けものフレンズR ”わたし”の物語   作:むかいまや

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https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im9098445 より設定をお借りし、9話Aパート相当の物語を書きました。

新しくけもフレRのBBSが出来たみたいですね、行こう!(ダイレクトマーケティング)
ttps://jbbs.shitaraba.net/otaku/18199/

……規約的に許されるのか?これ……

20/06/13 改稿


9-1

 わたしは震える右手を左手で抑えます。目の前に居る彼女の顔を、わたしは見ることが出来ません。

「わたしは……知りたく、無い……です……」

 あぁ、言ってしまった。

 言葉にした以上、わたしはわたしに責任を取らねばなりません。言葉にした以上、それを聞いた彼女に責任を取らねばなりません。堅苦しい考え方かもしれませんけれど、それでも、言葉にするということはそういうことです。手にしかけた希望を自らの手で払いのけるなんてこと……するとは思いませんでした。

 けれど、この答えはわたしの直感にも似た本心なのです。それを否定なんて、したくないのです。

「そうか」

 わたしの予想に反して、ゴリラさんの言葉はあっけらかんとしたものでした。それでも、彼女が次の言葉を繰り出すまで、少しの間がありました。わたしは視線を落とし、なんと言われるのか身構えてしまいます。批難でしょうか? それともお説教?

「……実はな、教える気は……なかったんだ。意地悪な質問だったな、悪い」

 本当です。わたしは驚きと批難の感情を込めて、彼女の顔を見つめ返しました。

「なんで知りたくないんだ?」

 わたしが視線に込めた感情なんてどこへやら。彼女は全く気にしていない様子です。ゴリラさんの言葉は、まるで大人が幼い子供に尋ねるように、優しい言葉でした。視線は柔らかで優しいもので、腕を組んでこそいますけれど、それでも纏う空気は穏やかなもの。

 そんなゴリラさんの様子に、優しさに、少しだけ涙ぐんでしまいそうなくらい、胸が熱くなります。

「……ほんとうは、すごく知りたいです、教えてもらいたいです……でも……」

 いろんな感情がないまぜになった心を整理して、彼女に伝えないと……。納得してくれないかも知れませんけれど、きっと納得してもらうことなんて必要ありません。わたしが、わたしに、わたしを納得させるだけの言葉を表に出すために、わたしは考えます。

「旅を……辞めたくないんです……」

 旅なんて、過去を取り戻しても続ければいいのに、なんででしょうね。自分でさえ疑問に思ってしまう理屈でしたけれど、ゴリラさんは「あぁ」と相槌を打って、言葉を待ってくれています。自分でさえ疑問に思ってしまう理屈でしたけれど、何故だかわたし自身はそれが答えなのだと強く感じていました。

