酒呑物語   作:ヘイ!タクシー!

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鬼の軍勢

『倭の国』改め『日の本』にやって来て、もう九百年も経つ。

小さかった華扇は美少女から美女へと姿を変え、私を指一本で捻り潰せるくらいには強い大妖怪となった。

 

あの可愛かった華扇は、もういない。それがとても悲しゅうて悲しゅうて……てけてけと私の後に着いてきた愛しい幼女は、二度と見ることの出来ない幻となってしまった。

 

まあでも、元気に育ってくれたことは良いことだ。人よりも病弱だったあの時の彼女よりは、私の身体を凸ピン一発で四散できる位元気があった方がまだ育て親として嬉しい。

…………自分で言ってて肝を冷やした。と言うかマジでそれが出来るから若干華扇が怖い。彼女は私にそんな事しないと信じているから平気だけど、うっかり彼女の攻撃に当たらないとも限らないので安心は出来ない。

華扇は他の鬼と違ってとても理性的だから信頼はしている。彼女は悪ふざけで殴ってくることも無ければ、下品な飲み方もしない。悪酔いも無く、絡み酒も無い。

 

飲み方一つすら気品を感じる華扇は、幼少の頃から勉強も沢山していた為か、今では二倍の年月を生きている私よりも頭が良い。

私の唯一の取り柄が無くなってしまって少し残念だけど…………

 

で、そんな華扇は最近…………鬼や鬼以外の種族の妖怪を集めて組織を作っていた。

別に彼女が進んで集めている訳じゃないのだ。ただ、最近の世の中がそうせざるを得ない状況になってきてしまったのだ。

 

ここ百年で、この島の人間の数が劇的に増え始めたことがそもそもの原因だ。

人が増えれば死人も多く出る。そのため、妖怪の数もここ最近でかなり増えているのだ。

 

妖怪は皆、我の強い者ばかり。そんな妖怪達が増えれば衝突の一つや二つでは済まない。妖怪同士の争いで負ければ消滅か服従だ。

次第に争いは戦争へと拡大し、妖怪達の戦力は一つの場所に集ってゆく。

 

そんな情勢の中、勢力を伸ばし続けている妖怪たちに対抗するために、華扇もまた身を護るために集まってくる妖怪達を従え、自分達だけの妖怪組織を作るしかなかった。

最強の座を狙っている訳ではない彼女だけど、今のご時世は物騒な為に少しでも味方を増やしても損は無いだろうという考えだ。

 

味方が増えるのは良いことだ。巨大な組織の中にいれば弱い私でも死ぬ確率は大幅に下がる。それに私はこの九百年間ずっと華扇に寄生し続けているわけだから、彼女の方針に口を出せる立場でもないのだ。

 

ただ一つだけ、私は華扇に物申したいことがある。

 

「緊急事態です華扇様、()()()!!」

 

「どうしました?」

 

「勇儀を名乗る鬼の集団が我々の山に攻めてきています!! 要件は一言、『そちらの頭、酒呑童子を出せ』と!」

 

京の都のすぐ近く、大江山を支配する妖怪達の頭領。何故か私がその座に就いていることだ。

 

 

おかしい。どうして? なんで私が妖怪達の総大将なの? 普通そこは華扇じゃない? 弱い私がいても無意味だからね!?

 

「勇儀………聞いたことがあるわ。たしか南の方で鬼の集団を纏めている強い鬼の噂があったわね」

 

報告に来た鴉天狗の話を聞いて、華扇は難しそうな顔で思考に耽っている。

私はその横でお酒を片手に死んだ目で虚空を見つめていた。

 

まただ。もううんざりだ。この組織ができてから、私はこうしてよく他の妖怪から命を狙われている。組織が大きくなるにつれて、その頭である私の名前も有名になり、噂を聞き付けた妖怪が戦争を吹っ掛けてくる回数が日毎に増している。

目の前で跪いている烏天狗もそうだ。元々は襲ってきた妖怪集団の一体で、私の命を狙いに来たのを華扇が屈服させたのだ。

 

 

酷い……酷いよ華扇……なんで私をわざわざこんな危険な地位に置いたの?

