私、一次創作やっていた時期があったんですけど、その時書いた物語よりもずっと長い作品書いてる気がします。
今度こそ、完結させたいですねぇ……
20/06/09 改稿
完結させました、えっへん
太陽の光が差し込んできて目が覚めました。うぅんと伸びをして、隣を見ると、一緒に眠っていた筈のイエイヌさんが居りません。
「……あれ? どうしたんでしょう……」
きょろきょろと周囲を見回しましたが、イエイヌさんの痕跡も、何かの目印のようなものも見当たりません。書置きでも残してくれれば良いのでしょうけど、彼女に限らずフレンズさん達が文字を扱うところは見たことがありませんし……今度時間が出来たときにでも、簡単な文字……例えばひらがな等を教えたほうが良いのでしょうか? ちょっと上から目線な気もしますけれど……こういうとき便利ですし……。
考えは後にして、とりあえずは顔を洗いましょう……っと、その前に服を取り込んで着替えないとですね。昨晩のまま、殆ど裸で外をうろつくというのは流石によろしくないでしょう……。
着替え終わったわたしは、顔を洗うために表に出て、昨晩シャワーを浴びたところを目指し、歩き始めます。
「あっつい……まだ午前中ですよね……?」
思わずぼそりと呟いてしまいます。さんさんと照り輝く太陽はまだ天頂よりも下側にあって、まだ早い時間であることがわかります。けれども、気温といい陽射しの強さといい、夏のような暑さ……ぼんやりと感じていたに過ぎないのですが、もしかして「ちほー」ごとに天気や季節、気候などは異なるのでしょうか?
イエイヌさんの『おうち』がある「ちほー」では暑くもなく寒くもなくという具合でしたし……イエイヌさんの言葉を信じるならば、季節や天候は固定されていないようでしたけれども……本当に不思議ですね、ジャパリパークという場所は……。
暫く歩くとシャワーのある場所につきました。顔を洗える場所があるかと思って来たのですけれど……イエイヌさんの後姿がそこにはありました。
「おはようございます、イエイヌさん」
シャワーの列の奥側に幾つか蛇口が据えられた場所があり、そこでイエイヌさんはばしゃばしゃと顔を洗っていました。わたしの声に、彼女は首をぷるぷると振ってから答えます。
「おはようございます! ともえさん!」
わたしは彼女に「はい」とタオルを差し出し、受け取ってもらってから顔を洗い始めます。
「そういえば、ともえさん、昨晩はどうしたんですか?」
イエイヌさんの問い掛けに、わたしは濡れた顔のまま答えます。
「ここでシャワー浴びたんです。髪がきしきししてましたし……汗もかきましたから……」
イエイヌさんはわたしにタオルを差し出しながら、答えます。
「ヒトって大変ですねぇ……汚れたり、汗とか……フレンズは基本的にみんな放っておけば平気ですから」
わたしはタオルを受け取り、顔の水を拭いながら答えます。
「本当に、羨ましいですよ……」
タオルから顔を離し、イエイヌさんの方を見ると、いつもと変わらない可愛らしいお顔……日焼けとかするんでしょうか……?
