けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、8話Cパート相当の物語を書きました。

ようやっと動いたかなという感触……と言いつつどうなんだろうという疑問も。

20/06/13 改稿


8-3

 会場を出て、散り散りになっていくフレンズさん達を眺めていると、コヨーテさんが振り返り尋ねます。

「お前達、この後どうするんだ? 昨晩の建物に戻るのか、それともこの辺で寝るのか……」

 そういえばそうでした。

「あたしは一旦ナワバリに帰るよぉ。明日うんどーかいが終わったら、ともえちゃんと一緒に『お家』に行くしねぇ、準備しないとぉ」

 ドードーさんがわたしに向かって言いました。わたし達は彼女のように準備をすることも無いですし、かと言ってあの小屋に戻るとなるとちょっと距離が離れすぎている気もします。

「どうしましょう? イエイヌさん」

 イエイヌさんも「うーん……」と考え込みます。

「あんまりここから離れたく無いですよねぇ……距離ありますし……ちょうど良い樹の下とか、あればいいんですけど……」

 寝袋がある為、野宿も十分に選択肢に入ります。わたしは雨風を凌げそうな大樹が無いかと周囲を見回しますが……見当たりません。川の方まで移動すればどうとでもなるのでしょうけれど……。

「ちょっと遠くなりますけど、川沿いの方まで行ってみましょうか」

 イエイヌさんはわたしの提案にこくりと頷きます。

「よし、じゃあ俺も一緒に行かないとだな。明日お前達を呼びに行かないとだからな」

 あぁ……何から何まで……。

「ありがとうございます、コヨーテさん」

 わたしとイエイヌさんは揃ってコヨーテさんにお礼を告げます。

「いいっていいって。じゃ、行くか」

 わたし達は川の方向へと歩いていきます。多分、地図でいうと東側……なんじゃないですかね。と、不意に声を掛けられます。

「お、コヨーテか、おつかれさん」

 ゴリラさんでした。主催としての任が半分終わったからか、今朝方見かけたときよりもいくらか表情が和らいでいるように見えます。

「おう、おつかれ、ゴリラ」

 コヨーテさんに続いてドードーさん、イエイヌさんと続きます。そして最後にわたし。

「お、おちゅっ……お疲れさまです……」

 少しばかり緊張してしまいましたけれど、大丈夫ですよね?

 ゴリラさんはくすりと笑って、わたしの頭を撫でます。

「ありがとな。とー……ともえ、みんなも」

 わたしの頭を撫で、次にイエイヌさんも……イエイヌさんは緊張していたのでしょう、身体がぴくりと動いてしまっていました。

 彼女の手は大きくて優しくて暖かくて……イエイヌさんの手とはまた違った感覚です。恥ずかしいやらくすぐったいやら、という具合ですね。ちなみにイエイヌさんの手は少し小さくて柔らかくて、くすぐったさもありますけれど、胸が暖かくなるような、そんな具合です。比べるものじゃないですけどね。

「帰り道を邪魔して悪いな。旅してるんだろ? ともえとイエイヌは今晩どうするんだ?」

 わたしは先程の話を彼女に伝えます。コヨーテさんの案内もありますし、不安な点はほとんど無いことも。わたし達の説明を聞いて、ゴリラさんは何やら考えがあったのでしょう、少しだけ悩んでから口を開きます。

「そうか……うーん……ふたりとは少し話をしたかったが……良ければ会場の小屋に泊まらないか?」

 願ってもない申し出ですけれど……申し訳ないというかなんというか……。

「あぁ、俺の心配をしてるんだったら気にしなくていいぞ。俺も家に帰るからな。緊張するだろ?」

 確かに雨風をしのげるという意味では最良なのは間違いありません。ただ、旅をする以上、今後野宿しなくてはならない状況はありえます。ですから、修行(というと格好つけた言い方ですね)のつもりでも居たのですが……。

