1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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三・心の病(イタズキ)

 

「こーんにちーわー!

 あ、どうも慧音さん、清く正しい射命丸です!

 今日は最近幻想入りしたという外来人の少年に取材など申し込みに参ったのですが!

 彼は寺子屋(こちら)にいらっしゃるのでしょうか?」

「……わざわざ来てもらって悪いが、また後日にしてやってくれないか」

「あやや? どうしました!?

 早々に体調でも崩されたのでしょうか!?」

「いいから。

 面会謝絶だ」

『あやややややー!?』

 

 響く鳴き声をぴしゃりと戸で遮断して、慧音先生は鍵をかける。

 まだ玄関口からは……いや、寺子屋の周囲からは、射命丸と名乗った少女の声が続いている。

 ひっきりなしに、めまぐるしく。

 

「……あれ、良かったんですか?」

 

 かすれた声でかろうじて言うと、部屋へ戻ってきた慧音先生は、静かに目を閉じる。

 

「ああいう輩には毅然とした対応が必要なものだ。

 別にお前が取材を受けたいというのならそれは構わないが」

「いえ……有難う御座います」

 

 気にするな、とばかりにゆるゆると僕に手を振ると、慧音先生は机に向かい始めた。

 ときおり、外からの奇声に混じり紙の捲れる音が聞こえる。

 どのような仕事をしているのかは、寝そべっているので見えない。

 僕はぐでりと畳に体を投げ出しながら、なんともなしに天井に目をやる。

 手足に力は入らない。

 喉はかれ、眼球はおそらく充血していることだろう、鏡は見ていないが。

 病人一歩手前、あるいは手遅れといった体の僕の容体。

 しかし実際のところ、身体的にはある程度健康なはずなのだ。

 身体的には。

 

妖怪(わたし)にだって、選ぶ自由くらいあるんだから!』

 

 唐突にフラッシュバックする、可愛い可愛いルーミアちゃんの可愛い可愛い罵倒。

 それは僕の虚ろな目から塩水を、喉の奥から謎の唸り声を絞り出す呪文だ。

 あんな人格否定は生まれて初めてのことであった。

 しかも好意を向けた対象から、である。

 

「死にたい……できれば喰い殺されたい…」

「希死念慮が現れてきたか。

 無気力状態からの回復の兆しだぞ、がんばれ。

 おっと、そういうことは言ってはならないのだったか」

 

 気遣いが無意味になる気遣いである。

 死ぬ元気があると言われて嬉しい人間などいるまい。

 元から死ぬのが予定の僕は、例外といえるだろうけれど。

 とはいえ、慧音先生の言うことは療法的には間違ってはいない。

 

 昨日のルーミアちゃんとの最悪の邂逅の後、さらに追い打ちをかけてくれた人物がいる。

 呆けて帰り道を歩んでいた傷心の僕は、たまたま通りかかったゲリラソロライヴに、ふらりと聞き入ってしまった。

 その演者。

 ふわふわ浮いて弦楽器の演奏を聞かせてくれた謎の金髪美少女に、僕の心はどうやら影響されたらしいのだ。

 恋……ではない。

 鬱。

 立派な精神疾患である。

 心動かす演奏といえば聞こえはいいが、聞かされた方は溜まったものではない。

 美少女の正体は、人の心に作用するという幽霊楽団三姉妹が長女、と後に慧音先生の言葉で知った。

 

「ルナサちゃん、と言ったな……ふふふ……覚えたぞ……。

 あとで絶対に叱ってやる……性的に……」

「おー、いいぞー。

 怒りも感情の隆起だからな」

 

 適度に他人事な慧音先生の言葉が心地よい。

 そうして四半刻も過ぎたろうか、ぱたん、と書物を閉じる音。

 

「さて、そろそろ私は出かけるとする。

 本来は自殺しないよう見守っておくべきなのだろうが……。

 死ぬなよ」

 

 そんな思いやりがあるんだか薄情なんだかわからない言葉とともに。

 慧音先生はさっさと寺子屋(いえ)を開けてしまったのだった。

 寂しいといえば寂しい。

 そういえば、いつの間にか射命丸さんは居なくなっているようだった。

 

「静かだな……」

『あっ、やっぱりいらっしゃるんですか?

 慧音さんはいないって言ってましたけど!

 ねえ、いらっしゃいますよね!?』

「静かじゃなくなったな……」

 

 居なくなってはいなかった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「只今戻った――うん?

 鍵は閉めたはずだったが」

「僕が開けました。

 開けざるを得ませんでした」

「……ああ、そうか。

 面会謝絶と言ったのだから、居留守だとは判るか」

 

 どうやら出がけに声をかけたらしいが、嘘をつくのが下手というレベルではない。

 その上で嘘が通じると普通に思っていたあたり、大物である。

 

「ところで、後ろの方は」

「ああ、妹紅という。

 お前に会わせておこうと思ってな」

「初めまして、とでも言うのかしら。

 藤原の」

「結婚しよう」

「ひうっ」

 

 怯えられた。

 

「失礼、先走りました。

 まずはそうですね、血を、慧音先生、包丁などは何処に」

「何も学習してないなお前!」

 

 頭突きを喰らう。

 慧音先生の初ギレだった。

 

「こ、この流れなら慧音先生が僕の結婚相手(ほしょくしゃ)を紹介してくれるとかじゃ」

「そんなつもりはないし、どちらにしてもお前のアプローチには問題がある」

「け、慧音。

 帰ってもいい……?」

 

 完全に慧音先生の背後に身を隠してしまった妹紅ちゃんであった。

 

「そもそも妹紅は妖怪じゃないしな」

「……じゃあなんで連れてきたんですか」

 

 逆ギレをにじませる、半ば以上に失礼な僕の言葉を押し流すかのように、慧音先生は。

 

「妹紅が美少女だからだ」

 

 のたまった。

 

「お前が出会う妖怪の話をする度に美少女美少女と五月蠅いからな。

 ここで本物の美少女を見せつけておこうと思ったわけだ。

 ついでに鬱くらい吹き飛ぶだろうし」

「成程、確かに妹紅ちゃんは無意識に求婚をしてしまうほど美少女です」

 

 薄幸系の、とは勿論声には出さないが。

 僕の思いをよそに、慧音先生の表情は孫を前にした老人のそれとなっている。

 念願の初孫レベルである。

 

「可愛いだろう」

「可愛いですね」

「そうだろうそうだろう」

「その可愛い妹紅ちゃんですが」

 

 慧音先生の後ろを指さして。

 

「逃げました」

「もこおおおお!?」

 

 当然の帰結であるとは、やはり、口に出さない。

 

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