友達が海皇の依代だったんだが   作:歌詠

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お久しぶりです
半年以上リボーンの小説の続きが書けず、息抜きに書いていた小説が結構な文字数になっていたので、投稿することにしました。

ホワイトデーでエルキドゥが2人も来てくれたのが大体の原因です。



それぞれが選んだ道

 

 

 

 

 貴方は神を信じますか?

 ・・・などと、開口一番に言われると「あっこの人関わっちゃ駄目なタイプの人間だな」

 と、結論を出して距離を置く人間が多いであろう今日この頃。

 だが、あえて言わせて貰おう。

 

 神は存在している

 

 しかし、その在り方が人間の理想に即するものなのかと問われると、

 NOだ

 全く以てノー。

 

 いや、もしかしたら、神の中には人間の理想を具現化する、夢のような存在もいるかもだけど

 それは今は関係ないか。

 

 前置きが長くなった。

 今の状況を一言で表そう。

 

 俺は転生した

 

 流行語にしてもいいんじゃないかってぐらい、昨今では人気の言葉なわけだけど

 だからといってそれを現実にしてしまうのは、ナンセンスだとは思わなかったのだろうか。

 

 別に人生に絶望しているわけでも、憂いた日常を謳歌していたわけでもない。

 日本という名前の先進国で想定される、ごくごく普通の人の生を送っていたはずなのに。

 

 俺は突如として命を落とすことになった。

 落雷に貫き焼かれるという、なかなかレアな死に方で。

 焼き加減もレアだったら命を落とすこともなかっただろうに。

 いや、冗談じゃなく、本気でさ。

 

 そんなこんなで、俺は一度死んだんだ。

 そして、目が覚めたら白くて清潔なベッドに寝かされていた。

 

 え?

 肝心の神には会わなかったのかって?

 

 うん、会わなかったかな。

 

 神ね、あれは俺に思念を飛ばすだけ飛ばしてどっかに消えていった。

 内容はコレだ。

 

『拝啓、雷にあたった哀れな人の子さん

 

 お元気ではないでしょうが、私は元気です、やったね。

 人の命は儚く、その灯火がいつ消えてしまうのかは、個体によって異なります。

 仕方が無いことだと諦めてください。

 貴方は死にました。

 ですが、今回の落雷は、神々の下らない諍いによって及ぼされた事象。

 人の生き死にをいちいち気にするなと言う神が大概ですが、

 天災を起こした者達の争いが馬鹿馬鹿しすぎて、今回ばかりは流石に、目に余りました。

 故にこそ、貴方に機会と新たな身体を与えます。

 貴方の意志は問いませんが、望まぬのなら、その身体の自爆機能でもって死ぬのもまた、一つの道なのでしょう。

 

 それではさようなら

 今生は、神により滅ぼされないものでありますように

                                  ──ニンフルサグより』

 

「・・・・・・」

 

 いや

 いやいやいやいや

 やばいな神

 やばいでしょう

 自由か、フリーダムすぎるだろ

 死んだ悲しみとか怒りとかも全部吹き飛んで唖然とするしかなかったよね

 もしかしてそれも計算の内だったりするのか???

 一人の子でしかない俺の頭ではとうてい理解することの叶わない思考回路で吃驚したわ。

 

 てかニンフルサグって誰なんですかね・・・

 聞いたことがないんですが?

 マイナーを極めた神なのだろうか。

 

 ・・・まあ、そんなこんなで、俺はこのハチャメチャな状況を、一周回ってSANチェックなしで切り抜けたわけだ。

 

 

「・・・あ、君、目が覚めたんだね!」

 

 思考を断ち切り、声のした方を向く。

 青い髪に、穏やかな眼をもった、10歳にも満たぬ美麗な少年がそこには居た。

 

「えっと、──ッ・・・君は、誰かな?」

 

 一瞬、どもるが、何事もないように言葉を続ける。

 驚いた。

 喉から漏れ出る声は中性的で、自分のものとは異なっていたのだ。

 

