けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、6話Bパート相当の物語を書きました。

良いですか?両手の人差し指をこめかみにあててぐりぐりしながら呟くんです。
「あたしはローラン、あたしはローラン」そうすると、脳内にローランがインストールされるんです。腰を左右に揺らしながら前屈みになると尚良いでしょう。
経験上、私はそうして小学校1年生の女の子を脳内インストールしました。
あ、いや、ついにどうかしたとか、そういう話ではなく……。

それと、Rwikiの個人ページ作成ありがとうございました。
あらすじが完成し次第、更新させていただきます。感謝です。

20/06/11 改稿


6-2

 道を進むわたし達に降り注ぐ太陽は、海辺のときよりも、どこか低く見えましたけれど、周囲の温度も陽射しの強さも結構なものでした。わたしは額に流れる汗を拭いながら歩きます。ちらりと見ると、イエイヌさんも何処か息が荒くなっているように見えました。

「そろそろ、休みますか?」

 わたしの問い掛けにイエイヌさんはこくりと頷きます。

「でしたら、あそこの木まで行きましょう……もうひとふんばりですよー」

 わたしは彼女にそう言って、歩みを速めます。イエイヌさんもわたしの言葉を受けて、少しでも早く休もうと思ったのでしょう、わたしの後ろを着いてきます。乾いた陽射しが急かすようにじりじりと、それでも確かにわたし達の背中に照り付けてきます。

 

 さほどの時間を必要とせず、木陰にわたし達は腰掛けることが出来ました。空気が乾燥しているからでしょうか、日光にさえ当たらなければ思っていたよりもずっと涼しく、海辺での天候と比べると幾分か過ごしやすいようにさえ思えました。

「ふぅ……案外涼しいですねぇ……」

 イエイヌさんの言葉にわたしは頷きます。

「ですねぇ……」

 汗ばんだ身体に、乾いた風が吹き抜けました。さほど強くない風でしたけれど、余程暑かったのでしょう、身体に篭った熱を吹き飛ばすようにさえ感じます。それに、鼻の中が何となくですけれど、乾いたような気がしてきます。海辺の風とはまた違った風。『ちほー』ごとの天気や環境が違う、というのは聞いていましたし、草原から海辺へと移動したときに痛感した筈ですけれど……やっぱり驚きのような疑問のような……そんな感情を抱きます。どうやっているんでしょう、これ……。

「お昼は過ぎたはずなんでしょうけれど……暑いですね……長めに休みましょうか」

「はい! ……あんまり無理して具合悪くなったら、困りますからね……お水、どうぞ!」

 イエイヌさんがわたしに水筒を差し出しましたけれど、わたしは首を振ります。

「イエイヌさんから、お先にどうぞ。大変そうでしたし……」

 イエイヌさんは「お言葉に甘えて」と言って、水筒に口をつけ、こくりと水を飲み込みます。ふぅと溜息をついた彼女はわたしに水筒を差し出します。イエイヌさんに感謝の言葉を伝えて、水筒を受け取ります。そうしてひと口、水を飲みました。

「ふぅ……そうです……! 水場も見つけないと……」

 準備が十分でない旅だからでしょうけれど、やはりするべきことが多いですね……。もしも今度旅に出るようなことがあったら、準備はしっかりとしましょう。反省です。

「……うーん……近くには、ちょっと……水の音もしませんし、えぇっと、じゃぐち? でしたっけ、そんなのも見当たりません……」

 イエイヌさんは耳をぴくりと動かして、遠くを眺めるような仕草をして言いました。うーん……このまま水を得られずに……なんてことは杞憂でしょうけれど……。

「誰か、フレンズさんかラッキービーストさんか……会えればいいんですけれどね……イエイヌさん、においとかってしますか?」

 すんすんと鼻を動かしてからイエイヌさんは首を振りました。

「すぐ近くには居ないですね……遠くの方に続いていそうなにおいは幾つかありますけれど……お力になれず、申し訳ありません……」

「イエイヌさんは悪くないですって……それにしても、少し困りましたね……水筒もまだ残ってはいますけれど……」

 わたしが水筒を揺らすと、小さくちゃぷりと音がします。お互いに水をそこまで飲んでいないからでしょう、まだ結構残っています。このペースだったら一日くらいは……何とか……。

