仮面ライダーレンゲル☘️マギカ   作:シュープリン

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 お腹が痛い。燃えるように熱い。だけど、それもまるで遠くの出来事のように離れていく。

 私を呼ぶ声が聞こえる。

 スッと薄目を開けると、愛矢さん、なぎささん、舞花さんの顔があった。

 どうしてそんなに泣いてるの?

 私の事を、こんなに近くから呼んでるはずなのに、遠くから聞こえるように感じるのはなぜ?



……………………………………………………………………………そうだ。

 あの時、私は…



 『私、魔法少女になりましたが、その後、自分が本当になってよかったのか、ずっと悩んでいたんです。そして、その答えが出せないまま魔女になった。だから、睦月さんから与えてもらった命で、その答えを見つけたい。そのために私、ライダーになって戦いを続けたいんです』

 私が全てを思い出した夜に、睦月さんに言った事。結局、私は―


第27話 夢と後悔と答え

 

 私の両親は、お医者さんだった。お父さんは天才外科医、お母さんは、有名な看護大学を首席で卒業した優秀な看護士。

 

 私は、そんな両親の一人娘だった。

 

 だから私は、生まれた時からずっと将来を期待されていた。両親はもちろん、親戚も皆。特にお父さんは熱心だった。

 

 両親が優秀だからと言っても、必ずしもその子どもが優秀になるわけではない。小さい頃から私は、歩くのも話すのも人よりも遅かった。皆が歩き始めたころ、私はまだハイハイしていたし、ひらがなだって、50音全て覚えるのは幼稚園のクラスではビリだった。

 

 だからお父さんは、私に対していつも焦りを感じていた。今からこんなんで、将来は大丈夫か。私の娘なのに、ここまで出来が悪いのは何故なんだ。いつもそんなことを口走っていた。

 

 「大丈夫よ。この子は私に似て大器晩成型なのよ。夢さえ見つかれば、きっと伸びるわ」

 

 お母さんは楽観的だった。

 

 と言うのも、お母さんは中学生まではほとんど勉強をしないで、成績も後ろから数えた方が早い程の落ちこぼれだったらしい。だけど、中学2年生のある日、とある病気で入院した時にお世話になった看護士さんに憧れてからは猛勉強をし、見事夢を叶える事ができたという。

 

 「才能なんか無くても、努力すれば人は何にでもなれるのよ」

 

 それがお母さんの口癖だった。

 

 

 

 小学校に上がっても、私の成績は相変わらずだった。漢字は覚えられないし、計算も遅い。にも関わらずうっかりミスも多い。テストが返ってくるたびにお父さんに怒られた。だけどそのたびに、

 

 「大丈夫よ。ほら、ここなんて計算ミスしただけじゃない。運河悪かっただけ。これくらいのうっかり、私だってやるわよ。ほら、この前も―」

 

 お母さんはそう言ってなだめてくれた。

 

 転機が来たのは小学2年生の時だった。よくは覚えてないけど秋頃だったかもしれない。

 

 深夜、私の家に電話が掛かってきた。病院からだった。緊急で手術してほしい患者がいるという。それ自体は特に珍しい事では無かったが、あの日は看護士も不足してるということで、お母さんも駆り出される事になった。

 

 深夜に子どもを一人にすることは心配だったので、私も病院に行くことになった。

 

 いつもだったら眠ってる時間だったので、私は待合室でうとうとしていた。その前をドタドタと足音を立てて何人もの人が通りすぎた。急患の家族のようだった。

 

 すっかり目が覚めた私は、その家族の向かった先に興味を沸いた。向こうには手術室。お父さんとお母さんがいる部屋がある。お父さんとお母さんはどんな風に働いてるんだろう。そう思った私は、こっそりと覗きに行った。

 

 手術室に続く最後の曲がり角に来たちょうどその時、お父さんが中から出てきた。

 

 「先生、夫は、うちの夫は…」

 

 「もう大丈夫です。手術は成功ですよ」

 

 その言葉を聞いた途端、その家族は喜び、泣き、ひたすらに良かった、良かったと呟いた。そして最後に、お父さんにこう言った。

 

 「先生、ありがとうございました」

 