「それに……わたしがわたしの力で思い出さないと……意味がないと思ったんです……それで……」

「……やっぱり真面目だなぁ、お前は……説教しなくて済んだよ、ありがとう」

 変わった方。本当に。

「奇跡は待つものじゃ無いからな、自分で掴み取ってこそ、だな」

 その言葉はよくわかりませんけれど……きっと彼女なりに良いことを言おうと思ったのでしょうね。

「なぁ、ともえ、旅の終わりは決まってるのか?」

 先程の発言に対する疑問なのでしょうか。わたしは首を振ります。

「全部思い出したら……って思ってました。今でもそれが終わりなんじゃないかって思ってますけれど……」

 そんなことが叶うのか、という疑問もありますけれど、それ以上に、どこかで安穏と暮らす事が許されない様なそんな感覚もあるのです。

「もし、何も思い出せなくても、行ってみたいところに行って、たくさんのフレンズさんに会って……」

 ことり、と何かが嵌る音がしました。

「わたしがわたしになる為の旅なんです、きっと、これは。自分が納得するまで、きっと続きます……いいえ、続けます」

 だから、答えを知ってしまっては、ダメ。その過程こそが、きっとわたしをわたしとして形作る筈なのですから。

「言ってることよくわからんけど、お前がそれでいいなら、俺は止めないよ。アイツもそうしたと思う」

 ゴリラさんはわたしの目をじっと見つめて、少しだけ目を細めて、そうしてからわたしの頭を撫でました。

「く、くすぐったいですよぉ……」

 彼女はわたしの抗議に耳を貸さず、そのままぐしぐしと帽子越しにわたしの頭を撫でています。

「ゴリラさん……もしも、本当に、何も思い出せなかったら……その時は、お願いします」

「情けないことを言うなよなー折角いい感じだったんだぞ?」

 満面の笑みで彼女は手を止め、腰に手を当てて続けます。

「その時は、まぁ、任せろ。あと答え合わせの時もだな。待ってるよ、ともえ」

 そう言えば、ひとつだけ気になったことがありました。一度は心に浮かんでしまった、最も間違っていて欲しい答え。ゴリラさんと話をしている内に、そんなことは無いという思いは抱いていましたけれど……。

「ひとつだけ質問なんですけれど……わたしは、『捨てられた』んじゃないんですよね……?」

 当然……と呼べるほどのことかはわかりませんが、状況からして想像しうる中で最も悪い可能性であることは間違いありません。ゴリラさんはわたしの言葉を聞いて愕然とした表情になり、再びわたしの頭の上に手をそっと添えます。今回は撫でるようなことはしていませんが、どこか力の籠もった手のひらでした。

「安心しろ。愛されてたよ、お前は」

 そう言って、彼女はわたしの頭から手をどけました。

「ありがとうございます、ゴリラさん」

 相槌を打つように彼女はこくりと頷きました。

「そうだ、すっかり忘れてたんだが……真っ赤なラッキービースト、見てないか?」

 そう言えば……

「確か、草原の方で見かけた気がします……壊れてましたけど……」

 わたしの言葉にゴリラさんは大きくため息をつきました。

「そんなことだろうと思ったよ……アイツはこういうところでツメが甘い……お前の為に用意したとか言ってたんだぞ? まったく……」

 心底呆れるように呟かれた言葉に、わたしも思わずくすりとしてしまいます。きっとお父さんか……そうでなくてもわたしと親しい方でしょうから……。

「……直せますか?」

「無理だろうな。とくちゅーとか、かいぞーとかなんとか言ってたからなぁ……もしまた見つけたら、家にでも置いといてやれ、野ざらしは……ちょっとあんまりだ」

 困ったように頭を掻くゴリラさんに、わたしは頷き返します。そして、ひと息ついてから、ゴリラさんは口を開きました。

「よし、話は終わりだ。何だか悪かったな、ともえ」

 不親切……というよりも、無礼にあたるかも知れない彼女の行動は、わたしにとって良いことであったと思います。

「いえ、ちょっといきなりでびっくりしちゃいましたけど……なんだかスッキリしました」

 なぜなら、わたしの胸の中のもやもやとした、ぐちゃぐちゃとした、そんな形のないモノに形を与えることが出来たから。それはきっといつかわたしの心を蝕み、押しつぶそうとしたかも知れません。それらに、まかりなりにも形を与えて、否定に足る答えを与えて、自らの感情として感覚として、理解できたから。こればっかりは、きっとイエイヌさんにも難しいことだったでしょう。

「そうか? それなら良かったが……今日はしっかり休んで、明日に備えろよ? あと、イエイヌと仲良くな。じゃあな」

 彼女はそう言って手を振って去っていきました。

 陽射しの傾いたサバンナに、長く色濃い影を残しながら、彼女は北へと歩いていきます。わたしは彼女に手を振りながら別れを告げて、彼女はわたしの言葉に軽く手を振り直して応えて……そうして去っていきました。イエイヌさんのところに、戻りましょう。

 

