんだ。早くしないと、気が狂いそうだってのに………」

 

 神奈子は恨めしそうに襖の開けられて見える外を睨んだ。当然、睨まれたからと言ってすぐに八雲紫が帰ってくるわけでは無い。

 

 が、直後に神奈子が睨み付けていた場所に黒い影が勢い良く落ちて来た。

 

「「「ッ!」」」

 

 神奈子、パチュリー、アリスの3人は勢い良く、そして感心なさそうにしていた霊夢もまた影の方向に目を向けた。

 

 

 

「────皆さんお揃いですか? もう騒いでいますか? 

 

 

 

 

 

 どうも、私です。清く正しい射命丸文です!」

 

 黒い影。落ちて来た人物が鴉天狗の射命丸文とわかった瞬間、そちらに目を向けていた者達は落胆し、そして鋭い目付きで彼女を睨む。

 

「貴女、一体何の用……って聞かなくてもわかったわ」

 

「流石アリスさんわかってますねぇ。えぇえぇ。取材しに来ましたとも。それで………なぜ私はこれ程まで皆さんに睨まれてるんでしょうか!?」

 

 睨まれた文は過剰反応と言える程仰々しく驚く。余りにもオーバーなリアクションにアリスは溜息を吐くしかなかった。

 

 黒髪ボブカットとわかりやすい特徴以外は基本天狗装束の姿。しかし他の鴉天狗と違い、文は人妖怪問わず様々な者達から煙たがられている。

 丁寧語こそ使ってはいるが普段からうざったい態度で、取材の時など騒がしい上に美味しいネタとわかれば嫌になる程しつこい。

 取材目的! と言う態度が全面的に表面に出ていて、それを表すように鴉天狗の象徴とも言える葉団扇はどこにも無い。代わりにと河童製の撮影機を手に持つ姿は、かつて日の本を恐怖に陥れた妖怪の山の鴉天狗とは思えぬ程に貫禄もクソも無かった。

 

「今回の異変はどうやらいつもと違って、ネタがてんこ盛りな予感がビンビンします! さぁさぁドンドンぶちまけちゃってください!」

 

 普段は感心事を示さない霊夢ですら、祓ってやろうかと本気で考えたウザさ。この烏は空気が読めないのだろうか? いや、読めていて敢えて煽っているのだろう。もしかしたら既に魔理沙と早苗が帰って来ていない事も知っているのかもしれない。

 だと言うのに敢えて人の神経を逆撫でにして聞いてくるこのスタンス。

 

 引っ叩きたいこの笑顔。

 

 そうして、どうやってこの天狗を追い出そうかと何人かが意思疎通を始めた頃だ。

 突然文の背後から声が聞こえて来たのだ。

 

「ちょいと待ちなよ。そこの天狗様じゃないが私も気になってるんだ。追い出すのは後にしてさっさと教えておくれ」

 

 その言葉と共に文の背景が歪んだ。

 歪みはゆっくりと広がり、人の大きさを保った辺りで波が止まる。すると、外の景色が映っていたその場所から青と緑の色が現れ始め、歪みが止まって輪郭がしっかりした頃には一人の少女が立っていた。

 

「……ってにとりじゃない。アンタ、この異変に関わることを拒んでいた癖に今更なによ」

 

「やぁやぁ霊夢さん。やぁー実は、もう知ってると思うけどそこの神様と核融合炉の件で異変自体には関わっていたんだよ。それで、その件についてどうなったのか聞こうとしてたんだけど………これが早苗、早苗の一点張りでさー」

 

 そう言って緑髪のにとりと呼ばれた河童の少女は神奈子を指差し、文句を垂れた。

 実は文もにとりも、この異変解決の手伝いをするよう紫から頼まれていたのだが二人は断っていたのだ。特ににとりは首謀者側と言っても良い。既にある程度の異変の事情は知っているし関わっている事になる。

 

 つまり彼女達は何かしらの事情で異変解決まで待ち、終わった頃に事の顛末を聞いてあわよくば宴会に参加しようという魂胆なのであった。文は自分の新聞の記事に出来て一石二鳥。にとりはお咎め無し。あまりにもズルい。

