スピンオフ1話 普通と綱渡りと七つの大罪
私が覚えている中で一番古い記憶は、小学校に上がるちょっと前だった。
白、白、白…。染み一つ無い真っ白な白装束の人が正座をしていて、目の前にある茶色い銅像に向かって深々とお辞儀をする。その中には私のお母さんもいた。私は、よく分からないままお母さんの真似をして、深々と頭を下げた。
私の名前は大森 天望(おおもり あみ)。「皆から望まれて生まれた子だよ」という『想い』と、「天」という漢字を使わなければならないという『ルール』から付けられた名前だ。
住宅街から外れた所にある石のビルとその周り。それが私の世界だった。
家族はお母さんと、『聖人様』、『天使様』、他にも一杯いる。だけど、お父さんは居なかった。「この道へ進むのを諦めたおろかもの」だったから出ていったと聞いている。私は、その人の子供だから、精一杯修行をしなければいけないと、小さい頃から言われていた。
「天(あま)掛ける使化千(しかち)の会」。それが、私達がいる場所の名前だった。使化千と言うのは、空からやってきた天使の名前で、死んだ後に天国に行けるようにする役目を持っているらしい。それが言うには、今の人は大罪を背負い過ぎているから、それを限界まで薄くしないと天国に行けないのだと。
大罪と言うのは、「強欲」「憤怒」「色欲」「傲慢」「暴食」「怠惰」「嫉妬」の7つ。
例えばコンビニ。あれは、人間が「強欲」にも夜でもご飯が食べたいという「暴食」な、いつでも買い物できるから買い忘れがあっても問題無くなるという「怠惰」な願いから24時間営業になった。しかしそれによって店員が夜に働かなくてはいけなくなった。昼に動き、夜は休むというサイクルを破ったということでそれを利用する事そのものが罪なのだという。
このように、ある人の欲望によって誰か別の人にしわ寄せが来ているモノ全てが罪。その基礎となっている欲望が先に挙げた七つの大罪。これが使化千の会の教えだ。
それを薄くするために、ここで生活をしている。
朝は日の出の時間に合わせて起きて、お天道様に向かって手を合わせ、その後周りをしっかりと掃除して、使化千様の聖地を清めて、朝ごはんの後の9時からはお仕事。2つのパーツを組み合わせる作業をずっとする。私も、「カチッ」って音が楽しくて時々手伝ったりしていた。「時々」と言ったのは、その間、ほとんど私は『修行の間』でひらがな・カタカナの勉強をしていたからだ。私は幼稚園に通っていなかった。だから代わりに、ここで大人の人と一緒に勉強をしていたのだ。日が沈む頃にお仕事は終わり、またお天道様に向かって「今日も見守ってくれてありがとう」と手を合わせる。夕ごはんの後にお風呂に入って、寝る前に真っ白な装束に着替えて使化千様の形をした銅像の前で祈り、10時頃に眠る。
そんな生活をずっと続けていた。
子どもは私だけだった。だけど、だからこそ、皆優しくて、私はこの場所が大好きだった。
私は6才になった。幼稚園には通っていなかったけど、その先となるとそうは行かない。私は近所の小学校に通う事になった。通うと言っても、普通の人みたいに歩いたりバスに乗ったりして通わない。カーテンの付いた、特別な車に乗って私は通っていた。帰りももちろんお迎えがあった。
「学校は勉強をする場所」そう教わっていたので、私は勉強を頑張った。授業では積極的に手を挙げたし、宿題は毎日しっかりやった。そのお陰でテストは100点をたくさん取るようになり、クラスでも1、2を争う程の学力を持つようになり、私自身も誇らしかった。
だから、
「ねぇ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た~!××君がカッコよかったよね~!」
「ねぇこれかわいくな~い?」
「この後ケードロやらない?」
「いいね~!じゃあ隣のあいつも誘おうぜ!」
そんな話ばかりしているクラスメイトを内心見下していた。「勉強をする場所だ」と言う使化千様の言葉を無視している。
この場所に居ると、私にも大罪が貯まって行くような感じがして嫌だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そんな生活がずっと続いたある日の事だった。学校が終わり、いつもの場所に行ったのにそこには迎えの車が無かった。と言っても、たまにそういう事があったから、私は黙って迎えが来るのを待った。
そこへ―、
「近道を見つけたって本当?」
「本当、本当!この道をちょっと行った先に細い道があるんだけどね、そこを通るとチカちゃんの家に早く着くんだよ!」
二人の女の子が通り過ぎて行った。いつもだったら気にも止めない会話だったが、私は彼女が持っている物に釘付けになった。茶色くコーティングされた卵状の物で、それをヒョイヒョイ口の中に放り投げていた。
あんな食べ物、見たことが無い。
私の視線に気付き、二人の女の子の内の一人が近付いて、
