思いついてからずっとやりたかったこと、始めます。
20/06/11 改稿
夢を、夢を見ました。
視界は真っ暗で、音も無く、感じるのは自分の体の感覚だけ。それでも、大切な何かが身体から流れ出ていくようで、腕に、足に、力が入らなくて……不思議と夢の中のわたしは恐怖を覚えておらず、わたしは、ただただ、悲しかった。悲しさの理由はわからず、どうして悲しいのかという疑問さえ沸いてきます。何かを成し遂げようとして、失敗したのでしょうか? それとも、何か大切なモノを失ったのでしょうか? わかりません。けれど、ただただ悲しいのです。何かを暗示するようで居て、何かを思い出させるようでいて、けれど何もわからない。そんな夢でした。
「はっ……」
悪夢……と言っていいのかはわかりませんけれど、心中穏やかでない心地で、目が覚めました。あたりはまだ夜明けというにはまだ薄暗く、地平線から陽光が漏れ出ているに過ぎません。また、気温は眠る前と比べると少しひんやりとしています。肌寒いくらいの感覚は、きっと体中に滲む汗の所為だけではないでしょう。
「はぁ、はぁ……ゆ、夢……ですよね……」
どうしようもなく悲しい気持ち。
目覚めたばかりの寝ぼけたわたしの精神は、まだその悲しさを引きずっていました。身体を起こして、周囲を見渡せば、わたしの隣には丸くなっているイエイヌさんが居て、扉の近くには、イエイヌさんと似たような寝方をしているコヨーテさんの姿があります。
昨晩の夜から地続きの現実であることを、わたしはゆっくりと認識し、心を落ち着けます。
「み、水でも飲みましょうか……確か、川が……」
小屋の灯りを消し、眠りに着く直前に尋ねたのですけれど、確か道を横切ってまっすぐ行けば川辺とかなんとか……コヨーテさんから聞きましたっけ。確かそんなに距離は無いといっていましたし……。
わたしは枕元(と言っても枕はありませんが)に置いた帽子を被り、寝袋を出ようとした時、小屋の透明な壁に、顔をべったりとくっつけて中を伺う少女の姿が、わたしの目に入ります。その少女とわたしと、目があいます。わたしは驚きでぽかんと口と目を開けていたのですけれど、その少女は、数秒の間を置いて、にたりと笑いました。壁にびったりとくっつけられた為か、その笑顔は歪んでしまっていて、心なしか、獲物を見つけた野生動物のように思えてしまいます。
「ひょえっ……!」
その笑顔は、悪夢にも似た夢を見たわたしにとって、十分な恐怖でした。彼女がどういう意図を持ち、その表情をしたのか。それは、今のわたしの精神に取って悪い方への解釈しか出来ません。
「……ぅん……どうしました? ともえさん」
わたしの小さな悲鳴を聞き取ったのか、イエイヌさんが目覚めました。心配するように周囲をきょろきょろとして、今度はイエイヌさんがその少女と目が合います。イエイヌさんは「わふっ!」と驚きの声をあげて固まりました。その少女は壁から顔を離して、腕を組んで考え込み、口を開きました。
「おはよー……えっとぉ……入り口はぁ?」
敵意が無い……というよりも人懐っこいような丸い声でした。
わたしはその少女の意図を測りかねていましたけれど、とりあえず悪い方では無いように思われました。彼女の声を聞いて、イエイヌさんは、声こそ出しませんでしたが、ドアのほうを指で示します。イエイヌさんの示したほうに、その子は向いましたが、扉の前で再び立ち止まり、疑問の表情を浮かべます。
「……? ここぉ……? 入っていいのぉ?」
困っているような、遠慮しているような、そんな声色です。わたしは立ち上がって、彼女を迎え入れようと扉の方へと一歩踏み出すと……