 ゴリラさんを見送り、わたしはイエイヌさんのところへ戻ります。

「おまたせしました」

「……どうしたんですか? ヘンな様子でしたけど……」

 イエイヌさんは心配の気持ちが勝っているようで、疑問の言葉を口にしながらも、その表情は眉間にシワの寄ったものでした。

「ちょっと長くなるかもですけど良いですか?」

 ゴリラさんとの会話は、きっとイエイヌさんにも大切なお話の筈です。イエイヌさんはわたしの言葉にこくりと頷きます。わたしは「ちょっと移動しましょう?」と伝えて、移動しました。そこは目印と言われた大きな樹の根本。そこに腰掛けて、ゆっくりとわたしは口を開きます。

「ゴリラさんは……わたしの過去を知っているそうで――」

 少々の時間をかけてわたしはイエイヌさんに先程の会話の全てを伝えます。ゴリラさんがわたしの過去を知っていて、それを知りたいかと尋ねたこと。それにわたしはどう考えて、どう伝えたのか……その全てを。

「……良かったんですか?」

 イエイヌさんは伺う様にわたしの顔を見つめます。

「えぇ。全部、納得ずくです。それに……教えて欲しいと言っても教えてくれなかったでしょうから」

 わたしの言葉に困ったように笑うイエイヌさん。

「その言い方は……あはは……なんだかゴリラさんはズルい方のような……」

「ですよねぇ……でも、もしかしたら、わたしの決断を否定しないためにそういったのかも知れませんし……」

 その可能性だって否定しきれません。「試練に挑む」とわたしが決め、それに対して「行って来い」と彼女が言ったのだとしたら、それは意地悪なんかじゃありませんから。

「考えるだけ無駄です、きっと。わたしが決めちゃったんです。それをひっくり返すなんていうズルいこと、わたしはしたくないですから」

 わたしは少しだけ間を置いて、続けます。

「いつまで『旅』が続くかわかりませんけれど、付き合ってもらいますよ? 良いですか?」

 わたしは彼女の顔をしっかりと見据えて、言い放ちました。勝手な物言いだと自分でも思いますけれど、わたしにとって彼女の存在は欠かせないものであることは違いないのです。

「フツツカな私で良ければ……喜んで!」

 妙な言葉で卑下することも無いでしょうに……。

 貴方はわたしに取って大切な友達で、大切な家族で、居なくてはならない方。それは、先程の小屋でのお茶会から察するに、彼女も同じ……筈。

「こちらこそ、こんなわたしですけれど、よろしくおねがいしますね」

 旅に出る前から、幾度か繰り返されてきたやり取り。それでも今回のそれは意味合いが異なるように思われます。ずっとずっと長い長い道程への覚悟、と言えばよいのでしょうか? えぇっと……子供のわたしにはわかりませんけれど……何時までも続く、永遠の約束って……えぇっと……えー……結婚……? まさか。

 けれどそんな言葉がひとたび頭を過ぎってしまうと、いたたまれないような恥ずかしさがこみ上げてきてしまいました。きっとわたしにしっぽがあったら、地面に叩きつけるようにせわしなく動いていたことでしょう。

 

 腰掛けたまま、わたし達は無言で夕日を見つめます。お互いの間に流れる空気は、きっと信頼と安心。時折優しく頬と髪を撫でる風が心地よく、それもあってか本当に心地よい雰囲気な気がします。不意にことりと肩に優しい重さが訪れます。目だけ動かして隣を見ると、イエイヌさんの頭がわたしの肩の上に。思わず微笑んでしまいます。わたしの口から漏れ出た吐息で気づいたのでしょう、イエイヌさんも「えへへ」と小さく声を出しました。彼女の顔は、夕日に赤く染まり、果たしてどういう表情をしているのかはわかりづらいのですけれど……きっと微笑んで居るのでしょう。

「ともえさんの笑ってる顔、好きです……きば? 見えてて……」

 牙……? 八重歯のことでしょうか? 時々口の中を噛んでしまうので厄介としか言いようが無いのですけれど……それにイエイヌさんに限らず、牙っぽい歯並びの子は沢山居る様な気も……。

「何言ってるんですか、いきなり……」

 まさか……イエイヌさん、恥ずかしいことしてるからこの際恥ずかしいことも言っちゃえ! みたいなノリじゃないですよね……?

