最近、夜型生活から朝方生活に切り替えたんですよ。
で、何が起こるかって、至極簡単。小説を書く時間が無くなる……!
なるべく頑張るんで、ハイ……
ところで長い……長くない……? 日常描写多すぎない……?
20/06/13 改稿
その後わたし達は確認がてら動きを軽く確かめ合って、まもなく寝ることとなりました。場所は目印の大樹の根本。移動の手間を嫌ったというのもありますが、ちょうど良さそうな具合に地面の凹凸が少なかった為です。それにコヨーテさんのお迎えを考えると場所を大きく変更してはご迷惑でしょうからね。
「ふぅ……お疲れさまでした、ともえさん」
「イエイヌさんこそ、お疲れ様です。……でも本番は明日ですからねぇ、その時はまた頑張りましょう」
イエイヌさんは少しだけ乱れた息を整えながら、「はい!」と返事をしました。其後、そのままいそいそと寝袋を広げます。わたしは額から流れる汗を軽く拭い、同じ様に寝袋を広げます。
「……野宿って初めてですよねぇ。なんだか緊張しちゃいます」
寝袋をお尻の下に敷き、腰掛けるイエイヌさん。わたしは軽く伸びをしながら答えます。
「んーっ、ふぅ……ですねぇ。今日は雨や風も無いですし、運が良かったですね」
わたしは彼女と違ってどこか期待にも似た感覚を抱いています。今までしたことのないこと、それが楽しくてこそばゆくてたまらないのです。
「そうです、ともえさん。私の動き、ヘンじゃなかったですか?」
先程の練習の動きの事でしょう。当初はお互いに合図を間違えてしまったり、移動しながらの合図で手間取りお互いぶつかってしまったりなどの軽いアクシデントもありましたが、徐々にそれもなくなりました。
「うーん……思い当たる限りでは大丈夫かと……」
わたしはランタンの灯火に照らされるスケッチブックの一ページを眺めます。そこには文字の読めないイエイヌさんに伝える為に、丸と傍線で作った簡単な合図の表を書いたのです。
と言っても、合図の種類は数種類。右、左、前、進め、戻れ、追加。そんなものでしょうか。追加に関しては、少し複雑になってしまう(右に進め、『そして』左に進め……という具合です)ため、控えるようにお互い話し合いました。また、実際に動いた時のことを考えると、わたしにもそんなに細かく指示を出す余裕は無いでしょうから、事実上『あるだけ』の指示内容になってしまうと思われます。
「私も、もう一回見てもいいですか?」
わたしは「どうぞ」と彼女にスケッチブックを手渡します。イエイヌさんはそれを眺めながら「うーん」と唸り声を上げました。
「……ど、どうかしました?」
「いえ……わたしからともえさんにも合図を出したほうが良いのかな、と思いまして……」
「……? どういうことですか?」
彼女は悩むように首をかしげながら、言葉を選ぶようにしています。
「例えば……その、景色に溶け込むのが上手な子とか小さくて隠れちゃうような子が相手になった時とか……ともえさん、指示が出せなくなっちゃいませんか……?」
なるほど、たしかに……。
お茶会の際に話題となったのは、基本的には『わたしが全て把握できている』という前提がありました。そして、それは先程の練習も同じ。
「とすると……どうしましょう。わたしにはイエイヌさんほど動けないですし……」
「おおざっぱですけど……えぇっと……うぅーん」
少し考え込んでから、彼女は続けます。
「こうしましょう。わたしがこうやって手を上げます」
彼女は自分の胸元あたりまで手を上げます。
「でですね……この手の方向に吠えます。そこにフレンズさんが居るということで……どうでしょう?」
ふんふんとわたしは頷いて答えます。
「その情報を聞いて、わたしは作戦を考えれば良い訳ですね」
イエイヌさんならわかることと、一歩引いたところで俯瞰しようとするわたしならわかること。それはお互いに違うはずで、お互いにそれぞれの欠点があるのは言うまでもないこと。でしたら、基本的な指示を出そうというわたしが持つ情報は多いほうが良いというもの。
