スイーツ。それは、老若男女皆が大好きな食べ物の分野の1つ。パンケーキ、マカロン、アイスクリーム、オペラ、桜餅、シュークリーム、ガレット、ブリュレ、シュバキア、ドーナツ、パフェ…
それは数えきれない程存在し、海外にも独自の素材を使ったその土地ならではのスイーツがあるほど皆から愛されている。恐らく、生まれてから一口も食べずに今を生きている人はいないだろう。
「そう言えば、愛矢ってスイーツは作らないですよね」
そんな広範な分野にも関わらず、私は一度も作った事が無いことにあの時初めて気付いた。
中華も和食もイタリアも洋食も、主食となるメイン料理は全て作った事があるのにそれだけは。
それは何故か。少し考えて、すぐに答えが出た。
私は今まで、自分が思い描くイメージに従ってずっと料理を作ってきた。「体が覚えていた」という事だ。
だけど、スイーツからはそのインスピレーションが働いていなかった。だから作らなかったし、作ろうともしなかった。
だけど、なぎさちゃんからそう言われた時から作りたい気持ちが芽生えて来た。私には、どれだけ美味しいスイーツができる実力があるのかという探求心と、睦月さんや皆がそばに居てくれる事の感謝を伝えたくて。
そんなことを考えていた時、私は偶然一つの張り紙を見つけた。
『お菓子作り教室!誕生日・受験合格・クリスマス・卒業…全ての始まり、全ての終わりをスイーツで祝いませんか?~今ならケーキ制作無料体験が可能!』
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「ケーキ教室?」
「うん。ちょっとそういうの作りたくなっちゃって。ダメ…ですか?」
「ダメなんて事は全然無いって!大歓迎だよ!」
「愛矢、ケーキ作るんですか?楽しみなのです!」
「あんたが作るなら絶対美味しいんだから!自信持って行っちゃいなよ!味は私が保証する!」
「あの、舞花さん、まだ食べてませんが…」
無料とはいえ一日中家を空けるから大丈夫かと思ったけど皆大賛成だった(というかもう行く前提で話してるような…)
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というわけで、私はスイーツ教室に体験入学した。その場所は、大きなお屋敷だった。先生はこの家の主で、フランスの有名店でパティシエをしていたほどの腕の持ち主だという話だった。
「ハッピーバースデイ!体験入学者の諸君!今日という日の出会いに感謝を!私はこの教室の先生を務めていますパティシエ、鴻上と申します。皆さん、そんなに硬くならなくても大丈夫!クリームの様に甘く滑らかに行きましょう!私の言うとおりにしてくれれば、誰でも美味しいケーキができますからね」
何とも濃いキャラだった。
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「素晴らしい!」
私が作ったケーキを見た瞬間、先生はそう叫んだ。
「このクリームの上品な甘さ、スポンジ生地のふんわり具合、どれを取ってもパーフェクト!素晴らしい!」
「いえ、そんな、先生が言ったことを真似しただけですよ」
「だとしてもだよ徳山君、初めてでここまで忠実に私の特性ケーキを再現できた者は他にはいないんだよ。君にはスイーツ作りの才能がある。君の才能の発現にハッピーバースデイ!」
先生のその声をきっかけに教室に拍手が鳴り響いた。何だか少し照れくさくなった。
「そこで提案なのだがね、徳山君。君、内の教室の特別VIPなコース、バースデイに入学する気はないかい?」
バースデイ、その言葉を聞いたとき、周りがどよめいた。しかし、私にはピンと来なかった。そんなコースは、チラシにも書かれてなかったからだ。
「バースデイ、それは本当のスイーツ作りの才能を持った者だけが入ることを許されるスーパーコース!メンバーもまだ里中君と後藤君の二人だけという少数精鋭!朝から晩まで、スイーツ作りをとことん突き詰めていくコースだ!いずれ、バースデイに選ばれた者でスイーツの一等地、フランスにビッグな店を持つことを目標に活動をしているんだ!君はその一員に素晴らしい!君にとっても、いい経験になるはずだが、どうかね?」
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教室が終わり、私は帰路に着いた。その手には、今日私が作ったケーキを入れた箱を持っている。早く、これを皆に食べさせたい。そう思うと、足取りがいつもよりも軽くなった。
えっ?
目の前にあった捨てられてた置き鏡から、赤い怪物が出て来た。身長は私よりも大きく、背中に大きな手裏剣を張り付けたその怪物は、ジリジリと私に近づいてきた。
睦月さんもいなければ、晴人さんも小夜もいない。私一人ではどうにもならない。
怪物から漏れる威嚇に私は怖くなり、逃げた。しかし、そのために怪物に背を向けたことは失敗だった。
「キィァアアアアアアアアアア!!!」
急に大きく動いたからか怪物は大きな声で叫び出し、私はそれに驚いて足がもつれて転んでしまった。
「あっ!」
そしてケーキの箱が私の手から離れ、無残にも地面に落ちてしまった。
グチャっという音と共に。
ペタペタと足音が聞こえ、振り返ると、怪物が私目がけて飛び込んできた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「変身!」
『♧Open Up』
しかし、怪物の突撃は横から飛んできた蹴りによって阻まれた。
「大丈夫か?愛矢!」
私の前に立つその姿、そして声。私は心の底から安堵した。
「愛矢!」
「愛矢さん!」
「愛矢!」
遅れてなぎさちゃん、舞花さん、小夜さんが駆けつける。
「愛矢!大丈夫ですか?」
「うん、平気」
「良かった~」
なぎさちゃんはそう言ってギュッと抱き付いてきた。
「舞花さん、二人をお願いします」
「任せて!」
「変身!」
『♢Turn Up』
小夜さんもまた変身すると、スッと銃を構えた。
「睦月さん!」
既に背中の手裏剣を持った怪物と長いこん棒を持って打ち合いをしていた睦月さんに小夜さんは呼び掛けた。
それに反応した睦月さんは後ろにバク宙をして後退。射程範囲に怪物だけしか居なくなってから小夜さんは撃った。
弾丸は全て怪物に命中し怯んだ。
「ナイスだ!小夜!」
着地した睦月さんは再度突撃。こん棒を今度は確実に怪物の体にぶつけていった。そして最後の突きで怪物の体は大きく吹っ飛んだ。
「俺の家族を傷付けたこと、高く付くぜ」
「絶対に許しません」
そして二人はカードを取り出して…えっ?家族?