 わたしがそんな風に茶化すかどうか悩んでいると、イエイヌさんが急に指を差して大きな声をあげます。

「ともえさん! あれ……!」

「どうしました……? あっ……まぁ……」

 イエイヌさんの指差す先。それは大地に溶け入る様におぼろげな空気を纏って沈む太陽。それは常ならば赤色の、あるいは橙色の光を発し、そうして空を、大地をその色に染め上げる強い輝き。そして、燃え落ちる様に消えていく星。

 けれど、今この瞬間のその光は、緑色。その緑色の光は決して全てを染め上げる程の強い力を湛えたものではありません。けれども、儚げに、一瞬だけ見せる、太陽という星の美しさの一面でした。眼前に広がるその光景は、単純な物珍しさを抱かせるものでもありましたけれど、それ以上に、純粋な美しさを象徴するようでした。わたし達はその光に見惚れてしまい、ひと言も言葉を発せません。

 見つめている内にも、まもなく夕日は地平線へと沈みきり、周囲は青みがかった夜闇が立ち込め始めます。

「……綺麗、でしたね……」

 イエイヌさんの言葉には色々な感情が込められているように思われました。純粋な感動、不思議な光景に立ち会えたことへの喜び、自然の神秘への驚嘆……わたしには彼女の抱いた思いの正確な形はわかりませんけれど……。

「……良いもの、見れましたね、イエイヌさん」

 あの光だけでもここへ来た価値があるというものです。一ヶ月にも満たないのでしょうけれど、パークでの暮らしの中であんな神秘に見えたことなどありません。ここでの暮らしという意味での先達であるイエイヌさんだって、感嘆の吐息を漏らしているのですもの。

「イエイヌさんは、ああいう景色って話に聞いたりしたことってあるんですか?」

 わたしはゴリラさんから頂いたランタンの光を灯しながら尋ねます。

「いえ……うわさ話とかも、全然……」

「でしたら……本当に珍しい光景だったんですね……」

 ランタンの光は少しばかり強いもので、夜闇に少しだけ慣れ始めたわたしの瞳に刺さるようでしたけれど、それでも温かみのある光はそれがあるだけでなんだか安心してしまいます。

「私……ともえさんと見られてよかったです……」

 嬉しいこと言ってくれるじゃないですか……。

「ふふっ、わたしもですよ、イエイヌさん」

 お互いにくすりと笑い合って、そうして再び夕日の沈んだ地平線を見つめ直します。強制された訳でも無く、ただそうして居たいから。素晴らしい神秘に直面したことの喜びを噛み締めたいから。大好きな相手と、それに相まみえることが出来たから。

 

 数分程……でしょうか、地平線を見つめていましたけれど、ずっとそうして居るわけにもいきません。

「さて、と……ご飯にしましょうか」

「……あっ、そうですね、そうしましょう」

 わたしは鞄からジャパリまんをふたつ取り出し、ひとつをイエイヌさんに手渡します。彼女は「ありがとうございます」と呟いて、受け取り、一緒に「いただきます」と挨拶をして食べ始めました。お互いもっきゅもっきゅと口を動かして咀嚼していたのですけれど、ひとつ思い浮かんだことがありました。

「そういえば……んっく……試しに動いてみます? ぶっつけ本番っていうのも、心配ですし……」

 わたしの提案に、イエイヌさんはこくりと喉を動かしてから頷きます。

「はい!」

「わかりました。暗いですし、そんなに遠くまで離れられないですけど……」

 わたしはイエイヌさんから水筒を受け取り、ひと口含みます。イエイヌさんもわたしの動きを見て思い出したかのようにひと口。

「大丈夫です! すぐ動いたらお腹いたくなっちゃいますから……少し休んでからで……」

「えぇ。……あぁ、お水も用意しないとですね。先にそっちを済ませちゃいましょう」

 食事を再開し、わたしはジャパリまんを咀嚼しながら考えます。イエイヌさんへの指示は簡単に決めた筈です。長い音と短い音の組み合わせで簡単な指示を、合間合間の休憩時間に細かな指示と作戦を……実際に動いてみないことにはわからないことが多すぎます。ぶっつけ本番だったとしたら……一体どうなってしまったのやら……。もっと早くイエイヌさんに伝えて、もっとしっかりと準備をした方が良かったんでしょうけれど……思いついた時も、それから先も、ずっとふたりきりになれずじまいでしたから……。

