「それではジュリアン様の16歳の誕生日を祝して乾杯──!」
「「「乾杯!」」」
3月21日。
今日のソロ邸は、普段とは異なり賑やかだ。
「・・・お嬢様、驚きましたね。世界中の名士が集まってますよ。まあ世界一の海商王の一人息子ジュリアン・ソロ様の誕生パーティですから、当然かもしれませんが・・・たかがガキんちょの誕生祝いに、ちょっと大げさすぎやしませんかね?」
「まあ・・・口を慎みなさい。辰巳」
パーティの客人に紛れて巡回をしていると、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
・・・なんだ?
この場でジュリアンを貶す発言をするとは、辰巳とかいう声の主は、ソロ家に恨みでもあるのか、それともただの馬鹿なのだろうか。
気づかれないように気配を消しながら目を向けると、厳つい面をした男と、桃色の髪を腰まで伸ばした美少女がいた。
「ジュリアン様は16歳とはいえ、先日亡くなられたお父上の遺産を全て譲られて、今や事実上のソロ家の総帥なのですよ・・・血筋はもとより頭脳明晰、容姿抜群といわれている大変なお方なのですから」
「は・・・申し訳ありません」
恐縮した様子で男が頭を下げる。
あぁ思い出した。
桃色の少女は確か、日本のグラード財団のご令嬢、
彼女は数年前に亡くなられたグラード財団総帥、城戸光政の後を継ぎ、齢13歳にして財団のトップを勤めている。
「フッ、私の噂話とは嬉しいですね、ミス・サオリ」
噂をすればなんとやら、というやつだろうか。
まあこの会場内の話題の8割は彼に関係するものなのだろうが。
「ジュリアン・ソロです。今夜は私の誕生日によく来てくれました」
16歳になったジュリアンが、沙織さんに声をかけたようだった。
にしても珍しいな。
ジュリアンが自分から声を掛けに行く光景はあまり見たことがない。
「こちらこそ、お招きにあずかりまして光栄ですわ」
「ミス・サオリとは初めてお会いするが、私の父と城戸光政翁は親交があったと聞いています」
「えぇ、お爺さまからもギリシアの大富豪、ソロ家のお話は伺っておりました」
「貴方に一度お会いしたいと思って、今夜こうしてお招きした次第ですが・・・いや、想像以上にお美しい。私の大切な友と出会った日を思い出しましたよ」
「まぁ、慕われているご友人がいらっしゃるのですね。素敵なことですわ」
「そう、ですね・・・。貴方とは二人きりでお話がしたい。テラスへ出てみませんか」
「えぇ」
「あ・・・お嬢様」
ジュリアンと沙織さんは二人きりでテラスへと向っていった。
外にも精鋭の警備はいるし、心配はいらないだろう。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・うん、二人の邪魔はしちゃいけない。
なんせ、ジュリアンの初恋だからな!
あんな積極的に誰かを連れて行くジュリアンなんて初めてだ。
つまり、沙織さんにハートキャッチされちゃったとしか考えられない状況なのだ・・・!
ここ数日元気がないようで心配だったが、女の子を誘えるのなら心配不要だな。
「お・・・お嬢様・・・。チッ・・・まあ、あんな奴にお嬢様がどうこうされる訳もなかろうが・・・しかし、虫の好かん奴だな」
・・・2枚目のイエローカード、ということにしておこう。
本当なら一言目で一発アウトとしてもよかったのだが、ここは幼くして頑張っている沙織さんの顔を立てて、聞かなかったことにしてやる。
辰巳とやら、次はないからな。
星空の下で、ジュリアン・ソロと城戸沙織は言葉を交わしていた。
「──わがソロ家は何百年も前から、この地中海を中心に七つの海を制覇し、巨万の富を得たのです。・・・父がよく言っていました、海を制する者は世界を制すると」
静かに波打つ海を眺めながら、ジュリアンは言葉を連ねる。
「ソロ家の血筋に生まれた者として、偉大な父の想いを継ぐためにも、七つの海を支配し、世界を手に入れなければならない・・・幼い日の私は、そのように生きることが、己の使命なのだと思っていました」
「思っていた・・・今は、違うのですか?」
「えぇ・・・ソロ家を発展させたい、という気持は変わらないのですが・・・私の本当の願いは、世界を支配することではないのです・・・。私はただ、友と、穏やかに日々を過ごせればそれだけで幸せなのです」
「先程おっしゃっていた方ですね・・・しかし、ジュリアン様の口からそのような言葉を聞くとは思いませんでした」
「・・・・・・」
「どうかされましたか?」