 その時の顔が、私の目に深く焼き付いた。

 

 「お母さん、私、お医者さんになる!」

 

 そう言ったのは、帰りの車の中だった。

 

 

 

 「何なの!?この成績は!」

 

 お母さんは私の定期テストの成績表を一瞥すると叩きつけた。

 

 「全科目80点以下ってどういうこと!?数学なんて平均点も取れてないじゃない!あんた、医者になりたいんでしょ?全科目最低でも80点以上ないとなれないわよ!あんた、本当にちゃんとやったの!?」

 

 「………………………………」

 

 「来週から塾の時間を増やします」

 

 医者になりたい。そのためにはたくさん勉強をしないといけない。だから私は今まで以上に勉強をした。だけど、一向に成績は上がらなかった。いくら問題集で勉強しても、勉強時間を増やしても、少しでも問われ方が変わると途端に分からなくなる。

 

 基礎が分かってないからだと言われるが、頭では内容を理解してるつもりなので他に何をすればいいのかが分からない。問題として目の前にあると途端に分からなくなる。勉強法を変えた事もあったが、結果は同じだった。

 

 「夢さえ持てば、努力をすれば夢は叶う」そう信じてるお母さんにとってそれは受け入れられない現実。ずっと優しかったお母さんも、いつの頃からか厳しく叱るようになった。

 

 私の成績の事でお父さんとは毎日喧嘩。そんなの、私は見たくなかった。

 

 もっと努力しないと。もっと頑張らないと。お母さんとお父さんが満足出来るような成績を取らなきゃ。

 

 ………………………………あれ?

 

 良い成績を取る事は、私が医者になるための通過点であり、手段だった筈なのに。いつの間にか、親に怒られないように、お母さんとお父さんが喧嘩しないように、そんな事を考えながら勉強してる。

 

 私の頭の中から、あの日の患者さんの家族の笑顔がまるで靄に掛かったかのようにぼんやりとしている。

 

 あの人たち、あの時どんな顔をしていたっけ?

 

 私って何で勉強してたんだっけ?

 

 『もう全部お仕舞いにしちゃった方が良いんじゃない?』

 

 私って本当にお医者さんになりたかったのかな?

 

 『何もかも分からなくなったんなら、リセットしてみようよ!』

 

 ……………………………………………………それも、良いかもね。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして顔を上げると、そこには見慣れない景色が広がっていた。

 

 辺り一面に見たことの無い木々が生えていて、それは森のようだった。

 

 私は何がなんだか分からなくなった。確かに、今日期末テストの結果個表が返ってきて、その結果を親に見せたくなかったからいつもよりうんと遠回りして帰っていた。だけど、この場所にこんな変な森なんて絶対無かった。

 

 私の後ろで何かが動いた。サッと振り向いても何もいない。

 

 帰らなくちゃ。

 

 私は来た道を一目散に走った。

 

 走っても走っても森を抜けられなかった。それどころか、どんどんと森が深くなってるような気がする。もうここは、私が知ってる道じゃない。

 

 そして、私が必死に無視してきた気配。それが遂に私の前に現れた。

 

 ボタンの目、フェルトでできた嘴、縫い目の粗さが目立つ羽。そんな恐ろしい姿をした鳥が、私の周りでくるくる踊り始めた。あるものは羽ばたき、あるものは鳥同士で鉤爪を鳴らし、あるものは嘴で唄い…

 

 私自身に危害は無かったが、完全に囲まれてしまった。

 

 『リセット』『リセット』『リセット』『リセット』

 

 ここに迷い込む直前に聞こえていた声がどんどん大きくなっていく。

 

 「止めてェェェェェェェェェェェェェェ!!!!」

 

 その時―、

 

 無数の光の玉が降り注ぎ、全ての鳥の胴体を撃ち抜いた。

 

 一体、何が…

 

 「危なかったわね」

 

 光が来た方向、その先に一人の女の子の姿があった。私よりも年上のお姉さんに見える。彼女は胸元に水色の宝石が入ったクリーム色のワンピースに見るからに軽そうな薄いレースを上から羽織りスラッとした腕を強調させていた。脚の膝上まで隠れる程のハイソックスに白いヒールは彼女の長い脚を魅せるのに十分過ぎる役割を放っていた。

