けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、書きました。
幕間です。箸休めです。

なんで……夏休み前よりも忙しくて体力使って投稿どころか文章書くことすらままならない日々が続くんですかね……僕には、僕にはわかりません……
あと無計画に幕間書いてるけど大丈夫ですか?

20/06/13 改稿


幕間5

 竹を切り、作られたであろうコップには飲みかけであろう紅茶が入っていた。まだ湯気が立ち、暖かさを感じるそれをおもむろに持ち上げ、啜る。ほぅと息をつき、彼女はボロボロになった紙片を手に取り眺め始めた。

 それは手紙はひらがなとカタカナが中心に書かれたもので、一部には簡単な漢字が使われている。高い知性と理性を持ちながらも、ヒトとは多少異なる摂理の下生きるフレンズ相手への手紙。その内容は、惜別。

 彼女と、彼女の友たるヒトとの出会いから始まり、過ごした日々と思い出を綴り、そして別れの言葉を告げる。一見すれば、いわば、転校で離れ離れになる友人へ向けたそれと大差は無い。しかし、この手紙に関与したフレンズを含めた存在の中には一貫して共通する感情はそれとは異なるモノ。もっと悲痛な感情。もっと切ない感情。文字通りの今生の別れを皆抱きつつも、晴れやかたれと心に誓い、贈り受け取られた手紙。

 彼女にとって、そこに込められた感情はどこか懐かしいものでさえあった。でなければ、こんな月夜に、手製の紅茶を啜りながら眺めたりはしない。

 もはや過去の記憶が色褪せたものとなりつつある彼女でさえ、あの日々を懐かしむことはある種の神聖な癒やしの行為だった。胸の奥底を悲しみで満たしながら、あの頃を思い出す。

 再び彼女はコップを取り、中身を啜る。ふぅと息をつき、手紙を丁寧に畳んで封筒にそっと戻す。机の上にはもう一枚の紙片があった。それは写真だった。送り主であろう女性と自分、そして少女とその隣のフレンズ。この光景を失ったことはおよそ間違いなく世界にとっての損失であろう。そう思わせるだけの和やかで楽しげな光景がそこにあった。

 彼女達の姿は、彼女自身を除き笑顔のピースサインをしていて、一方で彼女はといえば恥ずかしげにカメラから視線を逸らしハーフパンツのポケットに手を差し込んでむっつりとしている。

「……このときくらい、一緒に……」

 誰に言うでもなく彼女は呟いて、自嘲気味にくすりと笑う。もうどうしようも無いこと。だからこそ、敢えて、笑った。笑わなくてはいけなかった。

 もしも今度、こんなことがあったら――それはありえないことではあるが――今度こそ、笑って写ろう。決して成就しない未来を思い、誓う。無意味だろうか? 無意味だろうが、それでも、そうしたかった。

 

 ドアががちゃりと開く。彼女は振り返って相手の姿を確認する。常ならば滅多に姿を見せぬ客人の姿に、彼女は表情を変える。

「アムールトラか、どうした? 問題でもあったか?」

 アムールトラと呼ばれた彼女は首を降る。

「いや、そうじゃない」

 少しばかり安心しながら、彼女は不審げに首をかしげる。

「そしたら……何だ? セルリアンの件で何か意見か? それとも……」

 再びアムールトラは首を降る。

「ゴリラ、用事が無いとここには入っちゃダメなのか?」

 皮肉げなアムールトラの言葉。その意味をようやく理解したゴリラは大きな声で笑い、彼女の隣にある椅子を引く。

「悪い悪い、かけろよ」

 ふんと鼻を鳴らしてアムールトラはゆっくりと椅子に腰掛ける。着席を確認して、ゴリラは立ち上がり、尋ねる。

「紅茶で良いか? ハーブを収穫してな」

 彼女がナワバリ――いや、彼女に関してのみ言うならば棲家と言うべきだろう――にしている場所から少し離れた場所に自生するハーブ。つい先日、その収穫を行ったのだった。多くのフレンズは『クサイハッパ』と言うだろうその植物を彼女はどうすれば上手く扱えるかを知っていた。