「いいですね。それで行きましょう。……とすると、例えば――」
わたしは簡単に思いついた作戦を彼女に告げます。イエイヌさんはその作戦を聞いて楽しげな表情になります。
「えへへぇ……こんな『狩りごっこ』初めてで……本当に楽しみです……」
その笑顔だけでなんだか報われますね。
「イエイヌさんは前にやったことあるんでしたっけ?」
「はい! と言っても結構前ですし、ほんのちょっとだけでしたから、私だってしょしんしゃです」
「それを言うならわたしなんて初めてですもの……頑張りましょうね、お互い」
わたしの言葉にイエイヌさんは心から楽しそうな声で「はい!」と答えました。わたしの出来ることなんて見て伝えて……その程度。ほとんどの労力はイエイヌさんに偏っています。彼女の身体能力への信頼と、彼女が抱くわたしの言葉への信頼。その両方を結実させる絶好の機会。それを無意味なものとしたくはないですから。
「では……寝ましょうか。おやすみなさい、イエイヌさん」
「はい! ともえさん、おやすみなさい」
言葉を交わしあい、ランタンの灯火を消したわたし達は、そのまま寝袋へと入り、眠り始めます。ランタンを挟んでこそいますが、隣通しになって。
わたしは瞳を閉じて、そっと耳を澄ませます。微かに聞こえるイエイヌさんの呼吸と、わたしの鼓動。そよ風の音。木々のざわめき、林の方から届く甲高くも小さな音、まるで歌声のようです。
わたしは、今、自然の只中に居る。今までに無い経験だからか、それを殊更に感じます。今の今まで、ずうっとパークの中を歩いて、自然に包まれていたはずなのに……。
喜びにも似た興奮の為か、わたしはすぐには寝付けませんでした。もしかしたら、背中に伝わる地面の具合の悪さの為かもしれませんが……。目を開け、イエイヌさんの方をちらりと見ます。すると、彼女の可愛らしい寝顔がこちらに向いていました。彼女が『けもの』から変化した存在である為、イエイヌさんはどこでもすぐに眠れる……ということでしょうか? それは少し発想が飛躍しすぎている気もしますけれど……。
わたしは彼女から目を離し、空を見つめます。時間で言うならば、今は何時頃なのでしょうか? そこは満点の星空。星座がわかるのならば、少しくらいロマンチックなお話を彼女と交わしたりも出来たのでしょうけれど……。きらきらちかちかと瞬く星々。あるひとつは赤色めいていて、またあるひとつは青色めいていて……そのひとつひとつの確かな色合いこそわたしにはわかりませんが、それでも美しいことに変わりは無く、眼前に広がる夜帳は広大で、真っ黒で……そこに、月と、星と、それらが開けたような穴から漏れ出る光は確かにわたし達に届いているのです。
……これは、絵には描けませんね。「かなわないなぁ」なんて誰に言うのかわからない言葉が頭をふと過ります。
「野宿も、悪くないですね……」
ちいさな声で呟きます。イエイヌさんを起こさないように、小さく、小さく。何時の、どんな記憶でしょう? 「空はどこでもつながっている」なんて言葉を思い浮かべました。あぁ、それはまさにその通りなのかも知れませんね。背中越しに伝わる地面の感触に、わたしは少しだけ身体を動かします。天空は屋根、大樹は天蓋。そう考えると、これほど豪勢な部屋も無いことでしょう、なんて。
「――え――いっしょ――どこ――……」
わたしの声は、彼女に届いていたのでしょう。イエイヌさんがぼそりと呟きます。驚き半分、興味半分と言った具合で、イエイヌさんの方を見返すと、彼女は眠ったまま。寝言でしょうか? それとも、寝たふりをしながらわたしの言葉に答えたのでしょうか? 確認する術はあるのでしょうけれど、それは無粋というものです。わたしは瞳を閉じ直し、それ自体が生き物の様に微かでありながらも厳かな音を発する大地に、空に、風に、身体を預けます。
