夏休み終わり+夏休み中と変わらないおバイトシフト+早寝進行の日常+早朝からの活動+古 戦 場
導き出される答えはひとつ。小説の余裕なんて、無い。
がんばります、ハイ……。
20/06/14 改稿
ひと組目の子たちの名前が呼ばれ、そして数分置きに聞こえてくる歓声。その声は十分にわたしやイエイヌさんを――いいえ、テントの中で待機する全てのフレンズさん達を――緊張させ、興奮させるに足るものでした。わたしは握る手に力が加わり、思考は散り散りになってしまいましたし、イエイヌさんはわたしと同じ様に身体をこわばらせつつも、しっぽだけはせわしなく動いていました。また、ある子は我慢出来なかったのでしょう、身体をぴょんぴょんと跳ねさせていたり……ともかく、言葉を交わす子はおらずとも、集合の時点から感じ続ける緊張感の様なものは、時が経つにつれてどんどんと強くなっているのです。
そして、ひと際大きな歓声が聞こえてから少しして、鳥のフレンズさんがテントに戻ってきました。
「いちかいせん目が終わったわ」
彼女は緊張する素振りを見せず言い放ちます。彼女の言葉にテントの中はざわめき立ちます。
「ねぇ、どっちが勝ったのー?」
太いしっぽの子が問いかけます。
「イエネコとイリオモテヤマネコのふたりね。凄かったわよ」
うんうんと頷きながら鳥のフレンズさんは感慨深げに答えます。それだけでは伝わらないでしょうに……と思うわたしとは異なり、テントの中はふたたびざわざわとし始めます。
「! イエネコちゃんが来てたんですか?」
イエイヌさんが驚きながら尋ねます
「えぇ、来てたわ。……同じテントに居たのだけれど……気づかなかったの?」
イエイヌさんは鳥のフレンズさんの言葉に申し訳無さそうにして、「緊張してたので……」と答えますけれど……。
「お友達ですか?」
わたしはイエイヌさんに問いかけます。あまりイエイヌさんとはそういったお話をした覚えがありませんので、少しだけ気が惹かれたのです。
「はい! 時々一緒に遊んだりしてました! ……ともえさんと会う少し前くらいに、離れたところに遊びに行ってくるって言って、イエネコちゃんとはそれきり会ってなかったんですけど……」
楽しげに微笑むイエイヌさん。
なんだか嫉妬のような感情がちょっとだけ芽生えてしまいましたけれど……それでも、イエネコさんともお友達に……なんて思いのほうが、ほんの少し強く感じられます。
「っと話の途中でごめんなさいね。次のさんかしゃは……っと、ともえ・イエイヌのふたりと、ユキウサギ・ヤブノウサギのふたりよ」
わたしは欠片ほどの仄暗い感情を「何故抱いたのだろう?」なんて考えていたのですけれど、鳥のフレンズさんの言葉でそれも中断です。
「はいっ!」
わたしとイエイヌさんは揃って返事をして、立ち上がります。ついに、この時が……!