 

 その彼女がゆっくり降りてくる姿に私は見とれてしまった。

 

 「あなたは…一体…」

 

 「私は笹原 光(ささはら ひかり)高校1年生よ」

 

 「そして、魔女と戦う魔法少女さ!」

 

 「キャッ!」

 

 笹原さんからひょっこり出てきた白い生き物に驚いた。

 

 「やっぱり、あなたにも見えるのね」

 

 「見えるってどういう…」

 

 「説明は後。まずは…!」

 

 後ろからソッと近付いてきた鳥を一瞬で撃ち抜いて言った。

 

 「この魔女を退治しないとね!」

 

 鳥に一度も触れられる事なく撃破しながら彼女は森の中を進んで行った。そして、一つの扉の前までやってきた。民家のように見えるが、外装は完全に草に覆われていて、まるで廃墟のようだった。

 

 「ここが結界の最深部ね。危ないから、あなたは下がってて」

 

 そう告げると彼女は扉をガチャっと開けた。

 

 そこには、外から見た民家よりもずっと広い空間が広がっていた。私達が立ってる場所から一直線に黒いカーペットの道が伸びていて、それを中心に両側には長椅子が縦に横に地平線の彼方まで等間隔に並べられていてそれは教会のような有り様だった。そして、そのカーペットの先には、先ほどの鳥よりももっと歪な化け物があった。

 

 ボタンの目にフェルトの嘴は変わらないが、それは桁違いに大きく、その胴体は完全に鳥籠におおわれていた。その鳥籠の隙間から二枚の翼が大きくはみ出ていて、その羽毛がうねうねとウジ虫のような気持ち悪い動きをしていた。

 

 鳥籠の魔女、フェザランド。

 

 それを見て私は恐怖で動けなくなったが、笹原さんは全く臆していなかった。

 

 「現れたわね。それじゃ、さっさと終わらせるわよ!」

 

 そう言うと彼女は羽織っていたレースをバサッと一振り。すると、どこからともなく、鏡のように磨かれた綺麗な盾が二枚出てきた。

 

 笹原さんは大きくジャンプした。その動きに反応し、魔女は上にいる彼女に狙いを定めると翼から羽をマシンガンのように何発も放った。

 

 笹原さんは鏡の盾を目の前に構えた。すると、その盾から魔女と同じ羽の矢が放たれ、攻撃が相殺されていった。そのまま魔女に接近し、ある程度距離がつまると一枚の盾を後方に投げ、そこから鏡のように透き通った剣を取り出し、フェザランドを一閃した。

 

 「・"',.#@_-…:"・~',k」

 

 魔女が苦悶の叫びを上げると笹原さんはすかさず距離を取り、フェザランドが出す羽の攻撃を盾で防いだ。

 

 「凄い…」

 

 全く無駄の無い動きに私はふと呟いた。フリルのついたかわいいワンピース、はためくレース。それらが彼女の動きとマッチして、フィギュアスケートのような綺麗な動きをしていた。

 

 「彼女は特別に戦闘の才能があるからね。驚くのも無理はないさ。他の魔法少女でも、ここまで戦闘が上手い人はそうはいない」

 

 いつの間にか、ネコとも犬ともつかない白い生き物が私の横に来ていた。

 

 「さっき、あの子は魔法少女…って?」

 

 「そう。魔女と戦う宿命を背負った存在の事さ。そして、君にもその才能がある」

 

 「えっ?」

 

 「そろそろフィニッシュと行きましょうか!」

 

 その会話は笹原さんの一言で打ち切られた。

 

 レースを大きく振り、何枚もの鏡の盾を出した。それは宙に浮いたまま魔女を囲むようにして止まった。

 

 「ショ~ターイム!」

 

 すると、全ての鏡の前に笹原さんの立体分身が現れた。

 

 魔女は迷う事なく嘴を最初に笹原さんがいた場所に向けた(鳥籠は魔女の攻撃に合わせて変形した)。

 

 「危ない!」

 

 私が声が届くよりも前に嘴が鏡の盾を貫いた。しかしー

 

