一匹狼のぼっちが箱庭に来るそうですよ?《リメイク版》 作:闇の竜
"サウザンドアイズ"の支店を後にして噴水広場を超えて七人は半刻ほど歩いた後、"ノーネーム"の居住区画の門前に着いた。門を見上げると、旗が掲げてあった名残のようなものが見える。
「この中が我々のコミュニティでございます。しかし本拠の館は入口からさらに歩かねばならないのでご容赦ください。この近辺はまだ戦いの名残がありますので……」
「戦いの名残?噂の魔王って素敵なネーミングの奴との戦いか?」
「は、はい」
「ちょうどいいわ。箱庭最悪の天災が残した傷跡、見せてもらおうかしら」
プライドの高い飛鳥からしたら"サウザンドアイズ"で白夜叉に言われた事が気に障り不機嫌だった。
黒ウサギが躊躇いつつ門を開ける。すると門の向こうから乾ききった風が吹き抜けた。
砂塵から顔を庇うようにする六人。視界には一面の廃墟が広がっていた。
「っ、これは……!?」
街並みに刻まれた傷跡を見た飛鳥と耀は息を呑み、八幡と十六夜はスッと目を細める。アリスとレンは悲しそうな辛そうな顔をした。
八幡と十六夜は木造の廃墟に歩み寄って囲いの残骸を手にとる。
少し握ると、木材は乾いた音を立てて崩れていった。
「……おい、黒ウサギ。魔王とのギフトゲームがあったのは–––––今から何百年前の話だ?」
「僅か三年前でございます」
「この風化しきった街並みが三年前だと、あり得ないぞこの壊れ方は。どんなに頑張ったとしても数百年は優に超える」
「あぁ、そうだなどんな力がぶつかったとしても、この壊れ方はあり得ないな」
とてもではないが今の現状を見ると三年前まで人が住み賑わっていたとは思えない有様に、四人は息を呑んだ。
飛鳥と耀も廃屋を見て複雑そうな感想を述べた。
「ベランダのテーブルにティーセットがそのまま出ているわ。これじゃあまるで、生活していた人間がふと消えたみたいじゃない」
「……生き物の気配も全く感じない。整備されなくなった人家なのに獣が寄ってこないなんて」
二人の感想は八幡と十六夜の声より遥かに重い。
黒ウサギとアリス、レンは廃墟から目を逸らし、朽ちた街路を進む。
「……魔王とのゲームはそれほどの未知の戦いだったのでございます。彼らがこの土地を取り上げなかったのは魔王としての力の誇示と、一種の見せしめでしょう。彼らは力を持つ人間が現れると遊び心でゲームを挑み、二度と逆らえないように屈服させます。僅かに残った仲間もみんな心を折られ……コミュニティから、箱庭から去って行きました」
大掛かりなゲームをする時に、白夜叉みたいにゲーム盤を用意する理由はこれだ。力あるコミュニティと魔王が戦えば、その傷跡は醜く残る。魔王はあえて楽しんだのだ。黒ウサギは感情を殺した瞳で風化した街を進む。アリスも、レンも、飛鳥も、耀も、複雑ような表情で続く。
しかし十六夜は瞳を爛々と輝かせ、不敵に笑い呟く。
「魔王–––––か。いいぜいいぜいいなオィ。想像以上に面白そうじゃねぇか………!」
八幡は無言、無表情だが、瞳を紅く染めていた。
その頬に気づいてはいなかったが紅く燃えるような痣が薄く浮かび上がっていた。
* * *
七人と一匹は廃墟を抜け、徐々に外観が整った空き家が立ち並ぶ場所に出る。四人はそのまま居住区を素通りし、水樹と呼ばれる苗を貯水池に設置するのを見にいく。貯水池には先客がいたらしく、ジンとコミュニティの子供達が清掃道具を持って水路を掃除していた。
「あ、みなさん!水路と貯水池の準備は整っています!」
「ご苦労様ですジン坊ちゃん♪皆も掃除を手伝っていましたか?」
ワイワイと騒ぐ子供達と黒ウサギの元に群がる。
「黒ウサのねーちゃんお帰り!」
「寝たいけどお掃除手伝ったよー」
「ねぇねぇ、新しい人達って誰!?」
「強いの!?カッコいい!?」
「YES!とても強くて可愛い人達ですよ!皆に紹介するから一列に並んでくださいね」
パチン、と黒ウサギが指を鳴らすと、子供達は一糸乱れぬ動きで横一列に並ぶ。数は二○人前後だろう。中には猫耳や狐耳の少年少女もいた。
(マジでガキばっかだな。半分は人間以外のガキか?)