「そうか、その手があったか……」

 コヨーテさんはなんだか得心行った様子ですけれども……。

「今までなんだかんだ野宿をしてこなかったので……練習しようかな、と……」

「ですね……ここは夜少し涼しいくらいですけど、こごえたりはしませんし……」

 イエイヌさんも頷いて言いました。

「真面目だなぁ……お前達……まぁ、遠慮もあるんだろうが……」

 少しだけ間を置いて、ゴリラさんは提案しました。

「よっし、こうしよう。ちょっと小屋で話をしよう。それだけでも、ダメか?」

 なんだか不自然なくらいに頑なな気がしますけれど、島の長たる彼女がここまで言うのです。何かの意味や目的もあるのでしょう。

「……でしたら喜んで」

「私も……はい、大丈夫です」

 なんというか、イエイヌさんはどうにも緊張してしまっている様子。

「ということでだ、コヨーテ。ともえとイエイヌの寝床だが――」

 軽くコヨーテさんとゴリラさんは打ち合わせをしました。

「はいよ、了解。じゃあ明日の朝、そこに迎えに行くってことで良いんだな?」

 あっという間に話は決まったようです。

「ああ、頼んだよ」

 ゴリラさんはそう言い終わると、こちらを向きました。

「よっし、行くか。ドードー、お前はどうする?」

 少しだけドードーさんは悩んで、答えます。

「うーん……わたしは遠慮させてもらうねぇ。朝早かったからなんだか眠いしねぇ……」

 ドードーさんは小さくふわぁと可愛らしいあくびをします。

「ふわぁ、あ……眠いって言ったら眠くなって来ちゃった……先に帰るねぇ。楽しかったよぉ、また明日もよろしくねぇー」

「はい! こちらこそおかげさまで……では、また明日ー!」

 わたし達は彼女を手を振って見送ります。

「あ! そうだぁ! ゴリラちゃぁーん、はーぶてぃー? また飲ませてねぇー」

 途中で彼女は振り返ってこちらに大声で言いました。パークの置かれた環境を考えると、ほんの少し違和感のある単語が聞こえましたけど……。ゴリラさんは「楽しみにしてろよー」と返事をしています。ハーブティーって普通なんでしょうか……?

 彼女の姿が小さくなり、ゴリラさんはコヨーテさんに尋ねます。

「コヨーテもロードランナーと話があるんだっけか?」

「だな……っと、ゴリラ、話すなよ? 楽しみが無くなる」

 コヨーテさんがゴリラさんに釘を刺したのですけれど……。はて、どういうことでしょう。

「性格悪いなぁお前……まぁ信用してくれよ」

「うるせぇ」

 彼女達はお互いへへんと楽しげに笑い合います。

「じゃ、そういう訳だ。ともえ、イエイヌ、朝になったら迎えに行くからな」

 コヨーテさんは軽く手を上げて、駆けていきました。手を振って見送る……余裕はありませんでした。やっぱり速いですよ、コヨーテさん……。

「仲、良いんですねぇ……」

 イエイヌさんが呟きます。

「んー、まぁなぁ、付き合いが長いってほどじゃないが、お互い世話になったり世話をしたりってな、持ちつ持たれつってヤツだよ。じゃあ行くか」

 彼女は振り返り、歩き始めます。わたし達は彼女の後ろをゆっくりとついていきました。さほど会場と離れていない為、短い距離の移動なのでしょうけれど、緊張からか会話はありませんでした。

 時折、ちらりとゴリラさんが後ろを振り返ったりもしましたが……彼女も同じ様に黙って歩いていきます。視線を空に上げると、先程と比べるとずっと夕暮れに近い空模様。朱色がさしはじめた空は幾度見ても美しく、そしてひと塊の雲が白く輝きます。その輝きは孤高でもあるようで、孤独でもあるようで……。

