一匹狼のぼっちが箱庭に来るそうですよ?《リメイク版》   作:闇の竜

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投稿遅れてすみません。


世界の果てと逆廻十六夜という問題児

黒うさぎの説明が終わり、箱庭の中へ行く途中で十六夜が八幡に声をかけてきた。

 

「なぁ、比企谷すこし世界の果てまで行って見ねえか?」

 

「いや、めんどくさくなりそうだから遠慮しとくわ」

 

「そうか。じゃあちょっくら行ってくるぜ」

 

「おう」

 

そう言い十六夜は世界の果てがあるところまで行くのだった。

そして八幡は、

 

「……さて、アリス」

 

「ん?何だ八」

 

「食いもん食ってる最中で悪いな、多分後で聞くことになると思うんだが暫くは黒うさぎが話すことはないと思ってな、お前がこの箱庭にいた時のコミュニティの話を聞かせて欲しくてな、」

 

と八幡が言うとアリスは苦虫を噛み潰したよう顔をしながら決心した様な顔をして、

 

「…わかった、私が話せる範囲までは今話しておこう」

 

と、アリスは食べるのを中断して語り出した。

 

***

 

アリスの話を聞いてから間もなくして、

 

「ジン坊っちゃーン!新しい方を連れてきましたよー!」

 

ジンと呼ばれる少年がはっと顔を上げる。

外門前の街道から黒ウサギと飛鳥と耀、八幡が歩いてきた。

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性三人と男性…が…、」

 

と、ジンと呼ばれた少年はアリスの姿を見て驚いた。

黒うさぎはそれに対して後で話すと言う様なら動きを見せ、ジンを落ち着かせた。

 

「はいな、こちらのアリスを含めた御五人様が–––––」

 

クルリ、と振り返る黒ウサギ。

カチン、と固まる黒ウサギ。

 

「……え、あれ?もう一人いませんでしたっけ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から”俺問題児!”ってオーラを放っている殿方が」

 

「ああ、十六夜君のこと?彼なら”ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出していったわ。あっちの方に」

 

あっちの方に。と指をさすのは上空4000mから見えた断崖絶壁。

街道の真ん中で呆然となった黒ウサギは、ウサ耳を逆立てて三人に問いただす。

 

「な、なんで止めてくれなかったんですか!」

 

「”止めてくれるなよ”と言われたもの」

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか⁉︎」

 

「”黒ウサギには言うなよ”と言われたから」

 

「え、あ、本当だ居なくなってるぞ」

 

「嘘です、絶対嘘です!アリスの反応からして本当に知らなかった様ですが、御二人は実は面倒くさかっただけでしょう!」

 

「「うん」」

 

「あ、ちなみに俺も知らなかったって言う雰囲気を出しているけど

比企谷君は十六夜君に誘われていたわよ」

 

「え、八幡さん!どうして黒ウサギに言ってくれなかったんですか‼︎」

 

「二人と同じで面倒くさかったって言うのじゃダメか?」

 

「ダメです!」

 

「じゃあ巻き込まれたくなかった、は?」

 

「それもダメです‼︎」

 

ガクリ、と前のめりに倒れる。新たな人材に胸を躍らせていた数時間前の自分が妬ましい。

まさかこんな問題児ばかり掴まされるなんて嫌がらせにも程がある。

そんな黒ウサギとは対照的に、ジンは蒼白になって叫んだ。

 

「た、大変です!”世界の果て”にはギフトゲームのため野放しにされている幻獣が」

 

「幻獣?」

 

「は、はい。ギフトを持った獣を指す言葉で、特に”世界の果て”付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

 

「ゲーム参加前にゲームオーバー?……斬新?」

 

「いや、逆廻ならどうせ戻ってくるだろう」

 

「あぁ、あの金髪なら帰ってくると思うぞ」

 

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

ジンは必死に事の重大さを訴えるが、三人は叱られても肩を竦めるだけである。

黒ウサギは溜息を吐きつつ立ち上がった。

 