「うーん……せめてあそこでラッキービーストさんに聞いておけば……」

 わたしの言葉にイエイヌさんは首を振ります。

「ジャパリまんだけでも十分です。ボスさん達も皆さん忙しいみたいですし……見かけてものんびりしたりしてませんし……」

 彼らの仕事は何なのか? という疑問もありますが、イエイヌさんの言葉から察するに、ジャパリまんを配ることは、山ほどある仕事の内のひとつなのでしょう。

「そう、ですか……もう少し休んだら、イエイヌさんが感じたにおい、追ってみましょうか」

 運動会でしたっけ、その場所に続いているのでしょう。イエイヌさんがはっきりと感じ取った訳ですし、何か催しごとがあるなら、フレンズさんも沢山いるでしょうし、水場だってある筈です。

「はい! わかりました! どれくらい離れてるかは……わかりませんけど……」

「大丈夫です、旅ですもの、一杯歩いて、一杯疲れて……そういうモノじゃないですか?」

 わたしの答えにイエイヌさんはくすりと笑います。

「ふふっ、なんだか前向きですね、ともえさん」

 そうでしょうか? わたしはやっぱり、どこまでも自分の安全が心配ですし、その為に色々考えたりしていて、やっぱり不安な気持ちの方が大きいのです。

「そうですか? 楽観的なつもりもないのですけど……」

「うーん、なんていうんでしょう……前を見ながら足元も心配してる? みたいな……」

 なんだか要領を得ない例え話のような気がしないでも……

「でしたら、きっと、皆さんのお陰ですよ」

 わたしが変わったとしたら、それはきっと、フレンズの皆さんのお陰でしょう。

 楽しげに生きることも、前を向いて生きることも、自分を受け入れるということも、きっと私だけでは出来なかったことですし、もしかすると理解さえ出来なかったでしょう。

 ……まぁ、まだ、わたしは自分のことを受け入れるに足るだけの過去を知らないのですけれど、ね。

「うーん……? はい!」

 その反応は一体……?

 わたしは空を仰ぎ見ます。白く輝く太陽が真っ白な雲に遮られ、大きな影が出来ます。風が一陣吹いて、遠くの草むらがなびき、頭上の葉が揺らめきます。ざわざわという心地よい音が、耳に響きます。その風で雲が動いたのでしょうか、隙間から陽射しが入り込み、光の柱を作ります。

「イエイヌさん、アレ、なんていうか知ってますか?」

 わたしは光の柱を指差して言います。

「……? 名前なんてあるんですか……! なんて言うんです?」

「何だと思います? 想像でいいですよ」

 ちょっとズルいですかね、私。

「わかりませんよぉ……ナントカの柱とか……ですか?」

 イエイヌさんは困ったように、頭を掻きながら言いました。

「天使の梯子って言うんですって。あと、レンブラント光線、とも」

 素敵ですよね、と言おうと思ったのですけれど、納得行かない様子のイエイヌさん。

「てんし……? れんぶらんと……? 梯子も光線もわかる気はするんですけど……」

 なるほど、そこからですか……。

「天使って言うのは……そうですね、ひっじょーにざっくり言うと、とても凄い存在のお手伝いさんですかね……レンブラントっていうのは……えぇっと……」

 ふと、頭に過ぎったのは、誰かに同じ質問をされて、わたしがイエイヌさんとまったく同じ言葉を返した記憶。

「あぁ、思い出しました! ずぅっと昔の絵描きさんです。その人が好きだったらしいですよ」

 あぁ、『あの人』です。『あの人』に教えてもらったんです。顔が真っ黒に塗りつぶされた『あの人』。わたしの過去に何か繋がりがあるに違いない人。その時の言葉は、わたしに何かを教えてくれる様でいて、からかうようで……でもとても優しい声だった筈です。何時、何処で、わたしは『あの人』にそれを教えてもらったんでしたっけ……?

