1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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十七・頂(イタダキ)の蛇(クチナワ)

 

「――で、咲夜さんが起きて来たんですよ。

 猫柄のパジャマで、いかにも寝起きって感じで。

 そしたら挨拶もそこそこに言う訳です、『この惨状はいったい、どういう訳でしょうね』って。

 何かと思って周囲を見渡せば、全身ぼろぼろで片腕がスプラッターな美鈴さんに、頭に大きな大きなコブを作った吸血鬼(姉)(かっこあね)、胸のド真ん中に穴の開いている吸血鬼(妹)(かっこいもうと)、這う這うの体で逃げようとしている男の子。

 そんなところにいたら、明らかに私、大量殺人事件の犯人じゃないですか!

 吸血鬼に朝日はまずいだろうと、門の陰に引きずってたところだったのがホントにタイミング悪くて。

 今ちょうど死体の処理やってます、みたいな感じですよね、私のせいじゃないのに。

 あ、いえ、確かに一部は私がやったんですけど、それも……って聞いてます? 神奈子様」

「……うん、聞いてる聞いてる。

 で、その話まだ長いの?」

「報告を、って言ったのは神奈子様の方なのに」

 

 報告はいいが、要点を纏める気が早苗には無いらしい。

 あと物真似が絶妙に似ていない。

 

「じゃあほら、また後で聞くから。

 諏訪子もそろそろ起きてくるし、朝餉の準備をお願いね」

「なんか扱いが雑じゃないですか?」

 

 ぶーぶー言いながら台所へ向かう早苗の後ろ姿を見送って、さて、と私は向き直る。

 警戒と疑惑を瞳に宿らせた、一人の少年へと。

 

「どうしたの?

 まだ私はお前に何もしていないはずだけれど」

「まだ、なんですね」

「それはもう。

 でなければ、わざわざ早苗に連れて来させる訳がないでしょう」

 

 炬燵(コタツ)を挟み、向かい合う形で私と少年は対峙していた。

 湯呑の湯気と茶請けの煎餅が気を削ぐが、それくらいが丁度いいだろう。

 炬燵布団の下、右手を猫科の獣のように強張らせているような、敵対状態の相手には。

 とはいえ、神を相手に可愛らしいものだが。

 

「まあ言ってしまえば、異変解決が目的よ。

 守矢神社(ウチ)の信仰を高めるには、こういった地道な活動も重要なわけ。

 そして今回の場合、お前が最も異変に関係している」

「……こき使われましたからね、特に地獄では」

「ああ、やはり勘違いしているみたいね」

 

 何を言っているのか、と訝しむように目を細める少年。

 たっぷりと間を開けて、威嚇するように頬を上げ、私は推測という名の確信を口にする。

 

「お前が八雲紫に手傷を負わせた。

 それが全ての始まり」

 

 堤が崩れた原因を、当の蟻へと語り始める。

 

 

 

   ***

 

 

 

 神隠しの主犯。

 八雲紫は時にそう呼ばれる。

 

 境界を操るなどという規格外の能力を有する彼女は、神隠しと呼ばれる、ありとあらゆる現象を司る。

 物を消し、人を隠し、世界を切り取る。

 原因不明の消失、それは架空の簒奪者を思い起こさせ、神という曖昧な上位者を創り上げる。

 八雲紫は、その曖昧に位置する妖怪なのだ。

 

 けれど必ずしも、神隠しの全てが八雲紫の行為だというわけではない。

 

 当然のことだ、そもそも神が隠すから神隠し。

 天狗が人を浚い、鬼が人を喰らい、神が人を隠すように、人間の消失などかつてのこの国ではありふれた事柄だ。

 神隠しの主犯ではあっても、神隠しの実行犯とは限らない。

 むしろ、彼女が関わらない神隠しの方が、圧倒的に多かっただろう。

 

 だが。

 神隠しの神とは、多神教の宗教が歪に混ざり合うこの国で、いったい何を指すというのだろう?

 神らしい何者かの仕業、という曖昧さが、八雲紫の入り込む隙間となった。

 名のある妖怪への畏れではない、受け皿の無い恐怖を、彼女は余すところなく受け入れたのだ。

 

 それがどれほど異常なのか。

 畏れは妖怪の力であり、妖怪の本質を規定する。

 馬鹿げた量の混沌を、自身そのものとする存在。

 ならば、雑多に集められ混ざり合った妖力が、淡く一色に染められたのは、ある種の必然と言えるだろう。

 

 『簒奪』。

 

 人間から奪うという力にして、妖怪から掠め奪い得た力。

 八雲紫の本質。

 そして。

 

 この少年の能力は、八雲紫の妖力を奪い返した。

 

 

 

   ***

 

 

 

「『蟻穴を開ける程度の能力』と評されたのだったかしら。

 蟻の小さな牙は、八雲紫ほどの大妖にすらも届いたのね。

 それが、か弱い人間であるお前があの空間の隙間から逃れられた理由。

 さらに言えば、異変が起きた理由でもあるわ」

 

 大したことの無い茶飲み話だとでも言うように、私は湯呑に手を伸ばす。

 眉をひそめ、続きを、と目で語る少年に、自然と目を細めてしまう。

 

