「全治五秒ですね」
はい、と錠剤を差し出され、僕は困る。
先の発言が幻想郷ならではの不思議パワーによる事実なのか、あるいは幻想郷ジョークなのか判断できなかったからだ。
入道によってこさえられた、ギャグ漫画のように丸々とした頭のコブが、ギャグ漫画のように行間で消えてなくなる可能性。
あるいは焼き鳥屋台のおっちゃんが言う、「はい、お会計八百万円ね」と同質のコミュニケーションというパターン。
どちらも幻想郷という異界に根差した根拠があるため、迂闊な決断は下せない。
たっぷり五秒、彼女の言うところの全治にかかる時間をかけて、僕は。
「な、なんでやねーん」
突っ込んだ。
「はい?」
整った眉が寄るのを見て、僕は失策を悟った。
永琳という名の、縦にハーフアンドハーフな赤青のツートンカラーを身に纏うお医者様。
彼女との駆け引きに、僕は敗北したのだ。
「いえ、何でも、ありません…………」
おずおずと錠剤、それとお医者様の助手らしき兎耳女子高生からコップを受け取り、呑み、飲む。
途端。
「うん?」
腕が増えた。
っていうか生えた。
左右の肩口から一本ずつ、元からあったのと合わせて、腕が四本となった。
しかも勝手に動く。
なんだこれ。
なんだこれ!
「何か気になるところは」
「じ、自分の意思で動いてるんじゃないのは気になりますが」
冷静な口調に、またも突っ込みどころを間違えた感のある僕だが、お医者様は一言、そう、とだけ呟いた。
用意していたらしい似たような錠剤、それと粉薬の入った透明な袋を差し出して。
「こちらが腕を戻す薬、そして粉末がコブの治療薬。
飲んだ後はしばらく体を動かさないでね。
あ、御代はいいわ」
人体実験に利用された事実に全く触れず、お大事に、とどうでもよさそうに言うお医者様。
兎耳の助手さんに連れられ、診察室から廊下に出されると、すとん、とふすまが閉められる。
うねうねと動いたままの新・右腕の手首を旧・左腕で掴んでみて、思う。
うん。
幻想郷、わけわからん。
***
竹やぶに流れる風音が心地よい。
同時に、時折飛んでくる熱気という名のとばっちりが心地悪い。
しかしその熱気によって対流が生まれ、竹の葉がさらさらと音を奏でるわけで、中々に考えられたマッチポンプであった。
熱気の発生源は、ここ、永遠亭まで竹林の道案内をしてくれた妹紅ちゃん。
相対するは永遠亭の姫、輝夜様。
獣の皮みたいなのを翻して、熱、というか炎を防御している。
「今日こそ死になさい、輝夜!」
「死なないっつってんでしょ、ばーか!
治そうにも死ねないからどうしようもないでしょうけど!」
「死のうが死ぬまいが、死にたくなるくらい殺してあげるわ!」
「それっぽいこと言おうとして自分でもよく分からなくなってるでしょ、絶対!」
舌戦はどうやら妹紅ちゃんが不利のようで、まあ、でも、そういうところも可愛いとは思うのだけれど。
「夏は暑いねえ」
「秋だよ、それも、ほぼ冬だよ」
縁側でのほほんとしている第二の兎耳ことてゐちゃんに突っ込むと、まだ消えていない新・左腕が軽くチョップを入れた。
本当、この腕は誰の意思で動いているのだろう。
コブは確かに五秒で完治したが、生えた腕はかれこれ二時間、このままである。
正直騙されているような気がしないでもない、これだから医者は信用ならない。
とてとて、と背後に足音。
見れば、先ほど助手をしていた方の兎耳美少女だった。
「お茶淹れるけど飲む―?」
「ドクダミねー」
「じゃあ僕もー」
「師匠特製・毒濁茶でいいなら」
「なんか語源の『毒矯み』と字が違う気がする……」
「矯み、ってどういう意味?」
「正すとか治すとか、矯正のキョウ」
「へー」
「あ、あんたは水ね」
「えー」
「体がどうにかなってもいいの?」
水以外を飲むとどうなるのだろうか、地味に薬の中身が心配になる。
そもそも、腕を生やす薬などというものが体に良いはずもないのだけれど。
いや、人体実験とはいえ元に戻るとのことだ。
コブごときで高額な治療費を請求されるよりは、マシには違いない。
「…………ん?」
お茶を淹れに向かう兎耳女子高生の後ろ姿を見ると、お尻の辺りに、なんか、ぽやっとしたものがひっついている。
白毛の塊のような。
兎の尻尾のような。
「もしかしてあの耳、本物?」
「あんたの腕の先例、じゃなくて普通に自前だよ。
ってか私も妖怪だけど」
「てゐちゃんはそんな気がしてた」
「なんでよ」
物腰というか、なんというか。
しかし正直な発言は時にコブを作ると学習しているため、言葉を選ぶべきと僕は口をつぐむ。
その沈黙を破るかのように、てゐちゃんは気だるげに語りだした。
「ま、確かに、こんな見た目でも私、結構長く生きてるんだよね。
健康の秘訣は、不健康にならないこと」
「無駄な真理だね」
「それで、ってのも変な話だけどさ。
不健康なやつって、だいたい、見たら分かるんだよね。
表情とか、雰囲気とか、一々の動作とかさ。
永遠亭に暮らしてると、余計に。
あ、病人が来ることは、永琳が薬師を始めたのは最近だから、あんまり関係ない。
一番の物差しは、姫様とお師匠様、それと妹紅だよ。
死なない身体だもの、不健康なとこなんてあってもすぐ治る。
大怪我を負ったところで、死んで生き返ったら、それで完治」
「手軽なんだか、大掛かりなんだか……」
「それでさ」
その問いは、とても気軽で。
まるで、今まで生きてきて、何度も何度も経験した出来事を、ただ確認するかのようだった。
「あんたの余命どのくらい?」
「外の医者が言うには、三年前の時点で『あと五年』。
永琳さんによれば」
僕も、何度も何度も経験した絶望を、ただ確認するかのように答えた。
「半年」