といいましても、考えがまとまるよりも早く、次の種目が始まりそうです。
既にがやがやという賑やかな声が会場のあちこちから聞こえてきます。アルマーさんとセンさんに挨拶にも行きたいですし、わたしの思い付きについて考えを詰めていきたいという思いもありますし、ここで競技を見たいという思いも……。どう動いたらいいのかさっぱりわかりません。
「えぇっと……次は……わかるぅ? コヨーテちゃん」
ドードーさんの質問に、コヨーテさんは勝手知ったる素振りで答えます。というか、コヨーテさん、この様子だと『サプライズ』の内容を含めて知ってましたね? 責める気はありませんけれど……なんだかズルいですね。
「『たかとび』だったかな、ジャンプ力自慢が揃うみたいだが……挨拶に行くか? ともえ、イエイヌ」
どうしましょう。ジャンプ力自慢と言われると少しばかり興味も湧きますが……。
「競技中のほうがお話しやすいですかね……?」
イエイヌさんがわたしの代わりに問いかけます。
「うーん……どうなんだろうなぁ、あのふたりは色々と手伝うらしいから何とも言えないな……でもまぁ、空いてるとは思うぞ? 見学したいヤツのほうが多いだろうし……」
ちょっとだけいい考えが思いつきました。モノは試しです。競技をひとつ見られないだけの価値はきっとある筈です。
「でしたら、わたしがちょっとだけ様子を見てきます。挨拶できなさそうでしたら戻ってきますね」
わたしの言葉にイエイヌさんとコヨーテさんは不思議そうな表情をします。
「……? 挨拶できそうだったら、どうするんですか?」
わたしはイエイヌさんの言葉に首を振ります。
「イエイヌさん、そのときは合図をします。聞こえたら降りてきてください」
わたしは首から下げた笛を手で持ちながら彼女にいいました。わたしの仕草を見て、何かを察したようです。
「……。なるほど、わかりました! 聞こえるか自信は無いですけど……」
すかさずイエイヌさんの耳元(ヒトの耳の方ですよ)に顔を近づけ、そっと耳打ちします。
「いいですか? 『コレ』のことは、みんなには秘密ですよ。コヨーテさんにも、ドードーさんにも」
わたしはそのまま言葉を続けます。
「それと、この『音』に反応した方が居るかどうか、確認しておいてください」
わたしが彼女の耳元から顔を離すと、イエイヌさんは疑問を口にします。
「どうしてですか? 秘密にするほどのことです……?」
わたしは少しだけ考え込みます。数秒に満たない時間でしたけれど、妙に長く感じられました。耳に入ってくるのは賑やかな喧騒。これから始まる楽しい催しに心沸き立つフレンズさん達の声。けれど、わたしの心は浮かれてなんていません。むしろ、自分でも驚くくらい冷静で、冷酷なものでした。
「勝つため、ですかね」
わたしの言葉を聞いたイエイヌさんは少し考え込んで、何か思いついたようにいいました。
「けっこー負けず嫌いですね、ともえちゃんって」
くすりと微笑むようにして言うイエイヌさんの表情は、どうしてでしょう? 今まで見たことのないような不思議な表情でした。意地っ張りな子に呆れるような、幼い子供を慈しむような、愛情に満ちた表情……と言って良いのでしょうか? 記憶がないのですから、彼女の表情を正しく表現出来ているのか疑問ですけれど、優しいような楽しいような困ったような……そんな表情。
「な、なんですかぁ、その表情は……」
わたしは彼女の微笑みにたじろいでしまいました。なので彼女のほっぺたをむにむにすることにします。
「わふゅっ……! な、なんれふかぁ……」
隣からため息が聞こえてきました。
「はぁ……お前達なぁ……」
コヨーテさんの声ではっとしたわたしは思わず周囲を見渡します。ドードーさんはくすくす笑っていますし、わたし達の後ろに座っていた子達(真っ黒な子でした。髪の毛や服装からして、鳥系の子でしょうか?)は「どうしたどうした?」と言わんばかりにこちらを覗き込んでいます。
