1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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五・紅(クレナイ)の餌

「――咲夜?」

「なんでしょう、御嬢様」

 

 白く、暗く、紅い部屋。

 日の光をあえて遠ざけたような一室、影の中で絢爛さを隠した調度品に囲まれて。

 一組の主人と従者、そして轡を噛まされた蓑虫たる僕は、言葉少なに佇んでいた。

 僕に限っては、発する言葉は少ないというか全くの零であるし、佇むというより転がっている、が近い。

 さらに正確に言うなら、転がされている、である。

 

「どうしてこの人間を連れてきたのかしら」

「たまには(ナマ)の人間から直接食べたいと、御嬢様が申していたものですから」

「そうじゃなくて」

 

 八重歯の目立つ、育ちの良さそうな美幼女がこちらを指さす。

 ……美幼女ってのも変な表現だ。

 彼女の背中から生えた一対の蝙蝠羽が、緊張するようにぴぃん、と立っている。

 

「どうして数多の人間の中から、こんな変な人間を連れてきたのか、と訊いているのよ」

「そうですね、近くにいたからという理由の他には」

 

 咲夜と呼ばれたこれまた美人の銀髪さんが、膝丈の短いメイド服を華麗に着こなし、言う。

 

「この人間が、妖怪に喰べられたい、などと触れ回っておりましたので」

 

 幼女は右頬を引き攣らせ、大きく大きく溜息を吐きだした。

 

「あのね、咲夜。

 私が吸血鬼という種族であるからには、人間を喰らう上位者、その自負が何より大切なわけ」

「はい」

「それはつまり、吸血鬼(わたし)を畏れ、怯え、心の底から恐怖する人間の血液こそ、糧と成り得るという事よ。

 翻ってこの人間。

 これっぽっちも吸血鬼を畏れていないどころか、興味など全くないかのような目をしているわね」

「見様によっては」

「見るからに、よ。

 それで、こんな低級食材を私に食べさせようと、そういうの?

 貴女は」

 

 咲夜さんは目線を窓の外へと逸らし、心底どうでもいいような表情で。

 限りなく小さく、しかし絶対に聞こえるほどの声量で。

 

「……たった一人の少年に恐怖も与えられないんですね」

 

 地雷を踏んだ。

 それはたぶんきっとおそらく、狙い澄まして、意図的に。

 

 

 

   ***

 

 

 

「直接的な暴力についてどう思います?」

 

 轡を外されると同時に、睨み見下ろす美幼女の八重歯に視線を向けながら、僕は開口一番そう言った。

 二重の意味で。

 開口一番という四字熟語をここまで的確に使ったのは生まれて初めてである。

 そもそも轡を噛まされたのも初ではあるが。

 

「もっと分かりやすく言うならば、吸血鬼という最高レベルの妖怪がたかが貧弱な人間の子供一人をビビらせるのに、あまりに単純で幼稚で頭も能力も必要としない至極テンプレートな方法を用いるのは、貴女の中のプライドなどが何か仰られてはおりませんか、と」

「言うわね」

 

 コメカミに筋を立てつつも笑顔を表面上形作るあたり、どうやら対話は成功したみたいだ。

 羽の微振動を見るに、わりと限界な気もするけれど。

 こちらも笑顔で念を押す。

 

「いえいえ、このタイミングで僕の命をサックリ奪ったりしたら、前述のような存在であると自認したも同然ですからね。

 夜の王の精神にクリティカルな一撃を見舞えたと思えば、僕の命など安いものでしたよ。

 いやあ本当、残念だなあ」

「何か勘違いしているようだけど」

 

 吸血鬼ちゃんは、笑顔という名の威嚇を深めて。

 

「あなたの反論を許さず、夜の王に相応しき暴力を振るう、というのも私の手段の一つではあったのよ?

 肺を潰してから、ゆっくり骨身に教えてあげる、というのも」

 

 ペースを握るのはなかなか難しそうだ。

 とはいえここで黙っても良いことはない、適当に口を動かしておく。

 

「成程、しかしそれを選ばなかったからには何か別の手があるのでしょうね。

 ああ、因みに名前を教えていただけますか、吸血鬼の御嬢様」

「ふん、咲夜?」

「紅魔館が主、レミリア・スカーレット様に御座います」

「ふーん、それでレミリアちゃん」

「ちょ、あんた」

 

 あ、キャラが崩れた。

 

「ああ、僕は自分の名前を自分で名乗らない奴にはこちらも名乗らないと決めているのでね。

 気に障ったなら謝っておくよ、表面上は」

「そこじゃなくて、いや、それも随分傲慢な信条だけど。

 そもそも私は吸血鬼よ?

 見た目通りの年齢なわけじゃ――」

「偉い人は言いました、『人は見た目が九割九分』」

「突き詰めてるわね」

「語呂の良さを重視してみました」

 

 ベストセラーは簡単に幻想入りしてそうだ、と当たりを付けたが、そのようだった。

 後ろで「残りの一分はなんだろう」とでも考えてそうなぽやっとした咲夜さんが可愛い。

 そんな可愛さと、人じゃない存在には冗句以外の意味はない冗句は脇に置いておいて。

 

「さてレミリアちゃん。

 ここでこのまま『れみりあ☆チャレンジ』を続けていても僕は一向に構わないのだけれど」

「四肢を失ってもそう言えるかしら」

「それなりに構うのだけれど、僕からまずは提案がある」

「聞きたくないわ、ロクなことじゃなさそう」

「心外な。

 僕にもレミリアちゃんにも益のある、どころかレミリアちゃんに仕えている者にも益のある提案だ」

 

 不思議そうに首を傾げるのに合わせ、銀髪の三つ編みが揺れるのが超可愛いメイドさん。

 どこの生まれだろう、北欧系だろうか。

 北欧がどこを指すのかも知らないけれど。

 欧米の北かな。

 

「……………………言ってみなさい」

 

 たっぷり十秒は続いた沈黙が破られる。

 疑惑を滲ませた仏頂面で綺麗なお顔を台無しにしている美幼女に、僕は最大限に格好つけて。

 

 

 

「門のところにいた赤髪美女の妖怪さんに、僕の命を下賜して喰べてもら」「却下」

 

即断だった。

 

「途中!」

「だって」

 

 羽を畳み、呆れたように息を吐き。

 

 

 

「あんた、最初から美鈴(そっち)が狙いでしょ、どうせ」

 

 

 

 ほらね、とばかりに目を瞑る咲夜さんの表情が、作戦失敗を雄弁に物語る。

 そしてタイミングを計ったかのように、エプロンドレスのポケットから、共犯者の証明たる疑似ペットの電子音が鳴り響いた。

 

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