酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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中々更新できなくてごめんなさい。大晦日にチョコっとだけ更新しときます。来年また会いましょう


戦渦

 博麗霊夢は苛立っていた。朝起きて日課の賽銭箱チェックはせずに昼間まで不貞寝。起きて昼飯という名の朝飯を食べると、普通の巫女としてあり得ないほどダラダラして、偶にやって来る吸血鬼を弾幕で追い払い。何やら神妙な顔で説得して来る人形師や、焦った様子で尋ねてくる文屋を邪険にして一日を過ごしていた。

 

 何故そんなにも苛立っているのか。それは確実にあの宴で起きた出来事が原因だろう。あの日から既に2日が経ち、彼女の機嫌はどんどん悪化していく。

 

「はぁ…………クッソ暇だわ。良いことね。魔理沙や早苗がいないだけでウチが静かだわ。後はあのアホ吸血鬼と面倒臭いアリス、あと煩い鴉が来なければ凄い嬉しいのに」

 

 畳の上で横になり煎餅を貪るダメ人間。彼女にとって至福の一時である筈の今、その声色は不機嫌一色。明らかに意識が何かに引きずられている。

 博麗神社はあい変わらず閑散としているが、それでも訪れる者達がいないわけではない。参拝客でもなければ里の人達でもない、能力者や妖怪と言った普通とはかけ離れた者達しか訪れない。

 そして今日もまた常識とはかけ離れた者がやってくる。

 

「ごきげんよう霊夢。今日こそ私の物になってくれる決心はついたかしら?」

 

「…………はぁ。ホントに鬱陶しいわ……」

 

 いつものようにふざけた用事でやって来た吸血鬼に霊夢は溜息を吐いた。そんな様子の彼女に吸血鬼────レミリア・スカーレットは眉を顰めた。

 

「む、今日はいつにも増して不機嫌ね。もしかして………あの日?」

 

「よし、祓う(コロス)か」

 

「フッ、図星かしら? まあでもちょうど良いわ。実力で貴女を私の物にしてあげる」

 

 霊夢立ち上がると素早く祓棒を構えてレミリアに殺気を向ける。木端妖怪ならばその視線だけで滅してしまいそうなソレを、レミリアは気持ち悪い笑みを浮かべながら涼しげに受け止め、悠然と構えた。

 空気が冷え切り、圧迫感がその場に充満し始める。博麗神社近くにいた小動物が危機を察して慌てて逃げ出した。

 

 いつもより少し過激な弾幕勝負が始まる。その直後。

 

「不味いことになったわ霊夢!」

 

 2人が同時に動こうとした時、突然2人の間に誰かが割って入った。

 

「ッ、アリス!」

 

「人形使いか。私達の蜜月を邪魔するとは良い度胸だな」

 

 霊夢が御祓棒に込めていた霊力を霧散させ、レミリアが苛立たしげに周囲の魔力を消し去って、珍しく慌てた様子のアリスに目を向ける。

 どうしてくれると言いたげなレミリアの不機嫌な視線を、しかしアリスは構うことなく無視して霊夢へと向き直った。

 

「魔理沙が………魔理沙が何処かに居なくなってしまったの!!」

 

「………はぁ? なによそれ。いつものことじゃない」

 

 普段の冷静沈着とはかけ離れたアリスの慌て様に霊夢はおざなりに反応しながらも、自分の言葉を否定する様に顔を顰めた。

 彼女の直感がざわめき立てるのだ。これから何か良からぬことが起きると。異変……それも彼女にとって酷く面倒な異変が舞い込んでくることを本能で理解してしまった。

 

 その直感が正しいことを証明するかの様に、アリスは続け様にこう告げる。

 

「魔力爆発と一緒に魔理沙が消えたのよ! ミニ八卦炉も箒も持たずに、あの足で何処かに!!」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、妖怪の山中腹にて。

 

「ひぃぃ……っ!!」

 

 河童、白狼天狗、鴉天狗、大天狗………妖怪の山にてヒエラルキーの上に位置する者達は今まで何者も恐れる事など無かった。妖怪の山に住む木端妖怪達に恐れられ、敬われ、君臨していた。

