けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、3話Cパート相当の物語を書きました。

エッッッッッッな作品を書いてみたさという邪悪?な欲求を感じつつある今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

20/06/09 改稿


3-3

 カルガモさんから分かれて、道を歩きます。歩けど歩けどうみべちほーと思われるような光景は見えず、ただただ広がる平原の彼方には、時折何かの影が見えます。

「うーん……あれがお話に出てた所なんですかねぇ……」

 わたしは遠くを除くように手を額に当て、眺めますが、いまいち良くわかりません。陽炎の為か、はたまた霞の為か、それさえも判断しかねます。

「地図だと、今どの辺りなんでしょう」

 遠くを眺めながら歩くことに飽きたわたしは空を見上げ、ぼんやりとつぶやきます。イエイヌさんを含めてフレンズの皆さんは文字や地図、図形と言ったあれこれに込められた意味や意匠を読み取ることが出来ない方が多いようです。意図してそうされているのか、それとも単に教える存在が居ないからか……それはわかりませんが……。彼女達にはしっかりとした知性を感じますし……もしかしたら、『必要が無い』という可能性も……うーん……。

 

 ぼんやりとまとまらない考えを抱きながら歩いていると、木立の中に妙な真っ赤な丸っこいものがあることに気付きます。わたしは再びセルリアンという異物と遭遇してしまったのかと身構えますが、『それ』に動きはありませんし、『いし』だとか不気味な眼だとかも見取れません。興味が引かれてということもありましたが、何よりも『それ』が何なのかということを確認しなくてはならないと思い、わたしはゆっくりと近づいていきます。

 徐々にはっきりとしていく『それ』の姿は、やはり奇妙なものでした。セルリアンのようなこの世のものとは思えない違和感ではなく、こんなところに何故こんなものが? という感想を抱いてしまうような奇妙さでした。一対のピンと立った耳に、まるっこい胴体の下側にレンズの付いたベルト、胴体には直接くっつくようにして足が付いています。

「これって……ラッキービーストさんでは……?」

 その姿の全てをわたしはじっくりと観察します。彼? らの特徴は話には聞いていたのですけれども、実際に見てみると、なんというか……可愛らしくも不思議な姿という感じです。シンプルな意匠からは想像が付かないほどの働きをしているようですし……他の方を知らないので比べようがないのですけれども、この子はなんだか土埃の汚れが酷く、命の持つ気配のようなものさえありません。それこそ、『モノ』のような……

「うーん……機械……なのかしら?」

 この子が、仮に『生物だったモノ』という不吉極まりないモノだとするならば、余りにも無機質というか何と言うか……

「ふーむ……」

 わたしはこの子の触感が気になり、そっと撫でるように触ります。硬いというかしっかりしているというか……少しだけふわふわしてますけども……。

 そのまま、全体をゆっくりと撫でていると、不意にレンズがキラリと光りました。レンズも他の部分と同様に土埃で汚れてしまっていましたが、その向こう側に何かの文字列が見られます。疑問に思ったわたしは指でそっと擦るようにして汚れを落とします。

 すると、ピーッというくぐもった甲高い音がラッキービーストから聞こえます。そして言葉を発したのでした。

「ト――――、――――、トオ――――セニヨル―――――チ―――、トク―――リティク―――――フ―、カン――。イチブ――――――――、カク――」

 わたしは唐突に発せられた音声にびっくりしてしまいます。それに、この子の発した音は壁を一枚隔てたような篭ったものでしたし、何よりもノイズのようなざぁっという音が酷すぎるため、わたしには意味がまるでわかりません。

「えぇっと……何なんでしょう……」

 わたしは不思議に思い、さらにラッキービーストを持ち上げたり、擦ったり、ひっくり返したりと色々と試してみますが、何の反応も見られません。

「うーん……」

 もしかしたらフレンズさんの中でも偉い方や特別な知識を持つ方(居るのかは知りませんけれど……)に出来ればこの子を直接見せれば良いのかもしれません。とはいえ、流石にこの子を抱えて旅路を行く余裕もありませんし……何より不確実……

