「……じゃあ、つまり神力っていうのは、何かを操ることができる力というより、つながる力なの?」
「そう。神力を持っている人は、対象のものとつながることができるの。例えば水の神力を持つ人は、自分が一粒の水滴となって、湖や川、そして海の一部になるように感じるし、炎の神力を持つ人は、体が炎に包まれ、自分が中心となることでさらに炎が大きくなり、猛炎となるように感じるそうよ。ちなみに私の治癒の神力は、この世界に住んでいる植物や動物から、生のエネルギーを少し分けてもらうことで、使うことができるのよ」
「へえ、そうなんだ。僕も欲しかったなあ」
「あきらめちゃだめよ。もしかしたら、いつか使えるようになるかもしれないわよ。そう、明日にでも」
僕は、今年で14歳になったが、神力は依然としてないままだ。父さんは神力を持たない僕を王家から追放したが、お城の中に住まわせている。それは、母さんがいたからだ。なんの才もない僕に、兄さんたちと変わらない愛情を注いでくれている。母さんがいてくれたから、僕の居場所はできた。
だけど、僕を嫌っているのは父さんだけではなかった。兄さんたちも僕のことをひどく嫌っている。兄さんたちは自分の神力に誇りを持っているし、それが人の価値を決めるものだと思っている。だから、弟である僕が、同じ血を引いている僕が、神力を持たないことに腹を立てているのだ。加えて彼らの怒りを助長することがある。それは母さんが僕にやさしく接していることだった。僕は彼らの中のヒエラルキーでは最下層に位置する。本来誰も関わることのない、むしろ誰も関わらず孤独を味合わせたい僕に、自分たちの母親が、自分たちと同等に、最下級の僕に接していることに許せなかった。彼らは事あるごとに僕をいじめた。母さんは叱ってくれるが、父さんが兄さんたちを味方するので、あまり強くは言えないでいた。
だけど、そうであっても、僕のことを見守り、大切にしてくれる母さんが大好きだ。もちろん僕を育ててくれたマイラのお母さんにも感謝しているが、実の母親の、愛情に勝る、強く、そして温かいものなど、ないのだ。
だから、母さん、死なないで!
衰弱しきって、かろうじて息をしているような状態の母の手を握りながら、何回も、何回も心の中で祈った。
母さんが倒れたのは三か月前、突然だった。父さんはすぐに治癒の神力をもつ者を国中から集めた。しかし、どんなに多くても、どんなに強い神力を持つ者でも母さんの体調は良くならなかった。
マイラとお見舞いに行った。母さんはマイラにも優しく接していた。寝室に入ってきた僕たちを見ると、弱弱しいながらも、温かな微笑みを浮かべた。そんな些細なことでも僕は安心したのだ。母さんの命は費えていない。僕たちは母さんのもとへ駆け寄った。
「こらこら、走ったら危ないわよ」
か細い声で放った言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
「大丈夫よ、私が治すから!」
マイラも母さんの声を聞いてどこか安心した様子だった。
「母さん大丈夫?」
「ええ。二人が来てくれたから、もう,だいじょうぶ」
私は幸せなのだろう。戦争の中で苦しみながら命絶える方たちと比べたら。睡魔が襲ってくる。だけど、この睡魔は私を永遠に起こさないのだろう。苦しみはない、むしろ心地いい。このまま眠ってしまおうか。
突然子供たちの顔が浮かんだ。
ああ、ハーデス。もっとみんなと話しなさいな。一人では分からないこと、出来ないこともあるのよ。みんなと助け合って生きて。
ああ、ポセイドン。あなたのその力は誰かを傷つけるものじゃないのよ。あなたの大切な人を守るものなのよ。あなたにいつか大切な人ができたとき、きっと分かるわ、きっと。
ああ、ゼウス………
涙があふれてきた。悔し涙だった。
ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。あなたをしっかりと産んでやれなくて。あなたにひどい運命を負わせてしまって。
私が責任をもってあなたを守る。この運命から私が盾となってあなたを守ると決めたのに。決めたのに………あああ、ゼウス。あなたと話したい。あなたに最後に言葉を贈りたい。
扉をノックする音が聞こえる。私の世話をしてくれているメイドさんが扉を開けた。
「母さんに会いに来ました」
ああ、神様。ありがとうございます。最期に私の望みをかなえてくれて。急いで涙を拭いてメイドさんに子供たちと三人きりにしてほしいと頼んだ。
「ゼウス。これからお母さんが言うことをよく聞いてね」
僕は緊張した。
「あなたには、実はお兄ちゃんたちに勝っているところがあるのよ」