「食べる?」
と、茶色い卵状の物を一つ渡された。
「………………」
私は少し迷った。「人から渡された物は基本食べるな」とずっと教えられていたからだ。
だけど、彼女からは悪い気は全然しない。そして何より、食べてみたかった。
カリッ
「美味しい…」
それは少しほろ苦く、だけど、とても甘かった。果物とはまた違う、別の甘さが口一杯に広がった。
その中にはカリカリと歯ごたえが良く、香ばしい物が入っていて、それと甘さが合わさって一つのハーモニーを奏でていた。
「ただのアーモンドチョコだけど…もしかして、今まで食べた事無かったの?」
私の反応が少しオーバーだったらしく、彼女が尋ねてきた。
「チョ……コ?」
聞いた事が無かった。
「えっ!?そこから!?あんた、お菓子とか食べないの?」
お菓子。その単語は知ってるが、「暴食」を背負ってしまうので食べるなと言われていた。
「ねぇ、あなた今暇でしょ?よかったら一緒にチカちゃんの家に来ない?もっとお菓子とか食べよう?」
「えっ…?」
「ちょっとミラ!いきなりそんな事言われても困るでしょ!ごめんなさいね、いきなり」
もう一人の女の子がそう言って微笑んだ。
「でも!この子チョコも知らない位お菓子食べてないんだよ?可哀想じゃん!」
「だからって…」
「あっ、あの!」
衝動的に私は口を挟んだ。
分かっていた。誘ってくれた子は、優しさというより、チョコレートも知らない私に対する興味の方が大きいのも。だけど、それ以上に私は、チョコでもお菓子でも、今まで自分が触れていなかった物に凄く興味を持ったのだ。
「少し…だけなら…」
そう、私は言った。言ってしまった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日の夜。私が居たのはいつもの部屋………では無く、鉄格子の付いた小さな小窓が一つ付いただけの殺風景な場所だった。
『罰の間』と呼ばれる場所で、何か使化千の意志に反する事を行った者に、許しを乞う為に作られた部屋だった。私が入る事になるなんて、夢にも思っていなかった。
『少しだけ』と言ったが、それで済む訳は無かった。
クッキー、ビスケット、お煎餅…。そこでは、私が「暴食」だと言われていたので禁じられていたので、今まで食べたことの無かった物がどんどん出てきた。それだけじゃない。コンピューターゲーム、化粧品、テレビ。しきたりで封じられていたそれらがこんなにも面白いとは思わなかった。時間はあっという間に過ぎていき、2時間も居てしまった。当然、使化千の会が総出で捜す事になり、私が楽しんでいる間にそこではちょっとした騒ぎになっていたのだった。
私が今までたまたま知り合った子と一緒に居たと言ったら、今までずっと穏やかな表情を見せていた大人達が凄い形相で睨み付けられた。
「愚かな」「お前は汚れた」「悪魔と交わった」「極刑だ」
そんな罵声をずっと浴びせられ、お母さんからは平手打ちを貰った。とても痛かった。
私は静かに涙を流した。
しきたりを破った事に対する後悔からでは無い。確かに、この場所のルールを破った事はいけない事だと分かっている。
だけど、お菓子もテレビもゲームも、人を汚す物には思えなかった。
それらが汚れてる物なら、あの子達は?あの子達の楽しそうな笑顔。あれにも汚れが貯まっているというのか?悪い気は全然しなかった。また会いたいと思った。
ここの人達は好きだ。私に優しい笑顔を見せてくれるから。だから、その人達が信じているモノを私も信じる事が出来た。
だけど―。
本当にそれが良いことなのか。いや、何が良いことなのか、私は分からなくなっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ねぇ聞いた?あの人の新曲!」
「聞いた聞いた!凄くいい曲だったよね!」
「朝練タリ~」
「あの先輩厳しすぎ!」
「今度のLiveいつ行く?」
「帰りゲーセン行かない?」
私は中学生になっていた。
『あの日』より前の私だったら、気にも止めなかった会話。単語単語を組み合わせて作られたただの文章。記号。
そんな記号だったモノが今の私には意味のあるモノに聞こえてくる。「傲慢」にも、私が今まで見下していたモノに、今は「嫉妬」していた。
どれも私には関係の無いモノだけど、興味を隠せずにはいられない。
と言っても、それを試す術は無い。
『あの日』以来、私の周りは変わった。私に対する優しさは変わってないけど、それ以外が。私を一人にする事は無くなり、一緒に作業することが増えた。送り迎えの時に、カーテンを少しでも開ける事は禁止させられ、迎えは学校が終わる30分前から待機するようになった。もちろん、部活は入ってない。卒業後は高校に行かず、お母さんがずっとやっていた作業を本格的にすると決められている。
………………………………………………………………………………………………………。
本当にそれで良いの?