寝袋越しの地面から伝わっていた居心地の悪さはどこへやら、ベッドで寝る時の様な心地良さこそ流石にありませんが、気にならなくなっています。寝ましょう。ずっとこうして、隣にあなたが居てくれるなら、きっと、どこでも、どこまでだって……。
眠っていたわたしの瞳に、きらりと優しい光が届きます。
「うぅん……」
わたしはその光の眩しさに思わず目を覚ましてしまいました。寝ぼけ眼をこすりながら、隣を見ると、イエイヌさんはちょうど陽射しから目をそむけるように横を向いていて、眠ったまま。
「……ぇえっと……コヨーテさん、来るんでしたっけ……?」
ぽやぽやとした頭によぎるのは迎えに来てくれる彼女のことでした。時間はまだ地平線から太陽がほんの少し顔を出し始めたくらい。東の空は朝焼けの茜色に染まり、西の空はまだ菫色のまま。
コヨーテさんが来るにはもう少し時間があるのかもしれないのでしょうけれど……二度寝してしまったら、それこそ準備が遅れてしまいます。少し心苦しいですけれど、イエイヌさんを起こして、支度をするべきでしょうね。
「……イエイヌさん、起きてください、朝ですよ」
わたしが彼女の頭を撫でながら声をかけると、もにゅもにゅ言いながら彼女は寝返りをうちます。
「う……ん……さんちちょくそう……」
なんですか、急に。どこで覚えたんですか、それ。意味判ってるんですか……? わたしは思わず声を出して笑い出してしまいます。その声で、彼女は目が覚めたのでしょう。イエイヌさんは瞳をこすりながら、身体を起こします。
「ん……おはようございます……ともえさん……」
どこか彼女は不思議そうというか怪訝そうというか……そんな表情です。
「ふぅ、ふぅ……おはようございます、イエイヌさん……」
「…………どうかしました?」
眠たげな半目で彼女はわたしに問いかけます。
「い、いえ……イエイヌさんの寝言が面白くて……ごめんなさい、馬鹿にするつもりは……」
「……はぁ」
彼女はふあぁとあくびをし、ぐっと身体を伸ばします。ぼうっと虚空を見つめる彼女に、わたしは問いかけます。
「顔、洗いに行きましょう? お行儀悪いですけど、ジャパリまんを食べながらで良いですか?」
イエイヌさんは一拍ほど間を置いて「ふぁい」と答えて立ち上がります。そうしてわたし達は歩きはじめました。
わたし達は連れ立って林を歩きます。
まだ時間は早いでしょうから、コヨーテさんを待つために交代交代で川に行く必要も無いでしょう。まだ太陽は顔を見せ始めたばかり。ちらりと照れた様に覗くその光だけで世界がこんなにも輝くと考えると、改めてその力の大きさに、どこか感服のような感情が芽生えてしまいます。空にはちぎれた様に漂う雲が、朝焼けの菫色と赤味がかった白色に染まっています。
もっきゅもっきゅとジャパリまんを頬張りながらの歩みの最中、イエイヌさんは手を止めてわたしに尋ねます。
「……ともえさん。私、どんな寝言言ったんですか……?」
昨晩の汲んだ水の残りを飲み込み、わたしは答えます。
「『さんちちょくそう』って言いましたよ。えぇ、確かに言いました」
わたしは思い出し笑いにくすりとしながら答えます。
わたしの言葉を聞いたイエイヌさんは「へ?」と力の抜けた声を上げます。
「どういう意味なんですか? それ……」
あぁ、意味判ってなかったんですね……。わたしはどう伝えるべきか少し悩んでから口を開きます。
「食べ物とか、そういうのが作ったところからまっすぐにわたし達のところに来る……って感じですかねぇ」
イエイヌさんはほへぇという感心した風な声を上げながら、食べかけのジャパリまんをしげしげと眺めています。
「じゃあ、ジャパリまんは全部さんちちょくそうということですね! なるほどなるほど……」
わたしは思わず小さく笑ってしまいました。
「ふふっ、そうですね、はい、そうです」