「イエイヌさんは、日焼けってします?」
わたしの問い掛けにきょとんとした顔のイエイヌさん。
「日……焼け……?」
「太陽にずっと当たってると、皮膚の色が変わっちゃうんですよ。少しの間、ですけどね……赤くなったり、茶色くなったり、それぞれですけど」
わたしの言葉を受けて、イエイヌさんはわたしの顔をじいっと見つめて言います。
「ともえさんも日焼けしてないじゃないですか……ほんとうです?」
わたしは思わず、へ? と声を上げてしまいます。袖を捲ってみたり、手のひらを見てみたりしても、何も変化はありません。見慣れた肌の色のままです。そういえば昨晩シャワーを浴びたときも、ひりひりしたりなんかはなかったような……。わたしの中の常識が崩れてしまうような気がしてきました……。
「まったく、からかわないで下さいね、ともえさん」
非難気な顔ですけれど……本当なんですってば……。
わたしが説明しても何故だか妙に疑わしい顔のイエイヌさん。どう、説明すれば良いのでしょう……? わたしはイエイヌさんに色々と説明していましたけれども……彼女の表情は変わらないまま、建物へと戻ることになりました。
「……そこまで言うなら、きっと本当なんでしょうけれど……確かめてみないことには……」
「なんだかごめんなさい……とりあえず、ご飯にしましょう?」
建物の中に入ったわたし達は、適当な位置に腰掛けます。わたしは鞄の中からジャパリまんをふたつ取り出し、片方を彼女に渡します。イエイヌさんは表情を和らげ、袋を開き、ぱくりとジャパリまんを頬張ります。わたしもいただくとしましょうか……。
「それで、今日はどうするんですか?」
食事がひと段落ついたころ、イエイヌさんがわたしに問いかけます。
「えぇっと……そうですね、絵を、描こうと思います。あの絵に、わたしなりの答えを出したいんです」
眠る前に思い描いたイメージ……それを形にしたいのです。わたしなりの『あの絵』への答え……。あの絵を描いた方は、わたしの絵を見たときどう思ってくれるのでしょうか? 叶わぬ夢でしょう。それでも、と思ってしまいます。
「なんで、そんな悲しい目をするんですか……?」
イエイヌさんが言いました。わたしにそんなつもりはないのに……少しばかりどぎまぎしてしまいます。
「そ、そうでしたか……?」
「はい……切なそう……って言うんですかね……? そんな目です……」
わたしの目を覗き込むようにして、彼女は続けます。
「何か辛いことでもありましたか? 嫌なこととか、怖い夢とか……」
彼女の瞳は妙に潤んでいて、彼女の瞳に映るわたしの姿をぼんやりと見て取ることさえ出来ました。
「だ、大丈夫ですよ、イエイヌさん。何も、ええ、本当に何もありませんから……」
わたしは彼女の肩を掴んで言いました。
「……なら、いいですけど……居なくなったり、しないで下さいね……?」
彼女の顔は、もう涙が出そうなのではないかと思えるくらい、悲しげなものでした。耳だってしゅんと垂れていますし、尻尾もきっとへにゃりとしているのでしょう。
「イエイヌさん? ど、どうかしました……? 大丈夫です。わたしがあなたから離れるなんてこと、きっと……いいえ、絶対にありえませんよ」
絶対なんて無いなんて言葉が頭を過ぎりますけれど、こればかりはそうそうありえないように思います。わたしがイエイヌさんに頼らなければ生きていけないという現実的な問題もありますけれど、そういった冷酷で実利的で利己的な思考を除いても、わたしが彼女の元を離れるということは想像が出来ませんもの。
……というか、イエイヌさんはなんだかどこまでも追いかけてきそうな感じがします。ちょっとだけ、甘えちゃってますかね……?
「……って、きゃっ」
イエイヌさんはわたしの胸に飛び込んで、顔をごしごしとこすり付けます。
「ど、どうしました……?」
わたしの問い掛けからほんの少しの間をおいて、彼女はわたしの胸元から顔を離して言います。
「これでおっけー、です! におい、ちゃんと付けましたからね!」
あはは……そういうことですか……。濡れた瞳は変わらないように見えましたけれど、にっこりと微笑む彼女。
「大丈夫ですって……あ、そうです! 聞こうと思っていたんですけれど――」
わたしはイエイヌさんに、昨晩見つけた寝袋の話をします。現物を持って来て、メモ書きのことも含めて……
「お借りしちゃっていいんじゃないですか?」
あっけらかんとした風のイエイヌさん。そのまま彼女は続けます。
