1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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十六・閂(カンヌキ)の采(イロドリ)

 

 虹になろうと、そう決めた。

 闇に生きる吸血鬼から最も遠い雨と太陽、二つの弱点から生まれる分光の色彩。

 恵みの雨でなくていい、希望の光でなくていい。

 ただ彼女たちの敵として、立ちはだかろうと思ったのだ。

 闇より出でて赤に至る道筋を技に描き、龍にも喩えられる七色の円弧を体現する。

 円弧とはすなわち入口で出口、儚い幻想への通り道。

 

 

 

 私は門を背に構える。

 紅魔館、その玄関よりゆらりと現れた、フランドール様を前にして。

 両手と洋服は鮮血に塗れていて、まるで物語の中の怪物のようだ、と冗句を言いたくなる。

 その赤色は既に倒れたレミリア御嬢様の返り血と、そして自身の血によるものだ。

 

「たまのお出掛けをしようと思ったらこんな月だもの、嫌になっちゃう。

 ね、そう思わない? 美鈴」

「ええ、そろそろ朝日が昇る時間ですしね」

「そうなのよ、だから早くしなきゃいけないの」

「目的は、これですか?」

 

 私は門の陰から、人間を引っ張り出す。

 数日前に紅魔館を訪れ、御嬢様の怒りに触れ、いつの間にか姿を消したあの少年だ。

 心身ともに満身創痍の少年、その首根を掴んで持ち上げると、フランドール様は破顔した。

 

「さっすが美鈴、わかってるぅ。

 ね、それ、頂戴?」

「……申し訳ありませんがお断りします」

「えー、それじゃあ」

 

 力づくでも、と呟いたフランドール様の目が細められ、しゃらん、と羽が鳴る。

 肩まで上げられた小さな左手、その掌が何気なく、本当に何気なく握られる。

 『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』。

 恐らく既に、白く柔らかな手の中には、私の命が比喩でなく握られていて。

 一瞬の間が過ぎた頃、私の肉体は原型を留めているかすら分からない。

 

 だから、その前に。

 私の身体が実現出来うる最速の線を辿って、フランドール様の懐へ入り込む。

 勢いそのままに、掌底の一撃。

 虚を突かれたフランドール様の軽い矮躯は吹き飛び、先ほど現れた玄関を瓦礫と化しつつ館の中へ逆戻りする。

 

「集中力が要るんですかね、攻撃を受けると、破壊の能力は中断されてしまう。

 まあ、それくらいの弱点が無いとこっちも勝ち目がないんですけれど」

 

 余裕ぶって語ってみるが、そんなもの弱点とすら言えないことは、私自身重々承知している。

 もし距離をとられたならばその刹那の後には、紅い花火の出来上がりなのだから。

 ゆえに私はフランドール様を追い、再起の行動に先んじて二撃目、震脚じみた踏込で投げ出された左腕を分断、破壊する。

 痛みからか目を見開き、転がるように私から離れるも、私は上腕にあたる空間を追撃に蹴り飛ばし、再生を阻害する。

 断たれた腕の残骸が床の上で灰となり、消滅していく。

 フランドール様の紅い目が刺し、私を敵として認識してくれたことを雄弁に語った。

 

「あの子も、なかなか良いものを持ってきてくれましたよね。

 国士無双の薬、とか言いましたっけ。

 確か鈴仙さんが使っていた物でしたか、いったいどうやって手に入れたんだか」

 

 私の身体から放たれる緑のオーラ。

 それが一時的にとはいえ、吸血鬼の運動能力と渡り合える要因だった。

 

「幸いにして今夜は新月、吸血鬼の力も多少なりとも抑えられていることですし。

 空前絶後と自分で言うのも悲しいですが、奇跡の如く、渡り合ってみましょうか。

 もしかしたら、運が良ければ勝てるかもしれませんしね」

 

 見え透いた挑発に、フランドール様の両頬が笑みの形に裂ける。

 口が過ぎたかと額に汗が流れるが、もう遅い。

 悪魔の暴力が、館の中で爆ぜた。

 

 

 

   ***

 

 

 

