ちょっと調整が間に合わなかったので今日は遅く更新です。
「あははは!! これだけ殴っても壊れないか! なかなかしぶといねアンタも!」
「このッ、馬鹿力め!」
「そりゃぁ誉め言葉かい?」
華扇と勇儀の闘いは熾烈を極めていた。
華扇は様々な鬼の力に加えて仙術を用いた多彩な攻撃を繰り広げている。時には雷、炎、水、風。天候を操ることで自然の力を駆使する仙術は、まさに天災を思わせる程の破壊を起こす。
戦闘の経験も浅い華扇だが、天性の才能と仙術を持って僅かに闘いを有利に進めている。
それに対して、勇儀は単純だ。ただ敵に向かって突撃し、殴る、蹴る。それだけだ。一応彼女も妖怪らしく妖術を使うことが出来るが、そんな物はいらないとばかりに己の身一つで敵に突撃する。
普通なら自然を操る華扇に敵う筈がない。如何に強靭な身体があろうと、天災そのものに一個人がどうこう出来る筈がないのだから。
しかし勇儀はそれを可能にした。雷撃も溶岩も水流も竜巻も。全てをその身で受け止め、その上で敵を殴る。それで戦いが成立してしまう。
負けているのは勇儀。その表情はまだまだ余裕がある。むしろ闘いを有利に進めている華扇の方が苦しい表情だった。
押している。怪我もあちらの方が多い。
なのに、敵は全く怯まない。全く止まらない。休まる気配すらない。
「どうしたどうした!? だんだん攻撃に繊細さが無くなってきたんじゃないかい!?」
「くぅッ!!」
いくら強い妖怪でも、全力で動いていればいつかは息切れする。体力が人間の何千倍はあろうとも、動き続ければ必ず疲れは訪れる。
既に華扇は限界を迎えていた。気力で攻撃は続けているが、火力は落ち、命中精度も悪くなってきた。体力の底が尽き始めたのだ。
なのに、勇儀は全く衰えていない。一撃一撃が最初の頃と変わらず、むしろ華扇の攻撃が弱まり始めたことで速度は更に上がっていく。
勇儀は妖怪の最強クラスの身体を持つ鬼の中で、更に強い肉体を持つ特別な鬼だ。その力はまさに怪力乱神。体力は無尽蔵で、生命力は生物最強と言われた龍を軽く越える。
息の乱れた華扇が勇儀に押し負けるのは誰が見ても明らかだ。
そしてとうとう決定的な一打が華扇に突き刺さる。
「オラァ!!」
「しまっ――ヴゥッ!!」
勇儀の拳がガードした腕ごと華扇の身体を砕く。
殴られた勢いで華扇の身体は面白いように吹き飛び、周りの木々を薙ぎ倒しながら何かにぶつかってようやく止まった。
「惜しいねぇ……もう少しアンタが成長したら互角にやりあえたんだろうけど…………ん?」
骨ごと内臓を押し潰した拳の感触に、勇儀は己の勝利を疑わなかった。
今の一撃で華扇が死んだとは思っていない。しかし、今までの経験上、相手はもう立ち上がれないだろうと言う確信があったから。
だから土埃の舞う彼女が倒れた辺りから倒木が自分へと投げ飛ばされてきた事に勇儀は驚いた。
当然、木ごときで彼女がどうにかなるわけではない。彼女は虫けらでも払うように向かってくる木の幹を殴り飛ばす。
「まだ、動けるか。いいねぇ。私をもっと満足させてくれよ!!」
勇儀は再び構える。その表情に疲れは無く、むしろまだ楽しく戦えることに喜びを露にしている。
そんな彼女の前に現れたのは、しかし華扇ではなかった。
土埃が晴れ、月の光がその金に輝く存在を妖しく照らす。
「怪力乱神を持つ程度の能力……なるほど。確かに今の華扇には荷が重いでしょうね」
「アンタは……」
長い金髪を靡かせて悠然と歩いてくるのは、配下の鬼を向かわせた筈の酒呑童子。
腕には意識のない華扇がお姫様抱きで運ばれている。
「私の仲間はどうした?」
「あそこに全員いますよ。流石に無傷ではいませんがね」
酒呑が視線を向けた先には、確かに鬼達はいた。しかし彼等全員無事とは言えず、意識を失っているのか重なりあって倒れている。
再び勇儀は酒呑に目を向ける。その身体に戦闘があったような跡が見えない。汚れもなく、傷一つない。
「どう言うことだい? さっきまではアイツ等相手に逃げ回っていたように見えたけど、いつの間に……」
「ああ。私がこんなに早く彼等を倒したのか疑問なんですね? 私も、本当はここまで『呑む』つもりは無かったのですが………さっきまでの意識は酔っていましたから。華扇の危機を見て慌てて呑んだはいいけれど、量を間違えてしまったようですね」
勇儀の疑問に酒呑は返すが、その言い分は要領を得なかった。
飲んだ? そう言えばさっき、視界の隅で彼女が手に持った瓢箪の栓を開けていたのが見えたが………酒を飲んで強さが変わった?