 それを察して、地底に出向いて異変を解決させた現在一番の功労者である霊夢は青筋を額に浮かべた。

 

「………アンタ達、良い性格してるじゃない。そんなに聞きたいなら、ほら。そこで呑んだくれてる鬼が詳しく話をしてくれるわよ」

 

「「えっ」」

 

「ん〜、ヒック。なんだぁ霊夢ぅ………お! そこにいるのは天狗と河童じゃないか! えへへ、異変の事でも聞きに来たのかぁ? ヒック………ならこっちに来い! 私が詳しく教えてやる」

 

 萃香に呼ばれて嫌そうな顔をする文とにとり。立場的に上司であり、しかもそれが最高幹部と言っても良い存在。加えて性格的に乱暴で絡み酒とくれば何をされるかわかったものではない。

 

 二人は助けを求めて周りに目を向ける。しかし誰も目を合わせない。どころか面倒事を一遍に丸投げした霊夢に笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「………まだ来ないのか? その地底の連中は」

 

 文とにとりが萃香に捕まり、もう半刻ほど経った頃。いい加減待つ事にシビレを切らした神奈子が唸り声を上げる。

 散々酔った鬼の相手をさせられて疲れ切った二人は、神奈子の声に逃げる口実が出来たとばかりに反応した。

 

「あやややや。地底の妖怪達からは誰が来るんですか? やっぱり鬼の方の他には、土蜘蛛とか覚妖怪なんですかねぇ?」

 

「えー。土蜘蛛が来るのぉ? 勘弁して欲しいなぁ。アイツらがいると河が汚れるんだ………そうだ、土蜘蛛専用の殺虫剤なんか作ってみるのもアリかも」

 

 反応したとは言え文は特に興味なさそうに告げ、にとりは萃香にかなりの量の酒を飲まされた事で若干酔った様子で愚痴を溢した。

 

 特に指定している訳ではないが、大まかな集合時間は地霊殿の主から地底の妖怪達に伝わっている筈だ。もうそろそろ来てもいい筈。

 

 

 そして漸くその時は訪れた。

 

 ザリッ、と砂利を踏む音が暗く静まり返った神社の参道によく響いた。立て続けに複数の砂利を踏む音と共に、霊夢達のいる室内の外が騒がしくなり始めた事で来訪者が来たのがわかった。

 

「うにゅ、思ったよりも小さいお家だねーお燐」

 

「地霊殿と比べちゃ殆どの建物は小さくなっちゃうよ。勇儀様のお屋敷くらいじゃないかい? や、もうお姉さんのお屋敷か」

 

 集団の先頭を地獄鴉と火車が歩く。

 

 

「ヤマメ見て。いっぱい妖怪がいる………首を切ってもいいかな?」

 

「いや、流石にそれは止めておきなよキスメ。ただでさえ今は地上側と関係が悪化してるんだから」

 

 ヤマメと呼ばれた土蜘蛛がキスメと呼ぶ釣瓶落としを手に持ちながら、夜の影から姿を現す。

 

 

「はぁ………ここ最近、本当に意味がわからないわ。たまたま拾った鬼がまさか勇儀の母で、全ての鬼を従えるとんでもない女だったなんて。地底の環境が変わるわ、人間が上から降ってくるわ、訳がわからない…………妬ましいわ」

 

 橋姫が相変わらず妬ましげに誰かを妬みながら砂利を踏んだ。

 

 

 

「はぁ………全くめんどくさい。あれもこれも全て勇儀さんが悪いんですからね。大体、なんですか。地底の権利をそこの鬼に渡せって………意味がわかりません。ただでさえ、あの鬼とは関わりたくないのに………」

 

「そう言うなってー。私とさとりの仲だろー。大目に見てくれよー」

 

「大目に見るどうこうの話じゃないから言ってるんですよ。大体、私は誰とも仲良くありません」

 

「でも母さんと仲良さそうじゃないか」

 

「あれはあっちが勝手にっ」

 

 地霊殿の主である覚妖怪と、かつて旧都の支配者だった鬼が神社の中を我が物顔で闊歩する。

 