 

………理由はぶっちゃけわかっている。華扇は何だかよく分からないけど何故か私を神聖視しているのだ。元が私よりも弱く、私が育ての親だったからかもしれない。

私を伝説の鬼神と勘違いし、それでいてしっかり者な頼れる最強の鬼だと思っている。

そのせいか彼女は私に甘い。幼少の頃から努力を重ねる華扇は自分にも他人にも厳しいが、私だけには甘い。怠けている妖怪には酒呑(わたし)のようになれと説教しているのに、私には何故か怠けろと逆に言ってくる。彼女の言では、しっかり者の私はもっと休むべきだと。じゃないと下の者に示しが付かないからって。

 

違う、違うよ華扇。何度も言ってるけど、私は鬼神でもないし、しっかり者で強い鬼でもない。ただただ小鬼より弱くて怠け者な鬼なんだよ。

そう口を酸っぱくして言っているのに私が照れて否定していると思っているのか、まともに取り合ってくれない。

 

その間にも意思の弱い私は色々と華扇に流されてしまい…………ゴロゴロしては酒を飲み、ご飯を食べては酒を飲む。その間に衣食住全ての世話を華扇がやってくれて…………

いつの間にか、私は華扇が傍にいないと生きていけない身体になってしまった。

 

罪悪感がハンパないし、もしこれで華扇が勘違いに気付いた時、何だかんだと華扇に流されて怠け続けていた私は、いくら育て親でも流石に彼女に見捨てられるんじゃないかと滅茶苦茶不安だ。

 

まあいくら不安だろうが、この生活を止める気は無いけどね! グータラするのさいこー!!

 

 

私が怠けている間も、華扇は他の妖怪達がいる前で、まるで私が彼女より強い鬼であるかのような振る舞いを見せる物だから下の妖怪も勘違いを加速させていく。

 

そうして私は現状に甘えて過ごしていたら…………気づけば大江山の、通称『妖怪の山』のトップに君臨してしまったのだ。

 

「どうする酒呑? 今回の敵はかなり強いみたいだけど……」

 

いや、どうするって言われても私にはどうすることも出来ないからね? 私が特攻したら一秒と掛からず挽き肉になる自信しかないからね?

 

「凄い……こんな状況なのにお酒を飲んでる余裕があるなんて……」

 

違うから君。ただ現実逃避してお酒を飲んでるだけだから。

しかし何を勘違いされたのか、その行為が華扇には意味のある行為と思われたらしい。何故か決意の決まった顔で私に促してくる。

 

「そう……酒呑はやる気なのね。わかったわ。そこの鴉天狗、件の鬼は何処に?」

 

「既に山の中腹部まで侵略されています! 我々だけでは進行を阻むのも限界です!」

 

「わかったわ。行きましょう酒呑。礼儀も知らない田舎鬼に格の違いを見せ付けてあげようじゃない」

 

そう言って華扇は立ち上がり、私に出陣するように促してくる。

 

うん、嫌でござる。自分、働きたくないでござる。

 

やめて! 私が行っても犬死にですワン! 死んじゃうから! 本当に死んじゃうから! だからそんな期待の目で見ながら私の腕を引っ張らないでぇぇぇ!!!

 

 

 

 

 

という訳で若干拉致気味に連れてこられた件の戦場。

そこは、私達の部下が死屍累々の形で倒れていると言う大惨事になっていた。

 

「ん、ようやく来たか。 遅かったじゃないかい。もう、あんた等の仲間は全員倒しちまったよ」

 

その光景を作り出した集団。額や頭に角を生やした筋肉の塊、鬼。

その一番前にいるのは額から赤く星のマークが付いた一本の角を伸ばし、少し癖っ気のある金の髪を無造作に伸ばした美女がいた。

 

女性にしては大柄だけど、周りの鬼と比べれば彼女だけ華奢な姿をしている。が、私にはわかる。あの身体に内蔵された圧倒的な生命力とその妖気を。

 

特に彼女から感じる生命力は、異様を通り越して異常だった。かつて私が大陸で見た龍を軽々と越える程。

溢れんばかりなその気は、一般的な鬼の百倍以上と言えばその凄さがわかって貰えるだろうか。鬼の生命力が生物界でも最上位に位置しているのを踏まえて、だ。

 

隣で佇む華扇すらも、気は測れなくとも相手が放つ圧倒的な存在感に冷や汗を流している。

 

「どっちも華奢だなぁ……本当にあんた等が山の大将酒呑童子と、腹心の茨木童子だってのかい?」

 

「そう言う貴女は鬼の勇儀ね。木っ端鬼が徒党を組んでよくまあ私達の所に来れたものだわ」

 

あわ、あわわわわ。

ちょっと華扇さん!? 何、この状況で敵のこと煽ってるのさ!! いくら華扇が強くても流石にこの状況は不味いんですのよ!?