「ごめんなさいね……もうちょっと安全なところに……」

 そっとラッキービーストを持ち上げ、丁度おさまりの良さそうな洞のあった木の根元に置きます。

「いつか、きっと……また会いましょう。ラッキービーストさん……ごめんなさい」

 どこか名残惜しくもありましたし、申し訳なくもありましたが……仕方がありません。後ろ髪を引かれるような思いを抱きながらも前に進みます。

「ごめんよ」

 突然、男性の声が聞こえます。風に掻き消されてしまうようなくらい小さい音だったのですけれども、わたしははっきりとその言葉を聞き取りました。驚きながら振り返りましたが、そこにはもう動かなくなったラッキービーストさん以外に人影も物陰もなく、木々が広がるばかり。

「空耳……?」

 でも、どこか……なんでしょう、懐かしいような……。少しばかり不気味にも思えましたが、悲しさと申し訳なさの入り混じったような男性の声は、何故だか優しくわたしの心の中に染み入ってきます。

 暫く周囲を探しましたが、何も見つかりません。ラッキービーストさんがまた何か話してくれたのではと思って改めてまさぐったり、持ち上げたり……それも意味がありませんでした。仕方ありません、行きましょう。

 

――――――

――――

――

 イエイヌさんに旅の出発を告げてから、簡単にご飯を済ませることになりました。お互いに言葉も少なかったですが、昨晩のような重苦しさは不思議と感じませんでした。

「あのぉ……ともえさん。いつ頃帰ってきますか?」

 イエイヌさんはゆっくりとわたしに尋ねます。

「ちょっとわからないですねぇ……半年か一年か……もしかしたら明日にでも記憶を全部取り戻して帰ってくるかもしれませんし……」

 最後の可能性は低いでしょう。イエイヌさんはわたしの言葉を聴いてくすりと笑います。

「それだといいですねぇ……私、ずっと、待っ……待……」

 彼女の言葉はそこで止まりました。顔を伏せながら言葉を搾り出すようにしています。彼女の口から出てくるのは言葉でも、嗚咽でもなく、意味を含めることすら出来ない、掠れた音でした。

「大丈夫ですよ、言わなくても」

 わたしはそういいながら彼女の頭にそっと手を載せて、撫でます。

 暫くの間、イエイヌさんの温もりを手の中で弄ぶようにしていると、彼女は口を開きました。

「……それじゃあ、頑張ってください! お体に気をつけて……無理はしないで……安全に……えぇっとそんな事じゃなくて……」

「大丈夫です! ご安心ください!」

 わたしは彼女を気遣おうとえっへんと力こぶを作るようなポーズをとって言いました。実際のところ、わたしには絶対に大丈夫といえるほどの自信はありませんが、悩んでいても仕方ないですし、「きっとどうにかなる」という思いも抱いています。それは間違いなのかもしれませんが、悲観してばかりでは何も得られるものはありませんもの。

 

「さて、と」

 鞄と帽子、ベスト、鞄の中身もスケッチブックと色鉛筆と、二、三枚のタオルと着替えと……大丈夫ですね。ええ、大丈夫でしょう。

「では、行って来ます」

 わたしはイエイヌさんに手を振りながら、扉に手をかけます。

「あの……その……えぇっと……」

 イエイヌさんはわたしのすぐ後ろで迷っている様に呟きます。彼女のふさふさとした尻尾は垂れ下がり、身体の左側に巻きつくようにくっついています。

「……どうか、しましたか?」

「……いえ……お気をつけて!」

 彼女はにっこりと笑っていました。無理をしているのでしょう。彼女の表情は明るいものでしたけれど、尻尾の様子も変わっておりませんし、耳もしゅんと垂れ下がっているように見えます。

「はい! ……では、また!」

 そうしてわたしはドアをくぐり、旅に出たのでした。もしかしたら、彼女はわたしの後姿を見送ってくれていたのかもしれませんが、わたしは振り向くことができませんでした。振り向いてしまったら足が止まる気がしたのです。いいえ、実際に止まってしまったでしょう。だから、振り返らずに進むことにしたのです。

 

