けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、4話Cパート相当の物語を書きました。

自分で言うのも変な話ですけれど、ともえ「ちゃん」じゃなくてともえ「さん」ですよね、この作品。

20/06/09 改稿


4‐3

「うぅん……」

 目を擦りながら目を覚ますと、もう既に部屋は真っ暗でした。窓から差し込む星の煌きは、優しげなものでしたし、風の音なども無く、外は正に穏やかそのもの。ですけれど、わたしの胸中は寝すぎてしまったことへの焦りにも似た後悔の思いで満たされています。

「はぁ……そんな気はしてましたけど……」

 うーんと伸びをして、視線を動かすと、イエイヌさんはわたしの隣で横になって眠っています。彼女を起こすのはやはり何処か申し訳ないような気がします。わたしはそっと彼女の隣から抜け出し、外の風に当たろうと表に出ます。そっと扉を開けると、眠りに付く前とは装いの変わった夜の海辺の景色が目に飛び込んできます。しんとした浜辺には、本当に誰も居らず、昼間の喧騒が遠い世界のようにさえ思えました。

「うわ……髪がきしきしする……」

 わたしは自分の髪の毛を軽く手で漉きます。不快というと少し言いすぎかもしれませんが、慣れない感覚のために、何処か、冷たくても良いので真水を使える場所が無いかと思ってきょろきょろと周囲を見回します。すると浜辺の端の方に、何やら人工的な光が見えました。

「行ってみますか……」

 ゆっくりと歩みを進めると、そこには簡素な電灯と、それに照らされる大きな看板。看板の塗装は剥げ落ちていますが、辛うじて『ャワー』という文字と『ご利用ください』の小さな文字列が見て取れました。

 恐らく、ここは嘗ては海水浴場か、それに類する場所だったのでしょう。『パーク』と呼ばれるこの場所の役割として、レジャー施設としての要素が多分に含まれていたことを察せさせます。看板の裏側には多少古ぼけているように見えますが、シャワーが三機ほどありました。半ば個室のように区切られていますが、入り口のところはカーテンや扉などはなく、あけすけになっています。

 元々水着を着たまま浴びるための施設なのか、それとも劣化でなくなったのか、それはわかりませんけれども……

「また水着に着替えるというのは……となると……ここを、裸で……裸で?」

 わたしはぼそりと呟いてしまいました。利用できるかどうか、というのも問題ではありますが、何よりもこんなに開けたところで裸になるというのは躊躇われます。

「……っと、先に使えるかどうかを……」

 わたしはシャワーから出てくるであろう水が掛からないように注意しながらからんを捻ります。すると無事に水が出て、暫くすると、少し温いお湯が出始めます。

「うん、これくらいなら……」

 温かく気持ち良いとはいえませんけれど、目的には十分でしょう。となると、問題になるのはここを裸で利用することが出来るかどうか……。わたしは悩んでしまいますけれども、他に方法もありませんしね……ちょっと人としての尊厳のようなものに反する気もしてしまいますけれど……セルリアンのような危機は少なく、加えて、周囲にフレンズさん達の気配も感じません。

「いったん戻って支度をしましょう……」

 わたしは建物に戻り、タオルと肌着、それとお借りした水着を取りに戻ります。

 夜空にはぼんやりと浮かぶ月と星。夏のように暑い天気だからでしょうか? どこか霞みやもやがかかったように浮かぶその光をゆっくりと這うように浮かぶ雲が遮ります。

「ほんとうに、きれい……」

 思わず呟きました。それと同時に、何と比較して綺麗なのか、という疑問も同時に沸き起こります。幾度も考えて、それでも答えの出ないその問に直面するたび、やはり自分の無力感に苛まれるように感じます。そんなことを一瞬でも忘れさせてしまうような優しくも厳しく、雄大で広大な自然の美しさや愛おしさを同時に抱きます。

 わたしの過去がわかった時、たとえそれが望まないものだったとしても、今、わたしが感じてわたしが考えてわたしが出した答えは、きっとわたしだけのもの。それを証明してくれる存在だって、居るのです。

 それはイエイヌさんだけじゃありません。今まで出会ってきたフレンズの皆さんだってそうです。わたしはそうだと信じます。

 あまりに広い自然の中にあって、あまりに小さなつながりを強く感じる、そういうことって、きっと記憶をなくしたわたしだからこそ感じられることなのでしょうか?