(じ、実際に目の当たりにすると想像以上に多いわ。これで六分の一ですって?)
(……。私、子供嫌いなのに大丈夫かなぁ)
(明るいな、穢れも絶望もしていない。俺が半ば失った希望そのものだ……)
((……皆、元気だ。良かった))
六人は心の中でそう呟いた。子供が苦手にせよ、これから彼らと生活していくのなら不和を生まない程度に付き会っていかねばならない。
コホン、と仰々しく咳き込んだ黒ウサギは六人を紹介する。
「右から逆廻十六夜さん、久遠飛鳥さん、春日部耀さん、比企谷八幡さん、そしてアリス、レンです。皆も知っている通り、コミュニティを支えるのは力あるギフトプレイヤー達です。ギフトゲームに参加できない者達はギフトプレイヤーの私生活を支え、励まし、時に彼らの為に身を粉にして尽くさねばなりません」
「あら、別にそんな必要ないわよ?もっとフランクにしてくれても」
「駄目です。それでは組織が成り立ちません」
今日一日の中で真剣な表情と声音で飛鳥の申し出を、黒ウサギが断じる。
「コミュニティはプレイヤー達がギフトゲームに参加し、彼らのもたらす恩恵で初めて生活が成り立つのでございます。これは箱庭の世界で生きていく以上、させる事が出来ない掟。子供のうちから甘やかせばこの子達の将来の為になりません」
「……そう」
そう言う黒ウサギの気迫が飛鳥を黙らせる。三年間、たった一人でコミュニティを支えたものが知る厳しさだろうと、飛鳥は同時に思った。
自分が課された責任は、自分の想像より遥かに重いもかも知れない、と。
「ここにいるのは子供達の年長組です。ゲームに出られないものの、見ての通り獣のギフトを持っている子もおりますから、何か用事を言い付ける時はこの子達を使ってくださいな。みんなも、それでいいですね?」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
キーン、と耳鳴りがするほどの大声で二○人前後の子供達が叫ぶ。
六人はまるで音波平気のような感覚を受けた。
「ハハ、元気がいいじゃねぇか」
「そ、そうね」
(……。本当にやっていけるかな、私)
(元気だな、本当……子供の頃の俺とは、全く違うな)
「相変わらず元気だな」
「うん……そう、だね」
ヤハハと笑うのは十六夜だけで、飛鳥と耀はなんとも言えない複雑な顔をし、八幡は今よりも幼かった頃を思い出し若干顔を歪めたつつ微笑。
アリスとレンは、懐かしみながら元気で良かったと、微笑していた。
「さて、自己紹介も終わりましたし!それでは水樹を植えましょう!黒ウサギが台座に根を張らせるので、十六夜さんのギフトカードから出してくれますか?」
「あいよ」
水路は水が通っていないだけで残っている。所々ひび割れして砂も要所に溜まっていた。流石に全て取り除くのは難しかったのだろう。
石垣に立ちながら耀が物珍しそうなや辺りを見回す。
「大きな貯水池だね。ちょっとした湖ぐらいあるよ」
『そやな。門をも通ってからあっちこっちに水路があったけど、もしあれに全部水が通ったら壮観やろなあ。けど使ってたのは随分前の事なんちゃうか?どうなんやウサ耳の姉ちゃん』
黒ウサギは苗を抱えたまま振り向く。
「はいな、最後に使ったのは三年前ですよ三毛猫さん。元々は龍の瞳を水珠に加工したギフトが貯水池の台座に設置してあったのですが、それも魔王に取り上げられてしまいました」
十六夜は瞳をキラリと輝かせた。
「龍の瞳?何それカッコいい超欲しい。どこに行けば手に入る?」
「さて、何処でしょう。知っていても十六夜さんには教えません」
十六夜に教えれば最後、確実に挑みに行くだろう。龍に挑めば流石に助けようもないので黒ウサギは適当にはぐらかし、ジンが話を戻す。
「水路も時々は整備をしていたのですけど、あくまで最低限です。それにこの水樹じゃまだこの貯水池と水路を全て埋めるのは不可能でしょう。ですから居住区の水路は遮断して本拠の屋敷と別館に直通している水路だけを開きます。此方は皆で川の水を汲んできたときに時々使っていたので問題ありません」
「あら、数kmも向こうの川から水を運ぶ方法があるの?」