「なんだい? その酒に何か特別な力でも仕込まれているのかい?」
「この酒ですか? いいえ。別にこれといったものではありませんよ。普通のお酒です。ただ、私の妖気が大量に混ざっていますので、私以外の者が飲めば毒ですけどね」
腕に括りつけられている瓢箪を特に気にした様子もなく振る。
すると振動を感じたのか酒呑の腕に抱かれた華扇が目を覚ました。
「いッ…………あ、しゅてん……?」
「おはよう華扇。少しは休めたかしら?」
腕に抱いた華扇を見下ろした彼女の表情に、勇儀は驚いた。
それは華扇も同じで、向けている酒呑の顔をずっと凝視したまま固まってしまっている。
いつも無表情の酒呑。表情豊かな華扇に、勇儀は鬼らしい裏表の無さそうな彼女の様子が気に入っていた。が、それに対してずっと無表情な酒呑には悪感情を抱いていた。
常に冷淡な表情。どんな物に対しても氷のように冷たく向けるその瞳。無感情なその顔の裏に何を考えているのかわからない。
勇儀は最初から酒呑を嫌っていた。
たが今見せた酒呑の表情。愛しいものを慈しむように労うように見せたその微笑みは、あまりにも鮮烈で、美しく、同時に安らぎを感じた。
その笑みを見たとき、勇儀は敵であるにも関わらずその笑みを自分に向けさせたいと思った。その表情を、感情を自分に向けて欲しい。今すぐにでも奪いたい。
そんな欲望が芽生えた。
しばらく華扇を見つめていた酒呑だが、名残惜しそうに視線を外すと空に逃げていた鴉天狗を呼びつけた。
慌てて降りてくる彼女に華扇を任せた酒呑は勇儀の方に向き直る。
「さて……華扇を負かしたからには貴女の相手をしなければなりません。が……どうやらそれ相応には傷付いている様子ですが………どうします? まだやりますか?」
「…………ッ。当然だ!!」
凍るような視線を向けられた勇儀は、先程の思考を頭から振り払い構えた。
視線を向けられただけ。それだけの筈なのに、勇儀の本能が馬鹿みたいに警報を鳴らしている。背筋は凍え、この先に死地が待っているかのような、そんな恐怖が―――
「はっ、しゃらくさい!! 鬼の私が何に怯えるって!?」
震える手を隠すように硬く拳を握り、酒呑の下へ駆ける。
そんな勇儀を見て、華扇と共に空中に上がった烏天狗を確認した酒呑は、徐に手を顔の位置まで持って来て………
目と鼻の先まで迫った勇儀の額に人差し指を添えて、宣言した。
「『撃』」
その瞬間、勇儀は受けたことのない衝撃を額に浴びた。
彼女の身体は突然の事に耐えられず後方へと吹っ飛び、進行上の邪魔な木や岩、谷を乗り越えて尚飛ばされ続ける。
「がっ、ぼぁ、ッ、ぁぐ―――!!」
地面を転がり、それでも止まらない。妖怪の山から二つほど離れた山まで転がり続け、ようやくその勢いが止まった。
今の光景を見ていた烏天狗はあまりの威力に恐怖を覚え、華扇は酒呑が放ったその術の正体に気付き戦慄した。
あれは仙術の基本である、ただ遠い所にある物を吹き飛ばすだけの術『撃』。
華扇が見せて貰った時は石ころを飛ばす程度の威力で、華扇が本気で放ってもせいぜい木を折る程度の威力しかない、基本的な術。
そもそも術として成り立っているか甚だ怪しいレベルの術だ。
華扇の拳圧があれば離れた所にある木々を余裕で数本薙ぎ倒せる。そんな術を使わずとも肉体があればいらない。
使う機会すらなかった初歩の術。そんな初歩の術も酒呑が本気で扱えば凶器と化す。
レベルの違いをまざまざと見せつけられ、華扇は驚くことしか出来なかった
「痛……クソっ。どこまで飛ばされたんだ私はッ」
山越えを己の意思とは無関係に行わされた勇儀は、しかしその持ち前の頑丈さで五体満足でいた。だがダメージよりもその威力に精神的な傷を負わされていた。
(何が起こった? またよく分からない妖術かッ)
何をされたのかわからない。戦いの中で摩訶不思議な事柄は幾度も体験してきた勇儀だが、しかし攻撃をした筈の自分が気付けば吹き飛ばされていた等と言う体験は初めてのことだった。
未知とは恐怖を煽るもので、それはどんな生物であろうと変わらない。武者震いとも違う、原始的な恐怖が勇儀の身体を震わせた。