 地上側の皆と違って、地底側は特に何かある事もなくいつも通りであった。敵地であるにも関わらず気負った様子もない。悪霊を地上に放ち、弾幕ごっこのルールを破っておきながら何の気概すら無さそうに霊夢達は見えた。

 

 萃香を除く、皆に緊張感が生まれる。片や知り合いが殺されたかもしれない。片や家族を拉致されたかもしれない。片やかつて横暴の限りを尽くした鬼がいて、自分達が嫌い拒絶した妖怪達がいる。

 僅かであれ、皆が思うことはあるだろう。

 

 

 

 しかし、勇儀とさとりの後ろを遅れてゆっくり歩いてくる3人の人影を見ることで、その緊張は吹き飛ぶ事になる。

 

 

 

 

「────足は、大丈夫ですか? 魔理沙」

 

「ああ──じゃなくて、はい………抱えてくれてありがとう、ございます」

 

「いいんですよ。困った時はお互い様です。助け合いましょう」

 

「むー……怪我してるから仕方がないけど、魔理沙さんばかりズルいです。私も構ってくださいよー」

 

「ふふっ。そうですね。早苗も、まだ親が寂しい年頃ですからね」

 

 

 

 

 

 皆が愕然とした。その一言に尽きるだろう。

 

 アリスとパチュリーは魔理沙の姿を見て、目を見開いた。

 まずすぐに気付いたのが、彼女の片足が無くなっていると言う事実。身体の所々に包帯が巻かれた箇所が離れた位置からでもわかってしまう。

 さらに驚くべき事に、そんな重傷の怪我を負わされておきながら、重傷を負わせた側の妖怪になんの躊躇いも無く抱えて貰っている事が驚きだった。

 横抱きで抱えられているのもそうだが、安定しない体勢とはいえ魔理沙自身がその鬼の首に両腕を巻き付けている。そして、あまりの光景に二人は気付くのに遅れたが、魔理沙の格好もいつもと違っていた。

 黒白こそ同じだがいつもの魔法使いの装束ではなく、霊夢や早苗と似た巫女姿の衣服を纏っていた。髪留めには鬼の象徴でもあるかの様な瓢箪の髪飾りが使われているのだ。

 その光景は魔理沙をよく知る霊夢と、そして最近関わりがあったにとりすらも彼女の性格を知っている分驚きに染まる。

 

 

 

 神奈子と諏訪子は早苗を見て、驚きと共に悲しみの刺が心を突き刺した。

 神と言う存在だからこそ二人は早苗の姿を見て気付いてしまった。自分達の神としての加護。そこにある筈の無い違う加護が混じっている事に。

 そしてその加護の持ち主が、現在早苗が腕に擦り寄っている鬼だとわかり、更に心を脅かした。

 

 

 

 文と萃香はその鬼の姿をその目で捉え、己の大切な物である撮影機のカメラや酒呑から託された瓢箪を落とした事すら忘れて凝視し続けた。

 最後にその姿を見たのはもう千年も前のことである。文はまだ人間で言う成人を迎える前の幼かった頃。萃香は自分を庇い、人間達に討たれたあの瞬間。

 殺され、それから何年も経った。この千年間一度もその存在が生きている所を見たことがない。当たり前だ。何故なら死んだのだから。

 

 その死んでいる筈の妖怪が、かつての姿をそのままに千年経った今になって生きた状態で現れた。己の目を疑い、頭を疑い、正気を疑って固まるのも仕方のない事だろう。

 

「しゅ、てん」

 

 思わずと言った様子で萃香の口から彼女の名前が漏れた。

 呆然とした様子で口を半開きにしたまま固まる。すると彼女の身体が突然震え、小さな手にギュッと拳がつくられる。感極まった様子で、ただ酒呑を見続け。

 

 

 

「酒呑!!!」

 

 呆けた口が裂けるかと見間違う程に三日月の笑みを浮かべ、獰猛な目で爛々と酒呑を睨んだ。

 萃香の声が届いたのか酒呑が萃香に気付いた様に目を向ける。それに萃香は気を良くしたのか更に笑みが増す。しかし彼女のその表情は家族に向ける様な顔ではなかった。

 獲物を狙う、捕食者の笑み。決して仲の良い相手に向けて良い代物ではない。

 