「ともえさんは物知りですねぇ……」

 イエイヌさんはほへぇと感心するように息を吐きました。

「いえいえ、わたしなんてまだまだです。もっと物知りな方は居ますから……それに、こういう知識は生きていく上であんまり役に立ちませんよ?」

「そうですか……? 色々なことを知っていると、色々な素敵に気付けそうで、羨ましいです」

「なんだかこそばゆいですね……ありがとうございます、イエイヌさん」

 わたしは一拍置いて言葉を続けます。

「でも、イエイヌさんだけじゃないかもですけど……フレンズさん達の鼻の良さや目のよさとか身体の能力とか……そういうことの方がわたしは羨ましいくらいです。便利そうですし……」

 わたしの思いにイエイヌさんは困ったように唸ります。

「うーん、私もそうですけど……意識しないですからねぇ……ともえさんの様なヒトの感覚もわからなくはないですけれど……比べようも無いですし……」

「まぁ……わたしが言うのも変な話かも知れませんけど……みんなそれぞれ違うってことなんですかねぇ……」

 わたしはそう言って視線を再び空に戻します。先ほどまで見えていた『天使の梯子』は無くなり、太陽が輝いています。澄んだ空気に、澄んだ空。わたしの持っている色鉛筆ののように真っ青な背景に浮かぶ白い雲……。穏やかな周囲の光景は、運動会という噂の騒がしさからはかけ離れたもののように感じられます。

「イエイヌさん、もうひと口ずつ水を飲んだら出発しましょう。暑いので休憩はこまめに取るということで」

「はい!」

 わたしは水筒の水をひと口飲み、イエイヌさんに水筒を返します。視線は道の先に。あとどれくらい歩くのでしょうか? 疑問ではありますし、楽でも無いでしょう。それでも歩かなくてはなりません。進むことで答えがあると断言も出来ません。それでも、それでも……。

 

――――――

――――

――

 走るのが好きだ。身を切る風も、流れる景色も、全部好きだ。だから走るし、見たことの無い景色だって、見てみたい。だから遠くにも行くし、もちろん、走っていく。まぁ、飛ぶのは苦手だしな。あったことの無いヤツにも、会ったことのあるヤツにも会いたい。楽しいから走るし、走るから楽しい。

 時折思う。『前』はこんなだったのか、とか、そんなこと。この身体になってずっとずっと便利になったんだろうし、前のことなんか大して覚えちゃいないから、比べようも無いし、深く考えないようにはしてるけどやっぱり不思議には思う。走りながらだって、考えるときも、まぁ、結構ある。そんなときは、時々、前が見えてなかったりするんだけどな。

 で、今日、考えながら走っていると、今までに無いくらいヤバイ事態になってしまった……。ま、突っ込まなかっただけ運がいいのかもしれないけど……ヤバイのはヤバイ。

「げぇ……セルリアン……」

 そいつは目の前に居て、どうやらあたしのことを狙ってるらしい。雨上がりのサバンナが走りなれた場所だからって考えながら走っちゃダメだな。うん。コイツ、でっかいし、強そうだし、どうしたモンか……。

「って、ひょえぇっ!」

 コイツぅ……。あたしはそれの伸ばした腕を間一髪回避……したのはいいけど、飛び込むように避けたから体勢は悪いし、地面がえぐれてるし……もしかしなくても、ヤバイんだろうなぁ……。

「こっち見るなよ! まったく!」

 地面の石を投げつけても当然意味が無いし、走って逃げるには……うん、足を痛めたな。あー、もう一本の腕がこっちに伸びてきてる……って、うおぉ……凄い……頭の中が妙にすっきりしてるし、時間がゆっくり流れてる気がする……! えぇっと……セルリアンに食べられたら動物に戻るんだっけか? 死ぬんじゃなければ、まぁ、いいけどさ……

 はぁ、もっと走りたかったし、もっといろんなところに……誰か助けてくれるってことも、ないだろうし……この辺ひとけ無いもんな。ま、いっか、楽しかったから……目を閉じて全部諦める。けど、うーん、せめてコヨーテにひと言くらい……。風を切る音が聞こえて、どごんと音が聞こえて来て――

「……あれ?」

 きょろきょろと周囲を見渡すと、さっきまでセルリアンが居たところには、しりもちをついてるフレンズ……。

「いったた……」

 ソイツは自分の頭を撫でながら、何にぶつかったのか確かめるように前を見てた。

「お……お前……助けてくれたのか?」

 あたしが尋ねると、ソイツ……ううん、その方は、あたしの方をようやく見てくれた。

「うーん……? 何かにぶつかったけど、キミか? だったらごめんよ、申し訳ない……怪我とかしてないか?」

 その方は立ち上がって、申し訳無さそうにしながらあたしに手を差し出してくれた。懐の深い方だ、と素直にそう思った。あたしはさっきの乱暴な言葉遣いが、なんだか恥ずかしくなる。

