酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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お待たせしました。一年ぶりに戻って来ました。
今年度は就活しては死に、院試に向けて勉強しては絶望し、漸く院進が決まりそうになって余裕が出来ました。まあなんだかんだ他の作品を一休みがてら書いては没にしたりと動いてましたが。とりあえず私生活が落ち着いたのでこっちを再会させます。ペース的には月1or2回くらい。
よろしくお願いします。








始まる動乱

 眩しい日差しが私の顔に当たるのを感じ、私は目を覚ました。

 日の光はいつぶりだろう。目蓋を閉じていたにもかかわらず、思わず眩しいと思ってしまうくらいに私はその光が慣れていなかった。

 

「ふぁ………ん?」

 

 太陽の光に無理やり叩き起こされた私は寝ぼけ眼のまま起き上がろうとして………胸元で身動ぎする柔らかな感触に違和感を覚えた。しかも、自身もその違和感を受け入れる様に腕で抱き締めている。

 抱き枕なんぞいつの間に用意したんだろうと疑問に思いながら、暖かくて柔らかいソレを確認しようと首を傾けて。

 

 私に抱きしめれた愛らしい一人の少女が私の胸に顔を埋めて、呆然の言葉がとても似合うぽやんとした表情で此方を見上げていた。

 

「……………」

 

「………」

 

 ぱっちりと目が合う綺麗な緋色瞳。いきなり目があった物だからか、大きな目をこれでもかと見開いて驚きを露わにしている。それがいつかの幼いこの子の姿と被り、私は思わず抱き締める力を強くした。

 

「おはようございます文。昨夜はよく、眠れましたか?」

 

「ッ〜〜〜!!!」

 

 私の腕に抱えられた彼女に声を掛ければ、彼女は顔を真っ赤にさせながら私の胸から顔を上げて声無き悲鳴を上げた。

 

 

 

「あ、や、や………あやややややや!!!!? どどどどどうして酒呑様がここに!?」

 

「文はあったかいですね………抱き心地もいいですし、このまま二度寝しちゃいそう……」

 

「寝ないでください!!」

 

 抱き締められたせいで身動きが取れないだろうことを良い事に、私は文の女の子特有の抱き心地を堪能する。細く折れてしまいそうな腰に、それでいて柔らかい感触。人肌に似た体温は私の眠気を誘発してくる。

 

 しかし寝ようとしたが文がモゾモゾ動くせいで眠気が妨げられてしまう。今の密着した状態だと素肌が擦れてくすぐったいから動くのはやめて欲しい。

 

 ちなみにであるが、私は寝るとき全裸だ。

 

「何で酒呑様、服着てないんですか!!?」

 

 真っ赤な顔で生娘の様な叫びを上げる文。いや、私も経験がないので生娘みたいな物だが………嫌だな、三千歳くらい歳を取った生娘って。

 馬鹿な事考えてないで文の誤解を正さないとな。慌てようが可愛いのでもう暫く見ていても飽きないのだが………

 涙目になり始めたのが流石に可愛そうだったので、私は仕方がなく身体を起こして彼女の質問に優しく答える事にした。

 

「昨日の宴で文が潰れてしまいましてね。私が紫さんに家を聞いて送ったのですよ」

 

「へぇっ?」

 

「帰ろうとしたら酔った文が寂しいって言って……私を離してくれなかったので私も一晩泊まろうかと思い立ち………流石に着物のままでは寝づらいので脱いでしまいました。ごめんなさい」

 

「酔っ………ええええ!!?」

 

 私の言葉にあいもかわらずオーバーなリアクションを取る文だが、実際本当なのだから仕方がない。昨夜の光景を思い出しながら、私は苦笑した。

 

 昨日は久々の再会とあって盛大に飲み明かした。用意されたお酒に地底で手に入れた秘蔵の酒も飲み、更には途中で萃香が呼び寄せたゆかりんが追加で酒を増やし………。

 もう私の周りは皆んながベロベロに酔った。一人で立って歩けないほど酔ったので、勇儀と他2人の鬼はゆかりんによってさとり共々帰らせて貰い、萃香やにとりは未だに私を睨み付けてくる博麗霊夢と魔術師の女の子二人に預かって貰った。

 

 で、一人余った鴉天狗こと文に関しては………誰も身柄を受け取ってくれなかったのだ。

 先の3人は住んでいる所が違うらしいのと、何故か普通に嫌だと拒否されてしまった。同じ妖怪の山に住んでいるらしい早苗とその保護者達は宴会が始まってしばらくすると帰ってしまった。

 

 じゃあゆかりんに預けようと思ったんだが………

 

「昨日の文は可愛かったですねぇ………もっとしゅてん様といっしょにいるーって言って離れなくて………昔の頃を思い出します」

 

「わ、私そんな事言ってたんですか!? 嘘………えっ、記憶に無いんですが………」

 

「しゅてん様大好き❤ 好き❤️ 好き❤️って言いながら私の頬をキスしてくれましたよね」

 