「これ……使っていたのはヒトですよね? でしたらともえさんだって使っていいと思いますよ? 誰のものっていうのは、大事ですけど……どれくらいの間ここにあったのかさえわからないですし……」
「なるほど……」
彼女の言葉は一理あります。ヒトのものだからヒトが使っても良いという考えは少し大雑把にも思えますが、どれほどの間ここに放置されていたのかということを考えると……悲しいですけれど、本来の持ち主はきっと訪れないでしょう。
「においとか、わかりますか? 何かヒントになればと思うんですけれど……」
持ち主が居た場所がわかれば、簡単にメモを残して気持ちの整理も出来るのでは、という考えです。わたしの問い掛けを受けて、彼女は寝袋のにおいを嗅ぎましたけれど、間も無く、首を振りました。
「消えちゃってます。ここのにおいしかしません……」
「そう、ですか……」
わたしは再び考え込んでしまいます。そんな様子を見かねたのか、それとも単に思いついたからかはわかりませんが、イエイヌさんが言いました。
「旅が終わったら、また返しに来ましょう? それまでお借りする、ということで……」
「確かにわたしもそう思いましたけれど……なんだか貰ってしまうようで申し訳なくて……」
イエイヌさんは自分の考えを整理するようにゆっくりと口を開きます。
「私はともえさんが過ごしやすいのが一番ですし……何よりもその寝袋? さんも使ってもらえないのが、一番可哀想だと思います……私はそう思うってだけなんですけれど……」
わたしは彼女の言葉に胸のしこりが取れたような思いを抱きます。
「イエイヌさんらしい、優しい考えですね……」
わたしは彼女の答えを待たず続けます。
「えぇ、使わせてもらいましょう。旅が終わったら、返しに来る。そのつもりで」
わたしは「これからよろしくね」という思いを込めて、緑色の袋をぽんぽんと叩きます。その衝撃でか、埃が舞い散り、わたしとイエイヌさんはくちんとくしゃみをしてしまいます。
気まずい沈黙がわたし達の間に訪れて、間も無くふたりして笑い始めてしまいました。
「まずは……干すところから始めましょうか……」
「そうですね……」
わたしは緑色を、イエイヌさんは桃色の袋を抱えて表に出るのでした。
○
「さて、と……描きますかぁ……」
わたしは軽く伸びをして鞄からスケッチブックと色鉛筆を出して、浜辺に腰をおろします。
「あー……そういえばイエイヌさんはどうします?」
何の疑問も抱かず、当然のようにわたしの隣に座り込むイエイヌさんでしたけれど、結構な時間がかかってしまいそうな気がするので、彼女に確認をします。
「……? いつものようにともえさんの絵を見ていようかな、と」
「うーん……もしかしたら、結構時間がかかってしまうかもなんですよ……予感なんですけどね……」
わたしの言葉にイエイヌさんは悩んだような表情をして言いました。
「そうですかぁ……では……そうですね、どなたかいらっしゃったら、その方達とご一緒させていただきます。それまでは、えへへ、ともえさん、一緒に居ていいですよね?」
イエイヌさんははにかみながらわたしにそう言いました。
「はい、大丈夫ですよ」
わたしの言葉に彼女は嬉しそうに微笑みます。
わたしは彼女に微笑み返し、スケッチブックを開いて、ペンをとります。さて、『イメージを形にする』と言ってもそんなに簡単なことではありません。見えたありのままを描くのでさえ、どう描くのかというのが大きな問題になるのですしね……昨晩に思いついたその光景は夜のこの場所で、わたしとイエイヌさんが一緒に居る光景。眠る彼女をわたしがそっと見つめる……そんなものだった筈です。
どう描いたものか……浜辺に座っているほうが良いのでしょうか? それとも昨晩と同じように桟橋? 後姿を描くのでしょうか? 前から? 彼女の頭の位置は? わたしの膝の上? それとも肩の上? 色はどうしましょうか? 全体が暗い色になるのは当然ですけれど、ただ暗いだけではわたしの伝えたいことが表現できるとは思えません……どうにも悩みは尽きません。まるで迷路の中に閉じ込められたような気分にさえなります。真っ白な紙を前にして、わたしは何も出来なくなってしまいます。
「……ともえさん?」
イエイヌさんがわたしに声をかけます。
「……はっ、はい! な、なんですか?」
わたしは余程集中していたのでしょうね、ちょっとびっくりしてしまいました。