苗を植えるのに忙しい黒ウサギに変わってジンと子供達が答えた。
「はい。みんなと一緒にバケツを両手に持って運びました」
「半分くらいはコケて無くなっちゃうんだけどねー」
「黒ウサのねーちゃんが箱庭の外で水を汲んでいいなら、貯水池をいっぱいにしてくれるのになぁ」
「……。そう。大変なのね」
「……みんな、ごめんね。アリスはともかく私は、知ってたのに来れなかった……」
「レン姉さん……大丈夫だよ。レン姉さんの場合は理由があったんだから」
「ジン、みんな……本当にごめんね」
飛鳥はちょっぴりガッカリしたような顔をして、レンは辛そうな顔をしてジン達に謝罪した。
画期的なものがあれば黒ウサギも水不足で頭を抱えることもなく、水樹であそこまで大歓喜する必要がなかっただろう。
黒ウサギは貯水池の中心にある柱の台座までピョン、と跳躍すると、
「それでは苗の紐を解いて根を張ります!十六夜さんは屋敷の水門を開けてください!」
「あいよ」
十六夜が水門を開け、黒ウサギが寝の紐を解くと、根を包んでいた布から大波のような水が溢れ返り、激流となって貯水池を埋めていった。
水門の鍵を開けていた十六夜は驚いて叫ぶ。
「ちょ、少しは待てやゴラァ‼︎流石にこれ以上濡れたくねえぞオイ!」
今日一でずぶ濡れになっていた十六夜は慌てて石垣まで跳躍する。
水樹の根は瞬く間に台座に絡め、水を更に放出し続ける。
「うわぉ!この子は想像以上に元気です♪」
水は水門を潜り屋敷の水路を通って満たして貯水池を埋めた。
昔のように並々と満ちていく水源を見てジンは感動的に呟く。
「凄い!これなら生活以外にも水を使えるかも……!」
「なんだ、農作業でもやるのか?」
「近いです。例えば水仙卵華などの水面に自生する花のギフトを繁殖させれば、ギフトゲームに参加せずともコミュニティの収入になります。これならみんなにも出来るし……」
「ふぅん?で、水仙卵華ってなんだ御チビ」
と十六夜はジンを尊敬語の嘲笑を交えた、なんとも言えない愛称で呼び説明を持ちかけていた。
「……あれ?そう言えば八幡は?」
「え?……そう言えばいませんね?何処いったんでしょう?」
「そうね、さっきまでいたはずなのに」
「うん」
一方、十六夜がジンに説明を持ちかけているときにレンが八幡がいないことに気づいた。
「多分、気を落ち着かせにいったんだな」
「気を落ち着かせに?どういうことアリス」
「コミュニティの現状と子供達の諦めていない姿を見て昔のことを思い出したんだろう」
そう言うアリスの発言に十六夜とジンとレンを除いたメンバーは疑問を感じた。
「あぁ……そう言うこと」
レンは納得して暗い顔をした。
「レン?」
「アリス……」
「悪いがそれは私が話していい話じゃないからな。八から直接聞いてくれ………まぁ、それは置いといて本拠に行こうか」
「え!八幡さんを待たなくていいのですか!?」
「大丈夫だ。私のギフト"契約"で居場所の把握が可能だから、一人で来れる」
「そ、そうですか」
そう言って六人は本拠の方に歩き出した。
* * *
アリス達の前から勝手にいなくなった八幡は少し離れた廃墟の中に居た。
「はぁ、なに一瞬でもあんな事考えてんだか……」
八幡はアリスが言っていたコミュニティの現状と子供達の諦めていない姿を見て心にの中で思っていたことに対して険悪していた。
(勝手に、コミュニティの子供達が少しでも辛そうにしてるとか思っちまうとか……)
「はぁ……」
ため息をつく。
「駄目だ、落ち着かない……寝るか……」
影の中からスマホとヘッドホンを取り出し、
「曲は……コレでいいか」
曲は【エウテルペ】を選び聴きながら、寝始めた。
〜八幡が寝てから約一時間後〜
「ん、どのくらい経った?」
スマホの画面をつけ時間を見る。
「……一時間か、」
「……戻るか…え〜と場所は……そこか」
"契約"のギフトを使いアリスの居場所を特定し、本拠に向かう。
* * *
「ここか……」
八幡が本拠である屋敷に着く。そこには人の気配があった。
「?誰かいるのか?」
そう思い茂みの王に近付きかけ、ギフト"絶望の闇"の能力の一つ負の感情を感知した。
(コレは……後悔と罪悪感?)