「……し、失礼しました……痛くしちゃってたら、ごめんなさい、イエイヌさん……」
イエイヌさんは大丈夫と言っていますが、それとは関係なく顔が少しだけ熱くなってしまいます。
「で、では行ってきますね……」
そう告げて、わたしは立ち上がり、小屋を目指します。コヨーテさんの「おう」というぶっきらぼうな言葉、ドードーさんの「はぁい」という丸い声、イエイヌさんの「行ってらっひゃい」という頬を擦りながら出す言葉(完全にやりすぎましたね、ごめんなさい、イエイヌさん)。それらを受けて、わたしはフレンズのひしめき合う見学席を後にしました。
競技を待つ子達の隣を進み、小屋を目指します。たった十数人ほどのフレンズさん達の列でしたので、さほどの苦労はせず、進むことが出来ました。見回して見ると、競技を目前にして緊張の面持ちをした子よりも、むしろ、ちょっとしたお話をしに席を動く子が結構目立ちます。そんなフレンズさん達が別の仲良しさんと出会ってお話や挨拶をしているかと思えば、見知らぬふたりの出逢いがあったのでしょう、「わたしは~」なんていう自己紹介の声も聞こえてきます。
割合に彼女達は動き回らないそうですし……もしかしたら島の果てと果てのフレンズ同士が出会う、なんてこともあるのでしょうね。この催しを思いついた方……ゴリラさん、でしたっけ。なかなか優しい心の持ち主と呼ぶべきか、それとも楽しいことを思いつくのが得意と呼ぶべきか……。ともかく、なんとなくですけれど、悪い方では無さそうだなぁとぼんやりと感じます。
「まもなく競技がはじまりまーす。席にもどってくださーい」
唐突にアナウンスが聞こえてきて、少しだけびっくりしてしまいました。その声に応じるように、慌てて席に戻っていくフレンズさん達。
わたしはそんな彼女達の流れに逆らいながら進んで行き……無理でした。ちょっと通路の端の方に寄ってやり過ごしましょう。そうしている間にもトラックに入っていく先程見かけた列が……少しだけ心惜しいですけれど、進みましょう。
まもなく、わたしは小屋の前に到着します。
ちょうど、慌てるようにフレンズさんがふたり、小屋から出てきたところでした。彼女たちの後ろ姿を見送り、窓から小屋の中をそっと覗き込みます。アルマーさんとセンさん、それとゴリラさん……でしょうか? 彼女達はどうやらお話をしているようですけれど、表情はにこやかなもので、談笑をしているのでしょう。それと、壁に寄りかかって静かにしているフレンズさん……トラのような外見です。この部屋の中に流れているであろう和やかな空気とは少しだけ違う、退屈そうな、ピリピリとしているような、そんな空気を纏っていました。
「この様子なら……うん」
わたしは周囲を見回します。先程すれ違いになった方達は人混みに溶け込んでいますし、こちらに向かってくる子もいません。また、競技も始まる前です。今は……ルール説明をしているのでしょうか? 緑色の格好をした方が参加者の列に向かって色々と説明をしているようです。これでしたら、『聞こえた』としても競技を邪魔することは無いでしょうし……。それに何より、中の雰囲気は穏やかそのもの、ちょっと不安もありますけれど、今しかない、そう直感的に感じ、わたしは笛を加え、思いっきり息を吹き込みます。
相も変わらずわたしからすると「すーっ」という具合に空気の抜ける音しかしない笛ですけれど、ここから見える範囲でも何名か、不思議そうに周囲を見渡す子が居ます。
「あの子と、あの子……それとあっちでも……イエイヌさんと確認をするとしても……うーん」
イエイヌさん達の姿はフレンズさん達に隠れて見えませんが、合図は届いたでしょうか……? イエイヌさんが来るのを待っている間、わたしは壁により掛かるようにしてトラックで行われ始めた競技に目を向けます。どうやら猫系の子がやっぱり高く飛べるようで、それらしい子がひゅんと高く跳ね上がるのが見て取れました。