「呼ばれたよ! ヤブノウサギちゃん!」
そういう彼女の姿は真っ白なボブヘアーに、ぴょんと伸びる大きなお耳が目立ちます。真っ赤な目に透き通るような白い肌は空に浮かぶ雲よりも真っ白に思われます。視線を落としてみると、首元には真っ白にもこもことした襟巻きと真っ赤なリボンを付けていて、真っ白なコートとスカートも来ていますが……何とも『サバンナ』らしくない印象がありますね……。
「うん、じゃあ行こっか、ユキウサギちゃん」
彼女の声に返事をしながら立ち上がった子は、長い茶色の髪に黒味がかった大きなお耳が、ユキウサギさんと同じ様に目立ちます。彼女は前髪で片目が隠れているのですけれど、楽しげな表情であることが伺えます。ヤブノウサギさんも同じ様にもこもこの襟巻きとリボンを首元につけているのですけれど、色は襟巻きの色は茶です。ユキウサギさんとは違って涼しげな白いブラウスに、桃色の差し込みの入ったプリーツの目立つ茶色のスカート。ヤブノウサギさんの方が幾分か『サバンナ』っぽいですし、どこかお姉さんの様な印象を受けます。
「じゃあついてきて、会場に行くわ」
白い頭の鳥のフレンズさんはそう言って、テントを出ていきました。ウサギのお二人はわたし達にひらひらと手を振って、先を歩き始めました。遅れないように、わたし達も彼女の後を進みます。
空はからりと晴れ渡り、透き通るような青色がどこまでも続いています。
陽射しは先程よりも強くなっていて、外に出てすぐに汗ばんでしまうような心持ちにさせるくらいです。少し歩くと、フレンズさんがずらりと並んでいる光景が目に入ります。あれが、会場……。サバンナのど真ん中に、突如現れるフレンズさん達。そして、壁のように並ぶ彼女達が見つめる先には数百メートル程でしょうか、四角形の広場のような空間がありました。
「思ってたよりも広いねぇ……それに暑い……」
ユキウサギさんがぱたぱたと両手で顔を扇ぎながら呟きます。
「無理しちゃダメって言ったのにこっちも参加したいなんていうから……」
ヤブノウサギさんが心配しながらも茶化すように返します。『狩りごっこ』を気負うような素振りを見せない彼女達の姿もそうですけれど、何よりも観客の数の多さ……! それを意識してしまうと、わたしは一層緊張してしまい、思わず隣を歩くイエイヌさんの手を握ってしまいました。
「大丈夫ですよ」
イエイヌさんはわたしの手を握り返し、わたしの目をじっと見つめて言いました。そして、こっそりとわたしに耳打ちをします。
「あの子達を悪くいうようでなんだか申し訳ないんですけど……昨日のかけっこの様子からして、私より遅いです」
そういえばあの子達は連日の参加でしたね。
昨日のイエイヌさんの言葉を思い出してみると、確かに速さではイエイヌさんの方が早いと言っていたような。
「そうは言いますけど……」
わたしは苦笑いを浮かべてしまいました。
「緊張、しません? それに作戦負けって可能性も……」
「だから大丈夫なんです。だって、ともえさんが考えた作戦があるじゃないですか!」
イエイヌさんは「えっへん」と胸を張るようにします。
「……緊張は、そりゃあ、しちゃいますけど……えへへ、頑張りましょう!」
「ふふっ、ですよねぇ……でも、ええ、頑張りましょう!」
わたし達は前に向き直ります。前を歩くウサギさん達に続きます。そしてあっという間に観客席の間を抜け、フィールドの中心へ。
「じゃあ、ふた組とも、挨拶」
少しだけ大きな声で先頭を歩いていた鳥のフレンズさんが告げます。
「ともえです。よろしくおねがいしますね」
「イエイヌです。お互い、頑張りましょう」
わたし達は深くお辞儀をして、挨拶をします。わたし、声、震えてませんよね? 大丈夫ですよね?
「ユキウサギです! よろしくねー!」
ユキウサギさんは身体を軽く動かして会釈をします。その動きに合わせて揺れる大きな耳に、思わずわたしは目を奪われてしまいました。
「ヤブノウサギだよ、よろしく」
ヤブノウサギさんはスカートの裾を軽くつまみ、持ち上げながらの会釈。
「にとおうものはいっとをもえずって言うからねー、捕まらないんだからー!」
「それ、多分、使い方間違ってるよ、ユキウサギちゃん」