「おい、そこにいる奴らなにをする気か知らんが……出て来い」
八幡が茂みにいる何者かに言うように独り言を言ったその時、
「比企谷か」
「逆廻か、どうしたんだなんか用か?」
「そう言うお前は……成る程俺と同じか」
「同じってことは、此奴らの事か?」
「ああ、おーい……そろそろ決めてくれねぇと、俺が風呂入れねぇだろうが」
ザァ、と風が木々を揺らす。十六夜は面倒くさそうな顔をしながら誰かに話しかけるように八幡同様独り言を続ける。
「ここを襲うのか?襲わねぇのか?やるならいい加減に覚悟を決めてかかってこいよ」
ザザァ、ともう一度だけ風が木々を揺らす。十六夜は呆れたように石を幾つか拾い、木陰に向かって軽く投石した。
「よっ!」
ズドガァン!と軽いフォームからは考えられないデタラメな爆発音があたり一帯を木々を吹き飛ばし、同時に現れた人影を空中高く蹴散らせ、別館のガラスに振動が奔る。
別館から何事かと慌てて出てきたジンが十六夜に問う。
「ど、どうしたんですか!?」
「侵入者っぽいぞ。例の"フォレス・ガロ"の連中じゃねぇか?」
空中からドサドサと落ちてくる黒い人影と瓦礫。
意識のある者はかろうじて立ち上がり、十六夜達を見つめる。
「な、なんというデタラメな力……!蛇神を倒したというのは本当の話だったのか」
「あぁ……これならガルドの奴とのゲームに勝てるかもしれない……」
侵入者の視線に敵意らしいものは感じられなかった。それに気づいたのか、十六夜は侵入者に歩み寄って声をかける。
「おお?なんだお前ら、人間じゃねぇのか?」
侵入者の姿はそれぞれ一部が人間ではなかった。
犬の耳を持つ者、長い体毛と爪を持つ者、爬虫類のような瞳を持つ者。
十六夜は物色するように彼らを興味深く見つめる。
「我々は人をベースにさまざまな"獣"のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」
「へぇ……で、何か話をしたくて襲わなかったんだろ?ほれ、さっさと話せ」
十六夜はにこやかに話しかけるが侵入者達は全員、沈鬱そうに黙り込む。
互いに目配せした後、意を決するように頭を下げ、
「恥を忍んで頼む! 我々の……いえ、魔王の傘下にあるコミュニティ"フォレス・ガロ"を、完膚なきまでに叩きつぶしてはいただけないでしょうか‼︎」
「嫌だね」
意を決した言葉をあっさり一蹴りする。侵入者は絶句して固まり、隣で聞いていたジンは呆気にとられたように半口を開けている。
十六夜はつまらなそうな顔になり八幡は目を瞑った。
「どうせお前らもガルドって奴に人質を取られている連中だろ?命令されて拉致しにきたってところか?」
「は、はい。まさかそまで御見通しとは露知らず失礼な真似を……我々も人質を取られている身分、ガルドには逆らうこともできず」
「人質された奴らはもうこの世にいねぇよ。知らなかったか?」
「–––––……なっ」
「八幡さん‼︎」
ジンが慌てて割って入る。しかし八幡はジンに冷たい声音で接する。
「隠す必要あるか?お前らが勝てば明日には知れる話だ」
「そ、それにしたった言い方とかそういうものがあるでしょう‼︎」
「此奴らに気を使えと?バカ言ってんじゃねぇぞ餓鬼が、此奴らは人質を取られ救う為とはいえ、同じように攫って間接的には此奴らも殺しをやっているの過言じゃねぇか?」
怒気を含んだ八幡の声に若干怯えながらハッと気づく。
「悪党狩りってのは悪くねぇが、此奴らに頼まれてなら断る」
「そうだな」
八幡の言葉に十六夜も同意した。
「そ、それでは、本当に人質は」
「……はい。ガルドは人質を攫ったその日に殺していたそうです」
「そんな……!」
侵入者達はその場に項垂れる。人質の為にヨゴレ仕事をしてきたというのにその人質がこの世にいないと知った衝撃は計り知れないだろう。
その中で十六夜はふっとあることを閃いたように考える。
(魔王の傘下のゲスい悪党……もしかしてこれは使えるか?)
