峰理子という女とは何者か。彼女に纏わる、切なく、倒錯的な人々の物語。※本作は以前投稿していたリュパンの懐刀のスピンオフみたいなものです。実際には本編の設定とは変えて書いてあります。また、作者のへったくそな文章のせいで若干のキャラ崩壊が見込まれます。三人称を基本的に使わない作者のためへったくそな表現が予想されます。

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完全に見切り発車ですが、どうぞ最後までお付き合いください!!



リュパンの懐刀 LUPIN the fourth 峰理子という女

 その日、ラスベガスのあるカジノは、いつになく賑わっていた。

 イタリア系マフィア資本のカジノ・バルケッタ。

 たくさんのギャラリーに取り囲まれるようにその少女はいた。

 

「くふふっ、りこりん無敗神話はまだ破られないのかなぁ?」

 

 峰・理子・リュパン四世。

 LUPIN the fourthの名前で最近売出し中の怪盗である。

 モナコ、マカオ、ラスベガス、幾多のカジノを渡り歩いてきた彼女にとって、既に金を稼ぐだけのゲームは陳腐化したものであった。

 もっとスリルを、危ない橋を、薄氷を。

 果てなく危険という名の道楽に身を堕としてしまいたい。近頃はそんなことばかり思うようになった。

 今日もいつもと変わらず、作ったチップの山は崩れない。

 今日も自分に敵う人間に出会えないのか。

 

(今日もあたしは救われないのか……)

 

「じゃ、そろそろお開きにしよっかな……」

 

「あら、少しお待ちになって下さるかしら?」

 

「あなたは……?」

 

 理子の前に現れたのは、元々背の低い理子と同じくらいの背丈の少女だった。

 

(この子、どこかで見たような…………?)

 

「私、このカジノのオーナーの代理で、アネット・マキャヴェリと申します。宜しければ、カードでもいかが?」

 

 その瞬間、理子ははっとした。

 この街にいて知らないわけがなかった。

 彼女はこのカジノのオーナーであり、この街を二分するマフィアの一つ『バルケッタ』のボスだ。

 しかし、バルケッタは先月アネットの前のボスが急死して、こんな賭けをする余力は無いはずだ。

 何故このような勝負を持ちかけるのか、理子には理解できなかった。

 

「カード? くふふっ、いいよ。何にしよっか? ポーカー? BJ? バカラ? 賭け金はいくら?」

 

「では、ポーカーで、賭け金は――」

 

「うんうん!」

 

「この『カジノ』、ではいかが?」

 

「へぇ……! でも、残念ながら、りこりんはそこまでベットできないのですよ。お嬢様」

 

「心配無用です。あなたはあなたのチップ全てと、あなた自身を、差し出していただければ、ね」

 

 理子の体がゾクゾクッ、と震えた。

 面白い、舌なめずりをしてしまいそうになるほど、これ以上ないほどにスリル満点の賭けだ。

 

「いいよ。その賭け、乗った」

 

「ではこちらへ掛けて下さい」

 

「くふふっ」

 

 雀卓のような小さな机にカードの山が一つだけ置いてある。

 このゲームには|降参≪フォールド≫もコール・レイズもない。

 一発勝負に全てを賭けられるか、否か。そこに峰理子とそれ以外の違いがある。

 第三者、ではないだろうが、ゲームをする二人ではない黒服の男が、俺達にカードを配る。

 理子の手札は――

 

(ストレートフラッシュ…………!)

 

 勝負強い理子としても、中々出すことはできない手だった。

 勝った。そう思ったが最後、理子の興奮は一気に醒めていった。

 

(今日も、あたしは救われなかった)

 

「あたしはいいけど、そっちは」

 

「ええ、私もよろしいですよ」

 

「ストレートフラッシュだ。はっ! バルケッタのお嬢も大したことないな!」

 

 理子は苛立ちからか、喋り方が変わっている。

 通称・裏理子。

 計算高く媚びるような人格が表ならば、獰猛な獅子のような人格がこの裏理子だ。

 周囲から歓声が上がる。理子には、ただの雑音にしか聞こえなかった。

 

「ええ、そうですね。私もまだ大したことはない」

 