「こほん……い、いえ、ぶつかったのはセルリアンです……あなたは……あなたは恩人です……!」

「ん? そうなのか?」

 その方はあたしを引っぱり上げながら訝しげな表情をしている。眉間に皺を寄せた表情だけど、立派に伸びる角のお陰か、どこか凛々しいようにさえ、あたしは思った。

「うーん……? あぁ、そういうことか。キミが襲われていて、私がセルリアンにぶつかって、キミを助けた、と……おっと、足、挫いたのか? 大丈夫か?」

「へ……? あ、あぁ、平気です! 走ったりは、ちょっと厳しいですけど……」

 その方は、あたしよりもずっと背が高いから、あたしを背負おうとしゃがんでくれた。素敵な方だ。

「あ、ありがとうございます……! ってそんなことより、あ、あなたのお名前は……」

「ん? あぁ、プロングホーンだ。よろしくな。キミは?」

 あたしは、あたしは……

「オオミチ……じゃなくて、ロードランナーです! プロングホーン様! よろしくお願いします!」

 コヨーテにあわせて名乗り始めた『名前』を伝える。

「さ……様……? ゴリラじゃあるまいし、私にそんな大層な呼び方は……」

「いえ! あたしが勝手に呼ぶんです! 呼ばせてください!」

 初めて感じた尊敬の思い。それをぶつけてしまうのは、あたしのワガママ? でもそうしたいから、そうする。そうやって生きてきたんだ。そうしよう。

「そ、そうか……ま、まぁ、よろしくなロードランナー」

 

――――――

――――

――

 休憩を終えたわたし達は、再び道を歩き始めました。相も変わらず暑い陽射しに、乾いた空気ですけれど、休憩の前と比べると少しだけ陽射しが傾いていて、少しばかり歩きやすい気がします。

「広いですねぇ……ここ……」

 イエイヌさんの言葉を聞いて、わたしは考えます。地図がどれくらい正確なのか疑問にも思いましたが、大雑把な形としては間違っていないのでしょうし……

「地図では確か縦に広かったような……『おうち』の会った草原の広さとあんまり変わってなかった気がします……結構歩くことになりそうですね……」

「がんばりましょう! ともえさん!」

 わたしは彼女の返事に「ええ!」と答えます。

 先をじっと見つめても景色に変わりが無いように思えますけれども、それでも確かに進んで居る筈。でしたら今日中に進めるだけ進んだほうが、他のフレンズさんに出会う可能性も高いでしょうし、何より、『運動会』の締め切り(と呼んでいいのでしょうか?)にも間に合うでしょう。少なくとも、開催中に飛び入り参加は出来ないでしょうからねぇ……。

「そうだ、イエイヌさん。イエイヌさんは『運動会』で参加しようかなって考えてるんですよね? 何に参加するんですか? かけっこって言ってましたけど……」

 歩みの速度は変わらないものの、イエイヌさんは考える素振りをして、言いました。

「そうですねぇ……私は短い距離よりも長い距離を走るほうが得意ですかねぇ……だから例えばですけど……ロバさんやコヨーテさんがライバルですね、ルール次第ですけど……」

「ほうほう……」

 知られざる……というと彼女に失礼ですが、初めて知る彼女の『得意』なことです。

「短い距離だとどうなんですか? 遅いってことは無いんでしょうけれど……」

 わたしの質問にイエイヌさんは少しだけ考えてから答えてくれました。

「えぇっとですね……私は多分遅くは無いんですけど……速いフレンズは私よりもずうっと速いんですよ……」

 横目に見えるイエイヌさんの表情は呆れているような表情です。

「ど、どういう……?」

「例えばですよ? 例えば……ともえさん、ちょっと止まってて下さい」

 彼女はわたしにそう言って、とてとてと先に小走りで進みます。

「いきますよー!」

 どれくらいでしょう……百メートルくらい? ともかく、それなりに離れた距離からイエイヌさんが手を振って大声でわたしに言いました。

「……? はーい!」

 わたしが手を振って答えると、彼女は走り出します。みるみる内にわたしに近づいてくるイエイヌさん。絶対にわたしには出せないだろう速度でぐんぐんと――わたしの一歩前で彼女は急ブレーキをかけて立ち止まりました。時間にして、恐らく数秒というくらいでしょうか。