そして十六夜は振り返り、まるで新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔で侵入者の肩を叩き、
「お前達、"フォレス・ガロ"とガルドが憎いか?叩きつぶされて欲しいか?」
「あ、当たり前だ!俺達がアイツのせいでどんな目にあってきたか……!」
「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力がないと?」
ぐっと唇を嚙みしめる男達。
「ア、アイツはあれでま魔王の配下。ギフトの格が遥かに上だ。俺達がゲームを挑んでも勝てるはずがない!いや、万が一勝てても魔王に目をつけられたら」
「その"魔王"を倒す為のコミュニティがあるとしたら?」
え?と全員が顔を上げ、八幡はあぁ、と十六夜が考えたことがわかった。十六夜はジンの肩を抱き寄せると、
「このジン坊ちゃんが、魔王を倒す為のコミュニティを作ると言っているんだ」
「な!?」
今この場にいる八幡と提案した十六夜以外は驚愕した。それはジンもどうようである。ジンは仲間を救うのと、旗印を奪った魔王をだけを倒すつもりでいた。
しかし十六夜は全ての魔王を対象にする活動をするコミュニティと言わんばかりの説明をした。
おそらく前例のないコミュニティに侵入者は困惑して聞き返す。
「魔王を倒す為のコミュニティ……?そ、それはいったい」
「言葉通りの意味さ。俺達は魔王のコミュニティ、その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。そして守られるコミュニティは口を揃え言ってくれ。"押し売り・勧誘・魔王関係御断り。まずはジン=ラッセルの下まで問い合わせください"」
「じょ、」
冗談でしょう!?と言いたかったジンだかが八幡に口を塞がれる。十六夜はどこまでも本気である。
十六夜は勢いよく立ち上がり、まるで強風を受け止めるように腕を上げ、
「人質のことは残念だった。だけど安心していい。明日ジン=ラッセル率いるメンバーがお前達の仇を取ってくれる!その後の心配もしなくていいぞ!なぜなら俺達のジン=ラッセルが"魔王"を倒す為に立ち上がったのだから!」
「おぉ……!」
十六夜の発言に侵入者達は希望を見る。
ジンは必死に腕の中でもがくが、八幡の異様に強い力に押さえつけられ声も出ない。
「さぁ、コミュニティに帰るんだ!そして仲間のコミュニティに言いふらせ!俺達のジン=ラッセルが"魔王"を倒してくれると!」
「わ、わかった!明日は頑張ってくれジン坊ちゃん!」
「ま……待っ……!」
ジンの叫びも届かず、あっという間に走り去る侵入者一同。
腕を解かれたジンは茫然自失になって膝を折るのだった。
* * *
本拠の最上階・大広間に十六夜を引きずって連れてきたジンは、堪りさねて大声で叫んだ。
「どういうつもりですか!?」
「"打倒魔王"が"打倒全ての魔王とその関係者"になっただけだろ。"魔王にお困りの方、ジン=ラッセルまでご連絡ください"–––––キャッチフレーズはこんなところか?」
「全然笑えませんし笑い事じゃありません!魔王の力はこのコミュニティの入り口を見て理解できたでしょう」
「勿論。あんな面白そうな力を持った奴とゲームで戦えるなんて最高じゃねぇか」
その言葉にジンは絶句し、十六夜の行動を問いただす。
「お……面白そう?では十六夜さんは自分の趣味の為にコミュニティを滅亡に追いやるつもりですか?」
「おい、逆廻もうちっと言葉を選べ、こいつまだわかってないんだからよ」
「そうだったな」
「わ、分かってない?どういうことですか八幡さん」
「あのなぁ、第一に聞くぞ。ジン、お前は俺たちを箱庭に呼んでどうやって魔王と戦うつもりだった?あの規模の力を出せる奴は相当な力を持つ奴だましてや、白夜叉見たいのだったらどうするつもりだった」
ぐっとジンは黙り込む。望みはあっても彼はリーダーとして明確な方針があったわけではない。