暗い表情で、口を閉じるジュリアンを不思議に思い、沙織は声をかける。
ジュリアンは僅かな逡巡の後に、口を開いた。
「初めてお会いする方に話す内容ではないのですが・・・貴方になら、話しても許されるだろうか・・・」
「話して楽になることもありましょう・・・私で良ければ、相談にのりますよ」
「・・・有り難うございます。実は、私の従者であり、友人でもある"エル"という者のことなのですが・・・」
彼は意を決したように、己の悩みを語り始めた。
「エルは私のことをジュリアン・ソロではなく、ただのジュリアンとして接してくれる、唯一の存在なのです。・・・彼は、幼い頃の私の口添えにより、ソロ家に仕える従者となりました。そして、私が孤独と重圧に押し潰されそうになったときに救ってくれた・・・今の私にとって、欠けることのできない朋友で・・・これから先も共に歩めると、そう信じて疑わなかった。・・・・・・しかし先日、私は重大な間違いを犯していたことに気づいたのです」
口を硬く引き結んで、彼は眉間に皺を刻んだ。
「エルには────
「・・・・・・」
16歳の少年は、血を吐くようにしてそう言った。
賑やかな屋敷の中からは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
しかし、ガラスの扉を一枚隔てたテラスは、重苦しい空気に支配されていた。
「・・・せっかく遠い日本から、私の誕生を祝いに来てくださったというのに・・・このような話を聞かせてしまって申し訳ありません。忘れてください・・・さあ、会場に戻りましょう」
「いいえ、ジュリアン様。貴方が胸中に秘していた思いを話してくれたのです。私にも、言葉を返す時間をください」
「沙織さん・・・」
13歳の少女は、真剣な表情でジュリアンを見据える。
その姿は、暗闇を照らす夜空の星、希望の光のようだった。
「私にも、とても大切な人達がいます・・・彼らは私を助けるために血を流し、中には、こうしている今も意識不明の状態で、生死の境目にいる者もいます」
「生死の境目・・・なんという・・・」
「私は、彼等には感謝しきれない程の、多くのものを授かりました。そして、知りました。人の想いが織りなす力の強さを。愛する者の為に戦う人間の、気高き意志の可能性を」
凜と佇む桃色の少女は、言葉を続ける。
「ジュリアン、貴方の友を想う心を、そしてエルさんを信じなさい。貴方は裏切り者などではありません。・・・気乗りはしないでしょうが、どうか勇気をだして、エルさんに思いの丈を話すといいでしょう。大切な存在だからこそ、言葉を交わさなければならぬ時もあるのです」
「しかし・・・」
「どれだけ相手を想っていても、言葉にしなければ届きません。・・・それに、大丈夫ですよ。聞いている限り、エルさんはもう既に自らの意志で・・・」
「・・・?」
「・・・これは私の口から言うべきではありせんね、お気になさらず。・・・私は先に戻ると致しましょう」
そう締めくくり、城戸沙織はパーティホールへと歩んでいく。
ジュリアンは去って行く背中が見えなくなるまで、その場に立ちつくした。
「・・・私自身と、友を信じる、か。一体どのような人生を送れば、13の少女がこのような言葉を口に出来るのだろうか・・・私も見習うと同時に、決心しなければなるまい」
自分に言い聞かせるように、ジュリアンは虚空へと呟き、空を仰ぐ。
決意を固めるために、己の心を引き締めていく。
静かに、瞼を降ろす。
同年代の子供にすら、ソロ家の嫡男としてしか扱われたことのなかった自分に出来た、初めての友達。
一年前、父を失う恐怖と、己の立場の重みに怯え、震えていた自分を励ましてくれた恩人。
そんな彼の自由を奪っていた自分に気づいてもなお・・・これからも共に歩みたいと願っている、傲慢な今の自分。
許されるだろうか、幻滅されてしまうのだろうか。
不安に塗れた胸の内をさらけ出して、友は私になんと返すのだろうか。
・・・だが、怯えているだけでは駄目だ。
沙織さんにも言われたとおり、勇気を出して、エルに伝えなければならない。
──従者と未来を決められて、君は幸せを掴めるのだろうか、と。
「そろそろ私も、会場へ戻らなければな・・・」
そう呟き、ジュリアンは閉じていた眼をゆっくりと開け────
視界に映る光景の中に、不審なものを見つけた。
「なんだ、あのスニオン岬に光るものは・・・? あの岬にはポセイドン神殿以外何もないはずだが・・・────ッ!」
ドクン、ドクン──
少年の心臓が、力強く脈動を始める。