 明細は自分の泊まっているホテルまで届けるように言い、その場を去ろうとした理子の後ろで、さらに大きな歓声が上がった。

 理子は恐る恐る振り返って、驚愕に眉を顰めた。

 

「ッ……!! ファイブカード…………!!」

 

 ファイブカードは、全ての役の中で、一番強い役。

 クイーンのファイブカード。明らかに女王気取りだ。

 

「あなたも、大したことはないようですけど」

 

 †

 

 その夜、理子は裸でアネットの部屋にいた。

 何のことはない。理子にとって少女相手の夜伽などはむしろ大歓迎だ。

 

「それで、あたしをどうする気なんだ」

 

「今日のところは、ふふっ、一緒に寝てもらいましょうか」

 

「いいのか? あたし結構、テクニシャンだけど」

 

 アネットはカジノでの理子と同じように身震いさせ、少しだけ頬を紅潮させた。

 

「ええ、もちろんですよ」

 

「じゃ、遠慮なく。くふふっ」

 

 †

 

 事後、アネットは理子の腕に抱かれて満足したように眠っていた。

 この寝顔だけ見れば、とても愛くるしい少女なのだが、このような天蓋付きのベッドを使っている、マフィアのボスなのだ。

 ふと気づけば、彼女の閉じられた目から、涙が少し流れていた。

 理子はそれを小指で掬って、一舐めしてから言うのだった。

 

お休み、小悪魔ちゃん(Bonne nuit, mon devilkin)

 

 †

 

「あなたに頼みたいことは二つ」

 

 理子は、大企業の社長室のような部屋に連れてこられていた。

 最近のマフィアは切った張ったではなく、インテリマフィアだと聞いているが、流石にこれはやりすぎじゃないかと理子は思った。

 

「一つは、この男から拳銃を奪ってほしいんです」

 

 アネットは写真を二枚取り出した。

 一つ目の写真は、S&WのM19コンバット・マグナム。.357magを使う、パワフルなリボルバー拳銃だ。

 もう一つは、男の写真だった。

 葬式に着ていくような黒い服に、同じ色の黒い帽子を深くかぶった少年だった。

 少し前のマフィアのような古風な格好は、少年がコスプレしているような空疎さを感じさせた。

 

「こいつは?」

 

「次元英介。一月前、バルケッタを裏切って中国資本のマフィア『黒星海(ヘイシンハイ)』に寝返った――要は裏切り者です」

 

 黒星海はバルケッタとこの地域の権力を二分しているマフィアだ。

 タカ派とは言えないが、それなりにいやらしい手を使うと聞いている。

 

「わかった。で、もう一つは?」

 

「銃を奪って英介を誘い出すので、ふふっ、最後を見届けてくださるかしら?」

 

「殺せるの?」

 

「……英介は、先代のボスだった父が死ぬと早々に私たちに見切りをつけて、黒星海に行った。しかも私をあのマグナムで撃って…………!」

 

「復讐は、辛いだけだよ」

 

「あなたは、私の言うことを聞いていればいいんです。仕事が終われば、自由にしてさしあげますから」

 

「おけおけ、大怪盗りこりんにお任せしな。お嬢ちゃん」

 

 †

 

 次元英介は、毎日黒星海近くのバー・ショコラーデに入り浸っている。お気に入りのバーボン・ウィスキーを飲むためだ。

 理子は、そこの客として、英介に接触する作戦に出た。

 英介は理子が待ち始めてから十五分ほどで来た。

 午後十一時十五分。ホテルに連れ込むには丁度いいと言えばいい時間帯だ。

 作戦は単純明快。ハニートラップで英介を誘い込み、銃を奪う。

 理子は、カウンター席の三つほど横に座っている来たばかりの英介に、バーボンを注文した。

「あちらのお客様からです」と店員が言う。

 一度やってみたかった、と理子は歓喜する。

 そして、理子はこちらを向いた英介に、ひらひらと手を振り、媚びるような視線を送る。

 しかし、バーボンは切込みを入れられた紙と一緒に、テーブルを滑って理子の元へ帰ってきた。

 

『子供は寝る時間だぜ。お嬢ちゃん』

 

「お、お嬢ちゃん…………」

 

 理子は、席を移動して英介の隣に座った。

 