わたしの笑顔に釣られたのでしょう。イエイヌさんも微笑んでいます。ちらりと彼女の後ろを見ると、楽しげに揺れるしっぽ。寝起きでいきなり笑われているというのも失礼な事態でしたから、彼女がどう思っているのか少しだけ不安でしたけれど、大丈夫ですかね。
「あ、でも」
イエイヌさんが頬をぷくっと膨らめてこちらを見ます。
「あの起こし方は、辞めてくださいね! なんだか困っちゃいます!」
……ですよねぇ。
「はい、反省しております……」
そんな話をしながら、ジャパリまんを食べ終わる頃、わたし達は川へ着きました。お互いに軽く顔を洗い、再び大樹の下へと戻ります。
朝焼けの優しい菫色は掻き消え、強く刺すような光が辺りに立ち込め始めていました。太陽はその姿の殆どを空へと晒し、煌々たる光を放っています。
特段の支障もなくわたし達は寝袋の敷かれたままの寝床に戻りました。その時には、もう、コヨーテさんが大樹に寄り掛かるようにして座って待っていました。
「……ん? 戻ったか、おはよう、ともえ、イエイヌ」
コヨーテさんは耳をぴくりと動かしてわたし達に軽く挨拶をしました。
「おはようございます、コヨーテさん」
わたしとイエイヌさんは彼女に返事をします。
「思ったよりも早起きなんだな。ちょっと早めに来たつもりなんだが……においが川の方に続いてたからな、待ってたよ」
ぐいっと伸びをしながらコヨーテさんは呟きます。
「おまたせしてしまって、なんだか申し訳ないですね……さて、イエイヌさん、片付けをしましょうか」
「はいっ!」
わたし達は手早く寝袋を丸め、ランタンを鞄から下げます。イエイヌさんが少し遅れながら寝袋を片付けていましたので、わたしはその隙に近くに干しておいたタオルと服を回収して……そんな風にして支度を終わらせました。
「よっし、じゃあ行くか、一旦会場に行くぞ」
わたし達は「はい!」と返事をし、歩き初めようとした時にふと気づいたことがありました。それは大樹の根本に小さな小さな鳥居があったのです。
大きさにしてわたしの手のひらよりも少し大きい位。それには遠慮するように植物が絡みついてはいましたけれど、苔や汚れはほとんどありません。気づいた誰かが掃除でもしているのでしょうか? この鳥居がここに安置されてどれほどの時間が経過しているのかは定かではありませんけれど、どこか神聖な雰囲気を放っています。
気づかなかったのも仕方ないかなという大きさですし、このまま何もしなくても良いとは思うのですけれど……ここで一晩過ごさせていただいたのです、お礼のひとこと位は伝えないと、何ともすっきりしませんものね。
「お邪魔しました……また、いつか、きっと……ありがとうございました」
ぺこりと身体をまげて一礼をしながら伝えます。わたしは、神様の存在を心から信じている訳ではありませんけれど、ね。
「ん? どうした? ともえ」
「あ、いえ、なんでも無いです。今行きますね!」
わたしは少し先を行く彼女達に小走りで追いつきます。彼女達はわたしが来るのを待っていてくれて、それだけでどこか温かい気持ちになってしまいます。これから起こること、すること、それらに対しての緊張もありますし、楽しみだという思いもあります。時間は短かったですけれど、考えることは考えました。後はやるだけ……!
朝日に照らされ輝く道を、わたし達は口数少なく道を進みます。心臓の鼓動が嫌に耳に響いていて、一歩進むごとに何か大変な出来事に自分が向かっているのだと感じてしまいます。どこかそわそわしてしまうような、どこかきょろきょろしてしまうような、そんな緊張感からわたしは口を開くことが躊躇われてしまいました。イエイヌさんも緊張しているのでしょうね、彼女のしっぽはぴんと張ったようにまっすぐになっていて、ほとんど揺れ動いていません。コヨーテさんも言葉を発していないのですけれど……どうしたんでしょう?