確かに今の私は、それ以外の道を知らない。今はどんな芸能人がいるのかとか、流行りの服も食べ物も何も知らない。
だけど、いや、だからこそもっと知りたい。
またお菓子を食べたい。テレビを見たい。ゲームもしたい。部活をしたい。
普通の女の子のような生活がしたい。
「大森天望、君の願いを何でも一つ叶えてあげられるよ」
そんな私の元に、白いぬいぐるみのような生き物がやってきた。
初めは信じられなかった。この世界を脅かす魔女、それと戦う魔法少女。キュゥべえの姿が私以外には見えないし、声も聞こえないと言うのだから尚更だ。私が夢ばかり見てるから、遂に幻覚まで見え始めたのだと思った。
でも、幻覚だったら、何を言ってもいいよね。
私は期待半分で言った。
「私をここ、使化千の会から解放させて」
それは、好きな時に好きな事をしたいという思いから出た言葉だった。
「強欲」だと、そう言われるかもしれないけれど、私はそれをどうしてもしてみたかった。
「契約は成立だ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幻覚では無かった。私は、ソウルジェムを手にして、ようやく実感が沸いた。
願いは意外半分、果然半分の形で叶えられた。
使化千の会の教祖と、聖人と呼ばれていた幹部が全員逮捕されたのだ。
話によると、会のメンバーの仕事で得た利益を反社会的組織に流していたらしい。
使化千という神様も居なかった。全部、教祖と幹部数名が利益を得るためにしくんだ嘘だったのだ。
大罪を薄めるとか言っておいて、自分たちが罪を頭からずっと被っていたとはなんと皮肉な、と、私は鼻で笑った。
他のメンバーは、何度か心理カウンセリングを受けろと言われただけで特に罪に問われる事は無かった。その中にはお母さんも含まれていた。
全部私の理想通りに事が運んだ。
そう、思っていた。あの時は。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私達はマンションで住む事になった。
私の生活は180度変わった。
先ず、私は部活に入った。陸上部だ。4月ではない、半端な時期での入部だったので浮くかもと心配していたが、すぐに結果を出して輪の中に馴染んだ。これは、基礎的な体作りを徹底されていた使化千の会の生活が幸いした。
友達もできた。陸上部内でも、クラスの中でも。
授業を受けて、部活をして、放課後友達と買い食いをする。ずっと望んでいた普通の女の子の生活が出来て私は嬉しかった。
だから魔女と戦うことも苦じゃ無かった。命懸けの戦いだと言うこともしっかり理解して契約したので、それもすんなり受け入れられた。
魔法少女にでもならなきゃ絶対に手に入らなかった幸せなんだから、真面目にやるのは当然だ。
やがて私は一人の男の子に恋をした。男子陸上部のエースだ。そして、私たちが両思いだと知るまでそう時間は掛からなかった。
「俺と、付き合ってください!!」
彼からそう告白されたからだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
彼と付き合うようになって一ヶ月経ったある日。
その日私は、部活で帰りが遅かった。体は疲れていたが、心はウキウキだった。明日は彼とデートだからだ。
「(明日が本当楽しみ♪あの頃の私に、今の私は恋をしてデートするんだよって言っても信じないだろうなぁ。「色欲」がどうとか言って)」
フフッと笑いながら、私は家のドアを開けた。
「ただいま!」
しかし中は、電気も点いておらず真っ暗だった。
「お母さん?いないの?」
手探りで電気のスイッチを探して点けると、ダイニングテーブルの前の椅子に腰掛けているお母さんの姿があった。何をしている訳でもなく、ただ膝に手を乗せて座っていた。
「お帰りなさい」
その声色はいつもより1オクターブ低かった。
「お母さん?」
「天望、あんた、今まで何してたの?」
「えっと…部活で…」
「部活!?」
その単語にお母さんは大きく反応した。
「何を驚いてるの?今までだってこんな事あったじゃない。お母さん、ちょっと変…」