「紅茶……? コーヒーじゃないのか……?」

 残念そうな声色を察したのか、ゴリラは聞き返す。

「何だ、そっちが良いのか。別に構わんが……まだあったかな……」

「いや、偶には、あぁ、偶には、紅茶で良い」

「そうか? お前の方から来るのは珍しいから、注文通りに用意しようかと思ったが……ま、そう言うなら」

 ゴリラは壁際に置かれた機械を覗き込み、そのままスイッチを押す。

「コーヒーを集りに来た、ということか」

 ゴリラはアムールトラに楽しげに尋ねる。顔が怖いからか、はたまた彼女自身の肩書の重々しさからか、彼女の下に遊びに来るようなフレンズは多くない。近寄ると怖いと思われている……というのは過言だが、やはり、多くのフレンズには『なにか無いときちゃダメ』というようにでも思われているのだろう。

「ん? 違うぞ? 月が綺麗だからな」

 こちらを見ずにそう呟くアムールトラ。彼女の視線の先は窓の向こう、空にぼんやりと浮かぶ満月に注がれていた。

「お前なぁ……その言葉、意味判って言ってるのか……?」

 よもや隠された意味などあるまい。それは彼女も理解していたが、アムールトラの滅多に見せない隙だ、茶化さずには居られなかった。

「……月が綺麗だ、と……ソレ以外に意味が?」

 やっぱりと彼女は内心呟く。ポットのお湯が沸く。ゴリラはそっとポットを持ち上げ、ティーポットにお湯を注ぎながら、彼女を茶化すように言葉を返した。

「……厳密に言うとちょっと違うが……きみがだいすきって意味らしいぞ? ヒトの中ではそうらしい」

「なっ……」

 アムールトラは言葉に困ってしまったようで、視線を月から逸らした。やってやったぜ! というような感情を抱いたゴリラはティーカップと、自分と同じ竹で作ったコップを持ってテーブルに戻る。

「ふふん、迂闊なことを言うものじゃないぞ」

「……ヒトは、わからん」

 諦めなのか呆れなのか釈然としない言葉を繰り出したアムールトラ。かたやゴリラはといえば口の端を持ち上げるように勝ち誇った笑みを浮かべる。

「で、お前は俺のことが嫌いか?」

「そこまでは言ってないだろうに……」

 アムールトラはため息をついて呆れていた。そろそろ茶化すのを辞める頃合いだろう。そう判断した彼女は空のコップに紅茶を注ぎ、アムールトラに差し出す。

「悪い悪い、珍しくお前を茶化せそうだったからな……ほら、ハーブティーだ」

 アムールトラは差し出されたソレをそっと持ち上げ、じいっと中身を眺めてから、臭いをすんすんとかぎ始める。

「……ダメそうか? それなら変えるが……」

 彼女の言葉にアムールトラは首を降る。

「いや、大丈夫だ。それにしても変わったにおいだな……」

「そうか? 熱いから、少し冷ませよ。お前苦手だろう」

 ゴリラは内心『におい』ではなく『香り』と呼ぶべきと指摘するか悩んだが、野暮というヤツだろうと判断し、アムールトラがそうして居たように窓の外へと視線を向けた。

 

 お互い何も言わず、ゆっくりとした時間が流れていた。時折、ゴリラは紅茶を啜る程度で、お互い動きも少なくぼんやりと外を眺めるばかり。時間にして十分程度経過して、ようやく言葉が繰り出された。

