あの日、私は気づけば病院のベットの上で目覚めた。
私はあの後シェルター近くで倒れていたのを弘人に発見され保護されたらしい。弘人の話では、私が発見された時は酷い怪我、なんてもので言い表せたものではなかったらしい。それでも生きていたようで、弘人は奇跡だと言って喜んでくれた。
「(・・・また夢か、最近多いな。それに、前よりはっきりしているような気がするようなしないような?)」
あの時の記憶はほとんどが抜け落ちているが所々記憶は残っている。しかし、それらはどれも現実離れしており、まるで小説や映画のような出来事だった。正直、今更ながら信じられないような話だと思っているが、私は何故かそれが事実なのだと確信してしまえるのだ。
私はあの時に確かに一度死んだ。そして再び蘇った。
恐らく原因はこの身体にできた斑点模様、医者が言うには汚染された大気を吸うと、その大気に混じった金属が身体を文字通り蝕み、身体の表面に浮き出てくる病気「メタロシス」
医者が言うには一種の風土病の様なものらしい。
でも、それとは根本的に何かが違う。蝕むというには不自然に感じる。まるで"足りない部位を補うかの様に"斑点が現れているように見えるからだ。
私はあれ以来ずっとこの病室で過ごしている。
弘人とヒビキは毎日お見舞いに来てくれるが、唯はあれから一度も会いに来てくれない。連絡をしようにも唯の携帯には繋がらない、何となく察している自分がいるのを否定できない。
目が覚めてから数日後、私は弘人とヒビキに気になっていた事を尋ねた。
「あの日あの後何が起こったの」と。
私が意識を失ったあと、二人はどうなったのかと。
ヒビキは口をムニョムニョパクパクと動かし、身振り手振りしているが一言も発することはなく、代わりに弘人が説明を始めた。
「・・・・・・俺達はあの日、俺達を除くほぼ全員が戦死した。俺と一部俺に付いてきた奴らは前線基地まで逃げることが出来たから助かったけど、シェルターまで逃げようとした連中はみんな・・・・・・東雲もだ」
唯が死んだ。
私は一瞬言葉の意味を理解することが出来なかった。いや理解はしたのだろう、ただ心はそれを受け入れられず拒絶している。
頭ではわかっている筈なのに涙が頬を伝い止まってくれない。
私にとって唯は防衛校で初めて出来た友達だった。だからかな、こんなに悲しい気持ちになったのは。
「・・・・・・東雲は・・・・・・最期まで戦ってたと思う、いや違う、いた。」
弘人のその言葉に私は何も答えられなかった。いや答えなかったのかもしれない。どちらにせよ私はその時の光景を見ていない、見ることが出来ない。
「それから俺は必死になって生き残った人を探して回った。ヒビキは運良く瓦礫と、・・・・・・の間に埋もれていた所をほぼ無傷で発見して何とか助けることができた。それから生きている奴らで他の生存者を探して回ったが見つからずじまいだったよ。それで最後はお前を見つけた訳だ」
弘人が何を言おうとしているのか、私が何を聞きたいのかを理解した上であえて避けているようだった。私もそれを感じ取りこれ以上追及することはしなかった。ただ、ただ最後に、
「ごめんね」
それだけを告げた。
「気にすんな。お互い生きてたんだ、また会えただけで十分、だろ」
私は、そう言って笑う彼に、どんな顔を返していたのだろうか? それすらもう覚えてはいない。
私の日常が再び動き始めたのは退院してから2ヶ月程経ってからの事だった。
最初はまだ体が本調子ではないと入院生活を余儀なくされたが今では普通に学校に通えている。
それでも唯を、他のクラスメイトを救えず生き残った罪悪感は枷として残ったままだ。
教室を見渡すがやはり人数が少ない、前は生徒が25人弱ほどいた教室は今では10人もいない。
殆どが戦死したのだからしょうがない、などとほざけられるほど腐ってはいない。程なくして、クラスが統合されることになった。
クラスが統合されてしばらく経ったある日を境に、一部のクラスメイトの私を露骨に避けて、見る目がまるで汚物をみるようなものに変わっていく。恐らく原因はこの斑点模様だろうか、どこからか私がメタロシスを発症した事が広まったのかもしれない。
医者にも言われた事だがこの病気は人に伝染するものではないのだが、どうにもそういう風に捉えている者が多い。感染するものだとでも思われているのだろうか。
しかしどんどんとその空気は感染していく、次第に私に対する扱いはエスカレートしていき、やがてそれは虐めにまで発展した。
机の上に置かれた花瓶、落書きだらけの壁、椅子には画鋲、極めつけはトイレでの暴行。
私はそれに対してついカッとなってしまい、反撃すると相手がさらにヒートアップしてしまい余計酷くなっていく。
「いい加減にして」
と言ってみたが効果はなかった。むしろ逆効果だったようで、次の日からは暴力行為が露骨に増えていった。