自信ありげに微笑むユキウサギさんと、呆れたような表情のヤブノウサギさん。何とも仲の良さそうな子たちですこと……。
「それじゃあお互い、正々堂々、頑張ってね」
鳥のフレンズさんはそう言って、わたし達を指定の位置に移動するよう促します。そして、わたし達がお互い数十メートルほど離れたのを確認すると、空に飛び立ってから、大きな声で宣言します。
「それでは、はじめーっ!」
ひとつ、大きな笛の音が鳴り響きました。
○
会場内の空気は、奇妙なものだった。
それは他でもないともえとイエイヌの『狩りごっこ』の有り様の為だ。彼女達の相手はユキウサギとヤブノウサギのペア。端的に言うならば、ともえとイエイヌの勝利だった。ともえは二度ヤブノウサギに捕まりこそしたものの、それでも相手方の得る得点は合計で『二』。一方でともえとイエイヌは、イエイヌの働きによって三回戦ともふたりのウサギを捕まえることが出来たのだ。依って合計得点で上回るともえ・イエイヌのペアの勝利。ユキウサギが高温の空気のために本調子ではなかったということもある。特にそれは試合後にへたり込む彼女の姿からも察することが出来た。しかし、問題はそこではない。ともえとイエイヌの動きが問題だったのだ。
「ロバちゃん。凄かったねぇ、ふたりぃ」
ドードーが驚きの感情を隠さず呟く。それはドードーの発言を聞くロバも同様だった。
「本当に……。あのおふたり、仲が良いのは知っていましたけれど……」
ロバはドードーと試合が始まる前に、少し会話をした。その内容は挨拶を除くと、要約すれば「初挑戦だから頑張って欲しいね」というもの。あるいは「どうやって励まそうか」というようなもの。
いずれにせよ、ともえとイエイヌの活躍は極端に言ってしまえば期待されていなかったのだ。何か秘策があるらしいということをドードーは知っていたが、それがどのようなものかも知らなかった。そして、加えていうならば……。
「あのふたりね、なにか考えてるっぽいこと言ってたけど……なんだったんだろうねぇ……わかるぅ……?」
首をかしげながらドードーはロバに尋ねる。
「さぁ……なにかしてるようにも見えなかったですし……」
彼女達にはわかる筈もないのだ。『音』が聞こえないのだから。なればこそ、ともえの作戦は成功しているのである。その成功は、ロバとドードーの会話に見られるだけでなく、観客として並んだフレンズ達のほとんどが抱く感情からも察することが出来る。ただ不思議そうに隣に座る(あるいは飛んでいる)フレンズに問いかける者もいれば、考え込むようにひとり黙り込む者も居る。
つまりは「あの動きはよく出来ていたものではあるが、何も無しには難しいのに」という思いを抱えるフレンズは少なくなかったのである。一方で――音を聞き取ったフレンズも少なくは無い。
「……あなた達……聞こえなかったの……?」
少しだけ面倒そうな様子で問いかけてきたのはチーターだった。彼女は偶然にではあるが、ドードーの後ろに座っていた。そして、彼女の隣にはプロングホーンが不安げではあるものの、笑みを湛えて座っている。
チーターはぶっきらぼうな言葉で問いかけたが、少しだけ、頬に朱が刺していた。ドードーはそれに気づいていたが、それを茶化したり、そこから何かを読み取るよりもずっと『彼女が話しかけてきた』という事実の方に驚愕の色を隠せなかった。
「……! チーターちゃん……!」
ロバもどうやら似たような驚きを抱いていたようで、返事をしようにもどうやら言葉が詰まってしまっているようだった。あわあわと口元を手のひらで隠して、彼女は慌てている。
そんな彼女達の様子を見かねたのか、チーターは少しだけ不愉快そうな表情で――内心、他者と接することへの恐怖と緊張を抱えながら――続ける。
「……で、聞こえなかったのって聞いてるんだけど。それも聞こえなかった?」
頬に刺す朱色が、強くなる。言葉を間違えてしまっただろうか? それとも、正解だったのだろうか? 話しかけるべきだったのだろうか? 黙っているべきではなかったのではないだろうか? そんな考えが彼女の胸中に渦巻いていて、それを察したのだろうプロングホーンは心配そうに彼女を見守っていた。
「……えへへぇ、ごめんねぇ。ちょっとびっくりしちゃった」