「えぇっと……ともえさんは、そのぅ……何を描きたいんですか? どんな絵にしたいのか、じゃなくて……その、どんな風に答えたいのか、ってことなんですけれど……」
イエイヌさんは首を傾げるようにして、わたしの目を見つめて言いました。わたしは彼女の言葉に少しだけ悩んでしまいましたが、ゆっくりと答えます。
「あの絵は、わたしはとても寂しい絵だと思ったんです。だから、だから……えぇっと……」
「……『ここは寂しくない』と答えたいんですか?」
わたしは首を振ります。
「そう思ったこともありましたけど、違うかなって……あの絵を描いた人はきっとそれを知ってますから……わたしは……もしかしたら、そう……あっ! わかりました!」
わたしは自分の中の考えは纏まりました。もしかしたら、わたしの言葉をイエイヌさんは理解していないかもしれません。けれど……。
「イエイヌさん! ありがとうございます! お陰で、描けそうです!」
わたしの様子が変わったのを見て、驚いたような、ぽかんとしたような、そんな表情のイエイヌさん。ですけれど、わたしは構わず色鉛筆を持って、それをスケッチブックに走らせます。彼女はすぐ隣に居るのに、どこか遠くでくすりと微笑むイエイヌさんの声が聞こえます。
「頑張ってね、ともえちゃん」
それが呆れなのか、それとも賞賛なのか、わかりません。ですが、わたしは答えます。
「うん!」
それきり、周囲の音も、景色もまるでなくなってしまいます。そして、わたしの目の前には真っ白なスケッチブックがある。ですが、わたしの頭の中にはどう描けば良いかがうっすらとですけれど形になって現れています。目の前の海から、何を、どう描くのか、それはまだ悩まなくてはならないでしょう。ですけれど、きっと、絵は描けます。そんな確信にも似た思いさえあります。
――――――
――――
――
「ふぅ……」
わたしは伸びをしながら周囲を確認します。どれくらい集中していたのでしょう? 下書きがてら薄く線を引き終わったからというのもありますが、それ以上に周囲の熱気の為に、わたしの作業の手は止まりました。
「イエイヌさんが居ませんね……」
周囲を見回しても、彼女の姿は見つからず、また、同じように昨日のようなバンドウイルカさんやカリフォルニアアシカさんと言った、フレンズの皆さんの姿もありません。さざなみの音と、風の音。静かな自然にひとり。
何となく、あの絵を描いた方の気持ちもわかるような気がします。思えば、旅の初日はわたしひとりの時間も長かったですからね。その時に感じた思いが絵に込められていたと感じた『寂しさ』に繋がっているのかもしれません。
「……本当に寂しいですね、ひとりは……って、あら?」
わたし達が泊まった建物から、うんしょうんしょという具合に、大きなものを持って、イエイヌさんとバンドウイルカさんが出てきます。わたしは手にしたスケッチブックと色鉛筆を浜辺に置き、彼女達に駆け寄ります。
「あ! ともえちゃん! こんにちは! って、きゃあっ…」
彼女は片手を小さく振って挨拶をしました。その拍子にバランスが崩れ、ゆらりと彼女達はよろけてしまいます。
「――っと……危ない危ない……。こんにちは、バンドウイルカさん」
ちょうど駆け寄れる距離でしたから、良かったものの……。
「あはは……ごめんね、ともえちゃん」
「ともえさん、ありがとうございます」
いえいえと返事をして、わたしはバンドウイルカさんとイエイヌさんの間の部分に手を添えます。
「イエイヌさん、バンドウイルカさん。ところで、これは……?」
彼女達が運んでいたのは、寝袋が包まれている素材と同じような袋に包まれた長い棒。外見からは中身の想像がつきませんでした。
「これですか? 多分……傘なのかと、そんな気がしまして……ともえさん、暑そうにしていましたから、日よけになれば……」
よいせっと位置を調整するように、イエイヌさんは小さく動き、わたし達は歩き始めます。傘のサイズはふたりで持つには大きく、かといってわたしが加わるほどの大きさでもない微妙な大きさ……。わたしが小柄だからでしょうか? とはいえ、先ほどのような出来事が起こりかねませんし、わたしだけ見ているのも、何だか申し訳ないですから……。
「お気遣いありがとうございます、イエイヌさん」
「いえいえ、私も暑かったですし、お気になさらず!」
気配りの出来る良い子ですこと……なんて、妙に上から目線な感情が沸き起こってきます。後で感謝の気持ちを込めて……何をしましょう? 頭を撫でたり、抱きしめたり……? さすがに暑くないですかね……?
