力を解放した俺は、まず矢先にとスニオン岬へ向った。
なにせ、かつてポセイドン神殿があった場所だ。
今回の騒動の元凶がポセイドンなのだとすれば、きっと、何かしらの手掛かりがあるはずだ。
藁にも縋る思いで、俺は遺跡の中を見て回った。
・・・そして、遺跡を出たスニオン岬の先端部分──ジュリアンと約束を交わした場所。
そこに、月の光を反射する物体と、今までにはなかった奇妙な痕を発見した。
光を反射していたものはジュリアンの愛用していたペンだった。
地面の奇妙な痕には、
剣を地に突き立てれば、こんな痕ができそうだ。
「・・・当りだな」
ジュリアンはテラスから姿を消したあと、ここに来たんだ。
そして、考えたくもないが・・・この岬の下──海へ連れて行かれたのだろう。
海皇の拠点は海の中か・・・厄介な。
エルキドゥは自然と調和、一体化する大地の分身でもある。
故に、大地を通じて遠距離の気配を察知することが可能なのだが・・・海は、どうしてもその精度が劣る。
海も自然の一部、調和を図れない訳ではない。
しかし、精密な気配探知ができないのだ。
今はただでさえ力の制御がままならないのに。
「海が荒れてきたな・・・」
海皇復活の兆しか。
俺は意を決して跳躍し、広大な海へと飛び込んだ。
下へと潜れば潜るほど、月の光を拒絶する暗闇が広がる。
まるで、光の存在しない世界に迷い込んだようだった。
本能的に不安を訴える心を叱咤し、身体を世界と繋げていく。
自然と同化していくことで、違和感を炙り出していく。
『・・・ッ! なんだ、この魔力の流れは?』
何者かの意志が、海と繫がろうとする俺の邪魔をするような・・・
・・・あぁいや、文字通りか!
海が、ポセイドンの支配下に置かれているんだ。
妙な力場が何カ所にも発生している。
不味い、これじゃ遠くの気配を感知することができない!
・・・こんなことになるのなら。
俺は、今更ながらに後悔をしていた。
──どうして9年もの間、エルキドゥの力を封じていたのだろうか、と。
誰かを傷つけることを恐れて、自らが排斥されるかもしれないと言い訳をして・・・ただ、力から逃げていただけじゃないか。
俺を殺した神のような強大な力を持てば、自分の中のちっぽけな人間が死んでしまうと理由をつけて。
だけど、そんなの些細な問題だったんだ。
友達一人守れないくらいなら、平和な日常を送る資格なんて掴めるはずもなかったんだ。
・・・分かっている、自分を責めたってジュリアンは帰ってこないと。
これ以上、後悔をしていても仕方がない、不毛なだけだ。
──あぁそうだ、昔、誰かが教えてくれたじゃないか。
選択を誤ったときに、大切な事を。
失敗しないのが美徳なんじゃない。
『大切なのは、失敗した後に、どう対処するのか・・・だったよな』
外に伸ばそうと藻掻いていた力を止める。
今の俺が為すべき事を考える。
ろくに気配の感知も出来ない。
折角のエルキドゥの力も、封じた時間が長すぎて、上手く扱えない。
そんな俺に出来ること・・・それは、この悔しさを抱えて、這ってでも前へと進むことだろう。
自らの外から内へ、魔力の流れを切り替える。
足下にありったけの魔力を集中させて、エネルギーを発生させていく。
遠くの気配を探れないのなら、片っ端から海とい海を調べればいいだけの話だ。
魔力を一気に解放させて、俺は勢いよく海中を蹴った。
海が、爆発した。
前へ、前へ・・・!
俺は、海に満ちる神の力に逆らって、流星の如く突き進んだ。
ソロ家の当主、ジュリアン・ソロが行方を眩ましてから、
地球は未曾有の大雨に晒され、徐々に上がる海面が、人の居住区を浸食しつつあった。
──中国の名山、廬山の五老峰。
大瀑布の激流が唸り声を上げ、空気を震わした。
「フム・・・何か、雨の勢いが僅かだが衰えたような・・・」
豪雨が降りしきる中、突出した岩の上に座る、小柄な老人が呟いた。
男の正体は聖域十二宮の一つ、天秤宮を守護する
今は訳あって己の守護する宮を離れている状態だが、彼は243年前に起きた前聖戦の生き残りでもある、確かな実力者だ。
「フッ、さすがは老師。よくおわかりですね・・・」
雨と滝の水音が支配する空間に、突如として女の声が響いた。
大瀑布の流れ逆らうようにして、水中から桃色の甲冑を纏った女性が現れる。
その鮮やかな出で立ちは、まるでお伽噺に出てくる人魚のようだった。
「ホッ、これは珍しい。人魚か!?」
「いかにも、私は
「ポセイドン、この数日間の長雨は海皇の仕業か・・・いったい、いつ止めるつもりかの」
「そんなことよりアテナ様のお命をご心配ください」
「なに?」
「アテナ様はポセイドン様を説得するつもりで、ポセイドン神殿へ訪れましたが・・・今は、メインブレドウィナの中にて、この雨の勢いを減らしておいでです」
「むう・・・」
メインブレドウィナ。
それは、ポセイドンの海底神殿の奥にある、神殿を支える大黒柱の名だ。