「僕はジュリアン、具合はどう? 釣りをしようと思って海に行ったら、君が砂の上に倒れていたからさ。慌てて従者を呼んでここまで運んだんだ」

 

「・・・・・・そうだったのか、助けてくれてありがとう。感謝する」

 

 女神様、転生させるならせめて前世の記憶を消したうえで、一般家庭の子供にして欲しかったです。

 海岸スタートという、下手をしたら海水による溺死ENDが考えられる状態であったことに、頭が痛くなる。

 

「うん、顔色は良いね。待ってて、今医者を呼ばせたから」

 

 ジュリアンと名乗った少年は、部屋の入り口にいた従者らしき男に声をかけたようだった。

 窓からは、月の光が注いでいる。

 少年が夜釣り・・・とは余り考えられないし、太陽の昇る明るい時間に俺は発見されたのだろうか。

 

「君、ソロ家という名は知っているかい?」

 

「ソロ家・・・? いや、始めて聞く名前だ」

 

「なるほど・・・言葉は伝わるが、ここからは遠い場所から来たみたいだね。名前を聞いても?」

 

「名前・・・俺はエル・・・き・・・?」

 

 はて、と言葉を止める。

 20数年、口に馴染んだ音を紡ごうとしてのだが、俺の口から出たそれは馴染みのないものだった。

 

「エル、か。あまり聞かない響きだな。・・・君からは、とても神秘的な雰囲気を感じるけれど、ギリシャの生まれではない・・・? 君の出身は?」

 

「・・・・・・・・・ごめん、それが、何も覚えていないんだ」

 

「!・・・そうか、いや、無理に思い出そうとしなくてもいい。海岸に人が打ち上げられるなんて、普通じゃ起こらないことだ。今はここで養生するといい」

 

「・・・ありがとう」

 

 ごめんジュリアン少年。

 君の優しさにつけ込むことにします。

 いや、だってさ、今の俺ってあれじゃん。

 

 天涯孤独で、頼れる相手が居なくて、──()()()じゃん

 

 窓に映る、自分の姿を慎重に観察する。

 

 若葉のような黄緑色の長髪に、男とも女とも取れる人間離れした美しい風貌の()()

 その容姿は、自分の記憶の中のとあるキャラクターと極めて似ていた。

 

 ────()()()()()

 

 それは、『フェイト』という作品に登場する、英雄の名だ。

 神々によって作り出された天と地を繋ぐ鎖。

 英雄王ギルガメッシュの唯一無二の親友にして、意志を持つ宝具。

 

 それが、今の俺の、魂の器となってしまっている。

  感覚でわかってしまった──この身体は本物であると。

 

 なんだか凄そうな存在なのに、何を気にしているのかだって?

 

 まあ、理由はいくつかある。

 まず、彼は作中でも最強候補の実力者で、それは彼の魅力の一つでもあるのだが・・・

 

 果たして普通の人間だった俺に、その力を扱いきれるのだろうか?

 

 答えは否、むりむりのむりだ。

 単純な能力のコントロール云々の話ではない。

 問題は、強大な力を生じさせることによって及ぼされる、周囲と俺の精神への影響。

 

 ──そう、俺は怖いんだ。

 人の生死を気にしない神のように、何の迷いも抱かずに誰かを傷つけ殺すという──肉体だけで無く、人の心までも失ってしまう、そんな未来が。

 

 それに、偶然与えられた力というのは、色々と危ないものだと思う。

 血の滲むような努力によって力を昇華させた人は、心の在り方も相応に成長している。

 力を持つ者の覚悟、責務・・・そういったものが、俺にはない。

 

 だからこそ、「目が覚めたからはいさようなら」とはならずに、足場固めの時間を稼げそうなのは幸運だった。

 どんな土地かわからない場所に放たれでもすれば、うっかり力を制御できずに、暴走・・・最悪、人ならざる化物として排斥される可能性もあった。

 俺を助けてくれたのが、ジュリアンのような優しい少年で、本当に良かった。

 