 

ヤバい。あの勇儀とか言う鬼もヤバいけど、後ろにうじゃうじゃといる鬼の数もヤバい。少なく見積もっても30くらいいる。

この人数とその中でも別格な勇儀を相手に華扇だけでは絶対に勝てない。

 

「ん? ……ああ、後ろを警戒してんのかい。安心しな、ケンカするのは私だけさ。大人数で袋叩きにするなんてつまらないマネはしないさ」

 

私の目が後ろに向いていたのに気付いたのか、勇儀とやらは尋ねてもいないのわざわざそう宣言してくれた。

 

ラッキー。これだから単細胞の鬼は。せっかくの集団と言う戦力を持っているのに使わないなんて馬鹿のすることだ。私ならなんの躊躇もせずに皆で襲い掛かるわ。

 

「ま、私はコイツ等が束で掛かってきても問題無いくらいには強いけど、ねッ」

 

勇儀がそう宣言した直後のことだ。

私の横を突風が吹き抜ける。

 

視界には既に勇儀はいなくなり、何故か私の斜め前に瞬間移動していた。まるで誰かを殴り飛ばしたような格好で。

 

「っ華扇!!」

 

慌てて横を振り向く。

そこには拳を両腕で防いでいた華扇の姿が。だけど勇儀の余裕の顔に対して、華扇の顔は苦痛に満ちていた。

 

「へぇ! 私の一撃を防いだか! あんた、そこらの鬼とは違うな!」

 

「つッ……いきなり、随分な挨拶じゃない」

 

「はは。悪い悪い。そこの天狗共があまりにも弱すぎたから、どうも不完全燃焼でねぇ。中途半端に昂ったこの身体が止まらないのさ!」

 

再び殴りかかる敵。華扇も棒立ちのままとはいかず、拳を見事にいなし、負けじと勇儀に蹴りを撃ち込んだ。

 

蹴りの反動でお互いの身体が離れるが、しかし華扇の動きはそれで終わらなかった。なにやら口を高速で動かすと、いつの間にか天に掲げていた呪符を相手に向かって振り下ろした。

 

「ッが!?」

 

それは私が華扇に教えた『微量の電気を浴びせて相手を驚かせる』と言う、あまりにも電気の量が微妙過ぎて存在理由を見出せない糞みたいな仙術の一つだと気付いたのは、相手に巨大な雷が落ちた後である。

 

おかしいな。私、あんなこと出来ないんだけど。

 

 

()つつ……ったく、鬼の癖に卑怯な術使うじゃないか。せっかく鬼同士での喧嘩だってのにさ」

 

「大したダメージも受けてないのによく言うわよ。此方は最大威力で放ったって言うのに」

 

そんな軽口をお互いに叩きながら、二人の戦闘は激しさを増していく。

正直二人が速すぎて全く目で追えていないのだけど、なんとなく二人が互角に戦っているのがわかる。

 

「ははは!! 凄いじゃないか! ここまで私とやりあえるのはあんたが初めてだよ!!」

 

「逆にあんたは私と互角な程度でよくこの山にやって来れたわね。私よりも強い酒呑がいるってのに」

 

て言うか、相手が勝手にそう叫んでいるのが聞こえてくるだけであるが。

それと華扇さん? いつから私が貴女より強くなりましたかね? やめてよ。変に期待されても私が凄く困るだけだから。照れてるとかじゃなくて、ガチで否定しているだけだから!!