 「はい、ざんね~ん」

 

 「!?」

 

 本物の笹原さんは魔女の背後にいた。無防備になった首に鏡の剣を斬りつける。

 

 「あんな分かりやすい所に居るわけないでしょ!」

 

 そして、盾として使ってた鏡よりもずっと大きい鏡を取り出した。魔女を囲んだ鏡と大きな鏡で光が反射し合い、光の道を作った。その光が魔女をスポットライトのように照らす。

 

 「さぁて、これで終わりよ!」

 

 全ての鏡の盾から大きな鏡に向かって光の光線が飛び出した。その道中の魔女という障害物に阻まれることなく、魔女の体を貫いて大きな鏡に収束していった。

 

 身体中が穴だらけになった魔女は苦しみの声を上げて消滅。辺りを包んでいた不思議な空間も無くなり、よく見る普通の道になった。

 

 「ふぅ、まぁまぁだったわね」

 

 そう言って彼女は変身を解いた。変身を解いた笹原さんは制服を着ていて、どこにでもいる普通の女の子という印象だった。

 

 「どうだった?私の戦い」

 

 少し得意気に聞いてきた。

 

 「それはもちろん、凄かった…です」

 

 今になって先ほどまでの光景が信じられなくなり、私は言葉を詰まらせながら言った。

 

 「彼女までとは行かないかもしれないけど、君にも魔女と戦う力を与える事が出来るんだよ」

 

 改めて笹原さんの肩に乗ったキュウべえが言った。

 

 「小夜、僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 「魔法…少女?」

 

 急にそんな事言われても分からない。

 

 「こーら。説明も無しにそんな事言ったって頷く訳がないでしょ?」

 

 キュウべえを笹原さんは軽くたしなめた。そして、ふと腕時計に目を落とすと、

 

 「少し、時間ある?」

 

 近くにあった小さなカフェ。そこで私は色々な事を聞いた。

 

 魔法少女とは、この世に絶望を撒き散らす存在、魔女と戦う宿命を背負った存在の事。それは、キュウべえとの契約によって生まれるソウルジェムによって変身することで力を得られる事。そして、肝心の契約内容はー

 

 「願い…」

 

 「そう!君が僕と契約するなら、僕は君の願いを何でも一つ叶えてあげられるよ!」

 

 「………」

 

 願い。それなら一つしかない。私をお医者さんにしてほしい。それしかない。そうすれば、お父さんもお母さんも優しくなるし、喧嘩もしなくなる。何より、私が小さい頃からの夢が叶う。

 

 だけど―、

 

 本当にそれで良いのだろうか。その代わり、私は一生魔女と戦い続けなければならない。運動神経がない私が、いくら力を得たといってもすぐに負けてしまうだろう。そうなれば本末転倒だ。

 

 そんな事を考えてしまい、私はどうしても願いを口に出せなかった。

 

 「私の願い、聞きたい?」

 

 「えっ?」

 

 それを察してか、深く考え込んでしまった私を笹原さんは呼び戻した。

 

 「聞いてよ。スッゴいバカバカしい事だから」

 

 そしてイタズラっぽく笑うと言った。

 

 「遅刻したくない」

 

 「……………えっ?」

 

 「私って早起きが苦手でさ。いっつも学校に遅刻してたのよ。私の親はレストランをやってて、その仕込みで忙しいから朝は居ないし。それでね、ある日先生に言われたの。このままだと出席が足りなくて留年だって。それで急いで契約したのよ。遅刻しないようにしてほしいって。バカでしょ?あんなの決まり文句みたいな脅しなのに真に受けて、命懸けの戦いに飛び込むなんて」

 

 「いえ、そんな事は…」

 

 「いいのよ、本当の事を言って。私、時々スッゴく後悔してるんだから。バカバカしい物に使っちゃったって、しかもその性で命がけの戦いをしなきゃいけないなんて最悪だって」

 

 「………………………」

 

 「だから、ちゃんと考えなってこと。私みたいにポンポン決めちゃったら絶対後悔するわよって、もうこんな時間!」

 

 ふと喫茶店の時計を見た笹原さんは急いで椅子から立った。

 