 

 今にも飛びかかりそうな萃香だったが、しかしそれよりも早くに萃香の横を何かが突き抜けて酒呑に迫った。

 それは巨大な柱だ。御柱と呼ばれる、六角柱に切り出された木の柱。神気を帯びたそれが神奈子によって掴まれ、酒呑に向かって振り下ろされる。

 担がれた魔理沙諸共潰さんばかりの勢い。当たればただの人間ならぺしゃんこにされるだろう。

 

 

「おっと」

 

「ッ!!」

 

 その柱を、割り込む様に酒呑の前に移動した勇儀が拳で受け止め。あろうことか簡単に叩き折った。

 

「危ないじゃないか。母さんは今両手が塞がってるんだ。悪いけど、母さんに手は出させないよ」

 

「ちぃっ! そこをどけぇ!!」

 

 柱を壊された事で一瞬間が空いた神奈子であるが、すぐに御柱を二柱手に出現させる。それだけでなく、背後にも同じ大きさの二柱が宙に浮いた状態で現れた。

 

 近くにいた早苗を巻き込まない様にと加減した先程の柱とは違う。先端に複数の紙垂が巻き付けられた柱は何倍もの神気を帯びていた。それを神奈子は勇儀に向かって叩き付けた。

 

「ぬぐ………おお?」

 

「ッ……コイツ!」

 

 柱を腕で防げば衝撃で骨が折れる感触を、身体で受け止めれば内臓を傷付けられた痛みを勇儀は実感した。それだけでなく、僅かにだが己の身体が後ろへと後退したのだ。確かに力を入れて踏ん張っていた筈の足が砂利を擦りながら後ろに滑る。

 身体の痛みよりも力で押された事に勇儀は驚いていた。

 

 そして神奈子もまた勇儀の実力に驚愕していた。殺す気で殴った筈が腕や身体に直撃しておきながら簡単に受け止められた。空の彼方に吹き飛ばすつもりが、僅か五寸ほど敵を後退させただけで止まった。

 相対する勇儀が明らかにそこらの妖怪と違うと理解させられる。

 

「その角………そうか、お前も『天』のと同じッ」

 

「はぁ。悪いけど、引いてくれないかい? 私も闘いたい気持ちはあるんだが、間が悪くてねぇ………さっき母さんとさとりの奴にドヤされたばっかなんだ」

 

 今も尚怒り狂った様に酒呑に向かおうとする神奈子に、勇儀は申し訳なさそうな様子で神奈子を抑え続けた。

 局地的な暴風が神社に起こる。神奈子の柱と勇儀の拳がぶつかる度に、神社周りの木々を薙ぎ倒し、博麗の結界で守られた建物に歪な音が漏れた。

 

「そこを退きなよ鬼の分際で!」

 

「そう、言わっ、れて"も"、あぐっ、……かぁぁああ!! 鬱陶しいし痛いなぁ! こんな強い奴と喧嘩できないなんて………あー、やっぱ慣れない事はするもんじゃ無いねぇ!」

 

 一発一発がこの辺りの地形を変えそうな程の威力を全て受け止め続ける勇儀。

 しかし涼しい顔で神奈子を抑える勇儀だが、彼女も意外と余裕は無かった。なにせかつて神奈子は軍神と呼ばれる程に名を馳せた神だ。幻想郷の信仰心がまだ集まりきっていないとは言え、その力は勇儀を確実に追い込んでいった。

 

 このまま勇儀が殺されれば、地底と地上の関係はもう修復のできない所まで亀裂が入る。それがわからない筈がない神奈子であるが、今の彼女は一切止まる様子がなかった。怒り狂ったかの如く、神奈子は勇儀に猛威を振るおうとする。

 

 

 

 

 

 

 

「止めなさい」

 

「っ!!!?」

 