 

 建物の扉をそっと開き、忍び足で中に入ります。部屋は灯りをつけていないからか薄暗くはありましたが、大分暗闇に目が慣れたのか、どこかに身体をぶつけることも無く進むことが出来ました。イエイヌさんは変わらず安心しきったように眠っています。よほど疲れていたのでしょう。仰向けになって足を広げて眠っています。わたしはイエイヌさんの傍らにしゃがみ込み、そっとささやきます。

「スカートの中、見えちゃいますよ……? 覗いちゃいますよ……?」

 わたしの言葉は届かなかったようです。相変わらずイエイヌさんは熟睡しています。まぁ、誰が見るというワケでもありませんからね(わたしだって当然見ませんよ? 冗談というやつです)、無理に起こして直すよりも、彼女の寝たいように眠っていることが一番なのでしょう。イエイヌさんの傍からそっと離れて、部屋の隅に置いている鞄と、まだ湿っている水着を手に取り、部屋を出ます。

 そのままシャワーのところへ行き、わたしは良く周囲を見回して、誰も居ないことを確認してから服を脱ぎ始めます。からんを捻り、シャワーが温かくなるのを待って、身体を流していると、ひとつ不思議なことに気付きました。

「爪……色が……?」

 わたしの爪の色が緑色であるということ。それは慣れきってしまった現実として既に受け入れていたことです。時折青色に近づいたりもするので、色が変化するということも、もう気にしなくなっていましたけれど……今のわたしの爪の色は肌色、或いは桃色と呼んだほうが良いだろう色。つまりはイエイヌさんや他のフレンズさん達、わたしの中の常識にある『ヒト』という存在にとっての普通の、常識的な色なのです。

「どう……したんでしょう……?」

 わたしの体調の良し悪しや疲労の具合などとも関連しているような気がするのですけれど……確かに今日は大変疲れはしましたが……具合が悪いということでは無いのは自分が良くわかっています。

「うーん……?」

 考えても解決しない問題なのでしょうけれど……いったい……?

 

 自分の身体に起こった不思議に悩みこそしましたが、シャワーを浴び終わったわたしは、身体を拭う前に水着と衣類を水ですすぎ、絞ります。水着を借りた以上、きれいにして返すというのは礼儀でしょうし、衣類全般もどこかで軽く洗っておかないと汚れてしまいますからね。水を絞り終えた衣類を水の当たらないところにかけて、髪の毛と身体を拭います。

「あー……そうかぁ……」

 髪の毛が乾くまでは起きていなくてはならないという事実に気付いたわたしは思わずぼやいてしまいます。シャワーを浴びてしゃっきりしたからか、眠気はそこまでありませんけれど……少し残念というか、眠らずに色々済ませてしまっていれば……とつい思ってしまいます。まぁ、今更悩んでいても仕方がありません。海の夜風に佇むというのも、中々素敵に感じますしね。

 わたしは肌着だけ身につけて、建物に戻ります。もう一着くらいシャツとズボンを持ってくるべきだったのでしょうけれど、鞄に入らなかったので仕方ありません。キャミソールとパンツという本当にひと前に出てはいけないような格好です。本当に……本当にフレンズさん達がいらっしゃらなくて良かった……。

 わたしは建物の中にあるハンガーを借りて衣類を乾かします。男性用の水着をかけているハンガーに洗濯ばさみがくっついていたのは幸いでしょう。これで肌着やズボンも乾かすことが出来ます。本当に幸運だといえるでしょう。不意に部屋の片隅に扉があることに気付きます。

