ヒビキの顔が茄子のように変わっていく、ジタバタと暴れていたヒビキの手足が徐々に勢いがなくなっていく。
「夢荘、これ以上はさすがにまずい。いったん落ち着いて深呼吸をしろ、ほらひっひっふーひっひっふー」
さすがにまずいと感じたのか、弘人がヒビキから私を引きはがした。
「すぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁ」
ヒビキに
「ゲホッ、ゴホッ、僕を亡き者にするつもりなのかこのB70は・・・・・・あっやべ」
「あっ!おいこの馬鹿それを言ったら!」
「は?」
私は掃除用具入れから取り出した箒をヒビキに向けながら、ゆっくりと、ゆっくりと確実に近づいてゆく。その姿はヒビキにはどのように見えているのだろうか。
「待って待って、今のは言葉の誤りと言いますかね」
私は瞬きの刹那にヒビキの視界外に移動し、箒を振り下ろす。
「しぃぃぃねぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃl!」
ヒビキはその一撃を鞄の中から取り出した30㎝の定規で受け流した、しかし私は待っていましたと言わんばかりにもう一つの小さい箒をノーモーションで投げつけた、がそれすらもヒビキは受け流した。
「搦め手は予想済み、僕に二撃目は当たら・・・・・・な、い」
ヒビキはどうやら袖に違和感を感じたらしい。服の袖を確認すると、定規ごと服の袖が切り裂かれていた。
「二撃目が、なんだって?」
「もうやめよう、僕たちが争う理由なんてないだろ?」
しかし私は当たり前だと言わんばかりに理由を喋る
「私を馬鹿にした、それ以外に理由、ある?」
「いや、さっきのは誤解と言うか・・・うっかり口がすっべたと言いますか・・・ヒロト!ヘルプ!」
どうやらヒビキは弘人に助けを求めているようだ、がしかし残念だったな、あやつはこういう時は大体
「服の袖は後で縫っておくから安心して逝ってこい、ヒビキ」
自分に被害の及ばない離れた位置で傍観しているやつなのだよ。
弘人は教室のドアを開け、離れた安全圏から手を振っていた
「待って、ねぇ待って!せめて間に入って止めるぐらいは」
「死んで詫びろっ!ヒビキ!」
私は箒を振り上げる、当てる気はない、むしゃくしゃするが後で何かおごってもらえばいい。そう思いながら振り上げた箒を下ろそうとするが、突然足元が崩れるような感覚に襲われる。
「うっ・・・・・・ぉえっ・・・・・・げぇ」
それは最悪の寝起きだった、名前を知らない誰かと親しく喋っている誰か。
それを思い出そうとすると頭が痛み、猛烈な吐き気と喉の渇きに襲われる。
そんなことを数十回と繰り返しているうちに、何を思い出そうとしていたのか忘れていく。
「(・・・・・・今日は、何するんだったっけ?)」
今日は確か防衛学校の入学式だったかな?揺れる視界と手足に無理矢理活を入れトイレから這い出る。
正直この体調なら連絡すれば休めるだろうか?印象は悪くなりそうだが、そんなことを思いつつも真新しい制服を取り出しながら朝のニュースに耳を傾ける。
『続いてのニュースです。本日より住人IDの更新が始まりました。』
「(しまった、今日からIDカードの更新が始まるのか、早めにやらないと忘れそうな)」
『しかし最近IDカードの更新が頻繫に行われていますねぇ』 『よくある話ですよ、ルールを守らない少数のせいで大勢が困ることになるのにそれを理解していないんですよ、外人ってやつは』
街頭インタビューから画面はスタジオに代わっており、キャスターとよく見る胡散臭い専門家がIDカード更新の件について述べていたが、正直それにあまりいい印象を私は持つことができなかった。
いつからだろうか、こんなにも人がおかしくなっていったのは。人類の大半がこれからの地球に未来を見出せず、太陽系外へ逃げ出した時から?それとも残された人類が無意味な抵抗を続けて数十年という時間?多分考えても意味のないものなのだろう。