「はあ……ジン坊っちゃん。申し訳ありませんが、御三人様とアリスのご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わかった。黒ウサギはどうする?」

 

「問題児を捕まえに参ります。事のついでに–––––“

箱庭の貴族”と謳われるこの黒ウサギを馬鹿にしたこと、骨の髄まで後悔させてやります」

 

黒ウサギは立ち上がって怒りのオーラを全身から噴出させ、

艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。外門めがけて空中高く飛び上がった黒ウサギは外門の脇にあった彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に水平に張り付くと、

 

「一刻程で戻ります!皆さんはゆっくり箱庭ライフをご堪能ございませ!」

 

黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ踏みしめた門柱に亀裂を入れる。全力で跳躍した黒ウサギは弾丸のように飛び上がり、あっという間に四人の視界から消え去っていった。

巻き上がる風から髪の毛を庇う様に押さえていた飛鳥が呟く。

 

「……。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に感心するわ」

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが…… 」

 

「…一応俺も行っておこうか」

 

と言う八幡の言葉にジンは、

 

「な、何を行っているんですか⁈先ほど言いましたがウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種ですよ!今から行っても追いつけませんよ!」

 

と無理ですとでも言う様に手を振った。

 

「大丈夫だぞジン。八なら多分余裕で追いつける」

 

「あ、アリス姉何を…」

 

「ま、いいかか。じゃあ行ってくるぞ」

 

と言うと八幡の脚に黒い靄が現れその瞬間八幡は黒ウサギよりも速い速度で世界の果てまで駆けて行った。

それに対してジンは、

 

「か、一体彼は何者ですか…」

 

「ん?まぁ…先生にその実力を認められた、ただ異常な私の幼馴染みだ」

 

* * *

 

八幡が黒ウサギを追い始めて数分がたった。

 

「さて、この辺だと思うんだがな……お、いたいた」

 

焦りと呆れなど様々な気持ちがこもった顔の黒ウサギを見つけた。黒ウサギの周囲からは怪しい呻き声が聞こえていた。

 

「お〜い、黒ウサギ」

 

「え、は、八幡さんどうしてここに!」

 

「いや、どうしたってお前を追って来ただけだぞ」

 

(黒ウサギのスピードについて来た?)

 

「どうだ逆廻はいたか?」

 

「い、いえまだ…」

 

「そうか」

 

「あのー森の賢者様方。つかぬことをお聞きしますが、もしかしてこの道を通った方を御存じでしょうか?よかったらこの黒うさぎに道を示していただけますか?」

 

と話していると……

 

『よかったら私が案内しましょうか、黒兎のお嬢さん」

 

茂みから魑魅魍魎とは違う、静かな蹄の音が響く。現れたのは艶のある青白い胴体と額に角を持つ馬–––––ユニコーンと呼ばれる幻獣だった。

 

「こ、これはまた、ユニコーンとは珍しいお方が!"一本角"のコミュニティは南側のはずですけれども?」

 

『それはこちらの台詞です。箱庭の東側で兎を見ることなど、コミュニティの公式ゲームのときぐらいだと思っていましたよ–––––と、お互いの詮索はさておき。貴女の探す少年が私の想像通りならば、私の目指す方角と同じです。森の住人曰く、彼は水神の眷属のゲームを挑んだそうですから』

 

「うわぉ」

 

黒うさぎがクラリと立ち眩み、そのままがっくりと膝を折った。

"世界の果て"と呼ばれる断崖絶壁には箱庭の世界を八つに分かつ大河の終着点、トリトニスの大滝がある。

現在その近辺に住む水神の眷属といえば龍か蛇神のいずれかしかいない。

 

「本当に……本当に……なんでこんな問題児をぅ……!」

 

『泣いている暇はないぞ。少年が君の知人なら急いだ方がいい。ここの水神のゲームは人を選ぶ。今ならばまだ間に合うかもしれない。背に乗りたまえ』

 

