「ところでゼウス君は次はどこの村に行くんだい?」
「特に決めていないですが、その前に買い物をしたいと思っているので、村に行くのはそのあとですね」
「だったら、プティア王国に行ってみないかい?」
「プティア王国ですか?」
「そう、ちょっと遠いんだけどね馬車に乗ればすぐにつくよ。私も明日そこで買い物するつもりだったから、どうだろうか」
「そうですね、ほかに当てもないので一緒に行かせてもらいます」
「よし、だったら今日は早く寝よう。朝出発だからね」
僕とオーディンさんは馬車に揺られてプティア王国を目指した。乗っているのは僕たちだけだった。道中は特に何もなく、ただただ平穏だった。しかし、あと一時間程のところで前方に人影が見えた。それは二人の子供で、兄弟のようだ。女の子が脚を泣きながら抑えていて、お兄ちゃんが心配そうにしている。僕は馬車を止めるようお願いした。誰も乗っていなかったのと御者の行為で止めてもらえた。僕は急いで二人に駆け寄った。
「大丈夫かい?」
男の子は当然ながら突然現れた僕たちを不安そうに見ていたが、勇気を振り絞って答えてくれた。
「妹が転んじゃって、血が出て……」
確かによく見ると女の子の脚に擦り傷ができていた。
「ああ、可哀そうに」
いつの間にか後ろにオーディンさんが立っていた。
「だけど、もう大丈夫だよ。このお兄さんが治してくれるからね」
そういいながら僕に満面の笑みを浮かべていた。それは僕が言うのに…苦笑いで返した。
「そうだよ。僕はお医者さんだから、すぐに治してあげるからね」
そういうと、初めて女の子が顔を上げた。目は涙で赤くなっていた。痛かったんだね。
「じゃあ、痛いところを見せてね」
「…うん」
なかなか大胆に転んだらしく大きな擦り傷ができている。傷口に砂がついている。
「あ、水が必要か。持ってくればよかった」
傷口に砂が付着していた。血も傷口の周りを汚していた。治癒の神力でも汚れはきれいにはならない。
「ちょっと、水があるか御者に聞いてくる」
私たちは水は持ってきていないから、持っているとすればあとは御者だけだろう。しかし、ゼウス君は尋ねに行こうとする私を止めた。
「その必要はありませんよ」
どういうことだ?もしかして水はいらないのか?
「水は必要ないのかい?ゼウス君」
「いや、必要ですよ。汚れを洗い落とさなくてはいけませんから」
何を言っているんだ?矛盾しているぞ。
「いや、だけど、私たちは水を持っていないじゃないか」
もしかして知らないうちに持ってきていたのだろうか?しかし彼の回答は全く予想だにしていなかった。
「つくればいいじゃないですか」
本当に何を言っているんだ、この少年は?水をつくる?そんなこと神力がなきゃ出来ないことではないか。
「ゼウス君、そんなこと神力を持っていないとできないことだよ」
「はい、神力で水をつくるんですよ」
「いや、だけど君の神力は治癒じゃないのか。だったら…」
「何言っているんですか。もうやっちゃいますよ」
そういうと彼は右手を結んだ。すると次の瞬間、結んだ手の中が光りだし、何かが零れ落ちてきた。それはまさしく水であった。
「わあ、水が出てきたあ」
子供たちはいきなり出てきた水にとても驚いていた。しかし、私の驚き様には敵わないであろう。
「しみるかもしれないけど、我慢してね」
ありえないのだ。神力が与えられるのはほんの限られた人間だけ。持っているだけで奇跡なのだ。それを二つ有しているなんて聞いたことがない。考えられるのは、彼はうそをついていて、本当は治癒の神力は持っていない、ということだった。
「うん、きれいになったね。じゃあ傷を治していくよ」
しかし、彼は奇跡の力を使い、傷をきれいさっぱり消し去った。