「流石に……飲めるんじゃないか?」

 半ば呆れるような口調でゴリラがアムールトラに言う。

「そ、そうか……」

 ゴリラの言葉を受けて、アムールトラはそっとコップを持ち上げ、ふぅふぅと息をかけて紅茶を冷まし、ほんのひと口ほどを含んだ。

「……どうだ? 美味いか?」

 アムールトラはうーんとうなり考え込む。

「……不味くは無い……むしろ美味いんだが……」

「好みじゃない、と……じゃあ次に来たときはコーヒーだな」

 果たして次に来るのはいつになるのやらと思いもしていたが、その『次』は彼女にとっても間違いなく楽しみなのである。変わらぬ日々だって楽しいのだ。そうであるならば、少し変わった日はもっと楽しいに違いない。そうであるのなら、それを待って待って、待ちくたびれて……それも決して悪いこととは言えないだろう。そんな考えが彼女の胸中に湧いていた。それは間違いなく明日を望む感情。それは間違いなく日々を過ごして行く糧になる。

「……なぁ、この……なんだ? 絵か?」

 彼女の視線の先には写真があった。ボロボロになっていて、ところどころ色褪せていたそれを、アムールトラは持ち上げることを躊躇っていた。

「写真、だな……まぁ絵みたいなものだ。それがどうかしたか?」

「時々話してたトーサカってどいつのことなんだ? でっかい方か? ちっちゃい方か?」

 ゴリラがその人物の話をしたことは幾度か会った。その度に憧れのような呆れのような感情の込められた視線をアムールトラに向けられていたことを彼女はしっかりと覚えている。だからこそアムールトラは疑問に抱いたのだろう。

「どっちでもない。この写真を撮ったヤツが『トーサカ』だ」

 アイツも写りゃあ良かったのにと呆れたように言うゴリラの様子を見て、アムールトラはぼそりと呟く。

「不便なんだな、写真って」

 言外に込められた意味を悟り、ゴリラは感心したように言う。

「なんだ、お前結構優しいヤツだな」

 ふんと鼻を鳴らしてアムールトラは答え、黙り込む。

「その写真はな、そこに写った奴らがここに居た最後の頃のヤツだよ」

 懐かしむような、悲しいような、そんな声でゴリラが呟く。

「なんだ、死んだのか?」

 その声に対してあまりにも無遠慮な言葉だったが、気にせずゴリラは返す。

「どうだかなぁ……俺にはわからんよ」

 その言葉が嘘か真かに関わらず、アムールトラは自分の発言を反省したようだった。

「悪い、変なこと聞いたな……」

「いいさ、あぁ、構わんとも」

 年長者らしさとはこういうところで出すものだ、と言っていたのは……アイツだったろうか?

 

 そうして再び部屋は沈黙に包まれる。気まずさを感じない訳では無いが、それでも差し込む月光が優しげに彼女達の姿を照らす。誰かと過ごす夜。その時点で、もう、ゴリラは満ち足りているような感情を抱いていたのだ。

「俺は、もう寝るよ。お前はどうする?」

 ゴリラは空になったふたつのコップとティーポットをテーブルの隅にまとめ、立ち上がる。

「アタシは……そうだな、少し見回りして、散歩だな」

 どっちも同じ意味ではないのだろうかという疑問は、敢えて口に出さなかった。

「そうか、俺は片付けがあるから、先に出てくれ。じゃあな」

 ゴリラは彼女に先立ってドアを開き、廊下へと促す。

「どうも……。じゃあな」

 アムールトラも軽く手を上げて、部屋を出て、そのまま外へと出ていく。ゴリラは彼女の姿が夜闇に紛れて見えなくなるまで見送った。

 

 不意に柔らかな風が吹き、頬を撫でる。その風はゴリラにそうしたように、優しげに木の葉を、草々を優しく撫で、そして全てを見つめるように輝く月が空に浮かんでいた。

「ふん、こりゃあ、コーヒーでも飲みたくなるわな」

 そう思えてしまうほどに素晴らしい光景。

 きっと、きっとあの子なら、絵に描きたいというのだろうか? 叶わぬ夢だろうか? しかし、あの子を頼むと頼まれた過去もある。せめて、せめて……

「俺の番になる前に、目覚めろよな」

 室内に戻り、コップとポットを抱え、隣接する簡易キッチンへと向かう。片付けは明日でも良いだろう。そう思ったのだろう、ゴリラは水を張った桶にコップ達を沈めて研究所を後にした。


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