「あなたなんでそんなものに入ってるのぉぉ!!」
そう言うといきなり私の肩を掴みかかった。凄まじい力だった。
「不浄な者が集まる場所に入るなんてぇぇぇ!不浄だ!不浄だ!あぁぁぁぁ使化千様ぁぁぁ!お許しくださいいいいいいいいぃぃぃ!!!」
「ちょっと痛い!お母さん一体どうし…!」
その時、髪に隠れていた首もとがチラッと見えた。
「魔女の口付け!」
そうと分かると私は渾身の力を込めてお母さんを突き飛ばして家の外に出た。
「なっ!」
外にいた人達は皆、既に虚ろな表情を浮かべていた。私の立てた音に反応したその人達はゾンビのように腕を伸ばし、私に掴みかかろうとした。一人や二人ではなく、私の居るフロアにいた全員が。
「ちょっと皆、止めて…クッゥ……」
私は急いで魔法少女に変身すると、その力で高くジャンプしてその場を逃れた。
「結界は…あそこね!」
マンションの屋上。そこに結界はあった。
「まったく、魔法少女が住んでる家を襲うなんて、本当に命知らずなんだから!」
私は魔法で生成したロッドを使って使い魔を次々に倒した。
そして目当ての魔女へ…
「明日もあるし、さっさと済ませるわよ!!」
私は大きく跳躍し、魔女の頭に狙いを定めた。
「うおおおおおおりゃああああああああああ!!!」
渾身の突きを受け、魔女は一撃で倒された。結界も消えた。
「まったく、弱いならここに来るなってのよ」
魔女の口付けを受けた人は次々と目を覚ました。
ソファーで寝かし付けていたお母さんも、魔女を倒して二時間後に目を覚ました。
「うっ…」
「お母さん…大丈夫?」
「あれ?私…何で…」
「帰ってきたら倒れてたのよ。本当大丈夫?」
私はそう誤魔化した。
「えぇ。ごめんなさいね。心配掛けちゃって」
「良いわよ。それより、晩御飯にしましょ?今日は私が作ったの」
時間も遅かったし、魔女の口付けを受けたばかりの人に家事をさせるのは酷だと思い作っておいたのだった。
ご飯と味噌汁、お付けもの、豚肉を入れた野菜炒めだ。
「そう。悪いわね。ありが…!」
テーブルを見たお母さんは目を見開き固まった。
「……?お母さん?」
ガラガラガッシャーン!!!
次の瞬間。お母さんはテーブルの上に並べられていた料理を全て落とした。これには私も唖然とした。
「ちょっと、何してるの!!!」
まさか魔女が!?でも、確かに倒したはずで。
「暴食…」
「えっ?」
「暴食よ!暴食暴食暴食暴食暴食~!!!使化千様がこれを見たらなんとおっしゃられるか!ぼ・う・しょ・く~!!!」
"それ"は、叫び、当たり散らした。"それ"は、私の知っているお母さんでは無かった。お母さんの声と姿をした偽物だと私は思った。
「お母さん、どうしちゃったの!?お母さん!」
心配よりも私は、この状況の恐怖からそう呼び掛けた。するとお母さんは「ハッ」と小さく声を上げると呆然となった。
そして私を見て、それから散乱したテーブルを見ると我に帰り、
「ごっごめんなさい!あぁぁ、私、なんて事を!ごめんなさい、ごめんなさい。すぐに片付けるからあなたは休んでて、ね?」
そう言って屈み込み、手が汚れるのもお構い無しに散乱したご飯やおかずを集め初めた。
「お母さん…?」
私は動けなかった。
それが、始まりだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「二重…人格?」
次の日、デートをキャンセルしてお母さんを連れて病院に行った私は、お医者さんからそう告げられた。
「お母さんといくつか問診しましたが、幾つか曖昧な点も多い事からそう判断しました。今、あなたのお母さんの中には、今まであなたと過ごしていた人格の他に、使化千の会を信じている人格が生まれてしまっているという事です」
「あの、それって、治るんですよね…?」
そう聞くと、お医者さんは神妙な顔になって静かに言った。
「残念ながら、二重人格についてはまだ画一化された治療法はありません。薬による治療になると思いますが、それも治療という段階には何とも……」
結局、お母さんは入院して、精神系に作用する薬を投与して取り敢えず様子を見ると言うことになった。