私は朝食を済ませ、身支度を整え、家を出る。
私の住んでいるのは神戸シェルターの西区にあり、そこから路面電車で10分ほど揺られてようやく到着する。
路面電車は5分に1本の間隔で運行しているため遅刻の心配はないが、それでも早く着くに越したことはない。電車に揺られて数分ほどで目的の停留場に到着した。降りてすぐに学校があるため迷うことはまずないが、念のため地図アプリを開き確認しながら歩くことにした。
10分程度歩いたところで目的地である高校が見えてきた。周りに他の生徒の姿はなく、恐らく私が一番乗りであろう。私は少し優越感に浸りつつ校門を通り抜けようとした時であった。
「ちょっとちょっと〜」
不意に声をかけられた、声の主は金髪ロングの女子学生だった。どこかで見たことがあるような気がするのだが、誰なのかわからない。
「あなたも新入生?」
「はい、そうですね」
「ふーん、じゃあ私の方が先に来てたから先輩ね、私の名前は東雲唯、よろしく!」
「私は、夢未無荘といいます、こちらこそ、よろしくお願いします」
「ゆめみむそう?」
聞き慣れない言葉を聞いたせいか、彼女は首を傾げるが、特に気にすることなく会話を続ける。
「夢未無荘って言いづらいわよね、なんかニックネームとかあるの?」
「いえ、特段そういうものはありませんが」
「う~ん・・・夢未無荘だからムソウちゃん?」
「別に構いませんが」
「決まり!私あんまりネーミングセンス良くないけど、まぁ許して頂戴」
「はい」
こうやって話してみると普通の女子高生だなと思いながらも校舎に向かって歩き出す。すると東雲さんは横に並んで歩いてくる。
「同じクラスになれるといいんだけど」
「どうでしょう?確率は低いと思いますが」
「でも一応希望は持たせて」
「わかりました」
「それとさっきから敬語だけど堅苦しいしタメ口で構わないわ」
「ではそうさせてもらう」
「うんそれでよし!ちなみに今何歳?」
「16よ」
「同い年じゃない!?なんでそんなに落ち着いてるわけ?」
「落ち着きたくなくても勝手に落ち着くわ、それより貴方の方は何歳ですの?」
「15だよ、誕生日はまだきてないし」
「じゃあ年齢では私の方が先輩ですね、一つだけですけども」
そんな他愛もない話をしている間に教室に到着する。まだ入学式は始まっていないらしく中に入ると既に何人かの生徒がいた。黒板には座席表が貼っており自分の席を確認すると窓際の一番後ろだった。そして隣の男子生徒が話しかけてくる
「おっはよう」
彼はヒビキタナカという名前らしい。髪の毛が逆立っており、まるで鶏のような見た目をしている。
「おはようございます」
「君名前はなんていうんだっけ」
「私は、夢見無荘です」
「珍しい名字だねぇ」
「よく言われます」
「僕はヒビキタナカ、ヒビキって呼んでくれたら嬉しいかな、これから仲良くしようぜ」
「ええ、よろしく」
その後担任の教師が来て、体育館へ移動するように促される。私達はその指示に従い移動する。その間、クラスメイト達がチラホラと見え始めた。
「(全員男と女が同じくらいいるみたい、男女比はちょうど半々といったところでしょうか)」
そんなことを考えていると、校長先生の話が始まる。長い話に退屈しているといつの間にか入学式が終わっていた。次は生徒会長による祝辞がありそれが終わると各クラスの担任の簡単な紹介がある。私の担任となる人物は男性で名前を山本という。生徒達への連絡を終えると今度は教頭と名乗る女性教師の出番となった。
『みなさん初めまして』という第一声で始まった話は生徒達にはあまり興味を惹かれない内容だったが、私にとっては気になることが幾つかあった。
『現在この神戸シェルターには約250万人の人が生活しています』という一文から始まる話の中でシェルターの人口が年々減少している現状と今後の見通しについて語り出した。