少しだけ助走をつけてジャンプする彼女たちの姿は、とても優雅で、美しいものです。飛翔の際に力を込められるその御足、落下の際にふわりと浮かび上がる彼女達の髪の毛。そのどれもが高く飛ぶという荒っぽさを抱かせる目的への過程と結果でしたけれど、彼女達の美しさや可愛らしさ、そして優雅さをより一層引き立てるもののように思われます。何故だか衝動的に彼女達の身体の動きを、筋肉の動きを、近くでまじまじと見つめていたいとさえ思いました。ここで彼女達の姿を見ることがなんだか勿体ないように思えてなりませんが、わたしには目的があるのです。仕方ありません。
トラックを囲うようにしてそびえるネット。そのネットには鳥系の子たちによってボールのようなものが結わえられています。今見えるところでは……わたしの身長よりも高いところ位(多分、二メートルも無いと思います)でしょうか? ですけれど、今からどんどんと高く動かされて行くのでしょうね。
動物の身体能力がヒトの身体になることで、どれほど変わるのか。とても興味深いことです。例えば、たいへん重い物を持って、数メートル軽々ジャンプ……なんてこともありえるかもしれません。もちろんそんな簡単に、そんな大それたことをされてしまってはヒトの立つ瀬が無いと言うかなんというか……そんな気もしますけれども。それでも、彼女達の身体能力はきっとヒトのそれを軽く凌駕するでしょう。わたしが目覚めてからまだ半年も経っていないはずですけれど、それでもフレンズさん達と出会い、姿を見てきました。その短い時間の間でさえ、ヒトにはまるで出来ないだろう行為を軽々としているところは見たことがありますから。
「ヒトって弱いんですねぇ……」
わたしはうっすらと感じる、情けなさのような感情をつぶやきます。
「ともえさん、またそんなこと言ってるんですか……? 出来ないことは手伝うって、言ったじゃないですか、私」
思っていたよりも競技をじっと見ていたのでしょうね、わたしは隣に到着したイエイヌさんに気づきませんでした。驚きで少しだけ身体をぴくりと動かしてしまいます。
「っと……イエイヌさん。聞こえたんですね、良かったです」
「おまたせしました、ともえさん。ちゃんと聞こえましたよ!」
にっこりと微笑みながら彼女は答えます。どうやら、自分に課せられた仕事を達成出来た喜びのようなものを感じているようです。
「こういうのも、悪くないですねぇ……んふふー」
しっぽをふりふりしながらそういいますけれど……なんとも不思議な感情を胸に抱いてしまいます。彼女に少し遅れてコヨーテさんが続きます。
「おまたせ。じゃあ行くか」
コヨーテさんは小屋のドアをノックして、中に入っていきます。
「はいるぞー」
「お、お邪魔します……」
コヨーテさん、イエイヌさん、わたしという順番で小屋に入っていきます。
「ん? あぁ、コヨーテか、どうした?」
先程のアナウンスをした声と一緒……ゴリラさんでしょう。コヨーテさんはそのままゴリラさんと一緒に部屋の隅に行き、ぼそぼそと話をはじめました。ゴリラさんの姿は、黒い髪の毛を後ろでちょんまげのようにまとめていて、顔の様子はわからなかったのですけれど、タンクトップに半ズボン。どちらも黒が中心の色合い。腕にはもこもことしたアームウォーマーと手袋。彼女はズボンのポケットに手を入れるようにして、少しばかり猫背になりながら、コヨーテさんとお話をしています。
「お久しぶりです! アルマーさん! センさん!」
イエイヌさんはばんざいのポーズをしながらとてとてと彼女達に近寄っていきます。
「イエイヌさんじゃないですか! お久しぶりです!」
アルマーさんは椅子から立ち上がってイエイヌさんとハグをします。
「あなた、元気になったんですね、良かったです」
アルマーさんとイエイヌさんの様子を尻目に、センさんはわたしに近寄り、いいます。
「その節はどうも……おかげさまで、はい!」
「私はオオセンザンコウ。センでいいですよ、よろしくおねがいしますね」