ふらふらと、それでいて確かな足取りで、ジュリアンは光の下へと向っていく。
まるで引き寄せられるように。
自らの誕生パーティのことも、数分前の己の悩みすらも忘れて。
暫く歩き続けて辿り着いた、スニオン岬の先端。
一年前に、友人に決意を伝えた丁度その場所に────黄金の輝きを放つ三つ叉の鉾が突き刺さっている。
かの有名なアーサー王物語の、選定の剣を彷彿とさせる、そんな状態で、三叉槍が存在したのだ。
「こ、これは一体・・・」
「──それは、神話の時代から貴方様の物でございます」
「な、君は・・・この三つ叉の鉾が私のものだって・・・?」
ジュリアンが振り向くと、金髪の女性が跪き、頭を下げていた。
その身は鮮やかな桃色の鎧に包まれており、人魚のように美しい。
「そうです、ジュリアン様・・・いいえ、海皇ポセイドン様!」
「っ・・・ポセイドン!? 馬鹿な、僕が海皇ポセイドンだというのか!?」
「そうです。ジュリアン様こそ神話の時代より全ての海を支配なされた、海皇ポセイドン様の化身なのです。・・・貴方は、二百数十年ぶりに長い眠りによりお目覚めになられたのでございます」
狼狽するジュリアンに、女性は言葉を続ける。
「私達も今やっとこうしてポセイドン様をお迎えにあがることができました。さあ、私と共にポセイドン神殿においでください」
「ポセイドン神殿・・・?」
「そうです、そここそ海皇ポセイドン様が支配者として檄を飛ばされるに相応しい海の聖域。貴方様と同じようにこの世に復活した
鎧の女性は、ジュリアンを恭しく腕で抱き寄せる。
そして、スニオン岬の先端から、暗い海へと・・・
────身を、投げた。
「ッ!!? な、何をする──ッ──・・・」
突然のことに抵抗するまもなく
ジュリアン・ソロは、海に落ちていった。
巡回と今日の業務を終え、自らの部屋にあるベッドに沈む。
「・・・ジュリアン、俺が持ち場にいる間はテラスから帰ってこなかったな」
途中、沙織さんが一人でテラスから戻ってきた時点で察した。
あぁ、振られたんだな、と。
初恋の後に、初失恋。
・・・うん、同情するしかない。
それにしてもなあ、ジュリアンは顔も性格も頭も良いし、海商王ソロ家の総帥。
そんな男を振るとは・・・沙織さんは好きな男性でもいるのだろうか。
まぁ、立場的に決断が難しい問題だしなぁ、縁が無かったということだろう。
「・・・8時36分か」
パーティはあと四半刻もしないうちに終る頃合いだ。
・・・流石にもう、会場には戻っているだろうが、後からフォローしてあげないとだな。
それに、今日はまだ眠るわけにはいかない。
まだジュリアンに伝えていないのだ。
──誕生日おめでとう、と。
眠たい頭がシャットダウンしてしまわないように、必死に脳みそ動かしていると、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
何かあったのだろうか、そうぼんやりと考えていると、ノックもなく、扉が開いた。
「エルくん! 休んでいるところ済まない」
「執事長さん? なにかあったんで・・・──」
「いいかい、落ち着いて聞くんだ────
「・・・・・・は?」
一瞬、思考に空白が生まれる。
「グラード財団の城戸沙織お嬢様とテラスへ向われて、その後一人で夜風に当たられていたところまでは把握しているのだが・・・・・・しかし、その後から忽然と、まるで神隠しにあったかのように居なくなってしまったらしく、」
「警備は? 外にいた者達は何をしていたのですか?」
「・・・私も未だに信じられないのだが、全員、部分的な記憶に穴が開いている状態で・・・気がついたらジュリアン様を見失っていたと」
「・・・・・・」
「異例の事態ゆえ、屋敷の警戒レベルを最高まで引き上げた。手の空いた者はジュリアン様を捜索するように言って回っていたのだ・・・頼んだぞ。・・・あぁ後、このことはお客人方には内密にするように」
今までにないほど焦った顔をした執事長は、そう言って部屋から出て行った。
「・・・くそ」
拳を強く握る。
爪が深く食い込み、血が流れる。
だめだ、
冷静になれ。
考えることを止めるな。
ジュリアンが自らの意志で姿を消したとは考えられない・・・となると、誘拐なのだろう。
いったい何故、よりによって今日なのだろうか。
急いで部屋着から従者の服に着替えた俺は、部屋のドアノブに手を掛けた。
あぁ、こうしている間にも、ジュリアンは────
「きゃああああっ!!」
「ッ──・・・上の部屋か!」
次から次へと、一体何が起ってるんだ!