 「キュウべえは置いておくから、ゆっくり考えなさい。あっ、後これ!」

 

 笹原さんはカフェに置いてあったアンケート用紙の裏にサラサラと何かを書いて渡した。そこには住所と、「喫茶セレーネ」の文字が書かれていた。

 

 「これ、私の家でやってる喫茶店の名前。良かったら遊びに来てね」

 

 そう言って笹原さんはウインクをした。

 

 「はい、あの…」

 

 「それじゃあ」

 

 「あっ、あの!」

 

 さっきより大きな声で呼び止めた。まだ、一番大事なことを言ってないのに気付いたから。

 

 「助けてくれて、ありがとうございました」

 

 笹原さんは少し驚いた顔をした。

 

 「うん、本当、無事で良かったわ。どういたしまして」

 

 そして少し照れ臭そうにしながらも優しく微笑んだ。その笑顔は、さっきまでのお話で見せていた顔とは違って見えた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 笹原さんと別れて数日が経った。私は、未だに一歩踏み出せないでいた。叶えたい願いはある。だけど、契約してしまったら、あんな怖い化け物と戦わなければならない。それが枷になり、どうしても契約まではできなかった。

 

 「魔女と戦う宿命といっても、生身でやれと言ってるわけじゃない。それに対抗するために君の身体能力は上がるし、ある程度の怪我を負っても命に関わらない体になる。そこまで心配することは無いと思うけど」

 

 前にキュウべえからそんなことを言われた。だけど、キュウべえは勘違いしている。もちろん、体はどうかとかも気にしているけど、一番は、怖いのだ。どうしても頭の中に、あの魔女と使い魔の姿がちらつく。あんな敵と一生独りで戦わないといけない。誰にも相談できない。そんな状況を想像するだけで身がすくむ。体は強化できても、心は変身者に委ねられる。今のままではきっと、変身してすぐに死んでしまうだろう。そう思うから契約できないのだ。

 

 私は、本当にお医者さんになりたかったのだろうか。

 

 そんなことを思ってる内に家の前に着いた。今日はお父さんもお母さんも深夜まで病院だと聞いている。私は鍵で家のドアを開けた。

 

 プルルルルルルルルル…

 

 電話だ。お父さんの仕事関係かもしれない。

 

 私はガチャッと電話を取った。

 

 「はい、天野ですが」

 

 「小夜!」

 

 お父さんからだった。とても慌てているのが電話越しから伝わった。忘れ物かな?そう思っていた私の耳に、予想外の言葉が入って来た。

 

 「大変だ!お母さんが、お母さんが!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 血圧は―、呼吸は―、バイタルはどうだ―。ピッピッと鳴る規則正しい電子音が鳴り響く部屋で、お医者さんたちがそんな話をしながらバタバタと動いていた。もちろん、お父さんもそこにいる。邪魔になるからと私は部屋の外でその様子を黙ってみていた。

 

 お母さんの事はチラッと見えた。いや、一目見ただけで、目を反らした。とても見ていられなかったからだ。顔は青白く、何本ものチューブが刺さってるお母さんの姿がとても痛々しい。あんなお母さん、見たくない。

 

 お母さんは、患者さんの一人の持ってる病気が感染ってしまったと言っていた。ナントカという病気を持った患者さんの触ったモノに、うっかり素手で触ってしまったとかナントカ。分からない。ほとんど聞いていなかった。

 

 しばらく経って、私はお父さんに連れられて小さな部屋に入った。

 

 「小夜、落ち着いて聞いてほしい」

 

 最初にそう念を押された。

 

 「今は、お母さんの容態は安定しているが、とても危険な状態だ。いつ、様態が急変してもおかしくない。もちろん、俺たちは全力で治療するがもしかしたら…」

 

 そこから先は、お父さんは何も言わなかった。代わりに、目から涙があふれ、そのまま私を抱きしめた。

 

 「ごめん、本当にごめんな。俺がもっとしっかりしていれば、俺にもっと腕があればお母さんをこんな危ない目に遭わせないで済んだんだ。すまない。すまない…!」

 

 お父さんは噛みしめるような声で言った。

 

