1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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二十・廿(ニジュウ)の箋(カキモノ)の諸(モロモロ)


 

 

 読み終えられた原稿用紙が、ぱさり、と閉じられる。

 

 (ナニガシ)(アトカタ)と、始の一話には題されていた。

 異変に侵された十人――いや、上白沢慧音と森近霖之助は除くにしても、何れにせよ十の話をまとめた、ノンフィクション。

 その全てが一人称で綴られているのは、本人たちが書いたためでも、彼ら彼女らから話を聞いたためでもない。

 妖怪により、記憶を遡り読まれたという、ただそれだけの話。

 

「悪くない出来よ、古明地さとり――いえ、作者不詳の方が好いのだったかしらね」

「ええ、他人の思考をそのまま文章にしたところで、私の作品とはならないので」

 

 静かにティーカップを口に運び、じとりとした眼で返す妖怪は、今や(さと)り妖怪でも地霊殿の主でもなく、一人の文筆家だった。

 

 八雲紫の境界を操る能力を借り、地底に居ながらにして異変に関わった人妖の心を読む。

 断りもなく、有無を言わさず。

 取材と称するには余りに力技で、余りに手段を選ばないその手法。

 

「それにしても、妖怪の賢者、八雲紫。

 貴女からこんな依頼が来るとは思いませんでしたが……しかし、これで良いのですか?」

「良い、というのは?」

「言う必要も、無いと思いますが」

「言葉にして貰えなければ解らないわね」

「……対面した相手に思考を先読みされるのは、これほどやりづらいものなのですね」

「貴女も私の心を読めばいいじゃない、何時ものように」

「読みたいものですか、そんな混沌めいた心なんて。

 読んだところで、まともに理解できるとは思えませんし」

 

 皮肉気に目を細める作家に、紫は口角を挙げて返す。

 数秒の静寂(しじま)

 根負けしたかのように息を吐き、文筆家は受け皿(ソーサー)を小さく鳴らした。

 

「……この物語の事です。

 私が書き記したのは、十話から十九話まで。

 一話から九話までは他の誰かが書くと言っていましたが、そちらとの整合性はどうなのか、と聞いているんです。

 一応、文体についてはそれぞれ視点に依って幾分か変えはしましたが」

「何の問題も無いわ。

 貴女の書いた後半とは、描かれ方が異なるようになっているから。

 具体的には、前半は全て、あの少年の一人称――」

「へえ」

「――を模した、第三者の半創作」

「……なかなか入り組んだ構造で。

 それにしても、その口振りだと前半部分では、作中で書き手の存在を強く意識させた構成になっているようですが。

 作者(わたし)の存在を曖昧にしたのはあまり意味が無かったかもしれません。

 念には念を入れて、私が一人称の話では『心を読む』という言い回しを避けることまでしていたのですけれどね。

 気を使って損をしました」

「いいえ?

 むしろ結果から見れば、丁度良い塩梅になったと思うわ。

 十話目で上白沢慧音が全てを知り、悩んだ末にこの物語を引き継いだ、ともとれるもの。

 それにね」

 

 肘をつき掌を合わせ、口調を変えぬまま表情を消して。

 

「本当の事を言えば、一話から九話、ではないのよ」

「……え?」

「その前に、もう一話あるの。

 本人の書いた、冒頭が」

 

 紫は再度作り物の笑みを浮かべ、空間のスキマを通して幾枚かの洋紙をテーブルの上へと滑らせる。

 最初の数行を目にした文筆家は内容の把握と共に眉を(ひそ)め、頬を引き()らせた。

 それはあの少年の遺した、恐らく最初で最期の一編。

 幻想郷へと辿り着く経緯(いきさつ)を記した、短すぎる自叙伝。

 

「一話目よりも前、物語の導入部(プロローグ)という意味で、零。

 (ある)いは紙面に零れた本音の意味でも、同じ字を題に()てたいところね」

「……なんて素晴らしく趣味の良い」

「あら、世辞は結構よ」

「そうでしょうね。

 しかし――」

 

『何を言いたいかというと。

 ……僕のせいじゃないじゃん?』

 

「――これが本音とは、救われない」

 

 茶化した地の文に、底の暗さが透けていた。

 

「救いようもない、と言った方が正しいかしらね。

 騒霊に心冒されていたとはいえ、最後の最後に書き残したのが、釈明だなんて。

 その上で、自分の命が尽きることより、つい最近足を踏み入れたばかりの世界を選ぶ――人間というのは」

「滑稽、ですか?」

「まさか。

 感嘆してしまうくらいよ」

 

 思ってもいないことを、と目で語る文筆家。

 

「嘘じゃないわ。

 いくら徹底的に痛めつけられ、自身の存在を否定され、己の責を突きつけられ、行動でしか償えないと知ったとしても。

 それでも我が身可愛さに全てを捨てて逃げるのが人間という存在だと、私は確信していたのだもの」

「……本当にあの少年が自己犠牲の意図で喰われたのか、今となっては心を読むことも出来ませんけれどね」

 

 頬をついて目を逸らされても、紫は薄い笑みを浮かべたままだった。

 

「あら、茶葉が気に入らなかったかしら、あまり減っていないようだけれど。

 いけない、忘れていたわね、御茶菓子でも出しましょう」

「いえ、地霊殿(うち)の応接間ですし、地霊殿(うち)の紅茶ですし、それも地霊殿(うち)の茶菓子です。

 全く、油断も隙もない。

 ……そういえば、ですが。

 八坂神奈子のように、あの少年が誰かに唆される事も想定していたのですか?

