1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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十五・妹(イモウト)の冤(ヌレギヌ)

 

 

「――今頃」

 

 私、古明地さとりはティーカップに溜息を閉じ込めるように俯き、独白する。

 

「『引きこもりがちで、人遣いがなかなか荒く、少々付き合いづらい性格の奴ではあるが。

 地霊殿の主は、実に、有能だ』。

 ……なあんて、地上の勇儀さんは思っているんでしょうけど」

 

 『おねーちゃん、連れてきたよ!』という妹の屈託のない声色を思い返しながら。

 自らを喰えと気色の悪い表情を私に向けてくる、どこぞの馬の骨を思い返しながら。

 

「私、連れてこいとかそういうの、なんにも言ってないんですけど……!」

 

 ソーサーを叩き割らんばかりに力を込めて、無作法な音を周囲に響かせた。

 

「あの子、ほんと自由人すぎるのよ……しかも、それで結局は上手く行くから余計、性質が悪い。

 結局というか結果だけというか、それでも終わり良ければ、とは言うけど。

 終わるまでに起きる問題は大体周りに来るっていうのに。

 ……ほとんどはわたしに」

 

 二杯目の紅茶は軽くブランデーでも入れよう、と残り少ない中身を飲み干したそのタイミングで、部屋の扉が開かれる。

 

「さっとりさまー!

 頼まれてたお仕事、終わりましたー!」

「力の強い鬼たちは、たぶん、全員処置できたと思います。

 他の妖怪は、餌に寄ってきた奴らは取りこぼしナシですっ」

 

 お空とお燐の報告を聞いて、ひとまずの面倒事は去ったろう、と安堵。

 労いの言葉をかけつつ、お燐の押してきた猫車の上、簀巻きの人間に目を――眼を向ける。

 

「~~~、~~~~!」

「はいはい貴方もどうもね」

「~~!」

 

 唸り声に憎まれ口を込める、さとり妖怪以外には大した意味のない抗議を聞き流して、新たにカップの用意をする。

 

「貴方も紅茶は要る?

 あらそう、飲むのなら猿轡を外す理由になるとおもったのだけれど。

 ええ、だって心を読めるのだから話す必要はないでしょう?

 え、ちょっと、ロリ姉は何処も轡好きって何よ、吸血鬼と一緒にしないで。

 え、紅魔館に、こいしが?

 何それ、嘘、知らないわよ。

 ちょっと、こいし、居る?

 こいしー?」

 

 思わぬところから妹の交友関係が判明した。

 既にまた出掛けてしまっていたのか、返事は返ってこなかった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 手段や経過はともかくとして、地底の異変を片付け得る「治療道具」をこいしが持ってきたことは、少年の心を()てすぐに判明した。

 妖気に酔った妖怪たちは少年の攻撃によって正気を取り戻す、らしい。

 流血させて毒を排出するようなものだろうか。

 

 私の言うことを(それなりに)聞くペットたちの治療を終え、同様の作業を地底中の妖怪たちに行うように指示を出した。

 鬼クラスの力に対応できるお空、彼女と仲が良く上手くコントロールできる(ことが多い)お燐を両軸に据え、人型に変化(へんげ)できるくらいのペットに任せてみたのだが、仕事はつつがなく完了したようだ。

 珍しい。

 

 とはいえ、私の仕事はまだ終わってはいない。

 古今東西、上司の仕事というものは、責任をとることと決まっている。

 今回の場合は、獲物を横取りされたと思っているかもしれない星熊勇儀、それから解決手段を奪われたと思っているかもしれない永遠亭の皆さんへの対処だ。

 やだなあ。

 カップの中身、紅茶よりブランデーの割合が増していく。

 

 吐息とともに幸福を逃がす。

 少しくらいの意趣返し、というか八つ当りをしてもいいだろう、と対面に座る少年に向き直った。

 

「あなた、名前は?

 そう、言いたくないのね、無駄だけど。

 それも言いたくない理由が『食べてくれる相手にだけ伝えたいから』って。

 何なの、そのロマン全然伝わらないから」

 

 返答を待たず、少年の表層心理に浮かんだ事柄を躊躇いなく口にする。

 他人から悪意や敵意をぶつけられた経験が少ないのだろう、一瞬の空白ののち、()()るうちに感情が淀んでいく。

 その素直さに、加虐心が煮え始める。

 

「というか、貴方本当に妖怪に食べられたいの?

 八雲紫に攫われた時にそのまま食べられてしまえば良かったじゃない。

 え、好みじゃなかった?

 貴方、基本的にショートカットの女の子、好きでしょう。

 あるいは優しくて押しに弱そうな子。

 単純に美人もだけど。

 

 その時は食べられるって考えが無かった、ねえ。

 それじゃあ射名丸文の時は?

 天狗に信奉して死ぬのも、目的からしたらそんなに悪くなかったでしょ?

 でも貴方は我武者羅に暴れて、逃げ出した。

 無意識じゃないでしょ、うちの妹じゃないんだから。

 無意識だとしても、何の否定にもならないでしょうけどね。

 

 命惜しさに逃げ出した。

 自分にだって嘘を吐くのは簡単よね。

 無駄だけど。

 

 あら、襲ってきた虎が寅丸星だって気付いた後も、雰囲気に流されるままだったのね。

 喰い殺されるにはちょうど良かったのに、どうして?

