「余計なお節介だったようね」
そう呟く永琳の表情には後悔や謝罪など毛ほども表れていなくて、私は小さく笑ってしまう。
そもそも永琳ほどの薬師なら、魂の縫合という対症療法程度、副作用もなくできただろうに。
まあ、手段を選ばなければ、という注釈が付くにしても。
腕を余計に生やすなんてことは、どう考えても趣味の範疇だ。
医者の真似事自体が趣味ではあるのだから、口出しをすることではないけれど。
当の偽腕も今や失われ、少年の魂はいまや修復不可能な程に大穴が開いてしまっている。
意識を失い床に臥せている彼は、あとどれほど持つだろう。
ただでさえ短い寿命がさらに短くなってしまったことになるけれど、それ自体は至極どうでもいい。
この少年から、今起きている異変がどのようなものなのか、詳しく聞きたい、それまでは死なれては困る。
困る、というと少し違うだろうか、損、いや、勿体ない――うん、これくらいの重要度。
「…………あれ、おいしゃさま、と。
永遠亭の、お姫様?」
袖を口元にあてて考え事をしているうちに、少年が目を覚ました。
昨日のどこか厭世的で自棄気味な雰囲気は失せ、彼の顔には混乱と焦燥が宿っている。
まるで、それはそれは
「ウドンゲが貴方を見つけて、竹林から負ぶってきてくれたのよ。
どうして怪我なんてしていたのかは知らないけれど、竹の葉で体中に細かな傷を負ったくらいで、骨も折れていないわ」
治療費はサービスね、と冗談めかして付け加える永琳。
その言葉に事の経緯を思い出したのだろうか、少年の茫然とした目に理解の色が浮かぶ。
「サービスついでに、と言うわけではないのだけれど。
体力が戻るまでは
その代わり」
ちらりと私の方へ視線を向けた永琳の言葉を引き継いで、本題を投げかける。
「この異変について貴方が知ってること、全て教えてくれないかしら?」
***
永夜異変と名付けられた夜から幾年か、不死の私たちには些事でしかないにしても、人間にとっては短くない時が経過した。
それは言い換えれば、私たち永遠亭の住人が幻想郷に本当の意味で受け入れられてから、ということになるのだけれど。
その短くない時間をかけて、私、蓬莱山輝夜には沸々と、ある思いが沸き上がっていた。
すなわち、異変を解決したい、という願いだ。
異変といえば、幻想郷中の人妖を巻き込む最大級の催しである。
永夜異変の首謀者たる私が言うのも不思議な話とはいえ、参加することに意味がある、のだ。
踊るなんとやらに見るなんとやら、と言ったところで、見ているだけでは収まらないのがこの私。
起こす側の役は意図せず演じてしまったために、それでは残ったもう片方を、というわけ。
それは、長き間竹林の中で止まり続けた永遠亭の時間に、どうしても必要な儀式だとも思うし。
もちろん、私自身が動いても良いのだけれど、きっと飽きるだろうな、という確信が私にはある。
というわけで、何やら巻き込まれ癖のある鈴仙あたりに、念願の異変解決を為してもらいたい。
そう、あの子は花の時やら天人の時やら、適当に命じただけなのに妙に異変とすれ違うことがある。
解決にまでは至らないのだが、そろそろ本腰を入れて取り組めば、異変の一つや二つ、終わらせてくれるに違いない。
常は暢気な癖に非常時には性質が切り替わるあたり、博麗の巫女に似ているし、結構適役だろう。
香霖堂で手に入れた、外の世界の物語風に言うならば、主人公体質という奴ではなかろうか。
実力が足りないわけでもなし、あの子はやればできる子だと思う。
そういう訳で、幸運にも降って湧いた
当てが外れた。
だってこの子、異変のこと、何にも知らないんだもの。
***
「里に帰ったと思ったら一日もたたずに戻ってきて、その上天狗にずたぼろにされて。
いかにも渦中に巻き込まれてますって態度なのに、情報なしって」
「僕は被害者なんですからあんまり追い詰めないように」
余裕を幾分でも取り戻したらしく、私の文句に文句で返す少年。
正直、里へ薬売りに向かっていた鈴仙の話の方が有意義というのはどういうことかと思う。
溜息を吐いて、期待せずに問う。
「結局、何で天狗は暴れてたのかしらね?
浚われてたなら何か聞いてないの?」
「なんか言ってたような気もしますが、忘れました。
腕千切られてそれどころじゃなかったので」
この調子である。
ううん、なかなか異変解決というのは難しい。
鈴仙の話と合わせても、分かったのは一部の妖怪が自制を失くしているらしい、ということだけ。
推理のしようがなく、そのため、特にやることが無い。
面倒くさそうに耳をへにょりと折った鈴仙、何を考えているか分からない永琳、死にそうな少年。
てゐなどはまさに脱兎、既にこの場を離れており、動く者もなく、捜査は早くも暗礁に乗り上げた感がある。
「そういえば、千切られた方の腕って今どうなってるんでしょうね」
「ああ、あれ。
魂の
少年の疑問に永琳が答える。
どことなく蓬莱の薬を思い出すが、もしかして改良でもしているのだろうか。
…………別にいいか。
「安楽椅子探偵の真似事もここまでのようね」
「元から何にも推理してませんけどね」
「というわけで鈴仙、あとは全部任せたわ。
異変を解決してきなさい」
「ほぼ独力じゃないですかー……」
不平を溢すけれど、ここで甘やかしてはいけない。
期待を込めた私の笑顔に送り出され、渋々と立ち上がる鈴仙。
「……それじゃあ」
ぽつり、と永琳の呟きが部屋をかすかに揺らす。
「どうして、天狗は暴れるのを
「え? 今もまだ暴れてるんじゃないですか?」
「少なくとも貴方は、数時間経った現在、天狗の追撃……というのもおかしいけれど、再度襲われるような目に遭っていない。
気が変わったか、目標を変えたか、何かしらの理由で動けなくなったか」
「僕に恐れをなしたのでしょう。
無我夢中とはいえ脱出に成功したことですし、手酷い怪我でも負わせたに違いありません」
「……あんたと比べたら、そこらの妖怪でもない兎の方が強いでしょうに」
少年の軽口に鈴仙は呆れて返し、やれやれと言った体で部屋を後にしようとした。
けれど。
「なにあれ」
間の抜けた声に、開け放たれた外へと目をやれば。
竹林を呑みこんで、白い壁が迫っていて。
その前方には、全速力でこちらに向かってくる大虎もいて。
須臾か、あるいは永遠ほどの時間の後、幻想郷では起こるはずもない高波が、永遠亭をざぶりと襲った。