「コヨーテさん、緊張してます?」
ちょうどわたしと同じことを思ったのでしょう。イエイヌさんが尋ねてくれました。
「……ん? べ、別に緊張なんかしてないが?」
めずらしー、噛みましたよ、コヨーテさん。何かするんでしょうか? 昨日お別れした際にも何か考えてる様子でしたし……。
「コヨーテさんも緊張とかするんですねぇ……」
わたしが茶化すように言うと、コヨーテさんは顔を前に向けます。
「ばっかお前ぇ……後で覚えてろよぉ……」
はて、どういうことでしょうか。
「うーん……? 痛いのは嫌ですよ……?」
わたしの言葉にコヨーテさんは「そんなことせんわい」と冗談めいた口調で返事をしました。
「わかってますって……それより、何かするんですか?」
「そうだな、んー……いや、まだ秘密だな」
妙な含み笑いをするコヨーテさん。
「まぁ……もうちょっとしたら、わかるさ。お前達しだ――」
「あーっ、みんなぁ、おはよぉー」
ドードーさんでした。彼女は手を振りながら、とてとてと駆け寄ってきます。少しだけバランスを崩すようにしていましたが、彼女は転ぶこと無く、わたし達のところへ……ちょっとハラハラしてしまいましたけれども、無事なら何よりです。
「おはようございます、ドードーさん」
イエイヌさんが最初に会釈をしながら挨拶を、続いてコヨーテさん、わたしという具合です。
「ねぇねぇ、ともえちゃん、イエイヌちゃん。今日は頑張ってねぇ!」
朝もまだ早いというのに彼女は満面の笑み。きっと今日の『狩りごっこ』を彼女も楽しみにしていたのでしょう。それに、その後はイエイヌさんの『おうち』に遊びに行くという約束もありますからね。彼女の気持ちが伝わってくるような、そんな笑顔でした。
「プレッシャーですよぉ……」
わたしが泣き言めいたことを言うと、イエイヌさんがわたしに言います。
「大丈夫ですよ、色々考えて、ちょっとですけど練習だってしたじゃないですか」
イエイヌさんは自分の胸をとんと叩いて続けます。
「だから、楽しみましょう? ね、ともえさん」
「そうだぞ。その意気だ」
コヨーテさんもイエイヌさんの後押しをするように言いました。
「あはは……確かに、そうですねぇ……ドードーさん、しっかり見ていてくださいよー」
緊張してしまうのは変わりありませんけれど、応援してくれる方がいてくれるというその事実は、それだけで励まされるようです。
ドードーさんが加わったことで、わたし達が各々抱えていたのであろう緊張感はどこかほぐれていきました。ドードーさんは彼女の友人の話をしたり、はたまた昔の思い出話なんかをしてくれたり……きっと彼女なりの心遣いなのでしょうね。
「――でねぇ……そのおねえさんったら、それをごはんにかけちゃったのぉ! 信じられないよねぇ……」
「あはは……確かに……」
いやぁ……まさかそんなものをご飯に……。
「ともえちゃんってそういう事、するぅ?」
「いやぁ……わたしはそういう事しないような気がします……目が覚めてからご飯は食べてないですけれど……」
わたしの言葉にイエイヌさんは不思議そうにします。
「あれ? ともえさん、今朝もご飯食べたじゃないですか」
「んーとねぇ……ご飯っていうのはそういう意味じゃなくてねぇー」
「ジャパリまん以外の食べ物です。お野菜とか、お米とか……この場合の『ご飯』はそっちのことですね」
ドードーさんもうんうんと頷いています。
「へぇ……私はジャパリまんくらいしか知らなかったので……美味しいんですか? それ……」
わたしはちょっとだけ悩んでしまいます。コレばっかりは……うーん……。
「作る人次第……ですかねぇ……」
どこかぼやけた感情でしたけれど、あまり良い感情ではない何かが頭を過ります。
多分、『昔のわたし』の思い出……。何か……こう……名状しがたい何かが出てきていたような……そんな思い出があるようなないような……。
「わたしはねぇージャパリまんじゃないご飯だとぉ……えぇっと……思い出した! くっきーって言ったと思うよぉ」
彼女はどこか淋しげな表情になって、続けます。クッキーがご飯という括りになってしまうことにちょっとした疑問も抱きましたが、それを指摘するのは無粋というものでしょう。
「懐かしいなぁ……何日かにわけて食べたよぉ……」
彼女のそんな様子を気にかけたのか、コヨーテさんが問いかけます。
「へぇ……その、くっきーってのは、どんな味がするんだ?」