「ぎゃぁぉぁぁああああ!!? 嘘ですよね!? まって、いくら何でも酔ってそんな事言わないですよね!!? 冗談ですよね酒呑様!!? そんな事ないって言ってください酒呑様!!! …………ああもう!! 馬鹿なんですか私!!?」

 

 勿論嘘である。文は可愛いなぁ………弄りがいのある可愛い女の子は大好きだぜ。

 まあ、酔って倒れた文が私の裾を掴んで放してくれなかったのは本当だけど。でも文の取り乱し様はやはり面白いので黙っておきます。

 

 と言うわけで、さとりさん達に勇儀等を任せて文に抱き付かれた私はそのまま彼女を家に送り届けたわけだ。

 

 はい、という訳で回想終わり。取り敢えず文を抱きしめよう。温いよ文。温いぜ。

 

「文ぁ〜〜〜」

 

「ヤバいヤバいヤバい………こんな事バレたら四天王の方々からなんて言われるか……。勇儀様に伝わったらまず殺されるだろうし……」

 

 私が抱き付くのも無視して文は一人思い悩んでいる様子である。心配しなくても別に私が文の家に泊まる事くらい許してくれるだろうに、何を怖がっているのだろうか。そもそも勝手に文の家にお邪魔したのは私であり、この子は私を連れ込んだ訳でもないのだからむしろ怒られるのは私の方。

 

 まあそんな些細な事は放っておいて二度寝である。私はこのやわっこいフワフワ羽毛付き抱き枕クッション『アヤ』で深い眠りに付くのだから。

 

「酒呑さま〜! 起きてください後生ですから〜……!!」

 

 そうして私は深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

「あややや………どうしよう」

 

 自分を抱き枕にして眠りについた元上司に文は困り果てていた。

 おかしい。一体どうしてこうなった。グルグルと文の脳内でそんな意味のない思考が巡り続ける。

 

 そもそも文と酒呑の間に組織的な関係は一切無い。文が妖怪の山の為に働き始めたのは勇儀が仕切っていた頃だ。文と酒呑の関係は上司や部下と言った社会的な関係ではなく、幼少の頃に相手をしてもらったおば………お姉さんと言う認識が大きかった。

 

 基本的に昔を知る天狗達は妖怪の山を力と恐怖で支配していた鬼を恐れていて、それは文も例外では無いのだが、酒呑と言う鬼だけは別だった。

 

「酒呑様…………」

 

 文は自分を抱き締める酒呑の頭をそっと撫でた。昔、文が酒呑に何度もやってもらった事だ。頭を撫でて貰うといつも安心していたのを彼女は思い出す。

 

 過去の記憶には幼い自分がいて、母がいて、酒呑がいて、天魔がいた。

 母親と酒呑と天魔が楽しそうに会話をしながら、いつも自分の相手をしてくれる。とても穏やかで優しい世界。

 

 唐突に、そして呆気なく失ってしまった過去。それ以降妖怪の山は常に殺伐とし、自分も何かにせっつかれる様に張り詰め続ける日々が続いた。

 優しかった母は人間との戦争で亡くなり、天狗の憧れであり常に頼りになる天魔は人が変わった様に掟に囚われ、それを遵守する様部下に強制させた。

 

 全ては酒呑が居なくなってから始まったのである。

 

「………そうだ、天魔様……」

 

 報告しなければならない。

 あの日以降、誰よりも己を律し規則に準じてきた天魔。鬼達が去り妖怪の山が無法地帯になりかけたのを、厳しい掟を敷いて、余所者や侵入者を徹底的に叩き潰すことで再び妖怪の山を統率した天狗の長。

 

 文は天魔を尊敬している。幼少の頃より相手をしてもらった彼女を慕っていた。だけど、今の妖怪の山の風潮だけは気に入らなかった。

 大天狗とは名ばかりの、あの戦いを逃げ回る事で運良く生き残っただけの老害どもが上の地位に蔓延る天狗社会。天魔のおこぼれを貰おうと躍起になり、常に他者を蹴落とし隙あらば天魔の座を狙おうとする馬鹿共。

 

 射命丸文はこの天狗社会に酷く嫌気が差した。本来なら彼女の力はそこらの大天狗に引けを取らない強さがあった。にも関わらず彼女はその地位に就かなかった。

 妖怪の山に属しながらも高い地位に固執せず、そして誰の命令にも従わない、ただの幻想郷の1記者として自由な生き方を選んだ。

 

 だけど。

 

「酒呑様が帰ってきた事………あの方に伝えなければ」

 

 文は心を鬼にして抱き付く酒呑を起こさない様引き剥がし、外に出る支度を整える。

 瞬く間に支度を終わらせた彼女は、妖怪の山本殿に一直線に向かった。幻想郷最速と誉れ高い彼女の速さを持ってすれば、連なる山々だろうが障害物にもなりはしない。

 