「ふあ、ぁ……うぅん……どうした? 流石に早過ぎるぞ……?」
コヨーテさんが目を覚ましました。彼女は顔を上げて周囲を見回します。
「って、ドードーじゃないか。珍しいなこんなところで……おはよう」
「おはよぉ、コヨーテちゃん」
羽織ったマントから小さく手を出して、ドードーさんは返事をしました。その様子を見て、わたしはほっとしました。悪い方ではない。それが判れば十分です。何より、コヨーテさんのお知り合いみたいですし……。わたしは扉を開き、彼女を迎え入れます。ドードーさんはそのままのんびりと歩みを進め、建物の中へ。
「先ほどは失礼しました……わたしはともえです、初めまして」
ぺこりと頭を下げて、彼女に自己紹介します。イエイヌさんも同じようにしてわたしに続きました。
ぼんやりとした薄暗がりの中で、改めて彼女の姿を観察します。
髪型は黒が基調ですけれど、カチューシャを境に前髪は明るい茶色になっていて、先端は再び黒色になっています。頭には羽や耳のようなものはありません。可愛らしくまるっこい顔つきですし、楽しげに微笑む表情でしたけれど、彼女の瞳は何処か冷たさに似た違和感のようなものを抱かせます。
また、首元と裾に明るめの茶色のもこもこが付いた黒いマントを羽織り、その下には――どちらも茶色や黒中心だからでしょうか?――かっちりとした印象を受けるカーディガンと短めのスカート。スカートの下からは明るい茶色のタイツが覗いていて、その先にはタイツと似たような色合いのブーツが履かれています。そして、背中からはもこもことした小ぶりの尻尾がちらりと覗いています。
「ともえちゃんとイエイヌちゃんね。わたしはドードー。よろしくねぇ」
ドードーさんはにっこりと微笑みながら答えました。
「わたしこそごめんねぇ……気になって覗き込んじゃったけど……寝起きであんなことされたらびっくりするよねぇ……」
しょんぼりと俯きながらの謝罪でした。わたしも、イエイヌさんも、そこまで謝らなくてもと言いましたけれど、ドードーさんはどうにも落ち込んだ様子。そんな彼女の様子を見かねてか、コヨーテさんがひとつ咳払いをして尋ねます。
「それはそれとして、だ。ドードーはどうしてこっちの方に? 運動会か?」
ドードーさんはコヨーテさんの方を向きます。こころなしか、彼女の表情は明る気なものになります。
「そうそう! それそれぇ! えへへぇ、見学に来たのぉ」
体を前のめりにしながら、期待に胸を踊らせているように彼女は言葉を続けます。
「そういえば……ロードランナーちゃんは参加するんだっけ? コヨーテは知ってるぅ?」
コヨーテさんはこちらをちらりと見て、苦笑しながら答えます。
「だな。まぁ、本人は忘れてたみたいだが……かけっこに出るぞ。俺も出るぞ?」
「すごいなぁ……みんな……わたしはからだ動かすの、苦手だからなぁ……」
自嘲気味に「えへへ」と笑って、彼女はわたし達の方に顔を向けます。
「ともえちゃんとイエイヌちゃんは? どうなの? 何かに出るのぉ?」
「実はここに来るの遅くなっちゃって、参加できなかったんです」
わたしの言葉に続いて、イエイヌさんが言葉を補います。
「今日発表のさぷらいず? の種目には参加できそうなら……と思ってます。ともえさんも一緒に……ですよね?」
わたしは彼女の言葉に「えぇ」と答えました。その様子を見てドードーさんは「ふふっ」と微笑みを浮かべます。
「仲良しさんだねぇ……うんうん、よきかなよきかな」
絶妙に難しい言葉使いですけれど、どこで覚えてきたんでしょう……?