 こんなお父さん、今まで見たことなかった。私もお父さんを抱きしめて、静かに泣いた。

 

 

 

 もう遅いからゆっくり休めとお父さんが病院まで送ってくれた。もちろん、ゆっくり休めるわけが無い。

 

 私は階段を急いで駆け上がり、自分の部屋に入ると、そこの一番大きな窓のふちに“それ”はいた。

 

 「キュウベエ、お願いがあるの!」

 

 キュウべえは何も言わないで、ただ黙って私を見つめて次の言葉を待っていた。

 

 「お母さんを、助けて!」

 

 

 

 次の日、お医者さんたちは一斉に首をひねった。あれほど容態が悪かったお母さんが突然健康そのものになったのだ。無理もない。もちろん、私が願ったおかげだということは話せない。だけど、それで良かった。お父さんは大泣きでお母さんと私を抱きしめ、それに負けじとお母さんと私も二人を抱きしめた。そして少し泣き笑い。その顔が見れただけで、私は満足だったし、契約して良かったと思った。

 

 だけど―、

 

 「何なの!?この成績は!前の試験よりも凄く落ちてるじゃない!」

 

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。切り替えが早いと言えばそれまでだけど、お母さんの病気が治ってしばらく経つと、同じ毎日の繰り返しだった。いや、さらに悪くなったのかもしれない。魔法少女と勉強。両者の両立は想像以上に大変で、宿題すら満足にできなくなっていた。魔法少女の方も、芳しくなかった。最初はまだ我慢できたが、段々と恐怖心にさいなまれ続け、遂に使い魔一匹も倒すことができなくなった。

 魔法少女になる前まで好きだった遠回りしての下校。それも無くなった。もしも魔女に出会ってしまったら、戦わなければいけないから。魔力を感じなければ戦わずに済む。そんなずるい考えをいつの間にか持ってしまっていた。外では魔女に出会わないかでビクビクし、家では成績を上げなければというプレッシャー、家庭での私も、魔法少女としての私も上手くできてない私には本当にどこにも居場所が無かった。

 

 本来考えていたのと違う願いで魔法少女になった私。本当に契約して良かったのか、私は分からなくなった。

 

 できるだけ魔女と戦わないように過ごしてきたから魔力の減りは少なかったが、塵も積もれば山だ。ただ生活しているだけでも、ソウルジェムの魔力は消費されていく。それを浄化させるためにはグリーフシードしかない。だけど、魔女を倒さなければ、グリーフシードは手に入らない。

 

 キュウべえと契約してから9ヶ月後、私のソウルジェムは静かに限界まで濁りきり、魔女になった。

 

 自分は魔法少女になって良かったのか、本当の願いは何だったのか。その答えは結局見つけられなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『私、魔法少女になりましたが、その後、自分が本当になってよかったのか、ずっと悩んでいたんです。そして、その答えが出せないまま魔女になった。だから、睦月さんから与えてもらった命で、その答えを見つけたい。そのために私、ライダーになって戦いを続けたいんです』

 

 だから私は、もう一度その答えを見つけようと思った。睦月さんから貰ったチャンスを、それに使おうと思ってライダーになった。だけど、結局、その答えを見つけることは出来なかった。

 

 

 「頑張れ~!小夜ちゃん!もう少し!」

 

 「ファイトなのです~!」

 

 「後1メートル…よしゴール!凄いよ小夜!また新記録!」

 

「ほら、どんどん食べて!これからトレーニングはもっと厳しくなるんだから!体力付けないと!」

 

 

 「あの時、お前は勇気を振り絞って怪物の前に立って変身した。そのお陰で、なぎさちゃん達は怪我一つしないで済んだ」

 

 「セミの怪物との戦いだってそうだ。あの鳴き声で体が思うように動かないって時でも、舞花を助けようと動いたじゃないか。あの時のお前は、誰よりもヒーローで、仮面ライダーだった」

 

 違う。私はとっくに、答えが出ていたんだ。

 

 やっと分かった。私が何でお医者さんになろうと思ったのか。

 

 日常を、その人の居場所を守りたかったからだ。

 

