正直な話、睦月はなぎさをあまり学校へは行かせたくなかった。
過去の事を聞いた。なぎさは前の学校では友達を作ることができず、誰かと遊んだ事も無かったという。
それはもちろん、家庭の事も関わっていたのだろう。なぎさはハッキリとは言わなかったが、あれは完全に虐待だ。そんな経験があるなら、なるほど。学校でも、孤立してしまうのは分かる。
人生は全て繋がっている。1分1秒に至るまで、当事者は自分なのだから当然だ。家庭、学校、勉強、遊び。それらは「心」を基板とし、全て歯車のように噛み合っている。では、その基板が崩れてしまったら?ガラガラと、それに立てていた柱は崩れ、歯車は崩れ、連鎖的に他の歯車にも影響を及ぼす。
夏休み最後の日、宿題をやっていない為にそれが引っ掛かってイマイチ楽しい気持ちになれないのと同じだ。
睦月だって、あの事件をきっかけに人と関わるのは止めようと考えたのだから。
過去も現在も未来も、全て繋がっている。
自身が魔女であった事も、その過去も全て事実であり覆る事は無い。むしろ、ハッキリと思い出してしまった今、その傷はさらに深くなったのではとも思っている。
学校に行くという行為で、嫌でも前の学校の事を思い出してしまうだろう。それによって傷を抉る結果にならないか。睦月はそれが心配だった。
しかし、それは全て杞憂だった。
「ただいま~!!」
なぎさが学校に行くようになって一週間が過ぎた。なぎさは、小さな机(なぎさが宿題をする用に野原が物置から出した)の側にランドセルを置くとすぐに、
「行ってきま~すなのです!!!」
と、すぐに外へ出る事が習慣になっていた。
明らかに、なぎさは今までとは比べものにならない程明るくなったし、笑顔も増えた。最近は、希来里という女の子と一緒に遊んだ事を楽しそうに話してくれる。
学校に行かせてよかったと今は考えるようになった。
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学校ってこんなに楽しかったっけ?
校舎、教室、机、椅子、先生、生徒。学校を形作っている最低要素。百江なぎさが過去に通っていた時は、2年ちょっとの間通っていた時はそれら全てがただの記号でしかなかった。それが今では全てが色づいて見える。
永久希来里と友達になった事をきっかけに、希来里はなぎさに他のクラスメイトの事も紹介してくれた。初めはぎこちなかったなぎさだが、徐々に心を開いていき、他の子とお喋りをする楽しさに気付くまでそう時間は掛からなかった。
そんななぎさが今一番大事に思っている事、それは、校内で開かれる合唱コンクールだ。クラスそれぞれで歌う曲を決めて、クラス同士で競う行事。かなり大規模なモノで、本番は近くの公民館のステージで行われ、一般の人にも公開される。
前の学校でも似たようなモノはあった。あの時は特に興味が無かったので特に思い入れがなくただの通過点として通り過ぎていった。しかし今は、クラスメイトと一緒に何かを成し遂げる、この瞬間が嬉しくて、一生懸命練習していた。
そんな様子に神様がご褒美をくれたのか、モンスターはずっと姿を見せず、魔女の情報も音沙汰無かったので、ライダーとして戦う事も無かった。ただ、穏やかに日常が流れていった。
不安はある。やらなきゃいけない事もある。だけど、今だけは、せめて、合唱コンクールが終わるまでは…。
―そこまでサービスしてくれる程、神様は甘くなかった。
「――――!!」
合唱コンクール当日。ステージ裏。緊張しているなぎさは、久しぶりに気配を感じた。魔力では無い。不快な耳鳴り。ミラーモンスターだ。
「(何で…何でこんな時に来るのですか…)」
なぎさはクラスメイトを見渡した。皆緊張しながらも、楽しみに自分たちの出番を待っている。会場には既に多くの人が集まっている。その中にはきっと、この子達の親も来ている・皆一生懸命練習したんだ。もしもここで誰か食べられたら…。
「――――――――」
覚悟は決まった。なぎさはすぐに鏡の元へ走ろうとしたが―、
「なぎさちゃん、どこ行くの?次は私たちのクラスだよ?」
「えっ?あっ」
希来里に腕を掴まれたなぎさはハッと前を見ると、確かに今まさになぎさ達の前のクラスが歌っている真っ最中だった。なぎさのクラスの人たちも自身の場所に移動していく。
「もしかして緊張しちゃった?大丈夫よ!あんなに練習したんだから!」
「うっ、うん…」
なぎさは曖昧に頷くしかなかった。そうこうしている間にも耳鳴りはどんどん近づいて行っている。このままじゃ、皆が―。
『大丈夫だよ、なぎさちゃん』
突然、声が聞こえた。クラスメイトが発した声では無い。頭の中に直接届く、優しい声。
『モンスターは俺が何とかするから、なぎさちゃんはステージを楽しんで、大丈夫。邪魔になるようにはさせないから!』
睦月だった。紛れもなく睦月の声だった。なぎさは、自分の心にあった不安がスーッと消えていくのを感じた。そして、新たな決意で、自分の場所へと歩いて行った。
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ミラーモンスター、ブロバジェル。
大きな球状の頭が特徴のクラゲ型モンスター。自身に纏う電撃を相手に与えて、感電死させてから対象を補食するという性質を持つ。
そのブロバジェルは、自身の空腹を満たすため、より多くの人間を補食しようと向かっていたのだがー、
「・・・・」
その前を黄金の仮面を纏った男が立ち塞がっていた。
「ここから先へは行かせないぞ」
今日はなぎさの一斉一代のステージ。その為に一生懸命練習していたのを睦月は知っている。それを、壊させやしない。
と、睦月は決意を籠めて、レンゲルラウザーを強く構える。
先に動いたのはブロバジェルだった。ご馳走にありつけると思った直後に邪魔が入ったからだ。食べ物の恨みは恐ろしいと聞くが、それはモンスターも同じらしい。
自身の電流を纏った爪を大きく振り下ろした。レンゲルはそれをラウザーで受け止める。
その時だった。
―例えば君が傷ついて 挫けそうになった時は―
「…!」
睦月の頭の中から、突然歌が聴こえてきた。
それは、睦月もまた小学生の時に歌っていた曲。それを歌っている百江なぎさの声が聞こえたのだ。
テレパシーだった。変身している状態でしか使えないが、一定の距離内にいるとき、睦月はなぎさと心の中でも会話出来るようになっていた。なぎさが一度力を暴走させた後に出来た変化だ。初めは上手くコントロール出来なかったが、何度か練習していく内に二人は自在にそれを操れるようになった。
―この地球は 回ってる―
つまりこれは、なぎさが意図的に行っている事。なぎさが作った歌の発表会だ。
「・・・・」
睦月はつい口元が緩んだ。仮面で隠れているのでブロバジェルには分からなかったと(最も隠れてなくても分からないと)思うが。
―今 未来の 扉を 開ける時―
睦月はラウザーを持ち上げ爪を振りほどき、胴ががら空きになった。
―悲しみや 苦しみが―
レンゲルはすかさずそこにラウザーを打ち込む。
―いつの日か 喜びに 変わるだろう―
『♧5 BITE』『♧6 BLIZZARD』
『ブリザードクラッシュ』
―I'm believe in future―
レンゲルの蹴りを正面から食らったブロバジェルは、そのまま爆発四散した。
―信じてる―
顔は見えずとも、睦月にはなぎさが楽しい気持ちになっているのが分かった。
もう不安は無い。学校に行かせて良かったと心底思った。
続く