ジンは幼い知恵を駆使して答える。
「まず……水源を確保するつもりでした。新しい人材と作戦を的確に組めば、水神クラスは無理でも水を確保する方法はありましたから。けどそれに関しては十六夜さんが想像以上の成果を上げてくれたので素直に感謝しています」
「おう、感謝しつくせ」
ケラケラと笑う十六夜を無視してジンは続ける。
「ギフトゲームを現実にクリアしていけばコミュニティは必ず強くなります。たとえ力のない同士が呼び出されたとしても、力を合わせればコミュニティは大きくなります。ましてやこれだけ才有る方々が揃えば……どんなギフトゲームにも対抗できたはず」
「期待一杯、胸一杯だったわけか」
「……考えが甘い、足りないな」
「え?」
「一つ目、ギフトゲームで力を付けたとしてもそれだけで"魔王"に勝てるのか?無理だ、なぜならもう一つ必要なものがあるそれは人材だ。二つ目、名も旗印もない、コミュニティを象徴できるものが何もない。口コミだけじゃ広まりようがない。俺達を呼んだ理由はそれだろ?それにな、俺達"ノーネーム"は様々な面で信用しては危険な立場にある。そのハンデを背負ったまま、お前は先代を超えなければならないんだ」
「先代を……超える!?」
ジンはその事実に、金槌で頭を叩かれたような気がした。
箱庭でも一目置かれるほど強力だった、コミュニティ。
成り行きでリーダーになったジンは"打倒魔王"と口でもそれは目を逸らし続けていた現実なのだ。
言い返すことも出来ないジンに、呆れたように追い討ちをかける。
「やっぱ、何も考えてなかったんだなお前。逆廻の発言は理解できればしっかりと考えていたっていうのに」
「……っ」
ジンは悔しさと、言葉にした責任の大きさとそこまでまだ理解が追いついていないがそこまで十六夜が考えていたとは思わなかったことに顔が上げられなかった。
そして八幡はそんなジンを半目で見つめ。
「名も旗もないとなると他はどんな手段がある?」
「えっと……」
「正解はリーダーの名前を売り込むだ」
ハッとジンは顔を上げやっと十六夜の考えた、八幡が言っている意図に気づく。
十六夜は侵入者に対してジンの名前と彼がリーダーであることを強調していた。それはつまり、
「僕を担ぎ上げて……コミュニティの存在をアピールするということですか?」
「ああ。悪くない手だろ?」
自慢げに笑う十六夜の顔を、先ほどとは違う視線で見つめ直す。
彼の言葉を脳内で何度も反芻したジンは、その作戦について真剣に考え始める。
「た、確かに……それは有効な手段です。リーダーがコミュニティの顔役になってコミュニティの存在をアピールすれば……名と旗に匹敵する信用を得られるかも」
例えば白夜叉。彼女は"サウザンドアイズ"の一幹部に過ぎないのに、その名前は東西南北に知れ渡るほど強大だ。名の売れたリーダーは、時に旗印に匹敵する。
「けどそれだけじゃ足りねぇ。噂を大きく広めるにはインパクトが足りない。だからジン=ラッセルという少年が"打倒魔王"を掲げ、一味に一度でも勝利したという事実があれば–––––それは必ず波紋になって広がるはず。そしてそれに反応するのは魔王だけじゃない」
「そ、それは誰に?」
「同じく"打倒魔王"を掲げてる奴らに、だろ?」
「正解だ」
魔王は力あるコミュニティに戯れで闘いを挑む。その娯楽の為に箱庭に存在していると言っても過言ではない。その結果としてコミュニティを崩壊させられた者は星の数ほどいるだろう。惜しくも魔王に敗れ去った実力者が、打倒魔王を胸に秘めている可能性は高い。
ジンは想像もしていなかった具体的な作戦に、胸を高鳴らせていた。
彼の口にする事は大いにあり得るから。
「僕の名前でコミュニティの存在を広める……」
「そう。今回の一件はチャンスだ。相手は魔王の傘下、しかも勝てるゲーム。被害者は数多のコミュニティ。ここでしっかり御チビの名前を売れば」