 だがその一言で、あれ程大暴れしていた神奈子の動きがピタリと止まった。

 特別大きな声でも無ければ、もっと言えばハッキリと通る声でも無い。透き通った様な綺麗な声で神奈子を止める様な代物ではない筈の声。

 

 しかし、酒呑の声に反応して突然現れた鬼達が神奈子の腕や足を押さえつければ、嫌でも彼女は止まるしか無かった。

 

「い、いつの間にッ……くそっ。ええい、離せ!! 離せこの筋肉達磨共!!!」

 

 ジタバタと暴れて拘束から逃れようとするが、流石の神奈子も鬼の中で上位の、しかも普段と比べても明らかに力が増して異常な事になっている豪児や弥助と言った鬼達に、単純な腕力で勝てる訳がない。冷静な判断を失っている今の神奈子は、ただ咆哮を上げて酒呑を睨む事しか出来なかった。

 

 そんな神奈子を虫けらの如く一瞥すると、酒呑は危ない奴からの視線に晒されない様隣にいた早苗を自分の背後に庇った。親が危険な人物から子を守る様に。

 

「貴様ッ………貴様ぁぁぁあああああああ!!!」

 

 そんな光景を見せつけられて、神奈子が激怒しない筈がなかった。鬼達の拘束に踠きながらも、人をその目だけで殺せるんじゃないかと思えるほどの憎悪を宿らせて、酒呑を子の仇の様に睨む。

 先の行動が如何に彼女を侮辱し貶す行為なのか。酒呑はそれに気付いていないかの様に、彼女を無視して目の前で血塗れになった勇儀に労いの言葉を掛けた。

 

「ご苦労様です、勇儀。この百薬酒で怪我を治してください」

 

「………あ、ああ。ありがとう母さん」

 

 神奈子の剣幕と、彼女を煽る酒呑の行動に流石の勇儀も困惑を隠しきれなかった。

 配下の鬼達も神奈子の暴れ具合にかなり苦戦している。押さえ付けられなくなるのも時間の問題かもしれない。加えて拘束が解かれれば再び襲いかかって来るだろうに、当の狙われている本人は火に油を注ぐ様な行為をした上で、自分は関係ないとばかりに彼女を無視している。

 

 敵である筈の神奈子に哀れみを抱く程、彼女は今貶められ、辱められていた。それ程までに神奈子と酒呑の間に対立があるのか。少なくとも現状の神奈子の怒り具合とそれに対する酒呑の対応から、何かしらの関係があるのか明らかだろう。

 

 

 

「はあ………あのアホは何をやっているのか……」

 

 とは言え敵から見ても今の神奈子は哀れみの対象なのだ。

 だから当然、彼女の家族が黙って見ている訳が無い。

 

 突然、神奈子の頭の上に今まで霊夢達の近くで座って現場を眺めていた諏訪子が現れた。

 

「ぬっ! 何処から現れたこの童め」

 

「少なくともアンタ達より歳とってるよ。それより神奈子を放してやっておくれ」

 

 いきなり目の前に現れた少女に驚きの声を上げる豪児。その発言を軽く流しながら諏訪子は神奈子の頭の上で器用に胡座をかいてお願いした。

 

 豪児の目から見て諏訪子が見た目通りでない力のある何かだとは気が付いていた。しかし未だに神奈子は荒ぶっている。このまま拘束を解けばまた先程の様に酒呑に向かって飛び出すだろう。

 神奈子を押さえ付けているのに精一杯の豪児としてはそれを拒絶する他ない。

 

「それはできんな。このまま放せばまた先程の焼き直しだ」

 

「わかってるって。神奈子は私が抑えるよ。ほら神奈子、いい加減冷静になりな」

 

 諏訪子は神奈子に声を掛けた。直後、神奈子の手首足首に鉄製の輪が生み出され、神奈子の四肢に巻き付く。

 同時に今まで散々踠いていた神奈子の動きが止まり、そこから一切動かなくなった。

 

「ッ………諏訪子、止めるな!おい、コラ!!」

 

「ほら、もう大丈夫だ。さっさと神奈子から離れてよ」

 

「しかし………」

 