そう言って彼女は手を差し出しました。そういえば、わたしはイエイヌさんから彼女達の特徴を聞いていましたから、なんとなくで判断していましたし、なんだか既に仲の良い間柄だと思っていましたけれど……よく考えてみると、実際には『初対面』なんですよね。
彼女の姿は、明るい土のような色をしたハンチングの下にはセミロングの金色の髪の毛。帽子の両脇からは桃色の耳がちらりと覗いています。白い半袖のシャツに、桃色のサマーセーターを着ていて、くすんだオレンジ色のネクタイをゆるりと表に出しています。鱗のような装飾のされたスカートは膝の上まで伸びていて、少し短めな印象を受けますが、彼女の腰からはごつごつとした鱗で覆われた長くて太いしっぽが見えます。足元はストッキングのようなモノは身につけていませんが、膝下まである長いブーツ。そして腕にはしっぽと同じような意匠の腕輪をしています。
「あ……はい! わたしはともえです。こちらこそ、よろしくおねがいします」
わたしはセンさんの手を取り、握手を交わします。
「センちゃん! その子は?」
アルマーさんがイエイヌさんから身体を離してこちらを見つめます。
「……覚えてないんですか? あの子ですよ、イエイヌさんと一緒に――」
あぁっ! と大きな声を上げるアルマーさん。センさんはやれやれという具合に頭を振っています。
「思い出しました!」
わたしの方に彼女は歩み寄り、ぺこりとお辞儀をします。
「ごめんなさい、失礼しました……オオアルマジロです。オルマーでもアルマーでもお好きな方で呼んでください! えぇっと……」
あ、彼女はそういう感じの名前なんですね。
「ともえです、アルマーさん、よろしくおねがいしますね」
とりあえずわたしは呼び慣れた気のする『アルマー』の方で呼ばせていただきましょう。
「ともえさん、よろしくおねがいしますね!」
わたしは彼女の姿を改めて見つめます。
センさんと同じようなハンチング帽を被っていますけれど、センさんとは違って彼女の髪の色は黒。帽子の横から飛び出る耳の色は少しばかり茶色がかっています。肩や肘、膝には鱗の模様が入ったプロテクターを着けています(意味あるんですかね……?)また、センさんとおそろいの白いシャツを着ていて、茶色のサマーセーターも同じように来ています。胸元からは明るめの茶色いネクタイが飛び出ていて、淡い黄色のスカートを着ています。腰のあたりからは細い尻尾がちらりと覗きます。彼女もやはりストッキングのようなモノは履いていませんが、センさんと違って真っ白のスニーカーを履いています。
「本当に、本当にありがとうございました……お礼を伝えたくて……お会いできて、本当に良かった……」
旅の目的。それは究極的には『記憶を取り戻す』ことです。ですけれど、彼女達にあって、お礼を伝えるということは、旅の過程でやりたいことのひとつでもありました。その願いの結実が今、ここに成されたのです。
確かに『悲願』ではありません。旅をせずとも、彼女達にはいつか会えるという考えもありましたから。それでも、何故だかこみ上げてくるこの感情は、何でしょう? 弱くちっぽけなわたしが、何かを成し遂げられた……ということを実感しているのでしょうか? わかりません、わかりませんけれど……会えて良かった、本当に心からそう思います。
「と、ともえさん? だ、大丈夫ですか?」
わたしの様子が少し変わったのを察したのか、イエイヌさんがわたしの肩を擦ります。
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと嬉しかっただけです」
どうやらアルマーさんもセンさんも少しだけ慌ててしまっていたようです。
「そんな風に言われると、少し照れちゃいますねぇ」
アルマーさんが励まそうと思ったのでしょうか? 少しだけ茶化すようにいいます。
「アルマーさん。茶化しちゃ駄目ですよ?」
そういうセンさんは、少しばかり瞳が潤んでいるような気がします。わたしに感化されてしまったのでしょうか?