海将軍が守護する7つの大海の柱を破壊しない限り、傷つけられない強固な柱で、今は女神が閉じ込められている場所でもある。
「柱内の水が満たされればアテナ様は死に、また雨が勢いよく降り続きましょう・・・ポセイドン様の探し人が見つかれば、大雨だけでなく、津波や洪水も地上を襲うことになります」
「フッ、事実上の宣戦布告じゃの」
「もしアテナ様を救いたければ、ポセイドン神殿までおいでくださいということです。勿論そこには我が海闘士の誇る七将軍がお待ち申しておりますので、そちらも、黄金聖闘士が来られる方がよろしいでしょう」
「──そんな心配はいらないぜ。わざわざ黄金聖闘士が出向くまでもない」
「そうとも、俺達だけで沢山だ」
「ば、馬鹿な、貴方達は! 星矢、氷河、瞬、紫龍・・・!!」
童虎とテティスの会話に、新たな参入者が現れた。
彼等は女神を守る、
13歳という年若い身でありながら、今より少し前の地上で、
女神の聖闘士達。
彼等は本来なら、
しかし、13年前に
生まれたばかりの女神は命を狙われ、女神の代わりに聖闘士達を統治する教皇は双子座の男によって殺された。
そして、星矢たち青銅聖闘士を伴って、聖域を取り戻す為に、教皇になりすました双子座と戦い、見事、聖域を取り戻すことに成功したのだった。
だが、その身に受けた幾千をも超える傷に、黄道十二宮の戦いの後、青銅の少年4人は生死の境を彷徨うこととなる。
昏睡状態の彼等は、もし奇跡的に快方に向っても、全てが完璧に回復するには最低でも半年はかかる、そのような容体だったのだが・・・。
「今すぐ帰ってポセイドンに伝えとけよ。俺達は今すぐに乗り込んでいくとな」
「・・・フッ、残念だけど青銅の貴方達では神殿の入り口で全滅でしょうね。これはもうアテナの死は確実だわ・・・アッハハハ──!!」
高笑いを上げながら、美しい人魚は滝下へと飛び込み、姿を消した。
瞬がその素早い動きに驚きの声を漏らすが、やがて一同は静かに座す老人へと身を向ける。
童虎の弟子である紫龍が一番に口を開いた。
「・・・老師、お久しぶりです」
「紫龍、皆・・・聖域十二宮ではよく闘ってくれた・・・まだ絶対安静と聞いていたが・・・」
「沙織さんの
「それに、アルデバランも俺達を守って海闘士の一人にやられたと・・・」
「いつの間にか、事態は大きく動いていたのです」
「これ以上寝ていられなくってここまで来ました」
星矢が、紫龍が、氷河が、瞬が、口々に訳を話し出す。
童虎は少年達の言葉を、険しい表情で聞いていた。
「老師、俺達はポセイドンと闘います。・・・しかし聖衣は十二宮で破壊されてしまいました」
「──えへ、破壊された聖衣ってこのことかい?」
「
場にそぐわぬ軽快な声で現れた少年、貴鬼。
彼は、聖闘士達の鎧である聖衣を修復する技を持つ、
「黄金聖闘士達の血で蘇った
青銅の鎧を運んできた少年は、女性が姿を消した滝下へと飛び込んだ。
「・・・老師、行きます!」
そして星矢達も、続々とその後を追い、新たな戦いへと身を投じていった。
再び世界は、激しい雨と滝の音に支配される。
「ま、また・・・すまぬ、皆・・・」
童虎は、声を震わして少年達を見送った。
復活が差し迫った、封印されし魔星を監視するため、彼は、五老峰から離れることができないのだ。
聖域にいる黄金聖闘士達も、青銅聖衣を修復するために致死量を超える血を流し、またいつ復活するか分からない冥王軍に備えて、身動きがとれない。
海に覆われつつある地上を守れる者は、その敵の数と比べれば、雀の涙ほどに少なかった。
溺れていた人を陸地へと避難させた俺は、再び海に入った。
あれから3日、いや4日は経ったのだろうか。
異常な大雨の影響で、海の近郊に居住していた人達が、住む場所を失いつつある。
ポセイドンの拠点を探すため海を爆進していたら、何百を超える人が海に流されていたのだ。
流石に目の前で溺れる人を見捨てる訳にもいかないので、姿を見られないようにして陸へと運んだ。
身体に宿る英雄の力は、当たり前のように扱えるようになった。
時間は掛かったが、希望は残っている。
ジュリアンはまだ、生きている。
なんと、海に満ちる海皇の魔力から、微かに彼の気配を感知したのだ。
「・・・! 今の魔力の動きは・・・地中海の方向か!」
強い闘志を燃やすような、複数の力の反応。
それが、何かを追うようにして生まれて、地中海の底で消えた。
力の消えた場所、そこがきっとポセイドンの拠点がある場所だ。
消えた気配。
なるほど、これでようやく合点がいった。
ポセイドンの拠点は結界を展開して、存在を探知できないようにしていたんだ。
・・・今の俺なら近くまでいけば、その違和感に気がつけるのだろうが、数日前の力の制御が出来ていない段階では、見落としてしまったのだろう。
よし、行こう。
最優先事項は、言わずもがな、ジュリアンの救出だ。
そして、それが無事に遂げられたら、海皇にこの雨を止めさせるんだ。
これ以上、人が海に囚われることのないように。