「ま、入ってくれよ」

 いつの間にか小屋の入り口に到着していたようです。

「お、お邪魔します」

 わたしとイエイヌさんは彼女に従い、小屋の中へ。今朝方と変わらず、中心に簡素な机と椅子がありました。

「かけろよ。どこでもいいぞ」

 わたしは扉から一番近い椅子に、イエイヌさんはわたしの右隣に腰掛けます。わたし達の様子を視線の端で捉えるようにしながら、ゴリラさんは小屋の電気をつけます。

「あぁ、そうだ。もえ、イエイヌ、コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

 ……? って、コーヒーに、紅茶? イエイヌさんは問いかけの意味がわからず、わたしに助けを求めるように「えぇっと……」と呟いて、視線を送ります。

「珍しいですね……えーっと……では、コーヒーで」

「わ、私もこーひー? で……」

 ゴリラさんは「はいよ」と気楽そうに答え、部屋の片隅の簡易的な棚に向かいます。棚の隣には極めて簡素な流し台とケトルがありました。電気で沸かすのでしょうね。

「ヒトが居なくなっても残ったモノって多くてな」

 ゴリラさんはケトルに水を注ぎ、スイッチを押してわたしの向かい側に腰掛けて言いました。

「は、はい」

「緊張しなくても良いんだがなぁ……まぁ、それは置いといて……。で、それをなんだかんだと使わせてもらってる訳だな」

 イエイヌさんがあの『お家』で生活していたようなものでしょう。ゴリラさんの場合はしっかりと使い方が判っている分、より意識的に活用出来ているのでしょうが……。

「こういう特別なときには重宝するよ……。この前なんか、アムールトラがコーヒーをねだりに来てな……」

 ゴリラさんも少し緊張しているのでしょうか? 少しばかり表情がぎこちないような気もしますけれど……それでも楽しさや嬉しさの様なそんな感情の籠もった言葉でした。

「アムールトラさんって、今朝そこに居た方ですよね?」

 イエイヌさんが聞き返します。

「あぁ。……もっと怖いヤツだと思ったか?」

 わたし達はこくりと頷きます。そんなわたし達を見て、ゴリラさんは愉快そうに小さく笑いました。

「少なくとも満月が綺麗だからコーヒーを飲みたがる程度には、可愛いやつだよ」

 そう考えると、なんだか可愛らしいところもあるのだなぁと思いますけれど……。うーん……ぶっきらぼうな様子ですと、どうしても身構えてしまいますよねぇ……。そんなことを考えていると、かちりとスイッチの音がします。どうやらお湯が湧いたのでしょう。ゴリラさんは立ち上がり、作業を再開します。

「インスタントで申し訳ないが……砂糖とミルクはどうする?」

 わたしは、多分なんですけれど、要らない気がします。

「わたしはどちらも大丈夫です。イエイヌさんは……甘いのと苦いのどっちが良いですか?」

 イエイヌさんは少しだけ悩んで「甘い方で」と言い、ゴリラさんはそれを承諾しました。

「はいよ、まぁ少し位のんびりしてくれよ。熱いから気をつけてな」

 わたしとイエイヌさんは竹のコップを受け取り、ふうふうと息を吹きかけそれを冷まします。コップ越しに伝わる暖かさは、それだけでどこか安心してしまうような、そんな心地。少しばかりお行儀が悪いですけれど、啜るようにしてわたしはひと口コーヒーを含んで、ほうと息をつきます。

「なんだか懐かしい気がしますねぇ……美味しい……」

 目が覚めてから一度も飲んだことなんて無いのに、舌に残る苦味も、酸味も、鼻に抜ける特有の香りも、全てが懐かしく思われます。『舌が覚えている』ということなんでしょうか?