 『狩りごっこ』のことをもっと早くから知っていれば……というのは我儘でしょう。やるだけやると言ったのはわたしです。それに応える意思を示したのは彼女です。ならば、彼女の思いに応えるためにも今からでも良いから頑張るしかありません。優勝……と言って良いのかわかりませんけれど、一番になるという奇跡が起こるとしたら、それは一生懸命やって、そうして初めて得られるご褒美のようなもの。だからこそ……。

 少しばかり堅苦しいかも知れませんけど、思いを新たにしていると、イエイヌさんがこちらをじいっと見つめていました。

「……どうしました?」

「いえ……考え事してるなぁと思って……」

 目尻を下げて、イエイヌさんは答えます。どうしてそんなに楽しげなんでしょう?

「見るようなものですか……? いえ、別に良いのですけど……」

 彼女の笑顔に、思わずわたしも笑顔になってしまいます。と言っても少しだけ困ったような表情だったでしょう。イエイヌさんは「えへへぇ」と声を上げて、ずっと微笑んだまま。

「楽しそうなこととか、面白そうなこととか……そういう事考えてるときのともえさんがわかるようになって来ましたよ、私。そういう時のともえさんはなんだかいい匂いがする気がします」

 に、におい……? わかるんですか、そんなので……って、あらまぁ。

「ここにお弁当着いてますよ」

 わたしは彼女の口元に着いたジャパリまんの欠片を人差し指でこそげ取ります。わたしが欠片をどうしたものかと考えようとした一瞬の間に、イエイヌさんはわたしの指ごと、ぱくり。

「……! 何やってるんですかぁ……手、洗ってないんですよ……?」

 ……自分で言ってて「そこ?」とちょっとだけ思いました。イエイヌさんは衝動的に動いてしまったのでしょう。はっとした表情になって、すぐさま恥ずかしそうに両手で頬を覆います。わたしは「ふふっ」と声を漏らしてしまいました。それを隠すように咳払いをして、彼女に伝えます。

「ぇへん……せめて手を洗ってからにしてくださいね?」

 手を洗っていれば……良いのでしょうか……? それは、えぇっと……答えかねます……ハイ……。

 

 食事を終わらせ、ひと息つき、わたし達は川へと向かいます。食事を終える頃にはもう辺りは真っ暗で、星々の煌めきと月光に照らされる世界は綺麗に違いないのですけれど、わたしには少しばかり暗すぎました。いわんや、そんな中で林の中を歩くというのは極めて困難なのです。

「……それにしても、このランタンを頂けたのは幸いでしたねぇ……」

 少しばかり肌寒さを感じる夜気を楽しみながら、木々をすり抜けて行きます。

「私は見えるから良いですけど……ともえさんは見えないんですものね……あ、その辺りで右方向です、音がそっちの方からするので……」

 わたしはイエイヌさんの指示に従い、方向を変えます。わたしからしてみれば、ここは鳥とも虫ともつかないリリリという鳴き声ばかりがこだまするように響く夜の林。ランタンがあったとしても、きっと遠回りをしてしまったり、はたまた迷子になってしまっていたでしょう。イエイヌさんが居てくださって、本当に良かった……。

 イエイヌさんの指示に従うようにして、暫く歩いていたのですが、うっかりしていたからか、頭にぺしりと枝がぶつかってしまいました。思わず「あ痛っ」と声が出てしまい、その声を聞いてイエイヌさんはくすくすと笑い始めます。