 一刻ほど時間を遡る。

 

 どうぞと渡されたのは、半死半生の子供だった。

 虚ろな目には生気がなく、膝から下は引き摺られたのかぼろぼろで、人間よりは捨てられた人形に近い。

 

「なんです、これ」

「ん、秘密兵器?」

 

 古明地こいしと名乗った少女は、さっぱり意味の分からないその言葉で説明を終えたつもりのようだった。

 真夜中どころか明け方に訪問者だと起こされて、見知らぬ妖怪だと思ってみれば、こんな荷物を渡された。

 いったい何の嫌がらせなのか。

 

「あの、この少年が何の役に立つっていうんですか。

 というか、何で戻ってきちゃうんですか、この子。

 もう終わったことにしたいんですけど、わざわざ帰って来られても困りますよ」

「えー、でも」

 

 ぴ、と長めの袖から伸ばした人差し指で、私の背後を指し示して。

 直後、爆音が響いて。

 崩落の轟音が、低く大気を揺らして。

 

「ほら」

 

 彼女の屈託のない笑顔は、余計に剣呑な予兆を助長させた。

 何が起きたのだろうか、外敵か事故か、はたまた身内か。

 果たして、館の屋根を一目すれば、状況は瞭然だった。

 

 外壁をぶちぬいて大時計を大きく抉った破壊の爪痕を残す、二人の人影――正確には人ではないが。

 雲の無い夜空の下、対峙していたのは吸血鬼の姉妹だった。

 憎々しげに睨みながら、大穴を開けられた脇腹をかばうように立つレミリアお嬢様。

 そしてにこやかに歩み寄る、けれど膨大な魔力を放出し戦意を露わにしたフランドール様の姿。

 常の姉妹喧嘩とはどこか一線を画した緊張が、遠くこの門前まで伝わってくる。

 はじまっちゃってたね、という背後からの暢気な声を無視して、私は駆け寄ろうとするが。

 

「――美鈴」

 

 決して張り上げたわけではない、静かな、それでも芯の通った声に、足を止められる。

 吸血鬼の再生能力がレミリアお嬢様の姿を完璧に復元させて、幼いながらも凛とした目が、フランドール様を射抜いて。

 

「邪魔を、するなよ?」

 

 開戦の言葉にフランドール様が笑みで応え、小さな夜の怪物たちは闇の中で衝突した。

 命すらを画材にしたような真紅の花火が弾ける様は、あまりに美麗で。

 姿を現さない咲夜さんとパチュリー様を憂慮しながら。

 古明地こいしの口から語られる、説明未満の顛末を聞き流しながら。

 レミリアお嬢様が紅魔館へ沈むまでの光景を、私は木偶の棒のように立ちつくし、ただただ、目に焼き付けることしかできず――。

 

 

 

   ***

 

 

 

 ――それゆえに、私は闘えている。

 

 新月の下の吸血鬼、彼女らの疾駆と飛翔の最高速度を、旋回の妙を、魔法の癖を、瞬間的な対応力の幅を。

 何よりも、互いに互いを一刻もの間破壊し続けるという異常を支える、再生能力の脅威を、脳髄に叩き込めている。

 敵を知り己を知れば、とは言うが、直前に行われた全力の戦いなどは、最良の情報と言うしかない。

 敗北を喫したレミリアお嬢様の手前、手放しには喜べないけれど。

 

 吸血鬼の対処法、まずは片腕を潰し、文字通り手数を減らす。

 それから一度潰した腕を再生されないよう、出来かけのうちに散らし続ける。

 次に、力の溜め、魔力の集中、僅かな違和感から大技の予兆を感じとり、これも潰す。

 そして最後、全ての攻撃と移動を避けて払って流して止めて、徹底的に潰し尽す。

 

 何もさせない。

 それは単純で効果的で、何より至極相手の心を乱す。

 少なくとも薬が効いている今の私にとって不可能な戦法ではなかったし、事実、未だ一撃すらもこの身に受けてはいない。

 

 だが、それでも。

 敵戦力の低下、自戦力の向上、そして情報を得た上でも、状況は拮抗だった。

 仮初の拮抗でしかなかった。

 