そんな話をしている内に、太陽は地平線から、その威光を徐々に現し始めます。
「よっし、じゃあ行くか……それ片付けるんだろ? 手伝おうか?」
コヨーテさんが寝袋を指しながら、言いました。その言葉はありがたいものでしたけれど、わたしは首をふって断ります。
「大丈夫です。片付けも慣れないとですし……」
コヨーテさんは「そうか」と軽く答え、イエイヌさんの傍らに置かれた水筒を手に取りました。
「じゃあ、水でも飲んでくるかな。……これにお前達は入れてるんだよな? ついでだ、持ってくぜ」
「あ、ではお願いしますね、コヨーテさん。片付けが早く終わったら、私達もそちらに向かいますね」
「あいよ、じゃ、行ってくるぜ」
コヨーテさんの背中を見送り、わたし達は寝袋の片付けに集中し始めます。まずは畳んで、その次にくるくると巻いて……と、コヨーテさんの困ったような声が、小さく聞こえてきました。
「ん? これ、どうやって開くんだ?」
ぺっしぺっしと軽く叩いて、ぼんやりと呟いている様子。ドードーさんはその様子を見るやいなや「わたしも行ってくるねぇ」と言って、コヨーテさんの元へとてとてと小走りで駆け寄りました。どうやら、開け方を教えているようです。
わたしは寝袋のはじっこに付いている紐を結びながら、イエイヌさんに尋ねます。イエイヌさんはちらちらとわたしの手元と自分の手元を見比べながら作業をしています。わたしはコヨーテさんの様子を見て、少しだけ思ったことをつぶやきます。
「フレンズの皆さんって、結構そそっかしいところ、ありますよね」
イエイヌさんの困ったような笑い声が聞こえてきます。
「そ、そんなことないと思いますよ……?」
わたしはイエイヌさんの顔を疑問の思いを込めて、じっと見つめ返したのでした。
そうこうしている内に、わたしは寝袋を片付け終わりました。イエイヌさんも、わたしには遅れるものの、もう殆ど終わっているようです。何回か一緒に紐を結んだからか、彼女も不慣れだった作業に慣れ始めてきたようです。
文化や文明の断絶……なんて言えば良いのでしょうか? 言葉の細かい意味はわたしにはわかりませんけれど、彼女たちの生き方と、わたしの『常識』の中のヒトの生き方との違いは、ヒトとフレンズという種族(と言い切ってしまいましょう)との違いだけが原因ではないでしょう。『教えるべきことを教える』という行動の不在のため……? ぼんやりとした疑問の思いは先程の一瞬の出来事に対する尋常ではない違和感に塗りつぶされます。
なぜイエイヌさんやドードーさんは水筒を『開ける』ことができて、なぜコヨーテさんは水筒を『開ける』ことができないのか。他のフレンズさんができるのか否かということも考えなくてはなりませんけれど……。
「ねえ、イエイヌさん」
「はい、なんでしょう?」
丸まった寝袋を、袋に押し込みながらイエイヌさんが返事をします。
「イエイヌさんって、どうして水筒を――」
「戻ったぞー、はいよ、返すぜイエイヌ」
「ただいまぁー」
おふたりが戻ってきました。わたしの疑問は後回しでも問題はないでしょうから、ここは素直に出発するとしましょうか。
「ありがとうございます、コヨーテさん、ドードーさん」
「わたし達ももう片付け終わるところです。いつでも大丈夫ですよ」
「あ、わたしも一緒に行って良いかなぁ……?」
ドードーさんがおずおずと言いました。わたし達に断る理由はありませんし、道のりがにぎやかであるのは喜ばしいことです。
「ええ、一緒に行きましょう?」
「えへへ、ありがとうね、ともえちゃん!」
彼女の返事を受けて、わたしは出発の合図をかけます。
建物を出ると、外はもちろん、建物の中も、もう既に涼しいとは言えない空気でしたけれど、うみべや草原の方と比べると幾文か過ごしやすいというか身体を動かしやすいというか……やはり空気が乾いているからでしょうか? あまり風は吹いていないので、草木がなびく様子こそありませんが、日の出を迎えたサバンナの大地は、強く白く輝く陽射しを受けて、長く長く影を描きます。
イエイヌさんとコヨーテさんが前を行くようにして、道を進みます。わたしとドードーさんが後ろ。どうやら彼女たちはあまりにも楽しみなようで、ずんずんと歩みを進めていきます。彼女たちのしっぽは楽しげに揺れていて、それを後ろから眺めることができるというのは、役得というヤツでしょう。
わたしは別段目が良いワケではないので、遠くの様子はわかりませんけれど、イエイヌさんやコヨーテさんはしきりにきょろきょろして、「あっちに誰それがいる」ですとか「誰それが見当たらない」ですとか、そんな会話をしています。彼女達の会話を聞いていると、どうやら視覚に加えて嗅覚、聴覚も活用しているようですが……。