――――――

――――

――

 空に輝いていた太陽は段々と朱色に変わり、私の影が長く伸びるようになってきました。

「今日のところはココまでにしたいところ――」

 目的地まで結構な距離があったのか、それともわたしのペースが遅かったのか、それは判断しかねますが、想像よりも時間が経過しているのはわかります。

「――と言っても……うーん……」

 ざっと周囲を見回しても休憩に適するような場所は見当たりません。右手側には木立が変わらずありますし、その向こう側には小川があるのでしょう。左手側には広がる草原。どことなく建物の影らしきものが近づいているような気もしますけれど、今から向うには少しばかり距離がありそうですし、何よりも道を外れることへの恐怖心もあります。地図や土地勘があれば良いのでしょうけれど、今のわたしでは迷子になる可能性もあります。もう少し進んだ方が良さそうですね。

 

 そのまま進んでいると、イエイヌさん、カルガモさんから聞いていた通り分かれ道に到着しました。あと少しでうみべちほー、ということでしょう。幸い、大きい看板に地図が描かれていますし、近くには小屋のような建物もありました。

「えぇっと……」

 わたしはスケッチブックの最後のページに地図を写し取ります。ふむふむ、ここって島だったんですねぇ……円形の島の北端には大きな山があって、そこから広がるように各所に『ちほー』があります。この草原は結構な広さがあるようで、川を跨いだ先にも、広がっているようです。次に広いのは南端に位置していて、目的地であるうみべちほーでしょうか。つまりわたしは大雑把に言って南にまっすぐ歩いてきた訳ですね。幾つかの文字は擦れていて読み取れませんが、これだけ判れば十分でしょう。距離が正確かどうか、というのは疑問ですけれど、大体の位置がわかるだけでも大きな一歩です。

「よぅ! ともえじゃねえか」

 集中していたところに声をかけられたので身体が跳ねてしまいます。

「きゃあっ! えぇっと……ロードランナーさん? お久しぶりです」

 彼女は確かロードランナーさん。可愛らしい頭の羽根に半袖のシャツ、半ズボン……寒く無いんでしょうか?

「イエイヌはどうしたんだ? あんなに仲良さそうにしてたのに」

「えぇっとですね――」

 簡単にいきさつを彼女に話します。

「……ともえも結構向こう見ずなところあるんだなぁ」

 何処となく呆れたような物言いの彼女ですけれど……何でしょう、あなたには言われたくないというちょっとした反抗心のようなものも……

「ロードランナーさんはどうしてここに? 確かナワバリは……」

 わたしが尋ねると、彼女は頷いて言いました。

「走りたくなったから、だな」

 やっぱり、うん。馬鹿にしたりするつもりはありませんけれど、彼女に向こう見ずと呼ばれるとなんだか違うような……そういえば、彼女に伝えることがあるんでした。

「あの、ロードランナーさん。以前コヨーテさんに会ったんですけど」

 ロードランナーさんは、ちょっと驚いた表情になります。

「うっそ、おまえ、コヨーテと知り合いだったのか?」

「偶々会う機会があって……で、ロードランナーさんに伝えてくれと頼まれたことが……」

「おぅ、なんだ?」

 えぇっと確か……

「例の約束忘れるな……だったかと」

 ロードランナーさんは首をかしげて「約束……約束……」と何回か呟いていましたが、かっと目を見開いて「ああぁーっ!」という具合に声を張り上げます。彼女の声の勢いと同じくらいの勢いで尻尾もぴんと立っています。

「ごめん、ともえ、もうちょっと話してたかったけど、行かないと! じゃあな!」

 彼女はそう言って走り去っていきました。わたしがかける言葉を選ぶ時間すらなく彼女の背中は木立に消えていきます。川……渡るんですかね……近いのかもしれませんけど……大丈夫なんでしょうか……? というか……なんでそんなに急いでいるのか位、聞けば良かったですね……

 半ば呆然としながら彼女を見送り、建物に入ります。四方が、銀色の金属で縁取られた透明な壁で囲われており、同じようなつくりのドアが両端にある、そんな建物でした。わたしは開いて中に入ります。風も通らず、雨に降られる心配もありません。今日はここで夜を明かすとしましょう。ベンチに腰掛けて、わたしは手に持ったスケッチブックを開きます。そこにはイエイヌさんと過ごした数日間に描いた幾つかの絵がありましたが、数は少なく、捲っているとすぐに白紙のページになりました。