「ったく、ふざけた術使いやがって!」
しかし振り払うことは出来る。
勇儀は固く握った拳で地面を叩きつけ、震える身体に気合いを入れ直す。
「八つ当たりとは見苦しい。格が知れますよ」
「ッ!!? この、オラァ!!!」
そんな勇儀の前に酒呑は突然現れた。
驚きよりも先に反射的に勇儀は殴りかかるが、そんな粗末な反撃は簡単に避けられてしまう。
「ほら、そこに隙が。『縛』」
「ぬあ!!?」
次に酒呑が行ったのは勇儀を縛ることだった。手足の首を光の輪が囲み、反撃出来ないように拘束する。
これも仙術による捕縛術。本来なら僅かな衝撃でも簡単に解ける程には弱い縛りなのだが、どういう訳か怪力乱神とすら呼ばれる勇儀の力で振りほどこうとしても、解ける気配が見えない。
そんな無防備となった彼女の身体に、酒呑は容赦なく攻撃を浴びせた。
「『連撃』」
「ッごっ、ぎ、ヴッ、がぁ、ぁぁああああああ!!!!」
四方八方から襲い来る衝撃波に、最強の肉体を持つ勇儀も堪らず声をあげる。
しかしそこで終わらないのが勇儀という鬼だ。全身に強い衝撃波を浴びせられようと、その間に勇儀は腕力だけで強引に拘束を破壊した。
「!!」
「ゴホッ。んの、よくも散々やってくれたなッ!」
まさか怪力だけで拘束を破壊されるとは思わなかったのだろう。驚きで反応が遅れた酒呑に、勇儀は握り締めた拳を振るう。
咄嗟に腕で拳を防いだ酒呑だが、関係ないとばかりガードの上から殴り飛ばす。
「ッ!!」
メキメキと人体から鳴ってはいけない音が響く。
それが酒呑の腕が砕ける音だと一目でわかるくらいに、彼女の腕はひしゃげ浮き出た血管から血を噴水のように噴き散らかしていた。
腕だけではない。胴体にも衝撃が行ったのか、口からは血を流している。おそらく、折れた肋骨の一部が内臓を傷付けたのだろう。
「ようやく一撃だ!」
「見事ですね……まさか、あの状態から反撃されるとは」
一気に形勢が逆転された。
勇儀は身体中ボロボロだがタフなお陰か問題なく身体は動く。対して酒呑は一撃で満身創痍。内臓にまでダメージを負っており、特に左腕の怪我が酷く、完全に使い物にならない状態だった。
「はっ、残念だったね! その怪我じゃ、もう戦えないだろう?」
「確かに、今の状態で闘うのは厳しそうですね。ですが……」
そう呟いて、酒呑は己の左腕に目を向けた。
直後、あり得ないことが起こった。
左腕が一瞬ブレると、驚くべき早さで形が戻り怪我が消えていくのだ。まるで、時間の巻き戻しのように元に戻っていく。
そして数秒と掛からず、彼女の腕はあんなにもぐちゃぐちゃに潰されていたのが嘘のように、元通りの状態に戻っていた。
その光景にはさしもの勇儀も口を開いて、瞠目せずにはいられなかった。
「このように腕を戻せば問題ありませんね」
「おいおい………なんだいそりゃぁ……それも術か何かかい?」
「いえ、これは私の生来の能力です。再生能力ではありませんが、まあ能力の応用と言ったところですね」
特に大した事は無いとばかりに言う酒呑だが、勇儀は堪ったものではない。
あの異常な回復力が何度使えるかわからないが、それでも数回使うくらいなら全く問題ない様子。
殴っても蹴っても瞬時に回復されるとあっては、そもそも勝負が成立しないではないか。
客観的に見ても勝敗は目に見えている。
今のところ、力の差はほぼ互角だ。しかし、反撃されても即座に回復してしまう酒呑に対して、攻撃される度にどんどん怪我が蓄積されていく勇儀に勝ち目など無い。
絶望的。その一言に尽きる。
「…………」
「どうしました? もう終わりなんて言うつもりはないですよね。貴女は鬼です。この程度の戦力差で屈服する程賢く生きていないでしょう?」
馬鹿にしたような言い方だ。しかし、同時にその言葉は勇儀に対して的を射ていた。
敵は怪しい妖術を使う? 知らない。力で圧倒すればいい。
どんなに攻撃しても回復される? 知らない。なら回復する以上に己が殴り続ければいい。
元より、勇儀に降参と言う二文字はない。あるのは勝利か敗北それだけだ。そんな単純な生き方だけで彼女はここまで強くのし上がってきたのだから。
