勝手知ったる、といった雰囲気で、妹紅ちゃんがドアを引く。
その背を追って、僕も店の中へと足を運ぶ。
ごちゃごちゃと乱雑に物が置かれている、古道具特有の匂いが鼻をつく室内。
「――香霖の、居る?
ま、居ないわけないか」
「妹紅か、珍し……くもないか。
うん? その少年は誰だい?」
「最近幻想入りしたらしいわ。
慧音に頼まれてね、丁度いいからお前のとこの商品に口出ししてくれば、ってさ。
外来人だし、何かしら役に立つだろう、って。
私はその付添い」
「……丁度いい、っていうのは?」
「瘴気渦巻く魔法の森が近かろうと、気にしないような奴だから。
なんとこの子供、死にたがりなんだとか」
呆れか、あるいは羨望にも似た妹紅ちゃんの乾いた口調。
そんな会話を僕は聞かず、店内に入るや否や目に飛び込んで来たそれを、茫然と見続けていた。
カウンターで本をぱたんと閉じた、青と黒の和装に眼鏡の男性へ、僕は商品を手に取って向き直る。
「失礼ですが、店員さん、これは」
「店員というか店主だよ、森近霖之助という。
なんだい、外の世界の掘り出し物でもあったのかい?
入り口付近には大したものは置いていなかったはずだけど」
眼鏡の位置を直し、どれどれと目を向ける霖之助さん。
僕の手の中には、プラスチック製の丸みを帯びた物体が収まっている。
つるりとした白いデザインの本体、端に付いているのはちゃちなキーチェーン。
中央には四角い窓、その下部にはボタンが三粒飛び出ている。
「ああ、それは……確か、『化生を育てる道具』だったかな。
名前と外見からして、甲殻に化生を閉じ込めた疑似的な卵かと思ったんだが。
温めても反応が無いし、死んでいるか休眠中だろうと放置していたものだ」
「動かしてみてもいいですか」
「動かせるのなら、構わないけど」
「てい」
僕は迷わず、"それ"を引き抜く。
卵型の物体の裏、ぴにょんと飛び出ていた、白いもの。
新品の製品に差しこまれているそれは俗に絶縁シートと呼ばれ、同梱の電池の消耗を防ぐための薄いプラ板だ。
突如鳴り響く電子音。
そして、チープなモノクロドット画面に、卵が現れる!
「おお」
一秒後、消える!
「…………おお?」
あれ?
「あ、自然放電……」
ぽつり、と自分の口から漏れる回答。
なるほど、この卵、生まれる前から
***
「つまり燃料切れだったと」
「はい。
これで裏蓋を閉めて、元通り」
店の中をひっくり返してまで、
もちろん絶縁シートも差し込み済み、電子音が鳴ることはない。
どうもこの類のおもちゃは結構な数が幻想郷に流れ着いていたようで、この店にあったうちの一個を情報料プラス工賃として貰えることとなった。
そういえばコレ、デザインやバージョンのバリエーションも色々出ていたし、パクリ商品も多かったっけ、と机上のイースター祭りを眺めつつ思う。
「懐かしいなー。
結局飼えなかった、じゃない、買えなかったんですよね、家庭の事情で」
「話を聞けば、むしろ家庭の事情を憂慮してこの玩具が産み出されたようだけど」
「や、犬猫よりは手間とか費用とかマシなんでしょうけど、これ、音が。
ほら、ピロリロって甲高い音が、不定期に鳴り騒ぐんですよ。
夜泣きだけしない赤ん坊みたいなもんで」
「……しかし、外の世界ではそれが大人気だったと?」
腑に落ちない、といった表情の霖之助さん。
育成ゲームの醍醐味は、実際、やってみなければ分からないから仕方ない。
はたから見れば、自ら面倒事に首を突っ込んでいるようにしか見えないだろう。
ゲームなんてだいたいそんなものだけど。
「まあ、一時的な流行ではあったんですが。
あ、これって、特に女性に人気があったんですよね。
育てる楽しみとか、やっぱり女の人の方がハマりやすいんじゃないですか」
「ああ、成程」
霖之助さんは、隣で電子音を響かせている妹紅ちゃんを見やりながら納得する。
音から察するに、産まれたばかりの謎生物の機嫌を取ろうと、ゲーム内ゲームをしているらしい。
だがそれは僕のだ。
「主婦がドハマりして、実の子の育児をほったらかしにするような例まであったそうですけど」
「
いや、もっと性質が悪いか。
……人が自分の子でない子供を育てる、という話はいくつもある。
人間に限らず、人外も。
例えばいつの間にか子供に成り替わり、何食わぬ顔で家に居座って飯を喰らう妖怪だとか。
寝ている間、妖怪が密かに子種を残し、女性が腹を痛めて生んでみれば異形の赤子が生まれた、だとか。
河童などにも同様の例がある、時には奇形児や未熟児が河童の子という名目で捨てられるような、逆の場合も存在するが。
つまるところ、親子や家族という絶対の信頼を裏切るという意味で、根源的な恐怖を与える類型の怪異譚だ。
個より集団を重視する、農耕民族たるこの国の人間を恐れさせるには、あまりに効果的なその手法。
身近な題材ゆえの恐怖というだけではなく、より陰湿で残虐な意味を持つ。
動物的な本能、人間的な情動、両方の面から支えられていた、確固たる現実が揺らぐからだ。
これと同種の仕組みを、外の世界では能動的に生み出してしまった、ということになる。
当然、意識してのことではないにしても、いや、意図的なものだとすれば――――」
「ねえ妹紅ちゃん」
「時々こうなるのよ、気にしない方がいいわ」
なにやらぶつぶつと言い出した霖之助さんだが、わりといつものことらしい。
そういう妹紅ちゃんも、一心不乱に目の前の機械卵とコミュニケーションをとり続けている。
あ、そうか、この二人、似た物同士なのか。
心遣いをしないわけではないが自己本意で、基本的に他者と距離を取るタイプ。
「あ、きみ。
暇なようならそこの籠に入ったものを見て、使えそうなものを見繕っておいてくれると助かる」
本気で思索に沈む気なのだろう、古ぼけた本棚を真剣に眺めながら、霖之助さんはそんなことを言ってのけた。
とはいえ、帰り道すら定かでない僕は、妹紅ちゃんが飽きるまでは確かに暇。
指さされたあたり、変身できそうなマジカルステッキや変身できそうなベルトの飛び出ている一角を、がちゃがちゃと漁っていると。
ドアベルが鳴り、新たな来客の訪れが知らされた。
知らされたものの、二人とも見向きすらしないので、仕方なく入口へと目をやる。
見知らぬ銀髪美人さんの、クールな碧眼が僕を刺した。
「お姉さん、妖怪ですか?」
「人間ですが」
「なんだ」
背後の柱が軽い音を立てるとともに、右頬を、銀色の刃が