「んーとね、甘くてさくさくしててぇ……ちょっとぱさぱさしてたけどぉ……美味しかったよぉー」
わたしはぼんやりと頭の中にクッキーを大事そうにはむはむと食べるドードーさんの姿が思い浮かんできました。可愛らしい女の子がクッキーを食べているというそれだけでサマになるというのは、なんだかズルい気もしますけれど……。
そんなことよりも、です。出会って二日目という短さでもわかる彼女の明るく人懐っこい性格から、先程の様な淋しげな表情が出たということが、どこかわたしの心を打ちました。
「うーん……わたしがお料理できれば良いんですけどねぇ……」
といいつつ、小さな自信が自分の中にあることに気付きました。スケッチブックを初めて前にした時と比べるとずっと弱い自信ですけれど……。今度できるかどうか試してみましょうか……確か『おうち』にはキッチンもあったはず。
問題は材料や道具……もしかしたらキッチンに道具はあるかもしれませんけれど、材料は……うーん……ゴリラさんに掛け合ってみましょうか? というかそれくらいしかなんとかできそうな気がしませんし……。
「ともえさんならできますよ! きっと!」
イエイヌさんの無条件にも似た肯定は、常ならばありがたいもの、励まされるもの。とはいえ今回の場合は色々と勝手が違います。わたしが頑張るとかそういうお話では無いのですから。
「いやぁ……こればっかりは難しいですかねぇ……材料とか、道具とか……それこそ作り方だって……」
イエイヌさんは「そうですかぁ……」とぼそりと呟きます。
「……もしかしたら、ゴリラさんに聞いたら用意出来るかもですけど……」
わたしの言葉を聞いてドードーさんは目を輝かせました。
「ほんとぉ!」
「あはは……あんまり期待しないでください……用意が出来たとしても、失敗することだってありますから……」
自分で言っていて情けないようななんというか……。
「わたしも手伝うよぉ? イエイヌちゃんも、ねぇ?」
こくこくと頷くイエイヌさん。
「わかりました。じゃあ、今度ゴリラさんに聞いてみて――」
「っと、話の邪魔して悪いが……到着だな」
いつの間にやら会場に到着していたようです。改めて周囲を見回すと、フレンズのみなさんが沢山……!
「俺は裏の小屋に行くから、一旦お別れだな。お前達は……この辺りで待っていると良い。ほーそーがされるらしいからな」
コヨーテさんはそう言って手を軽く上げ、小屋へと向かっていきました。わたし達は彼女を見送り、近場の木陰に腰掛けます。わたしがほぅと息をつくかつかないかの内に、ドードーさんがいたずらっぽく耳打ちをしました。
「緊張、解けたぁ?」
少し驚いて、彼女の顔を見返すと、目を細めるような彼女が今までにしたことのない優しげな表情。最初の羽撃きを為し得た雛鳥を暖かく見つめるような、そんな優しい微笑み。
「……えぇ、ありがとうございます」
改めて胸に手を当ててみると、彼女が合流する直前までに感じていた鼓動は落ち着いたものになっていました。こんなにも気遣ってくれたのです。彼女に応えるためにも、頑張りましょう。気負いすぎない程度に、ですけれど。
わたし達は時折言葉を交わしましたけれど、それも少なく、静かにその時を待ちます。緊張が解けたというだけで、これから行うことへの覚悟ですとか、どう動こうかですとか、考えることは山程あります。
かたや辺りはと言えば「参加できるかなぁ」ですとか「誰が勝つのかなぁ」と言う様な今日という日への期待感でもちきりです。そんなお話でがやがやと大変賑やかだった会場は、唐突に流れるざぁっという音に依って一瞬で静まり返りました。
「おはようございまーす!」
そのひと言から始まった放送は、参加希望のフレンズさん達以外を会場の方へと誘導するものでした。
「――以上でーす! 参加きぼーをした子は、残ってくださいねー。かかりが参加できるかお伝えしまぁーす!」
放送はその言葉で終わりました。ぶつりという音が響くと、辺りは再び賑やかに。観覧を希望した子達はがやがやとお喋りをしながらが移動していきます。
「また後でねぇー!」
ドードーさんはそう言いながら手を振って、集団に混じるようにして歩いていきました。段々と遠くなる楽しげな音、それにひきかえ、この場に残ったフレンズさん達の間にはどこか張り詰める様な空気が漂っていました。ある子は隣の子(きっと相方として参加希望をした子なのでしょう)に「参加できるかなぁ」と問いかけ、ある子は腕を組んで俯いたままじっとしています。