間も無くして、浜辺にひとつの花が咲きました。イエイヌさんが見立てのとおり、運んだ大きな棒はビーチパラソルと呼ぶに相応しいものでした。直立させたり固定することが出来ず、斜めに置く形になりましたが、パラソル自体に相応の重さがあるためか、風ではそうそう動かない、中々良い具合の影を作ってくれます。それもわたしとイエイヌさんがすっぽり納まるくらいの大きさ。
「日陰だとやっぱり楽ですねぇ……見つけてくれて助かりました……どこにあったんですか? これ……」
わたしは隣に腰掛けるイエイヌさんに問いかけます。
「あの建物の隅っこにありました! 水を汲みに行こうかな、と思って一端戻ったんですけれど、そのときにお役に立てるものないかなぁと思いまして! お役に立てて何よりです!」
にっこりと満面の笑みで答えるイエイヌさん。
「ひとりで持てないなぁと思って諦めていたんですけれど……水を汲みに行った時にバンドウイルカさんに会ったので、手伝ってもらったんです」
そう言われたバンドウイルカさんは、照れたような仕草をします。
「わたしからも、ありがとうございます、バンドウイルカさん」
「えへへ……どういたしまして! でも、あたしは大したことして無いよ……? 持ってただけだしね」
少し間をおいて、思い出したようにイエイヌさんがわたしに水筒を差し出します。
「お水、飲んでください。体調崩しちゃいますよ?」
わたしはありがとうございますと答え、水筒に口をつけます。
「ともえちゃんとイエイヌちゃんは、今日は何をしてるの?」
バンドウイルカさんの質問に、イエイヌさんが代わりに答えてくれました。
「ともえさんは絵を描いてるんです! 私はそれを隣で見させてもらってます!」
「絵……? 凄いねぇー……あたしは良くわからないけど、あそこにあったのと同じようなのでしょ?」
間髪居れずにイエイヌさんが口を開きます。
「はい! 凄いんですよ! 綺麗で上手で……とにかく凄いんです!」
イエイヌさんはふっふーんという具合に胸を張って言いましたけれど、それを聞いたわたしはといえば、恥ずかしさやら驚きやらで口に含んだ水がヘンな所に入ってむせてしまいます。
「あそこまで綺麗には描けませんし、そんなに上手でも無いですよ……わたしなりに、描きたいと思ったもの書いてるだけです……」
わたしは素直な思いを彼女達に告げましたけれど、どうやら聞く耳を持ってくれません。イエイヌさんに至ってはよっつも耳があるというのに……。
描けるだけでも凄いだとか、そんなことは無いだとか……そりゃあ悪い気はしませんけれども、それでも、あの絵の美しさだとか色の選び方だとか、感情の込め方だとか……絵を描く道具が違うのでしょうけれど、それを別にしても、わたしからしてみれば遠く及ばない絵画がそこにある以上、どこか後ろめたさのような、申し訳なさのような、そんな思いを抱いてしまいます。
「おだてたって、何も出ませんよ、まったくもう……」
顔の熱さに耐え切れず、俯きながらぼそりと呟きます。そんな様子を察してくれたのか、申し訳なさそうにイエイヌさんが言いました。
「……その、上手いかどうかっていうのは私にはわかりませんけど……その、えぇっと……私は、ともえさんの絵が一番好きです」
その言葉は、多分、わたしに取って一番の褒め言葉だったのでしょう。
「……ありがとうね、イエイヌさん」
思わずわたしはイエイヌさんを抱きしめてしまいます。
「ど、どうしたんですか! ともえさん!」
慌てふためく彼女の声を聞いて、わたしは身体を離します。
「ご、ごめんなさい……嬉しくて……」
今度こそ正しく恥ずかしさからイエイヌさんの顔を見られなかったのですけれど、唐突に後ろからとさりと衝撃が……
「あたしも、ぎゅーっ!」
バンドウイルカさんったら……。ふと視線を戻すと、膨れっ面のイエイヌさん。どうしてあなたはそんな頬を膨らませているんですかね……わたしはぽかんとしてしまいました。それも本当に一瞬の間でした。イエイヌさんもバンドウイルカさんに張り合うようにわたしに抱きつきます。
「わ、私も……!」
「ちょ、ちょっと、あ、暑い、暑いですって! み、みんな、はな、離れ……」
「あなた達……何やってるの……?」
わたし達は「ほぇ?」という言葉が出てしまいそうなくらいな表情でフォルカさんを見返すことになるのでした。
――――――
――――
――
「……つまり絵を褒められて嬉しくて抱きしめたら、いつの間にかおしくらまんじゅうになっていた、と……」
フォルカさんは呆れたように呟きましたけれど、彼女は微笑んでいて、わたしにはどこか羨ましげな視線にも見えました。
「まぁ、そういうことなんですかね……あはは……」
わたしは照れながらというか恥ずかしがりながらというか……ともかく返事をします。少し離れたところから、バンドウイルカさんとイエイヌさんがはしゃぐ声が聞こえます。波打ち際で、どうやら砂遊びをしているようです。見たところ、小さな山を作ってトンネルを開通させようとしているのでしょうか?