「……はっ。わかってるじゃないか…………そうだね。相手がいくら回復しようが関係ない! 私はそれ以上に殴れば良いんだから!」
再び勇儀は酒呑に殴りかかる。他に知らぬとばかりに、作戦も何も無い単純な突撃。
しかし勇儀は己の身一つ、拳一つで勝ってきた鬼だ。そこには自信と誇りがある。むしろ何か小細工する方が反って負けるだけ。
その思いっきりの良さが、彼女の肉体限界を越えて更に加速する。
「オラァ!!」
「あグッ!!…………なるほど! やはり鬼とはそうでなくては!!」
傷ついて尚、処か更に苛烈になる勇儀の拳。そんな彼女の拳を酒呑は防御も取らずに受け入れた。
それは普段であれば絶対にしない選択。いつもの様子とは少し違う酒呑は、仙術を捨て、通常であれば絶対にしないであろう肉弾戦で勇儀を迎え撃ったのだ。
「破ッ!」
「ゴフッ…………いいなぁ! アンタも乗ってきたじゃないか!!」
酒呑の握り締めた拳が勇儀の腹に突き刺さる。お返しとばかりに勇儀が頬を殴れば、酒呑も頬を殴り飛ばす。
ガードを捨てた殴り合いだ。そこに技術もクソも無い。しかしお互いを殴る度に余波で地面は抉れ、空気が悲鳴をあげる。
「酒呑……」
「ひぇぇ………何ですかあれ。自分から殴られに行ってる……」
空から二人を見守る華扇に対して、傍観している烏天狗は酒呑ではなく敵の行為に正気を疑っていた。
酒呑はわかる。彼女の卑怯染みた再生能力は本物のようで、いくら殴られても殴られた端から回復していく。むしろ息を吐かせない殴り合いこそ彼女の真骨頂だろう。
しかし、相手の勇儀は違う。体力は無尽蔵に近いほどあっても、ダメージが蓄積されれば待つのは死だ。なのに、勇儀は酒呑に合わせて肉弾戦を続ける。
命を懸けた闘いならば小癪で卑怯な手段だろうと選択する鴉天狗の種族には理解できない闘い方だ。
だが勇儀は生粋の鬼。常に強者の考え方だ。
如何に負けていようが、劣勢な状況だろうが。己の最強の肉体で総てを穿つ。小細工は弱い奴がやれば良い。己はこの拳と脚だけ充分なのだから。
そして。
「ムグ……ヴ、……ガハッ!!」
「終わりです。肺を潰しました。もう息をするのも辛いでしょう?」
「ッ……ヴぐぅ!!」
酒呑の腕が勇儀の身体を貫いた事で闘いは止まった。
喉から競り上がってくる吐血を何とか我慢しようとも、限界とばかりに勝手に吐き出される夥しい量の血。ガクガクと身体は震え、足下から急激に力が失われていく。
酒呑の身体はドス黒く染まり、勇儀は未だに身体から吐き出される己の血で肌を焼く。
決着だろう。もしこれ以上続ければ間違いなく勇儀は死ぬ。
酒呑としても、ここまで自分と真っ正面から闘った敵を好き好んで殺したいとは思っていない。
「は、ははっ」
「……勇儀?」
「まだだ!!!」
しかし勇儀はまだ諦めていなかった。
己の腹を突き破った腕を乱暴に抜き捨て、そのまま投げ飛ばす。
腕を抜き取る際の脳神経を焼いたような激痛。揺れては赤く染まる視界。勇儀は己の限界が近いことを悟る。
だが、まだ自分は倒れていない。脚はしっかり大地を捉え、拳はまだ固く握れる。己は闘えるのだと奮起する。
こんなにも楽しい闘いを疲れたからと終わらせるなんて勿体無い。
それで手足が潰れようと。命が尽きようと。そんなの関係ない。
こんなにも自分は楽しんでいるのに、この身体の全てを出さず何時出すのか。
「はぁーッ、はぁーッ…………これで、最後だ。最後の一撃に私の全力を乗せる」
風前の灯火に見えた勇儀の身体。しかしあろうことか今までに無いほど妖気が内から溢れ始める。
その異様な様子に酒呑も構えた。何か来る。ここまで闘って来たからこそ、彼女は油断しない。
そんな酒呑を見て勇儀は微かに笑い、叫んだ。
「さあ、防げるものなら防いでみな!! これが鬼の奥義、『三歩必殺』!!!」
そろそろストックが尽きてきました。一章の最後まではゴールデンウィーク中に貯めようと思っていたのですが、最後の方が中々難しくて上手く纏まっておりません。
途中で更新が止まってたら「あ、コイツ今めっちゃ悩んでやがる」と思っていて欲しいです。