1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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十八・巫(カンナギ)の緒(イトグチ)

「霖之助さん、紫が何処にいるか知らない?」

「……知っていたらもう少し心穏やかに生きてると思わないかい?」

「それもそうなのよねえ」

 

 霊夢の問いに問いで返し、二人で溜息を吐く。

 スキマ妖怪の居場所など、幻想郷でどれほどの人数が知っているのだろうか。

 そもそも幻想郷に留まっているとも限らない。

 

 話を聞けば、何やら、異変が起こっているのだという。

 ここ最近は出歩くこともなく、僕は寡聞にして知らなかったのだが。

 面倒な事情と経緯があり、根気強く遡って調べたところ、紫が原因だと気付いたのだとか。

 霊夢が調べ事など珍しいにも程がある、おそらく誰かしらが調べたことをどうにかして聞き出したに違いない。

 

「紫の方から来るのを待つしかないのかしらね」

「それが出来れば良かったのだろうけれど」

「え?」

「数日前に店を訪れた時、冬眠前最後だと言っていた」

「なんてタイミング悪いの、あいつ……!」

 

 八雲紫は冬眠する妖怪である。

 いや、本当に冬眠が必要なのかは分からないが、冬の間は少なくとも殆ど姿を見せないのだった。

 そして、そろそろ雪も降りかねない今は、まさに寝入り始めの時期であった。

 霊夢は眉間を寄せに寄せて、女の子にあるまじき憤慨を表す。

 

「ああもう、どうしようかしら」

「春までは待てないのかい?」

「……春までは持たないでしょうね」

 

 幾分か抑えられた声量と語調。

 視線で示されたのは、霊夢に連れられ香霖堂(みせ)へ再度の訪れとなる、あの外来人の少年だった。

 椅子に腰かけ、心ここに非ずといった雰囲気で商品棚を眺めている。

 口端をきゅっと一文字に結んだ横顔から、彼の心境を正しく読み取ることはできない。

 

「まだ、紫の妖力がそのまま纏わりついているだけだからいいけれど。

 あの子が死んで行き場をなくしてしまったり、何かのせいで変質してしまったら」

「幻想郷の結界維持に支障をきたすかもしれない、か」

 

 結界の管理者という側面を持つ八雲紫、その力が不足してしまったとすれば、問題が起こるのも当然のこと。

 紫が妖怪としてどれほど強大かは想像することも難しいが、神にも匹敵するほどの妖力を失ったとあれば、流石に些事では済まないだろう。

 それでも今はまだ目に見えた綻びは無いと、霊夢は機嫌悪く語る。

 

「絶対そこまで考えてたのよ、神奈子のやつ。

 異変の影響を受けてたにしても性質が悪いわ、もっとしばいておけば良かった」

「安く買い叩いておいた材料を切り札に、妖怪の賢者に交渉を迫る。

 高値で売れた場合は幻想郷の安全を理由に、彼との契約を一方的に破棄してしまえばいいわけか。

 どちらに転んでも損はしない、僕よりずっと商売人に向いていそうだな」

「それは霖之助さんが……ああもう、そんなことはどうでもいいのよ。

 今は紫のことよ」

「ああ、それでどうするんだい?」

 

 逸れ始めた話題を元に戻すも続く言葉はなく、霊夢はむむむと考え込み始めてしまった。

 いくらまともに客が来ないとはいえ、このまま居座られては営業妨害だ。

 ふむ、と呟いて、僕は一つ、簡単な提案をする。

 一秒の間を開けて、それよ、と霊夢は目を開き、胸の前で手を叩いた。

 

「ああ、そうよね、なんで思いつかなかったのかしら。

 今買ってくるわ」

「とはいえ、以前に霊夢に言われてやったみたものの、上手く行かなかったが」

「……七輪よ。

 七輪を用意しておいてくださる?」

 

 それだけ言い残して、霊夢はせわしなくも足早に、店を出て行ってしまった。

 しかし、わざわざ香霖堂(うち)で試すこともないだろうに。

 まあそれでも、案を挙げた責ということで、手伝いくらいはしてやろうか。

 さてさて店の裏へ木炭を取りにいかなければ、と立ち上がったところで、背に声を掛けられた。

 

「店主さん、何か紙と書く物を貸していただけませんか」

 

 先ほどまで口を開かなかった少年は、藪から棒にそんなことを言いだした。

 自嘲と諦念を隠そうともしない表情が気にはなったが、僕は何に使うのかと尋ねる。

 

「霊夢ちゃんが帰ってくるまでは暇になりそうですし、手記でも遺そうかと。

 死ぬにしろ人間を辞めるにしろ、今の僕ではいられないでしょうから」

「……最近は、外の世界から原稿用紙という紙が大量に幻想入りしている。

 筆と和紙よりは慣れている物の方が良いだろう」

 

 引き出しに仕舞っておいた適当な筆記具とともに、紙の束を手渡した。

 受け取る少年の手に力はなく、代価を請求する気分にはなれなかった。

 少年は誰に聞かせるわけでもないほどの声で、ぽつりぽつりと独り言めいた言葉を漏らす。

 