 それが今、たった数十匹の鬼の群れに容赦なく薙ぎ倒され……ある者は逃げ出し、ある者は慄き蹲り、ある者は恐れのあまり気を失う者まで。鬼の群れによって妖怪の山が既に半分まで支配されかけていた。

 

「ちっ………妖怪の山も堕ちたもんだな。昔の方が断然骨があったってのに………オラ! 妖怪の山の精鋭種族とか宣ってた天狗の制圧力はどうした!? 腐っても天狗だろうに話にならん! 天魔をさっさと呼んでこい!!」

 

 鬼の群れの先頭に立つ勇儀が吠えた。普段の気の良い大らかな態度は鳴りを潜め、怒りを露わに妖怪の山を侵略する。

 そんな彼女の様子に大天狗を含めた殆どの天狗達が恐れる中、勇儀と正面から相対している射命丸文が冷や汗を流しながらなんとか彼女の進行を押し留めようと頑張っていた。

 

「ちょ、勇儀様。ホント、マジで急にどうしたんですか!? 地底との不可侵条約は!? 妖怪の山への不干渉条約は!?」

 

「知るか! そんなことよりも母さんが大事だ! 邪魔をするならお前でも容赦しないぞ射命丸!!」

 

「ひぇ〜〜!!」

 

 勇儀の周りをウロチョロと忙しなく纏わりつく文。それに対して勇儀が拳を振るうが、幻想郷1、2を争う彼女のスピードに回避されて空振るばかり。そこに適当な弾幕を勇儀を含めた鬼達にバラ撒き、なんとか文は鬼の進行を足止めしていた。

 

 しかし文1人では限界がある。既に妖怪の山の本丸が見える位置まで侵入を許してしまっていた。勇儀がそこに辿り着けばもはや本丸は攻め落とされたも同然だろう。彼女の腕の一薙ぎで妖怪の山の象徴は崩壊するのだから。

 

 

「そこまでだ星熊」

 

 

 そんな暴挙を、この山の主が赦す筈がない。突如として勇儀を含めた鬼達に凄まじい突風が襲い掛かる。

 

 巨大な竜巻をも超える、爆発に近い風。超高速で迫る大気の壁が鬼達を妖怪の山の麓まで一瞬で吹き飛ばす。もはや悲鳴を上げることすら許さず、勇儀を除く配下の鬼達は強制的に山を下山させられるのだった。

 

 唯一耐えられたのは、大気の壁を拳で叩き壊した勇儀のみ。その彼女も暴風を完全に防ぎ切る事叶わず、その身体には深い裂傷がいくつも刻まれていた。

 

 風を叩く羽ばたきの音。ヒラヒラと舞う銀の羽根。

 勇儀は上空に目を向けて言った。

 

 

「……相変わらず、礼儀がなっちゃいないな天魔」

 

 

「その馬鹿力は変わらずか、星熊」

 

 

 応えるのは現妖怪の山の筆頭にして最強の妖、天魔。

 かつて鬼の四天王と同等以上の力を持つと言われた、鬼でもないのにあの『酒呑』と盟友となった唯一の存在である。

 

 そんな彼女が今、明確な敵対者として勇儀を天から見下ろしていた。

 

「久しぶりだな天魔。どうだ、再会を祝して一緒に呑まないか?」

 

「我が領地にここまで侵入しておいて良くそんな事を宣えるな。相変わらず不遜で自分勝手な鬼だ」

 

「そう言うなって。私はただお前さんに聞きたいことがあって来ただけだ。攻撃してきたのはそっちが最初だぞ?」

 

「貴様の頭は味噌か何かでも詰まっているのか? 五百年前、鬼は妖怪の山に立ち入ることすら許さぬ事を私は告げ、お前はそれを了承した………忘れたとは言わせない」

 

「鬼でもないのに、あんな口約束よく覚えてるなぁー」

 

 かつて勇儀達が地底へと移住する際、天魔と勇儀は約束を交わした。

 妖怪の山の全権利を天魔へ譲り、妖怪の山に害となる妖怪を連れて地底へと旅立つ。その際、天狗と鬼のかつての禍根を残さない為に、二度と天狗と鬼はお互いの領地へと踏み入らない事とする。