「ねぇ、次元英介でしょ? 黒星海の。ちょっとだけ、時間貰えないかな?」

 

 峰理子は、状況に応じて自分の性格を千差万別に変化させる女だ。

 いや、逆に女というのはすべてそういうものかもしれない。

 元々の声が子供っぽいので、変声器もよく使う。

 

「悪いね、俺は女嫌いなんだ。他をあたってくれ」

 

「待って! ねえ、嘘でしょ。恥を掻かせないで?」

 

「俺は、誰にでも股を開く女は好きじゃないんでね」

 

「あら、私、意外と経験少ないのよ」

 

「ハァ、もういいよ、好きにしな」

 

「ふふっ、ありがと」

 

 理子が英介にキスを迫ろうとすると、英介もそれに合わせるように顔を近づけてきて――

 

「よっと」

 

「あっ」

 

 スカートの下に入れていたナイフを盗られた。

 理子は内心で舌打ちをする。カンの良い奴だ。

 

「俺は人に恨みを買うのが仕事みたいなもんだ。それに、夜遊びにナイフは必要ないだろ?」

 

「え、ええ。そうね。行きましょうか」

 

 †

 

 ホテルに入るなり、理子は英介から拳銃を突きつけられた。

 コンバット・マグナム。今回の標的。

 

「それで、何が目的なんだい?」

 

「そうね、端的に言うなら、あなた、かな?」

 

「ふざけんな。俺の命を狙うやつはいくらでもいる。CIA、MI6、SEAL6、FBI、数えきれないほどのマフィアども。ハニー・トラップなんざいくらでも経験してきた」

 

「そうなんだ。それで?」

 

「信用ならねえ」

 

「そう、じゃあ、信用させてあげる。くふふっ」

 

「な、何を――むぐっ」

 

 理子は、英介の構える銃をすり抜けて、キスをした。

 頭に腕を回し、絡みつくように、感応的に、唇を貪る。

 英介は理子の体を引きはがそうとするが、離れない。

 普段からかなり鍛えていて、海軍の出でもある英介だが、何故か剥がれない。

 理子自身秘匿してはいるが、彼女は超能力者でもある。髪を動かして、英介の体を離さないようにしているのだ。

 

「ぷはっ」

 

「げほっげほっ!」

 

「どう? 信じてくれた?」

 

「はぁ、ふざけた女だ」

 

「じゃあ、一緒におふざけしましょ?」

 

「いや、俺、帰るわ」

 

「へ……?」

 

「お前と遊ぶのは、どうも気が引ける。もうちょっと成長してからにしな」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「それから、もう少し自分を大切にした方がいい。危険な匂いがプンプンするぜ」

 

 そういって、英介は部屋から出ようと歩みを進めるが、そこで、動きが止まる。

 

「くふふっ、自分を大事にした方がいいのは、そっちだったみたいだねぇ」

 

「く、くそッ! 何を……!?」

 

「ちょっとだけ――盛らせていただきましたぁ!」

 

「この、性悪、女――」

 

 その言葉を最後に、英介は意識を手放した。

 

(次元英介、あたしと、よく似ている)

 

 理子は、英介の体を弄って、腰からコンバットマグナムを抜き取った。

 

(純正品じゃない。かなり手を入れてるし、年代物だ。それに、ペンダント?)

 

 マグナムには、銀色のロケットペンダントが巻きつけられていた。

 

「うーん、依頼の品はマグナムだけだし。っと、メモメモ」

 

 理子はアネットからの伝言を書き残して、その場を後にした。

 

 †

 

『英介、明日あなたと愛し合った場所で待ってる。アネットより』

 

 というメモを英介が見つけたのは、理子に眠らされてから、ほんの十五分ほど後だった。

 

「ああ、くそ、あの性悪女め」

 

 こうなることが予見できていたから、起きることができた。

 対薬物訓練の効果もあるだろうが、意識しておくということは、やはり大事らしい。

 英介は、いつも腰に挿してあるマグナムが無いことに気が付いた。

 アネット・マキャヴェリといい、あの女といい、どうして自分の周りには性悪な女しか集まらないのだろうか。

 アネットとは、バルケッタの先代に雇われた時に出会った。

 黒星海に寝返るときには、弱体化したバルケッタに手を出さないことを条件にした。手土産に、ボスであるアネットを撃ってきた。恨まれても仕方はない。

 しかし、それでもやるせなさを感じる。

 