「本当に見えないんですねぇ……なんだか不思議です」

「そうなんですってばぁ……」

 わたしは「はぁ……」とため息をついて一歩踏み出そうとすると……

「あ、木の根っこあるんで気をつけてくださいね、ともえさん」

 ……はい……ありがとうございます、イエイヌさん……。

「よいしょっと……あ、流石にわたしにも川の音聞こえてきましたよ」

 りりりという音や木の葉のざわめきにまぎれて、さらさらという流水の心地良い音が耳に入ってきます。

 そのまま慎重に躓かぬように進むと、川に到着しました。川面はさざなみに揺れ、星々と月の輝きをちらちらと反射しています。角張った大きな岩や、角が取れて丸くなった小石や、そんなものが一面にあるということは変わり無いですけれど、以前に訪れた川辺とはまた違った様子を示しています。あの時と比べると、ずっと風情のあるように感じられる光景。きっと蛍とか飛んでいたら、もっと美しいのでしょうね。パークに居るのかどうかは、ちょっとわかりませんけれど……もし見られるのなら、見てみたいくらいです。

 イエイヌさんは危なげなく川辺に近づき、水筒に水を汲み入れます。わたしも彼女に続いて川の水にタオルを浸し、その後、身体を拭い始めました。流石にイエイヌさんの居る場所よりも川下で、服を着たまま、ですけれど。

 今日は陽射しが強い中にずっといて汗もかきましたし、先日は身体を清められませんでしたから……可能なら水浴びをしたいくらいですが、水温はびっくりするくらい低く、夜になってしまった今、水浴びをするとなると体調を崩しかねませんからね。

「ふぅ……冷たいですけれど……なんだか落ち着きますねぇ……」

 どうして汚れた身体を清めると落ち着くんでしょうねぇ……。わたし以外のヒトも、同じ様に感じるのでしょうか? ちょっと不思議な感覚……。辺りにヒトが居るなら質問できたんでしょうけど。

「ともえさんは本当に綺麗好きですねぇ……」

 イエイヌさんはどこだか呆れた様な言い方です。

「んー……前もお話しましたけど……臭いとか気になりますし、なんだかべとべとしちゃいますから」

 お洋服も洗わないとですね。確か替えが一着あった筈です。どこか手頃な木にひっかけて干させていただくとして……。わたしは着ている服とインナーを脱ぎ、水に浸してごしごしと洗います(もちろんすぐに着替えてますからね!)。

「……ともえさん、前も言いましたけど、ヘンなにおいしませんし気にしなくても良いと思いますよ……?」

 イエイヌさんはちょこんとわたしの隣にしゃがみこんで、わたしの手元やら顔やらを見つめています。

「うーん……そう言われましても……なんというか、コレくらいは気をつけないとヒトとしてダメな気がしまして……つい……」

 イエイヌさんはふむふむと頷きます。

「ヒトって難しいんですねぇ……」

 ヒトが難しいというか……フレンズの皆さんが簡単と言った方が正しい様な……。っと、あまりやりすぎると服が痛んでしまいますね、これくらいにしましょう。最後に服を絞って、その後おまけでひと口水を含みます。食後でぼんやりとしつつあった頭をしゃっきりとさせるような、そんなひんやりとした水が喉を通っていきます。

「さて、と……戻りましょうか、イエイヌさん。少しだけ準備して、練習の時間です!」

「はいっ!」

 元気の良い返事が林に響きます。

 えぇ、少しでも、少しだけでも……勝つために何が出来るのか考えて、実践して……。勝敗は結果だと言う方も居るでしょう。わたしもそう思います。ただ、やるからには勝ちたいのです。ちょっとした欲望です。わたしも称賛の声を浴びてみたいという、そんな綺麗じゃないかも知れない願望ですけれど……それでも、です。ちょっとくらい、こんな感情を大事にしてみたいのです。きっと初戦負けだったとしても、イエイヌさんは楽しかったと言ってくれるでしょうし、わたしだって楽しかったと思う筈です。でも、多分、きっと、悔しい筈。

 折角の機会です、そんな思いしたくありませんからね。やれるだけのことを、やれるだけ。

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