『♧5 BITE』 『♧6 BLIZZARD』
『ブリザードクラッシュ』
『♢2 BULLET』
睦月さんはその場でジャンプし、小夜さんは怪物の懐にさらに威力が高まった銃弾をぶつけた。
怪物はそのダメージに声を漏らし、そこに睦月さんの氷の脚が迫った。挟み込むように蹴りあげ、怪物は爆発四散した。
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「ごめんなさい!」
私達は今、家にいる。一応ケーキは持ち帰ったが、最悪だった。地面に落としたのが致命的で、ホールケーキはひしゃげ、綺麗に絞ったクリームも、箱の中でぐちゃぐちゃになっていた。何であの時落としちゃったのか。私は死ぬほど後悔した。
「こんなケーキ、食べたく無いですよね。責任を持って…」
「あむ!」
睦月さんはおもむろに指にクリームを付けて舐めた。
「えっ?」
「あっ!睦月さん、行儀悪いですよ」
「いや~ごめんごめん。上手そうな匂いがしたからつい」
えっ?
「お皿とフォーク持ってきたのです!」
えっ?
「あっ、じゃあ私、紅茶入れますね」
えっ?
私が呆気に取られてる間にケーキが均等に切り分けられた。
「「「「いただきま~す!!!!」」」」
そしてフォークで一口大にすると、それを一斉に食べた。
「美味しいのです!」
「生クリームの甘さが絶妙!」
「スポンジもふわふわですよ」
つぶれたケーキを前に皆が本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「ん?愛矢、食べないのか?自分で作ったのに」
「味見し過ぎて飽きちゃった?なら私が…」
「止めなさい」
「皆、どうして…だってこれ…」
「見た目が悪いからって何だよ。味は美味しいし、何よりも俺たちの為に作ったんだろう?食べさせないでどうするんだよ」
「言ったでしょ?愛矢が作ったものなら絶対美味しいって。食べさせないなんてずるいわよ!」
なぎさちゃんも小夜さんもその通りだと頷いていた。
私は嬉しくなって目頭が熱くなった。本当に本当に嬉しかった。
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「断る?この私の誘いを!?」
私は、自分をバースデイコースに招待するという鴻上先生の誘いを断っていた。
「何故だね徳山君。君なら必ずや才能が開花するというのに!ひょっとしてお金の心配かね?なら大丈夫だ。50、いや、60%、場合によってはそれ以上まけてもかまわない!それだけ君は逸材なんだ」
「いえ、お金の事ではありません」
お金の事だったら、もしも自分が行きたいと言えば多少無理をしてでも出してくれるだろうと思っていた。睦月さんは優しいから。だから、睦月さんにこれ以上の負担は掛けたくない。もちろんそれもあった。だけど、それ以上に―
「確かに、世界中皆に私の作ったモノを食べてもらえると言うのは非常に魅力があると思います。だけど、私は、自分が大切に思える人に、これからもたくさんの料理を作ってあげたいんです。一日中スイーツの修行なんてしてたらそれはできなくなっちゃうし、皆と過ごす時間も減る。それが嫌だから、私には受けられません」
頭に浮かぶのは、睦月さん、小夜さん、千翼さん、そしてなぎさちゃんの顔。4人が私の料理を食べて美味しいと言ってくれる。それが嬉しくて、私はそれを捨ててまで自分の才能を開かせようとは思わなかった。
「ひょっとして、このケーキもその人たちに?」
「ハイ」
鴻上先生は顔一面に満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい!私の誘いを断ってまで食べさせたい人がいるとは!そこまでの愛が、君の中に存在するとは!」
そして、懐からスプーンを取り出してボウルにこびりついたクリームを掬って一舐めすると続けた。
「これからも、君の家族を大切にするんだよ!」
「えっ?家族…ですか?」
「おや、違ったかね?君の作ったクリームからは、家族への想いが感じられたが?」
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『俺の家族を傷つけたこと、高くつくぜ』
さっきの睦月さんの言葉を思い出して、私はつい表情が緩んだ。
フォークにケーキを一口さしてそのままパクッ
『全ての始まり、全ての終わりをスイーツで祝いませんか?』あのスイーツ教室のチラシに書かれていたことだ。ならこのケーキは、私が初めてケーキを作ったこと、それを美味しいと言ってくれたこと、そして、私が心から皆を家族だと思えたお祝いだ。
一口食べたケーキからは、味見の時には気付かなかった優しい味がした。
「今日のケーキは潰れちゃったけど、次は本当に完璧なケーキを皆に食べさせたいな」