一夏を慕っている女子生徒は数多く居る。中でも1年生の専用機持ちたちの一夏に対する想いは本気そのものだ。箒自身もそのうちの1人である。ライバルたちの脅威は日々増しており、剣道の達人である箒であっても彼女たちの熱意を前にして肌がひりつくほどだ。
……しかしまあ、彼女たちは別に仲が悪いわけでもない。むしろ世間一般における女子の友好関係よりも、男同士の熱い友情に近い間柄だったりする。
今も放課後の教室で箒に声をかけるクラスメイトがいる。
「ねえ、箒。あれってどう思う?」
頬杖をつき、仏頂面を隠そうともしない鈴が顎で指しながら箒に問いかける。不機嫌な視線に晒されているのはIS学園にいる唯一の男子生徒、織斑一夏。箒と鈴は彼を通じて仲良くなったようなものだが、彼が絡むと頻繁に喧嘩もしている。そんな間柄だ。
恋愛におけるライバルに何を問いかけているのか。箒はそんな疑問を持つことなく鈴の意図を察した。
それも当たり前だ。自分も気にしていることであるから。
「布仏、か?」
教室を出て行く一夏の隣には布仏本音――のほほんさんの姿がある。間延びした言動が特徴的なクラスメイトであり、純真さが擬人化したような特異な人物でもある。これまでは一夏と一定以上の距離をとっている印象があり、あくまで簪の親友というポジションであった。少なくとも、箒も鈴もライバルとして見てはいなかった。
のほほんさんが一夏を連れ出すこと自体はそれほど珍しいことではない。のんびりした口調とは裏腹に意外と行動的である彼女はこれまでも一夏を食事に誘ったりなどしている。しかし彼女は積極的に一夏と2人きりになろうとしてはこなかった。今回もその一例だと思われた。
……今日だけであったのならば、だが。
こうして放課後に2人でいなくなるのは2週間も続いている。
「放課後はローテーションで一夏と特訓してきてたけど、最近は一夏が断り続けてるでしょ? その理由にあの子が関わってる。考えたくないことだけど、何かが起きたとしか思えないわ」
鈴の言いたいことは理解していた。それは箒も考えたこと。 既に、一夏の気持ちがのほほんさんに向いていて、自分たちはそれを見せつけられているのではないか、と。
「ですが簪さんは危機感を持ってないようでしたわ。直接尋ねてみたのですが、『本音だから……何も心配することない』とだけ」
箒と鈴の話題に気づいたセシリアが自然と話に入ってきた。やはり同じ事を気にしており、こうして認識を共有する機会を窺っていたのだ。ついでに独自で得た情報の共有も忘れない。
「あの2人の行き先は整備室だった。ロックをかけて中で何をしているのかは知らんが、あそこは使用に申請が必要であることに加え、監視カメラが設置されていて教員がチェックできる。学園の規則を破るような真似はしていないだろう」
当然のようにラウラも輪の中に入ってくる。しれっと尾行をこなしているあたりは流石の一言だった。
「ラウラの言うことが本当だとすると、二人で白式の調整でもしてるのかしら……?」
「でもそれだったら僕たちに相談してくれないのはおかしいよね?」
シャルロットも混ざり、いつものメンバーが揃った。彼女の発言は第三者が聞けば自信過剰に思えるかもしれないが、彼女は単純にこれまでの実績を元に発言している。一夏は白式に問題があるとき、身近で知識と経験が豊富な専用機持ちを頼る。本音が整備科志望とはいえ、専用機持ちの誰にも相談しないことは今までになかった。
「たしかに納得のいかない点が多い。今晩にでも直接一夏を問い質すとしよう」
「ラウラの言うとおりね……って、今晩!? またアンタ、潜り込む気じゃないでしょうね!?」
「心配するな。今度は上手くやる」
「やるって何を!? させないわよ!」
「まあまあ、鈴。落ち着いて。話が進まないよ」
シャルロットが宥めようとする。そこへすかさずセシリアの一言。
「ラウラさんを探すことを口実に、シャルロットさんも堂々と一夏さんの部屋に乗り込む気ですわね?」
「うっ――や、やだなぁ、セシリア。そんなこと考えてないよ」
ちなみに前科持ちである。