「……ふぅ」

 イエイヌさんはひと息ついて、わたしの隣に。

「は、速いですね……イエイヌさん……」

 わたしの言葉にイエイヌさんは首を振ります。

「本気じゃないですけど、私の走りやすい速さがこれです……で、これよりもずっとずっと速い子がいるんですよ……」

 わたしは思わず「えぇ……」と驚きと呆れの入り混じった声を漏らしてしまいました。わたしのそんな声を気にせず、イエイヌさんは言葉を続けます。

「数字ってよくわからないんですけど、コヨーテさんが言うには、ソイツはお前の三倍くらい速いとかなんとか……」

 彼女はそう言って再び歩き始めます。わたしはといえば驚きで少し歩き始めるのが遅れてしまいました。

「ど、どういうことですか……それ……」

「その方にはお会いしたことないので、わかりませんけど……凄いですよね……」

 想像していたよりもずっとずっとすさまじいフレンズの身体能力。それをわたしはひしひしと感じます。

「何か参加できるかも、とか思ってたのが間違いに思えてきました……」

「うーん……そんなことないと思いますよ? ヒトが何が得意なのかはイマイチわかりませんけれど……イヌの私がヒトを求めていたのは間違いないんです。だから、きっとヒトの得意なこと、ありますって」

 そういって微笑むイエイヌさんですけれど……多分わたしはヒトの中でも運動が苦手な部類……もしかしたら、頭を使ったりですとか、実は知られざる能力が……なんてこともあるかもしれませんけど……。

「そう……なんですかねぇ……? とりあえず、わたしは見学ということで……」

 わたしの言葉にイエイヌさんは残念そうな表情をします。

「そうですかぁ……一緒に走れるかと思ってました……」

 わたし、ひと言でもそんなこと言いましたっけ……? 気持ちは嬉しいですけれど、わたしが一緒に走ったとして、イエイヌさんの足を引っ張るだけでしょうし……。

「なんだかごめんなさい……いつか一緒に走りましょう?」

 イエイヌさんは嬉しそうに「はい!」と答えてくれました。何か、わたしに出来ることってあるんでしょうか? 『恩返し』だとか『イエイヌさんの為に』だとか、そういう意味ではなく、フレンズの皆さんと一緒になって出来ることです。何か……うーん……。

 

――――――

――――

――

 あたしはそれから暫くの間、サバンナに居た。足が治るまで走れなかったから、なんだかつまらない毎日だったけど、プロングホーン様が時々様子を見に来てくれて、そこはある意味得したかなとか思ったりして。

 ある日のことだ。あたしがよくいる木陰の近くでぼーっと日向ぼっこしてると、プロングホーン様が様子を見に来てくれた。良く晴れた日で、雨が降り続いてたのが終わって、なんだかカラッとした風が吹き始めてた日だったから、良く覚えてる。

「プロングホーン様って、走るの好きなんですよね、速いですもんね!」

 あたしがそう聞くと、プロングホーン様は楽しげな表情で言った。

「あぁ、そうだぞ。お前もそうだろ? 判るさ、何となくだけどな」

 プロングホーン様はあたしに手を差し出してくれて、あたしはその手を取って立ち上がる。ぴょんぴょんと跳ねて足の具合を確かめていると、プロングホーン様があたしに尋ねる。

「具合はどうだ? 走れそうか?」

 足や足首を伸ばしてみる。

「はい! 全速力は無理ですけど……」

「どうだ、一緒に走るか? 無理はしなくていいが……」

 思ってもない提案だった。乗らないわけがない。

「はい! 喜んで! 身体なまっちゃいますから!」

 あたしはプロングホーン様の後ろについて、足の具合を確かめながらだけど、散歩を始めたんだ。

 

 プロングホーン様は、あたしよりもずっと早くて、ずっと体力があって、やっぱり凄いなって思った。あたしが足を痛めてなかったとしても、絶対に追いつけないし、追い越せない。あたしとプロングホーン様は、少しだけまわりよりも高い丘の上に到着して、休憩してた。そこに着くまで走ったり歩いたり繰り返してたけど、しっかり休むのはここが初めてだ。