 ものの数十秒程度で自宅から山五つを超えて、この地で一番大きな山の頂上に辿り着いた。

 目の前には妖怪の山の総力を使って集めた荘厳な建物。山の威信を広める為にと建てられた建物の門を開けて彼女は中に入っていく。

 向かう先は天魔の部屋………ではなく、天狗の会議室だった。恐らくだが、あの“鬼”達が幻想郷に帰ってきたと言う報が既に妖怪の山全土に伝わっている。

 そして幾ら平和ボケした大天狗達とは言え、妖怪の山が再び鬼に支配される事を恐れている彼等がその事実を聞いて心中穏やかにはいられない筈である。

 そんな臆病な天狗共が既にいるであろう会議室の前に文は立った。

 

「なぜ今になって鬼が地上に出てくる!? まさか、再び妖怪の山の実権を奪いに?」

 

「聞けば最近妖怪の山に居ついた神の一柱が原因と言うではないか。やはり、奴等を妖怪の山に住まわせたのは失敗では?」

 

「あのスキマ賢者が責任を押し付けてくるやもしれませんぞ?」

 

「あの者共を容認したのは天魔様。貴女でございます。どう責任を取るつもりですか」

 

 聞こえてくるのは鬼が戻ってきた話と誰に責任を押し付けるのか、と言う不毛な会議である。

 部屋の中にいるのは殆ど臆病な天狗達ばかり。皆、ただ鬼が戻ってきただけで妖怪の山の覇権が奪われると考え恐れるばかり。更には有りもしない責任を取らされると勘違いし、全ての責任を天魔に押し付ける発言をする者まで現れる始末だ。

 

「あややや、会議中失礼します」

 

 文はそんな会議の話をぶった切る様に扉を開けた。

 

「なっ!? 射命丸貴様、無礼であろう!!」

 

 割り込む様に入って来た文に、扉の一番手前にいた大天狗が吠える。

 それを無視してズカズカと乗り込む彼女の姿に、大天狗達は不信感を抱いた。

 鴉天狗と言う種の習性上、上の者には基本従順だ。文もその例に漏れず、本来ならこんな大天狗達を蔑ろにする様な行いをしない。

 

 なのに一体これは。大天狗達は判断に迷った。

 

 そんな彼等の隙に入り込む様に大天狗達の前を突っ切った文は、上座にいる天魔の目の前までやって来ると片膝を立てて座る。

 

「天魔様。至急ご報告があります」

 

「………本来ならこの様な無礼、認める事は出来ない…………が、良い。面を上げろ、射命丸。話せ」

 

 文が天魔の声に従い顔を上げた。

 銀色の髪を腰まで伸ばし、白銀の美しい翼をこれ見よがしに広げ威圧する煌びやかな女性。可愛さとはかけ離れた美貌を前にして誰もが恐れ慄く。凍てつく様な氷の目で文に目を向ける、天狗社会の頂点に立ち妖怪の山を統べる天魔の姿があった。

 

 

 天狗はあまり派手な衣装を身に纏わない。それは昔から同族を大切にし合わせようとする習慣故か、衣装を統一する為にシンプルで合わせやすい物だからか。

 しかし天狗達の棟梁である天魔だけは違う。昔の遊女、それも格式高い花魁の様な衣装を身に纏い、座っている真横に紅の派手な傘を一本だけ置いている。

 

 厳格で掟に厳しい天狗の棟梁とはかけ離れた見た目をしている。仮に彼女の噂を聞いていてこの姿を想像する者は誰もいないであろう。しかし、見た目が煌びやかなだけでやはり彼女の中身はあまりにも厳しく、口調も堅苦しいものであった。

 

 騒ぎ立てる周りの天狗達すらも、天魔が話し出した瞬間騒ぎを止めた。静まり返った部屋の中で、文は一人報告を口にする。

 

「現在、私の屋敷でとある鬼を招待しています。此度の異変にも関係しており、今は疲れてお休みしていただいておりますが、どの様に対処しましょうか」

 

「…………鬼を、この山に招き入れたのか?」

 

 彼女の報告を聞いた天魔はその話を聞いて顰め面を文に向けた。加えて黙っていた天狗達もその情報は彼等にとって許容できなかったのか声を上げ始める。

 

 何故今回の騒動に関係する、それも鬼などを匿うのかと。たかが鴉天狗一匹が独断で妖怪の山に鬼を招き寄せるなど言語道断だと。もし妖怪の山で鬼が暴れれば、その首一つで責任を負える程甘くはないぞと。

 

 文は僅かに眉を顰めた。

 天狗の情報伝達は幻想郷随一の筈だ。なのに、今回の宴で訪れた鬼達の素性が伝わっていない。それは天狗の情報伝達が機能していないのと同義である。

 恐らく八雲紫の介入だろうと文は考えた。出来るだけ素性を隠し、幻想郷に混乱が訪れるのを防ぐ…………いや、延ばそうとしている。

 

 あの時、目撃者は何人もいた。かの者達を隠すことは不可能である。ならば出来るだけ伝わるのを遅くして、後に訪れるだろう混乱の対策を立てようとしているのかもしれない。

 

 八雲紫が苦労する姿を思い浮かべて僅かに気を良くした文は、ひとまず騒ぎ立てる大天狗達を黙らせる為にもその名を告げた。

 

 

 


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