「にぎやかねぇ、本当に……」
くつくつと笑いそうなくらい愉快そうに呟くフォルカさん。
「……そうなんですか? いつもこんな感じなのかと」
「そうでも無いわよ? 元々ここはフレンズの数は少ないそうだし……他のところは知らないけどね。まぁ、後はマルカ……えぇっとマイルカが良く来るかしら」
指を顎に当てて、ぼんやりと考えながら、彼女は呟きました。
「そんなことより!」
「は、はいっ!」
フォルカさんが突然大きな声を出したので少し驚いてしまいました。一体何事でしょう?
「貴方のこと、教えてちょうだい? 見たことないフレンズだし、そっちの方がずっと面白いわ」
瞳をきらきらさせながら言われてしまうと、少し尻込みしてしまいます。
「えぇっと……ご期待に沿えるかわかりませんけれど――」
わたしはバンドウイルカさんに話したことと同じ事を、彼女に改めて伝えます。何度目かのこの話も、さすがに慣れてきたのか、すらすらと彼女に伝えることができました。
暫くして、ゆっくり彼女は口を開きます。
「こんなこと聞くのも失礼かもしれないけれど……イエイヌと一緒に『お家』で暮らすのはダメだったの?」
わたしが何度も考えてきたことです。その答えは極めてシンプルです。
「わたしは、わたしのことが知りたいんです。何が出来て、何が出来ないのか。そうしないと、あの子に恩返しできないんですもの……それと、パークのいろんなフレンズさんに会ってみたいっていうのも……」
わたしの言葉に納得したのか、それともしてないのか、それは少しわかりかねますけれど、フォルカさんはふうと溜息をついて言います。
「記憶が無いって大変ねぇ……そうだわ、私に手伝えること、あるかしら?」
彼女の言葉にわたしは首を振って答えます。どうやらイエイヌさんたちの作っていた砂山が波に飲まれてしまったようで、残念がる声が聞こえてきました。
「一緒に過ごしてくれただけで十分です。泳ぎ方も、教えていただけましたし」
わたしの言葉に、フォルカさんは「そんなことで?」と不思議そうな顔をして呟きましたが、少し間をおいて、わたしに言いました。
「それなら、いいわ。ふふっ、頑張ってね、ともえ。応援してるわよ」
「ええ、頑張ります」
わたしは笑って返します。
「さーて、私は泳ごうかしら……」
彼女はそっと立ち上がって、お尻の砂を払い落とし、伸びをします。
「絵、出来上がったら見せてちょうだいね、行ってくるわ」
フォルカさんは左手を振って海へと走っていきました……のですが、すぐに戻ってきました。
「どうしました?」
「忘れてたわ……。ともえ、傘? の後ろの方にジャパリまんがあるの、あげるわ。差し入れよ、差し入れ」
「あ、ありがとうございます!」
わたしは座ったままなので頭だけぺこりとお辞儀をして答えます。
「いいのいいの、話のお礼。じゃ、今度こそ行ってくるわね!」
再び波打ち際に向き直り、彼女は駆けて行きました。わたしはそっと彼女の姿を見送り呟きます。
「わたしも、続きをやっちゃいますか」
再びスケッチブック広げ、色鉛筆を手に取ります。海辺では「泳ぐわよー!」と大きな声で楽しげに話すフォルカさんの声と、「おー!」と応じるバンドウイルカさんの声。控え目ですけれど「私も……」と続くイエイヌさんの声。この光景は、きっとかけがえの無いものなのでしょう。わたしが独り占めしてしまうのが惜しいくらいですね。