 今のパーク(と言っても過去は忘却の彼方ですけれど)では基本的にお水しかないのでしょうから、コーヒーを飲むという行為自体、特別なんでしょうね。ちらりとイエイヌさんを見ると、コーヒーの臭いをすんすんと嗅いでいます。

「そう……なんですか? そう言われると……? うーん……? なんだか今まで嗅いだことの無いにおいです……」

 イエイヌさんは困惑し通している様子。臭いを嗅ぎ終わった彼女は、わたしの真似をするようにしてコーヒーに息を吹きかけ、ひと口含み……顔を歪めます。

「に……苦いですよぉ……なんでこれ飲めるんですかぁ……ともえさぁん……」

 わたしとゴリラさんは苦笑いを浮かべます。好き嫌いってありますからねぇ……。

「砂糖足りなかったか……ちょっと失礼するぞ」

 彼女はそう言って二杯ほど砂糖をイエイヌさんのコーヒーに足して、竹の棒でくるくると混ぜました。

「あ、ありがとうございます」

 その後、彼女はもうひと口恐る恐る口に含みます。

「どうですか?」

 わたしが尋ねると、どうやら満足行ったのでしょう。可愛らしく微笑む彼女がそこに居ました。

「まだちょっと苦いですけど……ちょうど良いです、えへへ、これくらいなら、美味しいですね」

 彼女に釣られて、わたしも笑みを浮かべてしまいます。視線だけゴリラさんに向けると、彼女も同じ様に微笑んでいました。ですが、何故でしょう? 目を細めて笑みを浮かべているのに、彼女の表情はどこか切なげにさえ見えました。

「ゴリラさん?」

 わたしが不思議に思って問いかけると、途端に彼女の表情は楽しげな笑みに戻りました。

「ん? どうかしたか?」

「……いえ……それで、お話って何なんですか……?」

 わたしの言葉に、ゴリラさんは少しだけ逡巡して、答えます。

「ふたつあるな。ひとつは質問、ひとつは助言って感じだ」

「お答え出来ることなら、何でも」

 わたしは頷いてそう告げます。

「答えづらいこと聞くつもりも無いけどな。ひとつ目、ともえ、イエイヌ、お前たちはいつ、どこで目覚めて、何故旅をするんだ?」

 わたしは何とも言えない気持ちになります。幾度かフレンズさん達にお話したこともある話題なのですけれど……今までのフレンズさん達がこの質問をする時は好奇心の為。一方で、今のゴリラさんの表情は真剣そのもの。

 彼女の纏う空気さえ違うように思ってしまいます。

「そしてふたつ目。けっこー無理矢理に『狩りごっこ』に参加させちまったけど、それで良かったのかってのと、もしお前達が良ければだが、色々と教えてやろうかなって思ってな」

 ふたつ目の質問の時のゴリラさんの表情は、先程とはうってかわって楽しげなもの。わたしはイエイヌさんの方を向き表情を伺います。少しだけ考え込むように眉間にシワを寄せてうつむいています。

「では……わたしから」

 順番に答えていきましょう。何度と無く話をしたことですから。

「この間の、満月の夜に……草原の方の建物で目が覚めて……」

 ゴリラさんは頷きながら話を聞いています。腕を組んで、俯きながら……。

「えぇっと……理由、ですよね。その時に何も覚えていなかったので、パークに何か手がかりがあるかなって思って、その……旅に出ました」

「……本当に何も覚えてないのか? 親父のことも、自分に何があったのかも?」

 彼女の言葉はまるでわたしが嘘をついていないか疑うような声色で出されたものでした。その威圧感にわたしは黙って頷くことしか出来ません。暫くゴリラさんはわたしの目をじいっと見つめ、諦めたように俯きます。

「そうか……嘘は、ついてないんだな」

 絞り出すような声。

 それはわたしの覚えている言葉の中でも最も切なげな響きを持っていました。部屋に沈黙が訪れます。数秒、あるいは数分、一度だけ遠くから聞こえて来たどなたかの笑い声が部屋に染み込む様に響いただけで、部屋には重苦しい雰囲気が立ち込めていました。