「ここに……扉……倉庫……?」

 建物自体、横幅も縦幅も十数歩程度の空間です。この狭さですし、この建物がかつて何らかのお店であったことを考えると、倉庫の可能性が高いでしょう。

 扉の近くにスイッチがあり、それをぱちりと押すと、扉の向こうで電気が点きます。中の確認がてら、扉を開きます。鍵は掛かっていませんでした。

 案の定、中は倉庫のように雑多に物が積まれている小さな空間でした。それこそわたしが寝転がることが出来ないくらいの狭さです。

「けほっ……埃っぽい……」

 少しだけ咳き込みながら、倉庫の中を見回します。中には特段変わったものはありませんでした。表に置かれている物の予備、と言ったところでしょうか。ビニール袋に入った数着の水着と、何らかのおもちゃが並んでいました。

 ふぅんという具合にわたしは鼻を鳴らします。想像通りでつまらないというと少しばかりわがままでしょうか? ……と、部屋の片隅に置かれたてらてらとした光沢を持つ布袋がふたつ、目に入ります。薄い緑色と薄い桃色の袋は触ってみるとほわほわとしていますし、袋の口はきつく封がされていますが、開くことは容易そうでした。

「何でしょう、これ……。ん? メモ……?」

 手に持って見回してみると、その袋には小さなメモのような紙片がテープで貼り付けてありました。妙に固くなっているそのテープは、経過した時間を物語るように、触るとすぐにぽろりと崩れてメモと一緒に床に落ちてしまいました。

「えぇっと……ふふっ……」

 メモを手に取ってみてみると、ちょっとしたお小言が書かれています。

『遠坂博士へ よく来ていただけるのは結構ですけれど、ここをキャンプにしないで下さい。商品もあるんですからね! 寝袋を置く余裕なんてありませんよ! 追伸、娘さんと来るからと言い訳しても無駄です! ご自宅に置いてください!』

 とはいえ、怒った様な内容の割りに、妙に丸っこい文字ですし、何故だか怒っている印象もありません。

「結局取りに来なかったのか、それともそれでも置いていたのか……どっちなんでしょう……」

 かつて人が居た頃の名残。それはどこかわたしに取って『面白い』ものでした。この遠坂という方がどのような人物であったのかはわかりませんけれど、結構わがままな方だったんでしょうね、それをこのお店の人に怒られてしまった……もしかしたら、この桃色の方の袋は娘さんのものなのでしょうか? 大きさは変わらないように見えますけれど……。わたしは袋の口を開き、中から布の塊をひっぱり出して広げます。すると、その塊は、筒状になっているお布団のようにふわふわとしたひとつの袋になりました。

「寝袋……?」

 要するにこれはメモにあった寝袋というヤツなのでしょう。それにしても、どうしましょう、これ……戻しても、誰も使わないような気もしますし……この寝袋はわたしとイエイヌさんに取って間違いなく『役に立つ』ものです。正直な気持ちを言ってしまえば、お借りしたいのですけれど、誰かのものを盗むという行為とほぼ同じ行為になりかねません。

 それはどうしてもしてはいけない行為ですし……水着のときのようにその日にすぐ返すということも出来ませんし……明日の朝にでもイエイヌさんに聞いてみましょう。イエイヌさんに聞いてみて、そうして決めればわたしのこのもやもやとした気持ちも解決するでしょうか? ともかく外に出て、髪を乾かしましょう……。

 

 外に出て、昼間、バンドウイルカさんとお話していた桟橋に腰掛けます。優しく吹く風を全身で浴びながら夜の海を眺めます。静かに耳に響く波の音。風の音。昼間の喧騒は何処へ行ってしまったのかと思えてくるくらいの、静寂。わたしの頭に『あの絵』のことが思い浮かびます。あの絵は、きっと、海が好きな人が描いたものなのは間違いありません。バンドウイルカさんも、フォルカさんも、そう感じていたようですし、わたしも同じ考えです。ですけれど、問題はその先。綺麗な絵であることは事実ですし、もしかしたら理想を描いたのも事実かもしれません。わたしがあの絵に抱いたものは、そういった感覚よりもは寂しさ。誰も居ない、何も居ない、静かな昼下がりの海。季節はわかりませんけれど、でも、あの場所に……いいえ、この場所に、フレンズさんもヒトも居ないなんていうことは、きっとありえないでしょう。