ドードーはチーターの『棘のある言葉』を気にせず、言葉を紡ぐ。何故なら、ドードー自身が彼女と仲良くなりたいと思っているからというだけでなく、彼女は今話しかけてきた相手が、緊張していることを察していたから。他のフレンズと比べれば交友は広く、また、その関係を深めようとする意思も、深めようとした長さも、ずっとずっと長いのだから。
「何も聞こえなかったよぉ? ねぇ、ロバちゃん」
そう言って隣に腰掛けた彼女に問いかける。
「は、はい……」
「私も、聞こえなかったな」
プロングホーンも、ロバに合わせて口を開く。チーターを案じた言葉ではなく、単なる疑問からだが。
「不思議ねぇ……あんなうるさい音なのに……」
チーターはそう言って、腕を組んで考え込み始める。しかしながら、チーターにそこまで考える余裕などなかった。何故なら――
「わたしは聞こえたよー!」
「うそっ……そうなの? 私は――」
彼女達の会話の輪が、広がっていったからだ。単純にチーターとプロングホーンという組み合わせが、昨日のレースの結果によって注目を集めがちだという理由が一番だが……もしかすると『聞こえるか聞こえないか』という疑問を、皆、抱いていたのかもしれない。
そんな会話の広がりを見て、慌て始めるチーターと、その様子にくすりと微笑むプロングホーン。プロングホーンはそっとチーターに近づき耳打ちをする。
「来て正解だったろ?」
困ってるんですけど! 手に負えないんですけど! と訴えたげな視線をチーターは返す。その視線に、プロングホーンは肩をすくめる。
「ねぇ、チーターちゃん、どんな音だったのぉ?」
ドードーがチーターに尋ねる。それは、気を使ったのではなく、純粋な好奇心。けれど、チーターにとってはありがたい言葉だった。
「笛みたいな音だったわね……長い音と、短い音と――」
次の試合が始まるまで、彼女達の会話は収まらなかった。
○
わたし達は勝利の喜びを噛みしめて……はいないのです。というのも、ユキウサギさんの件が心配なのです。
「ユキウサギさん、大丈夫でしょうか……」
三回目の勝負が終わったとき、崩れ落ちるように倒れたユキウサギさん。
「うーん……涼しいところでゆっくりすればって言ってましたけど……」
イエイヌさんが、やはり心配そうな顔で答えます。
「ゴリラさんも来て、あの子を運んでたのだし……なるべくこの辺りで涼しいところにって言ってたわ。不安でしょうけど、大丈夫よ、きっと」
鳥のフレンズさんは、ゴリラさんの言葉があるからでしょうか、どこか安心したような表情です。「これくらいへーきへーき」ともユキウサギさんも言っていましたけれども……。
「そう、ですか……」
わたし達はと言えば、ユキウサギさんの体調に気を払わずに競技を続けていたのですから、どこか罪悪感の様なものを覚えてしまいます。
「ほら、しゅんとしないの。あなた達は勝ったのよ? 次の勝負に備えて、休みなさいな」
そんな言葉で、わたしとイエイヌさんを励ます彼女ですけれど……
「いい? あの子が少し無理したからって、あなた達が気にする必要は無いのよ。それに、あの子のためにも頑張らなきゃ。ね?」
彼女の励ますような言葉に少しだけ救われる思いです。ちょっとだけ、ユキウサギさんがお説教されているような気分にもなりますけれど……。
「……ありがとうございます」
「あのう、ハクトウワシさん」
イエイヌさんがハクトウワシさんに訪ねます……というか、名前知ってたんですね。どちらで知り合ったんでしょう?
「どうかしたの?」
「ユキウサギさんがお元気になったら、ご挨拶に行きたいのですけれど……」
ハクトウワシさんは「ふんふん」と頷いて、ちょっとだけ考え込みます。
「んー……わかったわ。でも……そうね、早くても『狩りごっこ』が終わってからね。あなた達はこっちに集中なさい? 場所はあとで教えてあげるわ」
わたし達は頷き、ハクトウワシさんに「ありがとうございます」と感謝の言葉を伝えます。
「ふふっ、素直でよろしい」
ハクトウワシさんはくすりと微笑みました。
「お土産代わりに『狩りごっこ』の話でもしてあげなさい。最後まで残って、『けーきのひときれ』だったって言ってあげなさいな」
からかうような口調でしたけれど……『けーきのひときれ』とは一体……彼女なりのジョークなのでしょうか……?