 わたしも、イエイヌさんも、何か言葉を出せば良いのに、それを躊躇わせる様なゴリラさんの姿が視界にあるだけ。彼女は腕を組んで俯きながら黙っています。

「わ、わたしは……!」

 イエイヌさんが沈黙を破ります。少しだけ驚いた様子でゴリラさんはイエイヌさんの方を向きます。

「季節が変わる前に目が覚めて……それから……ずっとひとりで……」

 段々と小さくなる声に、わたしは胸が締め付けられるようでした。ゴリラさんも同じだったのでしょう。イエイヌさんを静止する言葉をかけます。

「イエイヌ、辛いだろう? 無理なんかしなくて――」

「しばらくしてともえちゃんと会って、嬉しくて、楽しくて……」

 ゴリラさんの言葉を遮るようにイエイヌさんは言葉を続けます。

「ともえちゃんが旅に出るって、離れ離れだって……嫌で……だから……!」

「もう、良いですよ、わかりましたから、ありがとうございます、イエイヌさん」

 わたしはそっと彼女を抱き寄せます。彼女のこんな顔を見るのは何時ぶりでしょう? きっとあの時ぶり。あぁ、わたしは彼女にまた、こんな顔を……。耳がしゅんとしおれている彼女を見るのは心が痛んで仕方がありません。

 わたしが彼女の頭を撫でていると、心苦しそうにゴリラさんが口を開きます。

「……イエイヌ、ありがとうな。それと、ともえも、ありがとう」

 そう言って彼女はコーヒーをひと口啜り、窓の外を眺めます。再び部屋は静寂の中へ。

 イエイヌさんの抱くわたしへの思いが、彼女にとってどれほど大切で、愛おしくて、守りたいものなのか。それをわたしは噛み締めます。彼女からの好意への純粋な喜びもありますし、どこか醜くさえあるような優越感も感じます。

 けれど、何よりも強く感じたのは、彼女の思いに応えなくてはという義務と使命。それさえ、他者に抱く感情として美しいものとは言い切れないのかもしれません。けれど、感じてしまったものは仕方が無いのです。出来る範囲で、やりましょう。そのためにも、今は……。

「ふたつ目の質問ですけど……」

 わたしはイエイヌさんの頭を撫でながら、そっとゴリラさんに伝えます。

「参加出来たことは、感謝しています。イエイヌさんも同じ気持ちの筈です。その件は本当にありがとうございました」

 ゴリラさんは「ん」と口にして頷きます。

「……で、どうするつもりなんだ?」

「どうする……? えぇっと……」

 わたしが悩んだのを見て、ゴリラさんは咳払いをします。

「悪い、言い方が悪かったな。お前のことだから、勝ちに行くんだろ? その方法は? ってことだ」

 彼女はそう言った後、少しして付け加えます。

「俺は誰にも言わんし、参加もしないぞ、安心してくれ」

 わたしは少しだけ悩んでしまいました。イエイヌさんがわたしの胸に顔をうずめたまま……って、まーこの子ったら……。

「……イエイヌさん、もう大丈夫ですね?」

 わたしの言葉を聞いて、不服そうに頬を膨らませながらも、顔を離すイエイヌさん。気持ちが落ち着いて暫く経っていたのでしょう。耳もしゃっきりしていますし、しっぽも楽しげに揺れていますからね。 

「はい……」

 ゴリラさんはくすくすと笑い、わたしもわたしで思わず笑顔になってしまいました。

「まったくイエイヌさんはちゃっかりしてますねぇ……っと、『これ』を使うつもりです」

 わたしはそっと首から掛けた笛を出し、ゴリラさんに見せます。

「わたしや、一部のフレンズさんにも聞こえない音が出るんです、これ」

 ゴリラさんは楽しげに「ほう」と呟いて組んだ腕をほどき、頬杖をつきます。

「その音はイエイヌには聞こえる、と?」

「はい」

 わたしはコーヒーを舐め、言葉を続けます。

「これで指示を出して、イエイヌさんに動いてもらおうかと。多分わたしが動いても足手まといなので……」

「……一応、ルール違反じゃないからな、考えたな」

 ゴリラさんは感心するように頷きます。と、イエイヌさんが口を開きました。

「笛の音なんですけれど……先程お話した通り、犬系の子と猫系の子は聞こえてると思います。コヨーテさんが不思議そうにきょろきょろしてましたし、他のそれっぽい子も……。ドードーさんや後ろに居たフウチョウさん達は聞こえてなかった様に見えましたが……」