 そんな取り決めが二人の間で行われたのだ。

 

 本来なら鬼である勇儀は約束をした以上絶対に破らない。天魔が妖怪の山のトップである間は、絶対に。

 けれども、それはかつての絶対君主が失われたからこその盟約。本当の主が帰ってきたならば、もう妖怪の山は天狗の領地では無い。

 

「だけどさぁ天魔。それはお前さんが妖怪の山の頭である間だけさ。いったよなぁ? お前に妖怪の山の全権利を譲っている間は、この山に立ち寄らないって」

 

「…………」

 

「その様子じゃ射命丸の奴はお前にまだ話してないのか? ま、そんならそれで良いや。聞いて驚けよ天魔。実は────」

 

 

「かつての鬼、酒呑が帰ってきた……とでも言いたいのか貴様は?」

 

 勇儀の言葉を遮り、天魔はそう告げた。

 勇儀の目が僅かに細まり額に小さな血管が浮き出る。

 

「あん?」

 

「星熊。お前は勘違いをしている。確かに私は昔、最強の妖怪と謳われた酒呑様に仕えていた。かつての仲間としての意識も、忠誠心も覚えているし、恩義もある。…………だがそれは過去であり、今ではない」

 

 天魔の冷たく心が失われた様な言葉が粛々と紡がれる。そこに表情の変化は無く、淡々とした機械の様に色もなく。

 ただ、審判を下す様に天空からそこにある事実を告げる。

 

「彼女はもう妖怪の山の長ではない。そして、鬼の種族は妖怪の山の敵である。それがこの山の掟。慈悲はなく、例外も無い。故に滅するのが私の宿命」

 

 勇儀に対して天魔は冷徹な殺意を向けていた。かつての盟友にして同じ組織に属していた旧知の間柄とは思えない程に、鋭くも恐ろしい殺気を。

 

 そんな天魔の態度に勇儀は当然疑問を覚えた。確かに二人は特別仲が良かった訳ではない。どちらも主に認められたことから戦場では背中を任せられる程度には信頼があったし、仲間だと勇儀は思っていた。なのに今の天魔は彼女に対してなんの情も向けてはいない。

 

「………天狗如きが鬼に逆らおうってのかい?」

 

「舐めるな鬼風情が。かつての我等は貴様等鬼の種族に忠誠を誓った訳ではない。なにより………」

 

 天魔は腰に差していた紅い傘を手に持ち、それを広げる。

 空気を叩く音共に広がる紅、紅、紅。不規則な風が彼岸の花を舞い散らせ、白銀の色彩音を奏でる。

 

 速さが武器の天狗族。傘など持って戦うなど天性の武器を捨てるにふさわしき愚行だと、天狗の誰もが思うだろう。加えて鬼相手にその行いは馬鹿を通り越して、死に行く道化その者。

 

 

「現妖怪の山当主はこの私、天魔だ。鬼の四天王が一匹何するものぞ。分を弁えろ痴れ者が」

 

 だと言うのに圧倒的なまでの絶対的な君臨者がそこにいた。その態度に一片の弱さを感じず、ただただ敵対者を蹂躙する覇者の風格を纏う妖怪の山の長がいた。

 

 

「────くはっ」

 

 大妖怪であろうとも恐れるだろうその妖気。気配でわかるその闘気。何者も与する強さ。

 

 それらを前にして尚、勇儀は笑った。

 

「おもしれぇ。前から私もお前とは死合をしてみたかったんだ」

 

 圧倒的強者であろうともその前に立つのは鬼の四天王が一人、星熊勇儀。硬く握られた拳は山を砕き、海を割り、理を壊す『怪力乱神』の力。

 

 衝突は一瞬。されどその瞬間に幻想郷を覆う結界に亀裂が迸った。

 その余波は巨大で偉大な厚い壁を震えさせ、外の世界まで局地的な地割れと突風を起こしたらしい。

 

 

 

 

 

 

「ふむ………揺れましたね」

 

「────………ああ、そうだな」

 