「さて、と……」

 今日は忙しかったですからねぇ……殆ど歩いていただけですけれど……。わたしは鞄の中から改めて色鉛筆を出し、絵を描き始めます。頭に思い浮かんできたのは、小川を眺めながら座って休むカルガモさんの背中という光景です。これを描きましょう。

 

――――――

――――

――

「……行っちゃいました」

 イエイヌはともえの姿が見えなくなるまでの間、ずっとともえの背中を見送り続けていた。その為にか、居た堪れなくなったような気持ちでドアの前にたたずんでいる。

 彼女の瞳には小さな涙の粒が貯まっていたが、彼女はそれを拭いすらせず、ただただ、ともえの姿が消えた方向をじっと見つめる。

 どれくらいの時間が経っただろうか? 出立はといえば正午の手前であっただろうに、気付けば陽射しは幾分か傾いていた。その間、イエイヌは、まばたきや、風に吹かれた耳が時折動いたりといった程度の動きしかせず、いつの間にか両腕は力なく垂れていた。半ば眠っていたとも呼べるような放心状態。ともすれば、虚無感にも似た感情に弄ばれているようにさえ見えただろう。

「……おうちに、戻りましょう……」

 力なく呟いた彼女はそっと扉を開き、中に入る。

「ともえさんの、匂い……」

 イエイヌは込み上げてくる寂寥感を我慢しようともせず、しとしとと降る雨のように涙を流し始めた。

 ともえの残滓を求めるようにベッドに入り、枕に――ともえの使っていたもの――に顔をうずめる。嗚咽こそ漏らさなかったものの、とめどなく流れる涙は、何故自分が泣いているのかということさえ忘れさせそうになったが、彼女の『大切な存在』が自分自身の不甲斐なさによって、自分の手元から消えてしまったという事実は、救済にも似た忘却すら許さなかった。欠落と喪失。

 何故あの子の事をこんなにも思い慕うのか、それならばいっそのこと出会うことすらら無ければよかったのに……何故、何故、私は『残らなくてはならないのか?』、それを考えて、考えて……自分の存在する意味や理由すら考えて……涙を流しながら、判らず。それが悲しくて、いつの間にか彼女は瞳を閉じていた。

 

 夢を見た。

 今よりもずっと低い目線で、自分の知る誰よりも大きな存在から、自分を知る大切な人からの頼みごと。

「きっといつか――が―――――くる――、――――待って―――くれるかい?」

 聞き取れないところもあったが、優しい声だった。悲しい声だった。「任せてください!」そう伝えたかったけれど、出来ず。自分も悲しい気持ちになった。夢で見た何もかもは忘却の彼方へと消えていく。悲しいと思った事さえ忘れてしまうことの悲しさだけが心に残るのだろうと、覚醒しかけた自意識が感じていた。

 

「――はっ」

 イエイヌが目覚めたときには、時は夕刻だった。夢の事を考えるよりも先に、どれくらい眠っていたのだろうかということを考えるよりも先に、眠りに着く前に考えていたいろいろなことを考えるよりも先に、目に入ってきたものがあった。水筒だった。

「……渡さないと」

 水筒を肩から掛け、ドアに手をかける。ひとつ、思いついたことがあった。

「そうだ……!」

 部屋の中の棚から箱をひとつ、ポケットに仕舞いこみ、彼女は頷く。

「うん、これで」

 ドアを開き、外に出る。今まで悩んで居た事が解決した訳では無いのかもしれない。しかし、彼女は振り向くことは無く、まっすぐに道を行くのだった。

 

――――――

――――

――

「ほにゃっ!?」

 ドンドンという物音がわたしを起こしました。なんだかとても情けない声が出てしまったような……いつの間にか寝ていたようです。気恥ずかしさから、わたしは周囲を見回します。