 確かに先程までの暴れ具合が嘘の様に動きが止まったが、まだ安心できなかった。豪児も、それに弥助もいつ再び暴れるかわからない為力を抜く事が出来ない。

 

「いいですよ豪児、それ弥助も。ご苦労様です。もう離れて良いです」

 

「む。わかりました」

 

 しかし酒呑に声を掛けられ、2人は呆気ないほど手を引いた。

 そのまま2人は酒呑の後ろまで下がり、護衛の様に少し離れた位置で止まる。

 

 神奈子が解放されて満足した諏訪子は酒呑を見る。そしてその傍で放心した様に神奈子を見ている早苗に声を掛けた。

 

「迷惑をかけたね………早苗も脅かせてごめんね?」

 

「……えっ? あ、ッ………いえ、私は大丈夫です」

 

 名前を呼ばれて漸く驚きから解放された早苗だったが、その顔は何処か複雑そうだ。家族の一人が突然親しくなった友達に襲い掛かって来たのだから、その驚きも仕方のない事かもしれない。

 驚きは早苗だけではない。地上側の者達はある程度こうなる事も予測していた為に驚きは少なかったが、地底側はそうでは無かった。

 荒事に慣れている者は突然襲われた事で最大の警戒を地上側に向けている。深い事情を知らされていないお燐やお空は早苗と同じ様に固まっているし、妖怪としての力が高くないヤマメやキスメは今の戦闘を見て怯えていた。

 

「とは言え、だ。神奈子の気持ちも私は痛いほどわかる。何故こんな真似を?」

 

「? ………はて。こんな真似とは?」

 

「あくまで白を切るつもりかい?」

 

「ふむ………何を言っているのかわかりません。私達は地上側から宴会のお誘いを受けて来たまで…………なのに、謂れのない罪を着せられて………まして、こんな待遇を受ける筋合いはありませんが?」

 

 

 酒呑が纏う柔らかな雰囲気が鋭いモノへ変わった。勇儀を怪我させたことから、明確な敵意と怒気を地上側に向けている。

 それだけで酒呑と対面している諏訪子の頬に冷や汗が伝った。地上側の何人かは彼女の怒りを目の当たりにして顔を青褪めている。

 

 怒りの視線を感じながら、それでもこの場にいる地上の者達は酒呑の主張を白々しいと思わずにはいられなかった。

 何が謂れのない罪だろう。魔理沙や早苗の様子が明らかにおかしい。絶対に何かされているのだとわかる。それを隠しもせず堂々と挑発し、更には争い事が起きると分かっていたかの様に護衛まで付けている徹底ぶり。

 神奈子でなくとも、魔理沙や早苗のどちらかと深い関係を持つ者達だって怒らない訳がないのだ。

 それでも、全員が己に強い自制を掛けた。

 

 陰陽玉で姿は確認していなかったが、初めて酒呑を見た者達はあれが地底のトップだと理解する。

 勇儀もさとりも、確かに大妖怪と言える気配がある。どちらも何かしらの組織のトップと言われれば簡単に納得するだろう。強いとは思えても、決して弱いとは思えない。

 

 しかし強者の風格すら霞ませるほどの特別で、不気味で、強大で、神聖さすら感じる王者の風格が酒呑にはあった。カリスマ性と呼ばれる圧倒的存在感。

 さっきの神奈子と勇儀の攻防も、皆が固唾を見守る中で一人何の変化も無く眺めていた。自分の命が狙われていると言うのに、まるで他人事の様。強者特有の余裕がそこにはあった。

 

 

 魔理沙と早苗を何らかの方法で縛っているのもあの鬼が原因なのだろうと皆が予想した。でなければ巻き込まれる様なあの場に、危険となればすぐに逃げ出す魔理沙や無駄に対応力のある早苗がずっと無防備で酒呑に捕まっているはずが無いのだから。

 

「それともこれが幻想郷のもてなしと言う事でしょうか? もしそうなら………宴の『う』の字も知らない様な野蛮な方達なんでしょうか」

 