わたしは、当初、彼女達の感覚の鋭さに感心していました。けれども、そんな彼女達を見ていると、ひとつばかり欲しい物ができてしまいました。
「双眼鏡、ほしいですねぇ……」
ぼそりと思わず呟いてしまいます。
ヒトの身体の弱さ。それを補うための『道具』。わたしは、彼女たちに比べると、ずっとずっと弱い存在です。彼女たちの役に立ちたいというよりも、彼女たちに並び立ちたいという嫉妬の思い。
わたしはその考えに気付き、思わず恥じ入ります。
「ともえちゃんは、遠く見たいのぉ?」
わたしの横を歩くドードーさんが言います。
「あはは……それもありますけど……遠くがわかるっていうのが羨ましくて……」
彼女はわたしの言葉を聞いてうんうんと頷きます。
「わかるよぉ……」
彼女なりに、苦労をしてきたのでしょうか? 妙な重みを感じる言葉です。
「ドードーさんは、何か得意なことってあるんですか?」
彼女は少し悩んで、口を開きます。
「うーん……特にないかなぁ」
あっけらかんとしすぎるくらいの言葉。
「ちょっとだけ走れるけど、別に速い訳じゃないし……空も飛べないし……」
彼女の言葉を聞いていると、なんだか申し訳ないことを聞いてしまったのではないかと思われてきます。なんというか、その、罪悪感……。
「でもね、わたし、思ったのぉ」
ひと息置いて、彼女は続けました。
「わたしにできないことは、他の子に手伝ってもらおうかなぁって」
わたしにさえ聞こえないような小さな声で、ドードーさんは「情けないよねぇ」と呟きます。
「……立派だと思いますよ、ドードーさん」
自分になにもないことを受け入れる。それができる方って、どれくらいいるんでしょう? フレンズの皆さんは、もしかしたら、それを受け入れているのでしょうけれど……わたしや、わたし以外の『ヒト』は……記憶のないわたしが『ヒト』を代表するなんて間違いですけれど、彼女の、いいえ、彼女たちのその在り様は、どうしようもなくヒトには眩しく感じられるのではないでしょうか?
「えへへ、ありがとうねぇ、ともえちゃん。……わたしは、他の子と仲良くするの好きだからかなぁ」
彼女の言葉はどこか誇らしげなものでした。
そんな彼女の姿は、わたしにはなんだか羨ましく感じられます。そして、その感情が抱かれたという事実がなんだか劣等感にさえ感じられてきます……どこまでも果てのないぐるぐる回り続ける自己嫌悪の環。それを抱きそうになったその瞬間でした。
「どうしたんですか? ともえさん」
イエイヌさんがこちらを振り返り、問いかけます。わたしは彼女の問に答えることができず、黙り込んでしまいます。イエイヌさんは不思議そうに首をかしげ、こちらを見つめます。彼女の質問に答えたのは、ドードーさんでした。
「ともえちゃんね、遠くが見たいって」
イエイヌさんはくすりと笑います。
「でしたら……えへへ」
彼女はわたしの横に移動して、指をさします。
「あそこに、鳥系の子が歩いてるんですよ、名前はわかりませんけど……」
そう言って、指の方向を変えます。
「あっちの方だと、さっきコヨーテさんがシマウマさんがいるって言ってましたけど……見えづらいですね……」
わたしは彼女の言葉を受けて、遠くを眺めるように目を細めましたけれど、全然わかりません。
「わかりませんよぉ……」
困ってしまって、わたしはくすくすと笑ってしまいます。
「できないことは、手伝わせてください! ともえさんみたいに色々はできませんけど、これくらいならできますから!」
わたしはぽかんとしてしまいます。わたしが『色々できる』と言ってのけるイエイヌさんへの疑問が湧いてきます。
「イエイヌさん。わたし、何もできないと思いますけど……」
「そうですか……? 絵だって描けますし、色々考えてくれたり、色々知ってたり……」
わたしは少しだけたじろいでしまいます。
「えっと……そんなことで……?」
イエイヌさんはむっとしたような表情になります。
「私だって、少し遠くまでわかるだけですよ? 私の好きな方を、そんなに悪く言わないでください」
きっと彼女は衝動的に発言したのでしょう。少しして、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめました。
「イエイヌさん……うぅ……」
わたしは思わず彼女に抱きつきました。
「ありがとうねぇ……うぅ、わたしも、イエイヌさんのこと、大好きですよ……」