「エル? 表情が暗いけど、どこか具合が悪いのかい?」

 

「えっ、あぁいや、なんでもない」

 

 ・・・あぁ、あと決め手はこれだな。

 なんというかこう、単純に・・・憚られる。

 

 俺は、エルキドゥのことが大好きなんだ。

 温和で穏やかで、いざ戦いともなれば苛烈な戦闘能力を披露する、神々の武器。

 そんな天上の魅力を凝縮したとも言える輝かしい英雄。

 創作上の存在であろうともリスペクトに近い感情を抱いていた、憧れの存在。

 会いたいとは夢想したことがあっても、成りたいとは思ったことはない。

 

 だから自分が『エルキドゥ』であることに対する、抵抗が生まれている。

 

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・・・そうだ。

 

 “エル”、勘違いで生まれたこの名前。

 

 うん、これがいい。

 “エルキドゥ”ではなく、“エル”、これを己と定義しよう。

 

 バタバタと、廊下から慌ただしく白衣を着た医者が向ってくる。

 

 女神は自爆してもいいと言っていたが、死ぬ気はない。

 エルという、一人の人間として生きていこう。

 

 俺は、前世を焦がれる自分を引き締めて、新たな今を生きる覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エルー! 今日は従者の授業はないんだろう! 遊ぼう、海に行こう!」

 

「待って!引っ張るな!この課題を解いたら行くから!」

 

 新しい身体で生きる覚悟を決めてから、一月の時間が流れた。

 

 どうやらこの世界、俺の生きていた場所とは異なるようだ。

 地球という星であることには変わりないのだが、歴史上の人物や事件がちょくちょく違っている。

 極めつけに、1970年代ときた。

 21世紀にすらなっていない。

 

 なんだかなあ

 覚悟を決めたはずなのに、自分の住んでいた世界と基盤が同じだからだろうか。

 ほんの少し、期待してしまう自分がいる。

 元の自分に戻れるんじゃないかって。

 未練たらたらだな。

 

 話を現実に戻そう。

 自分の名以外のものは何も覚えて居らず、捜索手配もされていないことから、俺はソロ家に引き取られることになった。

 初めはソロ家の当主であるジュリアンの父親は、俺を孤児院へ送るつもりだったらしいのだが、ジュリアンの希望により、俺はこの家に仕える従者見習いとなった。

 

「なあ、ジュリアン。俺としては、住み込みで雇って貰えるのはこれ以上ないくらいに有り難い話なんだが・・・どこの誰かも分からない俺を、どうして従者にしようと思ったんだ?」

 

「・・・エルは年齢によらず、物事をちゃんと見ているよね。僕と同じくらいなのに、周りに流されず、自分の境遇に目を向けている」

 

「いや、そんな大層なものではなくて・・・単純に不思議だったから聞いただけだよ」

 

 今の俺の外見年齢なんだが、小学校入学前の子供といった感じだ。

 これちゃんと成長するんだろうか。

 というか、ジュリアンも十分、年相応じゃない振る舞いをするときがあるので、お互い様だと思うんだ。

 ジュリアンは少し考える素振りを見せてから口を開く。

 

「僕はただ人として当たり前の事をしただけだよ。自分の行動に責任を持てなければ、ソロ家の跡継ぎは務まらないしね」

 

「責任・・・?」

 

「倒れている人がいたら助ける。その人が記憶喪失なうえに、年端もいかない子供であったのなら、せめてその者が自分の足で立って歩けるようになるまでは、力を貸すべきだと僕は思ったんだ。なにもおかしな事はないだろう?」

 

「・・・・・・そう、だな」

 

 確かに、おかしくはない。

 理屈は通っている。

 ・・・だけど、それを6歳の子供がさも当然と語る様は、なんというか、気を遣い過ぎていると言わざるを得ない。

 

