1 to 9 (人を喰う)   作:時鳥羽 逢

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六・綱の磔(ハリツケ)

 

 

「こんにちは?」

「……こんにちは」

 

 僕をまっすぐな目で見上げているのは、コードを体中に絡ませた、ふわふわした印象の美少女だ。

 やや大きめの帽子に袖の広い服、若草色の癖毛がふわふわ感を助長している。

 

「何してるんですかー?」

「初対面のきみが思わず問いを投げかける程度には不審なことだよ。

 言うなれば罰なのだけれど」

「……蓑虫の刑?」

「だいたい合ってる」

 

 背の低い僕をこの少女が見上げる形になっているのは、彼女の言うように、蓑虫のごとくぶら下がっているからだった。

 場所は紅魔館が正門のちょっと先、適当に太い木の枝の先。

 数時間前に簀巻きにされた状態のまま、ロープで吊り下げられてしまっている。

 

「なにか悪いことでもしたの?」

「特に罪を犯したわけでもないんだけどね、未遂だし。

 強いて言えば……そう、恋をしたことかな」

「あはははは」

 

 笑われた。

 格好いいだろうが。

 

「それじゃ、いつまでぶら下がってるの?」

「うーん、そうだね、執行者の言葉を借りるなら、『肌が割かれ肉が喰われ臓が啄まれ脳が啜られるまで』だってさ」

「あー、鳥葬だね」

「難しい言葉を知ってるねー」

「よくあるからねー」

「そっかー」

 

 幻想郷は鳥葬が流行っている、と。

 一つ勉強になりました。

 実際には遺体を喰らうのは鳥だけじゃあないのだろう、とか考える。

 あれ? それってただの死体遺棄じゃね?

 僕の場合はまだ死体ですらないけれど。

 

「そういえば、というかもしかしてだけど、お嬢ちゃんは妖怪だったりするの?」

「うん。

 あれ? これってあんまり言っちゃダメって言われてたことだっけ?」

「…………僕は聞いてないからなんとも。

 それじゃあ、鳥葬のごとく打ち捨てられた人間をがぶがぶする気はない?」

「あなたのこと?」

 

 首肯するも、少女はうーん、と悩ましげに首を捻る。

 

「お姉ちゃんから、人間の拾い食いはダメって言われてるから。

 ごめんね?」

「そっかー、むしろそっちを忘れてて欲しかったとこだなー」

 

 惜しい。

 しかし『お姉ちゃん』に話をつければどうにかなりそうな雰囲気はある。

 人喰いの妖怪であることは確かなようだし。

 

「ちなみにお姉ちゃんって可愛い?」

「可愛いよー?

 わたしくらい可愛い」

「それはそれは」

 

 そっちの可能性にも期待が持てる。

 ……なんか少女を誑かす悪い男にでもなった気分だ。

 僕は誑かされる側のがいいというのに。

 

「あ、でもね。

 人間は地底に入ったらすぐ死んじゃうから、お姉ちゃんには会えないよ?」

 

 先手を打たれた。

 というか、疑問符が浮かぶ。

 

「……地底?」

「うん。

 今日は地上に遊びに来てるの。

 フランちゃんにお呼ばれされて」

「あまり把握できてはいないけど……そっか、邪魔して悪かったね。

 それじゃあお友達に会いに行ってあげな。

 できればこの拘束を解いてからだととても助かるんだけ」

「ばいばーい」

「おう、無視」

 

 少女のふわふわ感がここにきて裏目に出た形だ。

 素直ないい子ではあるようだけど、善を為すかどうかはまた別問題らしい。

 るんるんと足取り軽く、お友達のところへ向かうのだろう少女を見送って、僕はそのまま重力に綱一本で抗い続けた。

 そのうちに、誰もいなくなった周囲に主張でもするように、お腹がくきゅるる、と鳴る。

 答えるのは、冷たい冷たい秋の突風だけ。

 あれ?

 これ、まじで死ぬ?

 

 

 

   ***

 

 

 

「生きてる?」

 

 赤髪の女神が現れた。

 

「生きてますが貴女の為に死にたいです」

「それじゃ」

「待って美鈴さんホント待って」

 

 対話コマンドの失敗を、なんとか懇願で取り返す。

 渋々ながらも振り返ってくれたあたり、この女性は良い人……じゃない、良い妖怪なんだろうな、と思う。

 

「美人はどんな表情も美しい」

「早く死なないかな……」

「おっと、心の声が」

 

 魂の制御が効かない、というやつだ。

 何が『というやつ』なのかは自分でも分からない。

 テンションがおかしいのは自覚症状があるけれど。

 

「正直お嬢様の怒りも薄れたようだし、そろそろ解放してもいいかなーと思っていたんだけど」

「だけど?」

「このまま誰かが手を下すのを待っていた方が皆の幸福に繋がる気がする」

「皆の幸福を願うなんて、ああ、やはり女神のような清い心をお持ちだ」

「個人的にも」

 

 美鈴さんに個人的に想われる、と考えるとそれはそれで良いような気がしてくるから不思議だ。

 実際行われる所業は放置であり、全くもって良くなどないのだが。

 

「そうだ美鈴さん、さっき紅魔館の方に女の子が行きませんでした?

 この道だと確実に通りがかると思うんですけど」

「へ? いや、見てないけど?

 おかしいな、一本道だから見ないはずがないんだけど。

 今日はずっと門番してたし……あ、幻覚じゃない?」

「むしろ貴女が門番をしていた、という事柄が夢や空想である可能性は」

「ふうん?」

「無いにしても」

 

 武闘派妖怪の本気オーラだった。

 たぶん物理的破壊力を持ってる類のオーラだ。

 そして目が「生かさず殺さず」と語っている。

 ん?

 現在進行形?

 

「……」

「…………な、ないにしても」

「…………」

「あの、ここは殺気を引っ込めて歓談に戻る流れじゃないのかな、と思うのですが」

「……………………」

「僕、優しい美鈴さんが好きだなー。

 優しく食べてくれると殊更に」

 

 構えた。

 あ、死んだな、と思ったかどうかはさておき、次の瞬間には綺麗に伸ばされた右手の二本指が、鋭く僕の下腹部に突き刺さった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 気が付けば、土を喰っていた。

 正確には、土を口に運ばれるがごとく引きずられていた。

 なんだ、蓑虫から市中引きずり回しへと刑罰が変更になったのか、と思いきや。

 僕の背から生えたロープを引っ張っていたのは、先ほどのふわふわ少女だった。

 

「あ、起きた?」

「ボきブっぶへっ」

 

 とはいえ、こんな状況で喋れるわけがない。

 無機物を摂取してしまわないように呼吸をするのが精一杯であるが、少女は気にせず歩を進める。

 

「さっきのとこに落ちてたから、蓑虫の刑は終わったのかなーと思って。

 あ、今はお寺に向かってるんだけどね。

 悪いことをしたらお寺でなんかするって聞いたことがあるような?」

 

 至極曖昧な方針決定の理由であった。

 

「ということで出発しんこー」

 

 出発も何も既に旅路だとか、その旅路に同意した覚えがないとか、言いたいことはそれなりにあるが。

 この拷問はどれほど続くのかと問いたい気持ちで胸がいっぱい、しかし問うための口の中は残念ながら土でいっぱいだった。

 

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