「は、はい–––––わわ!」

 

「おっと、」

 

黒うさぎが跨ろうとした、その時だった。

突如、大地を揺らす地響きが森全体に広がったのだ。すかさず大河の方角を見ると、彼方には肉眼で確認できるほど巨大な水柱が幾つもも立ち上がっている。

 

「ったく、盛大にやりやがって。黒ウサギ先行くぞ」

 

八幡はギフトを使いトリトニス大河の方へ駆け出した。

 

「な!?」

 

(あれが八幡さんのギフト…)

 

『彼のギフト、とてつもなく恐ろしいものをですね』

 

「え?どう言うことでございましょうか?」

 

『貴女も薄々勘付いてはあるでしょう。彼のギフトは闇が深いものだと』

 

「……」

 

『まぁ、今はそんなことはいいでしょう。行くのでしょう?少年の所に』

 

「はい。でも、すみません。やっぱり黒ウサギ一人で向かった方が良さそうです」

 

『むぅ……乙女を一人で危地にやるのは気が進まないが……私では不足かい?」

 

「はい。もしも貴方を守れないかもしれない。それに失礼ですけど、駆け足で黒ウサギの方が速いですから」

 

ユニコーンは苦笑いしながら数歩下がる。

 

『気を付けて。君の問題児君にもよろしく』

 

黒ウサギは頷き、緊張した表情のままトリトニス大河を目指して走り出す。そのわずか数秒で森を抜けて大河の岸辺に出た。

 

「この辺りのはず……」

 

「あれ、お前黒ウサギか?どうしたんだその髪の色」

 

「あぁ、やっと来たか…」

 

背後から八幡と十六夜の声が聞こえた。どうやら十六夜は無事だったらしい。

黒ウサギの胸中に湧き上がる安堵、は全くなく散々振り回されてもう限界だった。

怒髪天を衝くような怒りを込めて勢いよく振り返る。

 

「もう、一体何処まで来ているんですか!?」

 

「"世界の果て"まだ来ているんですよ、っと。まぁそんなに怒るなよ」

 

十六夜は無傷だがびしょ濡れの姿で、憎たらしい笑顔も健在だった。

 

「しかしいい脚だな。遊んでいたとはいえこんな短時間で俺に追いつけるとは思わなかった」

 

「よくねぇよ」

 

「むっ、当然です。黒ウサギは"箱庭の貴族"と謳われる優秀な貴種です。その黒ウサギが」

 

アレ?と黒ウサギは首を傾げる。

 

(黒ウサギが……半刻以上もの時間、追いつけなかった……八幡さんの場合は逆に追いつかれた…?)

 

何度も説明してきた話だが、ウサギは箱庭の世界、創始者の眷属である。

その駆ける姿は疾風より速く、その力は生半可な修羅神仏では手が出せない程だ。

その黒ウサギに気づかれることなく姿を消したことも、追いつけなかったことも、思い返せば人間とは思えない身体能力だった。

 

「ま、まぁ、それはともかく!十六夜さんが無事でよかったデス。水神のゲームに挑んだと聞いて肝を冷やしましたよ」

 

「水神?––––––あぁ、アレのことか?」

 

え?と黒ウサギは硬直し、八幡ははぁ、とため息をついた。

十六夜が川面を指しそれを、黒ウサギが理解する前にその巨体が鎌首を起こし、

 

『まだ……まだ試練は終わってないぞ、小僧ォ‼︎」

 

十六夜が指したそれは–––––身の丈三十尺強はある巨軀の大蛇だった。

それが何者かを問う必要はないだろう。

間違いなくこの一帯を仕切る水神の眷属だ。

 

「蛇神……!って、どうやったらこんなに怒らせられるんですか十六夜さん!?」

 

ケラケラと笑う十六夜は事の顛末を話す。

 

「なんか偉そうに『試練を選べ』とかなんとか、上から目線で素敵なことを言ってくれたからよ。俺を試せるのかどうか試させてもらったのさ。結果はまぁ、残念なやつだったが」