 挑発し、更には人をコケにして馬鹿にした酒呑の言葉。

 それでも酒呑に飛び掛かろうとする者はいない。安易に飛び出せば先程の神奈子と同じ末路を辿る。

 そうでなくとも、明らかに強者である鬼共や勇儀を従わせる酒呑の未知数な実力に下手に動くことができない。

 

 しかし、酒呑の言葉や態度が魔理沙や早苗と近しい者でなくとも癪に障るのも事実。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさいわ」

 

 そうなればどんな相手であろうとも喧嘩を売る霊夢が動かない訳が無い。

 

 明確な敵意の言葉と共に、衝動的に身を任せて霊夢は勢い良く外に出る。そのまま諏訪子達の間を割って入る様に酒呑の前に躍り出た。

 

「さっきから人の家でごちゃごちゃと………迷惑なのよね」

 

「………ああ、貴女は確か………博麗霊夢さんでしたね」

 

「れ、霊夢……」

 

 見下ろす様な形で宙に浮く霊夢に、酒呑は特に気にした様も無く穏やかな様子で彼女に声を掛けた。

 しかし霊夢は酒呑を無視して魔理沙を見る。右足を太腿から無くして、すっかり酒呑の腕の中で大人しく縮こまっている魔理沙を霊夢は睨んだ。

 

「魔理沙。アンタ、そんな所で何してるのよ。いつもならこう言う面倒ごとに首突っ込む癖に、何そんな奴の所でボーッとしてるの? ふざけるのもいい加減にして、さっさとこっちに帰って来なさい」

 

「……いいや、私はそっちに戻らない」

 

 ボロボロな魔理沙を悲しむでもなく、同情するでもなく。霊夢はただ己の苛立ちを彼女にぶつけた。しかしその言葉は怒りと言うより、操られている魔理沙に向けた激励の様な言葉だった。

 

 だけど魔理沙は、珍しく感情を剥き出しにして声を掛けた霊夢を拒絶した。

 

「はぁ? ………ああ、そうか。アンタ、自分が操られてる事に気付いてないのね。だからそんな奴の言いなりになって大人しくしてるのか」

 

「……違う。私は操られてなんかいない」

 

「はっ。操られている事にすら気付かないなんて重傷ね。いいわ。そこの鬼を今すぐ祓ってアンタが今どんだけ恥ずかしい状態なのか気付かせてあげる」

 

 不器用なりに激励する霊夢。そしてそんな彼女を意固地になったかの様に拒み続ける魔理沙。

 霊夢は今の魔理沙に何を言っても埒が明かないと判断し、すぐに切り替えて酒呑を睨む。その手にはすでにお祓い棒と巫女の札が掴まれている。完全に臨戦態勢だ。

 明らかに向けられた敵意。しかし向けられている酒呑は、やはり先程と変わらず構える事もない。

 

 そんな酒呑に嘗められていると勘違いした霊夢は苛立ちが更に募った。

 

「構えないわけ? 嘗められてるのかしら? 言っとくけど私をそこらの雑魚と一緒にしない方がいいわ。もちろん私は手加減をしない。元々そっちがルールを破ったわけだからね………痛い目を見たく無いなら、本気で来なさい」

 

「………随分と好戦的で物騒な巫女さんですね。私達はただお酒に飲みに来ただけなのに………争う気は無いのですが」

 

 酒呑の返答に霊夢の機嫌が益々悪化していくばかりだ。

 明らかに何か良からぬ事で魔理沙と早苗を手中に収め、それを自分達に見せびらかす様にして挑発しておきながら、争う気は無いなどと思ってもいない事を平然と宣う。馬鹿にしているのかと霊夢は本気で思った。いや、しているのだと確信した。

 霊夢はこの時心に誓った。ここまで人をコケにした目の前の鬼を絶対に祓って殺してやると。

 

「………あらそう。なるほどね。私に祓われるのが怖いのかしら? 確かにアンタだけ私とは一切顔を合わせなかったし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい怖いです。貴女がとても怖い。だから私は貴女を避けてましたが。それが何か?」

 

 

「────────」

 

霊夢の顔が無表情に変わった。

 

 

 

「そういうのが、嘗めてるって言ってんのよ!!」

 

 

 

 

 

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