「ここまで話がこじれてはラウラさんにもシャルロットさんにも任せるのは不安ですわね。抜け駆けされそうですし。というわけで不肖ながらこのわたくしが一夏さんを問い質す役割を引き受け――」
「アンタが一番信用ならんわ!」
「鈴さん!? わたくしが何をしたと!?」
「一夏のマッサージを受けた回数が断トツなのを棚に上げて言ってるのよね、それ?」
「全て一夏さんからのお誘いですのに?」
「残念だけど、マッサージ師としての一夏は職人気質だからそこんところは勘違いしちゃダメ」
「なるほど、マッサージか。今夜、一夏に頼むとしよう」
「ラウラ、話聞いてた? ってか目的が変わってない?」
「大丈夫だよ、鈴。僕もついてるから」
「便乗する気満々!? それだったらあたしも黙っちゃいないわ!」
……ああ、またいつもの流れか。
途中から離れて皆の様子を眺めていた箒が呆れて溜息を漏らす。
こうして当初の目的を忘れて騒ぐこと自体に悪い気はしない。しかしながら、今日は本題の方が気にかかっていて頭から離れなかった。
最近になって一夏が余所余所しくなった。少なくとも箒はそう感じていた。
皆もそうなのではないかと思っていた箒だったが、いつもの騒々しい空気になって考えを改めている。鈴もセシリアもシャルロットもラウラもいつもと変わらない。もし箒と同じように疎外感のようなものを感じていたのなら、もっと深刻な顔をしているはずだ。
自分だけが避けられているのか。何か悪いことをしただろうか。ここ2週間ほど一夏とまともに会話しておらず、話しかけてもそれとなく避けられている。
スマホを取り出す。電話なら話せるだろうか。それとも拒否されるだろうか。
わからない。一夏のことがわからない。
溢れかねない不安が胸中を渦巻いている。
画面には一夏の番号が表示されている。しかしその先には進めない。タップする指が震えて動かない。
すると次の瞬間、画面が勝手に切り替わった。
メッセージの受信。中身を確認するとそれは一夏から。
――すぐに第3アリーナに来てくれ。他の皆には内緒でな。
一方的な呼び出しだった。何を失礼な、とも言える呼びつけ方であったのだが、箒の受け取り方は真逆である。
慌てず騒がず、未だ鈴たちが騒いでいる教室から1人で抜け出す。見た目は自然体を装いつつも内心では飛び跳ねていた。
無視されていたわけではなかった。それがわかっただけで嬉しかったのだ。
目的地であるアリーナに到着。具体的な集合場所は聞いていなかったが、ピットの入り口でのほほんさんが手招きしていた。他の皆には内緒と言われていたにもかかわらずのほほんさんがいる。その理由には全く見当が付かず、そもそも一夏が何のために箒を呼び出したのかもさっぱりわかっていない。
「一夏に呼ばれてきたのだが……」
困惑を表情に丸出しでのほほんさんに聞く。ここまで来て彼女が一夏の目的と何も関わりがないとは思えない。それは当たっているのだが、のほほんさんはいつもと変わらない笑みのまま。
「これに着替えて~」
じゃじゃーん、と取り出したのは身体にぴっちりとフィットするスーツだ。しかしISスーツにしては露出が少なく、腕は手首まで、足は足首までしっかりカバーされている。
「これは何だ……?」
「早く早く~。おりむーが待ってるよ~」
間延びした口調で急かされてもまるで効果はない。しかしながら箒自身の意思で急いで着替える。着替えが終わると、のほほんさんから何も説明されることなく先に進むように促された。
一体、何が起きているのか。
アリーナの中央には一夏がいる。彼の服装はいつもと変わらぬISスーツであった。気がかりなことはあったが、箒は躊躇わずに駆け寄る。
「何の用なんだ? それに最近特訓しないのはどうして――」
あまりにも振り回されているためか、内心とは裏腹にやや棘のある口調で問い詰めてしまう。
対する一夏の返答は言葉よりも先に行動があった。左腕を頭上に掲げると、待機形態の白式が光を放つ。
「箒に見せたいものがあるんだ」
光が収まる。まだ箒の前にはISスーツ姿の一夏がいる。
白式はどこに……?