子供たちと別れ、馬車に再び乗ると私はしばらくの間考え込んだ。しかし、いくら考えても納得のいく答えは出なかった。本人に聞いてみるしかない。
「ゼウス君」
「はい、なんでしょう?」
「単刀直入に言う、君は神力を二つ持っているのかい?」
この返答によって世界の常識は大きく変わる。二つの神力を有しているなんて前代未聞だ。しかし、彼は変に戸惑った感じで答えた。
「え、ふつうそうなんじゃないんですか?」
開いた口がふさがらなかった。彼はそれ以前の問題だった。
「…君は一体どんな教育をされてきたのだ?」
彼は目を伏せた。しかし意を決したかのようにしっかり私の目を再び見た。
「実は、僕は学校に行っていませんでした。いや、行かせてもらえませんでした」
彼は自分の生い立ちを話した。第三者からしても彼の人生は何とも辛く、悲しいものだった。
しかし、私が一番気になったのは、「ツリー」の件だ。
「ツリーは全く反応しなかったのか?」
「はい、そうみたいです」
どういうことだ。仮にそうだとしたら、神力は後天的に備わったことになる。そうだとしても、この世界の常識はかわる。
「僕の手が触れても、ツリーの根元が光るばかりで、光が枝のほうへ向かわなかったらしいです」
枝に光が向かわず根元が光る。…ん、根元は光ったのか?神力を持たない人が触っても根っこはおろか光さえ現れないのに。根…植物を支えるあし…「ツリー」の始まり…二つの神力…相容れないはずの二つの神力…だけど…相容れる場所が…一つだけある!!神力の性質を指し示す光が最初に通る場所、それは…ああ、そうか、そうだったのか!!ゼウス君、君は確かに持って生まれたんだよ。一つの神力を持って生まれたんだよ!それも今までなかった、だれも考えつかなかった神力を!!!
「ゼウス君、君の神力は一つだけだ」
「えっ」
「君の神力は、すべての神力の始祖、神力をもつ者の上に立つことが許される唯一の神力、
【あらゆる神力を使うことのできる神力】だ!」
男の子は声をかけた。「大丈夫?」
男の子は励ました。「そんなことはないよ。きっとみんな心配している」
男の子は大人たちに暴力を受けている。「ごめんなさい」
男の子が遠ざかってゆく。だんだんと消えてゆく。
いかないで!!
目が覚めた。涙が流れている。久しぶりにこの夢を見たな。見させなくていいのに。私は忘れない。あの時の自分の弱さを。
朝食までに身支度を整える。自分の身は自分で管理するようにしている。支度が終わり幾分か時間がたった頃、扉をたたく音がした。
「朝食の用意ができました」
聞きなじみのある声。彼女と会ってから何年がたっただろうか。
「ああ、今行くぞ、マイラ」
扉を出るとマイラのほかにもう二人よく知っている奴らがいた。
「お前たちもいたのか、ハーデス、ポセイドン」
「おはようございます、姫様」
「姫様はやめろと言っているだろうが、ポセイドン」
「へへ、すみません」
「ハーデスを見習え。この寡黙さを」
「いや、こいつはしゃべるのが苦手なだけで…」
「………(ニヤリ)」
「あっ、こいつ!俺の顔見てニヤついてやがった!」
「いいかげんにしろ、お前ら。さっさといくぞ」
既にテーブルには全員座っていた。最後らしい。
「遅かったな、お前たち」
「すみません父上」
「いや、いいのだよ。今日から帝王はお前なのだから」
「はい」
「では、いただくとしよう」
眼下の広場にはこの帝国の民衆の何割が参加しているのだろうか。地面が見えない。今日から私は彼らの上に立つ存在となる。もう引き返せない。弱くはなれない。
「私は証明しよう。この帝国に敗北の文字がないことを!私は誓おう。この帝国を世界最強の国にすることを!
我、ヘラの名において!」