「はぁ、はぁ……速いですね……流石です……!」

「嬉しいよ、ありがとう」

 プロングホーン様の言葉とは違って、顔と目はどこか遠くを見てるようだった。

「もっと速いヤツは居るからな、まだまださ」

 フレンズだって生き物だから成長だってするはずだ。鍛えれば鍛えただけチカラがついたり、足が速くなったり……そんな話は簡単じゃないだろうけど……。

「上を目指してるんですね……! 凄いです!」

「うーん、あいつよりも速くってのは目標だが……っと、噂をすれば、だ」

 プロングホーン様は丘の向こう側を指差して言った。

「チーターだな、私よりもずっと速い。まぁ、スタミナは私の方が上だがな」

 誇らしげに言うけれど、悔しくないのかな? と思う。ちなみに、今でも。まぁ、プロングホーン様のことだから、きっと、一緒に走りたいんだってそんなことを言うんだろうな。

「へぇ……かけっことかしたんですか?」

 あたしはあんまり興味なかったけど、聞き返すのが礼儀ってヤツだろう。あたしの質問に、プロングホーン様は首を振った。

「話しかけても、返事が無いんだ。すぐ走って何処か行っちまう。あいつなりのプライドというヤツだろう。どこかで私を認めてもらいたいものだが……どうしたものか」

 プロングホーン様はとんとんと足で地面をたたきながら、腕を組んで言う。

「そうですかぁ……なんだか面倒なヤツですねぇ」

 別にチーターのヤツを悪く言うつもりは無いけど、あたしの尊敬する方と仲良くしないのは、何か、ヤダなって思う。ワガママかな。

「そう言ってくれるな。あいつにはあいつの都合がある。ま、時間はたっぷりあるさ。持て余すくらいだ。いずれ、認めさせて見せるさ」

 腰に手を当ててプロングホーン様はふふんと笑う。ヨユーシャクシャクというヤツ? そんな姿にあたしは、プロングホーン様のことが、もっと誇らしくなった。

 

――――――

――――

――

 つい先ほどまで真っ青なくらいだった青空は、真っ赤に染まり、疎らに生える木々の影が長く長くサバンナの大地に線を引きます。もう今にも辺りは真っ暗になりそうなくらいの思いを抱いてしまいます。

「今日はこれくらいですかねぇ……後は身体を休めそうなところを見つけるまでもうちょっと歩くくらいにしましょう」

 わたしは伸びをしながらイエイヌさんに問いかけます。

「はい!」

 イエイヌさんの返事は一日の疲れを感じさせないくらい元気なものでした。彼女はそういうなり、遠くをにらむように見つめ始めます。

「ちょっと遠くですけど、小屋みたいなのが見えますね……最初の日に泊まった場所みたいな……」

「そうですか、ありがとうございます! では、そこまで行って、今日は休みましょうか」

 目的地が出来たこと、それが何よりわたし達を元気付けます。

「それにしても……結構歩いた気がしますけど、どれくらい進めたんでしょう。その……運動会の会場までですけれど……」

 わたしの言葉にイエイヌさんは考え込みます。

「うーん……お昼に感じたにおいは確かに強くなっていると思います。なので、近づいてはいるんでしょうけれど……」

「参加が間に合うかどうか、ですよねぇ……」

 かけっこで参加しようかと考えているイエイヌさんは言うまでもありませんが、わたしだって彼女が走る姿を見てみたいですし、他のフレンズさんがそうするところだって、見てみたいのです。純粋な好奇心というヤツですね。

「もしかしたら、もう運動会自体終わっているかも……」

 イエイヌさんがなんだかぞっとするようなことを言います。

「さ、流石にそれは……否定は出来ませんけど、考えないほうがいいと思いますよ……?」

「そ、そうですね……よく考えてみたら、皆さんのにおいもまだ新しいものの気がしますし……」

 イエイヌさんは確認するように鼻をすんすんと鳴らしました。

「なんにしても、急ぐに越した事は無いですね、明日は早めに出発しましょうか」

 その言葉から暫くして、目標であった小屋に到着しました。

 あたりはもう真っ暗で、小屋の中でぼんやりと光る古びた灯り以外に輝くものはありませんでした。空を見ても真っ黒な空に穴を幾つか開ける星ばかりです。普段ならば月が輝いているのでしょうけれど、今晩の空には眠たげに瞳を閉じてしまったような細い線がぼんやりと浮かぶだけです。

 がらりと扉を開け、わたし達は手にした荷物を床におきます。

「ふぅ、一日お疲れ様でした、イエイヌさん」

「ともえさんこそ、お疲れさまです」

 床に腰を下ろしてわたし達は互いに労いあいます。こまめに休憩を取ったとはいえ、今日は今までで一番歩いたのではないでしょうか? 最初の日の、草原を抜けた時と比べると、スタート地点がエリアの入り口からですし……。旅の始まりに思いを馳せていると、ふとカルガモさんの頭の羽の感触がよみがえってきました、軽くてふはふはしてて……う、ん?