 あの日、私がお医者さんを目指そうと思ったあの日。あの患者さんの家族は、その人の無事を聞いて心底ホッとしたような笑顔を浮かべていた。その人にも、家族と団らんしたり、ご飯を食べたりテレビを見たり、そんなありきたりな日常があって、それを凄く愛していて、それがずっと続くと思っていた。だけど、その日常生活の中にいた登場人物が一生離れて逝ってしまう危機に直面して、皆怯えていた。

 

 その恐怖を、お父さんとお母さんと、他の多くのお医者さんが取り払った。その患者さんの、その家族の日常を守ったのだ。

 

 私は、そんな両親の姿を見て心の底からカッコいいと思った。普段は厳しくて怖い印象だったお父さんも、優しくてちょっぴりドジで楽しいお母さんも、この時はヒーローに見えた。だから私も、皆の日常を守れる人になりたいとお医者さんを目指すようになったのだ。

 

 キュウべえと契約したのだってそうだ。お母さんの命が危ないという時、お父さんは今まで見たことが無いほど弱気な表情を浮かべていた。お父さんにとって、自分の日常生活という物語には、お母さんが必要不可欠だった。私は、お父さんの日常を守りたい。そう思ったから魔法少女になったんだ。

 

 そして今も、クインテットという日常の物語の登場人物、睦月さん、なぎささん、愛矢さん、舞花さん、この四人を守って、日常生活を普通の日々を守るためにライダーになった。自分が魔法少女になって良かったのか。その答えを探すため以外にも理由はあったんだって今なら分かる。だから、さっきも私は―

 

 何だ。だったら私、とっくに答えが出ていたんだ。私の頭が悪くて容量が悪いから、それに思い至るのが遅かっただけだったんだ。

 

 

 

 ……………………………。

 

 だけど、私は一つだけ気付けなかった。

 

 舞花さんや皆に、あんな顔をさせてしまった。そしてようやく気付いた。

 

 皆と一緒にご飯を食べて、トレーニングをして、たまにショッピングしたり色々な所に遊びに行ったり。

 

 皆の日常の中には、私も入っていたんだ。

 

 それなのに私は―。

 

 

 

 ごめん。ごめんね。日常を守るために戦ったのに、結局、私自身で、その日常を壊しちゃった。皆にそんな顔、させたくなかったのに。

 

 ……………………………………………………

 

 もう、お腹の痛みも感じない。体も、どんどんふわふわしていってる。もう、私は…

 

 ……………………………………………………

 

 だけど、最後に、一つだけ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 小夜の体から出てくる塵がどんどん多くなっているのが分かった。それと反比例して、小夜の体がどんどん軽くなっていくのも。

 

 「小夜、ダメ、ダメよ!絶対に諦めないで!」

 

 とにかく、どこかに一枚でも鏡があれば。

 

 「小夜、頑張るのです!」

 

 キャンプ場の鏡はどこも全て割られている。

 

 「お願い、もう少しだから!」

 

 晴人らが、全て割り回ったのだ。

 

 どんどん塵が増えていく。彼女自身ももうほとんど反応しなくなっていた。

 

 本当なのか。これが現実なのか。まだ出会ってから二ヶ月も経ってないじゃないか。まだ皆と遊びたいだろ?秋も、冬も、春も、まだ一度も一緒に過ごしてないじゃないか。これじゃ余りにも…余りにも…小夜がかわいそうじゃないか。

 

 保ってくれ。頑張ってくれ。一分でも、一秒でも。ミラーワールドから出られればきっと、絶対うまくいくから!

 

 

 思い込みだと言うことは心のどこかでは分かっていた。だけど、そう信じていないと動けなかった。

 

 ………………………………。

 

 小夜の手が、少しだけ動いた。

 

 ………………………………。

 

 その手が睦月の服を僅かな力で掴む。

 

 睦月は顔を小夜の方へ向けた。

 

 小夜は口だけ動かして言った。

 

 

 ありがとう

 

 

 「小夜…?」

 

 小夜の体は塵で包まれ、消えた。

 

 重くもない。軽くもない。睦月の腕から、小夜を抱えているという感覚そのものが無くなった。

 

 

 「小夜ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

続く




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