 人が見ていたから?

 素に戻った時の彼女を慮って?

 そんな事を気にするような願いだったの?

 なり振り構わないような行動をしてきたんじゃなかったの?

 

 外の世界で服薬自殺しようとした時も、そもそも死ぬ気なんてなかったものね。

 だって貴方、薬を飲んだ『自室』って、ずっと入院していた病院じゃない。

 そのまま死なせてくれるはずがないって、最初から自分で分かっていた。

 看護婦の回ってくる時間も計算していたんでしょう?

 というか、瓶の錠剤全部なんて、大人でも呑み切れないに決まってる。

 ストレス解消に手首を裂くのと何ら変わりない、自傷行為で自慰行為。

 

 そうね、幻想郷は自由よ。

 幻想郷は全てを受け入れる。

 だから楽しかった。

 夢物語の登場人物に成れたから。

 命すらも玩具にして、心置きなく遊べたから。

 

 けれど貴方が幻想郷の全てを受け入れるとは限らない。

 幻想郷がただの幻想でなく、現実と地続きの世界であるという事実。

 貴方の命が尽きるという運命。

 

 貴方、死ぬのが怖いのでしょう?

 怖くて怖くて堪らないのでしょう?

 永遠亭で因幡てゐに突きつけられるまで忘れていた。

 いえ、忘れた振りをしていた。

 していたかった。

 

 永遠亭にもう一度運ばれた時、聞いてしまったものね。

 『余計なお節介』が巡り巡って寿命を縮めた。

 自分でももう気付いている、きっと次の満月だって見れないことに。

 異変解決の手伝いをしたのは、彼女たちの力になりたかったから?

 永遠の命の可能性が頭をよぎっただけでしょう。

 貴方には手に入らないと解っていたのに。

 隠している願いを叶えてくれる他人なんて、何処にも居るはずが無いのだもの。

 

 『まるで反対で、だからこそ同じ』。

 稗田阿求は面白いことを言ったわね。

 彼女は目的のために命を求めるけど、貴方は命の代償に目的を求めた。

 自分の本音から目を背けて、本末転倒もいいところ。

 

 ひどく歪。

 だからこそ、ここまでふらふらしてきた。

 目的に邁進したいけど、そうしたら死んでしまうものね。

 最初から破綻している事に、ずっと気付かないようにしていた。

 

 人間はね。

 事故だろうと、病気だろうと、他殺だろうと、自殺だろうと、どんな理由でも。

 

 

 死んだら、死ぬの。

 

 

 

 貴方に次善はない。

 最善は決して届かない。

 少なくとも今の貴方には。

 

 あら、どうしたの?

 紅茶が口に合わなかったかしら?

 角砂糖を足しましょうか?

 ミルクはいかが?

 何を飲んでも吐いてしまうでしょうけれど」

 

 椅子から転げた少年の、嘔吐と嗚咽の耳障りな音を聞きながら、私も異変に毒されているのだな、と思う。

 地霊殿に篭っていたから、他人より遅れて罹ったのかもしれない。

 

 妖怪・(さとり)

 人の心を読んで逃げ道を絶ち、希望と命を奪う妖怪が私だ。

 

 永らく味わったことのない、濃厚な絶望が舌の上で踊る。

 それが堪らなく心地良い。

 少年は私に食べられたいと言っていたが、これで満足してくれただろうか。

 少々虐め過ぎたかもしれないとはいえ、生きてさえいれば異変解決には使えるから、月人も文句は言わないだろう。

 この少年が自殺を選ぶわけもないし。

 

 テーブルの下が静かになる頃、私はもはや十割がブランデーになったカップを傾け、酔いに身を任せ始めていた。

 いや、とうに酔っていた。

 話し相手も肴にも不自由しない酒盛りは、往々にして終わり時を見誤るものだ。

 

 遠慮の欠片もない大きな音を立てて、扉が開かれる。

 永遠亭御一行と、星熊勇儀の到着だった。

 

「あの子は何処かしら?」

 

 義も礼も無い単刀直入な問いに、視線で床を示す。

 非礼に非礼で返すのはどうかと思うが、しかし先に非礼をしたのはこいし(うち)の方だから。

 ……つまり、あれ、どうなるのだろう。

 流石に呑み過ぎたかもしれない、と自嘲気味に頬を弛めたところで、彼女たちの表情に困惑の色が見えた。

 

「えっと、どこ?」

 

 何を言っているのかと、テーブルの下を眺めている彼女らの表象を()れば、吐瀉物と何かを引きずった跡だけが残っていて。

 そこには誰もいなかった。

 

 一気に酔いが醒める。

 

 静かになったのは、疲れ果てて眠ったからでも思考を完全に停止させたからでもなかった。

 いつの間にか姿を消していた。

 誰かが、私の無意識を操った。

 そんな存在なんて、そうそう居るわけもなく。

 

「ちょっと、こいし、居る!?

 ねえ、どこ、こいしー!!?」

 

 絶対にもう近くには居ないだろうと確信しながらも、叫ばざるを得ない。

 背後で、わざわざ地底まで来たのに、という明確な怒りが燃え上がる様を、さとり妖怪たる私は否応なく()ることとなった。

 

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