確か上の部屋は・・・客室だったはず。
俺はベランダに滑り出ると、自らに施した封印を僅かに解放し
──跳躍した。
「フッ、この小娘が女神の化身・・・連れて行けばポセイドン様もお喜びに──」
「お客様ぁ! 緊急事態ゆえ失礼いたします!」
「だっ、誰だ貴様!!」
「こっちのセリフだ馬鹿野郎! 吹っ飛べ!!」
「ぐあぁぁぁあ!?」
侵入者と思わしきヘンテコな鎧を着た男を認識するやいなや、俺はその土手っ腹に一発拳を撃ちこんだ。
不審者は天井に身体を激しく打ちつけて、床に落ち、意識を失った。
「・・・驚きました、ジュリアン様の従者に、これ程までに強い方がいらっしゃったとは」
「貴方は確か・・・城戸沙織様ですね。俺・・・じゃなくて私はエルと申します。・・・このような者の侵入を許すだけに留まらず、女性のお部屋にノックもなく上がり込んでしまって面目次第もございません・・・直ぐに処置を致します」
「! 貴方が・・・いいえ、助けてくださって有り難うございます」
「お、お嬢様! どういたしましたか!」
「
「・・・アテナ?」
辰巳とかいう沙織さんの従者が入ってきたと思えば、ベランダから黄金の鎧を纏った男が現れた。
侵入者の男がポセイドンの名を口にしていたが、その次はアテナ、か。
「辰巳、アイオリア・・・私は無事です。この方、エルさんに助けて貰いました」
「こ、このガキがですかぁ?」
「君がアテナを・・・感謝する。・・・しかし、一般人の少年が、このような・・・」
男の着ていた鎧は粉々になり、叩きつけられた天井は僅かに歪んでいる。
・・・あぁ、やばい、やり過ぎたかもしれない。
怒りで予想以上に力が入ってしまった。
反省しつつも、俺は見逃しがたい疑問を投げかけることにした。
「・・・城戸沙織様、このアイオリアさんという方は貴方のお知り合いのようですが、あなた方は一体、何者なのですか? ・・・鱗のような鎧の侵入者と、黄金の鎧を纏う者。とても無関係とは思えません」
「きっ貴様、ズケズケとお嬢様に失礼だぞ!」
「申し訳ありませんが、こちら側としても背に腹は変えられない状況なので、話してくださるまで引くつもりはない」
「な、このガキ・・・」
「──辰巳、お黙りなさい。・・・エルさん、背に腹は変えられないとは、どういうことか伺っても?」
「・・・・・・お客様には内密にしなければならないのですが、恐らく関係者だと思われますしお話します・・・ジュリアン様が姿を眩まされました」
「ジュリアン様が・・・!」
「沙織様、何か知っているのでしたら教えて頂きたい・・・この通りです、お願いします」
俺は腰を深く折り、彼女に頭を下げた。
部屋に沈黙が満ちる。
「エルさん、どうか顔を上げてください。・・・お話します」
「沙織様・・・! 感謝します」
俺の言葉に沙織さんは穏やかに微笑んで、静かに目を閉じた。
そして、彼女は語り始めた。
「私はグラード財団の総帥、城戸光政お爺さまの孫であり・・・そして、戦いの女神アテナの化身なのです」
「・・・・・・貴方が、ギリシア神話に出てくる神であると」
「えぇ、そのアテナです。そして、彼はアテナの
「アテナと、その聖闘士・・・まるでフィクションのような話だ。・・・では、この不審者は何者なのですか?」
まあ、俺も神により転生をし、エルキドゥの身体を与えられた人間だ。
あり得ないことなど、あり得ない。
現に起ってしまっているのだから、信じるしかない。
そういうものなのだろう。
「・・・ポセイドンという名に、纏っていた鱗のような鎧・・・恐らく、この者は海闘士・・・海皇ポセイドンに仕える戦士と考えるのが自然なのでしょう」
「海皇ポセイドン・・・まさか、かの神が復活したというのか・・・」
アイオリアさんが低い声で呟いた。