 母親を早くに亡くし、父親もそう若くはない。

 ギリシャ有数の海商、ソロ家の跡取り息子。

 そんな逃れられない立場が、この少年を聡明たらしめているのだろうか。

 

 それとも、何か他に要因があるのか。

 

 無邪気に笑う子供特有の表情をするときもあれば、時折、カリスマとも呼べる圧を発していることもある少年。

 ジュリアンからは、稀に得体が知れない何かを感じることがあるのだ。

 本人に自覚はなさそうなので口に出したことはないのだけれども。

 

 普通の人間として生きると決めてから、()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、早計すぎただろうか。

 

 ・・・いや、やぶ蛇で知らなくて良いことを知る可能性もある。

 あんまり硬く構えすぎるのも良くないな。

 

 しかし、助けて貰った上に、記憶喪失であると偽り、騙している俺が言えることではないのだが

 少し、ジュリアンことが心配になった。

 

 課題を片付け、俺はジュリアンと共に、ソロ家のプライベートビーチへとやって来た。

 本日は晴天なり。

 太陽(ヘリオス)がさんさんと輝く空を見ると、日本もギリシャも、空の色は変わらないのだと心が穏やかになる。

 

「ジュリアン、今日は何をして遊ぶんだ?」

 

「今日は釣りをしようと思うんだ!エルは釣りをしたことがないんだろう?僕が教えてあげるよ」

 

「ほう、お手並み拝見ですね、ジュリアン坊ちゃん」

 

「・・・前から言っているが、僕に敬語は不要だ。壁を感じる」

 

「す、すまない・・・お客さんとかがいない限りは使わないから・・・・・・うん?」

 

「どうした?」

 

 他愛のない会話をしながら、釣り用具のある場所へ向う途中、海岸にキラキラと光を反射する物体が目に入った。

 不思議に思って近づくと、美しい艶やかな魚が、砂浜に打ち上げられていた。

 よく見ると、細い糸に絡まってしまっているようだった。

 

「かわいそうに・・・誰かが捨てた釣り針にひっかかってしまったんだね・・・さあ今とってあげるから」

 

「天気が良いのに乾燥はしていない。砂浜に上がってからそう時間は経ってないみたいだな」

 

 絡まった釣り針から解放された魚は、ジュリアンの手によってリリースされた。

 にしても器用だな、ジュリアン。

 魚って結構ぬるぬるしているはずなんだが。

 流石釣り好きなだけはある。

 

「童話で読んだ人魚ってきっと、あんな色をしているのかもしれないね」

 

「そうだなあ・・・もしかしたら、本物の人魚だったりしてな」

 

「だとすれば、この海岸は人魚と縁がある場所になるね」

 

「うん? なんでだ?」

 

「あっ・・・」

 

 ジュリアンは一瞬、『しまった、口が滑った・・・』という顔をしたが、ゆっくりと口を動かし始めた。

 

「・・・エルを見つけたとき、僕はその・・・・・・人魚だと思ったんだ」

 

「は?」

 

「す、すまない・・・そんなお伽噺のようなことが現実に起るわけがないのに・・・だが、そう間違えても仕方がない程に、君の容姿は端麗だろう。人間離れした美しさで、まるで神に作られたかのような──」

 

「あ゙あ゙ぁぁぁオーケー分かった!分かったから!! それ以上は俺がいたたまれないからやめて!!」

 

 確かに、ジュリアンの言葉は間違ってはいない。 

 エルキドゥは聖娼シャムハトを模した美麗な容姿をしている。

 うん、だけどそれは、俺に向ける言葉じゃなかった。

 某英雄王に「不敬」と言われてエヌマられても文句が言えない案件なんですよ。

 

 というか純粋に気が引けるんだよ言わせんな馬鹿!って感じだ。

 聞かぬが仏とはこのことか。

 全く予想外の方向から撃たれた気持になった。

 

 微妙な空気が流れるが、俺は咳払いを漏らして、話題を転換することにした。

 