私はキュゥべえを病院の屋上に呼び出し、お母さんに起きた事をありのまま話した。
「これも、魔女の仕業なの?」
「直接的な原因では無いけれど、昨日現れた魔女が発端になったのは間違いないだろうね。魔女について僕が言ったこと、覚えているかい?」
「えっと、確か、呪いを振り撒く存在だって」
「そう。そして、その魔女が現れる場所は、負のエネルギーが溜まっている所に多いんだ。恐らく昨日の魔女は、君の母親の中にある「使化千の会を信じる感情」に牽かれて現れたんだろう。そして、そこで呪いを振り撒いた事によって今まで理性で抑えていたその感情が爆発し、一つの個としての成長を遂げたんだろうね」
「今までも、そういう事はあったの?魔女の力で人格が変わって、倒してからもそれが続いたって」
「僕の知る限り無いね。そもそも、魔女の口付けによる一時的な人格変換は、その人個人が無意識に感じ、無意識に発散させているモノを無理矢理成長させた事で起こる結果だ。でも君の母親の場合は勝手が違う。魔女はあくまで起爆スイッチ。爆弾自体はとっくに存在していたんだよ。そして、その原因の一端は君にもある」
「えっ…?」
キュゥべえの最後の一言。それの意味が分からず思わず聞き返した。
「そもそも君の母親が「使化千の会を信じる感情」を溜め込んだのは、君の願いによってその会を無理矢理壊滅させたからだ。今までの心の拠り所を失くせばどうなるか、それは極端に言えば、親を失った乳幼児と同じさ。悪かどうかは関係ない。精神の平衡を乱され不安定になる。けどそれを「人の親」という状況で表に出す事も許されない。故に抑える。無理に抑えていた物が何かの弾みで大きく跳ね上がるのは、バネの弾性と同じ、当然の事だよね」
「ちょっと待ってよ。じゃああなたは、私の性でこうなったって言うの?私が居るからお母さんは今まで本当の自分を出すことが出来なかったし、私の願いがお母さんを歪めたって…」
「願いの善悪についてはとやかく言うつもりはないよ。魔女さえきちんと倒してくれればそれで良いからね。あくまで僕は、君の母親がああなった原因を答えただけさ。それに、母親がそうなったとしても、君が手に入れた物は変わらない。あの宗教から君は間違いなく解放されたんだ。良かったじゃないか」
「―――――」
私は、何も言い返せなかった。
話は終わりだと、キュゥべえは姿を消した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
私は、普通の女の子として暮らしたかった。だから、その邪魔になるものを消した。そして、平穏な生活を手に入れた。はずだった。
でも、それに綻びが現れた。その綻びはどんどん大きくなっていく。
次の週の始め、月曜日。私はガラリと扉を開けると、途端にシンとなった。
「おはよう」
私は気付かないふりをして、いつも通りの挨拶をした。
クラスメイトの何人かが「おはよう」と返してきた。ぎこちない笑顔を浮かべて。
それだけでは無かった。体育のペア分けの時も何故か私だけが余った。お昼も、いつも一緒に食べていた友達の所に行ったら、
「ごめん!ええっと、今日は用事があるから!」
と、席を立ち、部活の時も、皆どこかよそよそしかった。折角付き合うようになった彼とも、会うことは無かった。
私、何かした?
完全下校時刻になった。私はため息をつきながら帰り支度をしていると、
「ねぇ、大森さん…」
いつも部活で仲良くしている子の一人から声を掛けられた。と言っても、いつもとは明らかに様子が違う。どこかためらいのある感じだった。
「何?」
私は彼女に感じた違和感を無視して、いつも通りにと気を付けながら尋ねた。
「えっと…あのね、変な事聞くけど、あなたって、あの…宗教、入ってたの?使化千の会っていう…ちょっと前にニュースになってた…」
私は思わず目を見開いた。
「私のクラスメイトがさ、あなたと同じマンションで暮らしてて、それでこの前、聞いたって言うのよね。使化千がどうのってさ、それってあれよね…逮捕されあっ!」
気が付くと私は彼女の横をすり抜けて一目散に駆け出していた。
バレた、バレた、バレた、バレた、バレた!!