 

『貴様……付け上がるな人間!我がこの程度の事で倒れるか‼︎』

 

「ふぁ、うるせぇ…」

 

蛇神の甲高い咆哮が響き、牙と瞳を光らせる。巻き上がる風が水柱を上げて立ち昇る。

八幡は呑気に欠伸をしているが周囲を見れば、戦いの傷痕を見てとれる捻じ切れた木々が散乱していた。

あの水流に巻き込まれたが最後、人間の胴体は容赦なく千切れ飛ぶのは間違いない。

 

「十六夜さん、下がって!八幡も一応‼︎」

 

黒ウサギは十六夜を庇おうと八幡には逃げるようにするが、十六夜の鋭い視線がそれを阻んだ。

 

「何を言ってやがる。下がるのはテメェだろうが黒ウサギ。これは俺が売って、奴が買った喧嘩だ。手を出せばお前から潰すぞ」

 

「了解」

 

本気の殺気が籠もった声音だった。

黒ウサギも始まってしまったゲームには手出しができないと気付いて歯噛みする。

十六夜の言葉に蛇神は息を荒くして応える。

 

『心意気は買ってやる。それに免じ、この一撃を凌げば貴様の勝利を認めてやる』

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

求めるまでも無く、勝者は既に決まっている。

その傲慢極まりない台詞に黒うさぎも蛇神も呆れて閉口した。

八幡は面白いものを見たように少し口角を上げていた。

 

『フン–––––その戯言が貴様の最後だ!』

 

蛇神の雄叫びに応えて嵐のように川が巻き上がる。

竜巻のように渦を巻いた水柱は蛇神の丈よりも遥かに高く舞い上がり、何百トンもの水を吸い上げる。

竜巻く水柱は計四本。

それぞれ生き物のように唸り、蛇のように襲いかかる。

この力こそ時に嵐を呼び、時に生態系さえ崩す、"神格"のギフトを持つ者の力だった。

 

「ちょ、なんで一本俺の方来てるの⁈」

 

何故か水柱の一本は八幡の方へ逸れていった。

 

「十六夜さん、八幡さん!」

 

黒ウサギが叫ぶ。

しかしもう遅い。

竜巻く水柱は川辺を抉り、木々を捻じ切り、八幡と十六夜の体を激流に呑み込む––––––!

 

「––––––ハッ––––––しゃらくせぇ‼︎」

 

「…はぁ、影よ切り裂け」

 

突如発生した、嵐を超える暴力の渦と八幡から伸びる影。

十六夜ら竜巻く激流の中、ただ腕の一振りでなぎ払い、八幡は影操り水柱を細切れに切り裂いた。

 

「嘘!?」

 

『馬鹿な!?』

 

驚愕する二つの声。

それはもはや人智を遥かに超越した力である。

蛇神は全霊の一撃を弾かれ切り裂かれ放心するが、十六夜はそれを見逃さなかった。

獰猛な笑いと共に着地した十六夜は、

 

「ま、中々だったぜオマエ」

 

大地を踏み砕く爆音。

胸元に飛び込んだ十六夜の蹴りは蛇神の胴体を打ち、蛇神の巨軀は空中高く打ち上げられて川に落下した。

その衝撃で川が氾濫し、水で森が浸水する。

また全身を濡らした十六夜はバツが悪ように川辺に戻った。

 

「くそ、今日はよく濡れる日だ。クリーニング代ぐらいは出るんだよな黒ウサギ」

 

「それに関しては同意見だ。ったく黒ウサギについてきてなんで俺まで濡れるんだよ」

 

そんな事を二人は言っているが黒ウサギには届かない。

彼女の頭の中はパニックでもうそれどころではなかったのだ。

 

(人間が……神格を倒した!?しかも、もう一人も神格の攻撃をいとも簡単に防いだ!?そんなデタラメが–––––!)