「え、嘘だよそんなの。僕はお兄ちゃん達には勝てないよ。勉強も、神力も」
「ふふ、ほんとにそう思う?じゃあ私が教えてあげる。それはね、優しいところだよ」
「優しさ?」
「そう、あなたは優しい。私が知っている誰よりも。あなたの優しさは力になる。きっとあなたを助ける。だから、あなたは、優しい人に…なって」
母さんの声がさらに小さくなった。力が抜けていっている。
「かあさんっ!!!」
「私が死んだら、あなたには…もっと苦しいことが待っている」
「そんなこと,言わないでっ!!!!」
「だけど、それでも…優しく生きて…ほしい。誰に…も,優しく…してほしい。…マイラ」
「っつ、…うん」
彼女は今に泣きそうにいなっていた。
「ゼウスを、守ってあげて。いや、違う。厳しい…状況に、ゼウスが、置かれ…たときは、あなただけ…でも、味方になってあげて」
「うんっ…約束する、私だけでも、ゼウスの味方になるっ!!」
「ありがとう、お姉ちゃん。ああ、ゼウス、そんな泣かないで」
いつのまにか僕の頬には大粒の涙が伝わっていた。
「笑顔を…見せて、ね」
母さんの手が僕の頬を触った。力のほとんど入っていないその手は、冷たいはずなのに、なぜか温かく感じた。僕には、それが可笑しかった。悲しいほどに、可笑しかったのだ。
「ありがとう…大好きよ、ゼウス。」
手がベッドに落ちてゆく。僕の頬に触れていた時の形を残したまま。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
泣き声とも叫び声とも聞こえる声を僕は出した。全力で出した。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
メイドたちが入ってきた。
その時横のマイラが視界に入った。涙を流しながら手のひらを光らせていた。治癒の神力をひたすらにかけていた。
僕は何かできないのか。母さんを助けられないのか。
ああ、神力があれば。僕に力があれば。
探せ!方法を探せ!何か、なにかないのか!
ふとマイラが教えてくれたことを思い出した。
“”ちなみに私の治癒の神力は、この世界に住んでいる植物や動物から、生のエネルギーを少し分けてもらうことで、使うことができるのよ”
世界とつながる…生を分けてもらう…
いつのまにか僕はマイラの真似をし始めた。彼女が神力を使っているところは何回も見ていたから真似するのは容易だった。
彼女は始めに深呼吸をして、自分を落ち着かせていた。これは単に効率よくするためだと言っていた。次に目を閉じ、命あるものと繋がる。すると、彼女の患者のほうに向けていた手が、優しい金色の光を出し始める。
深呼吸をして目を閉じる。誰か僕に力を貸してください!
うっすらと何かが光り始めた。その光の影はだんだんと形を成し、やがて一本の木になった。あ、この木は母さんの部屋を覗くために登っていた木だ。母さんは僕を見つけると窓を開け、中にこっそりと入れてくれてお話をしてくれた。母さんとの思い出がよみがえってくる。
光の影はその木を中心に次々と現れた。庭園の花、その蜜を吸う蝶、大空を飛び交う鳥たち。目をつぶっているはずなのにこの国の風景がありありと見える。ああ、なんてきれいなんだろう!君たちはこんなにも美しく、この世界で生きているんだね。お願いだ、みんな。君たちの溢れるような生のエネルギーを僕に、いや、母さんに分けてあげて…
マイラは自分の目を疑った。ゼウスの手が、光っていた!私と同じように命ある者たちと繋がっていたのだ!彼には神力があったのだ。私と同じ治癒の神力が!マイラはついに涙を流した。今までためていた涙があふれてきた。マイラは二つの理由で泣いた。
ねえレアー、見える?ゼウスが神力を使っているのよ。あなたが望んだ優しい力よ。ゼウス、これはきっと、プレゼントよ。神様からのプレゼントよ。これで王様も認めてくださるはず。
ああ、ゼウス。だけどあなたに言わなくちゃいけないことがあるの。この力は命をよみがえらすことができないの。命の炎が消えたものにはどうすることもできないの…
レアーは、あなたのお母さんはもう亡くなったの………
現実はさらに厳しかった。
母さんの葬式が終わった翌日、父さんに呼び出された。
「いままでお前をこの城に住まわせていた理由はわかるか?お前の母さんがいたからだ。この城に住まわせてあげるよう私に頼んだからだ。私はこの頼みをいやいや聞いていた。レアーの悲しい顔は見たくないからな。だが、レアーはもういない。お前をここに住まわす理由もなくなった。だから、お前に王として命令を下す。
私の城から出ていけ、この出来損ないが!!!!」