1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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二・妖(アヤカシ)の書

 

 道の真ん中で、なにやら茄子色のでかい傘をさしている女の子に逢った。

 下駄を履いた生脚が白くて綺麗。

 顔は傘に隠れてよく見えなかった。

 

「傘は……要らんかね……?」

「天気良いけど。日傘ってこと?」

「……」

「ミスったみたいな顔されても困るんですけど。

 どうせ、君、アレとかでしょ。

 からか」

「傘は!

 傘は要らんかね!」

「あっ、ごめんね、ちょっとルール違反だったね。

 えっと、どっちが正解だろ。

 そうだな……それじゃ、要りません」

「えっ」

「欲しいなー!

 今、傘、すっごく欲しいなー!」

「そうかい……一度は捨てた傘をあんたは欲しいと……!」

「そういう設定かー」

「捨てられた傘の恨み……はらさでおくべきか……」

「ちょっと強引じゃない?

 流れが」

 

「……うーらーめーしー……!」

 

「結婚しよう」

「えっ」

 

 傘に現れた一つ目や、赤くて長い舌なんかより。

 傘の下から覗いた、おどろおどろしさを目指しているのだろうけど、上手く作れない変顔みたいな。

 そんなポンコツ系美少女の睨み顔の方が、僕の心を揺さぶったのは仕方のないことだった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「それでー、命を捧げるのを前提に結婚しようって言ったんですけどー。

 その子ったら顔真っ赤にして『わ、わちき、用事がっ』とか言って飛んでっちゃうんですよー。

 超可愛かったんですけどねー」

「小傘も可哀想に……」

 

 慧音先生の隣で筆をペン回しの要領で弄びながら、僕は愚痴る。

 

「小傘ちゃんって言うんですか、名前がそのまんますぎて素敵ですね。

 いえ、傘は大きいからギャップ萌えってやつですかねえ。

 それに一人称がわちきだなんて、可愛過ぎますよ。

 思いません?」

「それは混乱していただけだと思うがな。

 というか、小傘は人間を喰らうタイプの妖怪じゃないぞ」

「へ? そうなんですか?」

「人間を脅かして、恐怖をエネルギーにするらしい。

 幻想郷縁起によれば」

「もったいないなー。

 どうしてこう、僕のストライクゾーンには人喰いの妖怪がいないんだろー。

 慧音先生とか、実は妖怪だったりしません?」

「あっはっは」

「ですよねー。

 あ、採点終わりました」

 

 寺子屋の教員室で僕は、今日行われたという抜き打ちテストの採点をしている。

 幻想郷に降ってきて、よくよく考えてみれば住む場所も働く手段も持ち合わせすらなかったわけで。

 ありがたいことに、寺子屋で教鞭を執っている慧音先生のお手伝い、という形で暮らすことになった。

 暮らすことになった、とは言うものの、今日がその初日である。

 昨日は博麗神社に泊めてもらったので、幻想郷生活は二日目。

 僕の目的からすれば、この生活が何日続くかなんて無意味なカウントではあるけれど。

 僕の処遇については魔理沙曰く「死にたい奴を生かすなんて懐が広い」。

 霊夢曰く「勝手に死ね」とのことである。

 至極正論である。

 

「それで幻想郷縁起ってなんです?

 いえ、言わないでください。

 予想するに……小傘ちゃんのプライベートが克明に記録されてる、そうですね?」

「妖怪の弱点なんかが書いてある書物だよ。

 まあ、特に弱点がない妖怪も多いが、その場合にはちょっとした対策が書いてある。

 さっさと逃げろとか、怒らせるなとか」

 

 大人の女性、さすがのスルー力である。

 自然と敬語で会話してしまう程度には大人風味たっぷりだ。

 といっても、実際は成人もしていないくらいなのだろうけど。

 大人びた若い女性の年齢は、本当に分かりづらい。

 

「そうだなあ、目を通しておいて損はないだろう。

 確か、そこの棚にも置いていたはずだが」

「ここですか?」

「そう、その何冊か下」

 

 本棚というより積読の果てといった印象の資料たちから目的のブツを見つけ出す。

 幻想郷縁起、稗田阿求。

 著者だろうその名をなんとなく心の隅に書き記しつつ、ぺらぺらとページを捲ってみる。

 

「……まさかのイラスト付き」

「編纂者の意向だそうだ」

 

 どことなく軽めな文体も含め、外装の雰囲気よりはるかに現代風な中身の書物だった。

 

「へー」

「どうだ?」

「どうだって言われても返しづらいですけ……ど?」

「ん?」

 

 目が留まる。

 口を閉じ、そのページを眺める。

 読む。

 精読する。

 記憶する。

 閉じる。

 

「ちょっと、行ってきます」

 

 僕の表情を見た慧音先生の、呆れたような諦めたような、引き攣った顔が印象的だった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 道の真ん中で、昼間にも関わらず闇を纏う妖怪に逢った。

 両手を広げ、犬歯を剥き出しにして捕食の意思を露わにしている。

 赤く煌めく瞳が僕を射抜いた。

 

「あなたは食べてもいい人間?」

「はい」

「えっ」

「むしろ食べてくれると喜ぶというか、喜びながら食べられるというか」

「えっ……えっ?」

「ルーミアちゃんだよね?

 ひゃー、イラストよりずっと可愛い。

 あ、もしかして子供の肉は苦手かな?

 ちょっと大人になるまでは待てないんだけど」

「え、いや、別に。苦手とかは」

「あ、ほんと? 良かった。

 それじゃ結婚だね結婚」

「なに? えっ、どういうこと?」

「だーかーらー、血肉も魂も喰らって糧にするだなんて。

 そんなの、もう、一生を添い遂げるも同じじゃない?

 おっとごめんね、気が急いちゃった。

 まずは味を確かめてもらおっか。

 婚約指輪みたいなものだね。

 婚前交渉とまでは言わないけど」

「や……え、やあ」

「血からどうぞ?

 刃物とかないからそのまま噛んじゃって。

 そのまま肉ごと味わっても構わないよ。

 さ、どうぞ、遠慮せず。

 あれ? どうしたの?」

「……きも」

「うん?」

「気持ち、悪いぃ!」

 

 まさかの罵声だった。

 そして重ねて掛けられた言葉は。 

 

 

 

妖怪(わたし)にだって、選ぶ自由くらいあるんだから!」

 

 

 

 少年の心にちょっとした心的外傷を刻むには充分だったのかもしれない。

 

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