そんな日々が一月ほど続いたある放課後、私はついに我慢の限界を迎えてしまった。
私は弘人やヒビキに何も言わずに学校を辞めることにした。正確に言えば飛び級制度を利用して軍に志願し、そのまま軍人になった。
軍に入ればあの環境から抜け出せて、胸に残る罪悪感を少しでも和らげることが出来ると思ったからだ。軍人になってから半年が過ぎた。私は毎日訓練を続けてはいるものの未だに戦闘に参加させてもらえない。大した理由がある訳じゃなかった、ただ単純に私は集団と言うものが怖くなっただけだ。内心何を考えているのかわからない他者が己の快楽の為だけに利害の一致した他者と結託して他者を蹴落とす世界。私はそんな世界に上手く馴染めなくなった。それだけだった。軍に入れば変われるなんて思っていた、努力もした、その結果がこれならいっそ腐り切ってしまえばよかった。そうして私は何もかも投げ出して自堕落に生きようと思い始めた時だった、メタロシスが悪化した。
全身を銀色の斑模様が覆い尽くそうと侵食してくる、痛みなどは一切ないが、侵食された部分の感覚が鈍い。とても大きな瘡蓋の様にも見えるそれに私は恐怖を覚えた。剥がそうにも傷一筋たりとも入らないそれを毎晩かきむしる日々、掻き過ぎて指先の皮は捲れ、爪は欠けた。そんなある日上層部から直々の命令が私に下った。どうも私を今所属している隊から移籍させ、別の部隊に移籍させると言うものだ。恐らく体のいい厄介払いだろう。私だってこんな状態でなければ拒否していたはずだ。しかし私にとって渡りに船でもあった。
私はその命令を受け入れた、そして翌日から新たな配属先での生活が始まろうとしていた。
「独立遊撃小隊プロトン」聞いたことも無い部隊名だ。一応所属するからには挨拶はしっかりとしなければと思い、隊員が待機するという部屋に足を踏み入れた。事前に聞いた話ではプロトン小隊は少数精鋭の試験兵装の実戦運用できるレベルまで性能を高めるための小隊らしいが。中に入るとそこにいた人員は私を除くとたった二人だけだった。
少数精鋭とは聞いていたが、これは何かの悪戯なのだろうか。
「えっと、今日付けで配属になりました。夢未無荘中尉です。」
そう言いつつ敬礼をする。相手はこちらを見てはいなかった。
仕方ないので相手の観察を始める。
一人は私よりも少し背の高い、スキンヘッドでニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる男性。もう一人は私よりも少し背の低い長い黒髪を後ろで束ねた美人といっても差し違い無い女性、しかし後者はどちらかと言えば広報部なんかにいそうな女性という印象を受けた。どちらも軍人とは思えない程ラフな格好をしている。私の場合は入隊時からずっと来ている制服を着崩していないだけなのだが。
私が観察していたのに気づいたのかスキンヘッドの男性が私に話しかけてきた。
「やぁやぁやぁよく来たね。僕のことは知らないと思うが別に知ったところで糧にならないからね、一部省略して自己紹介しよう。」
「僕は村里彰、こんな所で燻っている研究者さ。こっちは助手の天川小春君。」
「初めまして、よろしくお願いします。」
彼女はペコリとお辞儀をした。
「それで君はどうしてここに?ここは僕たちみたいな落ちこぼれが居る場所だよ。」
何となく察してきた。体のいい厄介払いなどと思っていたが、本当に厄介払いだったようだ。
「いえ、なんでもありません。私は今日からここでお世話になるので、ご迷惑をおかけしないように頑張ります。」
「ああそう、頑張ってくれたまえ。それじゃあ早速君の装備を見に行こうか。付いてきたまえ。」
彼は私の返答に一切の感情を表さず、私を武器保管庫へと案内した。しかし、そこは武器保管庫と言うにはあまりにも手入れがされていなかった。殆どがシートで覆われており、一部のシートには蜘蛛の巣が塊として張り付いていたりもした。
「ようこそ、僕の夢の跡地に。歓迎はしない」
「あの、ここは?」
「見ての通りだが?何か問題でも?」
「いえ、そう言うわけでは」
「そうかい。」
彼の表情は冷たかった。
「ここにある物は大半が失敗作、または上から押し付けられた欠陥品ばかりサ。僕が作り出した物もあれば、スポンサーから提供されたものもある。大半は破棄する予定なんだが、この有様だ。」
彼が指差す先には大量の銃火器があった。しかしどれもこれも使い物にならなさそうだ。
「この中からキミが使えそうな物をいくつか見つけてもらう、僕も暇じゃないからネ。」
私は彼に言われた通り適当に銃器を漁った。どれもこれもまともに整備されていない旧式の物ばかりだ。中には錆び付いたマシンガンもあった。しかし、その中で一つだけ異彩を放つものがあった。
槍だ。銃火器の中に何故か槍が混ざっている。
それもハルバードと呼ばれる斧のような刃のついた槍だ。