 真夜中でしたらともかく、嘗てであればヒトとフレンズの皆さんが過ごしていた筈ですし、今でさえフレンズさんが思い思いに過ごしているはずなのです。

「わたしは……あの絵を描いた人に、何を言いたいんでしょう……?」

 ここは楽しいところだよと伝えたいのでしょうか? それとも、皆が居るよ! と伝えたいのでしょうか? どちらも違う気がしますし、どちらも正しい気がします。うーん……不意にわたしは声をかけられます。

「ともえさん、どうしたんですか?」

「ひゃあぁっ!」

 思わず身体が跳ね上がります。わたし、今、凄いカッコを……

「あ、あぁ、イエイヌさんですか……どうしたんですか?」

 眠たそうな半目のイエイヌさんが、のそりのそりとこちらに歩いてきて、わたしの隣に腰掛けます。

「部屋に居なかったので、不安で……みつかって、よかったです……」

 ふあぁと欠伸をして、イエイヌさんはわたしの太ももの上に頭を乗せます。

「中で寝ないんですか?」

 わたしの質問に、イエイヌさんは「ひんやり……」とぼそりと呟いて、すぐに眠ってしまいました。呆れ半分、愛おしさ半分の不思議な溜息が思わず出てしまいます。

「まったく、イエイヌさんったら……」

 わたしはイエイヌさんの頭を撫でながら、再び思考に没頭します。わたしがあの絵に何と答えるのか……いいえ、何と答えたいのか……。

 

 暫く考えているうちに、髪は十分に乾いてしまいました。少しばかりしっとりしているところもありますが、寝転がっても支障はなさそうです。まだ答えは出ていませんけれど、月の位置がかなり動いています。もう夜がかなり深いのでしょう。(日付が変わっているかもしれませんけれど……)今日のところは、寝るとしましょうか。わたしは、イエイヌさんを揺り起こして、中に入るように促します。

「イエイヌさん、中に入りましょう? ちょっとでいいから起きてください」

 イエイヌさんは何やら言葉にならない音をいくつか発して、上半身を起こします。

「ともえちゃ……ふあぁ……ともえさんも……」

 彼女はくいくいとわたしの手を引いて、促します。わたしはそれに答えるようにして、家の中に入ります。

「そんなに慌てなくても……足元気をつけてくださいね」

 がちゃりと扉を開き、中に入ります。イエイヌさんは先ほどまで眠っていた場所に戻り寝転がります。わたしもその隣に寝転がることにしました。ちょっと固いですし、床に直接というのも気が引けましたので、タオルを一枚折って枕の代わりにします。

「ふぅ……お休みなさい、イエイヌさん」

「ふぁい……んぅう……」

 彼女はそう言ってわたしの腕に抱きつきます。まったく甘えん坊さんなんですから……。少しばかり眠りづらいですけれど、不思議と心地が悪いわけではありません。彼女からの好意を独占できるというと意地悪な言い方ですけれど、純粋に嬉しいんですもの。無力なわたしと一緒に旅をしてくれるイエイヌさんが、わたしの居場所なのかもしれません。ふとそう思いました。

 そう思った途端に、わたしに天啓が訪れます。それを、描こう。忘れないように、思い浮かんだその考えをを頭に刻み付けるようにしっかりとイメージします。夜の浜辺、眠る彼女とそれを見守るわたし、居場所……ええ、忘れてはいけません。明日、描くんですから…………

 まどろみの中、ぼんやりと考えます。わたしは、わたしはいつか、きっといつか、彼女に恩返しをしたい。その為にもまずは記憶を取り戻すこと。それが大切です。わたしが何者か、ということへの好奇心も間違いなくありますけれど、わたしに何が出来るのかという事実が、今、知りたいのです。わたしは、イエイヌさんに、いいえ、フレンズの皆さんに何が出来るのでしょうか……? そうしてわたしは意識を手放します。甘く優しい眠りの中へ、溶けていったのでした。




10万文字行っちゃいましたね。何ですかね、この熱量。
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