ニ一○五三八○外門付近のコミュニティには、小さいまでも波紋が広がるかもしれない。
魔王の傘下に苦しむコミュニティに恩を売れば、水面下で徐々に噂は広がっていくだろう。
「ま、御チビ様が懸念するように他の魔王を引き寄せる可能性は大きいだろうよ。けど魔王を倒した前例もあるはずだ。そうだろ?」
黒ウサギはこう説明していた。"魔王を倒せば魔王を隷属させられる"と。これは魔王を倒した者の存在を証明しており、同時に強力な駒を組織に引き入れるチャンスでもあるのだ。
「今のコミュニティに足りないのはまず人材だ。俺並みとは言わないが、俺の足元並みは欲しい。けど伸びるか反るかは御チビ次第。他にカッコいい作戦があるなら、協力は惜しまんぜ?」
ニヤニヤと笑う十六夜の顔をジンは見つめ返す。そこに先ほどまでの怒りは無い。
彼の作戦の筋は通っていた。だから賛成するのは簡単だっが、大きな不安要素があるのも忘れてはいけない。それを踏まえた上で、ジンは条件を出す。
「ひとつだけ条件があります。今回開かれる"サウザンドアイズ"のギフトゲームに、十六夜さん一人で参加してもらっていいですか?」
「なんだ?俺の力を見せろってことか?」
「それもあります。ですが理由はもう一つあります。このゲームには僕らが取り戻さなければならない、もう一つの大事な物が出品される」
名と旗印。それに匹敵するほどの大事な、コミュニティの宝物。
「まさか……昔の仲間か?」
「はい。それもただの仲間ではありません。元・魔王だった仲間です」
十六夜と八幡の瞳が光る。
「へぇ?元・魔王様が昔の仲間か。これの意味することは多いぜ」
ジンも頷いて返す。
「はい。お察しの通り、先代のコミュニティは魔王と戦って勝利した経験があります」
「そして魔王を隷属させたコミュニティでさえ滅ぼせる–––––仮称・超魔王とも呼べる超素敵なネーミングな奴も存在している、と」
「そ、そんなネーミングで呼ばれてはいません。魔王にも力関係はありますし、十人十色です。白夜叉様も"主催者権限"を持っていますが、今はもう魔王とは呼ばれてはいません。魔王とはあくまで"主催者権限"を悪用する者達の事ですから」
"主催者権限"そのものは箱庭を盛り上げる装置の一つでしかなかった。
それを悪用されるようになって"魔王"という言葉が出来たのだとジンは語る。
「ゲームの主催者はその"サウザンドアイズ"の幹部の一人です。僕らを倒した魔王と何らかの取引をして仲間の所有権を手に入れたのでしょう。相手は商業コミュニティですし、金品で手を打てればよかったのだすが……」
「貧乏は辛いってことか。とにかく俺はその元・魔王様の仲間を取り戻せばいいんだな?」
ジンは頷いて返す。それが出来るならば是非にでもお願いしたかった。
「はい。それが出来れば対魔王の準備も可能になりますし、僕も十六夜さんの作戦を支持します。ですから黒ウサギにはまだ内密に……」
「あいよ」
「なぁ、俺は何をすればいんだ?とりあえず待機か?」
「そうなります。すみませんが……」
「いや、働きたく無いから良かった。……あ、それとその元・魔王の仲間を所有している幹部ってどんな奴だ?」
「え?……よくは知らないので噂でいいのなら」
「構わねぇよ」
「えっと、こんなことを言ったら何ですが親の七光りだとか……」
「ほぉ〜、成る程サンキュ」
そう言って八幡が席を立つと十六夜も一緒に席を立った。大広間の扉をかけて自室に戻る時、ふと閃いたようにジンに声をかけた。
「明日のゲーム、負けるなよ」
「はい。ありがとうございます」
「負けたら俺、コミュニティ抜けるから」
「はい。……え?」
「……安心しとけ、アリスもいるんだ負けるわけねぇよ」
そう言って二人は大広間を出て行った。
(親の七光り、ね……なら、プライドが高く、自己中なお坊ちゃま気質の人物かもな……もしもの為の手は一つ作っておくか)
そして、翌日"フォレス・ガロ"とのギフトゲームが始まる。