あぁ、太陽のような、優しい匂い。嗅ぎ慣れてしまったと思っていましたけれど……。イエイヌさんは困ったような声を上げていましたが、少しして諦めたようにわたしの頭をなでてくれました。そんな中、ドードーさんは、コヨーテさんに駆け寄り、言います。
「ねぇ、コヨーテちゃん」
「ん? どうした?」
「仲良しさんだよねぇ、ともえちゃんとイエイヌちゃん……」
コヨーテさんは後ろをちらりと見て、いくつかの感情が込められていそうなため息を吐きます。
「はぁ、一応流れは聞いてたがな……」
「支えてくれる友達って良いねぇ……」
しみじみと言うドードーさんでしたけれど、コヨーテさんはどうやら呆れの感情が強いようです。
「まぁ、そうだが……お前らーそろそろ着くぞー」
わたし達は視線を前に向けます。いつの間にやら、会場の近くまで来ていたようです。フレンズさん達が集まり、壁のようになっているのが見えますし、ちょっとしたトラックなのでしょうか? 少し古びたように見えますが、広い建物も見えます。
「あれが……会場ですか……」
「だな。大昔になにかに使われてたらしいが……多分今回みたいなことに使われてたんだろ。荒れ放題で掃除が大変だったらしい」
ふむふむ……。どれほどの期間かはわかりませんけれど、それでも結構な長い時間が経過しているのでしょう。この競技場が、そんな孤独に耐えてきたのかと思うと、少しだけ同情のような、哀れみのような、しみじみとした気持ちに浸ってしまいます。
わたし達の歩みは他のフレンズさん達の波に合流する形となり遅くなりましたが、さほどの時間を必要とせず、わたし達は競技場の中へと入ることができました。
中は広々としていて、どれくらいの広さか具体的に説明することは難しいですけれど、百人も入ることができそうなくらいでした。
わたし達が今いるのは、観客席に相当するのでしょう。ベンチが何段か並んでいて、そこにみんな腰掛けています。あまりに朝が速いからか、うとうととしている子も……騒がしいのによく眠っていられますね……。
この席から一段下がったところには、四角の陸上用トラック(と呼ぶべきでしょうか? 他の用途もありそうですが……)が広がっています。かつては芝生が生い茂っていたのかもしれませんが、今は土が一面に広がっています。みんなの視線の先、要するにトラックの中心部では、なにやらもぞもぞと作業をしている子がふたり……。
大雑把に言って二、三キロ四方の面積の中心に、たったおふたりだけでいるからか、彼女たちの姿は異様に目立って見えました。
「ともえさん。あれがアルマーさんとセンさんですよ」
イエイヌさんはそのひと影を指差して、周囲の音に負けないように少し大きな声で言います。
「えっ、本当ですか? ちょっと挨拶に行きたいですけど……今は無理ですかねぇ……」
今から飛び込んでいくだけの度胸がわたしにないのは言うまでもありませんが、この観客席とトラックは高さが違う為、文字通り『飛び降りる』ことになってしまうのです。
「あぁ、そうか、ともえはあのふたりに用があったのか」
コヨーテさんが思い出したように、わたしに言います。
「だったら、あいつらの作業が終わってから行けば良いんじゃないか? 一応、今回の催しの関係者はあっちの方にいる。俺も用事があるから、後で一緒に行こう」
「でしたらイエイヌさんも一緒に……大丈夫ですか?」
コヨーテさんは「大丈夫だろ」と答えます。
「あ、だったら、わたしはここで待ってるねぇ。席とっておかないと」
「気を使わせちゃって、ごめんなさい。ありがとうございます、ドードーさん。会いに行ったら、すぐに帰ってきますね」
わたし達の会話も程々に、作業が終わった彼女達は移動していきました。ちょうどコヨーテさんが指差した方に向かっていく彼女を視線で追います。わたし達はゆっくりと立ち上がりましたが、すかさず、きぃんという大きな音が会場に響きます。
「――ぇーえーてすと、てすと」
その音にざわめく会場。わたし達も予想していない事態が起こってしまったために、慌ててしまいます。
「あー……びっくりしないでくれー、もうちょっとしたら、発表があるからなーそのまま待ってろー」
聞いたことのない声でしたから、わたしやイエイヌさんはあたふたしてしまいましたが、コヨーテさんはむしろけらけらと笑っていました。
「普段とぜんっぜん口調ちがうじゃないか、ゴリラのヤツ」
「あ、これゴリラさんなんですね」
イエイヌさんがぼそりとつぶやきます。
「ひと前って緊張しちゃうよねぇ……それも、こんな沢山の前だし……」