別に隠していたつもりは無かった。これは私にとって消したい過去であり、消えた過去だと思っていたから。
わざわざ自分の黒歴史を話す人はいない。それと同じだ。
「それと同じ」。つまり、隠していたつもりは無いけど………
バレたくは無い過去だった。
朝、私が教室に入ると、明らかに空気が変わる。
私が近付くと、空気が重くなる。
気のせいだ、気のせいだと考えていた重りが、日に日にズシリと来るようになる。
あれから、部活には行ってない。
「あっ、天望、話が…」
それでも、学校が同じだから彼とは何度か廊下で出くわした。
その度に私は回れ右をして急いで階段を下りる。
怖かった。
別れを告げられるかもしれないと思うと、どうしても勇気が出なかった。
「ヴァアアアアアアアアアアアアア!!!」
お母さんは、大きな精神病院に入院している。
毎日一度か二度、こういう発作が起きる。
私がお見舞いに行った時も、その発作が起きてる最中だった。
看護師さんがあせあせと動いている。「先生呼んできて」と声を掛けたりして。だから、私が来た事にも気付いていない様子だった。
「天望!!」
母親だけは別だった。
入口にいた私を見つめて、目をこれでもかと見開いたまま言った。
「あなだ、こんな所で何してるの!!今は協会にいる時間でじょ!!これでは使化千様がお怒りに!!使化千様ぁぁ使化千様ぁぁ、使化t」
パーッン!!!
私は、お母さんに無言で近付き、平手打ちをしていた。
看護師さんも、呆気に取られて私を見ていた。
もう限界だった。
魔女と命懸けで戦う事を承諾してようやく手に入れた生活。一度は手に入った生活。
だけど、今はただ、拒絶されてる空気に耐え、拒絶されるかもしれない恐怖に耐える毎日。
夢見た普通の生活は潰え、残ったのは命懸けで戦う日々だけ。それなのにこの女はー!
この時、私は今までで一番の「憤怒」の表情を浮かべていたと思う。
私は言った。
「いい加減にして!!!あんたの性で…あんたの性で…!!」
使化千使化千使化千…うるさい黙れ
「穢れてるのはあなたじゃない!!!」
それだけ言うと私は病室を飛び出した。
病院を振り返る事は無かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その日の夜、私はマンションのベランダに立っていた。
時刻は午前3時。コンビニなどを除き、普通の家のほとんどの明かりは消えていて、星が少し多く見えた。
お母さんは亡くなった。
一時間位前に、病院から来た電話の言葉だ。
鎮静剤を入れて眠らせたとの事だったが、それが切れるや否やナースコールのコードで首を吊ったとの事だった。
…………………………
私は何がしたかったのだろう?
お母さんに死んで欲しかった?違う。
普通の学校生活をするために綱渡りのような毎日を過ごしたかった?違う。
魔女と戦って人を守りたかった?違う。
じゃあ今の私は何?
………………………………………………………。
ふと、ポケットに入れていたソウルジェムを取り出した。
もう大分濁っている。
魔女退治なんてする気が起きなくてパトロールをサボっていたのもあるけど、それにしても濁るペースが早いような…。
でも次の瞬間、まあいいやと思った。
濁りの早さはどうでもいい。大事なのは、この状態では魔女は愚か、使い魔も倒せないだろうという事実だ。
学校も家も完全に破綻。魔女とも戦えない。
私の人生は、完全に止まってしまった。
私はフェンスを乗り越え、フェンスからはみ出した僅かな隙間に立った。
進んだ先は行き止まり。戻ろうにも壁が出来ている。四方を壁に囲まれた。
昔、何かのゲームにそんなバグがあった。その時、どうしたか?
電源を切って、リセットした。
最後に私はもう一度夜空を見上げた。
流れ星は無かったけど、お願いをした。
次の人生では、普通の女の子になっていますように。
私はフェンスから、僅かな隙間から体を離した。
ポケットから離れたソウルジェム。それは、さっき見た時よりも濁った気がする。
凄いスピードで灰色の地面が近付く。
人生はメチャクチャに壊れ、人を死なせ、最後は逃げのリセット。
私って、
「怠惰」だな。
明けましておめでとうございます(遅い)
今年もレンゲルをよろしくお願いします。
去年は就活だったり論文だったりで忙しくて更新ペースが非常に遅かったですが、今年はなるべく早く更新できるように頑張ります。
これからもどうぞよろしくお願い致します。