「・・・ええっと、それで、これからどうしようか。釣りという気分でもなくなったんじゃないか」

 

「・・・そうだね・・・あぁ、そういえばエルは最近、神話について調べているんだっけ」

 

「え? あぁ、そうだな」

 

 俺を転生させた女神『ニンフルサグ』がどこの(かみ)なのか、そしてこの世界の神話が俺の前世のものと、同じ内容なのか。

 それを知る為に空いた時間を見つけて調べていたのだ。

 ・・・インターネットがないので、進捗はよろしくないのが辛いところだな。

 

「よし、じゃあ今日は僕がギリシャ神話についてレクチャーしよう。ちょうど近くにポセイドン神殿の跡地もあるしね」

 

「ギリシャ神話か・・・面白そうだ」

 

 ギリシャの、現地に住んでいる人間の口から語られる神話というものに、好奇心がわいた。

 俺達は海の果てを眺めながら、遠い昔のギリシャの物語に花を咲かせたのだった。

 

 え?メドゥーサを怪物にしたのアテナだったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が転生してから9年、

 ソロ家の当主、ジュリアンの父親が倒れた。

 

 病により、意識を保っていられる時間も短く・・・医者の話によると、そう長くはないとのことだった。

 

 ジュリアンの父親が亡くなると、その後を継ぐのは当然、一人息子のジュリアンとなるのだが・・・。

 ジュリアンはまだ15歳の少年だ。

 日本なら中学3年生が、高校生になる、そんな年齢。

 いくら彼が人並外れた才を持っていても、重圧が過ぎる。

 

 潮混じりの夜風が肌に染み入る。

 海が、泣いている。

 大地と繫がっていないのに、エルキドゥの力を封じているはずなのに、なぜかそう感じた。

 

「ここにいたのか、ジュリアン」

 

「・・・エル」

 

 屋敷を出て、少し歩いたところ。

 スニオン(みさき)

 かつて、ポセイドン神殿があった場所。

 

 そこに、俺の小さな主は、うずくまるようにして座っていた。

 

「・・・帰ろう、ジュリアン。ここにいては、風邪をひいてしまう」

 

「帰りたくない」

 

「・・・・・・そっか」

 

 なんとなく、そう返される気はしていた。

 俺は持ってきていたジュリアンの上着を、彼の肩にかけた。

 

 ・・・うん、この9年で、随分と成長したよな。

 見た目もどちらかといえば、少年というより青年だ。

 やはり、日本人基準で考えると、外国人は成熟するのが早いな。

 

 無言で、彼の隣に座る。

 地面はひんやりとしていて、薄氷の水面を連想させた。

 

「・・・エルは、凄いな」

 

 ぽつりと、ジュリアンが呟いた。

 

「天涯孤独の身空で、ひとり懸命に生きる。・・・言葉にすれば容易いが、現実にそれを飲みほす強さを、エルは当然のようにもっていた」

 

「・・・・・・」

 

「父も若くはない。いつかは僕が後を継ぐことになると、頭では理解していたのだ・・・だが、父を失い、たった一人で、ソロ家を存続、発展させるという使命を遂げられるのか・・・・・・僕には、荷が重い」

 

 少年は吐露した。

 血縁者が消える恐怖を。

 偉大な父の後継となる不安を。

 

 俺はただ座って、彼の言葉を聞いていた。

 

 胸中の言葉を連ね終えたのか、ジュリアンは口を閉じる。

 岬に数回さざ波が当たった頃に、俺は口を開いた。

 

「ジュリアン」

 

「・・・なん──」

 

「逃げてもいい」

 

「えっ?」

 

「つらいとき、現実に押し潰されそうになったときは、いっそのこと逃げるのも一つの手だ」

 

「っ・・・そんなこと・・・許されるわけがない・・・!」

 

「誰であろうとも、誰かの人生を決めつけて、縛り付ける権利なんてもってない。例えそれが、実の親や、ソロ家の人間であったとしても」

 