ドードーさんが納得したように頷きます。
「なんというか……偉い人って聞いて怖い方なのかなって思ってましたけど……」
どうやら優しげというかおっとりしていそうというか……そんな気がします。
「んー……締めるところはきっちり締めるって言えばいいのか? 真面目なヤツだよ、あいつは」
そう言って、コヨーテさんは言葉を続けます。
「もともと、一番古くから居るから長老だなんて呼ばれて、本人も頑張ってるが……そこまでアイツはリーダーが向いてるってワケじゃないからなぁ……。だから俺や、他のヤツらがアイツを手伝いたいって思ってもいるんだが……がんばり屋で、真面目で……案外お前に似てるかもな、ともえ」
そう……なんでしょうか……? わたしが自分のことをがんばり屋で真面目だなんて思ってもいませんけれども、そこは否定することではないですし……。
「っと、またアルマーとセンが出てきたな……ってあれ、何だ?」
コヨーテさんの言葉を聞いて、イエイヌさんもふたりの姿をじっと見つめます。
「うーん……黒い、棒……? 手に持ってますね……なんでしょう?」
そんな疑問も束の間。トラックの中心に来たアルマーさんとセンさんは、そうして話し始めます。
「えー……って音でっか……じゃなくて、皆さん、おはよーございまーす」
ふたりして音の大きさにびっくりした様子でしたけれど、すぐに自分の仕事にそれぞれ戻ります。アルマーさんの呼びかけに応じるように、会場中に響く「おはようございます」の声。
「いまから、さぷらいずの発表ですー!」
センさんの言葉に会場が沸き立ちます。立ち上がって「うおー!」と叫ぶ子も……。
「サプライズの種目は」
一瞬の沈黙。先程までの騒がしさが、唐突に沈黙へ。
「かりごっこです!」
再び沸き立つ会場。わたしからしてみたら、『かりごっこ』とは? と思ってしまいますけれど……コヨーテさんを見ると、まるで知っていたかのような表情ですし、イエイヌさんは盛り上がるよりも先に考え込んでいます。ドードーさんは立ち上がって拍手をしています。
「あの、ドードーさん……かりごっこって……」
わたしの質問はアルマーさんの声で中断させられます。
「えー皆さん、お静かに、お静かに……」
彼女の注意の声を聞いて、少しばかり会場は落ち着きます。
「ルールの説明をします――」
彼女の説明を要約するとこうです。
・時間制限あり、ふたり一組のチームで行う。場所はここではない。
・武器や道具は禁止しないが、相手を傷つけるものや行為は禁止。
・野生解放(ってなんでしょう?)と飛行の禁止。
・勝負は攻めと守りを交互に行い、それを三セット行う。
・捕まえたら一点、捕まえられても点数は減らない。
こんなところでしょうか? より細かいルール、というよりも本来のルールからしてわたしはわからないのですけれども……わたしの感覚が正しければ……『鬼ごっこ』が一番近いのでしょうか……?
「――以上です。もう少ししたら、第一種目が始まります。参加者のフレンズは、下の階の入り口に集まってくださいねー」
「かりごっこに参加したい方は、あそこに」
センさんが指をさします。そこは先程彼女達が戻っていった小さな小屋でした。
「わたし達がいますので、教えて下さーい。今日いっぱい参加を受け付けるので、急がなくて平気ですよー。くじ引きでの決定になったら、明日発表でーす。楽しみにしててくださーい」
そう言って彼女たちはぺこりとお辞儀をして小屋に戻っていきました。
アルマーさんとセンさんの発表から少しして、イエイヌさんは考えがまとまったのでしょうか? わたしに問いかけます。
「……どうします? ともえさん、参加しますか?」
うーん……わたしの足で逃げたり追ったりは難しいでしょうけど……どうやら盛り上がり方を見るに、結構楽しげな種目のようです。どうにか彼女の足を引っ張らない程度に参加したいのですけれど……わたしにできること、ありますかね……。
「どうしましょう。面白そうなんで参加したいとは思いますが……わたしにできますかね……」
思案に暮れるわたしは、胸元のペンダントを弄びます。ふと、気づきました。これって……『使える』……?
「いえ、ひとつ、思いつきました。ちょっと賭けになる気がしますが……」
イエイヌさんは首をかしげますが、わたしは続けて言います。
「やりましょう、イエイヌさん。やるからには、勝ちますよ」
胸に湧いてきた妙な自信。果たしてこれが正解かどうか。それはわかりませんけれど、やれるだけやってみましょう。まずはどう『使う』か……考えるところからですけれどね。