 

ハッと黒ウサギは思い出す。彼らを召喚するギフトを与えた"主催者"の言葉を。

 

「彼らは間違いなく–––––人類最高クラスのギフト保持者よ、黒ウサギ」

 

黒ウサギはその言葉を、リップサービスか何かだと思っていた。信用できる相手だったが、ジンにそう伝えた黒ウサギ自身も"主催者"の言葉を眉唾に思っていた。

 

(信じられない……だけど、本当に最高クラスのギフトを保持しているのなら……!私達のコミュニティ再建も、本当に夢じゃないかもしれない!)

 

黒ウサギは内心の興奮を抑えきれず、鼓動が速くなるのを感じ取っていた。

 

「おい、どうした?ボーっとしてると胸とか脚とか揉むぞ?」

 

「え、きゃあ!」

 

「セクハラ発言やめろよ」

 

黒ウサギの背後に回った十六夜は脇下から豊満な胸に、ミニスカートとガーダーの間から脚の内股に絡むように手を伸ばしていた。

八幡は呆れ、感動を忘れ叫び黒ウサギは押しのけて跳び退く。

 

「な、ば、おば、貴方はお馬鹿です!?二百年守ってきた黒ウサギの体操に傷をつけるつもりですか!?」

 

「二百年守った貞操?うわ、超傷つけたい」

 

「お馬鹿!?いいえ、お馬鹿!!!」

 

「はぁ……」

 

疑問形から確定形に言いなおて罵る。

ウサギという種は総じて容姿端麗・天真爛漫・強靭不屈で献身的という何処かの誰かの愛玩趣味を詰め込んだような種族である。

故に彼女を狙って襲ってきた賊の数は星の数ほどいた。

しかし、身がすり合う程の距離まで反応できなかった相手はいなかったし、ましてや脇の下から胸に触れる寸前まで許してしますようなお馬鹿、もとい変態はいなかった。

 

「ま、今はいいや。今後の楽しみにとっておこう」

 

「さ、左様デスか」

 

ヤハハと笑う期待の新星は黒ウサギの天敵かもしれない。

ウサギは一瞬だけ遠い目をした。

 

「と、ところで十六夜さん。その蛇神様はどうされます?というか生きてます?」

 

「命まで取ってねぇよ。戦うのは楽しかったけど、殺すのは別段面白くもないしな。"世界の果て"にある滝を拝んだら箱庭に戻るさ」

 

「ならギフトだけでも戴いておきましょう。ゲームの内容はどうであれ、十六夜さんは勝者です。蛇神様も文句はないでしょうから」

 

「あん?」

 

十六夜が怪訝な顔で黒ウサギを見つめ返す。

黒ウサギは思い出したように補足した。

 

「神仏とギフトゲームを競い合う時は基本三つの中から選ぶんですよ。最もポピュラーなのが"力"と"知恵"と"勇気"ですね。力比べのゲームをする際は相応の相手が用意されるものなんですけど……十六夜さんはご本人を倒されましたから。きっと凄いものを戴けますよー。これで黒ウサギ達のコミュニティも今より力をつける事が出来ます♪」

 

そう言って黒ウサギは小躍りをしそうな足取りで大蛇に近寄る。

しかし十六夜は不機嫌な顔で黒ウサギの前に立った。

 

「–––––––」

 

「な、なんですか十六夜さん。怖い顔をされていますが、何か気に障りましたか?」

 

「……別にィ。お前の言うことは正しいぜ。勝者から得るのはギフトゲームとしては間違いなく真っ当なんだろうよ。だからそこに不服はねぇ–––––けどな、黒ウサギ」

 

十六夜の軽薄な声と表情が完全に消える。

応じて黒ウサギの表情も硬くなる。

 

「オマエ、なにか決定的な事をずっと隠しているよな?」

 

「……なんのことですか?箱庭の話ならお答えすると約束しましたし、ゲームの事も」

 

「違うな。俺が聞いてるのはオマエ達の事–––––いや、核心的な聞き方をするぜ。黒ウサギ達はどうして俺達を呼び出す必要があったんだ?」

 