 実際の所、あのタイミングで博麗の巫女が現れなければ、状況はこうも丸く収まらなかったでしょう。

 それとも、起きて見張っていたとか」

「そんな面倒な事をする(はず)がありませんわ。

 簡単なこと。

 少し、境界を(いじ)っておいたの」

「――境界?」

「ええ。

 誰にも言うまいとしていたあの子の名前、貴女にも読めなかったでしょう?

 自己と他者の境界を曖昧にして、他者との契約を結ばせないようにしていたのよ。

 その代償に、他人との関係性も不安定になってしまっていたけれど、それくらい些細なことよね?」

「じゃあ、八雲藍が少年を喰べたのは」

「元より、私の式だけが、あの子に終焉を与えられた、というわけ」

 

 くすくす、と笑いを溢すけれど、文筆家は追従してはくれなかった。

 

「それでは最初から、この茶番は終わりが決まっていたわけですね。

 全てが全て、八雲紫の掌の上。

 ああ、本当に、本当に趣味が良い」

 

 異常者を目にすることすら忌避せんとばかりに、文筆家は額を手で覆う。

 

「もう、地上なら月が三桁は上ったくらいでしょう。

 当事者の私すらあの異変を忘れかけていた今頃、唐突に現れて混ぜ返して。

 空間に開けた隙間から他人の心を覗き見て、小説を書いてほしい、なんて実に嫌らしい趣味だ、と思ったら。

 まさかそれも単なる添え物、後始末に過ぎないとは」

 

 理解できない、と小さく呟いてティーカップを傾け、琥珀色の液体を飲み干す。

 少女のような笑い声だけが、室内に響いた。

 

「ねえ、この物語の題名(タイトル)を考えたのだけれど、聞いてくださる?」

「聞きたくないと言っても意味が無いのでしょう、何ですか」

「そういう態度はあまり好きじゃないわ」

「面倒くさい……分かりました、教えてください、これで良いでしょう」

「ええ、結構。

 私ね、一から九(1 to 9)と書いて『人を喰う』と読ませたいの」

「人を喰う、ですか。

 字義通りの意味だけでは、ないのでしょうね」

 

 文筆家は興味なさげに、勝手に用意された茶菓子の袋を裂き、ビスケットを一枚、ひらひらと揺らす。

 焼き菓子に歯を立てると、軽い音が鳴った。

 

「ええ。

 ()ずは一対九の比率(ratio of one to nine)という意味。

 前半後半ともに、本人が書いた文章とそうでないものの割合と一致するでしょう?」

「前半は少年の零話、後半は私の十五話、ですか。

 ああ、いえ、何も知らなければ上白沢慧音のことになるのでしたね。

 ……というか、『()ずは』?

 この題名、今、私の書いた分を読んでから思いついたんですよね?」

 

 怪訝に問われるも、悠然と頷く紫。

 

「含意はまだ幾つか用意してありますわ。

 続いての 1 to 9 、一人の人間(One)九に逢う(meet to 9)話。

 阿礼乙女が九代目・稗田阿求。

 そして九尾の狐たる藍」

「もしかして。

 十九話を八雲藍の話に合わせろと言ったのは、妖獣の九尾で(じゅう)(きゅう)、という洒落?」

 

 目を瞑り、答を返さないのは正鵠ゆえか。

 だとすれば今考え付いたというのも、虚栄じみた嘘かもしれなかった。

 気まずげな沈黙を振り払う、咳払いが一つ。

 

「それから、一から十までは説明しない、未完成(一から九まで)の物語。

 共犯者の貴女は大半の事情を知ってしまっているけれど」

「前半の作者には何も知らせないで書かせたのですか?」

「勝手に書いてくれていたのよ。

 私は続きを書ける誰かを探しただけ」

 

 しゃあしゃあと言ってのける紫に、巻き込まれた側たる文筆家は嘆息を漏らさざるを得なかった。

 そんな心境をまるで無視して、愉しげに説明が続く。

 

「最後に、あの子の名前。

 視点の切り替わり(side)が本当は無い後半部分と、最期までの道程を歩む人間を掛けて。

 井藤久遠の死出(1 to 9 on no side)――と、読ませたいわけ」

「……成程。

 自己満足の境地だということがよく分かりました」

「そうでしょう?

 |因みに、no side って外の世界の球技では、試合終了という意味があったそうなの。

 事が終われば、敵の側も味方の側も存在しない――偽善的な言葉よね。

 本当は和製英語の類で、いつの間にか幻想入りしてしまったのは、何処か皮肉めいてもいるかしら」

「それは暗に、貴女の始めた異変だとしても、終わってしまったのだから無かったことにして欲しい、とでも?」

「出来れば、あまり知られたくも無いのよ?」

「物語を誰かに読ませるつもりも無い、と?

 それじゃあ、何のための物語だったんですか、これは」

「単なる趣味嗜好の範疇よ。

 だって――私が発端なのに関わらないなんて、寂しいじゃない?」

 

 自己本位が過ぎる思考回路に、最早、相槌すらも打たれない。

 さくり、と菓子を食んで浮かべた表情には、何の罪悪感も見て取れなかった。

 

「藍は異変を起こした事の無い妖怪のため、だなんて考えていたようだけど。

 私だって、大っぴらには異変を起こせない妖怪の一人、なのよねえ」

「……はあ。

 だからと言って、エンディングを自ら定めた異変、それを自分の式神に解決させるなんて、マッチポンプにも程がある。

 何というか、徹頭徹尾――」

 

 

 

「「「――人を喰った話、ですね/でしょう?/だね」」」

 

 

 

 私は、音を立てないよう注意を払って、扉を閉めた。

 

 

 

〈了〉




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