1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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後:1 to 9 on no side
十一・狼(オオカミ)の士(サムライ)


 晴れた寒空の下。

 翼を広げ風を割き、思うがままに突き進む。

 抱えた腕の中に人間大の荷物があるのも、今日に限っては心地よい。

 

「やあやあ御機嫌如何でしょうか、その名を黙して語らぬ外来人の少年!

 実は私、幻想郷最速とまで呼ばれるほどの速さでしてね。

 空を飛ぶなら追い付ける者など存在しないと専らの評判なのですよ。

 あやや、いけませんいけません、これでは向かい風で喋れないのでしたね、少々速度を落としましょう。

 人間というのは中々に不便な生き物です、そうは思いませんか貴方!」

 

「…………はい、そうですね」

 

「おやおやぁ?

 元気がありませんがどうしました、変な腕など生やしているせいでしょうかね?」

 

「他人に抱えられて命綱も無く空を飛んでいるからです、寒いし」

 

 何の面白味も無い回答をする少年に唇を尖らせ、私はやれやれと首を振る。

 

「空の旅、人里の子供たちには人気なんですよ?

 一度味わえば、翌日から文おねーちゃん文おねーちゃんと慕われるほどですから。

 ああ、わらわらと集まってくる子供たちは実に可愛らしいものです。

 こっそりと浚って行ってしまいたくなるくらいには」

 

「こっそりどころか、寺子屋(ひとのうち)の屋根吹き飛ばして逃走した現在進行形の誘拐犯が何を言いますか」

 

「むしろ説得力があると思いません?」

 

「それが問題なんです」

 

 ふうむ、どうにも少年の反応が悪い。

 

「というか、何が目的でこんな凶行に及んでしまったのですか、射命丸さん。

 身代金ですか、あるいは怨恨とかの方面ですか、どちらも僕にはとんと縁が無いのですが」

 

「うふふ、面白いことを言いますね。

 ま、目的というのも大したことはありません。

 貴方の身体が目当てです」

 

 眉をひそめる少年の不安を取り除くように、にっこりと笑いかけてあげる。

 表情に怯えが混じった、失礼な。

 

「人間を浚って、力やら術やら(あることないこと)ブチ込んで、人外に堕とす。

 それが天狗の本能ですから。

 命がそれで無くなろうが、知ったことではありませんが」

 

 そう言って、私は動きやすいように、少年を片手で抱える。

 びくりと体を縮ませる少年だが、妖怪の腕力の前では無意味な抵抗だ。

 

「今気づいたんですけど、この腕、どうやら魂の穴を塞ぐようにくっついてるみたいなんですけどね。

 他人にいじくられた身体なんて、足跡の残った雪原みたいで、嫌いなんですよねぇ。

 ってことで」

 

 みぢ、と根元から捻り千切って。

 

「これで、綺麗さっぱり」

 

 もう片方も千切って捨てた。

 

 

 

   ***

 

 

 

 たぶん、私は今、少し狂っているのだ。

 いつもであれば抑え切れる感情が、雪崩のように溢れ出てくる。

 浚いたい。

 幼い人間の子供を浚って、天狗の秘術、剣術なんかの荒事、兵法といった知識、あらんかぎりの力を、教え与えたい。

 求めるがままに与え、求められずとも誘い、いつしか力に酔わせたい。

 そうして、立派な化け物へと育て上げてやりたいのだ。

 

 天狗という種族は、そもそも山に起こる不可思議を(ワザ)として形作る存在だ。

 人間が畏れ、同時に渇望する異界(ヤマ)の技術を、生まれた時分よりその身に宿している。

 

 ゆえに傲慢。

 鼻を高くしてあざ笑うのは、人と天狗の間に圧倒的な立場の差があるからだ。

 強弱でも、持つ者と持たざる者でもない。

 与える側と与えられる側、それこそが両者の関係だ。

 

 天狗の新聞だってそうだ。

 新たな情報を手に入れ、他の無知蒙昧な輩に叫びたい。

 私は知っている、と声高に。

 情報は良い。

 虚実を交え伝えることで、天狗の存在理由を満たしてくれるから。

 与え、喧伝し、色に染める。

 それが天狗(わたし)の幸福だ。

 

 だから。

 目の前に立ちはだかる部下の白狼天狗の、行動の意味が分からない。

 

 

 

   ***

 

 

 

 もしかすると、これは異変なのかもしれない。

 それも、鴉天狗(わたし)程の妖怪にすら影響を与える、近年にない大異変。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 先の処置で痛みに耐えかねたのか、気を失った少年を、私は山へと運んでいた。

 私の住む『妖怪の山』ではない、他の天狗や妖怪に獲物を横取りされては困るからだ。

 幻想郷中を飛び回った私だけが知っている、誰にも見つからない隠れ家のある山に。

 

 誰にも――――そう、目の前の白狼天狗を除いて。

 千里眼の能力を持つ妖怪にして、今私の姿を捉え、後を追ってきかねない彼女。

 眼下に広がる迷いの竹林、その中で一際伸びた大竹の先、待っていたかのように立ち上がった、犬走椛を除いては。

 

「椛?

 言わずとも、私の言いたいことが分かるわよね?」

 

「ええ、文さま」

 

「なら、どうして意を汲んでくれないのかしら?」

 

「それが、文さまの本意ではないからです」

 

 そう言い切って、椛は私に太刀を向ける。

 上司に、刃を向ける。

 ああ――――実に、実に駄目だ。

 自身の判断で動き、絶対的上位者の言葉に逆らい、あろうことか敵対の意を示すなんて。

 実に駄目で、実に馬鹿で、実に、実に――――真っ直ぐだ。

 

 彼女は、私が今正常でないことを、完璧に理解しているらしい。

 そして私が判断力を取り戻した時、己の行動を恥じるだろうと確信して。

 まさに狗。

 忠義に死ぬ、狗の思考だ。

 

 ……それが私個人への忠心だったなら、もう少し可愛がってあげてもいいのだけれど。

 在り得ない、と常の彼女の敵意を思い返して、僅かな笑いの息とともに雑多な思考を打ち切る。

 

「本意であろうとなかろうと。

 私の前を遮るとはどういうことか、知らないはずもない、そうでしょう?」

 

「無論です」

 

「それは良かった」

 

 羽を体格の何倍にも広げ、漆黒を狗の網膜に張り付ける。

 ゆっくりと、羽ばたきを一つ。

 それだけで、竹林が断末魔のような騒音を上げる。

 

「ならば。

 命を以て贖いなさい」

 

 扇は要らない。

 ありのまま風を纏い、力をぶつけるだけだから。

 加減は要らない。

 風の内側の他は、全てが些事に過ぎないから。

 黒翼で空を打ち据え、私という弾丸を発射する。

 その撃鉄を、今――――。

 

 がり、と。

 

 感触は腕の中からだった。

 腕に走る小さな痛み、しかし私は茫然と力を緩めてしまう。

 腕の力を。

 抱きかかえていた、少年の身体を。

 傷から滴る血、霧散する妖力。

 その先には、重力に従って点となり消えゆく少年の姿があって――――。

 

「あれ?」

 

 彼への私の情欲は、少年自身による(つめ)の一刺しによってだろうか、何時の間にか消え去ってしまっていた。

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