「やっぱりそうですか……」

 はてさてどうしたものでしょう……お相手に『聞こえるフレンズ』さんが来ないことを祈るのも手ではありますけれど……。ちょっとズルい手を使うようですが、ひとつ思い付きました。

「……ゴリラさん。嘘ってついても良いですか?」

 わたしの言葉に彼女はぽかんとした表情になり、その後、大きく笑い始めました。

「構わんよ、構わんさ。ふふっ、そうか、ははっ」

 ひと呼吸置いて、彼女は続けます。

「嘘だと見抜かれたらどうする?」

 確かに……。

「相手にわからないように指示を細かくするとわたしもイエイヌさんも混乱しますし……うーん……」

「でしたら、その時は――」

 イエイヌさんが思いついたことを口にしました。わたしもそれに対して意見を交わします。ゴリラさんは決してわたし達に有利なアドバイス――例えば相手のフレンズさんの情報ですとか――をしなかったのですけれど、案に対する問題点をしっかりと指摘してくれました。彼女の存在がここにあることで、より確実な勝利へと近づける……というと過言ですね。ですけれど、より良い作戦が生まれる可能性は高くなっていると思います。

 

 合間合間に、ちびりちびりとコーヒーを飲んで……そしていつの間にかコップは空に。外の景色も夕暮れ時を通り越し、空は菫色に染まっていました。

「っと、もう遅いな。寝床に送ろう」

 ゴリラさんが外の様子に気づいて言います。

「本当ですね……今日はありがとうございました、ゴリラさん」

 イエイヌさんがぺこりと会釈をします。

「わたしからも、ありがとうございました」

 わたしも彼女に続けてお礼を。けれどゴリラさんは首を振ります。

「いいっていいって。俺が呼びたくて呼んだんだからな。それにまだお前達を送らないといけない。まだ終わってないぞ?」

 そう言いながら彼女は立ち上がり、部屋の隅の棚をがさごそと漁り始めます。わたしとイエイヌさんは不思議そうにその光景を眺めていましたが、少しして彼女は「あったあった」と呟いてこちらに向き直ります。

「ほら、これやるよ」

 小さなランタンでした。持ち手があって、ランプの部分があって……てっぺんのところには黒いパネルが。

「たいよーこーはつでん? ってヤツらしい。昼間はここに光を当てておいて、使うときはここのつまみをひねって――」

 時折彼女は指で場所を示しながらわたし達に簡単な使い方を教えてくれました。

「お気持ちは嬉しいのですけど……良いんですか……?」

「んー……貴重っちゃ貴重だけどな、俺も含めてフレンズは夜は寝てるか夜目が効くかするし、誰も使わないんだ。しまっとくよりは良いだろ? 使ってやってくれ」

 そうおっしゃるのでしたら……わたしはそっと彼女からランタンを受け取ります。そのままゴリラさんに促されるまま、わたし達は表に出ます。あぁ、そうです、折角ですからランタンを使ってみましょう。ここのつまみをひねるんでしたっけ? かちりと音がして、ランタンが光り始めます。