「それは試作品の失敗作の一つでね、何を考えたのやら、銃火器の効かない奴に槍を持って突撃したら倒せたという報告から試作で一本作ったらしいんだ、まぁ見た目以上に重いからあまりオススメは出来ないヨ。」
いつの間にか背後にいた村里さんが私に語りかける。私はその槍を手に取り、軽く振り回したり構えてみたりした。確かに重量はあるが、扱いにくいほどではない。むしろ今まで使っていた銃火器より手に馴染む感じがする。
私はこの槍が気に入った。
「決めたよ、私はこれを貰うことにする。」
「そう、それを気に入ってくれて良かった。」
村里さんの表情は相変わらず冷たいままだった。
「それと、そこで見てるのは誰かナ。」
村里さんの視線が武器庫入り口に向けられる。
「ははは・・・・・・バレますよね。一郎ですよ彰さん。」
入り口にいたのは私よりも背が高いが何だがイマイチパッとしないボサボサ頭の男だった。村里さんに対して親しげに話しかけているところからすると彼も関係者なのだろう。
「やぁ、一郎クン。今新入りの武器を見繕っていた所サ。」
「こんにちは、夢未無荘中尉。自分は天川総一郎、君の資料は一通り見させてもらったよ。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
天川と名乗った男は私に手を差し出した。握手を求めているのだとすぐに分かったので私もそれに応じる。
「一郎クンは一応この小隊ではオペレーターをやっているんだけど、あんまり戦闘には参加できなくてね、いつもサポートに徹してるんだ。」
「はははははっ、彼女が戦闘要員だからネ、彼の出番は無いに等しいんだよ。」
村里さんは心底おかしそうに笑った。
「あの、失礼だと思いますが、天川総一郎さんは天川小春さんと何か関係があったりしますか?苗字が同じなので。」
「あー、うん。自分の姉だよ。」
イマイチパッとしない総一郎さんと小春さんを比べても姉弟には見えない。そもそも年齢が離れすぎている。
「姉弟って言っても義理だけどね。血は繋がってないけど。」
「義理の姉弟ですか。」
「そういうこと。」
総一郎さんがそう言った時、どこからか私の足元に赤い線が飛んでくる。まるでレーザーポインタのような線だ。
「おやおや、これはまた熱烈な歓迎だネ。」
村里さんがそう言うと私の足下の線は消えてしまった。
次の瞬間先ほどまでレーザーポインタが当たっていた箇所に小さい杭の様な物が突き刺さっていた。
「それ以上いっちゃんに近づけば、当てる。」
入り口からは軍靴の足音が聞こえる。私は声の主を見た。
そこに居たのは天川小春だった。
「いやぁ、流石にこの年になって"いっちゃん"はないと思うよ。」
総一郎さんが苦笑いを浮かべながら呟く。
「そんなことはどうでもいいの。それよりなんでこんな所に来ちゃったの、いっちゃんは何もしなくていいのに。必要な物があればお姉ちゃんに頼めば持っていってあげたのに。」
彼女はまるで子供のように頬を膨らませていた。
「そうはいかないよ、キミも知っているように僕はもう軍人なんだから。」
「そう言うところが心配だって言うの!それにいっちゃんが戦わなくても私が全部終わらせれば良い話だし。」
「それじゃダメなんだ。僕が戦う理由はそこにあるから。」
「でも!」
話が長くてたまったものじゃないなと思いながらハルバードを持ち上げる、流石にギアのパワーアシストがないと振り回そうとすればむしろこちらが重量に身体を持っていかれそうだ。
「大丈夫だから、約束する。」
「絶対だからね。破ったら許さないから。」
「分かってる。」
二人はそのまま見つめ合う。まるで映画のワンシーンみたいで正直キモい、頼むからよそでやってくれ。
「はい、そこまで。二人ともイチャつくのは帰ってからにしてネ。」
村里さんが二人の間に割って入る。
「イチャイチャなんてしてません。」
「そうだよ、彰さん。」
「ハイハイ、とりあえずキミ達も武器を選びに来たんだろう。早くしないと日が暮れてしまうヨ。」
「・・・・・・ぁあ!そうだった、そうじゃなくて。」
総一郎さんは思い出したかの様に脇に抱えていた茶封筒から紙を取り出し、読み上げ始めた。
「独立遊撃小隊プロトンへ通達、2日後明朝よりシェルター郊外において観測された正体不明の構造物の調査を開始する。調査隊はこちらから選抜された7名とプロトン小隊計10名で編成する。尚、本作戦における全指揮権は大尉である中村美香大尉が有することとする。以上。」
「それはまた急な話で。」
「まぁ、この手の任務は大概が急に決まるものだからネ。」
村里さんはそう言いつつ肩をすくめた。
「あの、ところでこの任務は私も参加するんですか?」
私は恐る恐る質問をする。
「勿論だヨ。よかったじゃ無いか早速お披露目会だ。」
村里さんはニヤリと笑った。私は自身の口角が下がっていくのを感じた。