「……? は、はぁ……」
あ、イエイヌさんも不思議そうな表情。やっぱり通じてないんですね、彼女の冗談。
「んー……? ま、まぁ良いわ……自分で言い直すのも、ヘン、ヘンだわ……」
ぶつぶつと呟きながら(本当に小さな声で「日本語なのよ?」という何とも返事に困る言葉も聞こえてきましたが)ハクトウワシさんはまっすぐに歩いて行き……先程の隣のテントを指差しました。
「えー、こほん。……その中で待ってて。勝った子達はそこで待機だそうよ。次の出番が来たらまた呼びに来るわね」
彼女は少しだけバツが悪そうに頭を掻いて、去っていきました。
「……入りましょう、イエイヌさん」
「……はい」
きまり切らない不思議な空気に、お互い戸惑いを隠しきれませんでしたが……わたし達はテントの中へと入っていきます。
「あーっ! イエイヌちゃん! 久しぶりー!」
日陰に目が慣れるか慣れないかの内に、可愛らしいはしゃぎ声が響きます。
「お久しぶりですーイエネコちゃん!」
ふたりして駆け寄り、手を握りあいぴょんぴょんと跳ねるイエイヌさんとイエネコさん。
「あ、紹介しますね。こちらがともえさん。こちらが――」
「イエネコです。よろしくね、ともえちゃん」
そう言って彼女は手を差し出します。彼女の姿をしっかりと見てみると、何とも可愛らしい姿。灰色がかった白色の髪の毛は少し癖の着いたように跳ねていて、そこから生えるのは三角にぴんと立ったお耳。黄色の瞳は好奇心にきらめいていて、口元は楽しげな笑みを浮かべています。首元には赤色のチョーカーと髪の毛と同じ色のリボン。肩を出したノースリーブのワンピースと肘の辺りまである長い手袋。そして短めのスカートと、太ももの辺りまでを覆うハイソックス。足には動きやすそうなスニーカー。お尻からはぴょこんと伸びる細いしっぽ。そのどれもが活動的なようで、どこかマイペースなような……そんな印象を与えます。
「ともえです。よろしくおねがいしますね」
わたしも彼女に応じるように名前を伝え、わたし達はお互いに握手を交わしました。楽しげな彼女達をいざ目の前にすると、少し前に抱いた仄暗い感情の欠片は少しだけ小さくなって、気にならなくなるような気持ちです。
イエネコさんとの挨拶を通じて、わたしは自分の中に芽生えた不思議な感情を弄んでいたのですけれど……握手が終わるやいなや、イエネコさんはふわぁと小さくあくびをします。
「……ごめんねぇ、眠い……ふわぁ、あ……」
もうひとつ大きなあくびをして、彼女は本当に眠ってしまいました。一応、隅の方ですけれど……。確かに猫って寝てるイメージありますけれど、それほどまでに……?
「あはは……前からこんな感じで……お気になさらず……」
イエイヌさんは苦笑いを浮かべながら言います。
「こんにちわ。イリオモテヤマネコです……」
そう言っておずおずともうひとりの子がわたしにぺこりとお辞儀をします。彼女の姿はイエネコさんと似たような格好でしたけれど、どこか控えめというか、そんな印象を受けますし、衣装も全体的に黒色が強く、また、イエネコさんは縞の様な模様の衣装でしたけれど、彼女はまだらの様な、水玉のような、そんな模様でした。
「イエイヌさんと、ともえさん……ですね……よろしくお願いします。あの、その……リオって呼んで貰っても大丈夫です。長いので……」
何とも控えめというか臆病めいているというか……警戒されてるんでしょうか?