「理子の奴、腕を上げたな」

 

 次会ったら容赦しねぇぞ、と英介は悪態をついた。

 

 †

 

「流石ですね、理子さん。もう一つの依頼も、お願いしますね」

 

 マグナムを社長室まで届けたとき、アネットはどこかやつれたような、儚げな表情をしていた。

 

「本当に殺せるのか?」

 

「それはわかりません。でも、あなたには見届けてもらいますよ」

 

「今日も一緒に寝てやろうか?」

 

「まあ、本当に? なら、一緒にお風呂でもいかがですか?」

 

「いいねぇ、ベイリーズ・アイリッシュ・クリームがあるけど、開けようか」

 

「け、結構甘党なんですね」

 

「アネットも、甘くて美味かったよ。理子にまた食べさせて?」

 

 そう言って、理子はアネットの額にキスをして出て行った。

 ――そして、その夜。

 二人はベッドの上で抱き合っていた。

 

「あなたは、天性の人たらしというか、ふふっ、私もすっかり懐柔されてしまいましたね」

 

「そうなんだ」

 

「……機嫌悪いんですか?」

 

「いや、明日死ぬかもしれない娘を抱いてると、急に切なくなってね」

 

 そう言うと、理子はぎゅっと、アネットを抱き締めた。

 

「契約は、守ってくださいね」

 

「わかってるよ。ちゃんと、見届けたげるから。――ねぇ、アネット」

 

「何ですか?」

 

「次元は、今でもアネットを愛してるかもよ」

 

「……何の話ですか?」

 

「ううん、やっぱ忘れて。それより、くふふふっ、今はアネットを愛させてほしいな?」

 

「は、はい」

 

 †

 

 英介とアネットが愛し合った場所。

 それは、郊外にひっそりとある小さな教会だった。

 理子とアネットは、そこで英介を待っていた。

 アネットは、よく見ないとわからないが、震えている。武者震いではない。

 

「怖いなら、理子が相手してあげるけど?」

 

「いえ、大丈夫です。私が英介を……!」

 

 彼女の手には、英介のマグナムが握られていた。

 小柄なアネット・マキャヴェリには、コンバット・マグナムは不釣り合いだ。

 理子も、自分の武器――ワルサー・P99だ――を構える。

 すると、教会の扉が重苦しく開く。

 

「アネット! 来たぞ!!」

 

「英介。久しぶりですね」

 

「ああ、一月でも人は変わるらしい。いい目をするようになった。峰理子! お前もやってくれたな!」

 

「女に弱い用心棒とか、致命的だよねぇ。くふふっ」

 

「うっせぇ! それで、何の用だ? また俺に撃たれに来たか? ハッハッハッ!」

 

「あなたに、決闘を申し込みます」

 

「なるほど、ただの死にたがりか。いいぜ、やってやるよ」

 

「じゃあ、このコインを投げて落ちた時が合図ね。それまで銃に触れてはいけません! 因みに、不作法なので三発以上は使用禁止なのです!」

 

 理子が場に似つかわしくない声でそう宣言し、エイブラハム・リンカーンの肖像が入った1セント硬貨を取り出した。

 そして、教会の暗い天井に向かって、投げた。

 二人が、自分の銃に向かって手を伸ばす。

 リンカーンが着地する瞬間――

 

「くふっ、くふふふっ、ごめんね、アネット。理子は、悪い子だから」

 

「えっ!?」

 

「ッ!?」

 

 理子が、アネットを片手で抱き寄せ、片手でワルサーを構えて英介に向けた。

 

「『歌に生き、愛に生き、私は決して悪事には手を染めませんでした』」

 

「何を――」

 

「『その人が哀れな人と知れば救いの手を差し伸べました』」

 

「ラ・トスカ……」

 

「『しかし今、苦しみの時において、主よ、何故このような報いをお与えになるのですか』!!」

 

 理子は一通り言い終えると、再び恍惚とした目を英介に向けた。

 傍目から見れば完全に狂っている。

 