「・・・・・・」

 

 人は、自らの意志によって選んだ道を歩むべきだ。

 最初から選択肢が一つしかない、そんな人生は、自由がないのと一緒だ。

 ソロ家に対して、恩を仇で返すような形になっても・・・俺はジュリアンには、自らの望む未来を手にして欲しい。

 

「選択肢が一つ増えた、と考えてくれればいい。ソロ家を継ぐのもよし。俺と逃げるのもよし。まだ時間はある。自分が納得できる道を見つけて欲しい。・・・・・・あと、一つ訂正させてもらう」

 

 俺は隣に座る少年の目を真っ直ぐと見つめて、言葉を紡ぐ。

 

「ジュリアンは、ひとり懸命に生きる俺は“強い”と言っていたが、それは間違いだ」

 

「間違い・・・? どうして」

 

「俺は別に、強くはないんだ。確かに、今の俺に血縁者はいない。だけど、俺にはジュリアンがいた。ソロ家の当主様や従者さん達がいた。けして、孤独ではなかった」

 

「僕が・・・」

 

「孤独ではない・・・それは君にも言えることだ。君は、ひとりじゃない。例え近い未来に大切な人を失ったとしても、周りには、君を支えてくれる人が大勢いる。・・・それにな、人は死しても、その人の想いは生き続ける。当主様が亡くなられても、当主様のジュリアンを愛する心は、ジュリアンの中に残って、君が困難に立ち向かうときに助けてくれる導となる」

 

 少し恥ずかしくなることを言ったが、事実だ。

 一度死に、前世とは異なる世界に生を受けた俺の中にも、親が俺にくれた愛情や、様々な人からもらった想いは、今もなお存在し、俺の事を守ってくれている。

 人の想いは、生き続ける。

 世界を超えても消えない程に、愛とは強固な存在なのだ。

 

「“逃げてもいい”と言った後に話す内容ではなかったかもしれない・・・だけど、ジュリアンが皆のことを忘れて、一人で全てを背負おうとしていたのが分かったからな。知って欲しかった。思い出して欲しかった。重い荷物を、一緒に担ぐ人間が沢山いるってことを」

 

 人格者の父親が危篤という、焦らずにはいられない局面。

 冷静でいられないのも当たり前で、普段見えていたものが、視界から消えてしまう。

 それは、人間であれば仕方の無いことだ。

 どれだけ器が大きくても、溢れるときは溢れてしまうのだから。

 

 ジュリアンは目を伏せた。

 真剣な表情で、俺の言葉を咀嚼し、己の心と対話しているようだった。

 波の音も消え、世界は静寂に包まれる。

 

 暫くして、隣に座る少年の口から、音が発せられた。

 

「僕は今まで、何も見えていなかったのだな」

 

 苦笑混じりの溜息を漏らして、ジュリアンは立ち上がった。

 そして、岬の先端へ歩みを進めた少年は、月光の中で振り向く。

 彼は、夜の海のように静かな──それでいて強い意志の籠もった眼で、俺を見据えた。

 

「エル、決めたよ。僕は・・・いや、()は、偉大なる父の後を継ぎ、ソロ家の当主となる」

 

 迷いのない、真っ直ぐな、決意の言葉だった。

 

 不安も恐れも、完全には消えてはいないのだろう。

 だが、そんな重みすらも錨と変えて、荒波にも、嵐にも負けずに立ち向かってみせる・・・そんな覚悟を感じた。

 

 だとすれば、俺のやることは自然と決まったな。

 

「よし、任せろ。俺も全力でジュリアンをサポートする。嵐も神鳴も撥ね除けて、君の進む道を創ってみせよう」

 

「エル・・・! 感謝する・・・そして、これからもどうか、よろしく頼む」

 

「うん、よろしくな、ジュリアン」

 

 優しい恩人に報いるため。

 従者として主人に仕えるため。

 大切な友人の心を守るため。

 色々な思いをのせて、俺は少年に言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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