「あぁーっ!」

 わたしは思わず大きな声を出してしまいます。イエイヌさんは身体をびくりと動かして、こちらを見ました。

「び、びっくりしました……どうしました? ともえさん」

 非常に申し訳ないです。ごめんなさいイエイヌさん。

「い、いえ……失礼しました……どうでもいいことなんですけれどね……」

 イエイヌさんは不思議そうな表情で、首を傾げます。

「バンドウイルカさんも、フォルカさんも、マイルカさんも……尻尾や髪の毛を触らせていただいてなかったなぁと思いまして……」

 とても、とてもとても勿体無い……惜しいことをしました……。次に彼女達に会えるのはいつの日か……。

「やっぱりともえさん、マニアックですよ……そんな悔しがること無いですって……」

 乾いた笑いを漏らしながら、呆れたように呟くイエイヌさん。わたしはそれを否定できませんでした……。

「私が居るじゃないですか、どうぞ!」

 イエイヌさんはそう言って、頭を差し出します。彼女は尻尾もこちらに寄せてくれています。

「うぅ……ありがとうございます、イエイヌさん……」

 わたしが呟いて、彼女の頭に手を伸ばそうとした瞬間――

「大丈夫か!」

 聞いたことのある声でしたけれど、とても慌てたような様子です。わたし達は声の方向を見ると、そこにはコヨーテさんの姿が……。

「何だ、無事そうじゃないか……って、ともえとイエイヌか……どうした、大声なんて出して……」

 勘違い、させてしまったんでしょうね……。

「ご、ごめんなさい、コヨーテさん……お久しぶりです……」

 わたしは彼女にぺこりと謝ります。

「どうもこんばんわ、コヨーテさん」

 イエイヌさんは見知った顔が現れた為か、どこか気楽そうに挨拶をしました。

「ん、こんばんは。何時振りだっけか? ともえ、イエイヌ。あっちの方にはあんまり行かないからなぁ、俺は元々こっちの方で過ごしてるしなぁ……」

「何時だかの夜以来、ですかね。その節はどうも」

 わたしは改めて彼女に感謝の気持ちを伝えます。彼女の言葉が無かったら、もしかしたらわたしは今ここにいなかったかも知れませんもの。コヨーテさんはふふんと鼻を鳴らして、口を開きます。

「あぁ、そうだったそうだった。俺の言葉、役に立ったみたいだな」

「あれ? ともえさん。何の話ですか? コヨーテさんとお話したって話は聞いてますけど……」

 イエイヌさんにお話してなかったんでしたっけ。というか、それもそうです。あの時はわたしが旅について悩んでいて、きっとその悩みがイエイヌさんを苦しめることだと思っていた時でしたから……。

「コヨーテさんに会ったとき、わたしは悩んでたんですよ。旅に出るか出無いか……コヨーテさんの言葉のお陰で、ふんぎりがついたんです」

 何時だって、誰かのお陰でわたしは前に進めている。そんなことを思いました。

「そうだったんですか……なんて言ったんですか?」

「えぇっと、確か……好奇心は――」

 わたしの言葉をコヨーテさんは遮り、言いました。

「な、なんだか恥ずかしいからやめてくれないか? せめて俺のいないところで……」

 彼女は左手で顔を覆って居ます。

「そうですか? カッコ良かったですよ?」

 素直な感情を告げたつもりでしたけれど、なんだか意地悪なことを言ってしまったような……。

「だからだよ……けっこーカッコつけてたろう? 自分の前で話されるのも、ちょっと、な……」

 何となく、彼女の抱いている気持ちがわかった気がします……。

「あはは……では、イエイヌさん、コヨーテさんとお別れしたら、教えますね」

「ふふっ、わかりました。楽しみにしてますね」

「あー……俺がいなくなってからの話をしてるところ悪いが、今晩は俺も一緒で良いか? ここ、ちょうどいいんだ」

 わたし達のやり取りを聞いたから……というのは邪推でしょうね。

「どうしたんですか? 何かありましたか?」

 イエイヌさんの質問にコヨーテさんが答えます。

「ん? お前達も運動会の話を聞いてきたんじゃないのか? 会場から程ほどに離れてるんだ、ここ」

 『運動会』……! そうです!