 

「そりゃいいや。是非ともそこの鬼と戦いたくなった」

 

「私がいるから、それは無理ね」

 

「ふぅん。随分と強気じゃないか。でもいつまで持つかな?」

 

二人は一度仕切り直しとばかりにお互い離れる。

 

勇儀は戦いそのものが楽しいのか、身体の至るところに切り傷や火傷がありながら笑っている。

対して華扇は………苦痛の表情であった。

 

当たり前だ。彼女は相手の勇儀や一般的な鬼と違って戦いを好ましく思っていない。必要なら戦いもするが、基本彼女は平和主義だ。

頬を殴られて口の中を切ったのか唇は血で滲んでいる。余波で破れたらしい服の下から見え隠れするのは真っ赤に腫れた跡。

 

互角。いや…………まだ決定的なダメージを負ってはいないが、このまま戦えば先に負けるのは華扇だろう。

なにせ彼女は自分に近い相手やそれ以上の強敵と闘った経験がない。今までそう言った敵と遭遇しなかった事もあるが、私が進んでそう言った相手を避けるように誘導していた。

 

対して彼方は喧嘩好きらしい。数々の猛者を相手にしてきたのだろう。

息が乱れ始めている華扇に対して相手は余裕がある。

 

「勇儀姐さん! 俺等も見てるだけじゃつまらねぇんですが!」

 

お互いが予想以上の相手にどちらも出方を伺っている。そんな緊張漂う空気の中、空気の読めない馬鹿みたいな大声で横槍を入れる鬼の声が響いた。

 

「ん? ああ……すまないね。予想以上に相手が良い感じだからさ。いいよ、あんた等。そこに暇そうにしているもう一人の鬼と楽しみな!」

 

「流石姐さん!!」

 

「ッ!?」

 

ふぁっ!? ちょっと待てぇ! 今あの鬼なんつった!?

いやいや私暇じゃないから!! こう見えて冷静な戦力分析したり華扇の応援したりでメチャクチャ忙しいから!! てかあの鬼、配下に姐さんとか呼ばせてんの? 何処のヤクザ者だよ!

 

「酒呑の所には行かせな―――ッ!?」

 

「アンタは私の相手さ。身体も温まってきたんだ。まだまだ私と楽しもうや!!」

 

頼みの華扇も相手に阻まれて私の助けに入る余裕がない。

 

巨大な身体の大群がドシドシと私までやって来る。そのむさ苦しくも絶望的な光景はトラウマものだ。よくあの鬼は女一人でこの中にいられるもんだ。

 

 

ていうか本当にヤバい。あんな鬼の集団に襲われたら抵抗すらできずに殺される。

万事休す。絶体絶命。さよなら。

 

ああ……私の命もここまでか。苦節二千年。長生きしたものだ。良い人生……いや、良い鬼生だったな。華扇も良い子に育てることが出来たし。若干妄想癖がある気がするけど、それでも育て親思いの愛しい我が娘だ。

 

生涯に一片の悔い無し………。

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃねぇ! なに諦めてンだ私!!

うぉぉぉおおおおお!! まだ私はやりたいことがあるんじゃ! まだまだ未知のお酒に出会っていない!! 私を楽しく酔わせてくれるお酒に出会っていない!! それに、華扇のお嫁さん姿も見ていないし、孫も見ていない!!

 

私は!! 極上のお酒を飲みながら華扇に養われて可愛い孫に囲まれる余生をゆっくり楽しむんじゃぁぁぁああああ!!!

 

「ほぉ、この数に囲まれて動揺の一つも無しか! 流石は妖怪の山の大将、酒呑童子なだけはある」

 

「だが、良い女じゃねぇか……華奢だがべっぴんだ」

 

「へへへっ、なぁ姉ちゃん。悪いようにはしねぇからよ、俺等と遊ばねぇか?」

 

現実逃避してたら屈強な鬼達に完全に囲まれてるでござる。

しかも気持ち悪い笑みのおまけ付き。周囲から、特にあの二人から大きな身体を使って視線を遮っていることから、私を性的に襲うつもりだと嫌でもわかる。仮に私が何の抵抗も見せずにいたらアーーーー!! ってなること間違い無し!!

 

 

それにこのままじゃ華扇もあの鬼に殺されてしまう可能性も高い。仮に勝てたとして、その後はコイツ等鬼の集団が控えている。そうなれば…………。

それだけは駄目なのだ。可愛い愛娘が死ぬなんて私は許容できない。それは、私が死ぬよりも嫌だ。

 

覚悟を決めるしかない。本当は嫌だけど。死にたくなるほど嫌だけど…………アレを呑むしかない。

 

私は右手に持った瓢箪の栓を抜き取り、飲み口に付いた水滴を指で掬い舐め取った。

 

 

 

 


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