「何を気取っているのかは知らんが、どかねぇとお前ごと風穴あけるぞ!」

 

「救われないねぇ、あたしたち三人とも。このままじゃああまりにも救いがない」

 

「救われねぇのはてめぇらだろ、俺はここで過去に決着をつけて、どこかに消えるんだ」

 

「素直じゃないなぁ、次元英介。あたしもさ、あんたと同じように愛しちゃったんだよ。この子をさ」

 

「え……? 愛してるって」

 

 英介は酷く取り乱して言う。

 

「違う! 元・雇い主の娘ってだけだ。他意はねえ!」

 

「いいや、違わない。アネット、次元英介って男はね、自分が撃った女の写真を肌身離さず持ってるような、女々しい男なのさ」

 

「違う!!」

 

「アネット、理子の可愛い小悪魔。理子と一緒に行こ? そうすれば、あいつも死なない。アネットも死なない。お互いウィンウィンじゃん」

 

「で、でも私は」

 

「そもそも、現時点でこっちを撃ってないってこと自体、アネットに未練があるって証拠だよ。さあアネット! 一緒に恋の逃避行だぁー!! …………と、いきたいけど、ちょっと待っててね。邪魔が入っちゃった」

 

「邪魔?」

 

「そうそう、お邪魔虫が――ひーふーみー、ざっと十人チョイ」

 

「十三人だ。クソが、黒星海の連中だな。何かの命令か!」

 

 すると、教会のいたるところから、アジア系の黒服の男たちが出てきた。

 このあたりでアジア系のマフィアは、黒星海しかない。

 

「へへへへ、次元の旦那、奇遇ですね。こんなところで、何やってんですかぁ?」

 

「プライベートだ。とっととうせろ!」

 

「そう言わねぇでくださいよ。俺達も混ぜてほしいなぁ」

 

 そういうと、黒服たちは中国製のSMGを取り出した。トンプソンのコピー品だろう。

 

「あんたさぁ、もう用済みなのよ。ボスもこれ以上飼ってても危険だって言うからさあ、イタリーと一緒に死んでくれや」

 

「クソどもが、そんなに地獄が好きか」

 

「へへ、そんな口きけるのも今の内だ、オラ! やっちまえ!!」

 

 黒服たちは、飛ばされた檄で一斉に射撃を始めた。 

 英介は、弾を避けながら、一人、また一人とルガーP08で撃っていく。

 

(次元英介、やっぱりただ者じゃなかったみたいだな)

 

 理子もアネットを庇うように応戦する。

 事実上二対十三の戦いだが、片や伝説の怪盗の末裔と海軍特殊部隊経験者。片やチンピラが武装しただけの集団。実力差は明らかだ。

 決着がつくのには、ものの五分もかからなかった。

 黒服たちは全て教会の床に伏せっている。対して三人は無傷だ。

 

「ふー、終った終わった。アネット、怪我ない?」

 

「だ、大丈夫です」

 

「さて、アネット・マキャヴェリ、まだ一発残ってる。覚悟はいいか」

 

 英介は、まだ足の震えが止まっていないアネットに、ルガーの銃口を向けた。

 

「……はい」

 

 アネットも、同じようにマグナムの銃口を向ける。

 これには理子も参った。

 さっきは二人とも銃に手を掛けていなかったから奇襲的にアネットを抑えられたが、今度はそうもいかない。

 ふと、アネットの顔を覗き見ると、かなり緊張し、強張った顔をしている。

 そして、次の瞬間――

 

「英介ッ!!」

 

 アネットの表情が急に変わったかと思うと、彼女は英介の方へ駈け出した。

 そして、英介を押し倒さんとする勢いで――突き飛ばした!

 

 

 ――タタタンッ!!