「あはっ」

 

 浮かべた狂喜の表情、その裏に透けて見えるのは素直な愉しみと、単純な称賛で。

 それはつまり、強者の余裕。

 絶対的な種族差、多少縮まろうとも決して追い付けない距離を前提にした、上から目線の傲慢だ。

 

 このまま隙を見て残りの腕、さらに四肢の全てを一時的にでも失わせれば、古明地こいしの言うところの秘密兵器を確実に機能させられることだろう。

 けれどそのために掛かる時間は。

 拮抗を維持するために必要な要素は、それまで持つだろうか。

 例えば薬。

 例えば今なお向上しつつある相手の戦闘経験。

 例えば――焦りと、油断。

 

 気が付けば、未だ再生しきっていなかったはずのフランドール様の左腕が、私の胸元まで迫っていた。

 拳の威力が下がっていたことに気付けなかった私は、ただ一撃を加え続ければいいと思考停止してしまっていたのだった。

 咄嗟に片腕を防御にあてるが、その程度で抑え切れるわけがない。

 まるでお返しだとでも言うように、先の道筋を逆戻りして空中に投げ出され、私は身体ごと門扉に叩きつけられることとなる。

 

 衝撃で空白となった思考の中、詰みか、と自分に問い掛け、零秒で否と答えを返す。

 片腕が機能せず、薬の効果は遂に切れ、破壊の能力が今まさに私の肉体を破裂させようとしているかもしれない。

 だからといって。

 そんなことが、立ち上がらない理由になるだろうか?

 

 目の端に、訳の分からないものを見るような視線を向ける、少年の姿があった。

 自分で死にたがりと言っていたはず、ならばどうして分からない?

 目的の為に命を掛ける、地獄の如き充実感を。

 

 ふらつく二本の足を叱咤して、こちらへ歩み寄るフランドール様に立ちはだかる。

 遊びは終わったとでも言いたげに、不満そうに口を尖らせられたところで、私は――、

 

 

「もう美鈴、はやくお姉さまを元に戻したいんだから、邪魔しないでよ」

 

 

 ――根本的な間違いを、悟った。

 

「……どういう、ことですか」

「んーとね、夜中に変な殺気がするからさあ、何か楽しいことでもするのかなって行ってみたのよ」

 

 『美鈴、邪魔を、するなよ?』

 

「そしたら、咲夜の寝室の前で挙動不審なお姉さまがいたからね」

 

 レミリアお嬢様のあの言葉は、フランドール様との戦いに水を差すなというのではなく。

 

「何してるのって聞いたら、血を吸いたいとか言ってどうみても様子がおかしくって」

 

 フランドール様のように、レミリアお嬢様の邪魔立てをするなと。

 

「変な臭いの妖力みたいのが漂ってたから、どうにかしようって思って」

「それでこの人間を探してたわけね、フラン」

 

 ずぐ、と。

 フランドール様の胸を、レミリアお嬢様の腕が、貫いた。

 それはそうだ、吸血鬼には再生能力がある。

 ごぼり、と血を吐き、フランドール様の身体が地に倒れる。

 動揺に身体が支配され、満足に動かせない。

 

「そう、この子が異変の犯人なんて、なかなか面白い運命ね。

 美鈴、ちょっと退いてくれる?」

 

 それでも、私は。

 

「丁度良いわ、運動してお腹も空いていることだし」

 

 最早障害としてすら見られていないとしても、それでも――。

 

「前はああ言ったけど、でも、そうね。

 気が変わらないうちに吸い殺してやろうかし」

 

 台詞は途切れた。

 レミリアお嬢様の後頭部に、どこからか無駄にでかい五芒星が降ってきて、衝突したためだ。

 先の妹に続き、姉の方も地に倒れる。

 

 展開に理解が追い付かない。

 見れば、昇りはじめた太陽を背に、人影が空に浮かんでいて。

 

「どうも今晩は!

 黎明とともに妖怪退治に颯爽と現れました、東風谷早苗です!!!!」

 

 黎明とともに、巫女が空気を読まずに現れた。

 

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