「命にすらも穴を開ける能力。

 それが、八雲紫が溜めに溜めこんだ妖力に、小さな穴を開けたのよ。

 妖怪の力は妖怪の精神。

 ゆえに、八雲紫は自身の異常に気付けない。

 穴が開いていることを、自身が見逃してしまうから」

 

 話の流れを悟ったのだろう、少年は口を小さく開けて、驚嘆の息を吐いた。

 

「集められていた妖力は八雲紫から漏れ出て零れ、元の持ち主へ帰っていく。

 簒奪の色に染められたまま。

 返された妖怪は、許容以上の酒のごとく、自身の力に酔い始める。

 簒奪の色に、浮かれ騒ぐ。

 ――それが、この異変の正体なのよ」

 

 ずずり、と湯呑を傾けて様子を覗う。

 信じられない、というわけではない、むしろ納得に近いような少年の表情が、どこか気に入らない。

 まあ、話は終わっていないのだが。

 

「――と、ここまでがお前に会うまでの話」

「え?

 それは、今の話がどこか違っていた、とか」

「いいや、恐らく全て正しい。

 けれど、続きがあるの。

 妖怪の元に帰った妖力。

 それをさらにお前が発散させた後、さて、いったい何処へ消えていったと思う?」

「……八雲紫の元にまた戻った、とか」

「違う。

 雲散霧消したわけでも、ない」

 

 顔の前、人差し指を一本立てて、少年の視線を集める。

 そのまま、ゆっくりと、前へ倒して。

 少年を、指さして。

 

「全て、お前の元にある。

 お前は、人間でなくなりつつあるのよ」

 

 力の弱いものならば、神一柱と大差ない程の妖力。

 それが、まだ小さな子供の身体を、取り巻くように存在していた。

 

「妖を倒した剣の霊格が上がるように、鬼を倒した人間が英雄となるように、力は勝者の元へと集うもの。

 妖怪たちに優先的に襲われたのも、お前が八雲紫から妖力を解放したのが理由だったのでしょうね。

 結果返り討ちに遭うが如く二度も解放された妖力は、帰る場所も最早無くなり、お前を主として認めつつある。

 そしてお前の願いを叶えるべく、存在を変質させようとしている。

 恐らく、命ね。

 生き永らえるための肉体へと、魂へと、今まさに変わり始めている」

「……そうか。

 お医者様の言ってた『余計なお節介』って、そういうことだったのか。

 だから、異変の解決に突き合わせたりして」

 

 理解できないと呆けた顔が、歓喜だろうか、次第に緩み歪んでいく。

 だが。

 私の話は、未だ、終わっていない。

 

「良かった良かった、お前はまだまだ生きていられるでしょうね。

 

 

 ――人を喰らう化け物として、で構わないのなら」

 

 

「……え?

 なに、そんなこと、嘘」

「何もおかしい事はないわ、そもそもが簒奪の力だもの。

 命を長らえさせるために、他の命を奪う。

 どんな動物だってやっていることよ。

 共食いが当然なんて生物は殆どいないでしょうけれど。

 それが嫌なら自殺でもするといい、能力を使えば手っ取り早い」

 

 嘘、嘘、と呟いているのに、自分でも気づいていないだろう。

 子供は好きだ。

 手のひらの上で転がせるような、不安定な弱さが。

 心惑わし現実を与える、神の遊び。

 そして糸を垂らし導くのが、神の仕事だ。

 

「お前が選ぶ道は、人喰いの化け物として生きること。

 自身に穴を開けて妖力を手放し、人間として死ぬこと。

 それから」

「……え。

 それ、から?」

 

 俯いていた顔が上がる。

 絶望の眼に、僅かでも希望があるならと縋る瞳が、小さく揺れた。

 

 

「私に仕えろ、神として」

 

 

 随分と回り道をしたが。

 ようやく、本題だ。

 

「妖怪を斃し力を奪い、人間を助くことで信仰を集めろ。

 人間を喰う妖怪を喰らい、人外として崇められるまで。

 なあに、私が手伝ってやる、この神社には現役の現人神だっていることだ。

 既に充分な妖力もある、決して不可能なことでは、ない」

 

 妖怪の楽園とすら言われるこの幻想郷、裏を返せば、倒されるべき妖怪には事欠かないということだ。

 博麗の巫女が人間の信頼を得ているのも、主な要因は異変解決という役回りのため。

 八雲紫にすら傷をつけたこの少年なら、鍛えようによっては有用な駒となるだろう。

 

「少なくとも、私の指示に従っている内は、命を保障してやる。

 勿論、安全も――」

 

 勧誘に口を回らせていると、玄関口から戸を叩く音が届いた。

 

「――ち、こんな時に客?

 早苗、さなえー、出てくれる?」

 

 返事の後、とたとたと遠くなる足音を聞きながら、気を取り直してと向き直るが。

 どたどたと、勢いよく近づいてくる足音に、嫌な予感が今更ながらに増して。

 欠片も遠慮の意思が無く、襖ががらりと引き開けられて。

 

「やっぱりこの子、ここにいたのね」

「……どうして、守矢神社(ウチ)だと?」

「勘」

「勘すげー」

 

 噂をすればなんとやら。

 博麗の巫女、博麗霊夢がそこにいた。

 

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