「えっ? そうなんですか?」

 イエイヌさんが驚いた風に聞き返しました。

「あぁ、じゃあそうなのか、場所まで聞いてなかったってトコか。アルマーとセンのヤツ、適当な仕事したな……? まったく……っと、それは置いといて――」

 コヨーテさんは指を指しながら説明をしてくれました。かくかくしかじかあって開催されることになった運動会は、この道をもう少しまっすぐ行った大きな建物の中で開かれるとのことです。

「ということは、参加はなんとか間に合いそうですね……良かったですね、イエイヌさん!」

「はい!」

 喜びの色を抑えきれない様子のイエイヌさんでしたが、コヨーテさんは渋い顔をして言いました。

「……ん? イエイヌは何に参加するつもりなんだ? ひとつだけ飛び入り参加できる種目が残ってるが……それ以外は締め切ってたぞ?」

「えぇっ……! か、かけっこ辺りにと思ってたんですけれど……」

 先ほどと一転して心底悲しいというような表情でぼそりと言い放たれた言葉でしたけれど……

「あー……うん、締め切ってたな……」

 無情にも否定されてしまったイエイヌさんは、黙りこくって俯いてしまいました。耳がしゅんとしているのは言うまでもありません。そんな様子を見かねたのか、コヨーテさんが言いました。

「ま、まぁ、参加がくじ引きになるくらい人気だったからな、そ、そこまで落ち込むことないぞ?」

「そ、そうですよ、イエイヌさん。落ち込まないで……」

 わたしはイエイヌさんを励ますために彼女の頭を撫でながら、言葉を続けます。

「コヨーテさん。残りの種目って何なんですか……?」

 一縷の望みを抱いて問いかけた言葉でしたが、コヨーテさんは表情を曇らせます。

「それがなぁ……まだ知らされて無いんだよ。さぷらいず? とか、よくわからんことを言ってたが……あぁ、友達と参加出来るとか言ってたな。明日発表、明後日に本番だったはずだ」

「は、はぁ……と、ともかく! イ、イエイヌさん、まだ希望は残ってます! 諦めないで!」

 わたしの励ましが効いたのか、それとも単に彼女の好奇心のお陰かはわかりませんが、イエイヌさんは顔を上げました。

「は、はい……お願いなんですけど……もし、ともえさんも参加できそうなら、一緒に、良いですか……?」

「えぇっと……イエイヌさんの足を引っ張らなさそうなら……大丈夫ですけど……」

 わたしの控え目な言葉(といいますけれど、実際わたしはイエイヌさんの邪魔をしないか不安なんですよ?)を聞いたコヨーテさんは笑います。

「ふふっ、気にしすぎだ、ともえ。勝ち負けだって大事だが、そういう催しじゃない。楽しく身体を動かそう、知らないフレンズと遊ぼうって趣旨だ。まぁ……一部はそう思って無さそうだが」

 なんだか不穏なことを言いますね……コヨーテさん……。

「そうですよ、ともえさん。私に手伝えることがあったら手伝いますし、ともえさんが活躍することだってありえます! ですから、お願いします!」

 イエイヌさんは少しだけ表情を明るくして言いました。はぁ、わたしはイエイヌさんのこういう表情を見ると断れなくなってしまうんですよねぇ……。

「わかりました……絶対とはいえませんけど……参加しましょう」

 わたしの言葉にイエイヌさんは顔をぱぁっと輝かせます。

「はい! 楽しみにしてますね!」

「その意気だ、ともえ。何なのかは知らないが、俺も参加するつもりだ。ま、お互い頑張ろうぜ」

 むぅ……。

「既にプレッシャーですよ、それ……」

 コヨーテさんは、とぼけたように「そうか?」なんて言っていますし、イエイヌさんは、なんだか対抗意識を抱いたのか「負けませんからね!」なんて言っています。わたしはイエイヌさんの期待に応えられるでしょうか……? なんだか不安ですけれど、やれるだけのことをやろう、とは思います。頑張りましょう……。

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