『今後、侵略者の活動がさらに活発になると予想され、神戸シェルターの存続のためにもより一層の国防力強化が求められるようになります、そのために我が学園は防衛軍との連携を深めていく所存であり―――』その後も長々と話していたが結局何を言いたいのかわからない。しかしそれは他の生徒たちも同じようであまり真剣に聞いていなかったように思える。そんな中、隣にいるヒビキタナカだけは真面目な様子で耳を傾けていたのであった。
「ねえ夢未無荘ちゃん!これから皆で遊びに行かない?」
「すみません、今日はこのあと用事があるのでまたの機会にして下さい」
「あら残念、じゃあしょうがないわね、お疲れ様、また誘わせて頂戴!」
「わかりました、その時は宜しくお願いします」
そう言って東雲さんは自分のグループの元へ帰っていったようだ。
私は荷物をまとめるとそれを抱えて帰路につくことにした。学校を後にするとすぐに停留場に向かう。電車に乗り込むとゆっくりと動き出し、私は家路についた。
私は家に帰り着くと早速制服を脱ぎ捨て普段着に着替えると、そのままベッドの上に倒れ込んだ。
「はぁ・・・」思わずため息が出る。
「やっぱりあの人どこかで見たことあるんだよなぁ」
私は記憶を辿りながら考えるが全く思い出せない。ヒビキタナカは何か知っているかもしれないけれど聞くのも面倒くさいのでやめておくことにする。
「(明日も早いしもう寝よう)」
私は電気を消すと布団の中に潜り込み眠りに就いた。
翌日になりいつものように登校する準備を始める。朝食を済ませると身支度を整え、玄関を出る。
「行ってきまーす」
誰もいない部屋に向かってそう告げる。
通学路の途中にあるバス停に着くとそこには既に数人の生徒が待機していた。
「ムソウちゃん!おはよう」
「東雲さん、おはようございます」
「昨日はごめんなさい、急に引き止めちゃって」
「いえ、気にしないでください」
「ところでムソウちゃんって一人暮らしなんだよね?」
突然そんなことを聞かれたので少し驚いたが冷静さを装う。
彼女は続けて質問を投げかけてきた。
彼女の言う通り私は一人暮らしだ。訳あって両親と離れて暮らしている。今までは祖父と暮らしていたが、持病で昨年亡くなってしまったのだ。それ以来私は一人暮らしを続けている。
そんな事情を彼女に話すわけにもいかないので適当にはぐらかすことにしよう。
私が答える前に電車が到着したので会話を中断して乗り込むことにする。
車内に入るとすでに何人かの生徒の姿があった。
「(結構混んでいますね)」
「(うん、ちょっと窮屈かも)」
2人で並んで座れる場所を探していると、ヒビキタナカがこちらにやってきた。
「よっ」
「どうしたんですか?タナカ君」
「いや、僕も仲間に入れてもらおうと思って」
ヒビキタナカは相変わらず鶏のような見た目をしている。髪の毛が逆立っているせいか余計鶏っぽく見える。東雲さんは困っているような表情を浮かべていたが、特に嫌そうな素振りを見せなかったので了承することにした。
ヒビキタナカは私の隣の席に座ってきた。彼の髪の毛のせいで私の肩口がちくちく痛むので出来れば別の場所に移動して欲しいのだが、それを口に出すほど野暮ではない。
私達は他愛もない話をしているとあっという間に目的地に着いた。
教室に入り自分の机を確認すると鞄を置く。
しばらく待っているとチャイムが鳴ると担任の教師が入ってきた。教師が入ってくると生徒達は一斉に起立をする。教師が挨拶を終えると、出席確認が始まり、その後は連絡事項の確認が行われた。
「え~、今週からはいよいよ授業が始まる、各自しっかりと勉学に励むように、以上」
教師が出ていくと生徒達はそれぞれの友人の元へ向かう。私は東雲さんのところへ行こうとした時、ふと視線を感じた。
その方向を見ると、一人の男子生徒と目が合った。彼はすぐに目を逸らすと、教室の外の方へと向かっていった。
私は彼に見覚えがある気がしたが、どこで会ったのか思い出せなかった。