十六夜の質問に表情には出さなかったが黒ウサギは動揺していた。

それは黒ウサギが隠していたものだからだ。

 

「それは……言ったとおりです。十六夜さん達にオモシロオカシク過ごしてもらおうかと」

 

「ああ、そうだな。俺も初めは純粋な好意か、もしくは与り知らない誰かの遊び心で呼び出されたんだと思っていた。俺は大絶賛"暇"の大安売りしていたわけだし、他の四人も異論が上がらなかったってことは、箱庭に来るだけの理由があったんだろうよ。だからオマエの事情なんて特に気にかからなかったが–––––なんだかな。俺には、黒ウサギが必死に見える」

 

その時、初めて黒ウサギは動揺を表情に出した。

瞳は揺らぎ、虚を衝かれたように見つめ返す。

 

「これは俺の勘だが。黒ウサギのコミュニティは弱小のチームか、もしくは訳あって衰退しているチームか何かじゃねぇのか?だから俺達は組織を強化するために呼び出された。そう考えれば今の行動や、俺がコミュニティに入るのを拒否した時に本気で怒ったことも合点がいく––––––どうよ?百点満点だろ?」

 

「っ……!」

 

黒ウサギはそのことを知られてしまうのは余りにも痛手で内心で痛烈に舌打ちした。

苦労の末に呼び出した超戦力、手放すことは絶対に避けたかった。

 

「んで、この事実を隠していたってことはだ。俺達にはまだ他のコミュニティを選ぶ権利があると判断できるんだが、その辺どうよ?」

 

「………」

 

「はぁ、黒ウサギオマエの負けだ。話してやれさもないと逆廻は別のコミュニティに行っちまうぞ」

 

「や、だ、駄目です!いえ、待ってください!」

 

「だから待ってるだろう。ホラ、いいから包み隠さず話せ。ってか、何で比企谷は知ってるんだ?」

 

「オマエがこっちに行った後アリスに聞いた。黒ウサギとは知り合いだったらしいからな」

 

「ほーん」

 

十六夜は川辺にあった手頃な石に腰を下ろし聞く体勢をとり、八幡は石の上に寝そべった。

黒ウサギはコミュニティの現状を話すのはリスクが大きかった。

 

(せめて気づかれたのがコミュニティの加入承諾をとってからなら良かったのに……!)

 

承諾をとってしまえばなし崩しにコミュニティの再建を手伝ってもらうつもりだったのだが、相手は世界屈指の問題児集団なのだ。

 

「ま、話さないなら話さないでいいぜ?俺はさっさと他のコミュニティに行くだけだ」

 

「……話せば、協力していただけますか?」

 

「ああ。面白ければな」

 

笑ってはいるが、目が笑っていない十六夜を見て黒ウサギは己の目が曇っていたことにようやく気付いた。

八幡もそうだが他の二人の少女と違い、この軽薄そうな少年の瞳は"箱庭の世界"を見定めることに真剣だった。

 

「まぁ、安心しろ黒ウサギ。多分逆廻の好きなタイプの話だから安心して話せ」

 

「……分かりました。それでは黒ウサギもお腹を括って、精々オモシロオカシク、我々のコミュニティの惨状を語らせていただこうじゃないですか」

 

「じゃあ、終わったら起こしてくれ」

 

そう言って八幡は影に手を突っ込みヘッドホンとスマホを取り出しそのまま音楽を聴き始めた。

黒ウサギはそれを見て目を丸くしたが、コホン、と咳払いをし内心ではほとんど自棄っぱちだった。

 

「まず私達のコミュニティには……(略)」

 

* * *

 

黒ウサギが話し始めて数分が経過し、

 

「…さん…八…さん、八幡さん」

 

「ん?…終わったのか?」

 

「あ、はい。十六夜さんはコミュニティ再建に協力し

てくれると言ってくれました‼︎」

 