沙織さんは考えるように顎に指を当てる。
「海皇の封印が解けた・・・? しかし、何故ジュリアンを攫ったのでしょう・・・────まさか、」
「お嬢様?」
「・・・辰巳、直ぐに日本へ戻る用意をなさい」
「えっ? は、はい!」
「は? ちょっ、沙織様!? 待ってください、まだ大切なことを聞いていません!!」
突然、何かに気づいたかのような顔をしたと思えば、従者に帰る用意をするように言った少女に、俺は焦った声を漏らす。
彼女が女神だったとか、この黄金の鎧の男が聖闘士だとかいう話は驚きはしたが、もっと重要なことをまだ聞いていない。
「そのジュリアンを攫ったポセイドンという神はどこにいるんです! ・・・些細なことでも構いません、教えてください」
「・・・知って、どうするというのですか」
「そんなの決まってる、攫われたジュリアンを連れ戻す」
それ以外に、何があると言うのだろうか。
どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろうか。
苛立たしげな視線を向けると、沙織さんは困ったような、悲しそうな表情をしていて、思わず俺は困惑してしまった。
「・・・エルさん、貴方は海闘士を圧倒する力を持った、強い方なのでしょう・・・しかし、相手は海皇。貴方が叶う存在ではありません・・・いいえ、例え貴方が神に勝る力を持っていたとしても、貴方は、行くべきではありません」
「・・・? 俺は別に、海皇と戦うつもりは・・・」
「ジュリアンを取り戻すためには、ポセイドンとの戦いは避けられません。そして、それは貴方にとっても、ジュリアンにとっても望まない形のものとなるでしょう」
「・・・意味が分からない」
「エルさん、ジュリアンは私と聖闘士が、女神の名にかけて取り戻します・・・ですから、貴方はこの屋敷で、ジュリアンの帰りを待つのです。それが、貴方達にとって、最良の選択なのです」
「・・・・・・・・・」
あぁ、決して、この少女の言葉は間違ってはいないのだろう。
神の力とは、無意識に天災を起こしてしまう程に強大なもの。
普通の人間では相手になることすら愚からしい、そんな存在。
きっと、俺の知らないことを沙織さんは沢山知っていて、ジュリアンを助けるためには、女神である彼女が相応しいのかもしれない。
「無理を言って申し訳ありませんでした・・・どうか、ジュリアンをお願いします」
俺がそう言うと、沙織さんはほっとしたように息をついた。
・・・あぁ、大人げない、頭に血が上っていたようだ。
相手は女神とはいえ、13歳の少女なのに、俺は責めるような言葉をぶつけてしまった。
反省しなければならない。
沙織さん達は屋敷を出て行った。
そして、俺も決心がついた。
──普通の人間としての時間を、終わりにする覚悟を
「
身体中を、熱い力の奔流が流れ回る。
心優しく穏やかで、苛烈な神々の兵器、英雄エルキドゥの力が蘇る。
海皇ポセイドンがどこにいるのか分からなければ、自分の力で探せばいい。
沙織さんはジュリアンを救出してくれると約束してくれたが、だからといって、このまま手をこまねいているなんて、俺にはできない。
俺は、俺の力で、ジュリアンを助けに行く。
「ぐうっ・・・流石に9年も封印していたからか・・・制御に時間が要るな・・・」
現実はそう甘くはないか。
だが、良い。
何もできないでいるくらいなら、全然ましな状況だ。
・・・待ってろよジュリアン。
絶対に死なせたりはしない。
沢山頑張って、血の滲むような努力を重ねて、ソロ家の総帥になった少年。
そんな彼の進む道が、神なんかの都合で滅茶苦茶にされるなんて許容できない。
俺はジュリアンを支えると決めたのだ。
主人だから従うのではない。
友達だから、力になりたいんだ。