「おぉ……小さいのに結構明るい……夜も歩けそうな気がしますねぇ……」

 イエイヌさんが眩しさに目を細めます。

「ですねぇ……危ないですし、疲れますから、夜はちょっとですけど……」

 わたしは彼女の言葉に「言葉の綾ですよ」と返しましたが、彼女は不思議そうな顔をします。

「本気で言ってないぞ、ってそういう訳だな……よし、こっちだ」

 くすくすと笑いながらゴリラさんは言いました。

「あ、なるほどぉ……」

 イエイヌさんもふんふん頷きながら歩き始めました。っと、わたしも行かないと、ランタンはまだ不要な明るさですし、消して……。

 来た時とは異なり、帰り道はお互いにお話をしながらの道のりです。お茶会、なんていうと少し気取っているようですけれど、それでもお話をした分だけ、時間を一緒にした分だけ、心の距離は縮まるのでしょうね。

 フレンズさん達がそもそも社交的な方が多いというのもあるのでしょうけれど……。

 話の内容としては、わたし達は旅の話を。ゴリラさんからはアムールトラさんがコーヒーを飲みに来た話の詳細ですとか、コヨーテさん考案のゲームをした時のお話ですとか、そんな感じでした。

「その、げえむ? 面白そうですね……」

「そうは言うけどなぁ……俺やコヨーテなんかはしれっと嘘つけるから良いけど……センとかロードランナーは嘘つこうとしてバレバレだったからな? ちょっと悪いことしたんじゃないかとか思ったりしたぞ?」

 あはは……基本的に嘘なんてつきませんからね……皆さん……。そう考えると、わたしもなかなかあくどいことを考えてしまったのでは……? 少しだけ……いいえ、結構な罪悪感が……。

「っと着いたぞ」

 そこは草原の側から見た時と同じ様な木々が立ち並ぶ林でした。ですけれど、一点だけ他の場所と異なるのは、少しだけ背の高い木が林から外れたところにあることでしょうか。

「この辺なら、コヨーテもにおいでわかるだろ。あんまり離れると迷子になるから気をつけろ。林の中を真っすぐ行けば川がある」

「何から何まで……本当にありがとうございました、ゴリラさん」

 イエイヌさんもわたしに続きました。

「いえいえ、どういたしまして……つっても、お話して歩いただけだからな、そこまでペコペコしなくたっていいさ」

 そうは言いますけれど……。

「それとともえ、ちょっと良いか? 悪いイエイヌは待っててくれ」

 ゴリラさんはわたしと共にイエイヌさんから少し離れます。彼女は小さな声で尋ねました。

「ともえ」

 小さな声なのに、真剣さが伝わる声でした。

「はっ、はいっ!」

「……俺はお前のことを知ってる。お前の親父も、お前に何があったのかも、全部」

 え? わたしは何も考えられなくなりました。ゴリラさんはわたしの瞳を見つめ、至って真面目に、わたしに問いかけます。

「知りたいか?」

 わたしの過去、わたしの名前、わたしのお父さん、わたしの……わたしの、全部……? わたしは、わたしはそれを知って、良いのでしょうか……?

「困るよな、だろうよ。お前がどうしたいのか聞いてるんだ。ゆっくりでいい、言ってくれ」

「ちょっと、考えさせてください……」

 ゴリラさんは「あぁ」と呟いて、腕を組みながらわたしの言葉を待ちます。頭の中はほとんど空っぽ。何を考えるんでしょう? わたしの知りたかった答えを知っていて、それを知りたいかと尋ねるゴリラさん。そんなの、知りたいに決まってるじゃないですか、わたしがわたしで居ていい理由が、正解がそこにあって、それが今を支えてくれるなんて、わたしみたいな宙に浮いたような人間が、足をつけることが出来るんですよ?

 過去という今の証明と未来への保証。それが、それが……その答えが、求めたものが、今、目の前に……。

 支離滅裂な思考の中で、たったひとつだけ違う感情があることに、わたしは気づきました。

「わ、わた……わたしは……」

 わたしはひとつの言葉を、絞り出します。それは、知らないはずの過去も含めて、今までの人生で一番大きな決断のように思われました。




皆さん、執筆環境ってどうなってます? わたしパソコンで縦書きでゴリゴリ書いてますけど……
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