「そうか、良かったな」

 

「はい!…それで、八幡さんも私達のコミュニティ再建を手伝っていただけますか?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「ありがとうございます‼︎」

 

「で、逆廻は?」

 

「トリトニスの大滝にいますよ」

 

「そうか、じゃあ俺らも行くか」

 

「はい」

 

そう言って八幡と黒ウサギはトリトニスの大滝に行った。

 

「ん?比企谷は起きたのか」

 

「ああ、さっきな。……それにしてもいい景色だな。今度アリスを誘って来てみるか」

 

トリトニスの滝は夕焼けの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る激しい水飛沫が数多の虹を創りだしている。

楕円形のようにも見える滝の河口は遥か彼方にまで続いており、流水は"世界の果て"を通って無限の空に投げ出されていた。

絶壁から飛ぶ激しい水飛沫と風に煽られながら黒ウサギは説明する。

 

「どうです?横幅の全長は約2800mもあるトリトニスの大滝でございます。こんな滝は十六夜さん達の故郷にもないのでは?」

 

「……ああ。素直にすげぇな。ナイアガラのざっと二倍以上の横幅ってわけか。この"世界の果て"の下はどんな感じになってるんだ?やっぱり大亀が世界を支えているのか?」

 

一部の天動説の地下では、世界は球体ではなく水平に広がり、大亀の背中に追われているというものがある。十六夜はそれが気になっているのだろう。

十六夜は下に大亀がいると思って楽しそうに断崖絶壁に顔を覗き出した。下は奈落のように暗い場所を想像していたのだが、絶壁の下の先も夕焼けで染まった空が広がっている。

 

「残念ながらNOですね。この世界を支えているのは"世界軸"と呼ばれる柱でございます。何本あるの定かではありませんが、一本は箱庭を貫通しているあの巨大な主軸です。この箱庭の世界がこのように不完全な形で存在しているのは、何処かの誰かが"世界軸"を一本引き抜いて持ち帰った、という伝説もあるのですが……」

 

「はは、それはすげぇな。ならその大馬鹿野郎に感謝しねぇと」

 

太陽が沈むにつれてより色濃く朱に染まるトリトニスの大滝を眺めつつ、ふと思いついたように黒ウサギに問う。

 

「トリトニスの大滝、だったな。ココを上流を遡ればアトランティスでもあるのか?」

 

「さて、どうでしょう。箱庭の世界は恒星と同じ表面積と会う広大さに加え、黒ウサギは箱庭の外の事をあまり存じ上げません。しかし……箱庭の上層にコミュニティの本拠を移せば、閲覧できる資料の中にそういうものがあるかもですよ?」

 

「ハッ。知りたければそこまで協力しろってことか?」

 

「いえいえ。ロマンを追求するのであるれば、という黒ウサギの勧めでございますヨ?」

 

「それはどうもご親切様」

 

絶景を楽しむためのポイントを探し始めた十六夜は、思い出したように語る。

 

「ま、こんなデタラメで面白い世界に呼び出してくれたんだ。その分の働きはしてやる。けど他の三人の説得には協力しないからな。騙すも誑かすのも構わないが、後腐れないように頼むぜ。同じチームでやっていくなら尚更な」

 

「あ、三人じゃないぞ、アリスは元から協力するつもりだ。俺もアリスがいたコミュニティだ、協力はするつもりだったからな」

 

「……はい」

 

黒ウサギは心の中で深く反省する。

問題児だからといってこれから同じコミュニティで戦っていく仲間なのだ利用するような事をすれば得られる信用も得られなくなる。

コミュニティが大事だったあまり、その意識が黒ウサギの中で低くなっていたのだ。

新たな同士である彼らには失礼極まりない話である。

 

(初めからちゃんと説明すれば良かったな……ジン坊ちゃん、大丈夫でしょうか)

 

「あ、言い忘れてた。アリス達どうやら面倒ごとに絡まれたみたいだぞ」

 

「へぇ?」

 


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