「こちらこそ、えぇっと……リオさん、よろしくおねがいします」
彼女に返すようにわたし達はぺこりとお辞儀をします。
「……ふあ……ごめんなさい、わたしも眠いので、失礼します……」
あれこれとお話をするよりも早く、彼女はイエネコさんの隣へ行き、地面に丸くなります。
「……マイペースですねぇ……」
呆れ半分感心半分という具合にぼそりとつぶやくと、イエイヌさんは困ったような笑い声を小さく発したのでした。
用意されていた椅子に腰掛け、わたし達は次の出番を待ちます。イエネコさんとリオさんは揃って隅の方で丸くなって寝たままですし、わたしとイエイヌさんは隣通しで椅子に腰掛けては居ますが、お互い緊張しているのか、それとも考え事でもしているのか、言葉を交わすこと無くじっとしています。
勝負を考えすぎても埒が明かない。そう思ったわたしは、なんとなく、先程抱いた感情について思いを巡らせます。
今まで、感じたことのないような、仄暗い感情。嫉妬のような気もしますけれど、どこか憧れが混じっているのです。どうして、どうして……。『次の出番まで』というのは案外、考えるには十分な時間です。せっかくですから、ね。わたしは身じろぎもせず、心の中のいろいろなもの……淀みとも澱とも言えるそんな不純物を沈めて……沈めて……正解をなんとかして見つけようとして……。
「うーん……」
「どうかしましたか? ともえさん」
思わず漏れ出た唸り声を聞き取ったイエイヌさんが尋ねます。
「あ、いえ、何でも……ちょっと考えごとです。『狩りごっこ』とは関係無いですけど……」
この感情をイエイヌさんに問いかけても、きっと意味が無い……というか、見当違いも良いところです。
「? ……困ったら私にも教えて下さいね?」
イエイヌさんはそう言って、再び黙り込みます。
わたしを案じてか、それとも彼女自信が不安なのか、わたしの手をそっと握って……。ん? ともえ『さん』……イエネコ『ちゃん』……。あー……そういうことですか……。え、わたし結構独占欲強……えっ……えぇ……? ですが思い当たる節は『それ』しかありません。
彼女の交友関係でもやもやしている訳でもない(もしそうなら、ロバさんの時に同じ感情を抱いていた筈です)となると……うーん……。思い返してみれば、『そう』呼ばれたのは何回かありますけれど、常の呼び方ではありませんし……。『そう』呼んでもらいたいのですけれど、それを強要するのも妙な話です。となれば、わたしが彼女のことを『そう』呼び、彼女にわたしのことを『そう』呼んでいただく。それが礼儀であり、マナーであり、そして周到な作戦というものです。となれば……なんだか恥ずかしいですけど……
「あの……おほん、えー……イエイヌ、ちゃん」
イエイヌちゃんはわたしの声にぴくりと耳を動かし、驚きと喜びの混じった表情でゆっくりとこちらを向き、じいっとこちらを見つめ返します。
「ど、どうしました……?」
「も、もういっかい……もういっかい……」
期待に満ちた瞳とぶんぶんと振り回される楽しげなしっぽ。それらとは裏腹に、探るような言葉。た、試してます……?
「な、何をですか……?」
「名前! 呼んでください!」
う、ぐ……。
「……イエイヌちゃん」
そう言い切った瞬間に彼女はわたしに抱きつき、そしてわたしの胸に顔をごしごしと擦り付けています。
「ちょ、ちょっと……」
わたしの言葉などお構いなしで、彼女は「嬉しい嬉しい」と言わんばかりにぐりぐりうりうりと……しっぽももうそのまま空でも飛んでしまうのでは無いかという勢いでぶおんぶおんと……。不意に彼女は顔を上げ、わたしを呼びます。
「ともえちゃんともえちゃん!」
胸につっかえた欠片が、今度こそ本当に、溶けて消えました。
「な、なんですか……イエイヌちゃん……」
満足げな笑顔で、彼女は再び、わたしの胸元に顔を擦り付けました。どうしましょう、これ……恥ずかしいですし、困ってしまいますけれども……イエイヌちゃんはそんなのお構いなしという様子。
「――というワケで、ここで待っててちょうだ……あなた達ねえ……」
テントの入り口がぺらりとめくられ、そこに現れたのはハクトウワシさんでした。彼女はテントの中を一瞥し、やれやれと呆れた具合で頭を振ります。
「少しは緊張とか、しないの……?」
わたしはハクトウワシさんの言葉に改めてテントの中を見回します。隅の方で寝ているイエネコさんリオさん。そこから少し離れて顔をぐりぐり押し付けているイエイヌさんと、押し付けられているわたし。多分、わたしの表情は困惑と嬉しさのないまぜになったニヤケ顔だったでしょう。
「……あ、あはは……」
わたしは思わず乾いた笑いを漏らし、ごまかそうとするのでした。
長い。長くない? お前んとこのCパートなげえよ。なぁ、おい。