そんな子たちの下へ、アルマーさんやセンさん、コヨーテさん、はたまた鳥のフレンズさん達がひと組ひと組話をしに回っていきます。
ある組は落ち込むようにうなだれて会場の方へ歩いて行き、ある組はガッツポーズをしていたり……それぞれの願いが成就するか否かという場面に出くわしているのです。その点では、わたしとイエイヌさんは参加が決まっているというお話。気楽なものですけれど……目の前で繰り広げられる事態を、何故だか固唾を飲んで見守ってしまいます。そして最後にわたし達のところへ来たのはアルマーさんとセンさんでした。
「おまたせー」
「お待たせしました」
ぺこりとお互いに会釈を交わし、本題に入ります。
「えぇっと……参加は……」
一応確認です。もしかすると「やっぱりダメだった、ごめん」なんてこともありえますからね……。
「もちろん、参加決定ですよ」
わたし達はセンさんの言葉に、ほっと胸をなでおろします。
「だからー、場所の説明するねー」
「は、はいっ……!」
真面目な様子のセンさんとはうってかわって、アルマーさんは喜楽そうというか呑気そうというか……。
「いちおー見る子達と一緒の方向なんだけど、待機するところがあってね、そこに行ってほしいんだー」
彼女達はわたし達に目的地の案内を受け、他の子達と並んで移動を始めます。
わたし達を含め、参加が決定したフレンズさん達は、皆、これからの事に思いを馳せているのでしょうね、口数は決して多くはなく、ぼそりぼそりとお互いのパートナーの子と打ち合わせをするような子達が居るくらいでした。
暫く歩き、大きな簡易テントが幾つか建っている場所に着きました。ここが目的地……。ゴリラさんがそこには居ました。
「うっす、おはよう、みんな」
彼女はわたし達の返事を待たず、続けます。
「まずは参加おめでとう、だな。最初にルールの確認からするぞ――」
先日会場で放送されたことと同じ内容をゴリラさんは口にしました。
「っと、こんなもんか? 正々堂々……ちょっとズルしても大目には見るが、楽しむことが一番の目的だ。そこは守れ」
わたし達を含めた子たちは「はいっ!」と返事をします。
「で、次に、競技中の話だ。上でフウチョウ達が見てる。捕まえた、捕まったの時は……」
ゴリラさんは首から下げた笛を一度だけ、長く吹きます。
「……この音。競技が終わる時は……」
次に二度、長く鳴らします。
「この音だな。この音がなったら一旦終了。攻めと逃げを入れ替えだ」
この説明がされた後、後ろの方に居るフレンズさんを彼女は指差しました。
「どうした? 質問か?」
振り向いてその子を見てみると、昨日かけっこに出ていたウサギの子でした。どうにも緊張していて震えていましたけれど、その疑問は
「え、えぇっとぉ……い、いつになったら、終わるんですか……?」
その質問にゴリラさんは軽く笑って答えます。彼女はポケットの中から砂時計を取り出しました。
「悪い悪い、言ってなかったな。これの砂がなくなったら終了だ。だいたい……通じるかはわからんが、四、五分ってところかな」
長いような短いような……なんとも言えない時間です。その答えを聞いて、質問をしたウサギの子は「わかりました、ありがとうごじゃいます」と返事をしました。
その後、ゴリラさんはぐるりとわたし達を見回してから口を開きます。
「他に質問は……? ……無いのか? じゃあ、最後だ。それぞれ好きなテントに入ってもらうんだが……メシのときと、トイレ、あと水を飲む時だな、それ以外であんまり出ないでくれ。他の組の勝負を見たとか見ないとか、そういうのは避けたいしな。困った時や聞きたいことがある時は、誰かしらテントの近くに居るから、呼んでくれ。以上」
彼女はそう言って去っていきました。ゴリラさんと入れ違いになって、別の鳥の子が空からやって来ました。彼女の案内に従い、わたし達はテントの中へ……。
テントの中は、異様な位厳かな雰囲気でしたけれど、メッシュ生地の窓や、しっかりと陽射しを遮る屋根のお陰か、極めて過ごしやすい空気でした。
時折吹き込む風は心地よくテントの中を駆け抜け、わたしや他の子たちの髪の毛、しっぽ、耳……そんなものを揺らします。もしかしたら、緊張で揺れているのかもしれませんけれど、正解をわたしはうかがい知ることは出来ません。そんな空気の中、案内をしてくれた子がやって来て、競技のひと組目の子の名前を呼びました。
『狩りごっこ』の始まりです……!