「……イエイヌさん!」

 ドアの向こうにはイエイヌさんが居ました。彼女はぜえぜえと肩で息をしています。

「ど……どうしたんですか?」

 わたしは慌てて駆け寄り、ドアを開きます。

「と……ともえさん……これ……」

 彼女はわたしに水筒を差し出します。

「そんな……わざわざ……? そ、それにもう夜ですよ? それに……おうちを離れても大丈夫なんですか……?」

 わたしの言葉にイエイヌさんは首を振って答えます。

「渡さなきゃって……はぁはぁ、そ……それに……」

 彼女はすうと深呼吸して、改めて口を開きます。

「決めたんです! 私も一緒に行きます!」

 はぁ……とわたしは溜息をついてしまいました。

「……そんな顔で言われたら、何も言い返せないじゃないですか」

 疲労の色を浮かべながらも、きりりと固い決意を決めたような、そんな表情でした。彼女と過ごした日々は長くはありませんが、今までの笑顔とも、困った表情とも、涙を浮かべた声とも、全然違った表情でした。

「も、もしかして……嫌、でした……?」

 つい一瞬前までの顔はどこへやら、困った表情をしながら問いかけてきます。

「いいえ、そんなことありません」

 こちらも望むところです。あなたと一緒に行けるなら、それが一番ですもの。

「じゃ、じゃあ……」

 ぱあっと表情が晴れて行きます。何時の間にやら耳はぴんと立っていますし、しっぽも勢い良く振られています。

「ええ、よろしくお願いしますね。イエイヌさん」

 イエイヌさんはわたしの言葉を聞き終わるか聞き終わらないかという内に、わたしに飛びつくように抱きついて来ました。

「ち、ちょっと、ほっぺとは言えキスは……きゃあっ!」

 

 再会から間も無くして、わたしは建物の中に設置されたベンチに腰掛けてイエイヌさんに今日の話をしました。ひとしきり話を終えると、何かを思い出したようにイエイヌさんがポケットをまさぐります。

「どうしました?」

「えぇっと、これを……」

 イエイヌさんが取り出したのは彼女の『宝物』でした。イエイヌさんは箱を取り出してかちゃかちゃと手元を忙しなく動かして開こうとしていましたが、中々上手くいかない様子です。

「確か……そこはこうですよ、こう」

 わたしがジェスチャーでアドバイスをしたりしながら、少しして箱が開きました。中には以前と変わらず、黄色のリボンが入っています。

「どうします? イエイヌさんの髪に結いつけましょうか?」

 わたしが尋ねると、イエイヌさんは首を振りました。

「私じゃなくて、ともえさんに着けて欲しいんです」

「良いんですか? イエイヌさんの宝物じゃないですか……」

 わたしは思わず聞き返します。彼女に取って、過去とつながっているかもしれない大切な品。それをわたしなんかが……いただいてしまっても……

「私の宝物だから、です。さ、ともえさん、あっち向いてください、あっち」

 わたしが悩んでいる隙に彼女はわたしの身体を無理矢理回すように動かし、背中を向けさせます。不慣れな動きをしているからか、ちょっと手間取っている様子でしたが、然程時間はかからず、わたしの後ろ髪はまとめられてしまいました。

「ふふん。……お似合いですよ、ともえさん」

 イエイヌさんは達成感に満足したように鼻を鳴らします。わたしは改めて自分の姿を確認しようと、透明な壁にぼんやりと映るわたしの姿をじっくりと眺めます。

「そ……そうですかね……」

 照れ臭くてそんなことを言ってしまいます。後ろ髪を纏める様に結わえられた黄色のリボン、緑色の髪、そして、左右で色の違う瞳。やっぱり何処か違和感を覚えてしまう姿ですけれど、でも……

「なんだかしっくり来る……ような……」

 首を傾げながら呟くと、しっかりと聞き取ったのか、イエイヌさんは楽しそうに言います。

「はい! お似合いです!」

 まぁ、イエイヌさんがそういうなら、きっとそうなんでしょう。それにこれだけ嬉しそうにしているイエイヌさんを無碍にも出来ません。実際嬉しいですしね。

「……ありがとうございます! イエイヌさん! 大切にしますね!」

 えへへと笑うイエイヌさん。わたしもつい、彼女に釣られて笑ってしまいます。たった数日でしょうけれど、彼女とこうして笑っていることがどれほどわたしにとって大切なことなのかを痛感してしまいます。

「ともえさん。明日から改めて、よろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします」 

 ふたりだから楽な旅になるかと問われると、それはわからないとしか言いようがありません。ですけれど、わたしも、イエイヌさんも、きっと、ふたりだからこそ楽しかった旅だったと言える気がします。あくまで、予感ですけれどね。




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