 

 

 渇いた銃声が、響いた。

 それは、英介が使用する.357magの号砲のような音ではなく、もっと軽い音。

 

「アネット!!」

 

 英介の声に、一瞬思考が停止していた理子は、ハッと我に返る。

 銃声の在りかを探すと、英介の後ろで、瀕死の黒服が、銃を構えていた。

 理子はすかさずワルサーでその男の眉間を打ち抜く。

 アネットの腹部からは、大量の血が流れていた。

 

「アネット! おい、しっかりしろ!!」

 

「あ、ああ、英介……」

 

「それ以上喋るな。とにかく止血を――」

 

「……いいんです。もう」

 

「うるせえ! おい、峰理子! お前も手を貸せ!」

 

「う、うん」

 

 英介は、自分のシャツを破って、止血を試みている。

 が、既に助かる状況ではない。全身にわたって数か所の被弾、それによる大量の出血。

 理子の目からしても、彼女が助からないことは明白だった。

 

「英介、愛してます。これまでも、これからも…………」

 

「うるせえっつってんだろ!!」

 

「最後に、あなたに、愛してもらってるかも、しれない。そう思えただけで、十分、報われました」

 

「ああ、アネット! 俺も愛してるよ! だから死ぬな!!」

 

「……やったぁ、理子さん、英介が、愛してるって」

 

「ああ、おめでとう、トスカ」

 

「ふふっ、ありがとう、もう十分、幸せ……で、す………………」

 

「おい、アネット、しっかりしろ、おい!!」

 

 英介がいくら呼びかけてもアネットから返事は帰ってこない。

 

「アネットォォォォ――――ッ!!」

 

 英介は、帽子で隠れた双眸から、大粒の涙を流しながら、そう、叫ぶのだった。

 

 †

 

 アネットの墓は、ある集団墓地の一角に建てられた。

『愛に生きたトスカここに眠る』と書かれた下に、アネット・マキャヴェリの名前がイタリア語で書かれている。

 英介がその墓前に火をつけた煙草を立てていると、理子がピンクのヴェスパでやってきた。

 

「故人に煙草を供えるのは、マナー的にどうなんだろうねぇ」

 

「知らん。だが、軍属時代の先輩は、殉職者に煙草を供えてた。そのマネさ」

 

「……あたしもさ、愛してたんだ。あってからたった二日間だったんだけどさ。愛してたんだよ」

 

「そうかい」

 

「あたしたち三人、結局救われないままか。救われない奴、過去ある奴、愛に生きた奴が集まり、一人死んで二人生き残った。どんな悲劇だこりゃ」

 

「お前の言ってたトスカじゃ、全員死亡だったからな」

 

「彼女とあたしはよく似てる。そして、次元、あんたとあたしも、よく似てるよ」

 

「どこが、俺はお前みたいな剽軽者じゃないし、愛に生きてもいないよ」

 

「ハッ、まあ、いいさ。それより、なんであたしの名前を知ってるんだ?」

 

「……? どういう意味だ」

 

「お前と初めて会ったとき、あたしは名乗っていない」

 

「クックック、俺はな、峰理子に関してなら、誰よりもよく知ってるんだぜ?」

 

「何それ、新手の口説き文句?」

 

「いや、事実さ。そういえば、マグナムを返してもらってなかったな」

 

 理子は、持っていたカバンの中から、マグナムを取り出して、ロケットペンダントと一緒に投げた。

 

「おい、銃を投げるもんじゃねぇぞ」

 

「いいよ。どうせもとから弾入ってないんだから」

 

「何?」

 

「あの決闘の時からな、それには一発の弾も入っちゃいなかった」

 

「ッ!!」

 

「あたしもまさかとは思ったけど、アネットは、最初からあんたを撃つつもりはなかったんだよ」

 

「…………そうか」

 

 すると、ぽつ、ぽつと、小粒の雨が降り出した。

 

「あわわ、今傘持ってないんだった!」

 

「……ほら、使えよ」

 

 英介は、自分が持っていた折り畳み傘を、理子に差した。

 

「あんたは?」

 

「少し、濡れたい気分だ」

 

 そうだな、顔までびしょびしょだ。

 と、理子は心中で続けたが、口には出さない。

 

「あたしも、少し濡れるよ」

 

 そう言って理子は、英介の傘を、小さなアネットの墓に、被せるように置いた。

 

「じゃあ、アネット、契約は完了だね。アネット・マキャヴェリの死を、確かに見届けた」

 

 理子は、少し軽くなった足取りで、ヴェスパに乗り、そのまま去って行った。

 

「それじゃ、アネット、俺も行くよ。また会おうぜ、バイ!」

 

 ――これが、次元英介と、峰理子の、ファースト・コンタクト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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