「――阿求ちゃんに話したのは、幻想郷に足を踏み入れてから、博麗神社に訪れてからのこと。

 だから、僕が幻想入りした理由、八雲紫とのやり取りは、まだ誰にも話してない。

 あの時、僕がどれほど恐怖を覚えて、どれほど情けなく抵抗して、どれほど命を惜しんだか。

 それから、この異変のことも。

 どうしても。

 どうしても、残しておかなきゃならないんだ。

 そうでなきゃ、幻想郷が僕を受け入れても、僕が幻想郷(げんじつ)を受け入れられない――」

 

 少年は、かち、かち、と何度も筆記具の頭を押し込んで、黒鉛の芯を伸ばし続ける。

 芯が伸びきって筆先から押し出され、次の芯に交代しても。

 

 僕は半人半妖だ。

 それゆえに長く生きているし、人付き合いが上手くないとはいえ、人の死にだって幾度も関わってきた。

 けれど、いや、やはりと言うべきか。

 この少年に掛ける言葉は、見つからなくて。

 

「文章の書き出しは、シンプルな感情を置くのがいい、と聞いたことがある。

 読む者にとってもそうだが、何より書き手自身が次行へ繋げやすい。

 感情が起きた理由、その事柄の話、といったように」

 

 そんな、誰から見ても的外れな助言を残して、僕はドアノブに手を掛けた。

 小さく耳に届いた感謝の言葉に、言い表せない歯痒さを感じながら。

 

 

 

   ***

 

 

 

「……こんな所にいた」

 

 七輪も店の外に仕舞っていたはず、と店の裏、軒下の道具置き場を漁っていると、目の端に黒い人影が映る。

 紅白でないことに首を傾げつつ振り向けば、宙に浮かぶヴァイオリンと宙に浮かぶ騒霊の姿があった。

 楽団三姉妹の一人、黒を基調とした衣装なのは確か長女のはずだ。

 

「おや、弦でも切れたのかい?

 それとも、また珍しい楽器でも探しに?」

「後者。

 もっとも、私は妹たちの付添いだけど」

 

 妹たち、ということは、つまり三人で来たらしい。

 

「紅魔館の方で凄い音がしたのはどうやら異変らしいから、そのうちにまた宴会にでも呼ばれそうかな、と前準備をしに来たところ。

 店の中には熱心に書き物をしている少年だけ、店番をしている風でもなくて」

「それで探しに、わざわざ。

 でも悪いけど、気に入りそうな商品は入荷していなかったと思う」

「構わないわ。

 リリカが適当な打楽器を探しに来ただけだから」

 

 文脈から察するに、叩いて音が鳴れば楽器、ということなのだろう。

 騒霊(ポルターガイスト)と考えれば正しいのだろうが、店の中に放置しておくのは不味いかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、甕やら除雪具の下に、古めかしい七輪を発見する。

 

「おっ、やっと見つけた。

 網が無いが……確か、台所の方に置いていたんだったか」

「秋の味覚には少々遅いし、新年の餅には少々早いような」

 

 余計なお世話を聞き流して、表の方へ運んでいく。

 その途中で、店の中から金管楽器の力強い、飛び跳ねるような旋律が聞こえてきた。

 

「メルランね」

 

 ふよふよと先行する長女を眺め、僕は何かを忘れている気がして足を止める。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 僕は七輪の準備をしなくてはならないのだから。

 

 ああ、そうだ、台所から網を持ってくるのだった。

 しまった、裏の方には炭も置いていたのだ、一緒に持って来れば良かった。

 

 待てよ、折角七輪を出すのだから他にも何か焼こうか。

 

 

 確か、魔理沙が持ってきた茸がまだあったような。

 

 

 

 何処に仕舞っていたのだったか、食べ切ってしまった記憶は無いが。

 

 

 

 

 いっそのこと、魔理沙も呼んできたら良いかもしれない――。

 

 

 

 

 

「――霖之助さん?」

 

 

 気付けば、いつの間にか帰ってきていた霊夢が頭の上に浮かんでいて、ふわりと店の入口へ降り立った。

 片手に提げた包みは重箱二段ほどはある、人里で買った油揚げが大量に入っているのだろう。

 

「なんだかやけに頬が緩んでたわね。

 それにちんどん屋なんて呼んで、いったいどうしたの?

 異変解決の宴会には、まだ気が早いと思うけど」

 

「いや、僕が呼んだわけじゃなくて」

 

 なんとなく居心地の悪そうにしている騒霊の長女を尻目に、とりあえず中へ、と扉を開けると。

 

「……そうだった」

 

 『躁の音を操る程度の能力』。

 幽霊楽団三姉妹の一人、メルラン・プリズムリバーの奏でる音は、聞く者の精神を高揚させる魔法だ。

 建物越しよりもずっと心に響く生演奏を、中にいた人物は受けていて。

 

 楽しげに眼を細め、私は関わっていませんとばかりに壁に寄りかかっている三女。

 奏者が七人はいそうなくらい、重厚なトランペットを軽快に吹き鳴らす次女。

 その先に。

 

 座ったまま書き物台の上に無理矢理片足を乗せて、落ち着きなく左手で机を叩き頭を振って律動を刻みつつ、焦点の合わない目をぐりぐりと動かしながら、憑かれたかのように筆を執る、少年の姿がそこにはあった。

 

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