 風を切り空を駆ける中、ふと私は振動を感じた気がした。

 はて………何故か懐かしい様な、それでいてトラウマが呼び起こされた様な寒気と怖気を感じたが気のせいだろうか。でも魔理沙も何か感じてる様だし、やっぱり何かあったか。うーん………わからん。

 

 ま、わからない物は置いておこう。そんなこといつまで考えてても仕方のない事だ。

 

「それにしても大分飛ぶのが上手くなりましたね魔理沙。私は嬉しいです」

 

「────………酒呑のおかげだぜ。いつも本当にありがとうな」

 

 あら可愛い。素直に感謝を言われるのはとても嬉しい。なんだか昔の華扇を思い出す。

 まあ、可愛いことは別にして少し残念なことはあるが。

 

「………はぁ。結局貴女の言葉遣いは直せませんでしたが。何故なんでしょうね?」

 

「────………? なんのことを言ってるんだぜ酒呑」

 

 姿の変わった魔理沙に背負われながら、私は落胆の感情を隠せなかった。

 いや、背負われて運んでもらってるのに何贅沢言うてんだって思うかもしれないそこの諸君。考えてみてほしい。結構苦労して彼女の脚を治したのだ。私の大事なお酒も使って………私の大事なお酒も使って!! ここ大事だから2回言いました。

 まあとにかく、メチャクチャ頑張って治したんだから、ちょっとくらい私のお願いを聞いてくれても良いのに………。魔理沙ったら、反抗期なのか言葉遣いの話になるとこうして知らんぷりするようになってしまった。

 

「もういいです。それより箒なしで飛ぶのは大分上手くなりましたけど、足に違和感はありませんか?」

 

 ジェット噴射の用に脚から炎を噴き出す様子を見た。

 相変わらずアホみたいな光景である。あんな普通の人間の脚が、何がどうしてこんな魔改造された脚になってしまったのか謎だ。いや、改造したのは私なんだが……。

 元々、魔理沙は箒無しでの飛行があまり得意ではなかったらしい。浮遊は出来ても高速で動こうとすると制御が利かず、箒で推進力と微細なコントロールを補助していたのだとか。

 

 しかし箒は勇儀が壊してしまった。しかもその箒は特注の一品で、替えが無いらしい。

 ………焦りますとも。別に生活に支障ないんだから箒無くても良くね? とはいかないんですよ。

 空を飛ぶ。一度それを経験してしまえば、もう飛べなかった頃には戻れない。移動が楽とか、飛ぶのが楽しいとかそう言うのじゃなくてさ。飛ぶと飛べないで生存率が圧倒的に違うのだ。

 

 闘いで、逃走で。不利な状況で出来ないのか出来るのか………選択の幅が違う。飛べない私が言うのだ間違いない。

 

 まあ、そんなわけで。被害者兼新たな力を約束してしまった魔理沙に対して飛行権を奪ったまま放置するのは忍びないと言うか。箒なしでも速く動ける飛び方を飛べないこの私がレクチャーしたわけです。

 

 え? 矛盾してるって? はっはっはっ何を言う。私はこう見えてもかつて華扇と透花を弟子にしていた鬼の首魁ぞ? 飛び方を教えるなんてそんなの朝飯前………嘘です。二人が天才だっただけで、もっと言えば魔理沙もまた天才だっただけです。

 

 いや、私もアドバイスくらいはしたさ。浮遊はできるけど、移動の推進力とコントロールが出来ない。ならば、その魔改造された脚を箒に見立てて推進とコントロールをすればいいじゃない、と。

 

 うむ。我ながら言ってて(゚Д゚)ハァ? ってなった。だが残念。それを聞いた魔理沙は我が意を得たとばかりに見事その戯言を実現してしまったのである。

 

 

「────……最高だぜ、酒呑。これなら、霊夢相手でも勝てる気がするぜ」

 

「それは良かった。とは言え油断は禁物ですよ。本来なら一千年と言う歳月の修練を経て得ることが出来る力を、邪法で省略している様な状況ですからね。何が起こるかわからな────」

 

 

 

 私が言葉を言い切る前に、世界が反転した。

 地面が天に。空が地に。回る回る。そして回転する世界の中、私は微かに見た。

 一筋というにはあまりにも大きくて太い、光の束を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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