答えは彼の背後にあった。
「…………それは何だ……?」
箒がジト目で問う。その反応が想定外だったらしい一夏は「あれ、おっかしいなぁ」と首を傾げた。
一夏の後ろには真っ白いバイクがあった。
「バイクがわからないのか?」
「そんなことはどうでもいい」
形は理解できている。わからないのはそこじゃない。
「白式はどこにいったのだ?」
「ここにあるぞ」
一夏が指さしたのは当然のようにバイク。
「なぜ白式がバイクになっている?」
「頑張った。のほほんさんも協力してくれたし」
一夏がのほほんさんと2人で何をしていたのかの謎は解かれた。だがむしろ別の謎が深まるばかりである。
「質問が悪かった。なぜお前はこんなバカなことをしたのだ?」
ハッキリとバカと言い切ったのは言い過ぎだっただろうか。一夏は口元こそ笑っていたものの、視線が寂しげに空を漂う。
「小学生の頃、俺がテレビの影響を受けてバイクに乗りたいと言ったときにさ、箒も『一緒に乗る』と言ってくれてたのを思い出したんだ。子供の頃のことでも約束は約束だろ? だから今できる範囲でやっておきたくてな。まあ、俺も最近まで忘れてたことだし、箒が忘れていても仕方ないか」
箒はその場に膝を突いた。まさかここまでの一夏の奇行が全て箒のためだとは夢にも思わなかった。
一夏が自分を見てくれているのだと、夢にも思っていなかった。
「ごめん、一夏……ごめん」
「謝るなよ。俺は箒を責めたいわけじゃなくて、ただ一緒にコイツを楽しんで欲しいだけなんだ」
一夏が手を差し伸べる。箒は躊躇いがちだったが彼の手を取った。
2人でバイクに跨がる。バイクの形をしていても分類はISであるため、アリーナの外に出ることは出来ない。 しかし、雰囲気だけは楽しめるはずだ。
「ちゃんと掴まってろよ、箒」
「ああ」
箱庭の中を即席のバイクが走る。殺風景な景色でも風は感じられる。絶対的な安全に守られたISと違った空気が肌を撫でる。その感触が心地よい。
カーブの度に一夏と同じように重心を傾ける。ISにはない連帯感が感じられる。一夏に掴まっているだけの箒だったが次第に楽しくなってきていた。
楽しくなってきたのは一夏も同じだった。ただし、箒とはややベクトルが異なっている。
「よし! 慣れてきたし、スピードを上げるぜ!」
「…………え?」
現時点で時速100kmを超えているのだが、まだ序の口らしい。それもそのはずで普段からISで戦闘をしている一夏にとっては十分に遅い領域である。
「正気か、一夏……?」
「ん? 怖いのか、箒? こんなもん普段のISと比べたら遅いだろ」
「ISには操縦者保護機能があるだろう!」
「俺に掴まっていれば大丈夫だ。俺を信じろ、箒」
「一夏……」
恍惚とした表情で一夏を見つめる箒。しかし気づく。
「はっ! いかんいかん。冷静になるんだ。掴まるのは私だから、振り落とされるかどうかは全て私の力にかかっているはずでは――」
「行くぜ! イグニッションブーストォ!」
「待て、一夏! きゃああああああああ!」
人払いされた夕日差すアリーナに箒の絶叫が木霊する。
箒は無我夢中で一夏にしがみついていた。
後で感想を聞いてみると、意外と楽しかったらしい。
***
その日の夜、一夏が自室で1人、電話をしていた。
通話相手は中学時代の友人である五反田弾。
『で、一夏。どうだった?』
「柔らかかった」
実際にタンデムする場合はちゃんとルールを守りましょう。