「そもそもですね、おふたりもズルいんですよ」
イエイヌさんが口を開きます。
「うみべに居るからって聞いたので会いに行ったら、移動してて……今度もすれ違いじゃないかと思っていたくらいです」
アルマーさんの茶化すような口振りに応じるように、イエイヌさんも茶化すようにいいました。
「あはは……なんだかごめんなさい。この催しの話をみんなにしないといけなかったので」
「ですけど」
わたしは言葉を続けます。
「おかげさまで、旅をする決心が付いたんですよ。本当にありがとうございます。」
少しばかり感謝のしすぎですかね。ですけれど、これがわたしの思い。
きっと彼女達に話をしに行くという思いがなければ、長くなるであろう旅路は、より辛いものになっていたのかもしれません。一歩踏み出すための勇気。その建前。そうであったとしても、ありがとうと感じる思いは真実です。
「すまんが、話は済んだか?」
コヨーテさんと話が終わったのでしょう。ゴリラさんがわたし達に問いかけます。
「そろそろ競技が終わる。時間が無いわけじゃないが、準備もしないとな」
頭を掻きながら申し訳無さそうに彼女は言いました。
「あっ……忙しいところごめんなさい……すぐに出ますね」
わたしが彼女にそう告げ、イエイヌさんの手を取って表に出ようとすると、ゴリラさんはわたしを引き止めます。
「……ちょっと待て、お前……」
「はっ、はいっ!」
彼女の咎めるような口調の強さにわたしは驚きながら振り返ります。彼女の表情は、何か信じられないものを見るようなものでした。彼女の視線はじっくりと品定めをするようにわたしの足元から顔までをじっとりと舐め回すように動いていました。そして、どこか冷徹に、わたしの内面を伺おうという思いの込められていたようにさえ見える、冷たい瞳……。
「名前と所属は? ヒトだろう? さっき話していたようだが、聞こえなくてな。いいか?」
彼女の言葉は、どこか強いものでした。抗うことを許さない。そんな言葉。わたしの不安を悟ったのでしょう、イエイヌさんのわたしの手を握る力がぎゅっと強まりました。
「と……と……もえ……です……しょ、所属は……わからない、です……」
優しい方だと思っていたのに、という気持ちもありましたが、それよりも、何故このように問い詰められるのか、という困惑の思いの方を強く抱きました。
わたしの答えに考え込むゴリラさん。部屋の中には妙な沈黙が流れます。壁に寄りかかっていた子でさえ、どこか緊張しているようにわたし達に視線を寄越しています。
「おい、ゴリラ、それくらいに――」
コヨーテさんがなだめますけれど、ゴリラさんは手の平を彼女に向けながら、視線は変わらず、わたしをじっと見つめます。黙っていろ、ということなのでしょうか……?
「……知ってるヤツかと思ったんだけどな。悪い、怖がらせたな。ゴリラだ。よろしく。」
彼女はにへらっと表情を崩して、わたしの帽子を取って、頭をそっと撫でます。その手付きは本当に優しいものでした。疑いようもなく優しげで暖かで……どうしてこんなにも豹変してしまったのか、不気味にさえ思えてしまいます。
「は、はぁ……」
イエイヌさんはまだ警戒した様子です。手に込められた力は依然として強いものでした。
「イエイヌ、こいつを頼んだぞ」
ゴリラさんはイエイヌさんの方を向いて言いました。
「い、言われなくても……」
「あー、そうだよな、警戒するよな、悪い悪い……とーさかにも言われてたなァ……顔が怖いんだから言葉に気をつけろって……」
彼女はわたしの頭から手を話して、自分の頭を困ったように掻いていました。彼女からとーさかと呼ばれた誰かの名前……どこかで聞き覚えのあるもののような気がしますけれど……。
「コヨーテから簡単に話は聞いている。今度、話をしよう。招待する」
彼女はそう言って、手をひらひらさせて表に出ていきます。
「それと、『かりごっこ』な。主催者権限だ。参加決定。がんばれよ、イエイヌ、とー……エヘン、ともえ」
続けてそう言いながら、彼女はトラックの方へと歩いていきました。
「な、なんだったんでしょう……?」
わたしのつぶやきにコヨーテさんが答えました。
「普段は、まぁ、もうちょっと気楽そうなんだけどなぁ……ヘンなヤツ……」
わたしとイエイヌさんは揃って「はぁ……」と妙なため息をこぼして、観客席に戻ることとなりました。
席に戻ると、ドードーさんは後ろの席の子とお話をしていました。どうやら当初話をした通り席を取っておいてくれたようです。
「あっ、おかえりぃ」
話をしていた子(先程見かけた真っ黒の子たちです。暑くないんでしょうか?)は、もう少ししたら手伝いをするとのことで、お別れです。わたし達は彼女達を見送り、席に付きます。
「どうだったぁ? お話出来たぁ?」
わたしは彼女の言葉に頷きます。
「ようやく彼女達にお礼が言えました……満足です」
わたしの言葉にイエイヌさんが尋ねます。
「『おうち』に、もどります?」
わたしは首を振ります。
「もう少しだけ、進みましょうかね。記憶を取り戻す可能性はじっとしているよりも、動いている方が高いでしょうから」
旅の目的の内のひとつは達成出来ました。それも『急がなくてはならない』理由が。でしたら後はゆっくりでもいいから進むことです。わたしの両肩に乗せられた重荷が少しだけ軽くなったように思われました。
「ですけど……そうですね、一旦『おうち』に戻ってもいいかもしれません。もう急ぐ必要は無いですからね」
『おうち』という言葉に反応したのでしょう。ドードーさんが楽しげに尋ねます。
「ねぇねぇともえちゃん、イエイヌちゃん。今度、遊びに行ってもいい? ふたりのお家、楽しそうだし……」
その言葉にしっぽを楽しげに揺らしてイエイヌさんが答えます。
「えぇ、どうぞどうぞ!」
「でしたら……そうですね、この運動会が終わったら、一旦戻りましょうか? その時に一緒に行きましょう」
そうなると、やりたいこともいくつか出てきます。まずお風呂に入りたいですねぇ……それと、服を洗ったりのんびり休んだり……暫く休んだら、また旅に出ましょう。頭の中で地図を開きます。
えぇっと、多分、川を横切るようにすればすぐに『おうち』に戻れますし、ここに戻ることも容易いでしょう。であれば、次に行くべき方向……山と森林の隣接したエリアがあった筈です。確か……そう、ここを北の方へ、道の続く方へ歩いていけば……。
「だったら、そうだな。ゴリラにはお前たちのナワバリの場所教えておくぞ。アイツが招待するって言うときは、大体アイツがわざわざ出張るからな。俺や他のヤツに任せてくれてもいいもんだが……」
本当に、マジメな方なんですねぇ……。そう考えると、先程のあの様子が本当に奇妙に感じられます。
「そういえば……コヨーテさん。隅っこに居た子……どなたですか?」
イエイヌさんが問いかけます。
「ん? アムールトラか? アイツはいつもあんな感じだなぁ……無愛想だが、腕のいいハンターだよ」
ちょっとした敬意を込めた口振りです。
「ハンター……でしたら、きっとお強いんでしょうねぇ」
わたしはぼんやりつぶやきます。確か、セルリアンを退治してくれるフレンズさん達だった筈……。
「うーん? ねえねえコヨーテちゃん。ハンターの子達ってこのうんどーかいに出てるのぉ?」
ドードーさんが疑問を口にしました。確かに彼女の疑問には同意です。『かりごっこ』に限らず、ハンターと呼ばれるフレンズさん達が『強い』ので有れば、こういった催しでは大活躍なのでは……?
「……なんで俺に聞くんだ? ってもうわかってるか……楽しみを邪魔しちゃ駄目だと思って、隠してたんだがなぁ……」
コヨーテさんは「あちゃあ」という具合の素振りをしながら言葉を続けます。
「一応、制限はしてないが……ハンターの数は多くないからな。見回りとか準備とか……そっちの方をしてくれてるよ」
なるほど……でしたらあまり気負うことは無いんですかね……。
「っと、俺は行くぜ。次の次がかけっこだからな。ロードランナーのヤツを見つけて引っ張ってこないと」
コヨーテさんはくすりと笑って続けます。
「また忘れられてたらかなわないからな」
わたしも彼女につられてくすりと笑ってしまいます。
「流石にそこまででは……無いんじゃないですかね……」
立ち上がりながらコヨーテさんはふんと鼻を鳴らします。
「ま、大丈夫だろ……よっし、じゃ、行ってくるぜ」
わたし達はコヨーテさんを見送り、トラックに視線を動かします。どうやら次の種目が始まるようです。
「ドードーさん、次ってなんですか?」
思い出すような素振りをして、彼女は答えます。
「えぇっと……ボール投げ……だったかなぁ……フウチョウちゃんたちに聞いた話だと、そうだったよぉ」
なるほど……先程とまた違った形での体力比べ。どういう結果になるのでしょうか……? 面白そうです。